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細谷亮太
石川桂郎
ヒューヒュー?
シャーシャー?
裏がへる亀思ふべし鳴けるなり
食道癌になり一年後、六十六歳で聖路加国際病
院で亡くなられました。
出があります。
児科の初期研修医として働いていた
当時、小
私には、どうすることもできなかった苦い思い
桂郎の最後の句集﹃四温﹄には病床での句が
沢山あり、掲句もそのうちの一句です。
この句の季語は﹁亀鳴く﹂です。不思議な季
点滴中の自分と重ねて亀を思ったのでしょう。
語ですが、古くから亀は鳴くものとされてきま
それもゆっくり着実に前進しているのではなく
した。藤原為家の﹁川越のをちの田中︵みちの
という歌が典拠と言われています。春の朧の夕
ながぢ︶の夕闇に何ぞときけば亀の鳴くなる﹂
としている季節にたまたま裏がえしになってし
できたのだと想像します。外は春、花も咲こう
腹を見せてひっくり返っている亀の姿が浮かん
まった亀がなんとかしようと鳴いている光景が
方に亀の雄が雌を慕い鳴くと昔の人は想像した
のですが、実際に亀には声の発生装置はなく鳴
浮かんできます。この句を見るたびに﹁泣く﹂
※カナの読み方により2説あります
︵聖路加国際病院
顧問︶
ィットと心意気を感じるのです。
と書かずに﹁鳴く﹂を使った江戸ッ子俳人のウ
きません。極めて情緒的な面白い季語です。
作者は私自身の唯一人の俳句の師匠です。一
九〇九年︵明治四十二年︶東京市芝区三田聖坂
生れの俳人。東北大学の教養課程の二年生の時
に自分で見つけた大切な俳句の先生は六年後に
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CLINICIAN Ê16 NO. 647
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