電気の海を行く - タテ書き小説ネット

電気の海を行く
北野紅梅
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
電気の海を行く
︻Nコード︼
N4715BW
︻作者名︼
北野紅梅
︻あらすじ︼
IT業界の内情、プログラマやSEと呼ばれる人達の仕事の内容
を交えて、一人のSEの生き様を描く。
1
第零話 <女だからってみんなそうじゃないのよ!>
朝九時五分前、グレーのスーツ、パンツ姿のスラッとした細身の女
は、タイムカードを差し込み、持っていた専門誌をバックにしまう。
ツカツカとヒールを鳴らしながら颯爽と席に着くと、おもむろにパ
ソコンの電源を入れた。
毎朝耳にするコンピュータの間抜けな起動音を聞き流しながら、バ
ックから仕事用の眼鏡を出してかけ直す。
それから慣れた手つきで長い黒髪を大雑把に纏め上げ、ヘアバンド
で後頭部にくくりつけると、大きなあくびを一つしてから、キーボ
ードを叩き始めた。
彼女、中崎麗子は理系の四年大を卒業後、このシステム会社に入っ
て以来、ビジネスアプリケーションのプログラム作成を仕事にして
三年目になる。
朝日に当たって白く輝く彼女の細い指がキーボードをパンチする度
にパチパチと小気味いい音が鳴る。
始業間もなくは何処かしこからキーパンチの音が聞こえるが、やが
てどこからかの電話が鳴り、誰かがタバコに立ち、仕様や進捗を確
認する会話に混じって雑談が聞こえ始めると、プログラムを作成す
る環境としてはだんだんと劣悪になって来る。
今日はうるさくなるのが早いわね⋮⋮。︱︱︱
この日は始業から三十分も経たない内にそうなった。
︱︱︱
そう思いながらも全く表情に出さず、缶コーヒーでも飲もうと下の
階の自販機目指して席を立った。
2
﹁中崎さん、ちょっといいかな﹂
彼女を呼び止めたのは、細身の神経質そうな中年男だ。
四十をとうに越えて頭もだいぶ白くなって来ており、春先なのに未
だにベストを愛用し、さらに茶色っぽいスーツのボタンをもキッチ
リ止めて着用している。
直属の上司で主任の松原である。
﹁今のプロジェクトだけど進捗はどう?﹂
松原は中崎が返事をする間も与えず、続けざまにそう聞いて来た。
﹁今仕掛かり中の画面は今日中には上がりますが⋮⋮﹂
そう聞いて松原はほぅと感心したような顔をした。
﹁それじゃ悪いけど、明日から別プロジェクトに入ってくれるかな﹂
中崎は一瞬驚いたような、そして直ぐに眉の間にシワを寄せた怪訝
な表情になった。
﹁大丈夫だよ。今のプロジェクトはこっちで引き継ぐから﹂
松原は微笑みながらそう言ったが、彼の目は笑っていなかった。
中崎はため息を飲み込む間を置いて﹁はい、分かりました⋮⋮﹂と
答え、階下の自販機に向かった。
この会社には百名ばかりの社員が東京と大阪にいる。
彼女は新卒で入社し、同期は他に四人の男がいたが、二年の間に彼
女を含めて三人になった。
入社した年の暮にあった忘年会で、彼女の同期の男を全員集めて松
原が上機嫌に喋っていた。
中崎は他のグループで飲んでいたが、トイレに中座した時に偶然、
3
松原の会話が耳に入った。
﹁女は理論的に考えられないからプログラムも、まして設計なんか
絶対に出来ない﹂
このオッサンはそう言っていた。
だから女は戦力と考えずお手伝い程度に思っておけ、と。
彼女は一瞬頭が真っ白になりながらも洗面台まで行った。
お世辞にも綺麗とはいえない居酒屋のトイレで、唇を噛み、拳を握
り締めた。
あとで松原が下戸だと知り、しらふでそんなことを言ってたと思う
と余計に腹が立ったが、中崎はこの一件で、必死にプログラムをし
た。
もともと要領がよく聡明だった彼女は、おかげで、みるみる実力を
つけて行き同僚を引き離した。
さらに、残業になりそうな仕事や難しそうな仕事、急に仕様が変わ
るような普通のプログラマーがするような忌避するような仕事も嫌
がらず、むしろ進んで引き受けた。
実際、今のプロジェクトも、立場的には松原の下ではあるが、仕様
を誰よりも把握し、メインプログラマとして動いているのは彼女だ
った。
女、だからか⋮⋮
︱︱︱
なのに、仕事が完了していない途中で引き剥がされる。
︱︱︱
コーヒーを飲みながら、ふと、そんな考えが浮かんだ。
夕方、プログラムを一段落させ、席で両腕を伸ばしてのびをしてい
た彼女に、松原が声をかけてきた。
4
﹁中崎さん、明日の件で部長が呼んでるよ。会議室に行って﹂
﹁はい、わかりました﹂
どっちの会議室か言えよ!
