大阪市労使関係に関する条例12条の合憲性

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◆ 2015 年 3 月 12 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.94
文献番号 z18817009-00-010941190
大阪市労使関係に関する条例 12 条の合憲性
【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 11 月 26 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(行ウ)第 164 号、平成 25 年(行ウ)第 156 号
【事 件 名】 会場使用許可処分義務付等請求事件(第 1 事件)
、会場使用許可処分の義務付け等請求
事件(第 2 事件)
【裁 判 結 果】 一部認容、一部棄却、一部却下
【参 照 法 令】 憲法 28 条・94 条、国家賠償法 1 条 1 項、行政事件訴訟法 37 条の 5 第 1 項、地方自治
法 2 条 2 項・14 条 1 項・238 条の 4 第 7 項、学校教育法 137 条、学校施設の確保に
関する政令 1 条・3 条 2 号、大阪市労使関係に関する条例 12 条
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25505197
……………………………………
……………………………………
事実の概要
てその被害の回復を図るほかない」。
2 本件各処分の違法性について
大阪市教職員組合(以下「市教組」)が教育研究
集会(以下「教研集会」) の会場として、平成 24
年度と平成 25 年度に市立小学校の学校施設の目
的外使用許可申請をしたところ、労働組合等の組
合活動に関する便宜供与を禁止する「大阪市労使
関係に関する条例」(以下、本件条例)12 条(「労
(1) 学校施設の目的外使用の許可にあたって
は「学校教育上支障があれば使用を許可すること
ができないことは明らかであるが、そのような支
障がないからといって当然に許可しなければなら
ないものではなく、行政財産である学校施設の目
的及び用途と目的外使用の目的、態様等との関係
に配慮した合理的な裁量判断により使用許可をし
ないこともできるものである。」「学校教育上の支
障とは、物理的支障に限らず、教育的配慮の観点
から、児童、生徒に対し精神的悪影響を与え、学
校の教育方針にもとることとなる場合も含まれ、
現在の具体的な支障だけでなく、将来における教
育上の支障が生ずるおそれが明白に認められる場
合も含まれる。」また、「管理者の裁量判断は、許
可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、
使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をする
にあたっての支障又は許可をした場合の弊害若し
くは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性
等許可をしないことによる申請者側の不都合又は
影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮し
てされるものであり、その裁量権の行使が逸脱濫
用に当たるか否かの司法審査においては、……そ
の判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くとこ
ろがないかを検討し、その判断が、重要な事実の
基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当
性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権
の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと
解するのが相当である。」
働組合等の組合活動に関する便宜の供与は、行わな
いものとする」と定める)を理由に、各校長からい
ずれも不許可処分を受けた。そこで、原告(市教組)
は、市に対し、不許可処分の無効確認と国家賠償
法に基づく損害賠償を求めて出訴した。
大阪地裁は、無効確認請求については訴えの利
益がないとして却下したが、「本件条例 12 条の
効力は認められず、校長が裁量権を逸脱濫用した
違法な処分を行った」として損害賠償請求を一部
認容した。
判決の要旨
1 本件無効確認請求の適法性について
「本件各申請は、いずれも特定の日時において
学校施設の目的外使用許可を求めるものであると
ころ、その特定の日時が経過していることから、
使用許可によって得るべき法的利益は消滅」して
おり、
「本件無効確認請求によって本件各不許可
処分の無効を確認しても、……法的利益を回復す
