「商品の機能を確保するために不可欠な形態」の意義が争われた事例

 ローライブラリー
◆ 2015 年 2 月 20 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.95
文献番号 z18817009-00-110951185
「商品の機能を確保するために不可欠な形態」の意義が争われた事例
(くしゃっと水切りざる事件)
【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所
【裁判年月日】 平成 23 年 10 月 3 日
【事 件 番 号】 平成 22 年(ワ)第 9684 号
【事 件 名】 不正競争行為差止等請求事件(くしゃっと水切りざる)
【裁 判 結 果】 控訴
【参 照 法 令】 不正競争防止法 2 条・3 条・4 条・5 条
【掲 載 誌】 判タ 1380 号 212 頁
LEX/DB 文献番号 25443842
……………………………………
……………………………………
事実の概要
判決の要旨
X(原告) は、シリコン樹脂で一体成形され、
使用する際に柔軟に変形できる水切りざる(X商
品)を、X商品に係る実用新案の実用新案権者で
あるPから専用実施権の設定を受け、独占的に販
売していたが、同様の商品(Yら商品)を販売す
るY(被告)らに対し、Yらの行為は、不正競争
防止法 2 条 1 項 1 号又は同項 3 号の不正競争行
為に当たるとして、Yらの行為の差止及びYら商
品の廃棄を求めるとともに、損害賠償及びこれに
対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
裁判所は以下の通り、X商品の形態的特徴が、
X商品の機能そのもの又は機能を達成するため
の構成に由来する形態であるから、法 2 条 1 項
1 号にいう商品等表示に当たらず、また、商品表
示として需要者の間に広く認識されているともい
えないとして、法 2 条 1 項 1 号に基づく請求に
は理由がないとした。その一方でYらは、X商品
の形態を模倣した(X商品の形態に依拠して、これ
一部認容、一部棄却、控訴。
1 X商品の形態は、法 2 条 1 項 1 号の
商品表示に当たるか(争点 1)
「法 2 条 1 項 1 号の趣旨は、他人の周知の営業
表示と同一又は類似の営業表示が無断で使用され
ることにより周知の営業表示を使用する他人の利
益が不当に害されることを防止することにあり、
商品本体が本来有している形態、構成や、それに
よって達成される実質的機能を、他者の模倣から
保護することにあるわけではない。
仮に、商品の実質的機能を達成するための構成
に由来する形態を商品表示と認めると、商品表示
に化体された他人の営業上の信用を保護するとい
うにとどまらず、当該商品本体が本来有している
形態、構成やそれによって達成される実質的機能、
効用を、他者が商品として利用することを許さず、
差止請求権者に独占利用させることとなり、同一
商品についての業者間の競争それ自体を制約する
こととなってしまう。
これは差止請求権者に同号が本来予定した保護
を上回る保護を与える反面、相手方に予定された
以上の制約を加え、市場の競争形態に与える影響
も本来予定したものと全く異なる結果を生ずるこ
ととなる。
これらのことからすると、商品の実質的機能を
達成するための構成に由来する形態は、同号の商
品等表示には該当しないものと解するのが相当で
ある。
(中略)
と実質的に同一の形態であるYら商品を作り出した)
とし、その模倣されたX商品の形態は、商品の機
能を確保するために不可欠な形態などにも当たら
ないから、Yらの行為は、法 2 条 1 項 3 号に規
定される不正競争行為に該当するとした。なお、
損害賠償額は、法 5 条 1 項但し書きが適用され
減額され、差止・廃棄は認められていない。
判決の要旨では、裁判所が法 2 条 1 項 1 号、法
2 条 1 項 3 号に関連して判断した判示のなかから、
争点 1、5、7 を紹介する。
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
1
1
新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.95
裁判例であり、先例的価値は高いものと思われる。
基本的形態として原告が主張する構成は、いず
れも、柔軟性を持たせるための構成若しくは柔軟
性があるという機能それ自体又はざるとしての機
能を発揮させるための構成であり、商品の実質的
機能を達成するための構成に由来する形態である
というほかない。
また、使用時形態も、柔軟性があり、変形させ
ることができるという機能の結果生じる形態であ
