加齢を考慮した 睡眠薬の適正使用

はじめに
加齢を考慮した
睡眠薬の適正使用
小 鳥 居
ョイスと用量設定が適切か、である。
望
そのケースは睡眠薬の使用対象として適切か
生物は例外なく発達、成熟の後、老化の時期
ついに %を超えた。これは 年前の4倍を上
を迎える。ヒトの脳も同様で、睡眠構造が老化
日本における 歳以上の人口割合は年々増加
の一途をたどっており、2014年の調査では
65
50
薬による治療だが、その使用の適正基準は加齢
需要も同様に増加する。不眠治療の中心は睡眠
して増加することから、高齢社会ではその治療
て概日リズムは加齢により前進し、概して〝早
で起きること︵中途覚醒︶が増え、最も深い睡
齢による睡眠の質の変化で最も顕著なのは、途中
によりその景色が変化するのは宿命である。加
寝早起きの、浅く短い多相性の睡眠〟になり、
眠︵徐波睡眠︶が減るという変化である。加え
があろう。一つはそのケースが睡眠薬の使用対
トータルの睡眠時間は 歳を超えると約6時間
によって変化することを考慮する必要がある。
象として適切か、二つめは使用の際の薬物のチ
﹁睡眠薬の適正な使用﹂には大きく二つの視点
回る水準である。不眠の有症状率は加齢に比例
1)
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(540)
治療
25
①健康人の夜間睡眠時間の加齢変化
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程度まで短縮する︵図①︶
。
2)
睡眠時無呼吸症候群︵SAS︶
、レストレス
である。
を分かち合いながら信頼関係を築くことが肝要
るのではなく、傾聴支持的な態度で接し、苦悩
満を感じている患者に一方的に見解を押し付け
衛生指導を行う必要がある。その際、睡眠に不
睡眠のあり方を考え、目標を設定した上で睡眠
こと﹂への理解を求め、個々人の年齢に合った
ない。
﹁歳をとると必要な睡眠時間は短くなる
による弊害を生じさせるリスクがあり推奨され
がなければ、睡眠薬による治療はむしろ副作用
の眠気・ 怠・不安・抑うつなどのQOL障害
に熟眠感を奪っているケースも多い。もし日中
る午睡など、睡眠衛生的に不適切な習慣が余計
がない﹂と早い時刻から眠ろうとする、長過ぎ
ライフスタイルの変化も相まって、
﹁やること
しかし、多くの人は加齢後も﹁若いときのよ
うな深くて長い眠り﹂を希求する。退職などの
(文献 2 より改変)
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②2005年における睡眠薬の年齢階層別処方率(3カ月)
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レッグス症候群など、睡眠薬の使用が適切では
ない疾患が高齢者の不眠の背景に存在する場合
もある。特にSASは頻度が高い上に無自覚に
経過することも多く、持続性の不眠と誤診され
筋弛緩作用のある睡眠薬が漫然投与されている
ケースもあり、注意を要する。
高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬物の
薬物動態
睡眠薬の処方率は加齢とともに高まり、 歳
以上では8%を超える
︵図②︶
。一方で睡眠薬服
3)
少による肝代謝能の低下、腎臓における薬物ク
肝実質量の減少やチトクロームP450量の減
代謝・排泄には肝臓と腎臓の双方が関与するが、
内蓄積が進行して消失半減期が延長する。また、
加齢に伴い体内の脂肪成分が増大すると、脂
溶性薬物であるベンゾジアゼピン系睡眠薬は体
るというジレンマが存在する。
用時の副作用の発現リスクも、加齢により高ま
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(542)
(文献 3 より)
高齢者は睡眠薬の処方率が高い。
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作用のリスクが相対的に高い高齢者では、開始
ることが知られている。したがって睡眠薬の副
する感受性の亢進といった薬力学的変化も起こ
ほか、高齢者ではベンゾジアゼピン系薬物に対
リアランスの低下も薬物血中濃度の上昇を招く
体のサブタイプのうち、鎮静催眠作用を担う
ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、GABA A受容
して、服薬しないことを弱く推奨する﹂とした。
る﹂と指摘し、
﹁原発性不眠症の高齢患者に対
転倒および骨折のリスクを上げる不利益があ
る利益は少ない。一方で、非服用時に比較して
受容体に加え、筋弛緩作用に関与する 受容体
用量を常用量の半量にすることが推奨される。
にも親和性があるため中途覚醒時の転倒のリス
ω1
2014年に発表された﹃睡眠薬の適正使用
クが上がることが影響した結論と言える。
・休薬ガイドライン﹄では、
GRADE︵ Grading
このような従来の睡眠薬の欠点を埋めるべく
