葛城クリーンセンター建設許可差止請求控訴事件

 ローライブラリー
◆ 2015 年 2 月 13 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.51
文献番号 z18817009-00-140511179
葛城クリーンセンター建設許可差止請求控訴事件
【文 献 種 別】 判決/大阪高等裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 4 月 25 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(行コ)第 146 号
【事 件 名】 葛城市クリーンセンター建設許可差止請求控訴事件
【裁 判 結 果】 棄却(確定)
【参 照 法 令】 自然公園法 20 条 3 項、行政事件訴訟法 3 条 7 項・9 条・36 条・37 条の 4 第 1 項・
同条 4 項
【掲 載 誌】 判自 387 号 47 頁
LEX/DB 文献番号 25504165
……………………………………
……………………………………
②「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法 37 条の
4 第 1 項)と補充性(同条同項ただし書)のいずれ
の訴訟要件についても具備を認めず、Xらの訴え
を不適法却下とした。そこで、Xらが控訴した。
控訴審では、争点①について蓋然性があることは
特に争われなかった(具体的な計画内容がほぼ確定
した)ため、争点②がもっぱら論じられることに
なった。
事実の概要
Xら(原告・控訴人)は、奈良県葛城市(以下「市」
という)當麻の居住者である。Y(被告・被控訴人)
は、奈良県(以下「県」という)である。本件は、
XらがYに対し “ 良好な景観の恵沢を日常的に享
受する利益(以下「景観利益」という)” 等を主張
し、市が金剛生駒紀泉国定公園(以下「本件国定
公園」という)の第 2 種特別地域(以下「本件特別
地域」という)内に一般廃棄物処理施設(葛城クリー
ンセンター。以下「本件施設」という) を建設する
ことに関して、Yの処分行政庁である県知事(以
下「Y知事」という)が自然公園法 20 条 3 項に基
づく許可(以下「20 条許可」という。本件で差止め
判決の要旨
控訴棄却(確定)。
1 原告適格について
(1) 自然風致景観利益
ⓐ自然公園法が、「国立公園等、特にそのうち
の特別地域の自然の風致や景観を保護することを
その趣旨及び目的の一つとしていることは明らか
であり、控訴人らが『自然利益』と呼ぶ自然環境
に起因する音、香り、清浄な空気等は、ここにい
う『自然の風致』に含まれると解するのが相当で
ある。……上記のとおり自然公園法が保護の対象
とする国立公園等の特別地域(以下、単に「特別
地域」という。)の優れた自然の風致景観の恵沢
を享受する利益(以下「自然風致景観利益」とい
う。)については、その帰属主体をあえて特定す
るとしても、国立公園等の利用者という程度のこ
とがいえるだけであるし、通常その侵害は個人の
生命、身体の安全や健康、財産を脅かすものでは
ないから、その性質上、基本的には公益に属し、
法令に手掛かりとなることが明らかな規定がない
にもかかわらず、当然に、法がこれを周辺住民等
の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解す
が求められている 20 条許可を特に
「本件許可」
という)
をすることの差止めを求めた事例である。
なお、本件施設の建設予定地(以下「本件予定地」
という) 付近では昭和 53 年来、一般廃棄物の焼
却施設(設置時の名称は、當麻町環境衛生センター。
市への合併後、當麻クリーンセンターに改称。以下
「旧
施設」という) が稼働していたが、平成 24 年 3
月の時点で旧施設の稼働は既に停止しており、旧
施設の解体跡地に “ 新クリーンセンター ” として
建設を計画されたのが本件施設である1) という
経緯がある。
原 審( 奈 良 地 判 平 25・8・20 判 自 387 号 57 頁 )
はまず、①市がY知事に対して本件許可の申請を
していない上、本件施設の具体的な計画内容が明
らかでない等として、紛争の成熟性の観点からは、
Y知事が本件施設に係る 20 条許可をするとの、
行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)3 条 7 項
にいう蓋然性があるとはいえないとした。さらに、
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
1
1
新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.51
そして、仮に本件施設の建設に係る 20 条許可
が違法である場合、それがされることによって建
設が可能となる本件施設の稼働(本件施設への廃
棄物等の搬出入のための運搬車の運行を含む。以
下同じ。)により、本件特別地域や金剛生駒紀泉
