地球流体力学における方程式の系譜①

ケルビン波(Kelvin Wave)
境界が無い場合、回転を感じる重力波(慣性重力波)の最大
振動周期は慣性周期であった。つまり、慣性周期以上の時
間スケールを持つ重力波は、“境界が無い場合”には存在
しない。“境界があれば”、どうなるのであろうか?
境界があれば、慣性周期以上の時間スケールを持つ重力波
が存在可能である。この重力波のことをケルビン波と呼ぶ。
黒潮系水が房総半島に接岸したとき、相模湾では暖かい水の
急激な進入(急潮)が見られる。
赤道付近の東風(貿易風)が弱まるとき、エルニーニョが発生
する。これは、インドネシア付近に溜まっていた暖かい水
(Warm Water Pool)がケルビン波により赤道上を東に伝播
することによって起こる(赤道が境界の役目を果たす)。
対馬海流、宗谷暖流、太平洋から北極海に入る暖かい水も、
ケルビン波に関係する。
慣性重力波の解をひねってみる
   0 cos(kx  ly  t )  0 ei ( kxlyt )
   gH (k 2  l 2 )  f 2
もし
l  i
のように、虚数である ことが許されれば、解 は
   0 cos(kx  ly  t )
  0 ei ( kxlyt )   0 ei ( kxi t )   0 e  ei ( kxt )
   gH (k 2  l 2 )  f 2   gH (k 2  2 )  f 2
となり、 の中にマイナスを含む 項が存在できる。
つまり、 は f よりも大きくなる必要 はない。
物理的に考えてみる
  f を満たす、特殊な解の波の形は、
  e e

i ( kxt )
0
  e  cos( kx  t )

0
である。これをイラストで描いてみよう!
x方向:凹凸のある三角関数
y方向は、e で波の振幅が減少してゆき、

y  0で  0になる。
z
波は、こんな感じになるであろう
もう、分かったも同然である。
あとは数学で、このイメージを
表現すればOK。
y
x
z
y
イメージ(物理)を掴んでから、
数学は道具だと思ってやれば、
海洋物理・地球流体力学は
面白いし、恐れることはない。
x
数学を使って、表現してみる
解の形とケルビン波の 振動数(周波数)は分 かった、
   0 e y e i ( kxt )   0 e y cos(kx  t )
   gH (k 2  2 )  f 2
分からないのは、 である。
イメージを数学で表し てみよう。
①境界を横切る流れは ありえない
v  0 on y  0
②境界から離れるにつ れて、波はなくなる
  0 as y  
l  iとしても、同じ になり可能のように思 えるが、
波高の式で考えると、
   0 e y e i ( kxt )   0 e y cos(kx  t )
になっている。しかし 、この場合、
y   で  
になってしまう。つま り、境界から離れると 波高が無限大になる解 となるため、
ありえないので捨てた 。
もとの方程式(浅水方程式)
u

 fv   g
①
t
x
v

 fu   g
②
t
y
 u v 

 H     0 ③
t
 x y 
慣性重力波の時と同じように、


① に②式を入れ、 ② に①式を入れる。
t
t




 f u   g
 gf
④

xt
y
 t

2
2
2
2




 f v   g
 gf
⑤

yt
x
 t

2
2
2
2
となる。⑤式を見ると、vとの関係式になっている。
y  0でv  0の条件を入れてやれば、未知数はだけだから、
が求められるはず。




 f v   g
 gf

yt
x
 t

 g ( )( i )  gf (ik ) e  e
0 2
2
2
2
 y
0
 ( gi  gfik ) e
i ( kxt )
y 0
i ( kxt )
0
 ig (  fk ) e
i ( kxt )
0
なので、
( )の中がゼロになる必要がある
従って、

fk

これを、
   gH (k   )  f
2
2
2
に入れてやれば、が求められる。
f k
 gH (k   )  f
2
2
2
2
2

2
   とおくと。
f k
f
 (k  ) 

gH
gH
2
2
2
2
2

f 
f k
 k 
0
 
gH 
gH

2
2
2
2
2

1 
f 
f 
f 
   k 
  k 
 4

2 
gH 
gH 
gH 

2
2
2
2
2
2

1 
f 
f  
  k 
  k 
 
2 
gH 
gH  

よって、
f
(1)  k もしくは、 ( 2)  
gH
2
2
2
2
2
(1)  kのとき、  fなので、慣性振動。
慣性振動は進まないものなので、ここでは考えない。
f
( 2)  
のとき、  k gHとなり
gH
非回転系の重力波と一致。位相速度は、c 

