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◆ 2014 年 7 月 25 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.74
文献番号 z18817009-00-100741078
協約失効・一時金支給差別の不当労働行為性
【文 献 種 別】 判決/神戸地方裁判所
【裁判年月日】 平成 25 年 4 月 16 日
【事 件 番 号】 平成 22 年(行ウ)第 40 号
【事 件 名】 不当労働行為救済申立棄却決定取消請求事件
【裁 判 結 果】 一部認容、一部棄却
【参 照 法 令】 労働組合法 7 条
【掲 載 誌】 労判 1084 号 37 頁
LEX/DB 文献番号 25503211
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統廃合、分社化・事業の整理・縮小・移転、さら
には会計基準の変更にあたっては、事前に組合と
誠意をもって協議をし、円満解決を図る。(後半
部分略)(第 27 項)。
(エ)組合活動有給休暇を年間 1,680 時間付与
する。但し使用にあたっては業務に支障のないよ
う組合は配慮する(第 28 項)。
平成 17 年 5 月付けでXZ間で改定協定を締結
し、基本協定は、改定協定で定められた項目以外
の項目について、平成 17 年 4 月 1 日に更新され、
更新後の協定期間は平成 20 年 3 月 31 日までと
なった。Zは、平成 19 年 4 月に「協議及び確認
依頼書」を提示し、各協定について見直しの協議
を依頼した。平成 20 年 2 月 15 日、基本協定の
一部改定(定期昇給、組合活動休暇、年間総労働時
間、同意条項等)を申し入れた上、同月 27 日付け
で、基本協定は同年 3 月 31 日で期間満了となる
が、自動更新を行わないこと、基本協定の廃止部
分と改定部分を申し入れることなどを通知した。
2 平成 20 年度夏季一時金について
Zは、労使双方が決定した条件に係る車両に限
り、ワンマン運行ができることを内容とする顧
客先ワンマン運行協定書を締結し、平成 14 年 10
月以降は車令 13 年以上又は走行距離 100 万 km
以上に達した車両の運行は、2 人乗車が原則とさ
れた。
Xが、平成 20 年 2 月、同年度夏季一時金につ
いて、1 人平均 95 万円を支給するよう要求した
ところ、Zは、同年 6 月 5 日付け回答書で 60 万
円とする旨を回答した。その後、ワンマン運行協
定を緩和することを条件に、夏季一時金 60 万円
に 9 万 5,000 円を上積みする旨の提案をした。X
事実の概要
原告たるX組合は、補助参加人Z会社及び個人
加盟の運輸関連並びに酸素関連一般で働く労働者
によって組織される全日本建設交運一般労働組合
の支部組織であり、Zは、特定貨物自動車運送業
等を行い、本社以外に 6 つの営業所を有し、そ
の資本を 100%出資する親会社が存在する。Zに
は、併存組合として兵庫県交通一般産業労働組合
テーエス労働組合(A組合)がある。
本件では、①基本協定の失効、X組合員に対す
る②一時金の不支給、③定期昇給の不実施、④ベー
スアップの不実施、⑤親会社の連結決算書類の不
開示、の不当労働行為性が争われ、兵庫労働委員
会が申立を棄却した(平成 22・1・7 不当労働行為
事件命令集 1414 号 415 号)ので、Xが被告兵庫県
に対し本件命令の取消しを求めた。
1 基本協定失効の経緯
Xの前身である全自運は、不当労働行為の和解
協定を締結し、その後Xは、平成 14 年 3 月 27 日、
Zとの間で、以下の条項を含む 30 項目について
定めた基本協定を締結した。それによると、協定
期間を同年 4 月 1 日から 3 年間とし、協定満了 1
か月以前にZとXとの双方から疑義がないときは
更に 3 年間延長すること、その後の期間について
も同様とすること及び協定を改定するときは、Z
はXと誠意をもって協議し、合意の上で行うこと
を内容とした。
(ア)定期昇給を 4,000 円とする(第 1 項)。
(イ)年間総労働時間を 2,640 時間とする(第
10 項)。
(ウ)会社は企業の解散・閉鎖・倒産・譲渡・合併・
vol.7(2010.10)
vol.15(2014.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.74
は、平成 20 年 7 月 7 日付け夏季一時金妥結表明
書で、1 人当たり 60 万円で妥結する旨を表明し
たが、Zは、X組合員に対し、夏季一時金を支給
しなかった。
3 平成 20 年度基本給の昇給等