︱︱︱
このオフィスに会議室は入り口と奥に二つある。
︱︱︱
と、思いながら、彼女はノートとペンを用意して立ち上がった。
部長の中井は、四十後半の脂ぎった、やり手という感じの人であっ
た。
恰幅もよく、背も高い。
明るく朗らかで、最近はシステムエンジニアの仕事より、営業をし
ている。
そんな中井部長は、普段使わない小さな方の第二会議室にいた。
机が一つに椅子が六つ真ん中にあるだけで、ホワイトボードもない
ような部屋である。
﹁中崎さん、突然すまないね﹂
中井は中崎の姿を見るやいなや、にこやかにそう声をかけた。
中井の正面の椅子に座ると、中崎はノートとペンを用意した。
﹁明日なんだが、現場はここではなく、四ツ橋になるんだ﹂
中井の説明はこうだった。
以前からシステム開発を請け負っている客先の大手商社で、緊急に
システムエンジニアを募っており、その仕事をしてくれとのことで
あった。
ただ、その商社が新たに外部から経歴の長いシステムエンジニアを
用意しているらしく、そのシステムエンジニアの下での仕事となる。
中井部長は話の最中、ことさら中崎が優秀で、プログラマとしての
5
キャリアはもう十分で、これからはシステムエンジニアとしてのキ
ャリアを積んだ方がいい事と、これはその勉強を実践でできるまた
とないチャンスである事を強調した。
そういわれて、中崎も悪い気はしなかった。
事実、顔が少しほころんでいた。
いつしか彼女は自分の口から
﹁大丈夫です。頑張ります﹂
と言っていた。
﹁そうか、頑張れ。こっちからもなるべくバックアップするように
心がけるよ﹂
6
第一話 <大会社の勢力争いなんて勝手にしてれば!>
中崎は中井部長に連れられ、四ツ橋の第一フラワービルへ向かった。
初日であるにも関わらず、いろいろ話が錯綜し、昼一時に来てくれ
という事になった。
この八階建てのビルは、カスミフラワー商事という上場会社の自社
ビルで、カスミフラワーは明治時代に花屋から創め、今は花とは全
く関係なく、機械やプレハブから食品までの卸売りと物販で、年間
五千億円ほどの売り上げを計上する一部上場企業だ。
ビルの外観は真っ白いタイルで昼の太陽を跳ね返し輝いていた。正
面の自動扉から中に入り、警備員に会釈して大理石の玄関ホールを
見渡すと、十メートル先の正面に受付けカウンターがあり二人の受
付嬢がいた。
中井は受付嬢と何やら話し、手続きを済ませると、﹁訪問者﹂と書
いた名札を二つ持って来て一つを胸につけた。
中崎も残り一つを受け取って胸に付けると、そのまま奥にある四基
のエレベータホールへ向かって三階へあがった。
﹁やあ中井部長さん、待ってましたよ﹂
エレベータの扉が開くなり、三十代後半くらいの中肉中背の男が中
井を出迎えた。
﹁いやぁ、お待たせしました。最近暖かくなって来ましたね﹂
中井はニコニコ笑いながらそう答えた。
﹁いやホントですね。どうぞ、こちらです﹂
男は微笑み、そう言いながらいくつもある会議室の間を通って行っ
7
た。
ここは一フロア全て商談フロアのようで、テニスコートが六面∼八
面ほどとれそうな位のフロアに、パーティションで分かれたいくつ
もの会議スペースが用意されており、中には、完全にフロアと区切
り、扉が付いている会議室もあった。
通過する時に見える左右のパーティションの間隔から、商談の声や
雑談の笑い声、熱心に話をしたりノートパソコンを広げて何やら見
ている人々の姿が見えた。
中井らはその中で、﹁E−11﹂と札の貼られている、立てば頭が
出るくらいの高さのパーティションで区切られた、四人がけくらい
のテーブルがある小さなスペースへ通された。
﹁私、カスミフラワー商事、情シス保守の小倉と申します﹂
名刺の役職は情報システム部保守運用課課長となっていた。
明るい感じの人物ではあるが、少し得体の知れない感じもした。
中崎は早々に名刺交換を済ませて席についた。
﹁早速ですが、今日これから、ついてもらうSEに合ってもらおう
と思います。﹂