ることはできず、無効確認を求める訴えの利益は
存在しないから、原告は、本件損害賠償請求によっ
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.94
(2) 「本件条例 12 条は、被告と対象となる労
働組合等との間の労使関係が適正かつ健全なもの
であるか否かを問わず、被告が労働組合等に対す
る便宜供与を行うことを一律に禁止し、施設管理
者の裁量を一切認めない趣旨であると解される。」
(3) ①便宜供与を廃止するにあたっては、「職
員の団結権等を不当に侵害しないように配慮しな
ければならないのは当然であり、労使関係の適正
化という目的と上記便宜供与の廃止という手段と
の合理的関連性、その廃止により労働組合等が受
ける影響や他のより労働組合等に与える影響の小
さい方策の有無を検討した上で、信義則上、事前
に労働組合等と団体交渉を行い、従前の取扱いを
変更する理由について具体的に説明するととも
に、労働組合等の受ける不利益の軽減措置につい
て誠実に交渉を行ってしかるべきである。」
②本件条例の「目的達成のためには、個別の便
宜供与によって不健全な労使関係になったと認め
られた時点で、当該労働組合等に対する便宜供与
を廃止するとしても十分であると考えられる。
」
「従前労使関係において特段問題が生じていな
かった労働組合等が、本件条例 12 条により、便
宜供与を一律に禁止されることに何らの合理的根
拠も認め難いことは明らかである。」
③「本件条例制定の目的である労使関係適正化
の中心的課題は、庁舎内における労働組合等の政
治活動の防止にあり、……本件各申請における教
職員組合の教研集会としての学校施設の利用に関
する便宜供与の禁止は、上記課題を達成するため
の手段としての合理的関連性が強いとはいえず、
……便宜供与を一律禁止した結果、学校施設の利
用を認められた他の各種団体と比較すると、教職
員組合が労働組合等であることのみを理由に……
不利益を受けていることは否定できない」。
④「以上を総合考慮すると、本件条例 12 条は、
少なくとも同条例が適用されなければ違法とされ
る被告の処分(便宜供与の不許可処分)を適法化
するために適用される限りにおいて、職員団体の
団結権等を違法に侵害するものとして憲法 28 条
に違反して無効というべきである」。
「本件各不許可処分は……考慮すべきでな
(4) い考慮要素(本件条例 12 条の存在)のみを考慮
している点において判断が明らかに合理性を欠い
ており、他方、当然考慮すべき事項(教研集会の
意義、学校教育上の支障のないこと、原告の自
2
主性を阻害しないこと)を十分考慮しておらず、
……社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたもの
といえ、学校長の裁量権を逸脱・濫用したもので、
その余の点を判断するまでもなく違法というべき
である。」
判例の解説
一 本件条例 12 条の憲法 28 条適合性
1 憲法が保障する権利を侵害する条例は違憲
無効となり得る。これまでも東京都公安条例事件
(最大判昭 35・7・20 刑集 14 巻 9 号 1243 頁)、大分
県屋外広告物条例事件(最判昭 62・3・3 刑集 41
巻 2 号 15 頁)
、岐阜県青少年保護育成条例事件(最
判 平 元・9・19 刑 集 43 巻 8 号 785 頁 )、 広 島 市 暴
走族追放条例事件(最判平 19・9・18 刑集 61 巻 6
号 601 頁)などで当該条例の憲法 21 条適合性が、
東京都売春防止条例事件(最判昭 33・10・15 刑集
12 巻 14 号 3305 頁)では地域による取扱いの差異
が憲法 14 条の要請に反するとして争われた。ま
た、いわゆる法律留保事項を条例で規制できるか
――財産権を条例で制限できるか、条例で課税で
きるか、条例で罰則を設けることができるか――
といった問題は条例制定権の限界として議論され
てきたが、潜在的には憲法上の権利の保障や憲法
原理との適合性の問題が関連していた。地方分権
改革により、条例制定権の範囲が拡大するにつれ、
条例の憲法適合性が直接的に問われる機会が増大
することが予想される中、本判決は、本件に先立
つ 2 つの同種の事案――大阪市の職員が加入す
る労働組合、職員団体またはその連合体が市庁舎
の一部を組合事務所として利用するためにした目
的外使用許可申請の不許可処分に対する損害賠償
請求事件(大阪地判平 26・9・10LEX/DB 文献番号
25505103)
、大阪市役所労働組合および大阪市労
働組合連合が行った同様の損害賠償請求事件(大
阪地判平 26・9・10LEX/DB 文献番号 25504674) ―
―とともに、条例の憲法 28 条適合性を問題とし、
その適用を違憲とした点に特徴がある。
2 憲法 28 条は「勤労者」の「団結する権利
及び団体交渉その他の団体行動をする権利」を保
障している。労働組合の行う諸活動のうち、団体
交渉と争議行為を除いたものが組合活動である
