実体がない会社への融資における信用保証協会の錯誤主張の可否

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◆ 2014 年 12 月 19 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.90
文献番号 z18817009-00-030901156
実体がない会社への融資における信用保証協会の錯誤主張の可否
【文 献 種 別】 判決/横浜地方裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 7 月 11 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(ワ)第 839 号
【事 件 名】 不当利得返還請求事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 民法 95 条・446 条、信用保証協会法 20 条
【掲 載 誌】 金判 1451 号 34 頁
LEX/DB 文献番号 25446573
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事実の概要
2 本件貸付及び保証の経緯
A社は、上記の仕組みによる信用保証を申し込
んだが、第 1 保証契約(貸付は 2 回行われている。)
の申込みに際しては、印刷・デザインのシステム
設備という名目で設備資金額を 1,615 万 1,000 円
とし、B社名義のA社宛ての同額の見積書を提出
し、第 2 保証契約の申込みに際しては、ノンリ
ニア編集機の導入という名目で設備資金額を 637
万円とし、これについてもB社名義の見積書を提
出した。これを受けて、Xは資金使途を「運転設
備」とした信用保証書を交付し、Y銀行は、平成
18 年 2 月 1 日を契約日として 3,000 万円を利息
年 2.6 パーセントで貸し付け(第 1 貸付)、さらに、
同年 9 月 8 日を契約日として 2,500 万円を利息年
2.4 パーセントで貸し付けた(第 2 貸付)。
しかし、A社は、休眠会社をCが譲り受けて、
いわゆるデリヘル嬢をきちんとした会社に勤めて
いるように装うために名前だけの会社にしたもの
であって、企業としての活動実体はなかった。そ
して、C及びその仲間は、A社を利用して金融機
関から融資名下に金員を騙し取ることを画策し、
内容虚偽の会社概要書や確定申告書等を作成して
Y銀行に融資を申し込み、Y銀行は、現地確認と
して、A社の本店所在地とされる賃貸アパートの
訪問等を行った上で「営業活動あり」と判断して
融資を実行したのであった。
A社が平成 19 年 7 月 5 日に本件各貸付につい
て期限の利益を喪失したため、Xは、Yから請求
を受けて、同年 8 月 15 日、第 1 貸付の残元金 2,515
万 7,510 円、第 2 貸付の残元金 2,321 万 8,000 円
及 び 利 息 金 18 万 6,252 円 の 合 計 4,856 万 1,762
円を支払った。なお、Cらの仲間であるDは、平
1 本件信用保証の仕組み
Xは、中小企業者に対する金融の円滑化を図る
ことを目的とする信用保証協会法に基づいて設立
された信用保証協会であり、Y銀行との間で、Y
が行う貸付について信用保証協会法 20 条に基づ
く保証をする旨の基本合意をした(そもそもは昭
和 39 年にYの前身銀行とXとの間で合意がされ、Y
が承継したのである。)。この基本合意には、銀行
が保証契約に違反した(Xが銀行に交付する信用保
証書に記載された内容と相違する貸付を行った) と
きには、Xは、銀行に対して保証債務の履行を免
れる旨の約定が含まれていた。
Xが発行する「保証のてびき」によれば、Xの
保証の対象となる資金使途は事業経営に必要な運
転資金又は設備資金とされており、金融機関が中
小企業者から融資の申込みを受けた場合には、当
該金融機関は、申込人が、[1]神奈川県内で原
則として 1 年以上継続して同一事業を営んでい
るかどうか、
[2]常時使用している従業員の数、
資本金は保証の対象の範囲内かどうか、
[3]業種
が適格か、許可等を必要とする事業については許
可・認可等を受けているか、許可等の取得名義人
と申込人が同一かどうか、
[4]金額、期間、資金
使途が保証制度の要件に合致しているかを確認す
べきこととされ、さらに、申込人に必要書類等に
記入させた上で(書類を)金融機関がXに提出し、
Xは書類を審査して、申込人との間で保証委託契
