韓国経済を悩ませる構造問題 ~外需の中国依存

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
韓国経済を悩ませる構造問題
~外需の中国依存、家計の債務依存は景気の不透明要因に~
発表日:2016年2月22日(月)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 2000年代や世界金融危機直後の景気拡大局面において、韓国は中国経済の動きに伴い高成長を実現させて
きたが、足下では勢いを失いつつある。昨年の経済成長率は前年比+2.6%に留まり、中国の景気減速に
伴う外需の弱さが景気の足かせになっている。足下では原油安などを追い風に内需に底堅さはみられる
が、企業部門の投資意欲は極めて弱い。相対的なウォン高も輸出の足かせとなるなか、企業マインドの悪
化は雇用調整に繋がるリスクもあり、民需主導による景気拡大の道筋は描きにくい展開が続いている。
 景気の先行き不透明感を理由に、金融市場では海外資金の流出によるウォン売り圧力が強まっている。足
下では経常黒字が拡大するなど対外収支は強固だが、金融セクターでの高い外資の存在感は海外資金の動
向に左右されやすくしている。ここ数年はアジア通貨危機を教訓に外準を積み上げており、直ちに危機的
状況に陥るリスクは低いが、事態が長期化した場合の影響は無視出来ない。中銀は慎重な政策スタンスを
維持しているが、市場では追加利下げを織り込む動きもみられ、これもウォン安に拍車を掛けている。
 輸出依存度の高さからウォン安は経済にプラスと見做されがちだが、マクロ的には不透明なところが少な
くない。家計部門は過剰債務を抱えるなか、その一部は円やドルなど外貨建借入に依存しており、過度な
ウォン安は元利払いに伴う債務負担増を招く。また、家計資産の大半は不動産が占めるなか、足下では再
び不動産市況がデフレに突入するリスクもくすぶる。他方、過度な金融緩和は不動産バブルや過剰債務の
さらなる深刻化にも繋がる。韓国を巡っては様々な構造問題が景気の不透明要因になっていると言える。
《外需を巡る中国依存に加え、国内では家計部門の過剰債務など様々な構造問題が景気の不透明要因になっている》
 2000 年代や世界金融危機直後の景気拡大局面においては、中国経済の高成長に文字通り「おんぶに抱っこ」
の形で高い経済成長を実現してきた韓国だが、中国経済が「新常態(ニューノーマル)」とする中高速成長へ
の移行を前進させていることに伴い急速に勢いを失いつつある。昨年の経済成長率は前年比+2.6%と前年
(同+3.3%)から一段と減速して2年ぶりに3%を下回る伸びに留まり、「漢江の奇跡」と称された 1990 年
代平均(約8%)や 2000 年代(約5%)といったかつての高成長からは大きく乖離している。この背景には、
ここ数年同国経済がアジア新興国のなかでも相対的に外需依存度が高いなか、中国に対する依存度を急速に高
めてきた反面、足下ではこれが経済成長の足かせとなって
図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
いることが如実に現われている。なお、昨年 10-12 月期の
実質GDP成長率は前年同期比+3.0%と前期(同+2.7%)
から加速するなど景気の底入れを示唆する動きが出ている
ように思われるが、前期比年率ベースでは+2.3%と前期
(+5.3%)に予想外の形で大幅に加速した反動も重なり
鈍化している。中期的な傾向を示す3四半期移動平均ベー
スでみても、2000 年代や世界金融危機直後の景気拡大局
面に比べて勢いに乏しいなど「パッとしない」展開が続い
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ていると言える。なお、このところの景気を巡っては輸出依存度が比較的大きいにも拘らず、個人消費をはじ
めとする内需がけん引する展開が続いている。原油をはじめとする国際商品市況の低迷などを背景に足下の交
易条件は世界金融危機前の水準に回復するなど国民所得の押し上げに繋がるなか、物価下落に伴う家計部門の
実質購買力の向上を追い風に個人消費は拡大基調を強めている。さらに、政府は昨年初夏にかけて同国でME
RS(中東呼吸器症候群)コロナウィルス流行して経済に大打撃を与えたことに対応し、12 兆ウォンの補正
予算をはじめとする総額 22 兆ウォン規模に上る景気対策を実施しており、これに伴う政府支出の拡大は公共
