有料老人ホームの入居契約における入居一時金の初期償却条項の有効性

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◆ 2014 年 12 月 26 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.91
文献番号 z18817009-00-030911163
有料老人ホームの入居契約における入居一時金の初期償却条項の有効性
【文 献 種 別】 判決/名古屋高等裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 8 月 7 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(ネ)第 1001 号
【事 件 名】 金員返還請求控訴事件
【裁 判 結 果】 一部認容
【参 照 法 令】 民法 90 条、消費者契約法 10 条、老人福祉法 29 条 6 項・7 項・8 項
【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト
LEX/DB 文献番号 25446618
……………………………………
……………………………………
3 Bは、平成 20 年 12 月 25 日に死亡した。
Yは、Bの死亡に伴い、加算入居金(300 万円)
に係る返還金として、入居契約における計算式で
計算した 138 万 8,333 円をXに支払った。その際、
返還金は、入居契約の初期償却条項に基づき、B
が実際に入居していない平成 14 年 3 月 1 日(入
居契約締結月) から同年 5 月 31 日までの 3 か月
間も利用経過月数に含めて計算されたものであっ
た。
4 Bの死亡後、Aに徘徊や転倒等の症状が見
られたため、平成 21 年 4 月 13 日頃、AとYは、
一般居室の利用権を消滅させ、新たに介護居室に
入居する転居契約を締結した。その際の費用は、
入居一時金 1,100 万円、初期償却率 15%、償却
期間 94 か月とされ、一般居室の入居一時金につ
いて清算された返還金は、介護居室の費用に充当
された。
5 原審において、Xは、入居契約において入
居一時金の返還金額や初期償却率が 15%とされ
ていることは、公序良俗に反し又は消費者契約法
10 条により無効であるとし、入居一時金の一部
返還等を請求したが、Xの請求は棄却された。控
訴審では、請求の趣旨を減縮し、①入居契約の入
居一時金の返還に関する合意が公序良俗に反し、
又は消費者契約法 10 条により無効であること、
②入居一時金の償却を入居不可能な期間を含む入
居契約締結日の属する月を始期とすることは、消
費者契約法 10 条により無効であること、③本件
施設内の一般居室から介護居室への転居契約にお
ける入居一時金の返還に関する合意が公序良俗に
反し、又は消費者契約法 10 条により無効である
と主張し、不当利得返還請求権に基づき入居一時
金の一部の返還を求めた。
事実の概要
本件は、
Xの父Aと母B(以下「Aら」という)が、
有料老人ホーム(以下「本件施設」という)を運営
するYとの間で締結した入居契約における入居一
時金の返還金等について争った事案である(他に
も居室の原状回復費用や保険外サービス費用なども
争点となっているが本稿では割愛する)。
1 平成 14 年 3 月 4 日、Yは、Aらとの間で
本件施設の入居契約を締結した。契約内容の要旨
は以下のようなものであった。①健康型ホームへ
の入居(介護が必要となっても契約は存続し、訪問
看護・訪問介護・通所介護・指定居宅介護支援事業
で重介護状態となっていても介護の対応が可能とす
る)
、②入居者は、契約の終了がない限り、目的
施設(居室及び共用施設) を終身にわたり利用す
ることができる、③費用は、入居一時金方式で納
入し 15 年償却とする、④入居開始可能日は、平
成 14 年 5 月 31 日とする、⑤入居者が死亡した
場合、契約は終了し、契約の締結から終了までの
期間が 15 年未満の場合は、次の計算式により算
出した返還金を返還する。返還金=入居一時金×
0.85[初期償却率 15%]×(180 か月-利用経
過月数)÷ 180。
2 Aらは、Yに対し、入居契約に基づき、平
成 14 年 5 月 27 日までに上記の入居一時金 4,050
万円を支払った。なお、本件施設の費用の納入
方式は(ア)入居金方式 入居金:3,750 万円+
300 万円(2 人入居による加算入居金)= 4,050 万円、
(イ)賃貸方式 家賃:月額 31 万 5,000 円、保証
(ウ)併用方式 入居金:1,875 万円、
金 189 万円、
家賃:月額 15 万 7,500 円の 3 方式の設定があり、
Aらは(ア)を選択した。
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.91
