男になりたい女(前編) 1 男 に な り た い 女 ( 前 編 ) 作 T i r a 「 か な り

男になりたい女(前編)
「そうですねぇ。僕が穿いているのは一般的な水着だから、スパッツタイ
プの競泳水着を買えば少しくらい早く泳げるかもしれませんね。今度買っ
てみようかな」
「ねえ、それなら試着して泳いで見る?」
「えっ、あるんですか?」
「あるわよ、ここに」
紗緒は悪戯っぽい目をしながら肩に掛かる生地を親指で軽く引き伸ばし
て見せた。
「じょ、冗談言わないでくださいよ」
少し顔を赤らめながら笑う彼に、紗緒は話を続ける。
「別に冗談じゃないわよ。この競泳水着って、かなり密着性があるから体
型をしっかりと整えて体のブレも少ないの。男性が身に着けてもおかしく
ないわよ」
「で、でも女性用じゃないですか」
「私と吉沢君、数センチしか身長差はないじゃない。極端に体格が違うっ
て訳でもないから着れるわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕が赤河さんの着ている競泳水着を
着るなんて出来ませんよ」
両手を前で振りながら拒むが、紗緒は「恥ずかしがる必要ないわよ。も
う誰も来ないだろうから見られる心配はないし。試しに泳ぐだけでしょ。
タイムが良くなれば自分の競泳水着を買えばいいわ。
ちょっと待っててね」
と、栄樹の意向を無視し女子更衣室に歩いて行ってしまったのだ。
「よ、吉沢さんっ」
見えなくなった後姿に声を掛けたが、もちろん返事が返ってくるはずも
無く。
栄樹は「はぁ~」とため息をつくと、プールに揺らめくライトの光を眺
めた。
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作 Tira
「かなり筋肉がついてきたんじゃない?」
「そうですね。でもタイムは伸びませんけど」
「そう?初めて測ったときから十五秒も短縮しているわよ」
「それでも赤河さんのように早くは泳げませんよ」
「私、インストラクターよ。そう簡単に抜けるわけ無いでしょ。これでも
国体に出場したことがあるんだから」
もう二十三時を過ぎようとする時間。
スポーツクラブのプールサイドでは、インストラクターの赤河紗緒と会
社帰りに寄った吉沢栄樹が二人きりで話をしていた。運動不足でお腹が出
てきたと、半年ほど前から週に三日程度通っていた栄樹だが、紗緒の指導
でかなり脂肪が落ち引き締まった体を手に入れつつあった。
痩せる為に始めた水泳も、最近は早く泳げるようになる事が目標となっ
ており、水しぶきを立てるだけだった泳ぎ方も様になってきた。
「分かってます。赤河さんは僕の目標だから、少しでも近づけるようにな
りたいだけですよ」
「いい心がけね。こうして夜遅くまで付き合ってあげる甲斐があるわ」
「でも最近はほんと、一秒も縮まらなくなりました。限界かもしれないで
すね」
「何言ってるのよ。まだ二十三歳でしょ。頑張ったらまだ伸びるわ」
「そうですかね……」
ため息をついた栄樹を見て、少し間を空けた紗緒は腰に両手を添えなが
ら一つの提案した。
「ねえ、水着を変えてみたら?」
「水着ですか?」
「私のような競泳水着を着るだけで二秒位はタイムが縮まるかもしれない
わよ」
男になりたい女(前編)
は感覚で分かるでしょ」
「それはそうかもしれませんけど……」
「はい。じゃあ後ろを向いているからね」
