抗血栓薬による上部消化管 出血が予後に与える影響

抗血栓薬による上部消化管
出血が予後に与える影響
山 下 武 志
管出血により占められていることは、指摘され
栓症﹂の予防にシフトせざるを得ない。動脈硬
している。内科医の仕事は明らかに、
﹁血栓塞
虚血性心疾患、心房細動など、抗血栓療法を
必要とする患者数が、社会の高齢化に伴い激増
以外が見逃されてしまうのである。最近なされ
頭蓋内出血の存在があまりに有名なため、それ
である。抗血栓療法における致命的出血として
予後に及ぼす影響は軽微であると誤解されがち
血栓塞栓症の予防と消化管出血
化性疾患に用いられる抗血小板療法に比べ、立
た心房細動を対象とした大規模臨床試験では、
ない限り気づかれにくい。また、指摘されても
ち遅れていた心房細動患者に対する抗凝固療法
頭蓋外で生じる大出血イベントは脳卒中と同等
の死亡に対するインパクトをもつことが明らか
年の間
の施行率も、疾患啓発とともにここ
徐々に増加している。
になっている。
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このような抗血栓療法の普及は、必ず出血イ
ベントを増加させることは自明の理である。し
かし、このような出血イベントの約半数が消化
1)
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①急性冠症候群―消化管出血の有無による死亡率の違い〔海外データ〕
(文献2より)
抗血小板療法による消化管出血と予後
動脈硬化性疾患に対して用いられる抗血小板
薬は、アスピリンがその代表であるが、本薬は
上部消化管出血のリスクを増加させることが知
られている。このアスピリンは、急性冠症候群
患者が来院した際即時に用いられるが、このア
スピリン投与によって生じうる消化管出血が患
者の予後にどのような影響を及ぼすかについて
まず見ておきたい。
819人の急性冠症候群患者を対象
1万3、
としたACUITY研究では、消化管出血を生
じた患者の予後を、出血のなかった患者と比較
検討している。消化管からの大出血は全体の1
・3%の患者に生じ、消化管出血の有無で2群
に分けてその死亡率が比較されたが、その後1
年間の生命予後の差は驚くほど異なっていた
︵図①︶
。当然のことながら、両群の背景因子
は異なっており、予後は背景因子の差として解
釈しなければいけない側面がある。しかし、こ
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2)
ワルファリンを早期に再開した群では、再開
れらの背景因子を補正するため行われた多変量
は消化管出血後4日が中央値︵2∼9日︶であ
筋梗塞の発症を約1・7倍高めたということで
倍高めるだけでなく、心臓死を約3・7倍、心
開群で増加する傾向にあったが、統計学的な有
だろう。その後の消化管出血の再発は、早期再
り、臨床的には比較的早い再開とみなしてよい
解析においても、消化管出血は総死亡率を約4
ある。
心房細動を代表とする静脈性血栓症予防に用
いられる抗凝固療法は、ワルファリンがその代
抗凝固療法中の消化管出血の対処と予後
を合算した場合にもその死亡率が高いことが見
る︵図②︶
。そればかりでなく、同時に、両群
の発生率はワルファリン非再開群で有意に高く、
意差は認められなかった。一方で、血栓塞栓症
表である。抗凝固療法中に消化管出血を来した
てとれる。
上部消化管出血による多大な影響
死亡率に至ってはそれ以上の差が観察されてい
症例と出血がなかった症例の、直接的な比較研
究はまだなされていない。しかし、ワルファリ
ン投与中に生じた消化管出血に対する対処の差
上部消化管出血がなぜ予後にこのような影響
が、どのような予後の違いを生むかについての
を及ぼすのか、また心臓死、心筋梗塞、あるい
ファリン服用中に消化管出血を生じ、止血後早
理由は多様であると考えるのが妥当であろう。
は血栓塞栓症を増加させるのかについて、その
観察研究がなされている。心房細動などでワル
期にワルファリンを再開した群とワルファリン
医療環境が整った現代、消化管出血が直接失血
死を招くことはむしろまれである。
再開を行わなかった群の臨床経過を比較した研
究がある。
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3)
②抗凝固療法中の消化管出血と予後
―抗凝固療法の再開による死亡率の違い〔海外データ〕
(文献3より)
しかし、抗血栓薬を服用する高齢者の背景因
子は多様であり、ひとたび消化管出血を来せば、
抗血栓薬の中断を導くだけでなく、出血という
イベント自体が易血栓性を招く。出血量が多大
であれば、輸血や輸液が必要となり、過度な投
与は心不全を招く。高齢者では、消化管出血を
契機としたベッドレストは、容易に廃用症候群
を招き、易感染性を増加させるだろう。
社会が高齢化し、血栓塞栓症の予防がますま
す必要になる時代に、特に高齢者における出血
性イベントは医療側が予測するほど単純ではな
く、予後に及ぼす影響は多大であることを認識
︵公益財団法人心臓血管研究所
所長︶
しなければならない。
文献
Eikelboom JW, et al : Balancing the benefits and risks
of 2 doses of dabigatran compared with warfarin in
atrial fibrillation. J Am Coll Cardiol, 62 (10), 900-908
(2013)
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(304)
1)
Nikolsky E, et al : Gastrointestinal bleeding in patients
with acute coronary syndromes : incidence, predictors,
and clinical implications : analysis from the ACUITY
(Acute Catheterization and Urgent Intervention Triage
Strategy) trial. J Am Coll Cardiol, 54 (14), 1293-1302
(2009)
Witt DM, et al : Risk of thromboembolism, recurrent
hemorrhage, and death after warfarin therapy
interruption for gastrointestinal tract bleeding. Arch
Intern Med, 172 (19), 1484-1491 (2012)
(305)
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2)
3)