ローライブラリー ◆ 2014 年 12 月 26 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.90 文献番号 z18817009-00-010901159 地方公務員の職員組合からの市庁舎の一部を組合事務所として利用するための目的外 使用申請に対する市長の不許可処分が裁量権の逸脱・濫用にあたるとされた事例 【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 9 月 10 日 【事 件 番 号】 平成 24 年(行ウ)第 49 号、平成 24 年(ワ)第 4909 号、平成 25 年(行ウ)第 75 号、 平成 26 年(行ウ)第 59 号 【事 件 名】 建物使用不許可処分取消等請求事件(第 1 事件) 、建物明渡請求事件(第 2 事件) 、建物 使用不許可処分取消等請求事件(第 3 事件) 、 使用不許可処分取消等請求事件 (第 4 事件) 【裁 判 結 果】 一部認容、一部棄却 【参 照 法 令】 憲法 28 条、労働組合法 7 条 3 号、地方自治法 238 条 4 項・238 条の 4 第 7 項 【掲 載 誌】 公刊物未登載 LEX/DB 文献番号 25504674 …………………………………… …………………………………… のとする。」としている。市長は平成 23 年 12 月 30 日のYの幹部職員に対するメールでは、組合 を縛ると不当労働行為となりかねないので市当局 等を縛る条例とする旨を述べた。 4 Xらは、平成 24 年 2 月 17 日・平成 25 年 2 月 18 日・平成 26 年 2 月 6 日にYに対し、本 件事務室部分につき、使用期間を 4 月 1 日から の 1 年間として、使用許可申請をしたところ、市 長は、不許可とする処分をしたので、Xらは、そ れぞれにつき、不許可処分の取消しと損害賠償を 求める訴訟を提起した。平成 24 年度不許可処分 は、組織改編に伴う行政事務スペースが必要にな ることを理由とし、平成 25 年度と平成 26 年度 不許可処分は、本件条例 12 条の存在と行政事務 スペースとしての利用を理由とするものである。 なお、Xらは、平成 26 年度については、使用許 可処分の義務づけも求めた。 事実の概要 1 原告Xらは被告Y(大阪市)の職員が加入 する労働組合又はその連合体であり、平成 18 年 7 月 14 日、Yが所有する本庁舎(以下「市本庁 舎」 )地下 1 階の一部について使用許可(地方自治 法 238 条の 4 第 7 項)を受け、以後平成 23 年度ま で毎年使用許可を受けて、組合事務所として使用 していた。 2 平成 23 年 11 月 27 日の大阪市長選挙(以 下「本件市長選挙」)で当選した大阪市長(以下「市 長」) は、 平成 23 年 12 月 24 日までは、Xらに対し、 平成 24 年度も本件事務室部分の使用許可を行う 意向であったが、同月 26 日の大阪市会交通水道 委員会で、市会議員から労働組合等が本件市長選 挙において自己の対立候補を支援する政治活動を 行っていたという指摘を受けると、組合の事務所 には市庁舎からまず出て行ってもらうことからス タートしたいと答弁し、突然に市庁舎から組合事 務所を排除する方向へと方針転換した。市長は、 本件方針転換の際に、庁舎内における労働組合等 の政治活動の点を挙げるにとどまり、行政スペー スの不足に関する事情に全く言及せず、Xらに対 しても具体的な説明をせず、団体交渉にも応じず、 本件事務室部分については公募にして政治団体の 事務所を移転させたいと述べた。 3 平成 24 年 7 月 27 日、大阪市労使関係に 関する条例(以下「本条例」)が可決され、同年 8 月 1 日に施行された。本条例 12 条は「労働組合 等の組合活動に関する便宜の供与は、行わないも vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 判決の要旨 1 本件各不許可処分の違法性についての 判断枠組み 「地方公共団体の庁舎は、地方自治法 238 条 4 項にいう行政財産であり、当該地方公共団体の公 用に供することを目的とするものである。した がって、これを目的外に使用するためには同法 238 条の 4 第 7 項に基づく許可が必要であり、目 的外使用を許可するか否かは、原則として、施設 管理者の裁量に委ねられているものと解するのが 相当である。