約を締結した上で、金融機関に信用保証書を交付
する扱いになっている。
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.90
成 20 年 6 月 17 日、第 1 貸付としてY銀行から
騙取した 3,000 万円のうち 807 万 1,000 円を情を
知りながら受領したとして有罪判決を受け、この
判決は平成 21 年 2 月 24 日に確定している。
以上のような事実関係において、Xは、①A社
の中小企業者としての実体及び資金使途について
Xには錯誤があったので保証契約は無効であると
主張し、さらに、②Y銀行がA社の資金使途違反
を発見することができなかったのは本件保証契約
の違反であり、
この違反について過失があるから、
(上記1で述べた)基本合意の免責条項によりXは
保証債務を免れるとして、代位弁済金の返還を請
求した。これに対して、Yは、Xの主張を争うと
ともに、さらに、Xの主張①(錯誤) に対して、
Xには重過失があった等の反論をしているが、本
判決では、後述するように錯誤の主張自体が認め
られなかったので、Yの反論については判断され
ていない。
帰責事由が存在する場合に限って、信用保証協会
である原告の保証債務の免責が認められており、
これらがない場合にまで、被告が、原告が信用保
証債務を免れることを甘受していたものと解する
ことは困難というべきである。そして、このこと
は、被告が、A社が中小企業者であること及び資
金使途が事業資金であることという原告の保証の
要件ないし動機を知っていたとしても同様であ
る。……以上の次第で、A社が中小企業者である
こと又は資金使途が事業資金であることが本件各
保証契約の内容になっていたと認めることはでき
ず、これらは法律行為の要素にはなり得ない。し
たがって、これらの点について錯誤が生じたこと
をその内容とする本件錯誤は、要素の錯誤には当
たらないというべきである。」
2 主張②(保証契約の違反)について
主張②については、本判決は、Y銀行が現地確
認まで実施した経緯等を指摘して、Yに故意・過
失はないとした。そして、YはA社の取引先等に
対する聴取も実施すべきであったというXの主張
に対しても、「ある会社が融資を申し込んでいる
かどうかは当該会社の信用に大きく関わる事項で
あり、被告のような金融機関から融資の申込みが
あった会社の取引先に対して調査がされた場合、
当該会社の信用が毀損され得ることは容易に想定
できるから、被告に上記取引先等に対する聴取を
実施する義務があるということはできない」とし
た。
判決の要旨
1 主張①(錯誤)について
「保証契約は、主債務者が債務を履行しない場
合に、保証人がその履行をする責任を負担するこ
とを内容とするものであるから、保証人は、原則
として、主債務者が債務を履行しない事由を問わ
ず、当該債務を履行する責任を負担するものであ
る。したがって、本件のように、企業としての実
体や資金使途を偽るなどして貸付金が詐取された
という事案についても、貸付金の詐取は、主債務
者から債権を回収することができない事態の一つ
として想定されており、原則としては、保証人に
おいて引き受けられたリスクであると解すべきで
ある。そして、原告は、中小企業者に対する信用
保証を専門的に取り扱っている公的機関である
上、信用保証の相手方である金融機関に対する十
分な交渉力を有するものであることが、被告の前
身である各銀行との間で同一内容の本件約定書を
取り交わしていることに照らして明らかであり、
また、一般論として貸付金が詐取されるリスクが
あることの認識も有していたはずであるから、原
告において引き受けられないリスクがある場合に
は、その事由を信用保証の相手方との間の契約書
において定めることが可能であると認められると
ころ、本件約定書においては、被告の義務違反や
2
判例の解説
一 本判決の意義
本判決は、実体がない会社への融資について保
証をした信用保証協会から錯誤無効が主張された
事案について、貸付金が詐取されるリスクは信用
保証協会が負担すべきであるとして錯誤無効の主
張を認めなかった。後述するように、比較的最近
はこのような判決がされることが多く、本判決も、
この傾向に乗ったものといえよう(なお保証契約
締結時の情報提供義務について民法(債権関係)の
改正に関する要綱仮案第 18、6(2) 参照)。
他方、主債務者が実体のない会社であったこと
を見抜けなかったことについて銀行に責任がある
か否かについても判断された。結局は責任が否定
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ともできない。また、動機の錯誤についても、
