インドの経済成長率の「中国越え」

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
インドの経済成長率の「中国越え」を如何に捉えるか
~インドが持続可能な成長を実現するための道のりは依然険しい~
発表日:2016年2月9日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 モディ政権の物価抑制策や原油安の長期化によりインフレ率は低下し、経常赤字や財政赤字の圧縮も進む
などインド経済のファンダメンタルズは改善している。物価安定は経済成長のけん引役である内需の押し
上げに繋がる期待がある一方、モディ政権の進める構造改革は政治がボトルネックとなり未だ具体的な成
果を挙げていない。ただし、モディ政権はスローガンを肉付けする具体的な政策立案に着手しているほ
か、地方間の競争により改革を前進させる動きをみせるなど改革が徐々に前進する兆しはみえつつある。
 物価安定の長期化や金融緩和を追い風に内需が堅調ななか、昨年10-12月期の実質GDP成長率は前年比
+7.3%と4四半期連続で7%を上回る伸びを記録した。昨年通年の成長率は前年比+7.5%と中国を上回
ったものの、昨年の基準改定を経て統計に対する信頼性は充分ではない。他方、準備銀が信頼するGVA
ベースでは昨年通年の成長率は前年比+7.0%となる。GVAは中国と同じ生産ベースで算出されてお
り、こうした点を勘案すればインドの成長率は確かに中国を上回ったと判断することは出来よう。
 ファンダメンタルズの改善は進んだが、インドは依然経常赤字であるなど国際金融市場の動向に揺さぶら
れやすい。足下のルピー相場は弱含んでいるほか、同国金融市場では短期金利も上昇する事態に見舞われ
ている。ただ、これは銀行セクター改革が充分に進んでいないことの現われでもあり、昨年来の金融緩和
の効果を削ぐ一因にもなっている。持続可能な成長実現には様々な分野での改革深化が不可欠であり、政
治的に難しい課題ながらこれを着実に前進させることが、モディ政権が直面する優先課題と言えよう。
《成長率の「中国超え」は確実だが、直ぐに中国に取って代わる存在感にはなり得ず。着実な構造改革の実現は不可避》
 モディ政権による物価抑制策の効果に加え、一昨年後半以降長期に亘って原油相場の調整局面が続いているこ
ともあり、数年前までは慢性的なインフレに苦しんできたインド経済だが、足下ではインフレ率が大きく低下
するなど物価を巡る状況は大きく好転している。さらに、原油安の長期化は国内の原油消費量の約7割を中東
からの輸入に依存する同国にとって、交易条件の改善をも
図 1 インフレ率の推移
たらしているほか、これに伴う貿易赤字の縮小は経常赤字
の圧縮をもたらしている。世界金融危機後は政府が景気下
支えの観点から歳出拡大姿勢を強めるなど財政状況が急速
に悪化するなか、同国では農村対策の観点から燃料や肥料
などに対する補助金が過大で歳出改革の足かせとなるなど、
財政悪化に拍車を掛ける一因になってきたが、原油安は補
助金支出の抑制に繋がるなどの効果も生んでいる。結果、
インドのマクロ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
は大きく改善しており、国際金融市場が動揺する際は多くの新興国及び資源国で資金流出圧力が強まる動きが
みられ、2013 年のいわゆる“Taper Tantrum”では同国でもそうした動きが直撃したものの、足下において状
況は大きく異なっている。また、こうした外部環境の変化やファンダメンタルズの改善に加え、準備銀(中銀)
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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は昨年初めから大幅な利下げを実施するなど金融緩和に踏み切っており、家計部門を中心に物価安定による実
質購買力の向上に加え、金利負担の低下も景気のけん引役である個人消費を中心とする内需の押し上げに繋が
っている。その一方、モディ政権による経済政策(いわゆる「モディノミクス」)を巡っては、今年5月末に
は政権発足から早くも2年が経とうとしているものの、依然として明確な成果を挙げられずに今日に至ってい
る。事実、今年度予算の中で 2016 年4月からの導入を宣言していたGST(財・サービス税)については、