「ほんとの着るんですか?僕が」
「私の競泳水着を着るのが嫌なの?それなら……無理にとは言わないけ
ど」
紗緒が声のトーンを少し落としながら話すと、栄樹は「そ、そうじゃな
いですけど……わ、分かりました」と答えたのだった。
その後、紗緒はわざと話しかけずに後ろを向いていた。
「…………」
その後姿に観念したのか、足元に紗緒の競泳水着を置いた栄樹が腰にバ
スタオルを巻き、穿いていた水着を脱いでもう一度紗緒の競泳水着を手に
取る。目の前で広げてみると、やたらに小さいような気がした。
黒がベースで、バッククロスのスパッツタイプ。
先程まで紗緒の体を包み込んでいた競泳水着を自分が着るなんて。
インストラクターであり、練習に付き合ってくれる彼女にほのかな好意
を寄せていた栄樹は、羞恥心の奥に妙な興奮を覚えた。
競泳水着を腰の辺りまで手繰り、バスタオルで隠れている両足に通して
ゆく。膝まではすんなりと通るのだが、スパッツになっている太ももあた
りから急に穿きづらくなった。
「き、きつい……」
「思い切り引き上げないと穿けないわよ。私だってきついんだから」
思わず漏らした彼の言葉に紗緒が返答した。
男の力で強引に引き上げ、お尻を包み込む。その後、肉棒に裏生地が触
れると、何とも言えない衝動に駆られた。
ちょうど肉棒が触れた生地は、
先程まで紗緒の股間が密着していたのだ。
恥ずかしいので、普段の練習では視線を送らないようにしていた部分。
急激に大きくなる肉棒が、栄樹の気持ちを表現していた。
腰に巻いていたバスタオルを足元に落とすと、紗緒の競泳水着で下腹部
まで包み込んだ体が現れる。そして、女性の体とは明らかに違う股間の膨
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「こんなに早くチャンスが訪れるなんてね」
女子更衣室に入った紗緒は、不敵な笑みを浮かべながら体に密着する競
泳水着を素早く脱いだ。
そして競泳水着を小さなテーブルに広げると、胸元の裏生地に指先で怪
しげな呪文を書いた。書いたと言っても指先で撫でるだけなので何も見え
ないが、書き終わった瞬間、生地が光ったような気がした。
次に自分の鳩尾からお腹に掛けて、競泳水着の裏生地と同じように指先
で呪文を書くと、首から下が熱を帯びた感じがした。しかしそれはほんの
しばらくの事で、黒いジャージに着替えた頃には治まっていた。
「ふふふ。成功するかしら?」
また顔を緩めた紗緒は、競泳水着とオレンジ色の大きなバスタオルを持
つとプールサイドに戻っていった。
「赤河さん……」
「お待たせ。少し遅かったかしら」
黒いジャージ姿に着替え、先程まで着ていた競泳水着と大きなバスタオ
ルを手にする紗緒を見て戸惑っている。
「あ、あの……。ほんとに僕が赤河さんの競泳水着を着るんですか?」
「そうよ。バスタオル持ってきたから腰に巻いて着替えるといいわ」
「でも、やっぱり恥ずかしいですよ」
「誰も見ていないから大丈夫よ」
「赤河さんが見ているじゃないですか」
「私の事なんて気にしなくていいわよ」
「気になりますって!」
「……そう?それなら後ろを向いていてあげるから、着替えて一度泳いで
みなさいよ」
「でも……」
「見えないからタイムは測れないけど、自分で早く泳げたかどうかくらい
男になりたい女(前編)
らみが生地を押し上げていた。
興奮するな!
興奮するな!
