8. 電流が関わる酸化・還元反応 塩のお陰で水の中でも電流が流れる

8.
電流が関わる酸化・還元反応
塩のお陰で水の中でも電流が流れる
原子は質量の重い中性子と陽子が原子核となって中心に座り、原子核の正電荷を打ち消
すようにその周囲に陽子と同じ数の軽い電子が広く分布していますが、これらの電子と原子
核の間に働くクーロン力は原子核に近いほど大きくなります。そのため、内側の電子は原子
核に強く引き付けられており、外側の電子は弱い力で結び付けられています。当然、最も外
側に分布する最外殻電子は小さなエネルギーで原子から引き離されてしまい、原子は陽イオ
ンとなって正電荷を帯びてきます。また、原子が外から電子を受け取りますと陽子の数より
も電子の数が多くなりますから負電荷を持つ陰イオンになります。陽イオンになり易い原子
と陰イオンになり易い原子が接近するときには、陽イオンになり易い原子はイオン化ポテン
シャルに相当するエネルギーを貰って電子を放出し陽イオンになりますし、陰イオンになり
易い原子は電子を受け取って電子親和力に相当するエネルギーを放出しながら陰イオンに
なります。この電子の遣り取りによって 2 種の原子はそれぞれ陽イオンと陰イオンに変化し
ますが、それぞれ正電荷と負電荷を持っていますから、互いにクーロン力が働きますます接
近します。このように両イオンはイオン結合と呼ばれるクーロン力により互いに結び付けら
れ、間に生じるクーロンエネルギーに由来する結合エネルギーにより両イオンは安定化しま
す。
イオン結合の結合エネルギーはクーロンエネルギーですから、式 2−2 で表されるよう
に両イオンの電荷の大きさに比例し、両イオン間の距離に反比例しますが、さらに、両イオ
ンを取り巻く周囲の誘電率にも反比例します。誘電率は真空中で最も小さな値を示しますが、
石油やベンゼンのような油の性質を持つものも比較的小さな値を示しますから、このような
溶媒の中では強いイオン結合を持って陽イオンと陰イオンが強く結合していますが、イオン
間の距離が大きく離れますと、両イオンとも安定な状態で存在することができません。しか
し、真空中の誘電率と比較して、水の誘電率が 78.54 倍大きいために、水の中ではイオン結
合の結合エネルギーは 1.3%ほどまで小さくなり、両イオンのイオン結合を保つことが困難
になりますから、陽イオンと陰イオンはバラバラになり水の中に溶けてしまいます。このと
きイオンは誘電率の高い多くの水分子に囲まれて電荷が少しずつ分散されますから、両イオ
ンは水の中ではバラバラな状態で安定に存在できます。
このようにイオン結合で結ばれた物質を水に溶かしますと、陽イオンと陰イオンに解離
して水の中をバラバラに拡散してゆきます。このとき、水は液体の状態ですから、溶媒の水
分子も溶け込んでいる両イオンも水の中を自由に動き回ります。解離した陽イオンと陰イオ
ンが溶け込んでいる水溶液に電極を装着して電場を与えれば、陽イオンと陰イオンは陰極と
陽極に向かってそれぞれ移動して行き、陽イオンは陰極で電子を受け取りますが同時に陰イ
オンは電子を陽極に与えて両イオンとも電荷を失います。水の中では電子の移動は全くあり
ませんが、電荷を持ったイオンが移動しますから両電極の間に電流が流れる結果になります。
88
イオン結合で結ばれた物質を水に溶かしますと、イオンが水の中を移動して電荷を運びます
から、その水溶液が電流を通す電導性を示しますので、イオン結合で結ばれた物質を電解質
と呼んでいます。
電解質は水に溶けて陽イオンと陰イオンに解離しますが、これらのイオンは電荷を持っ
て電場の中を移動しますから両電極の間に電流が流れる結果になります。このとき電流の流
れ易さを示す電導度は当然水の中に存在するイオンの濃度に影響されます。電解質は水の中
でもイオンの間にクーロンエネルギーが働き弱いながらもイオン結合を保って安定化しま
す。また、高い誘電率を持つ水の中では、周囲を囲む多くの水分子により電荷が分散してイ
オンは安定化しますし、水の中に拡散することによりイオンはエントロピー的に安定化しま
す。これらの電荷の分散による安定化と拡散による安定化はイオン結合による安定化と釣り
合っていますから、陽イオンと陰イオンへの解離のし易さを示す解離度は電解質により大き