国定公園の利用者を始めとする国民一般の自然風
致景観利益が害されることになるが、本件施設の
周辺の居住者等は、それに加えて、本件施設の稼
働による騒音、悪臭、ふんじん等の具体的な被害
を受けるおそれがあり、より現実的、直接的な被
害はむしろ後者といえる。」
(記号ⓐ~ⓓは筆者による。)
(2) 自然公園法と景観法の趣旨
自然公園法には、「自然風致景観利益とは必ず
しも直接的な関係がないとはいえ、国立公園等や
特別地域の区域内の土地の所有者等の権利にも一
定の配慮をすべきことを定めたものといえる」規
定がある(自然公園法 4 条・43 条 1 項)。
「また、景観法は、……積極的な形成か、保護
かの相違があるとはいえ、良好な景観の恵沢の享
受を図ろうとする点において自然公園法と目的を
共通にするといえるところ、……20 条許可の制
度に関し、当該区域内の土地の所有者や近隣住民
が関与することが予定されているということがで
きる」規定がある(景観法 8 条 2 項 4 号ホ、景観法
施行令 3 条)
。
(3) Xらの原告適格肯定
「以上のような本件許可において考慮されるべ
き利益の内容及び性質、本件許可が違法にされる
ことによって利益が害される態様及び程度のほ
か、自然公園法やこれと目的を共通にする景観法
及び同法施行令の規定等に鑑みると、自然公園法
は、少なくとも、本件許可が違法にされ、本件施
設が建設されて稼働することによって害される自
然風致景観利益、換言すれば、本件施設の建設及
び稼働によって本件予定地周辺の優れた自然の風
致景観が害されることがないという利益を、そこ
に居住するなど本件予定地の周辺の土地を生活の
重要な部分において利用しており、本件施設の稼
働によって騒音、悪臭、ふんじん等の被害を受け
るおそれのある者に対し、個々人の個別的利益と
しても保護すべきものとする趣旨を含むと解する
のが相当である。」
「控訴人らは本件予定地の近隣又はそれほど遠
くない場所に居住しており、その居住地に近接す
ることは困難である。」
ⓑ「もっとも、良好な景観に近接する地域内に
居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、
良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して
密接な利害関係を有しており、これらの者が有す
る景観利益は法律上保護に値する……というべき
ところ、自然風致景観利益についても同様と解す
るのが相当である。そして、現に特別地域の近隣
に居住している者は、事実上、その特別地域の優
れた自然の風致景観の恵沢を日常的に享受してい
る……。」
ⓒ「実質的にも、上記のとおり自然の風致景観
はその性質上いったん害されるとその回復は不可
能ないし著しく困難であるところ、個別の 20 条
行為に関する 20 条許可基準は相当具体的であっ
て環境大臣等の裁量は必ずしも大きいとはいい難
いものの、包括的な 20 条許可基準には……抽象
的なものもあり、
環境大臣等がその裁量を逸脱し、
20
条許可をすることによって、優れた自
違法な
然の風致景観が害され、取り返しのつかない事態
を招くことがあり得るといえる。仮に、自然風致
景観利益が公益のみに属するとすれば、そのよう
な違法な 20 条許可に対し、差止請求はもとより、
その他の抗告訴訟も事実上これを提起することが
できる者がいないことになるが(行訴法 9 条、36
条、最三小判平 4・9・22 民集 46 巻 6 号 1090 頁参照)、
自然公園法がそのような事態を許容しているとは
解し難い。
」
ⓓ「特に、本件許可で問題とされる一般廃棄物
処理場の建設については、細部解釈・運用方法で
は『騒音、悪臭、ふんじん等の発生により当該行
為地周辺の風致又は景観に著しい支障を与えるこ
とが明らか』として……、廃棄物処理施設取扱い
通知でも『施設の設置及び廃棄物の運搬等の関連
する行為により、騒音等を継続的に発生すること
から、国立・国定公園の風致に著しい影響を与え
る』として……、いずれにおいても原則として自
然公園法施行規則 11 条 36 項 2 号の基準を満た
さないとされている。これらも、特別地域の区域
内において廃棄物処理施設が建設されて稼働すれ
ば、当該特別地域の優れた自然の風致景観に著し
い支障が生じ、相当深刻なダメージが生じうるこ
とを踏まえたものということができ、20 条許可
が違法にされてそのような事態となることを自然
公園法が放置していると解することはできない。
2
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.51
る道路を利用して運搬車が本件施設に廃棄物等の
搬出入をする予定であることが認められ、いずれ
も本件施設の稼働によって、騒音、悪臭、ふんじ
ん等の被害を受けるおそれもあるということがで
きるから、本件許可の差止めを求める法律上の利
益を有し、その差止訴訟の原告適格を有するもの
と解するのが相当である。」
2 「重大な損害を生ずるおそれ」について
「本件許可がされても、その後、本件施設の建
設工事の着工までには、建築確認申請手続をし、