……その裁量権の行使が逸脱・濫用 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.90 に当たるか否かの司法審査においては、……その 判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところ がないかを検討し、その判断が、重要な事実の基 礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性 を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の 逸脱・濫用として違法となるとすべきものと解す るのが相当である(最高裁平成 18 年 2 月 7 日第 三小法廷判決・民集 60 巻 2 号 401 頁参照)。」 「施設管理者においても、労働組合等に対しそ の活動の拠点として組合事務所を庁舎内に設置す ることを継続的に許可してきた場合には、それま では、組合事務所として利用させることが、当該 地方公共団体の庁舎の用途又は目的を妨げるもの ではなく、相当なものであったことが推認される 上、それを以後不許可とすることによって、労働 組合等の庁舎内での組合活動につき著しい支障が 生じることは明らかである。したがって、そのよ うに従前と異なる取扱いをした不許可処分の違法 性を判断するに当たっては、施設管理者側の庁舎 使用の必要性がどの程度増大したか、職員の団結 権等に及ぼす支障の有無・程度、施設管理者側の 団結権等を侵害する意図の有無等を総合考慮し て、施設管理者が有する裁量権の逸脱・濫用の有 無等を判断すべきである。」 2 平成 24 年度不許可処分の違法性について (1) 組織改編に伴い新たな行政スペースが必 要になるという理由について 一連の事情を総合すると、「主たる理由が、庁 舎内における労働組合等の政治活動を巡る点にあ り、行政事務スペースとして使用する必要性は大 きなものではなかったことが推認できる」。 (2) 庁舎内で労働組合員等による政治活動が 行われるおそれを完全に払拭する必要があるとい う理由について 「庁舎内に組合事務所が存在することと、職員 により違法な政治活動が庁舎内で行われることと の高い関連性を認めることはできない」。また、 「組 合事務所において政治活動が行われる蓋然性が高 いともいい難い」 。 (3) 労働組合等の弱体化の意思の有無 「便宜供与を廃止し、明渡しを求めるに当たっ ては、職員の団結権等を不当に侵害しないように 配慮しなければならないのは当然であり、労使関 係の適正化という目的と上記便宜供与の廃止とい う手段との合理的関連性、その廃止による労働組 2 合等が受ける影響や他のより労働組合等に与える 影響の小さい方策の有無を検討した上で、信義則 上、明渡し期限の相当期間前に、労働組合等と 団体交渉を行」ってしかるべきである。「市長は ……組合(労働組合等)に対する便宜供与の禁止 を内容とする条例の名宛人を組合(労働組合等) とすると不当労働行為となりかねないと述べてい ることからしても、……便宜供与を一斉に廃止す ることにより、その活動に深刻な支障が生じ、ひ いては職員の団結権等が侵害されることを認識し ていたことは明らかであって、むしろ、これを侵 害する意図をも有していたとみざるを得ない。」 3 平成 25 年度及び平成 26 年度各不許可処分の 違法性について (1) 本件条例 12 条が存在しているという理由 について 「使用者が組合事務所として使用するための施 設の利用を労働組合等に許諾するかどうかは、原 則として、使用者の自由な判断に委ねられており、 ……本件条例 12 条が労組法 7 条 3 号が許容して いる便宜供与を一律に禁止しているからといっ て、直ちに労組法に違反するとはいえない。…… 本件方針転換による市長の労働組合等への便宜供 与の禁止の指示は、……職員の団結権等が侵害さ れることを認識し、これを侵害する意図をも有し ていたとみざるを得ないものであり、……従前労 使関係において特段問題が生じていなかった労働 組合等が、本件条例 12 条により、従前受けてい た便宜供与を廃止されることに何らの合理的根拠 も認め難いことは明らかである。……したがって、 本件条例 12 条は、少なくとも同条例が適用され なければ違法とされるYの行為を適法化するため に適用される限りにおいて、明らかに職員の団 結権等を違法に侵害するものとして憲法 28 条又 は労組法 7 条に違反して無効というべきであり、 上記各不許可処分の違法性を判断するに当たって は、独立した適法化事由とはならないというべき である。」 (2) 本件事務室部分を行政事務スペースとし て利用する必要があるという理由について Yがその後生じたと主張する「事情も、Yが平 成 24 年度不許可処分の理由に掲げる行政事務ス ペースの不足に関する事情と質的・量的に有意な 相違があるとは認め難い。」 (3) 労働組合等の弱体化の意思の有無 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.90 「本件条例は、市長の職員の団結権等を侵害す る意図に基づく……便宜供与の一律禁止の指示を 制度化したものである。……市長には、平成 24 年度不許可処分と同様、職員の団結権等を侵害す る意思が継続してあったと推認するのが相当であ る。 」 二 組合事務所の供与と憲法 28 条 労働組合が、団結権(憲法 28 条) にもとづい て組合事務所の貸与という便宜供与を当然に使用 者に請求する権利をもつかについては、団結承認 義務の一内容として組合事務所の供与義務を認め る見解もあるが7)、通説・判例は否定している8)。 しかし、使用者が便宜を供与する段階と、一旦便 宜供与が定着しているときにそれを廃止する段階 とで明確に区別しなければならないとする見解が あり9)、本判決も結果的にはこの区別をして判断 しているといえる。この見解は、労働組合が団結 権にもとづいて組合事務所などの便宜供与を当然 に使用者に請求する権利をもつことは、判例・通 説と同様に否定せざるをえず、使用者が団結承認 義務によって便宜供与を義務づけられるとはいっ ても、その義務は抽象的なものにとどまり、具体 的な便宜の供与は基本的には労使の協定ないし慣 行によって制度化されるべきとする。しかし、協 定ないし慣行によって一定期間便宜供与が続けら れてきた後に、使用者が合理的理由なしに一方的 にそれを廃止することは、団結権侵害として強く 非難されるべき態度であり、原則として支配介入 の不当労働行為を構成し、不法行為ともなりえ、 さらに、使用者が便宜を供与するにあたって自由 に裁量ができるとしてもその廃止が自由でないの は、使用者に採用の自由があっても解雇の自由が 10) ないのと同様であるとする 。そして、このこ とは、公務員組合の場合も同一視してよいともさ 11) れる 。 本判決は、団結承認義務に言及しているもので はないが、「明渡しを求めるに当たっては、職員 の団結権等を不当に侵害しないように配慮しなけ ればならないのは当然であり」、「便宜供与を一斉 に廃止することにより、その活動に深刻な支障が 生じ、ひいては職員の団結権等が侵害されること を認識していたことは明らかであって」(判決の 要旨2(3))等と述べていることからすると、組合 事務所の利用と憲法 28 条の団結権の保障とをつ なげてとらえているものといえ、憲法学からも評 価できよう。 判例の解説 一 本判決の位置 企業別組合である日本の労働組合は、企業から 便宜供与の一種として組合事務所を供与されるこ とが多く、全体として約 65%が使用者から組合 事務所の貸与を受けている1)。労働組合法は、使 用者が「労働組合の運営のための経費の支払につ き経理上の援助を与えること」を原則として禁 止し(7 条 3 号)、またこのような援助を受ける団 体は労組法上の労働組合ではない(2 条但書 2 号) と規定するが、 「最小限の広さの事務所の供与」 は例外としている(7 条 3 号但書、2 条但書 2 号但書)。 本件のように、使用者が組合事務所を一度供与し たとしても、使用者がその後明渡しを求めること が多く2)、この明渡請求の問題は組合事務所の貸 与をめぐる典型的な法律問題であるとされる3)。 組合事務所は企業内の組合活動の基盤であり、労 働者への情報発信、コミュニケーションの場であ るので、組合事務所を明け渡すことは、組合にとっ ては、その組織基盤を損ないかねず、訴訟ではこ うした明渡しが団結権侵害となるかどうかが争わ れてきた4)。民間企業の場合には、賃貸借契約、 使用貸借契約でなされ、裁判例では、明渡請求に 正当な事由があるかどうかが問題とされる5)が、 公務員組合の場合には、行政財産の目的外使用の 許可(地方自治法 238 条の 4 第 7 項)にもとづいて なされ、本件のようにその不許可処分をめぐって 争われることになる。 本判決は、地方公務員の職員の組合について、 大阪市が便宜供与として貸与してきた組合事務所 の明渡しを求めた事案について、憲法 28 条の団 結権の保障にも言及して、使用不許可処分が裁量 権の逸脱・濫用であることを認め、その取消しと 損害賠償を一部認め、使用許可処分をするよう に命じたものである6)。地方公務員の組合事務所 の明渡しに関する判決として、数少ない判決の 1 つであると思われる。 vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 三 判断枠組みについて 本判決では、呉市(広島県教職員組合) 事件最 高裁判決を明示的に引用し(判決の要旨1)、その 枠組みを採用している。この最高裁判決は、教職 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.90 ている。