く異なります。電解質の解離度が小さいときには水溶液中のイオン濃度が低くなりますし、
同じ電解質でも高い濃度では多くのイオンが水溶液中に存在しますから、水溶液の電導性は
電解質の解離度と濃度に大きく依存します。
塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カルシウム(CaCl2)などの電解質は水に溶けて解離したイ
オンが電荷を運びますが、ナトリウムイオンは1価、カルシウムイオンは2価の電荷を持
っていますから、イオンの持つ電価の違いにより運ばれる電荷の量が異なり電流の流れ易
さも異なります。また、電子の半径は約 10−15mであり原子やイオンの半径は約 10−10mと
見積もられていますから、電子より 100000 倍も嵩高いイオンが水の中を移動する速さはそ
の溶液の温度や粘性などの影響を受け易く、当然電導性にも影響を与えます。水溶液の電
導性はこのように種々の要素が関係していますから、目的に応じて電気抵抗率と当量電導
度と分子電導度が定義されています。当量電導度は1当量の電解質を溶かし込んだ水溶液
が示す電導性ですし、分子電導度は1モルの電解質を溶かし込んだ水溶液が示す電導性で
す。1L の水溶液に溶かした C モルの電解質の解離したイオンの価数を V とするときに、
電気抵抗率(ρ)と当量電導度(Λ)と分子電導度(μ)の間の関係は式 8−1 でまとめて表すこ
とができます。
1
ρ ⋅ C ⋅V
1
µ=
ρ ⋅C
Λ=
式 8−1
表 8−1 には 18℃における代表的な塩基や酸や塩などの電解質水溶液の電気抵抗率(ρ)
と当量電動度(Λ)をまとめておきますが、中でも水酸化ナトリウムと硫酸と酢酸と塩化
ナトリウムについては異なる濃度における電導度もあわせて掲げておきます。溶媒となる
純粋の水の電気抵抗率が 106Ωcm と報告されていますからほとんど電導性を示しませんが、
5%の塩化ナトリウムを溶かしますとイオン濃度が高くなり、電気抵抗率が 14.9Ωcm まで
89
表 8−1 種々の電解質水溶液の電気抵抗率と当量電導度
電解質
分子式
水酸化ナトリウム NaOH
%濃度
電気抵抗率(ρ)
当量電導度(Λ)
Ωcm
Ω−1cm−1
5
5.1
149.3
10
3.2
112.4
20
3.1
53.4
25
1.9
96.8
水酸化カリウム
KOH
アンモニア水
NH4OH
4
913.2
0.5
塩酸
HCl
5
2.5
281.0
硫酸
H2SO4
5
4.8
198.0
10
2.6
179.9
20
1.5
140.2
硝酸
HNO3
6
3.2
307.1
塩化ナトリウム
NaCl
5
14.9
76.0
10
8.3
66.2
20
5.1
49.9
硫酸ナトリウム
Na2SO4
5
24.4
55.6
炭酸ナトリウム
Na2CO3
5
22.2
45.5
フッ化カリウム
KF
5
15.3
72.9
塩化カリウム
KCl
5
14.5
99.9
臭化カリウム
KBr
5
21.5
106.9
ヨウ化カリウム
KI
5
29.6
108.3
塩化アンモニウム NH4Cl
5
10.9
96.8
塩化マグネシウム MgCl2
5
14.6
62.4
塩化カルシウム
CaCl2
5
15.6
68.6
酢酸
CH3CO2H
5
816.3
1.5
10
655.3
0.9
20
623.1
0.5
5
29.5
47.3
酢酸ナトリウム
CH3CO2Na
減少して約 70000 倍も電流が流れ易くなります。ちなみに、金属は高い電導性を示してい
ますがその電気抵抗率は表 5−1 に掲げたように 10−6∼10−4Ωcm の範囲にあり、ほとんど
電導性のない絶縁物の電気抵抗率は表 7−1 に掲げたように 1010∼1019Ωcm と報告されてい
ます。さらに、高い塩化ナトリウム濃度の溶液では電流はますます流れ易くなります。こ
90
の表では電解質の濃度は重量%濃度で表していますから、同じ濃度の 4 種のハロゲン化カ
リウムを比較して明らかなように分子量の大きな電解質では溶液中に含まれるモル数が小
さくなり、電気抵抗率は大きくなり電導性が低くなりますが当量電導度は大きくなります。
また、酢酸のように解離度の小さな酸ではイオン濃度が小さくなりますから電導度は小さ
