この異世界で魔導騎士になる! - タテ書き小説ネット

この異世界で魔導騎士になる!
ABC_D
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︻小説タイトル︼
この異世界で魔導騎士になる!
︻Nコード︼
N2976BU
︻作者名︼
ABC︳D
つまらない高校生活を送っていたある日、一緒に帰宅していた
︻あらすじ︼
友人と共に不思議な光に包まれる。目覚めたらそこには見慣れない
景色が広がっていた。その世界は魔族と人族が争う異世界らしい。
魔法や剣術などがあることを知り、主人公は幼いながら生きていく
ために両方とも極めると決め、訓練を始める。やがて魔導騎士にな
ることを目指す彼に待ち受けるものとは⋮という異世界転生もので
す。
1
プロローグ
光彦。
今日も相変わらず暇な高校生活を送っている。
俺は新井
現在高3の春をちょっと過ぎたじめじめした季節だ。
朝気怠い体を起こし、見慣れた道を歩いて学校へ行き、
そして面白くもない授業を延々と受けて帰宅する。
今も帰宅途中だ。
高校に入学した頃の俺は毎日ワクワクしていて、
楽しい高校生活が始まるんだと思っていた。
事実1年生の中頃まではなかなか楽しんでいたんだと思う。
しかし2年生へと進級してしばらく経ったある日、
気付いてしまったのだ。
自分は友達が少ない上に避けられているということに⋮
何故進級するまで気付かなかったかというと、
やはり親友である翔太の存在が大きな理由となるだろう。
2
彼とは入学してすぐに仲良くなった。
俺の前の席だった彼はすごく気さくな奴で、
ちょっと話している間に仲良くなっていたのだ。
いつも一緒にいてくだらないことで笑いあって、
本当に楽しくやっていたと思う。
だから進級してクラス替えになって、
翔太と違うクラスになった時初めて自分が孤立していることに気
付いた。
﹁そういえば俺って友達が全然いないんだな﹂
そんなことを1人呟いてしまうほどだ。
それからはもう周りのことばかりが気になって仕方なかった。
周りの奴らは友達も沢山いて、彼女もいて羨ましい。
それでも俺と話してくれる奴もいた。
光彦はある日そのことについてちょっと聴いてみたことがあった。
﹁俺ってなんか避けられてるような気がするんだけど、なんか周り
の人に嫌なことしちゃってるのかな∼。なんで?﹂
直球で聞いちゃうあたり、コミュニケーション能力の低さも原因
の1つであるに違いない。
そしてその数少ない話相手の彼は申し訳なさそうに答えてくれた。
3
﹁光彦くん、言っちゃ悪いかもしれないけど⋮⋮君ってちょっと怖
いよね﹂
﹁え!? なにが?﹂
﹁んー目つきとか顔とか雰囲気とか色々と⋮⋮僕も偶然話しかける
用事がなかったら怖くて近寄れなかったかも⋮⋮で、でも今は光彦
くんがいいひとだってわかってるし全然平気だけどね!﹂
慌ててフォローしてくれたのだが、もう遅かった。
光彦はショックを受けていたのだ。
﹁いやいやほんとにちょっとだけ外見が怖いってだけだよ!﹂
もう追い討ちでしかないと気付いてないのだろうか。
わざとではないと思うのだが。
﹁やっぱり周りからそういう風に思われてたんだな∼。そりゃ避け
られるわけだ。ははは⋮⋮﹂
そう、俺は怖さ故にちょっと近寄りがたい存在だった。
なんか泣けた。
やはり人は見た目なのだ。
4
自分でも顔のパーツがややきつめだとわかっていた。
悪いわけではないがとにかく全体的に鋭い印象なのだ。
改めて突きつけられるとつらい。
外見ってあまりにも改善の余地がないではないか。
そんな理由で俺の友達は親友の翔太含め数人しかいなかった。
このまま寂しくて退屈な高校生活を送るんだろうな。
こんな人生で本当にいいだろうか。
今日も光彦はそんなことを考えながら翔太と帰宅していた。
とぼとぼといつものように2人で雑談しながら歩いていると、い
つもとは違う光景が急に2人を包む。
﹁え!? なんだなんだ!? なんか光彦の足元光ってるぞ!?﹂