建築確認を得る……必要があって、それには一定
時間を要し(……市は、建築確認を受けるのに 2
か月を見込んでいる。)、更には、本件施設の建設
工事が着工されたからといって、直ちに控訴人ら
主張の損害が生じるとは認め難い(控訴人らの主
張する損害は、もともと本件施設が竣工し、一般
廃棄物処理施設として稼働することを前提とする
ものである。仮に、工事が途中の段階でも控訴人
らの自然風致景観利益が害されるとしても、工事
が相当程度進ちょくするまでは原状に回復するこ
とはそれほど困難ではない。)。
そうすると、本件許可によって生ずるおそれの
ある自然風致景観利益の侵害は、本件許可がされ
た後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受
けることが可能であり、事前に差止めを命ずる方
法によらなければ救済を受けることが困難なもの
であるとはいえず、控訴人らに本件許可がされる
ことにより重大な損害を生ずるおそれがあるとは
いえないことに帰する。」
判例の解説
一 差止訴訟の原告適格と景観利益
本判決は、争点②の検討に先立って、一般廃棄
物処理施設の近隣住民に、景観利益を保護する
ための 20 条許可の差止めに関して原告適格を明
確に認めたという点において、画期的な内容とい
える。行政訴訟の原告適格論は従来、取消訴訟を
中心に論じられてきた2)。すなわち、取消訴訟の
原告適格は「法律上の利益を有する者」(行訴法 9
条 1 項)に認められ、法律上の利益の有無の判断
に際しては柔軟性が求められる(同条 2 項)。平
成 16 年の行訴法改正時の新設規定である行訴法
9 条 2 項は、取消訴訟における原告適格の範囲の
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
拡大を意図したものだったが3)、近時は同条同項
の趣旨を踏まえた最高裁判決も登場した。本判決
が引用する最大判平 17・12・7(判時 1920 号 13
頁。いわゆる小田急線高架化訴訟上告審判決。以下「最
高裁平成 17 年判決」という) もそうした最高裁判
決の 1 つであり、同判決によると、行訴法 9 条
「1 項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法
律上の利益を有する者』とは、当該処分により自
己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害さ
れ、又は必然的に侵害されるおそれのある者をい
うのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特
定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸
収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人
の個別的利益としてもこれを保護すべきものとす
る趣旨を含むと解される場合には、このような利
益もここにいう法律上保護された利益に当た」る
とされる。そして、行訴法 37 条の 4 第 4 項が同
法 9 条 2 項を準用することから取消訴訟の原告
適格と差止訴訟の原告適格はパラレルに論じられ
ることになり、最高裁平成 17 年判決同様、本判
決も、「処分の相手方以外の者が上記『法律上の
利益を有する』か否かを判断するに当たっては、
当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによ
ることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該
処分において考慮されるべき利益の内容及び性質
を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及
び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的
を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び
目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮
するに当たっては、当該処分がその根拠となる法
令に違反してされた場合に害されることとなる利
益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び
程度をも勘案すべきである」という判断枠組みを
示す。
このように本判決は、差止訴訟の原告適格の判
断枠組みについて、最高裁平成 17 年判決が取消
訴訟の原告適格について示したものを踏襲した上
で、ⓐ~ⓓのように判示した。このうち、判旨ⓐ
~ⓒは、「自然風致景観利益」概念への言及は目
新しいものの、判旨ⓐでは景観利益が基本的には
公益であること、判旨ⓑでは最一小判平 18・3・
30(判時 1931 号 3 頁。いわゆる国立マンション訴訟
上告審判決。以下「最高裁平成 18 年判決」という)
