(2015/6/3)貸出金利水準低下についての若干の懸念

新生ストラテジーノート 第 189 号
2015 年 6 月 3 日
調査部長 江川 由紀雄
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貸出金利水準低下についての若干の懸念
市場金利やプライムレートとの関連性が失われる貸出金利
日本銀行金融機構局による「貸出約定平均金利」調査 1では、2015 年 3 月の国内銀行の長期
貸出平均約定金利(新規)は 0.826%であった。同・短期は 0.944%と長期よりもむしろ高い。
月々の変動幅が大きいものの、長期・短期ともに、最近では 1%を明確に下回る傾向が定着して
きたと見てよいのではないだろうか。貸出約定平均金利(新規)の「長期」、「短期」に加え、やはり
日本銀行調べによる短期プライムレート 2を以下に折れ線グラフに表現してみた。
図表 1 貸出約定平均金利(国内銀行、新規)と短期プライムレート (日本)
1
2.00%
1.80%
1.60%
1.40%
1.20%
1.00%
長期
0.80%
0.60%
短期
0.40%
短プラ
0.20%
Jan-15
Jul-14
Jan-14
Jul-13
Jan-13
Jul-12
Jan-12
Jul-11
Jan-11
Jul-10
Jan-10
Jul-09
Jan-09
Jul-08
Jan-08
Jul-07
Jan-07
0.00%
出所: 日本銀行公表データをグラフ化
1
日本銀行「預金・貸出金統計」「貸出約定平均金利」
https://www.boj.or.jp/statistics/dl/loan/yaku/index.htm/
日本銀行「預金・貸出金統計」「長・短期プライムレート(主要行)の推移 2001 年以降」「最頻
2
値」 https://www.boj.or.jp/statistics/dl/loan/prime/prime.htm/
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市場金利とプライムレート、プライムレートと貸出金利の関係
短期プライムレートは 2009 年 1 月下旬以降、約 6 年半もの期間にわたり、1.475%となって
いる。手形割引や当座貸越の利率に短期プライムレートが用いられる慣行が見られる他、多くの
銀行は、変動金利型住宅ローンの貸出金利の算出根拠として短期プライムレートを用いている。
たとえば、短期プライムレート(1.475%)に 1%上乗せした水準(2.475%)を「店頭金利」とし、そ
れから全期間 1.8%優遇する 0.675%を実際の貸出金利として適用する、といった具合である。
銀行の貸出金利は、ある程度、短期プライムレートの変動に連動するのではないかとの仮説を立
てることができるが、短期プライムレートが全く変化しない過去 6 年余りの間に、貸出金利の水準
が大幅に低下したことを説明できない。貸出金利の低下は、市場金利や短期プライムレートとは
無関係に進行していると考えるべきであろう。
米国について、同様に、貸出金利とプライムレートを見てみたい。データとしては FRB による統
計調査、 “Survey of Terms of Business Lending” 3 の “Commercial and industrial
loans made bay all commercial banks” を用いた。プライムレートについても FRB の “bank
prime loan” 4 を用いた。
2
図表 2 事業者向け貸出金利とプライムレート (米国)
9.00%
8.00%
貸出金利
7.00%
Prime
6.00%
5.00%
4.00%
3.00%
2.00%
1.00%
Nov-14
Jun-14
Jan-14
Aug-13
Mar-13
Oct-12
May-12
Dec-11
Jul-11
Feb-11
Sep-10
Apr-10
Nov-09
Jun-09
Jan-09
Aug-08
Mar-08
Oct-07
May-07
Dec-06
0.00%
出所: Board of Governors of the Federal Reserve System のデータを基にグラフ化
3
4
http://www.federalreserve.gov/releases/e2/e2chart.htm
http://www.federalreserve.gov/releases/h15/current/
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近時、短期市場金利がゼロ近辺で推移し、率はともかく、絶対値としてはほとんど変化しなくな
ったことは、主要先進国に共通の特徴である。主要米銀のプライムレートも、2008 年 12 月に
3.25%となり、その後は、6 年半以上にわたり、不変である。ここ数年のゼロ金利下の(短期)プラ
イムレートは、米銀は 3.25%、大手邦銀は 1.475%という訳である。
貸出金利の絶対値が小さい問題
米国についても、プライムレートが 3.25%で全く変化しない期間に、貸出金利が若干ながら低
下してきたことがわかる。また、邦銀の新規貸出の約定金利は、短期プライムレートを 0.5%ない
し 0.6%程度下回る水準が定着しているようであり、米銀については、近時の貸出金利はプライ
ムレートを 0.7%程度下回っている。米銀の方がプライムレートと貸出金利の差異の絶対値はや
や大きいが、米銀の貸出金利の絶対値は直近でも 2%台半ばに留まっており、1%を下回る水準
に突入している日本とは明確に水準が異なっている。短期市場金利がおおざっぱにいうとゼロ近
辺という状況や、銀行にとって主要な資金調達手段である預金について、預金者に支払う預金金
利もゼロに極めて近い水準で推移していること等の条件は、日米に共通である。
利鞘はともかく、邦銀の貸出金利の絶対値が低いことの弊害として、ローン債権自体の収益力
(つまり、利回り)が限られるため、証券化商品等に加工する費用負担が難しことが挙げられる。
貸付債権の流動化・証券化を行おうとしても、採算が取りにくいため、バランスシート圧縮や信用
リスクの管理目的で貸付債権の一部を証券化しようとしても、躊躇してしまうだろう。また、クレジッ
ト・ポートフォリオ・マネジメント(CPM)の観点で、与信先の信用リスクをヘッジしようとすれば、証
券化する場合と同様に、赤字覚悟となる(貸出金利よりもクレジットデフォルトスワップのプレミア
ムが大幅に高水準になる)ことを迫られることが多くなり、CPM 目的の取引も阻害される。絶対値
が極端に低い金利で貸し出したら、売却や証券化も、ヘッジも、難しくなる。
貸出金利が市場金利に連動せずに低下を続けている問題
市場金利が永遠に下がり続けることは考えにくい。ゼロ近辺の金利が、ふたたびマイナス領域
に突入し、どんどんマイナス幅を拡大するような可能性よりは、いずれ、金利が反転し、上昇に転
じる可能性の方が現実的なシナリオとして想像しやすい。
金利上昇は、一般的に、銀行にとって、決して悪いことではない。金利上昇時には、国債など、
保有する債券の時価が低下するが、貸出金利や資金運用の利回りも引き上げることができるた
め、金利上昇は、資金利鞘を改善できる機会となる。しかし、市場金利の絶対値がたいして変化し
なかったにもかかわらず、貸出金利を大きく低下させてきたここ 2、3 年の実績を振り返ると、貸出
金利と市場金利の連動性に疑問が湧く。果たして、市場金利が上昇に転じた際に、それを口実に、
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国内銀行は、貸出金利を引き上げることができるのだろうか。金利リスク量を利鞘で計測しようと
した際に、貸出金利の決定要因として市場金利を用いて計算することが許されるのだろうか。
貸出金利の水準が反転して上昇に転じるのはいつだろうか。また、それは、何が契機となるの
だろうか。(筆者は答えを持ち合わせていない。また、そういう状況を想像すらできず、自分自身、
困惑している。)
(調査部長 江川 由紀雄)
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
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日本橋室町野村ビル
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一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
設立年月 :平成 12 年 12 月
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