小論文 - 河合塾

小論文
慶應義塾大学 経済学部 1/2
<総括>
試験時間
60 分
総解答字数
600 字
リベラルな自由観と共和主義的理論の自由観を対比的に考察した上で、公共政策による自由の制限につい
て論じる問題である。課題文は、自由は自らの目的や価値観を自ら選ぶことであり、政府の役割はそのため
の中立的な権利の枠組みを保障することに限られるというリベラルな自由観に対して、共和主義的理論の自
由観を主張している。その自由観は、自由は自己統治の分かち合いに支えられていて、それは共通善につい
て同胞市民と議論することだが、そのためには連帯感といった道徳の獲得が必要である、と。その上で、ア
メリカにおける経済政策は、パイの増大か公正な配分かをめぐる議論だけではなく、自己統治に最も適して
いる経済の仕組みは何かをめぐって議論されてきた歴史を紹介している。
本来は法学部で出題されるのが相応しい2つの自由観を考察させたのは、企業の投資・生産活動や個人の
消費活動といった市場における自由な活動を制限する公共政策を論じる際に、従来の効率性か公平性かとい
った視点とは別の視点の重要性に着眼させる狙いがあると思われる。地球温暖化防止対策であれ社会保障政
策であれ、公共政策を次世代との連帯や社会的連帯といった視点から立案したり評価する必要性はますます
大きくなっている。
<課題文の分析>
大問番号
内
容
(主題)
2つの自由観と公共政策
出
典
(作者)
マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳『公共哲学 政治における道徳を考える』
(ちくま学芸文庫、
2011 年)
長短・
難易等
前年比較
長短(短い・変化なし・長い) 難易(易化・変化なし・難化)
<大問分析>
大問
出題
形式
課題文
設
問
一般教養的(社会科 A
学的)
テーマ・課題文の内容
B
要約
解答
字数
300 字
論述
300 字
設問形式
コメント(設問内容・論述ポイントなど)
共和主義的政治理論の自由とは何か、リ
ベラルな自由と対比しながら、説明する。
たとえば地球温暖化防止対策のように、
次世代のために現在のわれわれがコスト
を払うことは、われわれの自由と矛盾し
ないのだろうか。課題文の考え方を参考
にして、自己統治、道徳などに触れなが
ら、自分の考えを論じる。
※出題形式は「テーマ・課題文(英文を含む場合は付記する)
・図表・その他」
※テーマ・課題文の内容は「一般教養的・学部系統的・教科論述的・その他」
※設問形式は「論述・要約・説明・分析・その他」
© 河合塾
2016 年
小論文
慶應義塾大学 経済学部 2/2
<答案作成上のポイント・学習対策等>
設問Aは、課題文の要約である。文章は政治哲学・公共哲学の文章であるため抽象度が高く、やや読解に
苦労するが、きちんとキーワードを取り出して論理展開を追っていけば読み取れる。リベラルな自由観と共
和主義的政治理論の自由観との対比的説明は、課題文の前半で行われている。前者は、自由は自らの目的や
価値観を自ら選ぶ能力にある、政府の役割はそのための中立的な権利の枠組みを保障する手続き的政治に限
られ、善き生に関する特定の考えを支持してはならない、という考え方である。これに対して後者は、自由
は自己統治の分かち合いに支えられている。それは共通善について同胞市民と議論することだが、そのため
には国民が連帯感といった市民道徳を獲得することが必要である。価値観や目的に中立ではありえず自己統
治に必要な特性や美徳を国民のなかに培う形成的政治を要求する。
設問Bは、公共政策における自由の制限を、課題文の論理を使って正当化する議論を展開する。ここでは、
地球温暖化防止対策の例が挙げられているように、次世代のためにわれわれがコストを払うような公共政策
や経済政策に即して論じる。リベラルな自由観は個人の自由な選択の権利をすべての人に認めるが、個人間
の自由・平等な議論や合意は現に生きている人間同士の間でしか成り立たない。地球温暖化のように持続可能
性が問われる問題になると、最大の被害を受けるがまだ生まれていない世代の人間は、発言権をもつことが
できない。リベラルな自由は、大きな限界に直面する。そこで、次世代の発言権が組み込まれるためには、
連帯感といった市民道徳を主張する共和主義的理論の自由観が必要不可欠な役割を演じる。
したがって、設問で言われる「われわれの自由」が、リベラルな自由なのか共和主義的理論の自由なのか
を自覚的に区別して論じていく必要がある。そして、慶大経済学部でつねに求められる論争的な議論の組み
立て方が求められるから、2つの自由観の違いや対立が明確になるように論じていく。また、
「自己統治、道
徳などに触れながら」という要求があるが、自己統治は政治参加と議論を、道徳は連帯感を含意することに
留意しておきたい。
解答の方向としては、まず例示されている地球温暖化問題を取り上げて論じることができる。ここでは、
地球温暖化が取り返しのつかない破壊的影響を将来の世代に及ぼすが、肝心の将来世代が権利主張も議論も
できないことを明確にする。それは、リベラルな自由観では解けない以上、次世代への連帯感や道徳の働き
が不可欠になる。すなわち、共和主義的理論の自由観の役割を明らかにする。また、
「善き生」に着目して、
これを有限な生の充足に限定せず、子孫など将来世代を含む時間のなかで論じることもできる。さらに、地
球温暖化問題だけではなく、
「次世代のために現在のわれわれがコストを払うこと」が求められる問題として
少子高齢化に伴う社会保障の問題を取り上げてもよい。
学習対策としては、慶大経済学部は経済学や経済問題に特化したテーマを出題することは少ないが、社会
科学的な知識や関心を培っておくことは必要不可欠である。本年度の出題のように、法学部で扱われるテー
マや理論にも目を配っておくことが重要である。
© 河合塾
2016 年