Zの昇給規程第 2 条には「昇給の時期は、毎年
4 月 1 日とする。
」との規定があるが、昇給規程
には定期昇給額についての定めはない。Zは、X
に対し、平成 20 年 4 月及び 5 月の回答書で、基
本給月額等の平成 20 年度昇給額を提案したとこ
ろ、同年 6 月、Xは、基本給月額 38 万円未満の
者に対して一律月額 1,500 円昇給とし、基本給月
額 38 万円以上の者に対して一律月額 500 円昇給
とすることで妥結を表明したが、この合意は実施
されなかった。
4 連結決算書類等の開示
Xは、平成 19 年に税務署の受付印のある過去
3 年分の貸借対照表、損益計算書等及び内訳書を
含む税務関係の書類一式等の提出を求め、平成
20 年に会社の財務内容等の開示を求めるととも
に、貸借対照表及び損益計算書の提出を求めた。
それに対し、Zは、一部の書類を提出したが、X
は、組合へ提出した財務諸表等の内容は、Xが判
断できるものになっていないので、会計法に基づ
く正規の貸借対照表及び損益計算書の提出を再度
申し入れた。
明確な不更新通知がされ、同年 3 月 7 日に具体
的な条項の改定案が提案されたことは、X側に検
討期間を十分に取る余裕がなかったのではないか
とも考えられる。しかしながら、前記(ウ)のと
おり、Zは平成 19 年 3 月 22 日の当初協議依頼
書を初めとして、複数回基本協定の条項の改定を
求めており、他方で、基本協定改定案を提示され
た後のXの対応は、同意条項のうち、改定の対象
とはなっていない部分である『円満解決をはかる
こと』の解釈や、基本協定改定案が示されている
にもかかわらず、具体的提案について書面にする
こと、会社を永続的に発展させられる根拠等につ
いて回答を求めるというものであり、その求釈明
事項の内容に照らすと、Xは、Zが基本協定の改
定を求めていること自体に反発し、Zの改定案の
内容について具体的な協議に入ることを拒んでい
たものと認められる。」
そうすると、「Zは協定期間満了の約 1 年前か
ら協定改定の意向を示しており、複数回にわたり
改定の申入れをした上で協議を重ねてきたのであ
り、基本協定が失効したのはそのような協議に
よっても改定案の合意に至ることができなかった
結果であると認められ、協定期間満了日までに改
定について合意に至らなかったことについてはX
側にもその原因の一端があるというべきであるか
ら、基本協定の改定に当たってはXと合意形成に
努めることがZに強く要請されることを踏まえて
も、Xが主張するように、ZがXの弱体化を図る
ため、基本協定の失効を企図し、改定のための協
議を不当に引き延ばして基本協定を失効させたと
認めることはできないというべきである。」
2 ワンマン運行協定改定をしないことを理由の
夏季一時金不支給
「ワンマン運行協定改定により、現行のワンマ
ン運行協定では二人乗車することとなる車両を一
人乗車できるようになることから、その分の人件
費を将来削減することができ、また、車両の買い
換えを抑制することも見込まれるから、その将来
の削減分を夏季一時金の増額分の原資とすること
ができるといえ、ワンマン運行協定改定を条件と
することが不合理な前提条件ということはできな
い。」また、「Zはワンマン運行協定改定と一時金
の増額の関連性について、削減されるコストが原
資となる旨の最低限の説明はしていることに照ら
すと、Zが、Xが同意できない条件であることを
判決の要旨
⑤の部分のみ取消しその他は棄却。
1 基本協定の失効
「基本協定は、昭和 48 年に生じた不当労働行
為救済申立事件に関し締結された和解協定を基本
とし、それまでの労使間で形成された合意等を成
文化したものであるから、労使双方にとって、最
も重要な労働協約の一つであるといえる。このよ
うな基本協定の性質及び、同協定を改定するとき
は、ZはXと誠意をもって協議し、合意の上で行
うことが明記されていることに照らすと、Zが基
本協定の改定を求めるに当たっては、Xと十分協
議し、双方が納得できる見直しを実現するべく、
合意形成に努めることが強く求められているとい
うべきである。」
これを本件についてみると、
「3 月 31 日を満了
日とする状況において、同年 2 月 15 日に初めて
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.74
認識しながらこれに固執したということはできな
い。
」
なお、
「Xの 60 万円での妥結表明により、Z
との間で、夏季一時金を 60 万円とする合意が成
立したと解するのが相当であ」り、
「Zの夏季一
時金 60 万円の不支給については、Xの弱体化等
を図るものとして、不利益取扱い及び支配介入の