﹁いやいや、翔太の周りも光ってるよ!?﹂
2人を囲むように地面が突然円上に光りだしたのだ。
白く光る半円の中に光彦、紫色の光りを放つ半円の中には翔太が
いた。
この場にいては何か拙い気がすると翔太は直感的にそう思った。
そしてそれは正しかったのだがこの時はまだ知る由もない。
﹁なんかやばそうだよなこれ! 早く逃げようぜ光彦!﹂
﹁え? やばいの!? でも逃げるってどこに?﹂
5
﹁と、とにかくこの光ってるのから出よう! 明らかに変だ!﹂
そう言って翔太は円の外に向けて走り出した。
俺は急な出来事に呆然と立ち尽くしていた。
何故あの時すぐに円を出なかったのか。
この時ほど自分の行動を後悔したことはない。
すべてはこの時から始まっていたのだから。
6
プロローグ︵後書き︶
文章力に乏しい私ですが、
暖かい目で見守ってやって下さい。
誤字・脱字等ございましたら申し訳ありません。
不定期更新です。
7
第1話
足元の光が急に強くなって、
視界が真っ白になった後、
光彦は意識を手放していた。
気がついたら白い部屋にいた。
目の前に誰かがいる。
なにか俺に話しかけてきているようなのだが、全く何を喋ってい
るのかわからない。
どこの言葉だろうか。
突然、その誰かが手を伸ばし俺の額に触れる。
すると一瞬俺の体が光に包まれた。
そして手を額から離し、再び何者かが喋りだした。
8
﹁言葉が通じなくて一瞬焦ったわ。⋮⋮それにしても、これはまた
可愛い来訪者さんですわね。全くあの方達にも困ったものだわ。あ
なたもこれから大変だと思うけれど、頑張ってね。きっといずれま
た会えるわ。今度はゆっくりと話したいものねぇ。それではごきげ
んよう﹂
︵待ってください⋮⋮︶
俺は再び意識が遠のいていくのを感じた。
◇◇◇◇◇◇
﹁あうっ﹂
大分長い時間気を失っていた気がする。
それにしても間抜けな声を出してしまった。
そして光彦はゆっくりと目を開ける。
9
︵ん? 視界がぼやけていてよく見えない︶
しばらく経つと周りの景色が鮮明になっていくのだが⋮⋮
︵えーっと、ここはどこだろう?︶
光彦はかなり混乱していた。
さっきの白い部屋やそこにいた女性らしき人もそうだが、
今目の前に広がっている見慣れない風景。
確かに誰だって混乱するだろう。
どこか外にいるのだろうか。
しかもすごくのどかな場所だ。
すぐ近くには大きな木が一本生えていて、緑の葉が生い茂ってい
る。
その隙間から木漏れ日が差し込んでいてとても神秘的だ。
そのせいで時間がゆっくり流れているかのような錯覚すら覚える。
そして一軒の家が目に入った。
ログハウスみたいだが、それよりもしっかりしているし、
いくらか華やかな印象をうける。
そんな不思議な光景に目を奪われていた時だった。
10
﹁○○、○○○○○○?﹂
女性が満面の笑みを俺に向けて何か問いかけてきた。
誰だろうか。
とても整った顔だ。
︵きれいな人だな∼しかも優しそう⋮⋮いや、そんなことよりこれ
は一体どういう状況だ?︶
光彦は色々と思考を巡らせた末に、
気を失っていたから介抱されていたのだろうと決め込むことにし
た。
︵まずお礼を言わなきゃだな⋮⋮︶
光彦は女性に返事をして状況を確認しようと試みた。
﹁あうあうっ﹂
︵ええ!? どうしたんだ俺!?︶
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ちゃんと言葉を発しようとしても、
何故か赤ちゃん言葉になってしまう。
﹁○○? ○○○○○?﹂
そもそもさっきから女性が色々と問いかけてきているようだが、
一体どこの国の言葉なのだろうか。
まるで聞いたことがない。
これは苦労しそうだなと光彦は思った。
そして彼は自分の手足がどうやらすごく幼く、
言葉もまともに喋れないことについて冷静に向き合ってみること
にした。
︵考えたら余計に混乱しそうで気にしないようにしてたけど、やっ
ぱりこれって俺が動かしてるよな∼︶
そう言って手足を動かして確認する。