とはできず、初期償却条項は、消費者契約法 10
条に該当しない。
判決の要旨
1 入居一時金の初期償却条項について民法 90 条
又は消費者契約法 10 条による無効について
2 入居一時金の償却を入居不可能な期間を含む
「本件入居一時金は、Aらが、本件施設の居室
等を原則として終身にわたって利用し、各種サー
ビスを受け得る地位を取得するための対価であっ
たというべきである。そして、本件入居一時金の
支払により、原則として終身居室等を利用し、サー
ビスを受けることができるようになること、入
居一時金の 15%を初期償却するほかは、契約終
了までの期間が 15 年未満の場合には、利用経過
月数を控除した残月数に対応した残金を返却し、
15 年を経過した場合には返却しないとされてい
ること、また、15 年を経過した場合には管理費
等の支払のほかには、利用料の支払を要しないと
されていることからすると、本件入居一時金の中
には、償却期間である 15 年を想定居住期間とす
る居室・サービスの利用料金(家賃相当額を含む。)
の前払部分と、契約が利用者の終身にわたり継続
することを保証するための対価的要素(契約が
15 年を超えて継続する場合に備えるための相互
扶助的な要素)ないしそうした終身の利用権を設
定するための対価(いわば権利金)的要素が含ま
れた部分……とがあり、後者が本件初期償却条項
により償却される部分と解するのが相当である。」
「本件初期償却条項により償却される部分は、
本件終身利用対価部分であると解されるため、
月々の給付との対価関係に立つものではない。し
かしながら、前記のような本件終身利用対価部分
を受領することは、一定の合理性が認められると
ころであり、それが著しく高額で不合理とされる
ものでない限り、暴利行為とはならないし、公序
良俗に反するものではない」
。本件初期償却条項
は、近隣の有料老人ホームと比較しても、著しく
高額で不合理とは認められないので、暴利行為と
はいえないし、公序良俗に反するともいえない。
最判平 23・7・15(民集 65 巻 5 号 2269 頁) に
よれば、消費者契約法 10 条前段の任意規定には、
明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれ
るとされており、初期償却される部分は、終身利
用対価部分と解され、それ自体は合理性があると
解されるところであるから、初期償却条項が、民
法の双務有償契約にいう給付の対価的均衡を欠如
するものとして、前段要件に該当すると認めるこ
入居契約締結日の属する月を始期とすること
2
の消費者契約法 10 条による無効について
「入居一時金の性質は、本件施設の居室等の終
身利用の対価であるところ、Yが本件施設を開設
する予定日が平成 14 年 5 月 31 日であり、本件
施設の入居開始可能日も同日であったことから、
Aらは、本件入居契約を締結しても、少なくとも
同月 30 日までは、本件施設に入居できなかった
ことになるのであり、このような期間をも本件初
期償却条項にいう利用経過月数に含めることは、
双務有償契約の対価性に反し、消費者の権利を制
限し、又は消費者の義務を加重するものとして、
前段要件を満たすということができる。」
また、消費者契約法 10 条の後段要件の該当性
については「利用経過月数の起算月を入居開始可
能日の属する月とするのでなく、契約締結日の属
する月とすることは、そもそもYがAらに対して
入居を認めていない期間……も利用経過日数に含
めることになり、本件入居一時金が施設利用の対
価の性質を有することからすれば、対価性を欠く
ものとなっている。」ことから後段要件を満たす
ものということができ、消費者契約法 10 条に反
し、無効というべきである。
3 転居契約及び転居契約における初期償却条項
の民法 90 条又は消費者契約法 10 条による無
効について
「そもそも本件入居契約において、入居一時金
は、本件施設の居室及び共用施設の利用並びに各
種サービスを終身受け得る地位を取得するための
対価であるところ、居室の利用権は、上記契約内
容の一部にすぎないこと、終身にわたって利用し、
サービスを受けうる地位にあるとしつつ、継続的
な介護が必要となって介護居室での介護に移る場
合には、契約の一部変更も可能なのであるから、
必ず従前の契約を解除して新規契約を締結しなけ
ればならない(そして、その場合には、再度初期
償却がされる。)というのは、不合理であり、特
に入居一時金における初期償却条項の性質を、本
件終身利用対価部分を償却するものと解する場合
には、そのような初期償却が再度可能とすること
2
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は二重に本件終身対価部分を取得することになっ
て著しく不合理といわざるを得ず、消費者の権利
を制限し、又は消費者の義務を加重するものとし
