異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています
ふじま美耶
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
異世界で﹃黒の癒し手﹄って呼ばれています
︻Nコード︼
N4353BC
︻作者名︼
ふじま美耶
都会育ちの軟弱もやしっ子。虫いっぴき殺
黒い霧から生えてきた腕によってひっぱりこまれ
22歳。女子大生。就職先も決まり、卒業を間近にひ
︻あらすじ︼
神崎美鈴
かえた冬の日。
た先は異世界でした。
せません。幸い魔法は使えるみたい。ゲームで覚えた呪文を駆使し、
そんなお話です。逆ハーには
書籍化にともない、本編は引き下げさせていただ
なんとかこちらで生きていきます。
なりません。※
きました。※
1
書籍版を読んでくださった皆様へ
※︻書籍版を読んでくださった皆様へ︼
書籍版をご購入いただき、ありがとうございます。
とてもとても感謝しております。
このページはweb版を未読の方で、書籍版の続きを読むために
お越しくださった方への注意事項のページです。
※書籍版はWeb版とは若干、設定に変更があります。
こちらの内容はWeb版を基準にして今後も進めてまいりますので
書籍版のみの読者の方には﹁あれ?﹂って思う個所もあるかと思
います。
申し訳ありませんが何卒ご了承くださいますようお願いいたしま
す。
ふじま 美耶
2
幕間 第47.5話 ガールズトーク︵前書き︶
※書籍版該当部分 2巻72ページ
グランマチスへの視察の旅、2日目の野営地、テント内でのガール
ズトークです。
幕間です。
少し下世話な話もしています。苦手な方はスルーの方向でお願いし
ます。
読まなくてもストーリーにまったく影響はありません。
3
幕間 第47.5話 ガールズトーク
グランマチスへの視察の旅、2日目のテントの中では、少し慣れ
た3人と異世界に来て初めてのガールズトークができた。
これよ、これ。こういう時間がなくっちゃね。女の子にとって萌
えはパワーなのよ。
﹁やっぱり﹃赤獅子﹄や﹃氷の貴公子﹄は人気があるの?﹂
﹁もちろんですわ。あの男ぶり。精悍なお姿のりりしさ、美しさ。
青騎士で、しかも師団長と副師団長。その上まだ独身ですのよ﹂
コルテアは国境近い街だから危険も多いのだ。
いつギューゼルバーンが攻めてくるかわからないんだからね。
青騎士は王都の騎士だから、うまく騎士と仲良くなって結婚とい
うことになれば、いずれ王都で暮らせることになる。
そんな打算もありありで青騎士人気は高いらしい。
﹁ええ、シアンさまのあの氷の微笑み。どんな姫さま相手でも冷え
冷えとした表情できっぱり誘いを断るんですの。その冷たさがまた
いいのですわ﹂
﹁マリアンヌは本当に﹃氷の貴公子﹄びいきね﹂
﹁あらわたくしだけではなくってよ。﹃氷の貴公子﹄が仲間うちで
ごくたまに見せる微笑みをこっそり横から覗き見た女性はみな﹃氷
の貴公子﹄を狙っていますとも﹂
4
﹁うん、あの笑顔は素敵だものね﹂
﹁リィーン様はもうご覧になりましたのね﹂
﹁うん、じつはね⋮⋮﹂
﹁まあ、カミヤズルで? なんて素晴らしいんでしょう。ああ、わ
たくしも拝見したかったです﹂
﹁うん、破壊力あるものね。あの笑顔﹂
しばし、マリアンヌさんとシアンさんの笑顔について熱く語って
しまった。かくしてマリアンヌさんと私の中で﹃シアンさん笑顔フ
ェチ同盟﹄が結成されたのだった。
﹁ヴァンさんも人気なんだね。わかる気がするなあ。頼れるお兄ち
ゃんだもんね﹂
﹁﹃赤獅子﹄は次期青騎士団長ともっぱらのうわさでございますか
ら﹂
﹁青騎士の中でも特に強く、勇猛果敢。武勲は数知れず。それでも
そんなところをちっとも鼻にかけない気安さも素敵ですものね﹂
﹁それに20年前に亡くなった奥様をまだ想ってらっしゃるところ
