と判断した参議院「一票の格差」 - LEX/DBインターネット TKC法律情報

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◆ 2014 年 12 月 26 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.92
文献番号 z18817009-00-010921162
4 増 4 減改正後でもなお「違憲状態」と判断した参議院「一票の格差」平成 26 年判決
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所大法廷
【裁判年月日】 平成 26 年 11 月 26 日
【事 件 番 号】 平成 26 年(行ツ)第 78 号、平成 26 年(行ツ)第 79 号
【事 件 名】 選挙無効請求事件
【裁 判 結 果】 原判決破棄、請求棄却
【参 照 法 令】
憲法 14 条 1 項、公職選挙法 14 条・別表 3、公職選挙法の一部を改正する法律(平成
24 年法律第 94 号)附則 3 項
【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト
LEX/DB 文献番号 25446783
……………………………………
……………………………………
い不平等状態にあると評価されるに至ったのは、
総定数の制約の下で偶数配分を前提に、長期にわ
たり投票価値の大きな較差を生じさせる要因と
なってきた都道府県を各選挙区の単位とする選挙
制度の仕組みが、長年にわたる制度及び社会状況
の変化により、もはやそのような較差の継続を正
当化する十分な根拠を維持し得なくなっているこ
とによるものであり、同判決において指摘されて
いるとおり、上記の状態を解消するためには、一
部の選挙区の定数の増減にとどまらず、上記制度
の仕組み自体の見直しが必要であるといわなけれ
ばならない。しかるところ、平成 24 年改正法に
よる……4 増 4 減の措置は、上記制度の仕組みを
維持して一部の選挙区の定数を増減するにとどま
り、現に選挙区間の最大較差(本件選挙当時 4.77
倍)については上記改正の前後を通じてなお 5 倍
前後の水準が続いていたのであるから、上記の状
態を解消するには足りないものであったといわざ
るを得ない」。……「したがって、平成 24 年改
正法による上記の措置を経た後も、本件選挙当時
に至るまで、本件定数配分規定の下での選挙区間
における投票価値の不均衡は、平成 22 年選挙当
時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平
等状態にあったものというべきである。」
事実の概要
選挙のたびごとに提訴されているお馴染みの
「一票の格差」に関する事案である。平成 25(2013)
年 7 月 21 に施行された参議院通常選挙について
も全国各地で違憲訴訟(公職選挙法 204 条に基づ
く選挙無効訴訟) が提起され、高裁レベルでの判
断も分かれていたが、この問題に関して最高裁と
して判断を下したのが、ここで扱う判例である(岡
山県選挙区の選挙人の提訴に関するものである)
。
平成 22 年の参議院通常選挙につき平成 24 年
に最高裁判所は「違憲状態」との判断を下してい
た(最大判平 24・10・17 民集 66 巻 10 号 3357 頁。
1)
以下、「平成 24 年判決」という) 。それを受けて
平成 24 年 11 月 16 日に国会で「4 増 4 減」の改
正が行われた(公職選挙法の一部を改正する法律〔平
成 24 年法律第 94 号〕)
。しかし、総定数 242 人の
うち比例代表選出議員 96 人を除く 146 人の選挙
区選出議員につき、都道府県を選挙区の単位とし
た上で半数改選という憲法上の要請(46 条)から
偶数の議員定数を配分する現行の選挙制度の下で
は、最大格差を 4 倍以内に抑えることは「相当
の困難を伴う」ものであることが指摘されており、
実際、本件選挙当時の最大格差は 1 対 4.77 とい
う状況であった。第一審は「選挙を無効とする」
との判断を示していた2)。選挙管理委員会が上告。
2 違憲状態の是正への取組
一方で、①違憲状態に至っていることを国会
が「認識し得た」のは平成 24 年判決が下された
平成 24 年 10 月 17 日であること、②違憲状態を
是正するためには「現行の選挙制度の仕組み自体
の見直し」が必要であるが、それには「相応の時
間を要する」こと、③しかし平成 24 年 10 月 17
判決の要旨
1 投票価値の不均衡
平成 24 年判決において「選挙区間における投
票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著し
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.92
日から本件選挙まで約 9 か月しかなかったこと、