くなります。
このようにほとんど電流の流れない水に塩化ナトリウムなどの電解質を溶かし込みま
すと、水溶液の中では電荷を持つイオンに解離しますから、イオンの移動により電流が流
れるようになります。これに対して、塩化ナトリウムとよく似ていても砂糖は水の中に溶
かしてもほとんど解離しませんから、その水溶液はイオン濃度が小さくほとんど電導性を
示しません。多くの酸や塩基や塩は水に溶けるとイオンに容易に解離しますから、電導性
を向上させる電解質として働きます。
酸化・還元反応は電子の遣り取り
第 2 章で考えたように、中性子と陽子からなる原子核は正電荷を持っていますから、原
子核の半径の 10000∼100000 倍の半径の広い空間に原子核の正電荷を打ち消すように負電
荷を持つ軽い電子が陽子と同じ数だけ広く分布して静電的なクーロン力で結び付けられて
います。原子核の周囲を電子が取り巻いている構造の原子から負電荷を持つ電子が放出され
れば、原子は正電荷が過剰になりますから陽イオンになります。さらに、陽イオンが電子を
放出して 2 価の陽イオンや 3 価の陽イオンになることもありますし、陰イオンが電子を放出
して原子に戻ることもあります。反対に、外部からの電子を原子が受け取れば、原子全体と
して負電荷が過剰になりますから陰イオンになりますが、陰イオンがさらに電子を受け取っ
て多価の陰イオンになることもあり、陽イオンが電子を受け取って原子に戻ることも有りま
す。このように、原子やイオンから電子を放出する反応を酸化反応、原子やイオンが電子を
受け取る反応を還元反応と定義しています。
電子を供給する酸化反応がなければ電子を受け取る還元反応は起こり得ませんし、電子
を受け取る還元反応がなければ電子を放出する酸化反応も起こり得ません。言い換えれば、
酸化反応も還元反応も片方の反応だけでは進行せず、酸化反応が進行する時には還元反応
が必ず 1 つの系の中で同時に進行します。
銅板の上に傷をつけながら絵や模様を描き、その上に塩化第 2 鉄の水溶液を載せますと、
傷の部分で金属銅と塩化第 2 鉄が反応して、金属銅が溶けて傷が大きな穴に成長します。
この反応はほとんど危険性のない安全な薬品が用いられますから、エッチング法として銅
版画の作成などに古くから用いられてきましたが、近年になり電子部品の基盤を作る技術
に応用されるようになっています。金属銅を薄く貼り付けたプラスティック板の上に油性
のインクで配線図や模様を書き、塩化第 2 鉄水溶液に板を浸しますと、インクの塗られた
部分は水を撥じいて金属銅と塩化第 2 鉄水溶液が接触できませんが、インクの無い部分で
はこの反応が進行して金属銅は塩化銅に変化して水に溶解してしまいます。よく水で薬品
91
を洗浄後にインクを洗い落とせば、油性インクの模様のとおりに金属銅がプラスティック
板上に残りますから配線が完了します。
この反応では原料の塩化第 2 鉄も生成物の塩化第 1 鉄と塩化銅もイオン結合で結ばれた
物質ですから、水に溶けた状態では銅イオンと鉄イオンと塩素イオンに解離しています。
塩素イオンは常に水の中に陰イオンとして存在して変化しませんから、この反応において
全く関与していません。鉄イオンと銅に関係する変化は式 8−2 に要約したように鉄イオ
ンが還元され、金属銅が酸化されて銅イオンになる 2 つの素反応が組み合わさった酸化・
還元反応です。但し、この反応式で元素記号のように電子を e と表しています。
2FeCl3
2Fe3+
Cu
2FeCl2
Cu
2e-
2e-
CuCl2
Cu2+
式 8−2
2Fe2+
また、硫酸銅水溶液に金属亜鉛を浸すときには次第に亜鉛が溶液中に溶解し、代わって
青色の銅イオンの色が消えて赤褐色の銅の金属が析出してきます。原料の硫酸銅も生成物
の硫酸亜鉛もイオン結合で結ばれた物質ですから、水に溶けた状態では銅と亜鉛の陽イオ
ンと硫酸陰イオンに解離しています。硫酸イオンは常に水の中に陰イオンとして存在して
変化しませんからこの反応には全く関与していません。銅に関する反応と亜鉛に関する素
反応に分けて考えますと、式 8−3 に示すようになり亜鉛は電子を放出して陽イオンに酸
化され、その電子を銅イオンが受け取って金属銅に還元される 2 つの素反応が組み合わさ