も評価が高いのですわ﹂
﹁そうですわ。そのお心の隙間をわたくしが埋めて差し上げたい。
5
って﹂
﹁リィーン様はヴァン様とシアン様ととてもご昵懇の様子ですが、
実際のところ、どうなんですの?﹂
﹁どうなんですのもなにも、ヴァンさんはお兄ちゃんでシアンさん
はお母さんだよ。ふたりともめちゃくちゃかっこいいし、頼りにな
るけど。恋人とかそんなのはないよね﹂
﹁なんてもったいないことを。リィーン様はお好きな殿方はいらっ
しゃらないのですか?﹂
﹁ええ? いないよ。いまはもう自分のことで精いっぱいでさ﹂
﹁まあリィーン様ってどなたとも普通に接してらっしゃるけど、特
にお好きな方がいらっしゃるようには見えませんわね﹂
﹁そうですわ! 今日乗馬の練習をなさっていた時、シアンさまに
腰を抱かれて馬に乗せてもらってらしたじゃありませんか。あんな
こと、他の女性にしているところなど見たことがございませんわよ﹂
﹁ほんとうに。リィーン様は﹃赤獅子﹄や﹃氷の貴公子﹄の特別な
んですわよ﹂
﹁ええ。それが恋愛感情であろうとなんであろうと。特別なことに
は変わりはありませんわ﹂
﹁コルテアの女性すべてが憧れる青騎士のこんなに近くに居ながら、
なんて出会いの無駄遣いを﹂
6
﹁そうですわ。よろしいですか、リィーンさま。
騎士は貴族の嫡子ではありませんから領地を継ぐことはございま
せん。ですがそのかわり、王都にずっといられますし、青騎士は王
都の正規騎士団ですのよ。権威もすばらしいものですわ﹂
﹁ええ、素晴らしいお買い得物件なんですのよ﹂
﹁特に﹃赤獅子﹄﹃氷の貴公子﹄は青騎士人気騎士トップ3の第1
位と2位ですのよ﹂
﹁うわっ。なにその気になる話。ちなみに第3位はどなた?﹂
﹁リィーンさまはご存じないかもしれませんが、第6師団の師団長
﹃無魔の騎士﹄ですわ﹂
﹁無魔?﹂
﹁ええ。本当は無魔ではないのですが、魔力が3等級しかないので
す。ですがとても魔力の質が高いことと剣技にすぐれてらっしゃる
ことで、若干32歳にして第6師団長の座に上り詰めた猛者ですわ﹂
無魔、というのはまったく魔力のない人。1等級の人の事を指す
言葉なんだそうだ。
騎士は3等級以上の人がなるけど、師団長ともなればもっと魔力
が必要になってくる。なのに3等級しかない彼がその座を勝ち取っ
た。
﹁無魔﹂という言葉は差別的な言葉だけど、彼の称号﹃無魔の騎
士﹄は反対にそれを賞賛する言葉として使われている。
7
﹃無魔の騎士﹄の活躍で魔力の低い人でも努力と技術次第で上に
行けるのだと希望を持った人も多かったのだ。
﹁﹃無魔の騎士﹄はご婦人方との噂も一番多い方なんですのよ﹂
﹁ええ、まさに来る者は拒まず、去る者は追わず﹂
﹁3等級ですから寿命が短こうございますものね。きっと生き急い
でらっしゃるのよ﹂
﹁ああ、そういう刹那的なところもまた素敵ですわよね﹂
﹁リィーン様もお気をつけくださいませね。﹃無魔の騎士﹄がリィ
ーン様を見れば出会ってすぐ口説いていらっしゃるに決まってます
わ﹂
﹁ええ? 判った。気をつける。じゃあみんなも﹃無魔の騎士﹄が
いいって思っているの?﹂
﹁一時の恋を探しているなら﹃無魔の騎士﹄は最適ですわ。地位も
名誉もあり、姿かたちもりりしく、恋人でいる間は情熱的に愛を語
ってくれて、しかも後腐れなく別れられる﹂
﹁え? 別れるの前提?﹂
﹁﹃無魔の騎士﹄がまったく結婚を考えていらっしゃらないのです
わ﹂
﹁それにわたくし達も3等級ですわよ。3等級同士が結婚しても子
供に高い魔力は望めませんから﹂
8
﹁そうですわね。子供が3等級では出世が見込めませんもの。やは
り5等級のヴァンさまやシアンさまをなんとしても捕まえたい、と
侍女たちはみんな思っていますわ﹂
﹁しかもあれだけの美丈夫ですもの﹂
﹁そうですわね。彼らは娼婦たちの人気もすごいですものね﹂