り、これも商品の実質的機能を達成するための構
成に由来する形態、結果である。
したがって、原告が、商品表示に当たると主張
する原告商品の形態をもって、法 2 条 1 項 1 号
の商品等表示に当たると認めることができない。」
二 判決の要旨1「X商品の形態は、法 2 条 1 項
1 号の商品表示に当たるか」について
1 法 2 条 1 項 1 号による商品形態の保護に
ついて
法 2 条 1 項 1 号は、他人の周知商品等表示と
同一若しくは類似の商品等表示を使用すること
で、他人の商品と混同を生じせしめる行為を不正
競争行為としている。ここで「商品等表示」とは、
商品の出所又は営業の主体を示す表示を指し、第
一義的には「人の業務に係る氏名、商号、商標、
標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は
営業を表示するもの」をいう(法 2 条 1 項 1 号)。
ここで前提として、「商品等表示」は自他識別力
又は出所表示機能を有する必要がある 1)。した
がって、商品の形態は直ちに商品等表示にはなら
ないが、「①特定の商品の形態が同種の商品と識
別しうる独自の特徴を有し、かつ、②それが長期
間にわたり継続的にかつ独占的に使用され、又は
短期間であっても強力に宣伝されるなどして使用
された結果、それが、商品自体の機能や美観等の
観点から選択されたという意味を超えて、自他識
別機能又は出所表示機能を有するに至り、需要者
の間で広く認識された場合」に商品等表示となる
とされる2)。商品の形態の商品等表示性が争われ
る事件が少なくないのは、日本において模倣行為
を規制する条項が存在せず、知的財産権を持たな
い被模倣者が、便法として法 2 条 1 項 1 号を使っ
てきたからだといわれる3)。
2 Xは、法 2 条 1 項 3 号による保護の主体と
なるか(争点 5)
「法 2 条 1 項 3 号による保護の主体は、自ら資金、
労力を投下して商品化した先行者のみならず、先
行者から独占的な販売権を与えられている独占的
販売権者のように、自己の利益を守るために、模
倣による不正競争を阻止して先行者の商品形態の
独占を維持することが必要であり、商品形態の独
占について強い利害関係を有する者も含まれる。」
3 X商品の形態は、商品の機能を確保するため
に不可欠な形態などに当たるか(争点 7)
「ざるの素材を変形自在なものにしたとしても、
ざるとしての基本的形態だけを取っても、材質の
選択、肉厚幅、底面突起の数、底面突起の有無及
び数、表面上の穴の大きさ及び数など、その形態
選択には無数の選択肢があることからすれば、原
告商品の形態を全体として評価したときに、それ
が商品の機能を発揮するために不可欠な形態のも
のであるということはできない。」
2 技術的形態除外説について
ところで、仮に商品の形態が、自他識別機能又
は出所表示機能を有するに至ったとしても、その
形態が、商品の機能に由来するものであれば、商
品等表示とは認めないという考え方がある(技術
4)
5)
的形態除外説) 。本判決もこの立場に立つ 。
このような形態を除外するのは、仮にこのよう
な形態を商品等表示と認めるとその形態に化体さ
れた他人の営業上の信用を保護する以上に、すな
わち同号が本来予定した保護を上回る保護を与え
る反面、その形態によって実現される機能、効能
を独占させることになり、市場の競争に悪影響を
及ぼすからである6)。判決の要旨1が説くところ
も同じである。立法担当者も「同種の商品に共通
判例の解説
一 本判決の意義
本判決は、X商品の形態を「商品の実質的機能
を達成するための構成に由来する形態」である
として、その商品等表示該当性(法 2 条 1 項 1 号)
を否定する一方で、法 2 条 1 項 3 号の「商品の
機能を確保するために不可欠な形態」であること
は否定したことが興味深い。また、独占的販売権
者も法 2 条 1 項 3 号の保護主体とした数少ない
2
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.95
につき専用実施権の設定を受けていたXがこのよ
してその特有の機能及び効用を発揮するために必
うな先行者と同視できるかにつき先行開発者とも
然的、不可避的に採用せざるをえない商品形態に
いえるとしつつ、独占的販売権者の請求主体性を
は、商品等表示性は認められない」としている。
肯定していることが注目される。本判決は近時有
これに対して、技術的形態除外説を採らない裁
11)
7)
力な非限定説を採用したものである 。
判例がかつて存在した 。従来の技術的形態除外
説が不正競争防止法と特許・実用新案法など他の