投資を押し上げることで内需の押し上げに繋がっている。また、景気低迷を警戒して中銀は昨年も計2回の利
下げを行うなど、足下の政策金利は過去最低水準となる金融緩和に踏み切っていることも景気を後押ししてい
る。同国はわが国以上のスピードで少子高齢化が進むなど国内市場の縮小が懸念されるにも拘らず、足下の内
需は拡大基調を強めて経済成長を押し上げていることは特異な状況にある。その一方、過去2四半期において
は在庫投資の積み上がりが経済成長の下支えに繋がっていることには注意が必要である。さらに、足下の失業
率は3%台半ばと低水準で推移しているものの、この背景には若年層を中心に自発的失業が増加していること
が影響している上、外需の伸び悩みを理由に企業の設備投資意欲は急速に低下し、直近の機械受注統計は前年
の半分近くに縮小するなど企業活動の急速な萎縮も警戒さ
図 2 消費者信頼感指数の推移
れる。こうした企業活動の弱さの背景には、わが国でのい
わゆる「アベノミクス」に伴う円安が進行してきたなか、
足下では通貨ウォンが実効ベースで円に対して3割近く高
い水準で推移するなど輸出を巡る価格競争力が後退してい
ることも影響している。また、ここ数年韓国企業が高収益
を稼いできた新興国市場では中国製品が急速に台頭してお
り、中国企業との競争環境が激化していることも、企業の
体力を大きく削ぐことに繋がっている。こうした景気の先
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
行きに対する不透明感は雇用調整圧力に繋がる可能性があり、こうした状況を反映して足下の個人消費は日用
品を中心に堅調さがみられるものの、自動車販売は鈍化するなど高額品に対する需要は弱含んでいるほか、消
費者信頼感が急速に悪化するなどの動きもみられる。このところの韓国は原油安などの外的要因のほか、政府
による大規模景気対策が景気の押し上げに繋がっているものの、民需主導による自立的な景気拡大に向けた道
筋は依然描くことが出来ていないのが実状と言えよう。
 こうしたなか、金融市場においては外国人投資家を中心にウォン売り圧力を強める動きがみられるなど、不穏
な動きが続いている。上述のように韓国経済は近年中国経済との連動性を急速に強めており、足下における海
外資金の流出は中国の景気減速が翻って韓国経済の足かせとなることを警戒している動きと捉えることが出来
る。他方、韓国においては原油をはじめとする国際商品市況の調整に伴う輸入額の大幅な減少を背景に経常黒
字基調が続いている上、足下では黒字幅が拡大するなど経済活動に必要な資金を国内で賄うことが可能な環境
にあるにも拘らず、銀行をはじめとする金融セクターでは外資系金融機関の存在感が高く、国内金融機関は充
分な与信能力を有さない構造的な問題を抱えている。こうしたことは、経常黒字を抱えるなど一見すれば対外
収支構造は強固であり、国際金融市場の動揺に対する脆弱性が低いとみられるにも拘らず、度々同国において
資金流出懸念が強まる一因になっている。さらに、景気の減速感が強まるなかで財政面では歳入減圧力が強ま
る一方、政府はここ数年巨額の補正予算を計上するなど歳出拡大圧力を強めるなど財政状況は急速に悪化して
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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おり、公的債務残高も徐々に増加基調を強めている。なお、
図 3 外貨準備高と対外債務残高の推移
昨年9月末時点における公的債務残高はGDP比で 35%程
度と他の新興国などと比較しても低水準に留まっているも
のの、先行きについては景気が以前の力強さを失うなかで
上昇ペースを急速に高めるリスクもくすぶる。こうした点
が嫌気されている可能性は充分に考えられる。ただし、同
国は 1997~98 年に発生した「アジア通貨危機」の影響を
最も色濃く受けた国の一つであり、その教訓から外貨準備
を積み上げる取り組みを進めており、今年1月末時点にお
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
ける外貨準備高は 3673 億ドルと昨年の月平均輸入額の 10 ヶ月分を上回る水準にある。さらに、昨年9月末時
点における対外債務残高は 4091 億ドルではあるものの、うち短期債務に限れば 1196 億ドルに留まることを勘