った酸化・還元反応であることが分かります。
CuSO4
Cu2+
Zn
Cu
ZnSO4
Zn
2e-
Zn2+
2e-
Cu
式 8−3
原子は原子核の正電荷を打ち消すようにその周囲に陽子と同じ数の軽い電子が広く分
布していますが、これらの電子と原子核の間に働くクーロン力は原子核に近いほど大きく
なります。そのため、内側の電子は原子核に強く引き付けられており、外側の電子は弱い
力で結び付けられています。電子と原子核の間にクーロン力が働いていますから、相当す
るクーロンエネルギーを受け取れば原子核から電子は開放されて飛び出すことができ、原
子は陽イオンになります。水素以外の原子は電子を 2 個以上持っていますから、電子を 1
個放出して生じる陽イオンからも電子をさらに放出することができます。このように多く
の元素には多段階の酸化の状態があり、表 8−2 には比較的小さな元素のイオン化ポテン
シャルを掲げておきます。表から分かるように、元素によって当然その値が違いますが、
原子から 1 価陽イオンへの変化か 1 価陽イオンから 2 価陽イオンへの変化かなど放出され
92
る電子の数によってもイオン化ポテンシャルの大きさも大いに異なります。原子から 1 価
陽イオンへの変化と 1 価陽イオンから 2 価陽イオンへの変化は同じ酸化反応でも、酸化反
応の起こり易さは異なってきます。還元反応は酸化反応と反対に電子を受け取る反応です
から、還元反応の起こり易さも異なってきます。鉄、ニッケル、コバルト、錫、銅などの
遷移金属と呼ばれる金属では異なる価数をもつ複数のイオンが安定に存在しますが、イオ
ンの価数が変化するときには、放出される電子の数が異なりますから、電子の出入りが金
属元素に起こり酸化あるいは還元反応になります。
表 8−2 種々の元素のイオン化ポテンシャル(kcal/mol)
M→M+
元素(M)
M+→M2+
M2+→M3+ M3+→M4+ M4+→M5+ M5+→M6+
M6+→M7+
水素
H
313.4
ヘリウム
He
566.7
1254.2
リチウム
Li
124.3
1743.4
2822.4
ベリリウム
Be
214.9
419.7
3547.1
5018.1
ホウ素
B
191.3
579.8
874.3
5978.2
7841.7
炭素
C
259.5
562.0
1103.8
1486.5
9037.1
11293.7
窒素
N
335.0
682.3
1093.6
1785.7
2256.2
12724.5
15374.5
酸素
O
313.9
809.4
1266.2
1784.3
2556.1
3183.5
17040.6
フッ素
F
401.6
806.0
1445.3
2008.5
2633.1
3622.5
4268.3
ネオン
Ne
497.0
944.1
1462.5
2238.3
2909.0
3640.2
4777.4
先に挙げた両反応とも赤字で示したように金属銅と銅イオンの間の変化を含んでいま
すが、式 8−2 は電子を放出して金属銅がイオンに変化する酸化反応ですし、式 8−3 は還
元反応で電子を受け取って金属銅に変化する反応です。このように、同じ変化でも相手と
なる物質の反応性の違いにより酸化反応にも還元反応にもなりますから、酸化・還元反応
を利用するためには物質の持つ反応性の大きさを示す尺度が必要になります。また、多段
階の酸化状態を持つ 2 種類の物質が反応するときには、酸化される物質がどちらなのかき
わめて複雑で判り難くなります。そのため、反応を実際にしなくても酸化反応の状態がわ
かるように酸化還元電位により酸化する強さを表すようにしています。酸化反応は還元状
態の物質の酸化還元電位よりも大きな酸化還元電位を持つ酸化状態の物質で進行しますか
ら、この値が大きな酸化状態の物質ほど酸化する反応性が高いことを意味しています。逆
に、この値が小さな還元状態の物質は如何なる物質をも還元する反応性を持っています。
このように酸化・還元反応の進行を左右する指標となる酸化還元電位が相対的な値のた
めに、水から水素への酸化還元電位を基準として多くの物質の酸化還元電位が一般的に表
されています。多くの元素やイオンが還元する反応の酸化還元電位を参考のために表 8−
93