﹁ええっ!!!!﹂
﹁いやですわ。リィーン様ったら。戦いのあとの殿方は血が騒ぐも
のですわよ。夜のお店に行ってらっしゃるにきまってるじゃありま
せんか﹂
﹁え? そうなの。シアンさんやヴァンさんも? うそお。やだあ﹂
﹁ええ。もちろんですわ。中流ゾーンの北の奥はそういう飲み屋や
なんかの歓楽街で、その手のお店が奥にたくさんありますわ﹂
﹁青騎士たちはギューゼルバーンの脅威のためにこちらにいらした
のですからね。ほんとうは貴族の娘と恋愛ざたになるヒマはないの
でしょうね﹂
﹁ですからてっとりばやくそういったお店で情熱を発散させてらっ
しゃるのよ﹂
﹁そうですわね。その手のお店でもやはり赤獅子は人気なんですっ
てよ。夜の赤獅子もとっても獅子なんですって﹂
9
﹁まあ、いやですわ。セリアったら﹂
﹁氷の貴公子も娼婦たちが競いあって刃傷ざたになったこともある
とか﹂
﹁無魔の騎士は○×▼△で⋮⋮﹂
うわあ、赤裸々すぎる。
﹁コルテアの貴族達は、リィーン様の事は殿下が大切になさってい
ると思ってらっしゃいましてよ﹂
﹁いずれご側室にというお話も﹂
﹁ええ?! なにそれ。ないない。ないよ。みじんもないよ﹂
﹁そうですわね。おふたりの様子を拝見していてもちっともそうい
った空気がありませんものね﹂
﹁ちなみにレオン殿下って結婚しているの?﹂
﹁まあもちろん正妃さまはいらっしゃいますわよ﹂
﹁ええ、カテリーナ妃はオルト・ファン・デル・ベリチェ公爵さま
の一の姫ですわ。
ベリチェ公爵さまは北の国境側の一帯を治めてらっしゃる方です
の﹂
10
﹁北側は王家の直轄領に近いのにあまり現王との関係がよくありま
せんでしたものね。
このご成婚でレオン殿下の北の守りが盤石になりましたもの﹂
﹁うーん。それはそれは絵にかいたようなすばらしい政略結婚だね﹂
﹁もちろんですわ。王族に愛情での婚姻などあるはずがございませ
んわ﹂
﹁ですからご側室がおありになるのですわ﹂
﹁そうですわね﹂
﹁はあ、側室もいっぱいいるの?﹂
﹁ベアトリーチェ姫は宰相閣下のお孫さまでしたわね﹂
﹁ええ。宰相閣下は王弟殿下にかなり肩入れなさっていたと聞きま
すけど今はそんな話聞かなくなりましたわね﹂
﹁あらこれも政略でしたわ﹂
レオン殿下の下半身事情は、下半身も理性で動くと言う事が判り
ました。
﹁なんかもう皆すごいね。じゃあジンさんは?﹂
﹁﹃カリトベの癒し手﹄はミュゼット侯爵家のご嫡男ですのよ。本
来でしたらいまごろはミュゼット侯爵となられていらっしゃったの
に、弟にその座を譲り、癒し手として生きる道を選ばれたのですわ﹂
11
﹁ミュゼット侯爵家の領地は肥沃でとても栄えていますわ。そのう
え海に近くて真珠の産地でもありますの﹂
﹁あの方もまだご結婚はされてらっしゃらないのよね﹂
﹁あら、マリアベル嬢が猛烈なアプローチをしかけてらしたじゃあ
りませんか。ほらランメルチェ男爵家の﹂
﹁そうでしたわね。でもあの方、最初は﹃氷の貴公子﹄狙いじゃあ
りませんでしたこと?﹂
﹁きっぱりさっぱり断られたからですわ﹂
それからマリアベル嬢の、ハンカチをわざと落としてシアンさん
に拾わせたとか、シアンさんが通る時間にあわせて必ず現れるとか
そういうベタで判りやすいアプローチの話が続いた。
っていうか侍女たちの情報網すごすぎる。
﹁リィーン様、青騎士がいかに優良物件ばかりか、ご理解いただけ
ましたかしら﹂
はあ、ご理解いたしましたけどさあ。
すごいわ。こっちのガールズトーク。
12
幕間 第47.5話 ガールズトーク︵後書き︶
前書き追記
文言を若干修正
無魔の騎士は2部か、あるいは幕間あたりで登場。の予定。
7/3
10/25
13
幕間 第71.5話 シアン︵前書き︶
※書籍版該当部分 3巻256ページ シアン視点
14
幕間 第71.5話 シアン