心の中で叫びながら、バッククロスの生地に両腕を通して肩まで引き上
げると、胸元から腹部に掛けて競泳水着が密着した。
腰の辺りを持ってもう少し引き上げると、お尻がそれなりに治まる。更
に、肩に掛けた生地の捩れを取ると、紗緒の競泳水着が彼の体にフィット
した。
やはり女性用の競泳水着を男性である栄樹が着ると窮屈そうに見え、多
少の違和感がある。
「き、着ました」
「そう。じゃあ泳いでみたら?」
「は、はい……」
相変わらず背を向けている紗緒と一言話をした栄樹は、プールサイドの
飛び込み台まで歩いた。
歩くたびにフィットする生地。女性の――紗緒の競泳水着を着て泳ぐな
んてまだ信じられない。理性を総動員しても、股間の膨らみが小さくなる
事は無かった。
飛び込み台に立ち、俯いて自分の競泳水着姿を確認した後、大きく深呼
吸をする。そして、前かがみになると思い切りプールに飛び込んだ。
水しぶきが上がった後、水を切る様に泳ぐ音がプール内に響く。
「ふふふ。それじゃ……」
紗緒は背を向けた状態で両手を胸の前で組むと、小さく呪文を唱え始め
た。
日本語でも英語でもフランス語でもない、
不思議な言葉を口にしている。
その後、しばらくすると紗緒の体に異変が起き始めた。黒いジャージに
包まれた肩幅が広くなり、背丈が数センチ程度伸びたような感じがする。
胸元で組んでいた細い指が太くなり、女性らしさを強調する胸がしぼん
でゆく。更には、ジャージのズボンに包まれていたお尻が小さくなり、弛
んだ生地に皺が出来たのだ。
男になりたい女(前編)
「ふぅ。成功したのね」
組んでいた手を開き、その変化を目の前で確かめる。
そして俯いた後、今まで無かった股間の膨らみを見てニヤリと笑ったの
だ。
「これが彼の……」
股間に手を宛がうと、その存在をしっかりと感じることが出来る。
「ふふふ」
ちょうど泳ぎ終わった栄樹が彼女の元へ戻ってきた。
「はぁ、はぁ」
「どうだった?私の競泳水着を着て泳いだ感じは」
ずっと背を向けていた紗緒が振り返り、栄樹を見つめると彼は恥ずかし
そうに股間を隠した。
「そうですね。思ったよりも早く泳げた気が……あ、あれ?」
「どうしたの?」
「えっ?……え?ええっ!」
隠したつもりの股間に膨らみが無くなっている。逆に、今まで無かった
胸の膨らみが目に飛び込んできた。
「なっ!ええっ!?」
とっさに胸を掴むと、その弾力のある感触が掌に伝わってきた。
「何だ……これ」
「ふふふ。吉沢君、まるで女性みたいな体つきになっているわよ」
「え……」
いつの間にかウェストが細くなり、お尻から脹脛に掛けて女性らしい滑
らかな曲線を描いている。
股間を見ると、
やはり肉棒の膨らみが消え失せ、
本来、女性の競泳水着が模るであろう丘が出来ていた。
「ど、どうして。こんな……」
「驚いた?実はそれ、私の体なの」
「えっ……」
「首から下だけ私の体になってしまったのよ」
「あ、赤河さんの……体」
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「そう。そして私は……」
ニヤリと笑った紗緒はジャージのファスナーを下げ、恥ずかしげも無く
左右に開いて見せた。
その中に現れたのは女性の胸ではなく、栄樹が良く知っている男性の上
半身だった。
「なっ!む、胸がっ……無い?」
「代わりに吉沢君の体をもらったわ」
「そ、そんな……う、嘘でしょ」
「信じないの?そんな体になっているのに」
紗緒はジャージのズボンに手をかけると、前に引っ張り下腹部を覗き込
んだ。
「すごい……。吉沢君のアレが私を見てる。大きくてたくましいわ」
女性の体にはありえない股間の膨らみに、
彼女は酔いしれているようだ。
「どういう事なんですかっ」
「見たままじゃない。私ね、男の体に憧れていたのよ。だからこんなチャ
ンスが来ることをずっと待っていたの」
「チャ、チャンスって……」
「吉沢君って、私にとっては理想的な体だったのよ。月日が経つごとに男
らしくなるでしょ。半年前からは見違えるくらい脂肪が落ちてたくましく
なったじゃない。ずっと狙っていたのよ。いつか吉沢君の体を私の物にし
たいって」
「じょ、冗談ですよね。ゆ、夢なら覚めてくれっ!」
頭を何度も叩く彼に、紗緒はファスナーを戻しながら話しかけた。
「夢なんかじゃないわよ。黒魔術で首から下を入れ替えたんだから」