非限定説のリーディングケースである[ヌー
12)
13)
産業財産権との調整を重視するのに対して、これ
ブラⅠ] は、法 2 条 1 項 3 号の趣旨 に触れ
た以外は、 判決の要旨2 と全く同じ文言であり、
らの事件では、そのような配慮は不要とされたの
[ヌーブラⅠ]を念頭に置いて書かれたものといっ
である。このような対立を受けて不正競争防止法
てよいであろう。
と他の産業財産権の調整よりも、競争阻害的な帰
限定説と非限定説のどちらを採るかについて
結を招くような場合、すなわち、市場において競
は、非限定説を採るというのが評釈者の立場であ
争をするために不可避的に採用せざるを得ない形
14)
る 。
態である場合に、これを商品等表示から除外する
8)
という考え方が登場している 。既に触れた[組
立式押入たんすセット]事件などもよく読めば、 四 判決の要旨3「X商品の形態は、商品の機
独占の弊害による不合理な結果の回避を排除する
能を確保するために不可欠な形態などに当
べきであると考えているのであり、その点ではこ
たるか」について
のような考え方と一致する。いずれの立場でも結
判決は、Yら商品はX商品を模倣したものと認
15)
で、X商品の形態は、商品の機能を
論は同じになるであろうし、技術的に必然とされ
定した上
16)
に当たらないと
確保するために不可欠な形態
る形態と競争上、不可避的に採用せざるを得ない
した。法 2 条 1 項 3 号は形態の周知性や創作性、
形態は、事実上大差のないはずだが、不正競争防
そして他人の商品との混同惹起を問わないで保護
止法が適切な競争環境を維持することを目標とし
を受けることが可能であり、既に見た 3 号の趣
ていることを考えると競争上の悪影響に配慮する
旨に鑑みるならば、その適用は限定的でなくては
このような考え方のほうがしっくり来るといえよ
ならない。判旨が指摘する「ざるとしての基本的
う。判決の要旨1は技術的形態除外説に立ちつつ、
そのような形態を除外する理由をより明示的に示
形態だけを取っても、材質の選択、肉厚幅、底面
したところに意義がある。
突起の数、底面突起の有無及び数、表面上の穴の
大きさ及び数など、その形態選択には無数の選択
3 使用の要件について
肢がある」ことは、Yら商品がX商品と相違する
法 2 条 1 項 1 号では商品等表示を使用するこ
部分であって、双方が共通する部分はシリコン素
とが要件となっている。したがって、商品等表
材で作られた柔軟なざるという形態なのだから、
示としてその形態を使用していないのであれば、
これが商品の機能を確保するために不可欠な形態
2
1
1
当然法 条 項 号は適用されない。本件では、
であるかを判断すべきであった。しかし本判決は、
商品等表示ではないものとして処理したわけであ
ざるとしてありふれた形態かどうかを判断する部
るが、商品等表示であることは肯定した上で、機
分では、変形自在であるというX商品の特性は、
3 号により保護されるべき商品の形態として十分
能に由来する形態は、商品等表示としては使用し
に考慮されるべきとしており、その一方で、技術
ていないという処理の仕方も可能であったように
9)
的構成に由来する必然的な形態かどうかを論じて
思われる 。
いる部分では、前述の通りざるの素材を変形自在
三 判決の要旨2「Xは、法 2 条 1 項 3 号に
なものにした以外の要素を重視している。柔軟な
よる保護の主体となるか」について
ざるであることを保護されるべき商品の形態と考
法 2 条 1 項 3 号に基づく請求をすることがで
えると最初にシリコン素材でざるを作った者以外
きるのは、形態模倣の対象とされた商品を自ら開
は同素材の柔らかいざるを作ることができなくな
発・商品化して市場に置いた先行開発者であると
るであろう。
10)
されている 。本件では訴外Pより実用新案権
本判決は模倣を判断する部分で重視すべき相違
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.95
17)
点を軽視し 、商品の機能を確保するために不
可欠な形態の判断でも誤りがあるといえよう。以
上の通り 3 号の適用を肯定した判旨に反対せざ
るを得ない。
説明する。
7)東京高判昭 58・11・15 無体集 15 巻 3 号 720 頁[会
計用伝票Ⅰ控訴審]。
8)田村・前掲注2)126 頁。前掲注5)
[MAGIC CUBE 控訴審]
も「工業所有権法との調整の要否いかんは上記の判断を
左右するものではない」として、このような競争を重視
五 関連評釈
本件に関する評釈としては、平野和宏「不正競
争行為と技術的形態の解釈に関する一事例」知財
ぷりずむ 126 号 54 頁がある。また、本件はYら
