表紙の人 私の座右銘 第422回

表紙の人
ず、組織作りにも非常に重要だと思っている。私
私 が 今 大 切 に し て い る 座 右 の 銘 は﹁ 対 話 と 傾
聴﹂である。これは診療にも大切であるのみなら
が加わった7月でも研修医まで含めても 名のみ
名、総スタッフは教授を含めて7名であった。私
た。設立時は講座でなく診療科であり、教官は3
学医学部附属病院循環器内科に、7月から加わっ
は人と話すこと、対話が好きである。そして大先
私の座右銘 第422回
輩のみならず同僚、後輩、患者さん、医療に関係
昇格、平成 年︵2000︶に熊本大学循環器内
であった。その後平成5年︵1993︶に講座に
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のない人からの話をよく聞く、傾聴することによ
り、多くのことを学んできた。
私は昭和 年︵1978︶に熊本大学を卒業、
昭和 年︵1981︶創立5年目の国立循環器病
た。その後、昭和 年︵1983︶ 月に泰江弘
入り、昭 和
科の教授になった。平成 年︵2003︶に大学
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年︵2012︶に循環器内科学と名称が変わ
院重点化に伴い熊本大学大学院循環器病態学、平
成
った。
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私は国立大学循環器内科の教授としては、少し
年︵1984︶までレジデントをし
変わった経歴かもしれない。卒業以来 年間一貫
センター︵現在の国立循環器病研究センター︶に
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84︶2月から診療が開始されたばかりの熊本大
文教授が初代教授として赴任され昭和 年︵19
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究を少しはやった方が良かったと思うし、海外留
して臨床のみに取り組んできた。今思えば基礎研
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まず﹁対話と傾聴﹂の診療面の意義から述べて
みたい。私の専門の狭心症は問診で、ほぼ診断が
付くし、急性心筋梗塞は前兆をつかむことにより
発症を予防できることもある。さらに心不全は夜
間の起座呼吸の出現を問診することにより早い対
応ができるし、不整脈も脈が飛ぶだけか、発作性
頻脈でも規則正しいか全くの不整かにより発作性
上室性頻拍か発作性心房細動か、発作性心房細動
なら麻痺などあったことはないか、長く歩くと足
が痛くなるが休むと痛みが止まると言われたら足
といつまでたっても指導者としての自覚がつきに
守られて働くのを希望する医師が多いが、これだ
を持つという意義を学んだ。最近は大きな病院で
違いなくプラスになった。若いうちに自分で責任
いた。しかしこのような経験も私の医師人生に間
天草や八代の医師数の少ない第一線の病院でも働
く、診療することで精一杯の教室であった。また
学もしたかった。しかし当時の教室は人数も少な
で 食 べ る の で、 漬 け 物 で 済 ま す こ と が 多 く な っ
院したので﹁食事を作ってあげられずに自分一人
血圧が上がってきた。聞いてみると、ご主人が入
の調節を行う。二人暮らしの老婦人がいて、急に
がポイントになる。それによりアドバイスと薬剤
このような時にも、いかに家庭のことを聞けるか
することがある、まさに﹁病は気から﹂である。
よくあることだが、家庭のストレスが大きく影響
また、狭心症でも発作頻度が変動する人がいる。
が冷たくないかなど、例を挙げれば切りがない。
くいと思 っ て い る 。
表紙の人 小川 久雄 オガワ ヒサオ
た﹂とのことであった。まさに塩分負荷を行って
した。治療してから自分で何でも行い、全く手が
かからなくなりました﹂と言われ驚いた。本人は
医師仲間でも﹁対話と傾聴﹂が重要である。先
輩のお話を聞くことは得られるものが多いことは
最重症例で同じような経験もある。 歳代の女性
っている、主治医の意見も重要だと再認識した。
時、その患者さんに関しては主治医が一番よく知
狭心症が起こるので動かなかったのである。その
当然であるが、最近は後輩からも教えられること
いたので あ る 。
が多い。カンファランスでの治療方針で意見の一
近は後輩に脱帽することもある。最近のエビデン
致を見ないことがある。徹底的に討論するが、最