て、前段要件を満たすということができる。
そして、再度の初期償却は、同一利用者から、
本件終身利用対価部分を二重に取得しようとする
ものであるから、信義則に反して消費者の利益を
一方的に害するものというべきであるから、後段
要件も満たすものということができる」。
このように転居契約における再度の初期償却条
項は、消費者契約法 10 条により無効と解される
が、転居契約はAを介護居室に転居させ、かつ一
般居室と介護居室の利用料の差額を精算するもの
となっていることからすれば、転居契約自体が、
民法 90 条における無効になる、あるいは消費者
契約法 10 条により無効となるということはでき
ない。
い(いわゆる「利用権方式」)。また利用権方式をと
る多くのホームでは、入居者は、まとまった金銭
を入居時に支払うことで、介護や生活支援のサー
ビスを受けながら、居室と共用施設を終身にわた
り利用する権利を取得するものとされている。こ
の入居時に支払われるまとまった金銭が、いわゆ
る有料老人ホームの入居一時金と呼ばれるもので
ある。
入居一時金については、有料老人ホームの創設
期から徴収され、その性質が明確にされないまま、
いわば慣行として存続してきたものといえるが、
介護保険の導入以後、有料老人ホームの数が急増
したこともあり、特に短期において契約を解約し
た入居者から入居一時金の返還が求められるケー
スが多発する。これに対し事業者側は、入居契約
における初期償却条項や短期償却条項をもって入
居一時金の返還を拒んだことから、入居一時金の
性質をめぐり紛争となる事案が多く現れるように
なる。そのようなことから、平成 23 年に老人福
祉法が改正され、老人福祉法 29 条 6 項に「有料
老人ホームの設置者は、家賃、敷金及び介護等そ
の他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として
受領する費用を除くほか、権利金その他の金品を
受領してはならない」とする規定がおかれること
になる。本件は、老人福祉法改正前に入居契約が
締結されたものであり、改正後の規定は遡及適用
されないが(平成 23 年法律第 72 号附則 10 条 3 項、
4 項)
、本判決では、改正法にも言及して、入居
一時金の性質を述べていることから、改正法との
関連も考慮しながら本判決を検討することにした
い。
判例の解説
一 本判決の特徴
有料老人ホーム入居契約における入居一時金
の初期償却条項について消費者契約法 10 条の該
当性が争われたケースとしては、①東京地判平
18・11・9(LLI 登載)、②東京地判平 21・5・19(判
時 2048 号 56 頁、LEX/DB 文 献 番 号 25451430)
、③
東京地判平 22・9・28(判時 2104 号 57 頁)、④名
古屋地判平 24・8・31(本件原審)(LEX/DB 文献
番号 25504862)、⑤東京地判平 24・12・31(LEX/
DB 文献番号 25499202) などがあり、いずれの裁
判例においても消費者契約法 10 条の該当性は否
定されている。本判決も消費者契約法 10 条の該
当性を否定したものであるが、本判決ではさらに
入居不可能な期間を含む入居契約締結日の属する
月を入居一時金の償却の始期とすることを消費者
契約法 10 条により無効とし、また同一施設内で
の転居における入居一時金の二重償却条項を消費
者契約法 10 条により無効とする判断を示した点
で注目に値する。
三 入居一時金の性質及び償却
本判決では、入居一時金の性質について、①償
却期間である 15 年を想定居住期間とする居室・
サービスの利用料金(家賃相当額を含む) の前払
部分と、②契約が利用者の終身にわたり継続する
ことを保証するための対価的要素(契約が 15 年を
超えて継続する場合に備えるための相互扶助的な要
素)ないし③そうした終身の利用権を設定するた
めの対価(いわば権利金) 的要素が含まれた部分
があるとする。そして、初期償却条項により償却
される部分は②③であり、それが双務有償契約に
いう給付の対価的要素を有することを論拠として
各争点の結論を導いている。
二 入居一時金の問題点
有料老人ホームでは、居住と介護や生活支援等
のサービスとが一体となって提供されることか
ら、有料老人ホーム入居契約は、賃貸借契約では
なく、利用権設定契約として締結されることが多
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.91
入居一時金の性質について、本判決のいう①の
部分は、居室・サービスの対価としての前払金の
意味であり異論はない。しかし、③の部分は、先
にあげた新老人福祉法 29 条 6 項においては、有
料老人ホームの設置者が受領してはならない金
員に該当すると考えられる。また本件のように改
正前の契約にて同条項の適用がないとしても、そ