小倉が切り出したのを、﹁その前に、﹂と、中井が制した。
﹁今回のお話、何をすれば良いのか、どんなお仕事なのか、イマイ
チ概要がつかめないんですが?﹂
中井がそう聞いていることに、中崎は小首をかしげた。
システム関連の案件ではママあることだが、今回は仕様や詳細が確
定していないのだろうか。
昨日急遽行けと言われた場所でそのような状態とは、今日の無駄な
8
午前といい、どういうことなのだろうか。
﹁いや、仕事の内容って言っても、SEはSEなんですよ⋮﹂
奥歯にモノが挟まったような物言いに、中井が﹁ん?﹂と首をかし
げた。
﹁と、いうと基幹のSEですか?﹂
中井がいぶかしむのも無理はない。
カスミフラワー商事には情報システム部という部署があり、システ
ム関係の専門家が社員として存在する。
さらに、現行動いている基幹業務システムは、業界最大手の太陽電
機システムというシステム会社が保守を受け持っていると聞いてい
る。
﹁ウチの基幹は古くてまだコボルの部分もあるんです﹂
そういうと小倉は先ほど渡した名刺に目を落とした。
﹁えーっと、中崎さんはお若いのですし、コボルはできないでしょ
?﹂
﹁えぇ、まぁ。彼女はやったことないですが、コボルのスキルが要
りますか?﹂
﹁いやいや、多分必要ないと思いますよ。﹂
﹁うん⋮⋮どういうことでしょうか?﹂
中井の質問に小倉は﹁う∼ん⋮⋮﹂と考え込んだ。
﹁じつは⋮⋮﹂
そう言いはじめると、声を落として机の上に前かがみになった。
それに合わせて中井も顔を寄せる。
9
﹁うちに竹原という執行役員の部長がいましてね﹂
﹁あ、はい。竹原部長さんですね﹂
﹁そう、それが業務改革をして効率化をなさるそうなんですが、そ
の手始めにって、自分の知ってるSEを連れてきたんですよ﹂
小倉は短いため息をつくとそのまま話を続けた。
﹁その部長は元はシステム出でしてね。﹂
﹁はい⋮⋮﹂
彼女もそうだが、中井もまだ話を掴めてないようだった。
それでも、小倉は遠慮なく話を続けた。
﹁当時の部下が今の情シスのシステム開発課の、あの、谷山課長で
して。⋮その連れて来た派遣のSEに自分の部下をつけたんですよ。
まぁ新人なんですがね﹂
そこで小倉は机から身体を離し、足を組んだ。
﹁でもそれってオカシイじゃないですか∼﹂
突然小倉はここだけ声をあらげた。
そうしておいて足を組んだまま、また机に覆い被さるような姿勢に
なって小声で話を続けた。
﹁システム部には今、梅木っていう部長がいるんですよ。なのに自
分が連れて来たSE入れろとか、さらにSEに補助付けろとか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうですね、ちょっと強引ですね⋮⋮﹂
中井が眉をしかめて同意した。
10
﹁それでですね、システム部としても正式にSE補助を用意しよう
と⋮⋮﹂
﹁え!もういるのに⋮⋮ですか?﹂
中井は聞き返した。
﹁ええ、連れて来たのはおできになるSEらしいんですが、新人一
人でどうにかできるもんでもないでしょ。だから、こっちからも用
意するんです﹂
﹁なるほど﹂
中井は合点したようだ。
だが一方の中崎は、ちゃんとしたシステムの仕事が出来るかどうか
不安な上、大きな会社の勢力争いに巻き込まれたようでイマイチ納
得出来なかった。
﹁それで、私はこれから何をすれば⋮⋮?﹂
周りの状況ばかりでちっとも要領を得ない話に、思わず中崎はそう
口を出した。
﹁これから紹介するすごいって噂のSEの補助ですよ、じゃちょっ
と呼んで来ます﹂
小倉は中井さえ納得すればそれでいいかのように席を立った。
その後、今度は中井が声を抑えて話かけてきた。
﹁おそらく、そのSEが何か成果を上げれば竹原部長一人の手柄に
なってしまうから、情シスからも協力してますよという形で一人勝
ちを抑えたいんだろう﹂
11
中井の言う事はまったくわからないわけではない、しかし、何かが
間違っているような気がしたが、中崎は会社とはそういうもんかと
思った。