が景観利益の要保護性について判示した部分、判
旨ⓒでは最三小判平 4・9・22(判時 1437 号 44 頁。
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.51
根拠は必ずしも明らかでない。
景観利益保護のための原告適格は必ずしも容易
には認められないのが一般的だが、本件では “ 自
然風致景観利益の重要性 ” と “ 被害の直接性 ” と
いう 2 つの価値判断が、Xらの原告適格肯定と
いう結論を導くのに大きくはたらいたものと考え
られる。
いわゆるもんじゅ行政訴訟上告審判決)が原子炉の
周辺住民に原告適格を認めた部分を、それぞれ述
べており、従来の議論に沿ったものである。もっ
とも本判決は、Xらの原告適格を認める伏線とし
て、
「国立公園等の利用者」(判旨ⓐ部分)と「特
別地域の近隣に居住している者」(判旨ⓑ部分)、
つまり本件国定公園の利用者と居住者を区別した
上で、法律上の利益を論じている点が特徴的であ
る。また、判旨ⓑについては、不法行為に基づく
民事事件にかかる最高裁平成 18 年判決のロジッ
クが、行政事件の本件においても用いられている
のであり、
広島地判平 21・10・1(判時 2060 号 3 頁。
いわゆる鞆の浦景観訴訟地裁判決)と同様の援用状
況にある4)。
本判決で特に興味深いのが、判旨ⓓである。行
訴法 9 条 2 項の 4 つの要件、すなわち❶「趣旨
及び目的」
、❷「当該処分において考慮されるべ
き利益の内容及び性質」、❸「当該法令と目的を
共通にする関係法令」の参酌、❹「害されること
となる利益の内容及び性質並びにこれが害される
態様及び程度」のうち、要件❹について、「本件
施設の稼働による騒音、悪臭、ふんじん等の具体
的な被害を受けるおそれがあり、より現実的、直
接的な被害はむしろ後者といえる」として被害の
直接性に着目した上で一般廃棄物処理施設の近隣
住民に原告適格を認める本判決のアプローチは、
産業廃棄物最終処分場の周辺住民に被害の直接性
を理由に原告適格を認めた最三小判平 26・7・29
5)
(裁時 1609 号 1 頁) に通じるところがある。
なお、本判決では、Xらの原告適格を判断する
に際して景観法も考慮しているが(判決の要旨1
(2) 部分)
、本判決における控訴人らの主張による
と、本件予定地を含む當麻地区には国宝に指定さ
れた飛鳥時代創建の當麻寺があり、同寺の三重塔
越しに一望する金剛山、葛城山、二上山の景勝が
知られると共に、當麻地区に南接する本件予定地
を含む竹内地区には最古の国道の竹内街道がある
ということだから、本件予定地のうち少なくとも
當麻地区と竹内地区は、景観計画区域に含まれて
いたものと推測される。もっとも、この点に関し
ては、原審における原告らの主張の中で、
「同法(=
景観法)においては原告らが景観計画に係る公聴
会等の対象となり、景観計画等を提案することも
できることなどの事情に照らせば……」との言及
があるのみで、本件において景観法が考慮される
4
二 差止訴訟の訴訟要件――損害の重大性、
補充性
平成 16 年の行訴法改正による新設規定である
行訴法 37 条の 4 は第 1 項において、差止訴訟の
訴訟要件として、「一定の処分又は裁決がされる
ことにより重大な損害を生ずるおそれがある場
合」という積極要件を課す。同条同項ただし書が
定める消極要件すなわち補充性が、処分・裁決の
差止訴訟の法定以前から同訴訟の訴訟要件として
検討されてきたのに対し、損害の重大性はいわば
新たな加重要件であることから、実際の検討例は
僅かにとどまっている。
この点、本判決は最一小判平 24・2・9(判タ
1371 号 99 頁。いわゆる教職員国旗国歌訴訟上告審
判決)を引用した後に判決の要旨2のように述べ、
緊急性や補充性も考慮するかたちで、本件につい
て損害の重大性を否定した。結果的にXらの訴え
は退けられたものの、差止訴訟の訴訟要件につい
ての検討例として、今後の参考になるだろう。
●――注
1) 當 麻 ク リ ー ン セ ン タ ー HP(http://www.city.katsuragi.
nara.jp/index.cfm/17,2964,80,html(最終閲覧日 2015 年 1
月 27 日))。
2)行政訴訟の原告適格論の概要と動向については、髙
橋滋「行政訴訟の原告適格」『行政法の争点』(有斐閣、
2014 年)116 頁参照。
3)行訴法 9 条 2 項新設の趣旨および経緯については、橋
本博之『解説 改正行政事件訴訟法』(弘文堂、2004 年)
30~54 頁参照。
4)最高裁平成 18 年判決の行政事件への援用可能性につ
いては、北村喜宣『環境法〔第 2 版〕』(弘文堂、2013 年)
230~231 頁参照。
5)評釈として、人見剛「判批」法セ 718 号(2014 年)
101 頁、筑紫圭一「判批」新・判例解説 Watch 文献番
号 z18817009-00-140501160(Web 版 2014 年 12 月 26
日掲載)がある。
大阪市立大学准教授 久末弥生
4
新・判例解説 Watch