of Recommendations Assessment, Development 近年開発されたのが、ゾルピデム、クアゼパム、
ゾピクロン、エスゾピクロンなどの薬物である。
睡眠薬のチョイスは適切か
ω2
睡眠時間の延長を認めるが、不眠重症度に関す
ゾジアゼピン系睡眠薬はプラセボと比較して総
折の増加﹂である。当ガイドラインは、
﹁ベン
原因薬物として圧倒的多数を占める﹁転倒・骨
価値を置かれたのは、入院高齢者の転倒転落の
評価の際、
﹁不眠の重症度の軽減﹂と共に重い
︶に よ っ て 既 存 の エ ビ デ ン ス の
and Evaluation
システマティックレビューを行っている。その
最近、小脳に多く分布する 受容体への強い選
初は転倒のリスクは低いと考えられた。しかし
低いことから筋弛緩作用は少ない。そのため当
ることは変わらないが、 受容体への親和性が
薬といわれる。作用点はGABA A受容体であ
格を持たないため、非ベンゾジアゼピン系睡眠
これらはクアゼパム以外はベンゾジアゼピン骨
ω2
ω1
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4)
なく減量・中止がしやすいといった、当評価で
睡眠構築の維持や、反跳性不眠や依存形成が少
制せず、徐波睡眠を増加させるといった自然な
推奨する﹂とされた。とはいえ、レム睡眠を抑
眠症の高齢患者に対して、服薬することを弱く
ンでは転倒のリスクを認めた上で、
﹁原発性不
になりうることが指摘されている。ガイドライ
択性が平衡機能障害という別の転倒誘発リスク
ト︵2014年に承認・販売︶も筋弛緩作用が
またガイドライン作成時には上市されていな
かったオレキシン受容体拮抗薬のスボレキサン
方面での活用が定着していく可能性がある。
治療および予防に効果が示唆されており、その
よび増悪因子となる一方、ラメルテオンはその
またGABA A受容体作動薬がせん妄の誘因お
ビデンス集積により結論は変わってくるだろう。
おわりに
ある。
たな治療の選択肢として期待されている薬物で
されており、認知症を含む高齢者の不眠への新
重視されていない利点もあることは確かである。 なく、また認知機能への影響も少ないことが示
最近では、GABA A受容体に作用しない、
新しい作用点を持つ睡眠薬が上市されている。
ラメルテオンは視交叉上核に存在するメラトニ
ン受容体のみに作用が限局されるため、依存、
乱用、離脱症状や反跳性不眠だけでなく、理論
われわれは高齢者の不眠治療において、薬物
的には転倒も生じにくく、米国では唯一、向精
療法のリスクは相応に高いことを忘れてはなら
時点でのエビデンスがないため、
﹁服薬しない
る。ガイドラインでは転倒・骨折に関して作成
・ベネフィット比を考慮した処方を心がけなけ
切かを慎重に評価した上で、使用の際はリスク
ない。そのケースが睡眠薬の使用対象として適
神薬としての規制を受けない睡眠薬となってい
ことを弱く推奨する﹂としているが、今後のエ
58
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(544)
6)
5)
ればならない。高齢者では、生理的な睡眠構造
の変化や、睡眠覚醒同調機構の脆弱化が背景に
ある上、慢性的な身体疾患に併発することも多
眠薬の適正使用・休薬ガイドライン、じほう、東京
︵2014︶
中村将裕ら 睡眠導入薬服用後の静的平衡機能の研
究︱超短時間型と長時間型の睡眠導入薬の比較と安
全な使用法について、 Equilib Res
、 、335∼3
45︵2004︶
いため、睡眠薬の服用も長期にわたることが多
いが、それでもゴールを見据えて治療を行うこ
のための診療ガイドラインに関する研究班︶編、睡
32
63
Hatta K, et al : Preventive effects of Ramelteon on
delirium. JAMA Psychiatry, 71 (4), 397-403 (2014)
とはわれわれの使命である。
︵久留米大学医学部
神経精神医学講座
講師︶
文献
総務省統計局 ﹁国勢調査﹂
﹁人口推計﹂
︵2014︶
Ohayon MM, et al : Meta-analysis of quantitative sleep
parameters from childhood to old age in healthy
individuals : developing normative sleep values across
the human lifespan. Sleep, 27, 1255-1273 (2004)
三島和夫 診療報酬データを用いた向精神薬処方に
関する実態調査研究、厚生労働科学研究費補助金・
厚生労働科学特別研究事業﹁向精神薬の処方実態に
関する国内外の比較研究﹂平成 年度分担研究報告
22
書、 ∼ ︵2011︶
三島和夫ら 睡眠薬の適正な使用と休薬のためのQ
&A、三島和夫︵睡眠薬の適正使用及び減量・中止
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