不当労働行為が成立するが、9 万 5,000 円の不支
給については、不当労働行為に当たらない」。
3 定期昇給及びベースアップの不実施
定期昇給を実施しなかったことは、
「基本協定
が失効し、4,000 円の定期昇給の条項がなくなっ
た以上、新たに協定が締結されない限り、Zが
4,000 円の定期昇給を実施しなければならない理
由はないから、その不実施は不当労働行為に当た
らない。」
ベースアップの不実施については、協約の「妥
結内容について、労使双方の認識に大きな差があ
り、合意の意義について疑義が生じたような場合
には、そもそも真に合意が成立していたのかにつ
いても疑義があり得る上、X側が協定書への調印
を拒否している以上、Zが基本給妥結案のベース
アップを実施しなかったことはやむを得ないとい
うべきであり、Xと異なり、そのような認識の齟
齬もなく、調印も行ったA組合との間で昇給に差
異が生じたとしても、各組合の意思決定に基づく
交渉の結果とみるのが相当であって、このことか
らZにXの弱体化を図る等の不当労働行為意思が
あったと推認することはできない」。
4 親会社の連結決算書類の不開示
「労働者にとって、賃金は最も重要な労働条件
の一つであるから、XがZの経営状況について詳
細な情報を得たいと考えるのは当然のことである
し、親会社が 100%出資しているZに対し、相談
した税理士の薦めに従って連結決算書類の開示を
求めることにも相応の理由があると認められる。
そして、Zとしては、このような原告の求めに対
し、結論において原告の要求に対し譲歩すること
ができないとしても、原告の理解が得られるよう
自己の主張の根拠を具体的に説明し、これを裏付
ける資料を示すなどして、誠実に協議する努力義
務がある」から、Zが連結決算書類の適時かつ十
分な開示をしなかったことについては、誠実交渉
義務に違反するものとして不当労働行為が成立す
る。
vol.7(2010.10)
vol.15(2014.10)
判例の解説
本件では、①基本協定の失効、組合員に対する
②一時金の不支給、③定期昇給の不実施、④ベー
スアップの不実施、⑤親会社の連結決算書類の不
開示、の不当労働行為性が争われ、申立を棄却し
た兵庫労働委員会命令に対し、神戸地判は、⑤に
ついてだけ不当労働行為の成立を認めた。関連し
て、組合脱退による協約の適用関係等の理論的問
題も提起されている。以下では、協約破棄を巡る
基本的問題が提起された①、併存組合下の団交の
在り方が問われた②④の論点を中心に検討した
い。なお、⑤については、Yが控訴し認容されて
いる(大阪高判平 26・1・16 中労委データベース)。
一 協約失効の不当労働行為性
協約終了を巡る不当労働行為は、本件のような
協約期間の満了にともなう失効の事例はそれほど
多くはなく、期間途中の解約の事案が一般的で
ある1)。組合活動を保障する条項につき十分な交
渉をせずに一方的に解約することは支配介入と解
される傾向にある(社会福祉法人陽気会事件・神戸
地判平 8・5・31 労判 704 号 118 頁、大阪高判平 9・
2・21 労判 737 号 81 頁ダ、最三小判平 9・7・15 労
判 737 号 79 頁ダ、駿河銀行事件・東京地判平 2・5・
30 労判 563 号 6 頁、東京高判平 2・12・26 労判 583
号 25 頁)。他方、
支配介入を認めない例もある(函
館厚生院事件・東京地判平 20・3・26 労判 969 号 77 頁、
平和第一交通事件・福岡地判平 3・1・16 労判 578 号
6 頁)
。
その点、本件では解約という積極的行為が問題
とならず、更新しなかったという不作為が争われ
たので不当労働行為性の認定は困難といえた。そ
れでも、救済申立がされるのであれば労使間の協
定を延長締結しないとの発言(新潟県厚生連事件・
東 京 地 判 平 15・12・3LEX/DB 文 献 番 号 28091396)
や、もっぱら反組合的動機からの更新拒否(熊谷
海事工業事件差戻し事件・広島高判平 25・4・18 労
判 1080 号 51 頁)
が支配介入とされている例がある。
本判決は、「Z側に明確な不更新通知や具体的
な改定案提案の時期が本件協定の期間満了日に近
接していたとはいえるものの、Zは協定期間満了
の約 1 年前から協定改定の意向を示しており、複
数回にわたり改定の申入れをした上で協議を重ね
てきた」ことやX組合の消極的姿勢から、組合弱
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新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.74