から、法改正を実現させることは「困難な事柄」
であったこと、他方で、平成 24 年判決後に行わ
れた 4 増 4 減改正の際に平成 28 年の通常選挙に
向けて抜本的な見直しについて引き続き検討を行
い結論を得るものとする旨が附則で定められ、同
附則に基づいて平成 24 年判決の「趣旨に沿った
方向」で選挙制度の改革に関する検討が行われて
いること、といった諸事情に照らすと、「国会に
おける是正の実現に向けた取組が平成 24 年大法
廷判決の趣旨を踏まえた国会の裁量権の行使の在
り方として相当なものでなかったということはで
きず、本件選挙までの間に更に……法改正がされ
なかったことをもって国会の裁量権の限界を超え
るものということはできない。」
昭和 58 年判決(1 対 5.26)をはじめ、1 対 6.59
で「違憲状態」と判断した平成 8 年判決(最大判
平 8・9・11 民集 50 巻 8 号 2283 頁)を除き、
「厳格化」
が指摘される平成 16 年判決(1 対 5.06)、平成 18
年判決(1 対 5.13) も含めて、従来は 5 倍以上の
格差でも「合憲」と判断されてきた。そのため、
最高裁は 1 対 6 を目安(基準)としていると一般
に考えられ(て批判され) てきたところである。
そうした中で、平成 24 年判決は 1 対 5 の格差で
「違憲状態」との判断を下した。まずは、その平
成 24 年判決の趣旨をどのように理解すべきか、
が重要になってくる。
二 平成 24 年判決の理解
この点に関する説明は判決の要旨1でなされて
いる。要するに「現行選挙制度の下ではもはや 5
倍前後の大きな格差は正当化されえない」という
ことである。その際、「5 倍前後の格差」という
表現に惑わされることなく「現行選挙制度の下で
は」という点にウェイトを置いて理解する必要が
ある。
「国会が具体的に定めたところがその裁量権の
行使として合理性を有するものである限り、それ
によって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求
められることになっても、憲法に違反するとはい
えない」というのが昭和 58 年判決以来の基本的
な考え方であり、本判決でも繰り返されていると
ころである。その上で、「昭和 22 年の参議院議
員選挙法及び同 25 年の公職選挙法の制定当時に
おいて」は、現行の参議院選挙制度の仕組みを定
めたことは、
「国会の有する裁量権の合理的な行
使の範囲を超えるものであったということはでき
ない」が、その後「長年にわたる制度及び社会状
況の変化により」「大きな較差」「の継続を正当化
する」ほどの合理性は失われた、というのが最高
裁判所の見解である。
平成 24 年判決自体は、投票価値の平等を重視
して、判断を厳格化させたと理解することも可能
な判例である。しかし、従来一般に考えられてい
た 6 倍基準説を否定して 5 倍の格差を違憲とし
た点に意義のある判例3) としてではなく、現行
選挙制度の合理性の喪失を宣告した判例として理
解することが重要である(参照、櫻井 72 ~ 73 頁・
98 頁)。
合理的な裁量権の行使として是認される限り、
3 結論
「本件選挙当時において、本件定数配分規定の
下で、選挙区間における投票価値の不均衡は、平
成 24 年改正法による改正後も前回の平成 22 年
選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著し
い不平等状態にあったものではあるが、本件選挙
までの間に更に本件定数配分規定の改正がされな
かったことをもって国会の裁量権の限界を超える
ものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反
するに至っていたということはできない。」
(櫻井龍子裁判官ら 5 裁判官の補足意見、千葉勝美
裁判官の補足意見、大橋正春裁判官ら 4 裁判官の各
反対意見がある。)
判例の解説
一 先例との関係
参議院の「一票の格差」問題に関しては、昭和
58 年判決(最大判昭 58・4・27 民集 37 巻 3 号 345 頁)
以来、多くの判例が積み重ねられてきた。本判決
においても、その「趣旨」は「基本的な判断枠組
みとして」
「変更する必要は認められない」と述
べられている。もっとも、平成 16 年判決(最大
判平 16・1・14 民集 58 巻 1 号 56 頁) を境として、
平 成 18 年 判 決( 最 大 判 平 18・10・4 民 集 60 巻 8
号 2696 頁)、平成 21 年判決(最大判平 21・9・30
民集 63 巻 7 号 1520 頁) と「実質的にはより厳格
な評価がなされるようになって」きたことも、本
判決においても指摘されているところである。
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.92
結果として発生する格差も許容されるのである