「く、黒魔術?」
「そうよ。先祖にね、怪しげな物を集める人がいたのよ。蔵の中から見つ
けた古い書物を読んで、黒魔術の存在を知ったのよ。解読するの、相当大
変だったんだから」
「黒魔術なんて……し、信じられない」
「半信半疑だったけど、こんなに上手く成功するなんて思わなかったわ。
男になりたい女(前編)
私、男になれたのね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕の体、返してくださいっ」
「嫌よ。ずっと夜遅くまで練習に付き合ってあげたじゃない。この体はそ
の代償よ」
「だ、代償って、そんな……」
「いいじゃない。吉沢君も私の体、嫌じゃないでしょ。女性の体って男性
とは随分と違うんだから」
「ちょっ……あうっ!」
紗緒は競泳水着に包まれた栄樹の胸を両手で掴み、
乱暴に揉みしだいた。
「どう?気持ちいい」
「や、止めてくださいっ。うあっ」
「興奮しているのね。乳首が勃っているの、水着越しにも分かるわ」
「あ、赤河さんっ!ふざけないで下さいっ」
手を振り払った栄樹は紗緒を睨みつけた。
「そんなに睨まなくてもいいじゃない。
私の体も捨てたもんじゃないわよ。
小学生の頃からずっと水泳を続けて国体に出場したんだから。もう一度泳
げば吉沢君の新記録が出るかもしれないわ」
「赤河さんの体じゃ意味ないですっ。早く元に戻してくださいっ」
「だからね、もう無理なの」
「む、無理って……。冗談でしょ」
「冗談じゃないわよ。
一度体を交換したら二度と元には戻れないんだから。
それが黒魔術というものよ」
「そ、そんな。勝手に僕の体を取るなんて……ひどいですよっ」
「そんな風に言わないで。私が悪者みたいじゃない」
「悪者じゃないですかっ!」
「そう?うふふ」
栄樹の体を手に入れ、随分と浮かれているようだ。もう一度確認したい
のか、ジャージを脱いで上半身を露にし、腕に拳を作って男らしさを堪能
している。
「赤河さんっ!」
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「私の服を着て帰る?」
「は、はぁ?僕はそんな話をしているんじゃ……」
「だって私の体になってしまったんだから」
話をすり替えられたが、考えてみると確かに悩むところだ。しかし、女
性の服を着て帰るなんてありえない。
「じ、自分の服で帰ります」
「でも体に合わない服は不自然だし、変な目で見られるわよ。お互いの服
を交換して帰りましょうよ。その方が自然でしょ。それから、今日は私の
マンションに泊まったら?一人で住んでいるから大丈夫よ」
「と、泊まったらって、僕が赤河さんのマンションに?」
「そうよ。親には急に出張が入ったからって話せばいいじゃない。それと
も、その姿で家に帰る?」
「…………」
「じゃあ決まりね。私が今日、着てきた服はブラウスとジーパンだからそ
れほど抵抗ないでしょ。私の服をあげるから、吉沢君の服を頂戴ね」
体を入れ替えられてしまった時点で、殆どの選択肢を奪われてしまった
感じだ。
さすがにこの姿を親には見られたくないと思った栄樹は、彼女の提案を
受け入れた。更衣室の前でやむなく服を交換すると、初めてのブラジャー
とパンティを身に着け、紗緒の服を着込んだ。
「へぇ~。似合ってるじゃない」
「おかしいですよ。僕の顔で女性の服を着るなんて」
「だって、体は女性なんだから仕方ないでしょ。たまにいるんじゃない?
そんな顔の女性が。でも髪が短いから少し変な感じね。うふふふ」
「笑い事じゃないですよ」
「じゃあ帽子とサングラスを貸してあげるわよ。それで殆ど顔は見えない
でしょ」
「……是非貸してください」
「分かったわ」
スタッフルームから持ち出した帽子とサングラスを手渡され、急いで被
男になりたい女(前編)
った栄樹。一方、ショートカットで化粧を落とし、美形の男性顔に変身し
た紗緒は彼の着ていた白いカッターシャツとグレーのスラックスを身につ
け、満足げな表情をしている。
「じゃあ帰りましょうか」
「は、はい……」
先に他のスタッフを上手く誤魔化し、帰る準備をしていた紗緒は栄樹と
共にスポーツクラブを後にすると、最寄の駅まで足早に歩いていった。
男になりたい女(前編)……おわり
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