(1) に関し、使用者が組合事務所として 施設の利用を許諾するかどうかは原則として自由 であることから、本条例 12 条が直ちに団結権を 侵害し、労組法 7 条 3 号に違反するとはいえな いが、従前労使関係において特段問題が生じてい なかった労働組合等も含めて一律に便宜供与を廃 止することを不合理とし、Yの行為を適法化する ために適用される限りにおいて違憲無効という判 断を示したことが注目される。周知のとおり、最 高裁判所はこれまで適用違憲という手法に消極的 であるが、下級審では採用されることがあり、違 憲審査の活性化という観点からは積極的に評価す 14) べきことと思われる 。 員組合からの教育研究集会の会場として市立中学 校の体育館等の学校施設の使用申請に対する不許 可処分をめぐるものであり、地方自治法 238 条 の 4 第 4 項(現行第 7 項)に照らして、管理者の 裁量権を認め、司法審査の密度としては、重大な 事実の誤認及び社会通念からの逸脱を裁量権の濫 用の基準としつつも、 「判断要素の選択や判断過 程に合理性を欠くところがないかを検討する」と いった判断過程合理性審査の方法をとり、審査 密度が相対的に高い審査方法を採用したもので 12) ある 。この判決と類似の判断枠組みはその後 13) の最高裁判例の中にもみてとることができる 。 本判決は、この最高裁判決の事案と同様に行政財 産の目的外利用の不許可が問題となったものであ り、この最高裁判決に依拠したものであろう。 本判決は、この枠組みを踏まえ、判決の要旨1 のように、不許可処分の判断にあたって考慮すべ き要素として、 「施設管理者側の庁舎使用の必要 性がどの程度増大したか、職員の団結権等に及ぼ す支障の有無・程度、施設管理者側の団結権等を 侵害する意図の有無等」を挙げた。施設管理者側 の団結権等を侵害する意図の有無も考慮事項とさ れているが、処分の動機を検討することは行政裁 量の統制の際には一般的なことであろうし、また、 呉市(広島県教職員組合) 事件最高裁判決におい ても、従前の運用を考慮事項に挙げていることか ら、それを本件にあうように具体化したものとい えよう。 ●――注 1)菅野和夫『労働法〔第 10 版〕』 (弘文堂、2012 年)619 頁。 2)高橋賢司「在籍専従・組合事務所」『労働法の争点〔第 3 版〕』(有斐閣、2004 年)41 頁。 3)菅野・前掲注1)619 頁。 4)高橋・前掲注2)41 頁。 5)菅野・前掲注1)619 頁。 6)YはXに対して組合事務所の明渡しを請求していたが (第 2 事件)、本判決はそれは認めなかった。 7)角田邦重『労働者人格権の法理』(中央大学出版部、 2014 年)344 頁。 8)西谷敏『労働組合法』(有斐閣、2012 年)268 頁。 9)西谷・同上。 10)西谷・同上。 11)西谷敏「公務員組合攻撃の意味するもの」労旬 1769 号(2012 年)13 頁。 12)本多滝夫「公立学校施設の目的外使用不許可処分と司 法審査」ジュリ 1332 号(2007 年)40 頁。 四 具体的判断について 1 平成 24 年度不許可処分の違法性について 本判決では、判決の要旨2においてYが主張し 「職 た 3 つの理由が検討されている。(3) について、 員の団結権等を不当に侵害しないように配慮しな ければならないのは当然」とし、目的と手段の合 理性関連性やより制限的でない手段の検討を求め ていることは、比例原則にもとづくものであろう が、憲法学でも違憲審査にあたっての枠組みとし て提唱されているものであり、さらに、団結権を 侵害する意図があることを認定していることも注 目に値する。 13)土田伸也「学校施設使用許可と考慮事項の審査」『行 政法判例百選Ⅰ〔第 6 版〕』(有斐閣、2012 年)157 頁。 14)なお、本判決は、合憲限定解釈について直接触れると ころはないので、芦部教授の適用違憲の分類によれば第 3 の類型(処分違憲型)と思われるが、「従前労使関係 において特段問題が生じていなかった労働組合等」への 適用を不合理としていることから第 2 の類型(合憲限定 解釈可能型)といえる余地もあろう(芦部信喜〔高橋和 之補訂〕『憲法〔第 5 版〕』(岩波書店、2011 年)378 頁 など参照)。ただ、本件条例が団結権を侵害する意図に 基づく市長の指示を制度化したものであれば、不当な目 的で制定されたということができ、本条例 12 条自体に も瑕疵があるとはいえないだろうか。 2 平成 25 年度及び平成 26 年度各不許可処分の 立命館大学教授 倉田原志 違法性について 本判決は、判決の要旨3の 3 点について検討し 4 4 新・判例解説 Watch
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