﹁リィーンが五公ガーヴ公を通じて申請していた魔王への謁見の希
望が叶い、屋敷へ迎えに来たガーヴ公とともに魔城へ向かった﹂
その知らせをシアン達が聞いたのはレオンの執務室でちょうど魔
術師長を交えて打ち合わせをしている途中で飛び込んできた伝令か
らの報告だった。
おりしもそこに揃っていたのはレオン、魔術師長、ヴァン、シア
ンと、リィーンが魔王へ謁見で何を願うかを知っている者ばかりで
あった。
﹁リィーン殿はご無事でしょうか﹂
﹁リィーンはこの世界の常識ってやつをまだ知りませんから﹂
﹁ええ、一人で行かせてよかったものか﹂
﹁五公ガーヴ殿が同行してくださっているのであろう。ガーヴ公は
リィーンが異世界人であることをご存じだ。それに奥方を治した彼
女をそうむげにはすまい。めったなことはないとは思うが﹂
別に王に伺候することが危険なわけではない。
が、魔族にとってヒューマンの命など軽い。その上リィーンは異
世界人で、この世界の常識にうといのだ。
それとは知らずにとんでもない無礼を働いてしまい、王か、ある
15
いは側近たちの怒りに触れて殺される可能性もあるのだ。
魔王は魔界という他国の王だが、ただのヒューマンの王との謁見
とはわけが違う。
ガイア神に繋がる至高のものだ。箱庭の心を支えるもの。唯一絶
対神の代弁者なのだ。
通常であれば、謁見の希望が叶えば先方から伺候する日程の連絡
があり、謁見日までに相応の準備期間が与えられる。
その日までに謁見にふさわしい衣装を整え、宮中での礼儀作法を
覚えさせ、拝謁の基本的な所作など、最低限魔王の怒りに触れるよ
うなことはさせないまでの常識は教え込む算段であったのだ。
まさかそのまま即日魔城へ転移して連れて行かれるとは彼らも予
想外であった。
リィーンが異世界人であることを知る者はこのファンテスマでは
レオン第二王子、魔術師長、ヴァン、シアンの4名しかいない。
レオンがいずれ折りをみて王家への報告をする予定ではあるがい
まのところはこの情報をまだ漏らすつもりはない。
今はまだ情勢が不安定だ。
ファンテスマの安寧のため。現王家とレオンの思い描く未来を盤
石とするため。
リィーンにはまだ﹃ファンテスマのガイアの娘﹄でいてもらう必
16
要があるのだ。
﹃黒の癒し手﹄と﹃ガイアの奇跡﹄は民衆の心をつかんだ。
もし彼女が異世界へ戻るというのであれば、その時もまた新しい
﹃ガイアの奇跡﹄が必要となる。
なにせ民衆の敬愛する﹃ガイアの娘﹄がわずかの痕跡も残さずに
消えてしまうのだから。
暗殺や誘拐、監禁などの疑惑の入り込む余地のないよう、大々的
な奇跡の末に消えてもらう必要がある。政敵に足元をすくわれぬよ
うに。細心の注意が必要なのだ。
そして﹃ガイアの娘﹄を失う彼ら民衆には、後世まで語り継ぐ希
望の物語を与えてやらねばなるまい。
リィーンがこの地に残るかどうかで今後の戦略が大きく変わる。
レオンはさまざまな可能性を考えていくつもの手を打ち始めてい
た。
そんな矢先のことであった。
このまま二度と帰ってこない可能性もある。
リィーンの生まれたかの地に送ってもらえたのであればそれはそ
れで対策の立てようもあるが、もし万が一魔王の勘気にふれて殺さ
れるなどという事があればその損失の痛手はいかばかりか。
ギューゼルバーンからガイア神の慈悲で助け出されたガイアの娘
17
が、ガイア神につながる至高の存在に殺されるなど、決してあって
はならない事だった。
何とか無事に帰ってきてくれと、為政者としても、また一個人と
しての彼らも、リィーンの無事を祈るばかりであった。
戻ってくるか、あるいはなにか進展があればリィーンの屋敷から
連絡があるだろう。
リィーンの屋敷からの﹃伝導話器﹄の知らせは第一優先で知らせ
ることと周知し、とりあえずは執務に戻った。
が、連絡のないまま日付が変わり、とうとう翌朝を迎えてしまっ
た。