3 にその値の小さな順から掲げました。この表から分かるように銅、銀、金などの限られ
た金属を除いて、ほとんど全ての金属イオンは負の酸化還元電位を示しています。このこ
とは基準となる水と反応して金属が酸化され、水は還元されて水素を発生します。特に、
表 8−3 種々の物質の酸化還元電位(V)
酸化状態
還元状態
酸化還元電位
酸化状態
還元状態
酸化還元電位
Li+
Li 金属
−3.05
Sn2+
Sn 金属
−0.14
−2.92
3+
Fe 金属
−0.04
+
+
K
K 金属
Fe
2+
Ca 金属
−2.76
H
H2
0.00
Na+
Na 金属
−2.71
NO3−
NO2−
0.01
Cu 金属
0.34
S
0.45
Ca
2+
Mg
Al3+
SO42−
Mg 金属
−2.38
Al 金属
−1.71
SO32−
−0.92
Cu
2+
H2SO3
Fe
3+
Hg 金属
0.80
Ag 金属
0.80
NO
0.96
−
1.07
Si 金属
−0.84
Hg
Zn2+
Zn 金属
−0.76
Ag+
Cd
2+
Cr
S
3+
Cr
Cd 金属
−0.76
0.77
2+
SiO2
2+
Fe
2+
3−
NO
Cr 金属
−0.56
Br2
S2−
−0.51
MnO2
Mn2+
1.21
2+
−0.41
O2
H2O
1.23
Cr
Br
Fe2+
Fe 金属
−0.41
Cr2O72−
Cr3+
1.33
2+
Pb 金属
−0.36
Cl2
Cl−
1.36
+
Au 金属
1.68
Pb2+
1.69
Pb
2+
Co 金属
−0.28
Au
Ni2+
Ni 金属
−0.23
PbO2
Co
酸化還元電位の著しく小さなナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属、カルシウムやマ
グネシウムなどのアルカリ土類金属は極めて激しく水と反応します。現代生活で大量に用
いられている金属のアルミニウムや鉄も速やかに水によって酸化されて錆びてゆきます。
また、表からも分かるように酸素分子の酸化還元電位は大きな値を示していますから、多
くの物質を酸化する能力を持つ強力な酸化剤です。銅の陽イオンから金属銅への酸化還元
電位は 0.34V ですから、塩化第 2 鉄イオンから塩化第 1 鉄イオンへの反応の酸化還元電位
0.77V より小さく、亜鉛の陽イオンから金属亜鉛への反応の酸化還元電位−0.76V より大き
な値を示しています。この酸化還元電位の相対的な関係からも銅の陽イオンと金属銅との
間の変化が、式 8−2 の反応は酸化反応であり式 8−3 の反応は還元反応であることが示唆
されます。
94
電子の遣り取りを利用した電池
原子やイオンから電子を放出する反応を酸化反応といい電子を放出する物質を還元剤
と定義しています。また、原子やイオンが電子を受け取る反応を還元反応といい電子を受け
取る物質を酸化剤と定義しています。電子を供給する酸化反応が起こらなければ電子を受け
取る還元反応は起こり得ませんし、電子を受け取る還元反応が起こらなければ電子を放出し
ても電子の行き場がなくなりますから酸化反応も起こり得ません。このように酸化反応と還
元反応は電子の遣り取りにより進行しますから、酸化剤と還元剤の接触を絶てば電子の遣り
取りが阻害されてしまい両反応は進行しません。しかし、酸化剤と還元剤の間を電線で接続
すれば還元剤から酸化剤へ電子が移動できるようになりますから酸化・還元反応が進行しま
すが、同時に電線の中を電子が移動し電流が流れます。この酸化剤と還元剤を電線で結ぶこ
とにより進行する酸化・還元反応の化学エネルギーが電子の移動による電気エネルギーへ変
換する系を電池と呼んでいます。
たとえば、鉛蓄電池は式 8−4 に示すように希硫酸中で二酸化鉛と金属鉛から硫酸鉛が
生ずる反応で、表 8−3 に掲げたように二酸化鉛から 2 価鉛イオン(Pb2+)への変化と 2 価
鉛イオンから金属鉛への変化の酸化還元電位がそれぞれ 1.69V、−0.36V ですから、その酸
化と還元の素反応は二酸化鉛と金属鉛か
電子の流れ
ら 2 価鉛イオンへの変化と考えることが
出来ます。ここで酸化剤の二酸化鉛も還
元剤の金属鉛も固体ですから容易に接触
しませんが、両者を図 8−1 の模式図のよ
