(2016/3/16)日銀の補完措置としての住宅ローン信託受益権

新生ストラテジーノート 第 223 号
2016 年 3 月 16 日
調査部長 江川 由紀雄
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日銀の補完措置としての住宅ローン信託受益権適格担保化について
金融機関は住宅ローンを日銀に差し入れる担保として活用するだろうか
日本銀行は 3 月 14・15 日の金融政策決定会合で「適格住宅ローン債権信託受益権担保取扱
要領」を定める等の決定を行った旨を公表 1した。昨年(2015 年)12 月 17・18 日の決定会合で、
「信託等の手法を用いて」住宅ローン貸付債権を適格担保とすること等が決定されており、それに
沿ったものとなる。「信託などの手法を用い」た住宅ローン貸付債権の適格担保化については、
「当分の間」、一定の住宅ローン債権信託受益権を適格担保とするために、特例的な扱いを定め
るという位置づけで、「適格担保取扱基本要領」とは別途(同要領における別紙1の「特例的扱い」
の形で)、「適格住宅ローン債権信託受益権担保取扱要領」を制定する形を採る。担保価格として
は、「信託財産となっている住宅ローン債権の残存元本相当額およびその返済元本相当額の合
計額の 60%とする」とされた。
昨年 12 月 18 日の記者会見 2で、黒田総裁は「住宅ローン債権は約 130 兆円ある」、「このう
ち実際にどの程度の金額が適格担保として差し入れられるかについては、各金融機関の担保繰
りや経営上の判断に依存しますので、予め申し上げることはできません」と述べていた。
日銀の公表文には、これまで「信託等の手法を用いて」という表現が用いられていたが、今回、
これが、金融機関が委託者となり住宅ローン債権を信託設定することによって生じる信託受益権
を意味することが明らかになった。日本銀行が信託受益権を担保として受け入れることは極めて
画期的であると筆者は考えている。日銀はこれまで幅広く国債・社債等の有価証券、国・地方公
共団体・民間企業等を債務者とする証書貸付債権・電子記録債権などを適格担保としてきたが、
現行の適格担保取扱基本要領との関係では、特例的な扱いではあるが、初めて信託受益権が加
わることになる。「適格担保取扱基本要領」に直接書き入れることはせず、別途、「適格住宅ロー
ン債権信託受益権担保取扱要領」を制定することとした背景に何らかの事情がある可能性があ
る。
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http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/rel160315b.pdf
日銀による記者会見要旨
https://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2015/kk1512d.pdf
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新生証券株式会社 調査部
ところで、住宅ローン債権信託受益権は 7 兆円規模しか存在しないと指摘する向きもあるが、こ
うした指摘は、日本銀行調査統計局が資金循環統計の一環として調査している証券化商品の残
高 3中、「信託受益権」の「住宅担保貸付債権担保分」を参照したうえでのものと推測される。日銀
調査統計局による調査結果は、住宅金融支援機構 MBS(旧住宅金融公庫発行分を含む)の裏付
資産として信託設定されているもの等を除く、現に信託設定されている住宅ローン債権の信託受
益権残高であり、これが日銀に担保として差し入れられる可能性はほぼ考えられない。住宅ロー
ンを担保として利用しようとする金融機関は、受託者となる信託銀行・信託会社との間で新たに信
託契約を締結し、自ら保有する住宅ローン債権を信託設定する形で、新たに信託受益権を創り出
すことになる。このため、黒田総裁の昨年 12 月 18 日の発言中「住宅ローン債権は約 130 兆円
ある」の方が潜在的な規模をより的確に表現していると考える。
今般、住宅ローン債権信託受益権の担保適格要件および担保掛け目が具体的に示されたが、
果たして、今後、住宅ローン債権信託受益権の差し入れ担保としての利用は進むであろうか。若
干の考察を試みたい。
担保掛け目は残存元本額の 60%、適格担保化の目的での信託設定
日本銀行が既に適格担保としている他の金融資産の担保掛け目と比較してみたい。担保掛け
目を額面金額または残存元本額をベースに定めているものとしては、企業に対する証書貸付債
権、企業を債務者とする電子記録債権、不動産投資法人を債務者とする電子記録債権が何れも
残存期間1年以内のものが 96%、同 7 年超 10 年以内のものが 70%となっている。社債(シン
グル A 格以上等)および資産担保債券(AAA 格を取得している公募証券化商品等)については、
については、5 年以内のものが時価の 97%、30 年超のものが同 91%となっており、利付国債で
あれば、残存期間 5 年以内で時価の 99%、30 年超で 93%となっている 4。こうした事例と比べ、
住宅ローン債権信託受益権は、残存元本(信託財産となっている回収金のうち元本部分を含む)
の 60%とされたことに着目するべきであろう。国債や地方債は言うまでもなく、社債等の民間債
務に比べても、担保として用いようとした場合の担保効率が大幅に劣る。住宅ローンを 1000 億
円信託設定して同額の信託受益権を創り出したとしても、600 億円分の担保としてしか使えない
のである。しかも、住宅ローンは、毎月元本返済があるものなので、毎月、徐々に残高が減少して
行く。この点、国債や地方債、社債等の民間債務は、債券であれ、証書貸付債権であれ、元本償
還・返済期日まで残高が維持されるものとは顕著に異なる。
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日本銀行調査統計局 証券化商品の残高 http://www.boj.or.jp/statistics/sj/sjsec.pdf
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日本銀行 適格担保取扱基本要領 「表1」
https://www.boj.or.jp/mopo/measures/term_cond/yoryo18.htm/#hyou1
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更に、国債であれ、地方債であれ、社債であれ、そのままの形で日銀に差し入れられる適格担
保となり得ることに比べ、住宅ローン債権は、信託銀行・信託会社を受託者として、日銀が適当と
認める形で信託設定し、信託受益権に転化して初めて適格担保となり得る。ここに様々な費用負
担(信託報酬、専門家報酬等)が生じるし、信託契約の契約内容等について日銀とのすり合わせ
の時間と手間も生じるであろう。
こうした要素だけ考えても、金融機関が住宅ローン債権を信託設定したうえで日銀に差し入れ
る担保として活用しようとするインセンティブは働き難いように思える。日銀に差し入れる担保とし
ては、国債その他の有価証券や貸付債権を優先する動きが続きやすいのではないだろうか。コス
ト負担や効率面を考えれば、住宅ローン債権信託受益権は、他に適格担保となる資産が尽きた
際に初めて検討の対象になり得るという程度のものであろう。
黒田総裁は昨年 12 月 18 日の会見で「潜在的に適格担保となり得る資産の範囲を拡大してお
くことは、国債の買入れを将来も円滑に進めるという意味では適切なものではないかと思います」
と述べたが、それがまさに住宅ローン債権信託受益権の適格担保化のポイントであろう。
(調査部長 江川 由紀雄)
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