もそも有料老人ホームにおける入居者の権利内容
は、有料老人ホームを利用することであり、それ
が終身を予定したものであるとしても、そのこと
により有料老人ホームの「利用権」そのものが財
産的価値を有するとは考え難い1)。終身という点
が考慮されるのは②の部分であると考えられ、こ
の部分が有償契約における給付の対価的要素をも
つといえるかが問題とされよう。仮に、入居一時
金の全額が、居住とサービスの対価の前払金であ
るとすれば、入居一時金の金額は、入居者の想定
居住期間に従って決定され、その期間で均等償却
され、契約が途中で解約された場合には、残期間
分の前払金は返還しなければならないことは当然
である。しかし、このように考えるならば、入居
者が想定居住期間を超えて長生きする場合には、
その時点で改めて利用料金が発生することにな
る。入居一時金を支払う入居者の意図は、まとまっ
た金額の入居一時金を入居時に支払うことで、終
身利用契約を締結し、終身にわたって毎月の利用
料を抑えた金額で(毎月の利用料の支払を年金支給
有料老人ホーム入居契約の性質からすれば、その
ことをもって直ちに対価性に欠け合理性がないと
はいえないであろう。もっとも、本判決では、②
の部分の合理性を判断するのに、近隣の有料老人
ホームと比較しても著しく高額で不合理とは認め
られないことをもって判断基準とする。しかし、
それだけでは、②の部分の対価性を判断するには
不十分であり、さらに具体的算定根拠をもって明
確に②の部分の金額等が示される必要があると考
えられる。本件では、施設利用料の納入方式に月
払方式も設けられており、月払における想定居住
期間内の家賃総額から初期償却部分を差し引いて
も、入居一時金方式の方が全体の費用として少な
くて済むようになっていたことが、むしろ合理性
の判断要素として重要であると思われる。
本判決は、新老人福祉法 29 条 6 項にも言及し
ながら入居一時金の内容を明らかにし、その初期
償却条項に対する消費者契約法 10 条の該当性に
ついての判断を行っており、入居一時金に関する
今後の裁判にも重大な影響を及ぼすものといえよ
う。
●――注
1)執行秀幸「介護付有料老人ホームの終身利用権金不返
還合意・入居一時金償却合意と消費者契約法 9 条 1 号・
10 条(東京地判平 21・5・19)」現代消費者法 7 号(2010
年)100~101 頁。
2)厚生労働省の事務連絡(平成 24 年 3 月 16 日)では、
「想
額に近い金額にしたいと考える高齢者が多いようで
定居住期間」については、入居している又は入居するこ
ある)、施設を利用できるという安心感をえるこ
とが想定される高齢者(母集団)の入居後の各年経過時
点での居住継続率をもとに、居住継続率が概ね 50%と
とにあるといえる。そのような要望を満たすため
には、想定居住期間を超えた場合にも入居者の費
用負担が大きくならない仕組みが必要となる。そ
のような趣旨から、老人福祉法の改正を受け「老
人ホームの設置運営標準指針について」(平成 14
なるまでの期間を考慮して設定することとされている。
また、「居住継続率」については、入居する高齢者(母
集団)の入居時の年齢、性別、心身の状況に応じて、簡
易生命表(厚生労働省発表)等による平均的な余命等を
勘案して具体的かつ客観的な根拠により示す必要がある
年 7 月 18 日老発第 0718003 号)
(平成 24 年 3 月 16
とされる。
さらに、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に
日改正)では、一時金の算定根拠について、終身
備えて受領する額」の算定方法としては、まず入居時年
にわたる契約の場合には「
(1 か月分の家賃相当
額)×(想定居住期間(月数))+(想定居住期
間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する
額)
」2) とすることが定められており、本判決の
②の部分は、指導指針における「想定居住期間を
超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」
と同趣旨のものと見ることができる。
本判決も述べるように、②の部分については、
相互扶助的な要素を有するものと考えられるが、
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齢から平均余命を想定し、想定居住期間内の家賃総額を
計算した上で、その総額を「年央居住継続率」に従って
平均余命期間全ての年に家賃として振り分け、最終的に、
想定居住期間を超える家賃分が「想定居住期間を超えて
契約が継続する場合に備えて受領する額」になるとの例
示を示している。
東洋大学教授 太矢一彦
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