PbO2
Pb
うに電線で接続しますとそれぞれ酸化剤
と還元剤として働く酸化・還元反応が進
行します。鉛蓄電池ではこの酸化剤と還
PbSO4+H2SO4
元剤の酸化還元電位の差に相当する約 2V
図8−1 鉛蓄電池
の起電力を持って電流が電線を流れます。
2H2SO4
4H+
PbO2
PbO2
Pb
2PbSO4
Pb
Pb2+
2e-
Pb2+
2H2O
2e2H2O
式 8−4
また、酸化・還元反応の例として式 8−3 に挙げた硫酸銅水溶液と金属亜鉛の反応も電
線で接続すれば電池になると考えることができます。還元剤は金属亜鉛ですからそのまま
電線を接続することができますが、酸化剤は硫酸銅水溶液で電極を装着しなければ電線を
接続することができません。金属亜鉛を硫酸銅水溶液の中に浸しますと酸化・還元反応が
進行しますが、金属亜鉛の酸化により放出される電子は電線と電極を通る遠回りの経路で
95
電子の流れ
はなく、硫酸銅水溶液へ直接移
動してしまい電池として働きま
せん。Daniell は図 8−2 に示す
ように酸化反応の反応容器と還
Cu
元反応の反応容器を分離し、そ
Zn
れぞれの反応容器に装着した電
極に電線を接続して、この酸
化・還元反応を利用した電池を
CuSO4
塩橋
考案しました。この酸化・還元
ZnSO4+H2SO4
図8−2 ダニエル電池
反応の進行とともに、硫酸銅が
金属銅に変化する反応容器では
硫酸イオンが過剰になり、金属亜鉛が酸化される反応容器では硫酸イオンが不足しますか
ら、ダニエル電池では塩橋で 2 つの反応容器の間を橋渡ししています。塩橋は水の移動を
阻害するようにゼラチンなどで固め、この中に硫酸ナトリウムなどの硫酸イオンの水溶液
を含ませて置きますから、別々の反応容器に分離した 2 種類の反応溶液は混ざり合いませ
んが硫酸イオンだけは反応容器の間を移動して行きます。近年では塩橋の代替えとして素
焼き板や肌理の細かいフィルターがイオンだけを通す隔壁として 2 種の溶液を仕切るよう
に改良されています。
表 8−4 実用電池の例
電池名
酸化剤(正極)
還元剤(負極)
電解質
電圧(V)
マンガン乾電池
MnO2
Zn
NH4Cl
1.5
アルカリ乾電池
MnO2
Zn
NaOH
1.5
銀電池
Ag2O
Zn
NaOH
1.55
ダニエル電池
CuSO4
Zn
H2SO4
1.1
リチウム乾電池
MnO2
Li
LiClO4
3.0
鉛蓄電池
PbO2
Pb
H2SO4
2.0
ニッカド電池
Ni(OH)2
Cd(OH)2
KOH
1.35
ニッケル水素電池
Ni(OH)2
H2(Ni)
KOH
1.2
リチウム蓄電池
MnO2
Li(C)
LiClO4
3.5
鉛蓄電池やダニエル電池の例でも分かるように酸化剤と還元剤を電線で接続すれば電
流が電線に流れる電池となりますから、表 8−3 に掲げたもののほかに種々の酸化剤や還元
剤を組み合わせることにより種々の電池を設計作成することができます。表 8−4 には実
用化されている電池の酸化剤と還元剤を掲げておきます。古くから広く用いられてきた乾
96
電池はマンガン乾電池ですが、電解質を変えたアルカリ乾電池は起電力の安定性が向上し
ています。ニッケル水素電池の還元剤は水素分子ですから、通常の環境では電池に利用し
難い気体の状態で存在しています。水素ガスが微粉末のニッケルに多量に吸着する性質を
利用して作られたニッケル水素電池は環境問題や大気汚染の観点などから注目されていま
す。また、小さな酸化還元電位を示す金属リチウムは還元剤として電池に利用しますと大
きな起電力を示しますが、空気や水など身近にある物質と接触しても容易に酸化されてし
まいます。炭素同素体の黒鉛は第 5 章で考えたように平面構造のベンゼンが無限に繋がっ
た物質ですから、高い電導性を示すとともに、平面と平面の間には比較的容易に他の物質
を取り込む性質を持っています。このような性質を持つ黒鉛に金属リチウムを取り込めば
周囲に多く存在する水や空気と接触することなく還元剤として利用することができます。
近年高性能な電池として改良されつつあるリチウム蓄電池はこの黒鉛に取り込んだ金属リ
チウムを還元剤として用いています。
電気分解は発電所の力で進行する化学反応