「例
えば、時計を紛失したと誤解して新品を購入した
としても、そのような事実は自己の支配領域内の
出来事に過ぎず、その点についての思い違いのリ
スクを相手方に負わせるべき筋合いではない。だ
とすると、仮に、相手方にそれを動機として表示
していたとしても、(そのことを条件化しているの
でない限り)行為の効力を一方的に否定する理由
にならないのではなかろうか」と論じられてい
る5)。
以上のように、表意者がリスクを負うべき事項
については錯誤の主張は認められないとするな
ら、次には、そのリスク配分がどのように決まる
のかが問題となろう。上記の和解契約の例では、
当事者がリスクを負うべきことは 696 条からの
当然の帰結であるといえるし、時計を紛失したと
誤解して新品を購入した例では、時計が紛失して
いるか否かは自己の支配領域内の出来事であった
ので自分がリスクを負うべきなのである。では、
信用保証におけるリスク配分については、どのよ
うに考えるべきであろうか。
されたが、貸付金が詐取されるリスクは原則とし
て信用保証協会が負うべきであるとした判断と
「対」になるべき考慮要素として注目したい。
二 錯誤無効の主張の可否
1 判例の傾向
主債務者が実体のない会社であった場合には保
証人には錯誤があったことになるが、これは、保
証契約との関係では動機の錯誤になろう。通説・
判例によれば動機の錯誤はそれが表示されて法律
行為の内容となっていた場合に限り錯誤無効の主
張が認められることになるはずであるが(民法(債
2(1)(2) 参照)1)、
権関係)改正に関する要綱仮案第 3、
他方、主債務者が実体のある会社であることは保
証契約の当然の前提とされているともいえるの
で、このような場合について信用保証協会の錯誤
無効が認められたケースも、かつては幾つかあっ
た2)。そして、貸付をした銀行側からは、保証人
に重過失があった旨の抗弁、さらには、(詐欺に
関する条文であるが)96 条 2 項や 3 項を類推適用
して第三者(銀行)を保護すべきである等の反論
がされていたが、このような主張が認められるこ
とは少なかったようである3)。
しかし、最近では、主債務者が実体のない会社
であった場合や融資金が事業資金として使われな
かった場合のような融資金詐取のリスクは信用保
証協会としては想定されるべきものであったとし
て、錯誤無効の主張を退けた例も目立つように
なった4)。このような場合に錯誤無効の主張を認
めると、融資金が詐取された場合のリスクを常に
貸付をした銀行が負うことになってしまうからで
あろう。そして、本判決も、これに一つの例を付
け加えるものである。
3 信用保証におけるリスク配分
上記に引用したように、本判決は、まず、保証
契約は主債務者が履行しないときに保証人が履行
する責任を負うものであるから、主債務者が履行
をしない事由を問わずに保証人は履行の責任を負
うとした。しかし、他方で、債務者が実体のない
会社ではないことが保証契約の当然の前提になっ
ていたともいえるのであるから、主債務者が履行
をしない事由を問わずに保証人は履行の責任を負
うというだけでは十分に説得力があるとはいえな
いであろう。むしろ、貸付をした銀行と信用保証
協会との間でのリスク配分の問題であるという観
点が重要であるように思われる。この観点から考
えるなら、信用保証協会の錯誤無効の主張を認め
てしまうと(ある程度は必然的に発生すると考えら
れる)融資金詐取のリスクを常に銀行に負わせる
ことになってしまうが、これが不公平に感じられ
るのであろう。
また、上記では引用しなかったが、本判決では、
信用保証協会の公的性格も問題とされていた。そ
して、本判決は、信用保証協会法に定められた融
資対象者及び資金使途以外に公的資金が渡ること
は厳に避けるべき事態であると認めつつも、「信
2 リスク負担と錯誤主張
95 条の文言からは明確ではないし学説におい
ても必ずしも十分に議論されているわけでもない
が、それでも、表意者がリスクを負うべき事項に
ついては錯誤無効の主張ができないことは一般的
に認められているように思われる。例えば、和解
の対象とされた事項については、それが事実とは
異なっていた場合でも当事者は和解の効力を否定
することはできないとされているので(696 条)
事実と異なっていた場合のリスクは当事者が負う
ことになり、したがって錯誤無効の主張をするこ
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.90
いうXの主張に対して、本判決は、会社の取引先