与党BJP(インド人民党)が依然少数派である議会上院(ラージャ・サバー)での議論がほぼ進まず、現時
点において制度実施に必要な憲法改正などの手続がすべて通過する見通しは立っていない。しかしながら、国
内外において「モディノミクス」に対する期待は依然として消えておらず、モディ氏自身に対する人気を追い
風に新たな政策を進める姿勢をみせている。モディ政権は発足直後から外資導入による製造業の勃興を目指す
「メイク・イン・インディア」とするスローガンを掲げるなか、今月 13 日からは最大都市ムンバイで「メイ
ク・イン・インディア・ウィーク」と称する大商談会を開催する。また、昨年提唱した起業支援策である「ス
タートアップ・インディア」に関連して先月には具体的な行動計画を発表し、先日には準備銀が外資のベンチ
ャーキャピタルの受入などを含むビジネス環境整備を側面支援する考えを示している。さらに、議会における
「ねじれ現象」の影響で連邦全体として構造改革が進めにくいなか、与党連合が多数派を占める州レベルを中
心に構造改革を進める動きもみられるなど、政策が徐々に前進する兆しはうかがえる。
 こうした外部環境も含めた物価安定に加え、準備銀による金融緩和などインド経済の成長のけん引役である個
人消費をはじめとする内需にプラスの要素が整うなか、足下の景気自体も堅調な拡大を続けていることが確認
されている。昨年 10-12 月期の実質GDP成長率は前年同
図 2 実質 GDP 成長率(前年比)の推移
期比+7.3%と前期(同+7.7%:同+7.4%から上方修正)
から減速したものの、4四半期連続で7%を上回る高い伸
びが続いており、中国経済の減速を背景にアジア新興国で
は軒並み成長率が鈍化するなど景気に対する不透明感が強
まっているなかでも比較的高い伸びを続けている。物価安
や金利低下を追い風に個人消費が堅調な伸びを続けている
ことに加え、原油安などが財政に対する負荷を軽減してい
るなか、公共投資の拡充などを通じて政府消費が拡大基調
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
を強めていることも景気の下支えに繋がっている。一方、インドは輸出依存度が他の新興国などと比較して低
いほか、輸出全体に占める中国向けの割合も低いなど中国経済に対する依存度は決して高くはないものの、A
SEAN景気の減速などを通じて間接的に輸出が鈍化するなど外需に下押し圧力が掛かっている。しかしなが
ら、当期についてはモディ政権による構造改革が容易に前進しないことや、国際金融市場の動揺などに伴う世
界経済に対する不透明感の高まりなどを受けて企業の設備投資意欲が急速に後退した結果、固定資本投資の伸
びが大きく鈍化しており、結果的に景気全体の足を引っ張る形となった。なお、投資の鈍化に伴い輸入にも大
きく下押し圧力が掛かったことで、純輸出の成長率寄与度は前年比ベースでプラスに転じるなどの効果に繋が
ったと考えられる。インド政府は通常経済成長率を年度(4月~3月)ベースでしか発表しないものの、2015
年通年ベースで計算すると前年比+7.5%と前年(同+7.3%)から加速しており、25 年ぶりの低水準に留ま
った中国(同+6.9%)を上回る伸びとなるなど、成長率の面では中国を越えたと判断することが出来よう。
とはいえ、過去1年程度の成長率寄与度をみると「誤差・脱漏」の寄与度が極めて大きく、これは昨年行われ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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たSNA(国民経済計算)の基準改定による精度が必ずしも高まっていないことを意味している。インド政府
が新たなGDP統計を発表して1年余りが経ったものの、準備銀は景気動向を判断する材料として依然として
GVA成長率(要素費用ベース:供給側統計)を重視する姿勢をみせていることも、当該指標が国内において
も充分な信頼性を得られていない実情がうかがえる。昨年
図 3 実質 GVA 成長率(前年比)の推移
10-12 月期の実質GVA成長率は前年同期比+7.1%と前期
(同+7.5%)から減速したものの、3四半期連続で7%
超の高い伸びが確認されており、生産ベースでみた成長率
