1/3 World Trends マクロ経済分析レポート ブラジル、ルセフ大統領は五輪・パラを迎えられるか!? ~弾劾手続の行方は不透明だが、五輪・パラは最悪のタイミングで訪れよう~ 発表日:2016年3月30日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 経済的に厳しい状況にあるブラジルだが、足下では政治も混沌に陥っている。長期の景気低迷で政権運営 に不満が高まるなか、国営石油公社を巡る汚職問題は有力政治家に波及するなど政治不信も深刻化してい る。さらに、昨年末には議会下院で政府会計の不正を巡るルセフ政権に対する弾劾請求が承認され、一段 と厳しい状況に立たされている。政治的不安定はブラジルに対する内外の評価を大きく悪化させている。 その後もルセフ大統領をはじめ与党の有力政治家への疑惑が深まるなか、与党連立内から離反の動きも相 次いでいる。弾劾が成立するか否かは依然不透明だが、可能性は徐々に高まりつつある。こうした事態を 受けて金融市場では政治情勢が変化するとの見方に繋がっているが、仮に弾劾が成立しても事態好転は期 待しにくい。ブラジル市場を巡っては政治同様に「もうひと波乱」が待ち受けている可能性がある。 《ルセフ政権を取り巻く環境は一段と厳しく。足下の市場は活況を呈しているが、先行きにはもうひと波乱の可能性も》 中国景気の減速やそれをきっかけにした原油相場の長期低迷などが重なり、経済的に厳しい状況に立たされて いるブラジルだが、足下では政治を巡っても混沌とした状況に陥っている。景気低迷が長期化するなか、国民 の間からはルセフ政権による政策運営に対する不満が高まる動きが出ていたが、国営石油公社(ペトロブラス) を巡って与野党を含む多数の有力議員が関係する汚職事 図 1 ルセフ政権に対する支持・不支持率の推移 件が発覚したこともあり、国民の政治不信が一気に高ま った。さらに、事件発生時期がルセフ大統領が同社の会 長を務めていた頃と重なっていたこともあり、ルセフ政 権に対する支持率は急速に低下することとなる。一昨年 末の大統領選で辛うじてルセフ氏が再選を果たした際は、 世論調査などで 40%近くあった支持率は昨年以降低下 の一途を辿っており、直近では 10%に留まるなど「警 戒ライン」を大きく下回る水準となっている。ここ数年、 (出所)Datafolha より第一生命経済研究所作成 ルセフ政権の経済政策に対する不満から市民によるデモが散発的に展開される状況が続いてきたが、昨年以降 はルセフ大統領自身の弾劾を求める方向に変わってきていた。こうした状況を打開すべくルセフ政権は「ラヴ ァ・ジャット作戦」と称する特別捜査を実施したが、その結果は、与野党を含めた多数の有力議員が事件に関 与していることが明らかになったほか、同社の関連企業を含む多くの企業で役員が摘発されるなどの事態に至 っている。こうしたなか、議会においては野党主導でルセフ大統領の弾劾を求める請求が出されることとなっ た。請求が提出された当初、与党連立は議会上・下院双方で多数派を形成していること、国民の多数も必ずし も弾劾を要求していないことなどから手続が進まないとみられていた。しかし、与党連立を構成するPMDB (ブラジル民主運動党)所属のクニャ下院議長が事件の当事者となり、下院において議員権剥奪を巡る審議が 行われるようになると事態が変化する。クニャ下院議長はルセフ大統領率いる与党PT(労働者党)に対して 審議拒否を要請したとされるが、この要請が受け容れられなかったことを受けて「意趣返し」の意味合いから 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 同氏が最終的に弾劾請求を承認したとの見方もある。なお、弾劾請求そのものは 34 件申請されているが、昨 年末に承認されたのは「政府会計の処理に関する不正」とされる。具体的には、設備投資に対する低利優遇措 置や住宅購入促進といった政府が実施した景気刺激策に伴う歳出を政府系金融機関が一時的に肩代わりしたも のの、年度末に当該資金を返済せずに財政を良くみせていたとされ、現地では「自転車操業(Pedaladas)」 と呼ばれている。こうした手法が採られた背景には、カルドゾ政権下の 2000 年に成立した「財政責任法(L RF)」に基づいて同国では毎年基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字目標が設定され、その後の ルラ、ルセフ両政権下でもこの方針が維持されたことが影響している。基礎的財政収支の黒字維持はここ数年 における同国の対外的評価の向上に大きく影響を与えたと考えられる一方、ルセフ政権下ではこれが「粉飾」 によって達成されていたことは、同国に対する評価を一段と下げる一因になっている。