﹁今日一日待ってみよう。それでもリィーンが戻らぬ場合は五の城
へ問い合わせを﹂
﹁わかりました。では俺たちは今からリィーンの屋敷へ向かいます﹂
﹁ええ。戻ってくるならリィーンの屋敷でしょう。何か判り次第ご
報告いたします﹂
シアンはヴァンと共にリィーンの屋敷に向かった。
リィーンの屋敷では一晩帰ってこなかった主人を心配する面々が
そろっていた。
おそらく昨夜は誰も寝ていないのだろう。どれも憔悴し、緊張し
18
た顔をしている。
クモンが不安げに問いかけてきた。
﹁ヴァンさん、リィーンは大丈夫なんですか﹂
﹁もし今日も戻らねえようなら殿下が五の城へ話を通してくださる﹂
﹁ええ。今は無事を祈って帰りを待つしかありません﹂
じりじりとした焦燥に駆られる時間を過ごし、昼の鐘がそろそろ
鳴ろうかという頃。
結界を歪ませて強大な魔力が出現した。
リィーンが魔族に連れられて転移してきたのだ。
﹁リィーン!﹂
﹁リィーンさま﹂
﹁帰ってきたっ﹂
生きて戻ってきたとほっとしたシアンだったが、一緒に現れたも
のの姿をみて息をのんだ。
いったい誰に送られてきたのだ、リィーンは。
肌をビリビリとさす魔力。圧倒的な存在感。周囲を威圧する強者
の風格。
高位魔族らしい艶やかな黒髪は膝辺りまで長く、仕立てのいい黒
のローブは魔族の中でも高貴な色とされている紫のさし色が使われ
ている。
19
これは︱︱ガーヴ公よりもずっと高位の魔族かもしれない。
そして。
その貴人がリィーンを深く腕に抱きこみ、周りの目を憚ることも
なく親愛の表情を浮かべている。
高位魔族の愛情深さはつとに有名だ。
所有を誇示するように回された腕は、他の者への強烈な主張であ
り、我がものであるとの意思表示だ。
誰か別の男がリィーンに触れようものならその場で殺してしまう
だろう。そんな姿が容易く想像できるほど明確な独占欲だった。
昨日一日で何が起こったのかは判らないが、リィーンがこの高位
魔族の寵愛を一身に受けていることは確かだった。
高位魔族。紫のさし色。そして、彼の紫の瞳。
不用意に名を呼びかけたヴァンに対し放たれた殺気は本気だった。
何と呼べばいいかとの問いの答えはそこにいるすべてのものを震
撼させるほどの言葉だった。
﹁では紫魂と﹂
20
紫魂。この大地で紫魂と呼ばれるものはただ一人。やはり現魔王
その人か。
﹁⋮⋮リィーン⋮⋮﹂
シアンは万感をこめて名を呟いた。
リィーンが首をすくませてこちらを伺うように見上げてきた。ま
ったくこの子は⋮⋮。
また、あなたはなんという存在に目を付けられたのですか。異世
界に戻してもらうために謁見を求めたのではなかったのですか。
ここまで王の寵愛をうけて本当に帰れるとでも思っているのです
か。
思わず目で会話していると、リィーンと数秒見つめあっているこ
とに嫉妬した紫魂王がより一層鋭利な殺気をシアンへとばしてきた。
﹁リィーン。もし何かあればすぐに私の名を呼べ。そなたが呼べば
すぐに駆けつけよう。
そなたは我が半身。そなたを傷つけるものは私が殺す。努々それ
を忘れるな﹂
紫魂王はそう言うともう一度リィーンに悟られぬよう周りに殺気
をとばし、虚空に消えた。
部屋に重い沈黙が流れる。
﹁ええっと。あの⋮⋮ただいま?﹂
21
シアンはため息をついた。
︱︱いったいどうするのです、リィーン。
22
前書き追記
文言を若干修正
幕間 第71.5話 シアン︵後書き︶
7/3
10/25
23
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4353bc/
異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています
2016年3月13日01時28分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
24