臓は全く動かなくなり、 時間心停止状態となっ
が心筋炎で補助循環装置を使用したが、自分の心
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難聴もあり、活動的でもない患者に対して、主治
る。回診で経験することもある。超高齢の男性で
献からの真実とそれを学んでいる後輩達には負け
の臨床経験からの勘も大事にするが、数多くの文
スをいかに学んでいるかが決め手になる。当然私
とはしなかった。それは 年前の自分の経験が生
ある治療をしているなと感じたが、決して怒るこ
え治療方針を立てることを指示した。少々無理の
の対話を十分し、家族の話も聞いて後のことを考
た。私は主治医と相談、最悪の事態を考え家族と
きたからだ。その経験とは 歳代の男性で同じ心
一目見て適応はないと思って、﹁適応をよく考え
ずしも認められていなかった大動脈内バルーンパ
筋炎で、ほぼ全く心臓が動かない状態で当時は必
医は冠動脈インターベンションをすると言うが、
て﹂と言った。その後主治医が﹁難聴はあるが筆
ので、行った。1カ月くらいして家族に外来でバ
ぜひ冠動脈インターベンションをしたい﹂と言う
った。この治療はあくまでも心臓の動きを助ける
見はどうかと何度も家族の意見を聞き、治療を行
助けられないことを覚悟でやってみるが家族の意
談で明確に意思疎通でき、MRI上脳梗塞もない。 ンピングを付けた。この時も何度も家族と対話し、
ッタリお会いした。その時﹁ありがとうございま
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プで十分話し合い、出血傾向などのリスクもあっ
た。この時も治療について担当医、家族、グルー
子が全身転移で心嚢液が貯留し、治療を依頼され
元気に暮らしている。また小児がんの末期の女の
況になったことが数えきれないくらいある。その
もあって、本当に生きているのがやっとという状
環器救急をやっていると、体力を消耗し睡眠不足
長い医師人生からも体得したことである。特に循
することで、相手の性格も分かってくる。これは
究などに繋がっている。また、対話と傾聴を十分
織であったが、この方針を貫いてきた。医局長を
たが心嚢ドレナージを施行した。息苦しさの症状
ような時にさらに緊急事態が重なると、人の助け
目的で使用すべきで、ほぼ全く動かない心臓に付
は軽快したが数日で亡くなったこともあり、果た
が必要となる。そのようなギリギリの状況の中で、
ていた。現在もこれが財産となって多施設共同研
してこの治療が良かったのかと疑問に思っていた
自分も精一杯の状況にもかかわらず力を貸してく
5年務め、教室員全員の性格や家庭状況を把握し
が、小児科の主治医から患者さんのお母様が非常
れる人がいる。これが真の友である。このような
けるのは問題だと強く非難された。幸い二人の患
に感謝しておられたと伝えられた。息苦しさで母
者さんは奇跡的に救命でき、お二人とも現在もお
親と会話もできなかったが、心嚢液を抜いてから
あった。今後も若い医師と対話し、その意見を傾
最後の話ができた。本当に有難かったとのことで
も対話と傾聴が重要である。さすがに組織の人す
ることができたと思っている。大きな組織作りに
先輩を見極める力も、普段の対話と傾聴により得
楽になり﹁お母さんありがとう﹂と何度も言われ、 経験から、本当に困った時に助けてくれる友人や
聴し、指導すべき箇所についてはしていくべきと
べてと対話することはできないが、その時に中心
持った人物を選ぶことが大切である。組織は様々
になる人物を見極めること、しかも様々な考えを
思ってい る 。
最後に、組織作りにも﹁対話と傾聴﹂が重要で
あることは言うまでもない。私の教室は小さい組
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な考え方を持った者の集団であるが、偏った考え
方のみの集団になると、その組織は伸びていかな
い。組織を運営するには、自分と反対の考えを持
った人物と対話し傾聴することも重要で、自分の
仲間ばかりの意見で組織を運営するのは困ったも
のである。組織を運営する者は、まさに対話と傾
聴ができる人物がなるべきであると、つくづく思
っている。私は未だ十分な対話と傾聴ができる人
物にはなっていない。今後もこの﹁対話と傾聴﹂
を座右の銘として、診療に研究に教育に邁進して
いく所存 で あ る 。
︵熊本大学大学院生命科学研究部
循環器内科学
教授、
国立循環器病研究センター
副院長︶
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