光彦はどうやらお姫様抱っこのような感じで仰向けになっている
ので、
さっきから嫌でも自分の体が目に入ってしまっていた。
とても肉付きがよく、ぷにぷにしているのだ。
﹁うう、あうう∼﹂
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それに加えて赤ちゃん言葉である。
どう考えても、光彦は赤ちゃんになっていた。
︵まじか∼、夢でもみてるのかな。だけどそれにしては抱かれてい
る感触や風を受ける肌の感じ方がやけに現実味を帯びてるんだよな
∼︶
どうやらこれを夢とするには感覚が鋭敏すぎたのだ。
︵状況がまだあまりわかっていない以上、あまり迂闊なことは出来
ないな⋮⋮︶
焦って答えを出すには情報が足りないので、
光彦はしばらく周りの状況を探ってみることにした。
︵とりあえずこの女性は俺のお世話をしてくれる人らしいので、甘
えさせてもらおう。一応赤ちゃんが絶対しないようなことには注意
しなければ⋮⋮この状態で気味悪がられて追い出されたらたまった
もんじゃない! でも赤ちゃんらしくってどうすればいいのだろう
か。先が思いやられるなこれは⋮⋮︶
13
◇◇◇◇◇◇
うちの子は何か変だ。
クロエは最近自分の子が何か他の家の子とは違う気がしていた。
落ち着いている。
大人しい。
一般の人に当てはめればいいことであるのかもしれないが、
これは赤ちゃんに限って言えば大分おかしい。
普通この年頃の赤ちゃんは頻繁に泣いたり、
勝手に出歩いては物を散らかし、
親を困らせたりするものだと思っていた。
いや、私と同じくして最近母となった友人に聴いてみたところ、
それが当たり前であり、いつも苦労しているという。
それに比べうちの子は⋮⋮
まったくと言っていい程泣かない。
正確に言えば、生まれてからしばらくはちゃんと泣いてくれたの
だが。
そして赤ちゃん特有の物を散らかしたり、色んなものを口に咥え
たりという毎度親を困らせるルーチンワークを一切しない。
世話をするのが楽なのは嬉しいことなのだが、
これはいくらなんでもと心配になる。
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思い返してみればあの日を境に変わってしまった気がする。
ある日、クロエは家で赤ちゃんをあやしていた。
眠かったのだろうか、すぐにスヤスヤと寝てしまった。
そして良い天気だからと、
庭の大きな木の下に連れ出したのだ。
﹁よく寝ているわねぇ﹂
そして赤ちゃんのほっぺをつんつんと優しくつついた。
クロエは我が子のほっぺをぷにぷにと触るのがたまらなく好きだ
った。
﹁あうっ﹂
どうやら起こしてしまったらしい。
﹁あら、起きちゃった?﹂
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うちの子は何故かきょとんとしたような顔をしている。
クロエはあまりの可愛さに笑みをこぼした。
﹁あうあうっ﹂
何かを伝えたがっているようだ。
そしていきなり手足をばたつかせ始めた。
﹁ノア? どうしたの?﹂
わからない。
どうみても慌てている。
一体どうしたのだろうか。
とても心配で胸が苦しい。
そう、この日からノアの様子が変わったのだ。
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第2話
俺がノアとしてこの家で暮らすこと5年、
今年で6歳になる。
最初はあの綺麗な女性とその夫であろう男が俺を見てよく心配そ
うな顔をしていた。
余程俺の慎重な行動が赤ちゃんのイメージからかけ離れていたの
だろう。
このままではまずいと慌ててそれらしい行動をとり、なんとか2
人を安心させてやった。
困らせないと安心させてあげられないとは⋮⋮なんとも複雑なも
のである。
体は1歳児の赤ちゃんでも中身は18歳の青年なので、故意に人
を困らせるとやはり罪悪感に苛まれるのだ。
積み重なる努力の甲斐あって、2人の心配そうな表情は徐々に減