体化の意思なしと判示した。たしかに協約法理の
観点からは更新するか否かは自由といえる。しか
し、協約によって一定の労使間ルールが明確に形
成されている場合には、不当労働行為法理上その
変更、とりわけ失効については相当な配慮が必要
とされると思われる。失効の理由の説明やその後
の労使間ルールについて十分な協議である。本判
決も、
「ZはXと誠意をもって協議し、合意の上
で行うことが明記されていることに照らすと、Z
が基本協定の改定を求めるに当たっては、Xと十
分協議し、双方が納得できる見直しを実現するべ
く、合意形成に努めることが強く求められている
というべきである」と指摘している。
その点、本件では「改定案」の提示やその説明
は一定程度なされているが、基本協定自体の不更
新の意思表示は期間満了の直前になされており、
十分な協議の時間が確保されていない。「改定案」
の提示と「不更新による失効」についての提案は
全く質の異なる行為であり、不更新の意思表示は、
協約関係を尊重する観点からはやはり突然の提案
と評価しうる2)。組合の対応の仕方も明確に異な
ることが予想される。さらに、本件基本協約規範
の多くが組合活動上の権利を保障していることを
も考慮すると、期間直前の申入れは組合弱体化を
意図したものということができる。本件命令及び
本判決ともにこのような視点に欠ける。
もっとも、更新拒否が支配介入に当たるとして
も、救済命令として更新の義務づけまでを命じう
るかは疑問である。労使自治の領域にあまりに深
く関与するからである。労働委員会の専門性に期
待する領域に他ならない。
ある。例えば、日本メール・オーダー事件・最三
小判昭 59・5・29(労判 430 号 15 頁) は、「生産
性向上に協力する」という条件自体の問題ととも
に一時金不支給について会社が、「前提条件を、
分会が受諾しないであろうことを予測しえたにも
かかわらずあえて提案し、これに固執したことに
原因がある」として不当労働行為の成立を認めて
いる。その後の裁判例は、差し違え条件と差別措
置との間に相当な関係があるかを主に問題にして
いる3)。
本件一時金差別に関しては、ワンマン運行協定
改定の有無が差別の理由であり、一応「合理的」
といえるかもしれない。しかし、当該条件受諾が
安全運行上問題があるならば一時金引き上げの差
し違え条件とすることは不適切といえる。また、
本件では一時金を全く支給せず、その後仮処分に
より 60 万円を支給している。不当労働行為の成
否のレベルでは、全額不支給の不当労働行為性が
論点であり、その後の 60 万円の支給は救済利益
の問題と思われる。その点、本判決は 60 万円の
請求権があるという契約解釈を前提に立論をして
おり、その論理に問題がある。
ベースアップ不実施については、当該協定につ
いての最終合意がなされていないことを主要な理
由としている。誠実交渉義務の観点からは、その
リスクを組合にのみ負わせることが適切かが問題
になる。同時に、別組合を脱退したX組合加入者
について別組合との協約規範の適用を排除し、賃
金の不利益変更を認めている。X組合にベース
アップについて独自の協約があれば当該協約の適
用を受けるのは当然であるが、独自の協約がない
場合に同様に考えられるかは疑問である。X組合
に加入したことを理由とする不利益取扱いと解す
る余地がある。
二 併存組合下の団交を媒介とする
組合員間差別
労委実務及び判例は、団交を媒介とした組合員
間差別の事案につき、団交自体の差別の有無と使
用者の交渉テクニックが円滑な団交を阻害するか
から判断している。使用者は、団交応諾だけでは
なく、誠実交渉をも義務づけられているので組合
併存状態においても協約締結にむけた相当な努力
を要し、円滑な団交を阻害するような交渉態度は
許されず、それに由来する差別状態も不当労働行
為とみなされる。
デリケートな問題は、いわゆる差し違えもしく
は前提条件の「諾否」に由来する差別のケースで
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●――注
1)拙著『不当労働行為の行政救済法理』
(信山社、1998 年)
218 頁。
2)その点、本判決は、「協定改定の意向」と「廃止検討」
の申入れを明確には区別していない。
3)裁判例の傾向については、拙著・前掲注1)145 頁以
下参照。最近の事例として遅刻早退控除・ワッペン控除
等の妥結条件に固執して一時金を支給しなかったことが
不当労働行為とされている医療法人南労会事件・東京高
判平 21・5・28 中労委データベースがある。
放送大学教授 道幸哲也
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