上述の措置に対しては、 昨年 10 月に連邦会計裁判所が 2014 年度の会計報告に対する不承認を連邦議会に対して勧告したこともあり、 その後に政府は未払い処理された額を清算するとしている。 なお、議会下院において弾劾請求が受諾された背景には、国民の間から徐々にルセフ大統領の弾劾を求める声 が高まっていることも影響していると考えられる。その後も「ラヴァ・ジャット作戦」によって有力政治家に 対する疑惑が明らかになるなか、マネーロンダリングをはじめとする容疑でルラ前大統領にも追求の手が及ぶ 事態となると、ルセフ大統領は今月に同氏を官房長官に任命することを柱とする内閣改造を断行した。同国に おいては閣僚を対象に捜査及び起訴を行う際には最高裁による事前承認が必要になることから、これを逆手に 取った策であり、ルセフ大統領にとっては自身の政治的な「後ろ盾」であり、依然としてPT支持層からの人 気が高い同氏を守る「奇策」に打って出たとも捉えられる。しかしながら、こうした対応は国民からの反発を も招いており、今月に入って以降も主要都市で大規模な抗議デモが起こる事態となっている。他方、議会下院 での承認を経てルセフ大統領に対する段階手続が開始されているが、請求内容を検証するための「特別委員会」 の設置はその人事を巡る紛糾から当初の予定から大幅に遅れる事態に見舞われたものの、足下ではようやく前 進する動きがみられる。ただし、特別委員会の委員長及び報告官人事を巡ってはクニャ下院議長を支持する動 きがみられるなど、ルセフ大統領をはじめとする政府側にとっては厳しい状況となることは避けられない模様 である。なお、現在はルセフ大統領自身による答弁が計 10 回に亘って行われており、その後は特別委員会が 弾劾手続の継続の有無について計5回に亘って審議を行い、弾劾手続の継続が決定すれば下院議会招集の後に 投票が行われる手順となる。下院での弾劾承認には総議員数(513)の3分の2以上の賛成が必要になるが、 ここに来て連立与党内から離反の動きが相次いでおり、PRB(ブラジル共和党)とPMDBが連立離脱を発 表している。特に、PMDBは下院議員数 68 人と最大政党であり(PTの下院議員数は 58 人に留まる)、こ の流れが他の連立与党にも広がる事態となれば弾劾が可 図 2 レアル相場(対ドル)の推移 決する可能性は徐々に高まるものの、依然としてそのハ ードルは低くない。というのも、民主的な選挙によって 選出された大統領に対する弾劾については野党内にも反 対を表明する党が存在しており、政府はPMDBの連立 離脱を受けて早くも新たな連立を模索する動きをみせる など状況は流動的なままと言える。なお、下院での弾劾 手続が可決した後は、議会上院に弾劾裁判所が設置され た後に最高裁判所長官を議長とする形で弾劾請求が審議 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 され(最大で 180 日)、上院議員数(81)の3分の2以 図 3 主要株式指数(ボベスパ指数)の推移 上が賛成すれば、大統領が辞任してテメル副大統領(P MDB所属)が後継大統領となる。一連の手続が前進し ていることを受けて、金融市場においては早期に弾劾が 進むことにより同国経済の最大の懸案となってきた政治 的不安定が解消するとの見方が広がっている。他方、仮 に弾劾が失敗に終わった場合には、ルセフ大統領の求心 力が向上することにより政府の諸施策が前進するとの見 方も出ている模様である。こうした市場における観測を (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 反映する形で、足下では年明け直後の国際金融市場の混乱が一服していることも重なり、海外からの投資資金 が同国に回帰する動きがみられる。しかしながら、こうした見方は些か楽観に過ぎる可能性がある点には注意 が必要と言える。仮にテメル副大統領が後継の大統領に就任したとしても、直近の世論調査によるとテメル氏 の支持率も極めて低調であるなど、国民からの現政権に対する不信感は根強い。さらに、PMDB内において も「ラヴァ・ジャット作戦」が一段と進行した場合には大きな痛手となる可能性が高いことを勘案すれば、テ メル氏による政権運営も長続きする可能性は極めて低いと考えられる。そうなれば最終的には再選挙を通じて 新たなトップを選ばざるを得ない事態も予想され、ブラジルが本当の意味で難局を打開するためにはもうひと 波乱は避けられそうにないと言える。その意味においては足下の金融市場の活況は、年明け直後にかけて「売 られ過ぎていた反動」の域を出ていないと考えられるとともに、先行きにかけては政治動向をきっかけにした 波乱が待ち受けていると言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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