に対する聴取は当該会社の信用を毀損する可能性
があるとしてXの主張を退けている。しかし、あ
る会社の活動の実体があるか否かを判断するには
取引先への聴取が有効であろう。これを考えると、
本判決の判断にはなお検討の余地があるように思
われる。
用保証協会の保証付き融資は……中小企業者に対
する金融の円滑化を図るという政策目的(信用保
証協会法 1 条)に基づいて実施されている制度
であるところ、中小企業者ではない者によって融
資金が詐取される事態が一定程度発生することは
避け難いものであり、このような場合、金融機関
に不十分な審査しかしなかったなどの保証契約違
反が認められなくとも、当該保証契約は常に錯誤
により無効となると解するときは、信用保証協会
による保証がされたことにより回収の確実性が完
全に担保されていたはずの中小企業者に対する金
融機関の貸付金債権が、回収不能債権に転化して
しまう。金融機関としては、このような事態の発
生は上記のような金融機関の貸付けの仕組みに照
らし絶対に避けなければならないから、必然的に
中小企業者に対する融資の判断が過度に慎重にな
り、中小企業者としての実体ないし資金使途に少
しでも不安な要素がある場合には、当該中小企業
者の貸付け申入れを拒絶することとなって、信用
保証協会の保証付き融資の上記制度趣旨に反する
ことになる」とした。中小企業者への金融の円滑
化という制度に基づく公的性格の機関であるだけ
に、制度上予想される融資金詐取については信用
保証協会がリスクを負うべきという趣旨である。
もっとも、信用保証協会の保証付き融資でなく
とも融資金詐取のリスクは常に存在する。本判決
のように解すると、そのような(銀行業自体に必
然的に伴う)リスクについても信用保証協会に負
わせてしまうことになる点に若干の疑問を感じな
いわけではない。
四 本判決の射程
1 信用保証協会の公的性格
本判決は、主債務者が履行をしない事由を問わ
ず保証人は履行の責任を負うという一般論を展開
して、融資金詐取のリスクは保証人が負うとして
いるが、そうすると、通常の保証人もこのリスク
を負うべきことになりそうである。しかし、他方
で、本判決は、信用保証協会には中小企業者への
金融の円滑化という政策に基づく公的性格がある
ことを重視してリスク配分を決めたのであるか
ら、本判決のリスク配分は、通常の保証人に当然
に通用するものではないであろう。
2 契約による免責の可能性
また、本判決は、信用保証協会が引き受けられ
ないリスクについては契約書において定めること
ができるはずであったので、免責条項がない場合
にまで保証債務の履行を免れることはできないと
している。これは、契約によって融資金詐取のリ
スクを負わない旨を定めることは自由にできるこ
とを前提としているようにも思われる。しかし、
他方で、本判決は、信用保証協会は公的性格の故
に融資金詐取のリスクを負うべきであるとしたの
であるから、それなら、このようなリスクについ
て公的性格を有する信用保証協会が免責条項を定
めることが当然に認められるのか疑問が生じるは
ずであろう。
三 保証契約違反
以上のように、(必然的に発生する)融資金詐取
のリスクは信用保証協会が負うべきであるとして
も、それを見抜けなかったことについて銀行に過
失があるときには、銀行が責任を負うべきことは
当然であろう。しかも、冒頭で紹介した信用保証
の仕組みによれば、融資の申込人はまず銀行に融
資を申し出て銀行が申込人の適格性等を調査する
のであるから、融資金詐取を発見すべき第一の責
任は銀行にあるといえる(これは本来ならリスク
配分にも影響しうる事情ではなかろうか。
)。今後は、
銀行がどの程度まで調査する義務があるのか、そ
の義務を具体化することが課題となろう。例えば、
A社の取引先に対する聴取もするべきであったと
4
●――注
1)最判昭 29・11・26 民集 8 巻 11 号 2087 頁等。
2)東京地判昭 53・3・29 判時 909 号 68 頁、東京高判平
19・12・13 判時 1992 号 65 頁等。
3)上記東京地判昭 53・3・29、東京高判平 19・12・13 等。
4)那覇地判平 23・2・8 金判 1381 号 46 頁、その控訴審
である福岡高判平 23・9・1 金判 1381 号 40 頁、東京高
判平 26・1・30 金判 1435 号 21 頁等。
5)河上正二『民法総則講義』(有斐閣、2007 年)358 頁。
一橋大学教授 滝沢昌彦
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