っていった。
完璧になくなったわけではないあたり、俺は完璧に普通の赤ちゃ
んになりきれていなかったに違いない。
そういった苦労とともに成長していき、ある程度言語能力を身に
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つけたことで色々なことがわかってきた。
どうやらあの時、庭で俺を抱きかかえてくれてた女性はやはり母
親で、
名前はクロエというらしい。
俺の名前がノアだそうだ。
これは家でクロエと夫らしき者が話しているのを何度も聞いて一
番初めにわかったことである。
そしてクロエと話していた男も予想していた通り夫であり、父の
名はルーカスというらしい。
彼はよく俺に自分の武勇伝を聞かせてくれた。
こんな幼い子に何を聞かせるんだと最初は思ったが、彼の話は実
に興味深いものばかりであった。
俺があまりにも真剣に聞いていたので、ルーカスは他にも色々な
ことを話してくれた。
1年は365日、1日24時間、1時間60分など、
時間の概念に関しては全く同じであった。
何よりここが魔法や剣術というものが存在する異世界であるとい
うことがわかったのが一番の収穫だ。
この世界には魔力というものがあり、魔法も剣術もそれを使用して
発動するものらしい。
魔法は何となくわかるが、剣術にも魔力を使うのかと疑問に思い聞
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いてみたところ、どうやらこの世界では純粋な剣技だけのものでは
なく、魔力を使った剣技のことを剣術と呼ぶらしい。
魔力が存在するが故に、剣術という言葉の示す定義が違うのだろう。
そしてこの世界には凶暴な魔物や魔人もいるらしい。
最初は魔法や魔物の話なんて全然信じていなかった。
しかしその様子を感じ取ったクロエとルーカスが実際に目の前で
魔法や剣術を見せてくれたのだから疑いようがないだろう。
母が魔法、父は剣術を披露してくれたのだ。
魔法や剣術が本当にあるのだから、魔物や魔人も本当にいるのか
と思い、2人に尋ねてみた。
﹁おいおい、さっきからノアは俺の話を全然信じてくれていないよ
うだな﹂
﹁あなた、ノアちゃんはまだ何も知らないんだから仕方ないでしょ
う?﹂
﹁⋮⋮それもそうだな。よし、ノア! この世界の魔族と人族につ
いて詳しく説明してやるからしっかりと聞いてろよ?﹂
﹁あなた! ノアちゃんはまだ子どもなんだからね? わかってる
わよね?﹂
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﹁ああ、ちゃんと伏せるべき部分は伏せるさ。えっと⋮⋮﹂
ルーカスはわかりやすいように説明してくれた。
どうやらこの世界には人族と魔族と呼ばれる2つの種族がいて、
遥か昔からずっと種族間で争っているらしい。
魔族側が攻めてくるために人族は対抗する力をつけなければなら
ない。
そこで人族は力をつけるためのシステムをつくった。
そのシステムとは、魔法や剣術で一定以上の強さを示した者には
クラスを授け、
恩恵を与える代わりに人族のための盾や矛となって魔族と戦う義
務を負わせるというものだ。
魔法で力を示した者には魔導士、剣術で力を示した者には騎士と
いうクラスを授ける。
クラスを授かるには各国である機関が実施している難関試験に合
格しなければならない。
それなのに魔法や剣術を習得出来るように努力したり、
力を使いこなせるようにきつい修練を積むのはやはり恩恵が欲し
いからだろう。
クラスを授かると高い地位や大金、名誉が手に入るそうだ。
ただの平民のそれと比べたら雲泥の差らしい。
﹁因みに母さんは魔導士、俺は騎士だ﹂
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﹁え!? そうなんですか!?﹂
これには驚いた。
父と母はこの世界で優秀な存在らしい。
だから家が立派なのか!
