1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート インドネシア、自立回復の道のりは遠い ~原油安の恩恵はあるも、足下の景気回復は公需に大きく依存~ 発表日:2016年2月10日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 年明け以降の国際金融市場はリスクオフの様相を強めるなか、原油安や中国不安も相俟って新興国や資源 国に厳しい環境となっている。ただし、インドネシアでは原油が純輸入国となるなか、原油安は経常赤字 の圧縮やインフレ低下に繋がるプラスの効果が出ている。足下では同国市場での海外資金の動きも落ち着 きを取り戻しており、中銀は先月利下げに踏み切るなど景気を重視する姿勢に転じている。先行きの物価 には引き続き注意が必要だが、物価安定が続けばさらなる金融緩和余地が拡大することも期待される。 原油安による物価安定や金融緩和など景気にプラスの材料が続くなか、昨年10-12月期の実質GDP成長 率は前年比+5.04%と4四半期ぶりに5%成長を回復した。物価安定を追い風に個人消費は底堅いなか、 財政出動を通じた景気刺激策の効果も内需の押し上げに繋がっている。一方、外需は国際商品市況の調整 も重なり価格・数量の両面で国内景気の足かせとなっている。海外資金の流入先細りは国内マネーの鈍化 を通じて内需拡大の「ゲタ」の低下に繋がるなど、同国経済が力強さを取り戻せない要因になっている。 先行きも物価動向には注意が必要だが、これが落ち着けば個人消費の堅調さは続くと見込まれる。他方、 足下の景気拡大は公的需要に依存する一方、政府が保護主義色を強めることは外資企業の同国をみる目に 悪影響を与えかねない。政府はインフラ投資の重点化を謳うものの、中国主導による投資計画は足下で遅 延も懸念されている。同国経済は最悪期こそ過ぎたが、力強さを欠く展開が続く可能性は高いであろう。 《原油安の長期化はプラスに繋がるが、足下の景気回復は公的部門主導の色合いが強く、自立回復の道のりは途上》 年明け以降の国際金融市場を巡る混乱による世界的な「リスクオフ」の様相が強まるなか、原油安の長期化や 中国経済を取り巻く不透明感も相俟って、中国経済に対する依存度を強めてきた新興国や資源国を中心に悪影 響が懸念されている。多くの資源国や新興国は経常赤字状態にあるなど、経済活動に必要な資金を国内で賄う ことが出来ない構造を抱えるなか、リスクオフに伴う世界的なマネーの収縮によってファイナンスが難しくな り、その結果として景気に下押し圧力が掛かるとの見方に繋がっている。こうした動きは多くの新興国通貨に とって下落圧力を招いているが、通貨を米ドルなど主要通 図 1 経常収支・財政収支の GDP 比の推移 貨にペッグ(固定)させている国々では為替維持に向けた 介入を行わざるを得ないため、これによって外貨準備が急 速に減少する事態も生じている。インドネシアはかつては アジア有数の産油国であったものの、現在は純輸入国に転 じているために原油安の長期化は輸入鈍化を通じて経常赤 字幅の縮小に繋がっている。なお、足下における貿易収支 の改善は実質的な輸入抑制策による「縮小均衡」的な政策 が奏功している面もあり、必ずしも歓迎出来る内容とはな (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 っていないものの、経常赤字の縮小に成功している点はプラスと言える。一方、同国では補助金財政の膨張が 歳出の重石となるなど財政健全化がなかなか進まない状況が続いてきたが、ジョコ・ウィ政権は原油安をきっ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 かけに一昨年末以降に燃料補助金の縮小及び廃止に動くなどの取り組みを進めるなど財政健全化に大きく舵を 切っている。しかしながら、足下では景気の減速感が強まったことで歳入に下押し圧力が掛かるなか、政府は 景気下支えの観点からインフラ関連を中心とする公共投資の拡充に取り組んだことで足下の財政状況は悪化基 調を強めており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を巡っては好悪双方が共存する状況となっている。 とはいえ、原油安が長期化していることで足下の同国においてはインフレ率が急速に低下するなど、慢性的な インフレが経済成長のけん引役である個人消費など内需の足かせとなることが懸念されてきたなか、同国を取 り巻く環境は変化しつつある。中銀は先月、インフレ率が 図 2 インフレ率の推移 低下していることに加え、国際金融市場が混乱しているな かにも拘らず通貨ルピア相場が比較的落ち着いた推移をみ せていることを理由に利下げに踏み切った。同国では 2013 年のいわゆる“Taper Tantrum”以降、ファンダメンタル ズの脆弱さを理由に海外資金の流出が続き、通貨ルピア相 場は下落基調を強めるなど輸入インフレ圧力が強まること が警戒されてきた。同行も景気減速が懸念されるなかにも 拘らず、通貨防衛を重視する観点から金融政策を引き締め (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 姿勢に維持する考えを示してきたものの、今回の利下げ決定により景気重視に大きく舵を切る決定を行ったと 考えられる。なお、足下のルピア相場は一時に比べて落ち着いている一方、1年前に比べて▲7%程度安値で 推移するなど輸入インフレ圧力が高まるリスクはくすぶっており、先行きについてはこれまでインフレ率が低 下トレンドを強めてきた反動が出る可能性に注意が必要である。他方、金融市場のなかには一連のファンダメ ンタルズの改善を理由に同国を評価する動きも出ており、今後は財政面でも改善の動きに繋げることが出来れ ば、さらなる利下げ余地も拡大することが期待出来よう。 