原子やイオンから電子を放出する反応を酸化反応といい、原子やイオンが電子を受け取
る反応を還元反応と定義しています。酸化反応と還元反応は電子の遣り取りにより進行し
ますから、酸化剤と還元剤の間を電線で接続すれば酸化・還元反応が進行し、同時に電線
の中を還元剤から酸化剤へ電子が移動し電流が流れます。この酸化剤と還元剤を電線で結
ぶことにより進行する酸化・還元反応の化学エネルギーが電子の移動による電気エネルギ
ーへ変換する系を電池と呼んでいます。通常、酸化・還元反応では電子を供給する酸化反
応が起こらなければ電子を受け取る還元反応は起こり得ませんし、電子を受け取る還元反
応が起こらなければ電子を放出しても電子の行き場がなくなりますから酸化反応も起こり
得ません。
発電所で発電される電流も電池から流れ出る電流も電線を移動する電子ですから、発電
所の力を借りて酸化還元電位よりも高い電圧でこの電子を強制的に原子やイオンに送り込
めば還元反応が進行しますし、原子やイオンから電子を引き出せば酸化反応が進行します。
このように電流を流すことにより強制的に進行させる酸化・還元反応を電気分解といい、
電気エネルギーを用いて化学反応を起こすことができます。純粋の水はあまり電導性がよ
くありませんが少量の硫酸を電解質として加えた希硫酸は電流をよく通すようになります。
この希硫酸は水素陽イオンと硫酸イオンに解離していますが、ここに電極を装着して発電
所で発電した電流を通電しますと、式 8−5 に示すように水素陽イオンに電子が強制的に
送り込まれて還元反応が進行し、陰極で水素ガスが発生します。同時に水から電子が引き
出されて水素陽イオンとともに陽極では酸素ガスが発生します。このとき陽極で生成する
水素陽イオンは陰極で消費されますから、希硫酸に電流を流すことにより陽極で酸素 1 モ
ルと陰極で水素 2 モルが発生する水の電気分解が進行し、硫酸は触媒として働き全く反応
の収支には関与しないことが分かります。
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入手の容易な工業原料の塩化ナトリウムの飽和水溶液を電気分解すると、陰極と陽極に
それぞれ
H2SO4
4H+
2H2O
電流
2H2
4e-
2H2
2H2O
4H+
O2
H2SO4
O2
4e-
式 8−5
金属ナトリウムと塩素ガスが遊離してきます。しかし、金属ナトリウムは溶媒の水と反応
して水酸化ナトリウムと水素ガスに変化しますし、塩素ガスは水に多量に溶け込んでしま
います。金属ナトリウムから生成する水酸化ナトリウム水溶液と塩素ガスが溶けた塩素水
が混合しますと次亜塩素酸ナトリウムに変化してしまいます。そのため、式 8−6 に示す
ように食塩水の単純な電気分解では工業的に重要な水酸化ナトリウムも塩素ガスも効率的
に製造することが出来ません。
H2O
2H2O
NaCl
2NaCl
2NaCl
電流
電流
電流
NaClO
H2
2NaOH
H2
2Na
2H2O
2Na
2NaOH
H2O
Cl2
HClO
NaOH
NaOH
HClO
HCl
NaClO
NaCl
式 8−6
Cl2
式 8−7
Cl2
H2
ClH2
H2O
H2O
陽極と陰極の生成物の混合を避けるために、陽極に水銀を使い、電極の水銀と生成する
金属ナトリウムを液状のナトリウムアマルガム(ナトリウムと水銀の合金)として反応槽か
ら取り出し、別室に移動させてからナトリウムアマルガムに水を反応させることにより、
式 8−7 に示すように水酸化ナトリウムを生成する製造法が開発されました。このアマル
ガム法は単体塩素と水酸化ナトリウムの混合することが全くありませんから、水酸化ナト
リウムと塩素ガスが純粋に効率よく製造できるため、1960 年代には日本の水酸化ナトリウ
ム製造を担う方法になりました。その頃に水銀の触媒の漏洩による水俣病公害が社会問題
になり、水銀の排出規準が極めて厳しくなってきました。アマルガム法による水酸化ナト
リウムの合成は理想的には全く水銀の排出がないと思われますが、多少の副反応が起こり
ますから実際には水銀化合物の漏洩は免れません。水銀の漏洩を皆無にするためには高性
能な水銀の回収設備を必要とし、経済的に大きな負担になってきましたから、アマルガム