﹁まぁ社内のゴタゴタは気にせず、君はしっかり仕事すればいい﹂
中崎は全く釈然としなかったが﹁はい﹂と答えておいた。
間もなく、小倉の代わりに会議ブースに戻って来たのは、細身で中
背、短髪の若い男だった。
紺のスーツに白カッター、赤系の細いネクタイを方結びに首が苦し
くならない程度に締め、下側にフレームのない眉毛のような黒ブチ
眼鏡をかけていた。
髪の色が黒くなければ、いかにも最近の若者というような、全体的
に無気力感やだらしなさを感じる。
﹁どうも、大野です。これからよろしくお願いします﹂
名刺を差し出しながらそう言うということは、どうもこれが先ほど
の話でいう、SE補助に付かされている新人だろう。
中井は名刺交換を手短に済ませると、
﹁それでは私はこれで﹂
と言って帰っていった。
中崎は不安を覚えながらも、この頼りなさげな若い男の案内に付い
て行った。
情報システム関係は四階フロアにあった。
階段で一階上に上がると、大野はどんどんフロアの通路を歩きはじ
めた。
途中窓際の偉そうな席に偉そうな人が座っていて、挨拶をしなくて
いいのか気にはなったが、中崎は遅れまいと大野の後を追う事で精
12
一杯だった。
大野は一番奥の、窓とは反対側にある薄暗い部屋の扉に手を掛けた。
﹁第四会議室﹂
その部屋にはそう札がかかっていた。
﹁北野さん連れて来ましたよ﹂
大野は中に向かってそう言った。
扉を開けた正面にその人物は座っていた。
肩肘を突いてディスプレイを睨んでいたが、中崎が入ると姿勢はそ
のままに、視線だけをこちらに寄越した。
その男は、背は高い方だろうか。
痩せてもいないがそんなに太ってもいない。
髪は短髪で太目の眉毛から意思が強そうには感じられた。
スーツの上は隣の椅子にかけ、青い長袖のカッターシャツを肘まで
まくっている。
紫のネクタイは少し緩められ申し訳なさそうにぶら下がっていた。
﹁中崎です。よろしくお願いします﹂
中崎はペコリとお辞儀をした。
﹁北野です。まぁこれから一緒に仕事するんですから、あまり堅っ
苦しいのは嫌なんで、まぁ、仲良くやりましょう﹂
北野という男は椅子から立ち上がりもせずにそう言うと、再びディ
スプレイに視線を落とした。
﹁あー大野さん、彼女にマシンと、ここの環境をざっくり説明して
13
下さい﹂
ディスプレイを睨みながら、ちらっと大野を見て、北野がそう指示
した。
彼女は大野に言われるまま、北野の向かいに設置されているノート
パソコンの前に座った。
﹁すいません、急な話でデスクトップが用意できなくて⋮﹂
大野はちっとも申し訳なさそうでない口調でそう言うと、ここのパ
ソコン環境について説明した。
ネットワークや共有のフォルダ、勤怠の付け方まで説明を受けてい
た時、﹁おっ、来たね!﹂北野が唐突にそう言った。
﹁今は十五時七分ですね﹂
説明していた大野がそう返す。
﹁サーバのCPUもメモリもまだ余裕はあるよ﹂
北野はそう言いながらマウスで何かカチカチやっていた。
中崎側にいた大野が机を回りこんで北野のモニタを覗き込んだ。
何をしていいか分からない中崎も、とりあえず立ち上がって大野の
後ろからモニタを覗き込む。
﹁あぁそうだ、中崎さんには今、何の仕事してるか言ってなかった
ね﹂
北野は今さら気付いたようにそう言うと、仕事の内容を説明し始め
た。
﹁社内改革を推し進める竹原さんに、昨日相談された内容なんだけ
どね⋮⋮﹂
14
第二話 <ちゃんとしたとこの見積りには従いなさいよ!>
外は良く晴れて気持ちいいのだが、この﹁第四会議室﹂と札があが
っているこの部屋には窓もなく、なんだか薄暗い。
自分用に指定されたパソコンのセットアップをしている北野は、部
屋がノックされた音で扉に目をやった。
すぐに扉が開いて、きっちりとスーツを着た大柄で肥えた初老の男
が入っていた。
﹁北野君すまないね、こんな場所しか用意できなかった⋮⋮﹂
その男は入るなり、北野の向かいの椅子に座ると頭を下げた。
﹁やめてくださいよ竹原さん、ぼくなんかにこれだけの場所を用意