でも優秀な親の子どもか⋮⋮
︵これはものすごくプレッシャーを感じるな⋮⋮︶
﹁すごいだろ! でもノアが無理して騎士や魔導士を目指す必要は
ないからな? クラスを授かることは良いことばかりじゃなく、危
険も大きいからな。まあその分ちょっといい暮らしは出来るけどな。
ハッハッハ﹂
顔が強張ったのを見たからか、ルーカスはニコニコしながらそん
なことを俺に告げる。
ルーカスさん、強くて優しいなんて俺あんたが父親であることを
誇りに思う。
まあ実際の父親ではないのだが。
そう、俺は忘れたわけじゃない。
元の世界への帰り方を探さねばならないということを。
しかしこんな6歳児の状態でそんな途方もないことをまともに調
べることが出来るとは到底思えない。
それにそもそも俺はそんなに元の世界に帰りたいと思っているわ
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けではないのだ。
退屈な毎日を送るくらいなら異世界で新しく生きてみるのもいい
だろうと考えていた。
まだこの家の中でしか過ごしていないが、
ここ数年クロエやルーカスと暮らすのは本当に楽しかった。
この世界にはきっと俺が求めているスリルや好奇心をそそるもの
が沢山あるだろう。
だから念のために帰る方法を見つけておこうぐらいにしか思って
いない。
俺は今あの世界よりもとても充実しているのだ。
怖い顔で怯えられることもない。
寧ろ今の自分の顔は、
優しそうで綺麗なクロエとたくましくきりっとしたルーカスの顔
の良い部分を全て取ったような顔立ちをしていた。
将来が楽しみである。
光彦は本当の意味でノアとして生きていくことを決めていたのだ
った。
﹁父様、母様! 僕はお二人のような両親を持てて幸せです。僕を
生んでくれてありがとうございます!﹂
2人は目を丸くして驚いたようだった。
そしてクロエは涙ぐみ、ルーカスは照れているようだった。
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﹁ノアちゃんっ!﹂
﹁うぶっ母様苦しい∼﹂
クロエが俺に抱きついてきた。
﹁あら、ごめんなさい。ノアちゃんがいきなりそんなこと言うから
いけないのよ∼?﹂
﹁まったくお前は本当にいい子だな! よしよし!﹂
なんかこういうのってあれだよな。
幸せな家庭って言うんだろうな。
これも元の世界では決して手には入れられないものだった。
︵ああ、本当に幸せなんだな俺⋮⋮︶
最初はただ家族を演じていただけだったのに、
いつの間にかこの2人は光彦にとってかけがえのない存在となっ
ていた。
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︵よし、この世界で生きていくにはまず魔法か剣術を習得した方が
いいな。なんかそういうのは子どもには難しすぎてもっと大きくな
ってから修練するらしいが⋮⋮あとこの家から出て周りの地理を把
握しておかないと。そしてもっとこの世界の常識を身につけなけれ
ば浮いてしまう。⋮⋮そういえば︶
﹁学校みたいなものってあるんですか?﹂
2人は再び驚いたようだ。
﹁急にどうしたんだ? 学園に行きたいのか?﹂
﹁学園⋮⋮ですか?﹂
﹁そうだ。だけど学園は15歳からしか入れないからな∼﹂
﹁そうなんですか。できればもっと詳しく学園のことについて教え
て下さい﹂
﹁ノアは相変わらず好奇心旺盛だな。俺が6歳ぐらいの頃は友達と
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ずっと遊んでたぞ? 今度近くの村に連れて行ってやらないとな﹂
近くに村があるらしい。