が、それらは①日常的な組織運営のための活動(各
種会議・集会、連絡、組合費の徴収など)、②組合員
2
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.94
その他に対する情報宣伝活動(ビラ・ニュース等
た平成 18 年最判(平 18・2・7 民集 60 巻 2 号 401
の配布、掲示板の利用など)、③闘争的活動(企業
頁)を引用し、
裁量権の濫用の有無の審査にあたっ
施設への大量のビラ貼り、就業時間中のリボン等の
ては「判断要素の選択や判断過程に合理性を欠く
ところがないかを検討する」とし、判断過程合理
性審査の手法を踏襲している。この手法に従って、
本判決は、教研集会の性格(労働運動と自主的研
修という両面的性格)
、従前の運用(遅くとも平成
着用、企業内外の抗議行動など)に大別される。こ
れら組合活動の労働基本権上の根拠を団結権、団
体行動権の何れに求めるかについて見解は分かれ
ているが、いずれにせよ憲法 28 条によって保障
されているといってよい(例えば、西谷敏は①と
19 年から本条例施行までは目的外使用が認められて
②を団結権に、③を団体行動権に根拠を置いている。
いた)、学校教育上の支障の有無、原告と被告と
西谷 598 頁)。したがって、本件不許可処分によっ
の労使関係の状態などからすれば、本件不許可処
分は、当然考慮すべき事項を十分考慮せず、考慮
すべきでない考慮要素(本件条例 12 条の存在)の
みを考慮している点に裁量権の逸脱濫用があると
した(判決の要旨2(4))。このように、本判決は、
考慮禁止事項のみを考慮し不許可処分を行った点
に裁量権の濫用を認めたものである。その意味で
は、さまざまな考慮要素の中でどれを重視するか
が問題となった上述の平成 18 年最判とは異なっ
ている。本件処分が、本件への適用が違憲とされ
る本件条例 12 条のみに基づいて行われたのであ
るとすれば裁量権の逸脱・濫用が認められるのは
当然といえよう。
て教研集会を開催できなかったことは、憲法 28
条の保障する組合活動の自由が侵害されたと評価
することができる。
3 憲法適合性の判断にあたって、まず本判決
は、本件条例制定の経緯から 12 条の趣旨につい
て、労働組合等に対する市の便宜供与を一律に禁
止し施設管理者の裁量を一切認めないものと解し
ている。そのうえで、便宜供与廃止について組合
等と交渉したり、本件条例の制定が労働組合等に
与える影響に配慮したりした経緯も認められない
ことから、条例制定により職員の団結権等が侵
害されることを認識していたことが明らかであ
り、むしろこれを侵害する意図をも有していたと
した。そして、本件条例の目的達成の手段として
合理的関連性が強いとはいえないとし、
「少なく
とも同条例が適用されなければ違法とされる被告
の処分を適法化するために適用される限りにおい
て」違憲とした。
4 このように本判決がやや回りくどい表現で
適用違憲の判断を下したのは、本件条例 12 条自
体を違憲とは考えていないこと、例えばチェック・
オフ(給与からの組合費の控除)のような便宜供与
を 12 条に基づいて中止しても憲法 28 条に反す
るとはいえないことなどが、その理由として推測
される。それゆえ、本来違法な処分に法令上の根
拠を与えるために本件条例 12 条が適用される限
りにおいて違憲と判断したものと思われる。
三 条例制定権の限界
憲法 94 条は地方公共団体が「法律の範囲内」
で条例を制定することができる旨を定め、自治
法 14 条 1 項は「法令に違反しない限りにおいて」
同法 2 条 2 項の事務に関し条例を制定できるこ
とを定めている。法律と条例の関係をめぐり展開
されている第一次分権改革後の条例制定権をめぐ
る解釈論の特色は、問題となる条例と法律の関係
をより正確に把握し、それぞれの関係に応じた分
析がなされるべきことが認識されていることであ
る(岩橋 354 頁参照)。
このことを踏まえて本件に関係する国の法令
と本件条例との関係をみると、自治法 238 条の
4 第 7 項は「行政財産は、その用途又は目的を妨
げない限度においてその使用を許可することがで
きる」、学教法 137 条は「学校教育上支障のない
限り……学校の施設を社会教育その他公共のため
に、利用させることができる」と定め、学校施設
の確保に関する政令は「管理者又は学校の長の同
意を得て使用する場合」(3 条 2 号)には目的外使
用の禁止を除外している(1 条)。このように、学
校施設の目的外使用に関する法令は、その許可を
二 本件不許可処分に係る裁量権逸脱・濫用の
有無
本判決は、本件条例 12 条の適用違憲の判断を、
裁量権逸脱・濫用の有無の一考慮要素として取り
込んでいる。すなわち、本判決は、本件不許可処
分の違法性の判断枠組みとして、呉市教育委員会
のした学校施設の目的外使用不許可処分が争われ
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.94