法は立ち行かなくなり新しい技術が要求されました。現在ではナトリウムイオンと水だけ
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が通り抜け出来るような隔膜で、食塩水の入った陽極槽と水酸化ナトリウムを生成する陰
極槽を隔離する隔膜法で塩化ナトリウムの電気分解が行われています。これにより陽極槽
に食塩水を供給して通電すると単体塩素が遊離してきます。隔膜を通り抜けてきたナトリ
ウムイオンは陰極で水素ガスを発生しながら水酸化ナトリウムを生成します。この製造法
は電解槽を隔膜で仕切って生成してくる単体塩素と水酸化ナトリウムを混合することなく
取り出す方法で、経済的にも効率の良いものです。
硫酸酸性の下で硫酸鉛の水溶液に 2 つの電極を装着してその電極間に 2V 以上の電圧の
電流を流しますと、式 8−4 の反応が逆方向に進行して、陽極では鉛陽イオンから二酸化鉛
への酸化反応が進行し、陰極では鉛陽イオンが金属鉛に還元されます。この電気分解で生
成した二酸化鉛と金属鉛が鉛蓄電池で消費されて鉛陽イオンを生成する時に電気エネルギ
ーを発生しますから、この可逆反応が発電所で発電された電気エネルギーを蓄積して、別
途の利用を可能にする蓄電池として働きます。蓄電池は電気エネルギーを化学エネルギー
として蓄積して、随時電気エネルギーとして変換し利用できる可逆反応と考えることがで
きます。鉛蓄電池のほかに表 8−4 に掲げたニッカド電池やリチウム蓄電池も可逆的に酸
化・還元反応が進行する電気エネルギーの蓄積と再生が可能な蓄電池として利用されてい
ます。
発電所の力を借りて電子を強制的に原子やイオンから電子を引き出せば酸化反応が進
行しますし、原子やイオンに送り込めば還元反応が進行します。希硫酸の中に金属銅の電
極を 2 本装着して電流を流し強制的に電気分解をしますと、陰極では金属銅から電子が引
き出されて銅イオンを生成する酸化反応が進行しますが、硫酸中に溶け出した銅イオンは
陽極で電子を受け取って還元され金属銅が再生します。この電気分解では陰極の素材に含
まれる不純物は残して金属銅だけを純粋な形で陽極に移動させることができますから、金
属銅の精錬に用いることができます。同様にアルミニウムや珪素や鉄など種々の金属の精
錬も電気分解で行われていますが多量の電力を必要としますから、純粋の金属の価格が石
油の価格に連動してしまいます。
発電所の力を借りた強制的
電子の流れ
な酸化・還元反応による電気分
解は、陰極の素材となる金属を
陽極に移動させ析出させますか
ら、陰極の金属を陽極の金属で
薄く覆うメッキと呼ばれる技術
Agメッキ
Ag
にも利用されています。このと
き、陰極の金属が酸化されて生
じる陽イオンが反応溶液に溶け
Na[Ag(CN)2]
込まなければなりませんが、金
属陽イオンの濃度が高い場合に
図8−3 銀メッキの模式図
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は移動する金属が多くなり過ぎてメッキの表面が粗くなる傾向がありますから、対応する
陰イオンも限定されます。例えば、図 8−3 に示すように陰極に金属銀を用いて陽極に装
着した食器や装飾品を銀メッキしていますが、陰極の金属銀が銀イオンになりますと、溶
液中で錯イオン(Na[Ag(CN)2])を形成して安定化しますから、電解質はシアン化ナトリウ
ム(青酸ナトリウム)が用いられています。
発電所の力を借りて原子やイオンから電子を引き出せば酸化反応が進行しますし、原子
やイオンに送り込めば還元反応が進行しますから、電気エネルギーを用いて強制的に電気
分解と呼ばれる化学反応を起こすことができます。この電気分解は環境にやさしい水素や
工業的に極めて重要な水酸化ナトリウムや塩素ガスなどの化学工業製品を製造するばかり
でなく、金属の精錬やメッキなどの多くの化学工業に利用されています。このように化学
反応で電流を発生させる電池も発電所の力を借りて進行する電気分解も電子の遣り取りに
よる酸化・還元反応ですから、電気エネルギーと化学エネルギーが密接に関与した電化の
関係と思われます。
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