身の回りの情報収集に必死でこの家の外の世界なんて全然気にし
ていなかった。
﹁それもそうですけど、ちゃんと学園のことを教えてあげなきゃだ
めよ∼。さっきお父さんが言った通り学園は15歳から入学出来て
下級生、中級生、上級生と3年間お勉強や実技の訓練をする所よ﹂
﹁実技って⋮⋮魔法とか剣術の訓練ですか?﹂
﹁そうよ。一般的には下級生は基礎訓練、中、上級生は応用って感
じかしら﹂
﹁学園はな、魔導士や騎士、魔工技術者になりたい奴が行くんだ。
因みに魔工技術者は魔剣を作る職人だ﹂
﹁魔剣?﹂
︵何それかっこいい!魔法の剣かな?︶
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﹁そっかそっか。教えてなかったな。魔法や剣術を使うためには魔
剣と呼ばれる武具が必要でな、魔法系魔力を魔剣に流して発動する
のが魔法。剣術系魔力を魔剣に流して発動するのが剣術と言うんだ﹂
この世界では魔法も剣術も魔剣というものを使わないと発動出来
ないらしい。
よくゲームとかに出てくる杖などの代わりだろうか。
﹁この前ノアちゃんに魔法と剣術を見せてあげた時も魔剣使ってた
わよ?﹂
﹁え? 確かに父様は剣を持ってたと思いますけど、母様は持って
いなかったような⋮⋮?﹂
﹁うふふ、魔導士は大きな魔剣を持っていても剣術を扱えないし、
邪魔なだけだから普通ナイフや小剣タイプの魔剣を使うの。それに
対して騎士の剣術は武器依存度の高いものだから必然的に大きめな
ものを使う人が多いわね。私のは片手に収まるくらいのナイフ型の
魔剣だったからよく見えなかった?﹂
そう言って見せてくれたのは確かにナイフだったが、全体が赤く
透き通っていた。
何か特別な材質をつかってナイフを作ったのだろうか。
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﹁魔剣はね、稀少鉱石である魔石を特殊な方法で溶かして武器の型
に流し込んで成形するの。ちゃんと武器の形にしないと魔法も剣術
も発動しないわ﹂
魔石はこの世界で一番硬い鉱石で、余程のことがなければ壊れな
いらしい。
最初魔剣は全て透明で、使用者の得意な属性の色に変わる。
火属性は赤、水属性は青、雷属性は黄、土属性は茶、風属性は黄
緑になるそうだ。
得意属性は生まれたときにランダムに決まってしまう。
それから変わることはないらしい。
魔剣は最初に魔力を流した人以外には使えない。
使用者の魔力しか受けつけなくなる性質があるようだ。
﹁魔剣と言ってるが、様々な種類の武器を総称して魔剣と呼んでい
る。もちろん槍類や斧類等もあるぞ。飛道具系はない。魔法も剣術
も直接触れなければ魔力を流せないし、遠距離は魔法、近距離は剣
術がいい﹂
﹁へぇ∼そうなんですか! でも剣術が得意な人、例えば父様の魔
剣は何色になるんですか? 実はあの時、剣の色のことなんて全然
目に入ってなくて⋮⋮﹂
﹁まったくノアは本当に興味があることしか見えていないな。まあ
お前らしいか。剣術系は皆、透明度を失い銀色に変わる﹂
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剣術系の魔剣は寧ろ普通になってしまうらしい。
だからあの時魔剣を見ていたのにも関わらず記憶に残ってなかっ
たのだ。
普通の銀色の刃物なんて記憶に残らない。
だがこれは元の世界での常識でしかない。
この世界の刃物は基本的に白いのだ。
やはり異世界は不思議だった。
﹁あれ? それでは魔法と剣術両方得意な人は何色になるんですか
?﹂
クロエはお風呂に入ってしまっていたので、
再びルーカスが答える。
﹁いや、それでもより勝っている方の色が出るんだが⋮⋮そもそも