案すれば、直ちに同国発で通貨危機などに陥るリスクは低い。しかしながら、海外資金の流出圧力が強まるな
かで外貨準備は昨年6月末をピークに半年強のうちに 75 億ドル減少するなど、外国人投資家を取り巻く不安
感や不信感はじわじわと屋台骨を蝕んでおり、こうした事態が長期化すればリスクが徐々に高まる可能性はあ
る。なお、足下で海外資金の流出圧力が強まっている背景には、中銀の金融政策に緩和バイアスが強まりつつ
あることを反映している点にも注意が必要である。同行は今月 15 日に開催した定例会合において8会合連続
で政策金利を据え置く決定を行ったが、会合後の記者会見において李柱烈総裁は「追加緩和余地はある」との
認識を示したことで、金融市場は早くも追加利下げの可能性を織り込み始めているものと見込まれる。その一
方で、追加金融緩和については「世界経済や金融市場を巡る不透明感などを理由に、利下げの効果は不透明で
ある」との認識を示すなど同氏自身は利下げの有効性に疑問を呈しているが、同行内において景気のさらなる
下振れを意識する姿勢が出ていることは間違いない。こうした事情を反映して海外資金は流出圧力を強めてお
り、結果的に通貨ウォン相場は下落基調を強めているとみられるが、政府内からは早くも口先介入の動きをみ
せるなど、資金流出に対する警戒感を強めている。足下の国際金融市場では中国景気を巡る不透明感や原油安
の長期化によるリスクマネーの動向、さらに、米国経済の先行きに対する見方などが複合要因となって不安定
な環境にあるなか、韓国を取り巻くマネーの動きも不安定な展開が続く可能性は高い。
 なお、上述のように経済の外需依存度が高い韓国にとって、足下においても実効ベースで日本円に対してウォ
ンが3割近くも高止まりしている状況を勘案すれば、ウォン安の進展は経済にプラスに作用するとみえるかも
しれない。しかしながら、国内の金融セクターにおいて外資系金融機関の存在感が高いなど、資金調達を海外
に依存している状況においては、必ずしもウォン安の進展
図 4 家計部門が抱える債務残高の推移
がマクロ経済全体にとってプラスとなるかは不透明なとこ
ろが少なくない。というのも、韓国では以前から家計部門
の債務が過大となるなか、ここ数年は低金利状態が長期化
していることに加え、海外から外貨建による借入が拡大す
るなどの動きも活発化しており、昨年9月末時点における
家計部門の債務残高は 1166 兆ウォンとGDP比で 75.8%
もの水準に達している。他方、家計部門の資産の太宗は住
宅をはじめとする不動産が占める構造となっているが、こ
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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こ数年韓国の不動産市場は価格下落が続くなど、これによるバランスシート調整圧力が景気に悪影響を与える
ことが懸念されてきた。一昨年以降の中銀による利下げのほか、政府による不動産取引活性化策などを受け、
首都ソウル周辺など大都市部では市況に底入れの動きが出てきたものの、足下では再び頭打ちの動きがみられ
るなど、ここもとの景気の先行き不透明感と相俟って市況が再び悪化する可能性もある。さらに、こうした家
計部門の債務の一部は円やドルといった外貨で借入が行わ
図 5 ウォン相場(対ドル、円)の推移
れているものも少なくないとされており、過度なウォン安
の進展は資産デフレによるバランスシート調整圧力が強ま
ることに加え、元利払いに伴う債務負担の増大を通じて国
内景気を急速に冷え込ませるリスクを高める。その一方、
景気に配慮する観点から一段の金融緩和に踏み切ることに
なれば、不動産市場などで「バブル」を発生させる可能性
があるほか、それに伴って家計部門の債務が押し上げられ
ることで過剰債務問題の深刻さが増すことも懸念される。
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
このように韓国経済を取り巻く環境は中国への依存度の高さといった構造のみならず、国際金融市場を通じた
債務構造にも問題を抱えており、これらの問題解決の取り組みは容易ではなく、先行きの景気を見るうえでも
不透明要因になり続けることが予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。