が控訴し棄却されているが(平成 24 年 10 月 31 日
平成 23 年(ネ)3382 号判例集未登載)
、判決文が
入手できないため詳細は前記平野評釈に譲る。
する立場に立つものと思われる。
9)東京地判平 12・6・29 判時 1728 号 101 頁[ベレッタ
モデルガン]では、モデルガンの形態が、モデルガンで
あるという性質上必然的に実際の銃と酷似せざるを得な
い場合に、これは商品等表示として使用しているのでは
ないとした。
10)前掲注1)逐条解説 68 頁。
11)この点については、古城春実「不正競争防止法 2 条 1
項 3 号の形態模倣と先行者の地位」高林龍ほか編『現代
●――注
知的財産法講座Ⅱ 知的財産法の実務的発展』(日本評
1)経済産業省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止
論社、2012 年)371 頁が詳しい。
法〔平成 23・24 年改正版〕
』
(有斐閣、2012 年)
(以下
12)大阪地判平 16・9・13 判時 1899 号 142 頁[ヌーブラⅠ]。
逐条解説と略す)54 頁。
13)3 号は公正な競業秩序を維持するために、他人が商品
2)同上。ここで注意すべきは、商品の形態については、
化のために資金、労力を投下した成果を、他に選択肢が
本来独立の要件である周知性の認定と重なってくること
あるにもかかわらず殊更完全に模倣して何らの改変を加
である。田村善之『不正競争法概説〔第 2 版〕』
(有斐閣、
えることなく自らの商品として市場に提供し、その他人
2003 年)123 頁。このためか、判決理由中では争点 2
と競争する行為を禁止するものである。前掲注1)逐条
について念のため判断されているが、本判決は、技術的
解説 64 頁参照。
形態除外説を採るので、本来それは不要であったといえ
14)紙幅の関係で、理由は古城・前掲注 11)374 頁以下に
よう。
譲りたい。
3)田村・同上 119 頁。
15)この認定にも大いに疑問が残る。評釈者は、模倣(法
4)田村・前掲注2)124 頁以下。その他近時の裁判例に
2 条 5 項)とはデッドコピーのみを指すべきと考えてい
ついては、宮川美津子「商品等表示性の認定・判断につ
る(田村・前掲注2)288 頁以下参照)。別紙写真を見
いて(不正競争防止法 2 条 1 項 1 号)」牧野利秋ほか編『知
てもポン抜きしたものとはとてもいえないことがわかろ
的財産法の理論と実務 第 3 巻(商標法 ・ 不正競争防止
う。
法)
』
(新日本法規出版、2007 年)241 頁以下や小野昌
16)これは「その形態をとらない限り、商品として成立し
延編著『新・注解不正競争防止法〔第 3 版〕』(青林書院、
えず、市場に参入することができないものであり、特定
2012 年)95 頁以下[芹田幸子=三山峻司]に詳しい。
の者の独占的利用に適さないもの」とされる(前掲注1)
5)同様の立場に立ち、商品等表示性を否定したものは数
逐条解説 67 頁)。この部分は平成 17 年改正により「当
多く存在するが、さしあたっては、リーディングケース
該他人の商品と同種の商品(同種の商品がない場合に
たる東京地判昭 41・11・22 判時 476 号 45 頁[組立式
あっては、当該他人の商品とその機能及び効用が同一又
押入たんすセット]のほか、東京高判平 6・3・23 知裁
は類似の商品)が通常有する形態を除く」との文言から、
集 26 巻 1 号 254 頁[コイル状マット]、東京地判平 6・9・
意義の明確化のために修正されたものである。
21 知裁集 26 巻 3 号 1095 頁[折りたたみコンテナ]、東
17)3 号はデッド・コピーの(もしくはそれと同一視でき
京高判平 13・12・19 判時 1781 号 142 頁[MAGIC CUBE
る程度に酷似している)場合に適用されるべきであり(東
控訴審]等を挙げておこう。
京地判平 10・2・26 知裁集 30 巻 1 号 65 頁、判時 1644
6)この点について、同上[組立式押入たんすセット]事
号 153 頁[ドラゴン・キーホルダー]参照)、認定され
件は「技術は万人共有の財産であり、ただそのうち新規
た底面の突起の有無や数などは重視する必要がある。
独創的なものに特許権、実用新案権が附与され、特定の
人に存続期間を限って独占を許すことがあるにすぎな
首都大学東京教授 山神清和
い。ところで、いまもし技術的機能に由来する商品の形
態を商品表示と目して不正競争防止法の名の下に保護を
与えるときは、この技術を特許権、実用新案権以上の権
利として、すなわち一種の永久権として特定の人に独占
を許す結果を招来し、不合理な結果が生ずる」からだと
4
4
新・判例解説 Watch