両方使える奴なんていないんだ﹂
どうやら魔法系と剣術系の魔力の操り方がまるで違い、いくら努
力しても両方は無理なんだそうだ。
系統の違う魔力を制御するのは事実上不可能と言われてるらしい。
﹁だがな、本当に極稀に両方出来ちまう奴がいる。そういう奴らの
ことを魔導騎士と呼んでいる。正確には魔導士認定試験と騎士認定
試験の両方に合格した者をそう呼ぶんだが⋮⋮そいつらはこの世界
28
にたった3人だけらしい。だから各国がこぞってそいつらを国に迎
え入れたがる﹂
人族が住む大陸はヘリオ大陸といい、そこには5つの国が存在す
る。
そして魔族に対抗するために力をつけなければいけない人族は、
国レベルで力を競い合い、互いの力を高め合うらしい。
ライバルがいれば負けじと努力するのはどの世界でも同じだ。
この世界にはそういった対抗試合をする大会が沢山あるそうだ。
﹁魔法と剣術両方使える奴は魔導士や騎士とは格が違うからな﹂
確かに遠距離に強い魔導士や近距離に強い騎士に比べ、
遠距離と近距離どちらも強い魔導騎士が劣るはずがない。
故に魔導騎士がいる国はそういった大会で上位に立つ。
当然順位が高い国は強いということなので、
日々魔族の脅威に晒されている人族はより強い国へ移住する。
住民が少なくなれば国の収入が減る。
どの国にとっても大会で勝つことは重要なことであった。
﹁因みに俺達が住んでいる国、アースにはいない。魔導騎士がいる
のは大陸の北西側を占めるオルケア、北東側を占めるルミス、そし
て西側を占めるネイロに1人ずつだ﹂
﹁アースともう1つの国は弱いということですか?﹂
29
﹁ああ。この2国は両方とも南側にあってあまり強くないし、その
せいで豊かとは言えないな∼﹂
大陸南西を占めるクレイアと南東側を縦長に占めるアースが毎年
様々な大会で負けているせいで南側の人間は弱いという印象がある
らしい。
﹁まあそんなに気にすることはないさ。ハッハッハ﹂
﹁ちょっといつまで話してるの? ノアちゃんもう寝なきゃだめよ
∼﹂
クロエがもうお風呂から出てきた。
最近は体のこともあり長風呂は避けているのだそうだ。
︵とりあえずこの世界の仕組みや勢力関係の情報なども含め色々な
ことがわかった。あとはやはりこの家の付近を探索でもしてみるか︶
﹁わかりました、もう寝ます! おやすみなさい父様、母様﹂
﹁おう、おやすみ﹂
30
﹁はい、おやすみなさい。ちゃんと寝る前におトイレ行かなきゃだ
めよ∼﹂
そしてノアは床に就いた。
﹁ねえ、あなた?﹂
﹁なんだ?﹂
ノアが眠りに就いた後、クロエがルーカスに話しかけた。
﹁ずっと前から思っていたんだけれど⋮⋮ノアちゃんにはちょっと
子どもっぽさが足りないわよね? いつの間にか丁寧な言葉遣いに
なっているし、教えたことは必ず1度言えば覚えるわ﹂
﹁確かに優秀すぎるな。まあ将来有望でいいんじゃないか?﹂
﹁それはそうなんだけど⋮⋮﹂
31
クロエとルーカスはノアがあまり子どもらしいところを見せない
ので少し悩んでいた。
もう赤子ではないのだから迷惑はかけまいと努力していたのが仇
になっていた。
﹁お兄ちゃんが優秀だとこの子がちょっと不憫だわ﹂
クロエがお腹をさすりながら言った。
妊娠してもうかなり経っていて、
もうすぐ出産を迎える。
﹁案外、この子も優秀かもしれないぞ? まあ俺達でカバーしてや
ればいい。ノアの時は全然苦労しなかったからな。その分、親とし
て頑張ろう﹂
﹁そうね!﹂
そうして2人も眠りに就いたのであった。
32
ヘリオ大陸 地図
<i85326|9622>
1:オルケア 2:ルミス
3:ネイロ
4:アース
5:クレイア
ヘリオ大陸を簡単に描いた地図です。
わかりやすく絵を描いてみました。