が、合理性を喪失した選挙制度の下での大きな格
差は許容できない。したがって一部の選挙区の定
数の増減にととまらず、
「選挙制度の仕組み自体
の見直し」が必要である。にもかかわらず 4 増 4
減の改正しかなされなかったのであるから、依然
として「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等
状態」にある。これが本判決の主旋律であり、最
大格差がいくらを超えれば違憲となるか、といっ
た話ではない。
平成 16 年判決以降「判断の厳格化」が指摘さ
れ、本判決でもその点について言及がなされてい
る。実際、司法制度改革の影響や判断過程統制の
手法など、
非常に注目を集めてきたところである。
しかし、本判決の視点から回顧的に眺めてみるな
らば、その「判断の厳格化」の実相とは、結局の
ところ、現行の参議院の選挙制度そのものの合理
性に疑問を抱く裁判官が増えてきた、ということ
になるのではなかろうか。
以上の理解によれば、衆議院に関し、一人別枠
方式の合理性の喪失を問題とし、そのような不合
理な制度の下での格差を「違憲状態」と判断し
た平成 23 年判決(最大判平 23・3・23 民集 65 巻
2 号 755 頁) 以降の毎年の大法廷判決、即ち、平
成 24 年判決:参議院、平成 25 年判決(最大判平
25・11・20 民集 67 巻 8 号 1503 頁)
:衆議院、本判決:
参議院は、最大格差を問題としていた従来の判例
とは異なり、選挙制度そのものの合理性を問題と
しているのであり、従来の判例と同じ水準で理解
すべきではないということになる。
は昭和 58 年判決以来のものである)
。この定式は、
㋐「(AかつB)がCの場合」、㋑「Aかつ(BがC)
の場合」という 2 通りの読み方が可能であった。
特に平成 18 年判決及び平成 21 年判決において
はAとBが明瞭に区別されることなく合憲判断が
下されたため、㋐の方が適切な理解である可能性
があった。しかし、本判決では「当裁判所大法廷
は、これまで、①当該定数配分規定の下での選挙
区間における投票価値の不均衡が、違憲の問題が
生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか否
か、②上記の状態に至っている場合に、当該選挙
までの期間内にその是正がされなかったことが国
会の裁量権の限界を超えるとして当該定数配分規
定が憲法に違反するに至っているか否かといった
判断の枠組みを前提として審査を行ってきており
……」と述べられている(①②は原文)。本判決に
従えば㋑の方が適切な読み方だったということに
なる。本判決のこの読み方が従来の判例の理解と
して適切であるか否かは検討を要するところであ
る5)が、ここでは立ち入らない(平成 8 年判決は
㋑の読み方、平成 18 年判決は㋐の読み方に親和的で
ある)。
2 本判決の特徴
まず、衆議院と同様に憲法違反か否かを 2 段階
で判断することを再確認したことが、平成 18 年
判決及び平成 21 年判決のように一般論としては
2 段階的な判断枠組み自体は掲げつつも実際には
2 段階で判断しない傾向を示した判例も存在して
いた6)だけに、大きな意味を持つ。次に、2 段階
目の判断について、従来は「合理的期間」と「相
当期間」という用語の相違をはじめ衆議院と参議
院で同じなのか否かについても不明であった(櫻
井 81 頁)が、本判決では衆議院に関する平成 25
年判決を明示的に引用しており、衆議院の場合と
同様の考慮要素が掲げられていることが重要であ
る。しかし、その理由として挙げられているのは、
衆議院平成 25 年判決と同様に、違憲状態を是正
するために国会と裁判所の協働が要請される局面
における「司法権と立法権との関係に由来」す
るということである。「合理的期間」論が登場し
た昭和 51 年判決(最大判昭 51・4・14 民集 30 巻 3
号 223 頁)自身も含め従来の判例においては、法
律制定後の事情の変更により後発的に違憲となる
場合に国会に「是正のための猶予期間」を与える
三 「違憲状態」判決
1 2 段階の判断
衆議院では、憲法違反か否かを判断する際に、
①投票価値の平等の要求に反する状態に至ってい
るか否か、②合理的期間内に是正がなされなかっ
たか否か、という 2 段階の判断が行われてきた4)。
それに対し、参議院では「〔A〕投票価値の著し
い不平等状態が生じ、かつ、〔B〕それが相当期
間継続しているにもかかわらずこれを是正する措
置を講じないことが、
〔C〕国会の裁量権の限界
を超えると判断される場合」に憲法に違反すると
定式化されている(〔A〕~〔C〕は引用者。本判
決でも承継されているこの一般論は、平成 21 年判決
において大幅に簡素化された表現となったが、骨格
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が明らかとなった。あとは国会が実現させるだけ