足下では原油安の長期化によるインフレ率の低下に加え、金融政策も緩和姿勢に転じるなど景気にとってのプ ラス材料が重なっているが、昨年 10-12 月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.04%と4四半期ぶりに5% を上回る伸びとなるなど、景気の底離れが進んでいることが確認されている。当研究所が試算した季節調整値 に基づく前期比年率ベースでも約4年弱ぶりに+6%を上回る伸びとなるなど、昨年初めを底に徐々に景気の 底離れが進んでいる様子がうかがえる。インフレ率の急速 図 3 実質 GDP 成長率(前年比)の推移 な低下を受けて家計部門の実質購買力が大きく押し上げら れ、これまで経済成長のけん引役となってきた個人消費が 堅調な拡大を続けていることが景気の底離れを促す一因に なっている。さらに、今年2月に成立した補正予算の進捗 が一段と進んでいることで政府消費が拡大しており、これ に伴う公共投資の進捗促進も景気の押し上げに繋がってい る。また、家計部門を中心に不動産投資が活発化する動き もみられるなか、これは固定資本投資の拡大を促すなど内 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 需全般の堅調さに繋がっており、全体的にみれば内需の堅調さがあらためて確認される格好となった。他方、 中国の景気減速やそれに伴うASEANをはじめとする周辺国の景気鈍化により輸出に下押し圧力が掛かるな ど、依然として外需の底がみえない展開が続いている。同国は原油こそ純輸入国ではあるものの、輸出全体に 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 占める天然ガスやパーム油のほか、鉄鋼石や石炭、天然ゴムをはじめとする鉱物資源の割合が依然高く、足下 における国際商品市況の低迷は交易条件の悪化を通じて国民所得を下押しすることが懸念される。過去1年以 上に亘って輸出に数量及び価格の両面で下押し圧力が掛かっていることは、景気が以前のような力強さを取り 戻しにくい一因になっていると考えられる。また、足下では個人消費は堅調さを維持しているとはいえども、 以前に比べるとその勢いは力強さを欠いており、その背景には国際金融市場の動揺に伴い海外資金の流出圧力 が強まったことで国内金融市場におけるマネーの伸びが鈍化していることも影響している。国内におけるマネ ーの縮小は家計部門を中心とする消費や投資を押し上げてきた「ゲタ」の低下に繋がっており、結果的に景気 が以前のような力強さを取り戻すことが出来ない要因となっている。2015 年通年の経済成長率は前年比+ 4.8%と前年(同+5.0%)から一段と減速して6年ぶりに5%を下回る伸びに留まったことは、こうした外部 環境の悪化も大きく影響していることには注意が必要と言えよう。 先行きの同国経済については、ここ数年のルピア安による影響は懸念されるものの、足下でインフレ率が大き く低下している上、これが急激に上昇する事態を避けることが出来れば、個人消費を中心とする内需をけん引 役に堅調な経済成長を実現する余地は小さくないと考えられる。しかしながら、足下における固定資本投資の 動向などからは、同国経済が依然として政府部門を中心とする公的需要に大きく依存している傾向が一段と強 まっていることが確認出来るなど、民間部門が主導する形での自立的な経済成長には向かっていない。企業部 門による設備投資意欲は外資系企業を中心とする対内直接投資の堅調さを勘案すれば弱まっていないと考えら れるものの、ジョコ・ウィ政権が打ち出す国内資本に対する保護主義色の強い内向き政策を理由に、一時に比 べてその意欲に陰りがみられるのも事実である。昨年末に発足した「ASEAN共同体」を巡っても、域内最 大の経済規模を擁する同国がイニシアティブを取って経済統合に向けた取り組みを前進させるものと期待され ていたが、現実には上述のように経済政策全般に亘って保護主義色が強まるなど、必ずしも域内諸国の足並み が揃わない一因になっている可能性も考えられる。そうしたなか、今月初めにはTPP(環太平洋パートナー シップ協定)の署名式が行われ、今後は各加盟国内における批准に向けた手続が進められる予定だが、これが 円滑に進められる場合には、ASEAN内でTPPに加盟するマレーシアやベトナムなどに比べて同国は進出 先としての魅力が相対的に低下することも予想される。今年度予算では歳出に占める燃料補助金の割合が5% 未満にまで圧縮されるなど、昨年度の補正後に比べても一段と低下することでインフラ投資など他の歳出に振 り分ける余地は拡大している一方、歳入の前提となる今年の成長率見通しは前年比+5.5%と高く、財政欠陥 を補うべく最終的に歳出に下押し圧力が掛かる可能性は残る。インフラ投資を巡っては、ジャワ島における高 速鉄道建設計画を中国が請け負うことで決着したものの、一部報道などでは依然着工出来ない状況が続くなど スケジュールの後ろ倒しが避けられない展開となっている模様であり、ジョコ・ウィ政権は中国主導によるA IIB(アジアインフラ投資銀行)にも依存する姿勢をみせるなか、こうした一連の計画が「皮算用」となる リスクには注意が必要である。同国に以前のように海外資金が回帰する動きが出れば、経済成長の押し上げに 繋がると期待されるものの、国際金融市場を巡っては先進国を中心とする量的金融緩和政策の影響で依然「カ ネ余り」の状況にある一方、信用収縮が起こるリスクもくすぶるなかで同国をはじめとする新興国への資金流 入が活発化するかは不透明である。さらに、国際商品市況も実需の緩みが意識される展開が予想されるなかで は上値の重い状況が続くと見込まれ、交易条件の急激な改善には繋がりにくく、これは国民所得の改善の足か せとなることは避けられない。その意味では、インドネシア経済は最悪期こそ過ぎていると判断出来ようが、 それが即ち景気回復軌道への回復に繋がるかは依然として不透明な状況にあると言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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