k
 gH
e-holding scaleと
ロスビーの変形半径(Rossby deformation radius)
1
指数関数の部分を、  で置き換えてみよう。
R
   e  e    e  cos( kx  t )
 y
i ( kx t )
 y
0
0
1
 y
R
 e e
i ( kxt )
0
 e
0
1
 y
R
cos( kx  t )
これは、岸からRだけ離れたところで、
波の振幅がe (おおよそ、
1/2.7 )になることを意味する。
1
R
gH
f
をロスビーの変形半径と呼ぶ。
重力波(c  gH )が、慣性周期(T  2 / f)を使って、
f
その意味を考えてみよう。
T
Rc
 2R  cT
2
の関係にあることが分かる。
f
f
左辺は、半径Rの円周の長さ、
右辺は慣性周期の時間に重力波が進む距離
になっている。
L=c×Tf
変形“半径”と
呼ぶ理由
gH
R
f
さらに踏み込んで、その意味を
回転系(地球上)では、もし境界がなければ、重力
波はクルクル回って伝播してしまうため、半径R
の円内領域にしか届かない。つまり、ロスビーの
変形半径を越えたスケールでは、重力波の世界
ではなく、地球自転に支配された世界(地衡流)
になることを意味する。
もし、境界(岸)があれば、クルクル回って伝播す
るのを境界が抑えてくれる。境界に沿ってのみ
重力波が伝播することが許されるのである。こ
れが、ケルビン波である。境界に沿うからこそ、
変形半径のスケールを越えて波は伝わって行く
ことができるし、慣性周期よりも長い時間の変動
(振動数)も許されるのである。
もとの方程式(浅水方 程式)で、
慣性周期よりも長い時 間スケールに対応する
方程式を直してみよう 。
波が伝播する方向は、 波があるから、時間微 分項を残す。
しかし、波が伝播しな い方向は、
波は無視してよいだろ うから
地衡流バランスしてい ると考える。
u

 fv   g
①
t
x

fu   g
②
y
 u v 

 H     0 ③
t
 x y 
y
R
  e e

0
i ( kxt )
  e cos( kx  t )   e cosk ( x  ct )

y
R
0

y
R
0
なので、
g  g
u

e cosk ( x  ct )
f y
f
0

y
R
となり、海面の凹凸に呼応して、同じ速度で
流れも伝播することが分かる
黒潮域の水は、沿岸よりも1m高く、流れは1m/sもあること
は、前に調べた(三宅島と八丈島の水位差)。
もし、黒潮が房総半島に接岸し、一部が岸付近に残り(海
面変位は凸状になる)、その後、離岸すれば、ケルビン
波のイメージ図のようになるであろう。沿岸付近では沖に
向かって水位差は1mほど下がるから(黒潮は彼方へ離
れたとする)、圧力の高いほうを右手に流れができる。言
い換えれば、岸を右手に見る“強い流れ”ができる。
z
x
黒潮級の
強い地衡流
(急潮)
水位(圧力)の高
いほうを右に見て
流れる
y
水位が低い=圧力が小さい
水位が高い=圧力が大きい
x
これが“急潮”の中身
このメカニズムで黒潮系の水が三崎に辿り、
相模湾を岸を右手にみて流れる
エルニーニョ
について
赤道に屏風が
あると思えばよい
貿易風が弱まると、
ケルビン波の伝
播が勝り、暖水
域は東に移動し
始める
ケルビン波に伴う移動
貿易風が強まると、
ケルビン波は伝
播できず、暖水
は西に溜まる。
話は飛躍するようだが、
エルニーニョについて
貿易風が弱まると、ケ
ルビン波の伝播が
勝り、暖水域は東
に移動し始める
沿岸に
「くっついていなけれ
ば」
渦になる
ケルビン波
◎沿岸ケルビン波
沿岸に
「くっついていれ
ば」
流れになる
◎赤道ケルビン波
(沿岸ケルビン波
の図を90度回転
させて考えてみよう!)
赤道
赤道
• 上昇した空気は、どこかで下降しなければならない。赤道
上での上昇・下降パターンだけでなく、赤道の南北にも下
降・上昇パターンが現れる。
• 上昇している場所の南北に強い下降流が形成される。下
降流と言うことは、その場所の圧力は高くなる。つまり、晴
天が続く。つまり、赤道の南北に晴天域(砂漠)ができる。
• 小笠原高気圧は、赤道での上昇流の反動でできるもの。
小笠原高気圧のすぐ南はインドネシア付近。つまり、エル
ニーニョの状態になると、インドネシア付近の上昇流が弱
くなるから、下降流も弱くなる。小笠原高気圧も弱くなって
しまう。小笠原高気圧の西半分の南風は日本に吹き込む。
その南風が弱くなったら・・・。日本は、寒くなるよね。これ
が、エルニーニョになれば冷夏の理由。
• ケルビン波と日本の気候が関係している!
• ケルビン波と黒潮接岸による急潮も関係している。
• 赤道を挟んで、北半球ではコリオリ力は運動の
右方向に、南半球では左方向に働く。赤道近辺
でもし東向きの流れがあるとしよう。赤道でコリオ
リ力がぶつかり、相殺される。(西向きのときも相
殺される)。
• 詳しくは説明しないが(2年のレベルを超えてしま
う)、結論として赤道は岸と同じ役割を果たす。な
らば、赤道に沿ったケルビン波が存在するはず
である。北半球では赤道(仮想の岸)を右手に、
南半球では左手に見て伝播する。
• 赤道付近では東風(貿易風)が吹いている。この
貿易風が赤道付近で暖められる表層水を西(イ
ンドネシア付近)に押しやっている。
• 赤道上ではケルビン波が東向きに伝播するので、
西に溜まった暖かい水(水位は高い)は東にゆき
たい。
• もしも貿易風が弱まり、ケルビン波に伴う流れの
スピードが貿易風によって西に寄せられている
流速に勝ったら、どうなるか?
• インドネシア付近の暖かい水は東に流れ出す。
• この状態が、エルニーニョ!
• エルニーニョはケルビン波なくしては理解できな
い。
• もう理解したよね。エルニーニョは赤道上の急潮
と考えればいいということを・・・・。
• 沿岸海洋学も地球規模の気候変動も同じ法則に
支配されている。