も堅調な景気拡大を示している点は変わりない。個人消費
を中心とする内需の堅調さを繁栄して製造業を中心とする
第2次産業で生産拡大の動きが広がったほか、サービス業
も拡大基調が続くなど景気の下支えに繋がった一方、昨年
はモンスーン(雨季)の雨量が例年を下回る水準に留まっ
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
たために農林漁業の生産が落ち込んだことが景気全体の足かせになっている。インドでは依然として国民の約
6割が農村に居住するなど農業従事者の割合が高く、農業生産の動向が景気全体に与える影響を無視し得ない
環境にあることも当期の景気が減速感を強めた一因になっている。なお、2015 年の通年ベースでみた実質G
VA成長率は前年比+7.0%と前年(同+6.9%)から加速しており、同じ算出ベースで計算されている中国
(同+6.9%)を上回っていることを勘案すれば、インドの経済成長率は実態的にも中国を上回ったと判断し
てもよいと言えよう。
 上述のように原油安など外部における環境好転の長期化が追い風となる形で、インド経済のファンダメンタル
ズは改善するなど、インド経済にとっては願ってもない良い状況になっているにも拘らず、依然経常赤字を抱
えるなど経済活動に必要な資金を国内で賄うことが出来ない構造の脆弱さは残るなか、国際金融市場の動揺は
少なからず同国経済に悪影響を与えるリスクはくすぶる。足下の通貨ルピーの対ドル為替レートは再び上述の
“Taper Tantrum”の時以来となる安値圏で推移しており、海外資金の流出圧力がくすぶる事態が続く展開と
なっている。こうしたなか、インド金融市場においては 2013 年に準備銀総裁にラジャン氏が就任して以降、
同氏は同国の銀行セクターが短期金融市場を活用せずに準備銀からの借入に依存していることが金融深化を妨
げているとして、タームレポを中心とする短期貸出を通じ
図 4 短期金利(MIBOR3ヶ月物)の推移
て資金融通を行う姿勢をみせてきた。また、このように銀
行セクターが準備銀からの直接的な借入に依存している結
果、昨年来準備銀は計 125bp もの利下げを実施しているに
も拘らず、市中の借入金利はこれを大幅に下回る水準しか
金利が低下していないなどの事態を招いている。さらに、
年明け以降の国際金融市場の動揺に歩を併せる形で足下の
短期金利は上昇基調を強めており、昨年初めから準備銀が
大幅利下げを繰り返し実施してきた効果を大きく相殺する
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
事態となっている。先日の定例会合において、準備銀は政策金利を据え置く決定を行う一方、先行きにおける
持続可能な経済成長の実現には物価安定と経常赤字の縮小、政府による財政健全化の取り組みが不可欠である
との考えを示し、今月 28 日に発表予定の来年度予算案の中身を確認したいとの考えをみせている。市場のな
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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かには、来年度予算において歳出合理化をはじめとする財政健全化の取り組みが確認された場合、同行が追加
利下げに踏み切るとの見方があり、その可能性は小さくないと思われる。しかしながら、金融緩和の効果が金
融市場全体に及ぶには上述のようなボトルネックの解消が急務であり、その実現には準備銀が主導する金融セ
クター改革のスピード感を一段と高める必要があることは言を待たない。とはいえ、外資開放をはじめとする
改革には国内銀行をはじめ根強い抵抗感があり、過去にも全土でのゼネストに発展してきたことを勘案すれば
容易に進む話ではない。中国経済が以前の勢いを失うなかでインド経済に期待する声は国内外で小さくないも
のの、インド経済の持続可能な経済成長の実現には金融をはじめとするサービスセクターの効率性向上は避け
られないがその道のりは容易でないことを勘案すれば、インド経済を過度に頼みにすることは出来ない。その
意味においても、モディノミクスによる構造改革が少しずつでも前進させられるか否かが中長期的なインド経
済の行方を左右することは変わりないと言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。