してもらえるだけで勿体無いくらいですよ﹂
﹁こちらから呼んでおきながら、こんな場所においやって本当に申
し訳ない﹂
﹁いや、いいですって。それより、もう一度、仕事の話を詳しく聞
かせて下さい﹂
北野はこの数週間前に竹原に呼び出され、小さな居酒屋で助けてく
れと頼まれた時に、どういう仕事かは聞いていたが、お酒が入って
いた事もありその時に詳細を確認しなかった。
﹁いや⋮⋮あの時は、北野君に来てくれるという約束をもらうまで
は飲んでもちっとも酔わなかったから、まぁその時の話のままなん
だが⋮﹂
15
カスミフラワー商事は﹁押花﹂という和風レストランを経営してお
り、全国に六十三店舗ある。
カスミフラワー商事全体の売上の二割以上を締めており、子会社を
建て業務分割する話もあったが、色々あって見送られたままになっ
ている。
そのレストランからは毎日朝から昼までの中締めの売上データが十
五時に、この四ツ橋の本社サーバへ送信される。
各店舗で一台支給されている備え付けのパソコンで収集したレジや
仕入れ伝票などのデータを、専用回線を使って四ツ橋に送る︵とい
っても実際はボタンを一つ押すだけ︶のだが、その処理速度が遅く、
小一時間はかかるという苦情が多くの店の店長から来ている。
﹁現場が悩んでるんでなんとかしたいんだが⋮⋮﹂
竹原はそう言うと北野から視線を外してうつ向いた。
竹原はその改善をシステム部に依頼した。
システム部は、保守を外注している会社の太陽電機システムにその
ままの内容を依頼した。
彼らが言うには、遅い原因は古いサーバとプログラムで、新しいサ
ーバの導入とプログラムの改修で数千万くらいの費用がかかるらし
い。
﹁私はそれでいいとはどうしても思えないんだ﹂
竹原は北野を見据えてそう言った。
﹁それで、調べて何とかしろって言うんですか?!﹂
16
中崎は悲鳴ともとれるような声を上げた。
﹁まぁ、そういうことだね﹂
北野はさも当然のようにそう言い放った。
﹁業界最大手の、ここの保守してる会社がですよ、数千万かかるっ
て見積もったのを、私たち三人で?!﹂
中崎は信じられない物を見る表情で北野を睨んだ。
﹁まぁ、そういう仕事だからねぇ﹂
北野はまたも、さも当然のようにそう言い放った。
そのやり取りを聞いていて大野が口を挟んだ。
﹁えっと、サーバーの、アドミンのパスワードも聞いてますし、リ
モートもここから出来る様になってますから⋮⋮﹂
﹁そんなの、この画面みりゃ分かるわよ!﹂
北野のモニタを指差して中崎が声を荒げた。
﹁この画面見る限り、サーバのOSはWindows2000でし
ょ。2000が現役だった頃のサーバなら、今と比べればスペック
はがた落ちもいいとこ。さらにシステムは五年で寿命って言われて
るし⋮⋮。そら太陽電機も買換えと改修を勧めるわよ﹂
中崎はあきれていた。
もう型落ちも甚だしいマシンなのだから、処理が追いつかないのは
明白だ。
素直に買い換えれば解決する問題である。
なのにどうして他の方法で何とかするのか。
中崎には全く理解できないでいた。
17
﹁このシステム作ったとき、どういうコンセプトで何を求めて作ら
れたかわかる?﹂
北野の質問は、ヒートアップする中崎には意味が分からなかった。
﹁それが、何の関係があるんですか?!﹂
中崎は怒りをぶつけるように質問で返したが、それにかまわず、北
野は話を続けた。
﹁Windows2000が出た頃、カスミフラワーは不景気の中
でもレストラン経営の拡大方針を固めていた。そのときに、売上げ
データを伝送してここに送るっていう自動化のシステムを組んだん
だよ﹂
﹁だから何だってんですか、古いハードとシステムが悪いんでしょ
う?﹂
中崎は北野のワケの分からない話に付き合う気はなかった。
﹁経営方針が拡大路線なのに、たった六十三個のファイルを送るだ
けでパンクするような仕組みを、君なら作るのかい?﹂
中崎はハッとした。
確かに、自分ならそんな設計はしないだろう。
まして将来増えると聞かされていればなおさらである。
