無常と云ふ事

無常と云ふ事
細谷亮太
生き残るとてもつかの間さくら咲く 西村和子
﹁件﹂の会という名
作者は団塊世代の俳人。
の俳人集団のメンバーで、私の大事な仲間の一
人です。句集﹃椅子ひとつ﹄の中にあるこの句
く桜の花のあやしいまでの美しさは、西行の心
を魅了してどこかこの世のものならぬ境へとつ
れて行く。いちどその美に憑かれた心は、地上
の影である五尺の身にとどまることが出来ずに、
遊離し、漂い出ようとする﹀と述べ︿こういう
心の遊出の極まるところに、死があらわれる。
心が身にかえるのを忘れるとき、
それが死だ。
﹀
と書いている。詩人の魂は、それほど強烈に桜
の花の美しさに魅せられてしまう。
︵聖路加国際病院
顧問︶
爪弾かれたるが如くに桜ちる
土台にしているのです。同句集よりもう一句。
は先人の築いてきた文化という大いなる遺産を
俳句を作る、また鑑賞しあじわう場合、私たち
にもどった瞬間に、この世の無常を感じたのです。
は最愛のご主人を亡くされて五年ほどの月日が 掲句の作者も同じような思いで満開のさくら
を眺めたのでしょう。そして遊離した魂が現身
経過した頃に詠まれました。
古来、日本人は雪、月、花を特別の思いを持
って眺め続けてきました。西行の有名な歌に
願はくは花のしたにて春死なむそのきさらぎ
の望 月 の こ ろ
があります。上田三四二︵歌人、医師︶は評論
集﹃こ の 世
この生﹄の中で︿中空に満ちて咲
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CLINICIAN Ê15 NO. 637
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