である(その際、参議院における投票価値の平等の
問題につき、櫻井 94 頁以下を参照)
。実現されれば
それに越したことはないが、実現されなかった場
合の問題が残る。
その際に必要なのは、「違憲状態を是正するた
めに最適な手段は何か」という思考である。昭
和 51 年判決はまさにこうした観点から「事情判
決の法理」による解決を案出したのである(櫻井
88 ~ 89 頁)
。注意すべきは、こうした判断は状況
依存的だということである8)。昭和 51 年当時の
最適な解決策が今日でも同様に最適だとは限らな
い。「いたずらに旧弊に従った判断を機械的に繰
り返9)」すことのないようにしなければならない
のは、国会だけでなく最高裁判所自身にも妥当す
る。
という趣旨であったと解される(櫻井 81~82 頁)。
そもそも「合理的期間」論には変化がみられる(櫻
7)
井 84 頁 ) が、理由づけが異なれば当然に射程
も異なってくる。この理由づけ自体の当否も含め
検討を要する点である。
3 衆議院平成 25 年判決との関係
2 段階目の判断については、衆議院平成 25 年
判決が明示的に引用されているところであり、違
憲状態という結論が共通する点も含め、一見する
と同判決と類似しているように見える。しかし、
一人別枠方式の廃止と 0 増 5 減改正を「一定の
前進と評価しうる法改正」と位置づけて「違憲」
ではなく「違憲状態」にとどめた衆議院平成 25
年判決とは異なり、本判決においては 4 増 4 減
改正は評価されておらず、むしろ附則において平
成 28 年選挙までに「抜本的な見直し」を行うこ
とが定められ、それに向けて改正作業が進められ
ていることが評価されている(この点は特に補足
意見に明瞭である)。衆議院に関して「違憲状態」
判決を繰り返したことには疑問が残るが、参議院
に関しては「現行の選挙制度の仕組み自体の見直
し」を要請していたのであり、それには「相応の
時間」が必要であることも最高裁自身が述べてい
たところである。平成 28 年選挙まで猶予期間を
与えたことは、現実的な解決策であったと思われ
る(櫻井 92・98 頁)。本稿筆者は、ドイツ連邦憲
法裁判所がしばしば行っているように、いつまで
に法改正を行う必要があるか明確に期限を設定す
ることが重要である(しかも日本の最高裁判所が同
様のことを行うことも可能である)と考えている(櫻
井 87 頁以下、特に 91 ~ 92 頁)
。本判決では明示的
には述べられていないが、6 人の裁判官の補足意
見までも視野に入れると、平成 28 年選挙までと
いう期限が実際上設定されたものと理解すること
ができるであろう。
●――注
1)平成 24 年判決につき、櫻井智章「参議院『一票の格差』
『違
憲状態』判決について」甲法 53 巻 4 号(2013 年)61 頁。
文献も含め詳しくはこの論文を参照していただきたい。
以下、本文中に「櫻井○頁」と表記する。
2)広島高岡山支判平 25・11・28 判例集未登載(LEX/DB
文献番号 25502324)。山田哲史「判批」新・判例解説
Watch(法セ増刊)15 号(2014 年)11 頁。
3)例えば、辻村みよ子「判批」長谷部恭男ほか編『憲法
判例百選Ⅱ〔第 6 版〕』(有斐閣、2013 年)333 頁。
4)衆議院平成 25 年判決では、以上に加え、③違憲と判
断した場合に選挙を無効とするか否か、を加えた 3 段階
と表現されているが、違憲と判断するまでは 2 段階であ
る。
5)参照、村上敬一「判解」最判解昭和 58 年度民事篇 190 頁。
6)宍戸常寿「一票の較差をめぐる『違憲審査のゲーム』」
論究ジュリ 1 号(2012 年)47~48 頁。
7)特に、人口移動ではなく法解釈の変更の場合にも「合
理的期間」論を用いた衆議院平成 23 年判決で大きな転
換があったと考えられる(櫻井 105 頁注 62)。もっとも
平成 23 年判決自体は従来の延長で捉えることもなお可
能なものであり、先に指摘したように、平成 23 年判決
以来議論の水準が違っているのではないかという点も含
め、更なる検討を要する点である。
四 今後の展望
前回の平成 24 年判決は「違憲状態判決」とい
う警告判決を出しておきながら、いつまでに何を
すればよいのかが明らかではなく、警告としては
拙劣であった(櫻井 90 ~ 91 頁)。その点、本判決
では、次回平成 28 年の選挙までに、「現行の選
挙制度の仕組み自体」の見直しを求めるものであ
り、国会がいつまでに何をしなければならないか
4
8)カール・シュミットが鋭く指摘していた点である。参照、
櫻井智章「行政と司法の理論的区分に関する試論」大石
眞先生還暦記念『憲法改革の理念と展開・上巻』
(信山社、
2012 年)138 頁以下。
9)平成 16 年判決の補足意見 2(民集 58 巻 1 号 69 頁)。
甲南大学准教授 櫻井智章
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