る(岡山地決平 19・10・15 判時 1994 号 26 頁)。行
訴法 37 条の 5 第 1 項が仮の義務付けの要件とす
る「償うことのできない損害」とは、事後的な金
銭賠償が不可能な場合はもちろん、金銭賠償のみ
によって損害を甘受させることが社会通念上不合
理・不相当な場合も含まれると解されている。特
定の日時の経過に伴い訴えの利益が消滅する本件
のようなケースは「償うことのできない損害」の
典型例といえ(興津 57 頁)、仮の義務付けの活用
が期待される。
2 損害賠償請求においては、本件条例 12 条
の違法性、不許可処分の裁量権逸脱・濫用の評価
とは別に、不許可処分を行った校長の行為の違法
性が別途問題となる。本判決は、両校長には「不
許可処分とすることが原告の団結権等を侵害す
るものではなく適法であるといえるか否かについ
て、慎重な検討を行うべき職務上の注意義務が
あった」とし、市長が職員の団結権等を侵害する
意図をもって本件条例を制定した経緯をマスコミ
等の報道で容易に知り得たとして両校長の行為の
違法性を認めた。しかし、本件条例の施行に伴い、
市教委が各校園長に対し、会議室・教室等を「労
働組合活動のために使用許可することはできませ
ん」と指示した(平成 24 年 8 月 1 日通知「『大阪市
管理者の裁量に委ねている。他方、「適正かつ健
全な労使関係の確保を図り、もって市政に対する
市民の信頼を確保すること」を目的として定めら
れた本件条例は、その 12 条で「労働組合等の組
合活動に関する便宜の供与は、行わないものとす
る」と定めている。さらに、本件条例の施行を受
け、市教委は学校施設の目的外使用許可申請に対
する処分に係る審査基準を改正し、自治法の定め
る行政財産の目的外使用の許可についても、労働
組合に対する許可を行わないこととした。このよ
うに、本件条例は国の法令の定める要件・基準を
補正する条例とみることができるものであり、国
の法令とは別に独自に定められた条例の法律の範
囲内該当性が争われた徳島市公安条例事件(最大
判昭 50・9・10 刑集 29 巻 8 号 489 頁) における条
例とは類型が異なる。
本件のような類型の条例については、法律の定
める実体要件(要考慮事項の設定を含む)について
は、法律に明文がある場合に、その限度でのみ変
更可能とする説が学説上も実務上も広く受け入れ
られている(岩橋 355 頁)。この説を前提とすれば、
組合活動に関する便宜供与を行わないものとする
と定める本件条例 12 条は、学校施設の目的外使
用許可を管理者の裁量に委ねている国の法令の効
力を労働組合等には定型的に阻害しているとみる
ことができ、その意味で、法律の定める限度を超
えた要件の変更であり法律に違反すると評価でき
よう(また、地公法 55 条 3 項が管理運営事項につい
労使関係に関する条例』等の施行について」教委校
(全)第 44 号)ことに鑑みれば、条例および通知
ているところ、本件条例 4 条が労働組合等との交渉
に基づいて不許可処分を行った両校長に対して、
その違法性または過失を認定するのは酷なように
思われる。むしろ、条例制定行為自体の違法性を
正面から問うべきであろう(条例が違法であるこ
や意見交換を禁ずる管理運営事項を定めている点も
とを理由に国賠請求が認められた事例として、東京
同様の問題を孕んでいる)。
地判平 25・7・19 判例自治 386 号 46 頁、東京地判
て「交渉の対象とすることができない」とのみ定め
平 14・3・26 判時 1787 号 42 頁、東京高判平 15・1・
30 判 時 1814 号 44 頁、 東 京 地 判 平 14・2・14 判 時
四 実効的救済と訴訟のあり方
1 本件原告は、学校施設の目的外使用に対す
る不許可処分の無効確認と損害賠償を求めて出訴
した。本件のようなケースでは、従来は、不利益
処分に対する取消訴訟や無効確認の訴えを提起し
ても集会期日までに確定判決を受けるのは困難な
うえ、期日の経過により訴えの利益が失われるこ
とから実質的な救済ができなかった。しかし、平
成 19 年に岡山地裁が、朝鮮民族社会の連携・朝
日友好親善を目的として歌劇団の公演を行うべく
市の公の施設の使用申請の不許可処分を受けた
者がした当該施設の仮の義務付けを認容してい
4
1808 号 31 頁、東京高判平 17・12・19 判時 1927 号
27 頁等参照)。
●――参考文献
岩橋健定「分権時代の条例制定権」『自治体政策法務』(有
斐閣、2011 年)
根本到「大阪市労使関係に関する条例の法的問題点」労旬
1775 号(2012 年)
西谷敏『労働法〔第 2 版〕』(日本評論社、2013 年)
興津征雄「『公の施設』使用許可に関する仮の義務付け」平
成 20 年度重判解
同志社大学教授 大島佳代子
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