﹁この業界じゃ、単位にもよるけど、百なんてそんなに大きな数字
じゃないのは分かるだろ?その頃何店舗だったか知らないが、あの
有名なファーストフードの店は日本に一号店ができてから、十年以
内に全国で二百店舗以上出店したんだ。システム的には万が一も考
えてその倍くらいでも何とか動くようにするだろうさ⋮﹂
18
北野は穏やかにそう言いながら、モニタの横にあるペットボトルの
お茶に口をつけた。
中崎はその言葉に何も言い返せなかった。
﹁まぁ、設計者がちゃんとした人だったと信じて、原因探ってみよ
うよ﹂
北野はそう言いながら椅子から立ち上がった。
﹁はい、わかりました⋮⋮﹂
中崎はそうつぶやいたが、そんな返事を聞いていないかのように、
北野は大野に﹁裏紙とかメモ用紙とかある?﹂と聞いていた。
大野が自分のノートを一枚千切って渡すと、北野は﹁もったいない
なぁ﹂などと言いながらみんなに見えるように机の真ん中に紙を置
き、握っていたペンで図を書き始めた。
﹁いいかい、今サーバがここ、四ツ橋にある﹂
そういいながらドラム缶のような円柱を中央に書いた。
﹁それで、全国の店舗から専用線を使ってデータが送られてくる﹂
円柱から下に、何本か線を引いてその下に四角を書いていった。
﹁今現状で登場人物はこれだけ、この中に犯人がいるってことだよ
ね。まぁ、単独犯とは限らないけど⋮⋮﹂
中崎も大野も黙って手書きの図を見つめた。
﹁あ!﹂
大野がすっとんきょうな声を上げた。
﹁線じゃないですか?!﹂
19
大野の目は輝いていた。
﹁あのね⋮﹂
中崎がため息をつきながら言う。
﹁普通ならそう、回線が犯人でしょうよ。でも、さっきも聞いたよ
うに、専用線なのよ。その可能性はないわ﹂
﹁まぁ、考え方としては間違ってないけど、もっと早く気付いてほ
しいね﹂
北野は少し笑いながら付け加えた。
﹁それに、こんなケースだと回線が犯人にされ易いし、し易い。理
由として一番分かり易いからね。でも、だったら、太陽電機は絶対
にそこを突いてくる筈だろ?ところが彼らの見積りに回線の改善は
なかった。つまり、回線はシロってことだよ﹂
﹁専用線ってそんなにいいんですか?﹂
大野が不貞腐れた感じで聞いてきた。
﹁朝の道路を思い出して﹂
北野がそう言ったので、大野は﹁はい﹂と言いながら訳も分からず
渋滞気味の車の多い道路状況を思い描いた。大野の頭の中ではクラ
クションがなっていた。
﹁そこにバスが来た。どうなる?﹂
北野の言葉に大野は嫌な表情をした。
﹁うわ、最悪ですね。渋滞が酷くなりました⋮﹂
﹁でも、バスしか走っちゃいけないバス専用レーンがあったらどう
20
だ?﹂
﹁あぁ、なんかバスはスムーズに走れますね。他の車は渋滞してる
けど⋮﹂
﹁そのバス専用レーンが専用線だと思えばいいよ﹂
北野の言葉で大野は﹁あぁ﹂と言いながら納得した。
﹁で、このサーバーで受け取ったデータは何処に行くのかな?﹂
北野は図にあるドラム缶を指しながら大野に聞いた。
大野は突然の質問に面食らって、困ったような顔をしている。
﹁普通、ホストへ売上データを転送するでしょう﹂
中崎が大野に代わって答えた。
﹁そうだろうけど、他にまだ、何かに使ってる可能性もあるね?﹂
北野の言に、中崎が﹁そうですね﹂と短く答えた。
﹁よし、じゃあ、まずはこの2000サーバが絡んでる処理を全部
洗い出そう。中崎さんお願い﹂
北野の指示に中崎は﹁はい﹂と短く答えた。
﹁それともう一個の問題は、店側のパソコンのスペックとか環境と
かだね。実際処理してるとこを見ないと何とも言えないから、大野
君、店舗の一覧と、去年の四月五月の、店舗別で日別の売上げデー
タを出して来て∼﹂
21
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4715bw/
電気の海を行く
2014年1月20日08時17分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
22