世界観をより伝わりやすくするための補助的な役割です。
別になくてもまったく支障はございませんので、
参考程度に⋮
ヘリオ大陸の北側が強くなったのは、
魔導騎士を保持しているということもありますが、
それ故に強い魔道士、騎士が北側へ移住してしまった
ということも原因の一つです。
これからもわかりづらいことがあれば
イラストなどで表現していくつもりなので、
もしご希望があれば可能な限り応えていこうと思います。
33
34
第3話
翌朝の早朝。
窓から差し込む朝日が眩しい。
この世界に来てから朝起きるのが随分楽になったと思う。
眠っている時間がもったいない。
まだまだ知らないことが沢山ある。
一分一秒でも時間が惜しい。
︵今日は家を出て村まで行ってみよう。ルーカスに頼んだら連れて
行ってくれるだろうか︶
部屋を出て階段を下りていく。
ノアの部屋は2階の子供部屋だ。
クロエとルーカスの寝室は1階の隅にある。
︵まだ寝ているみたいだな∼。今のうちに⋮⋮︶
ノアは2人の寝室にある本棚から魔力の扱いに関する本を抜き取
った。
本がなくなっていることを悟られないように細工しておくことも
忘れない。
35
勝手に取っていったことがばれるのは、やはりまずいだろう。
そもそもこんな面倒なことをするのには理由がある。
以前魔力関係の本を読ませて欲しいと頼んだのだが、
子どもにはまだこんなに難しい本は理解出来ないからと一蹴され
てしまったからだ。
どうやらこの家に置いてある魔力関係の書物はどれも極めて難し
く、普通の大人でも苦戦するようなものらしい。
そんな本を読めるなんてやはり2人は優秀なのだった。
ノアは抜き取った分厚い本を脇に抱えながらこっそりと自分の部
屋に戻り、
きちんと整えられたベッドに腰を掛ける。
︵やっと読めるぞ∼。さてどれほど難しいのやら⋮⋮︶
そしてノアが本を読み始めてから2時間後が経過した。
︵ふ∼ん、ざっと流し読みしてみたけどそんな難しい本じゃなさそ
うだな︶
この本は魔力の基礎知識や魔法理論、剣術理論について載ってい
るようだ。
こんなにすらすら読めるような本をクロエたちは読ませてくれな
かったのかとノアは思ったのだが、
36
この世界の学力水準が元の世界に比べ随分低いのだから仕方なか
った。
﹁ノアちゃーん! いつまで寝てるの∼降りてきなさーい! ごは
ん食べましょー!﹂
︵もうそんな時間か。大分時間が経っていたらしい︶
﹁今行きまーす!﹂
ノアは本を隠してから1階へ下りた。
﹁おはよう、ノア﹂
﹁おはよう、ノアちゃん!﹂
﹁おはようございます! 父様、母様!﹂
挨拶を済ませ、朝ご飯を食べ始める。
﹁父様、僕村に行ってみたいのですが⋮⋮﹂
37
﹁おお、そうかそうか! 勇気を出したんだな。ちゃんと父さんが
守ってやるから安心しろ? 大丈夫、全然怖くないからな? 父さ
んがいれば例え魔物が出てもへっちゃらだ! 外はそんなに怖くな
いんだぞ﹂
ルーカスはきっと何か勘違いしているのだろう。
確かに魔物が本当にいるとわかった時は少し怖気づいたがそれで
外に出なかったわけではない。
周りの情報を集めることだけで手一杯で外出どころではなかった
というだけだ。
しかしそんなことを言うわけにはいかないので合わせてやること
にした。
﹁はい、ありがとうございます! 父様がいれば安心して外に出掛
けられます!﹂
﹁ハッハッハ! よく言った。それでこそ俺の息子だ! よしよし﹂
︵ルーカスさん力強すぎ! 痛い! 頭陥没しちゃう。僕まだ体は
子どもだからね⋮⋮︶
﹁と⋮⋮父様痛い﹂
38
﹁あなた! ノアちゃんをいじめないで﹂
﹁いじめてないぞ!? ただ撫でてやっただけなのに﹂
﹁言い訳しない!﹂
﹁⋮⋮はい﹂
いつも優しいクロエがすごい形相でルーカスを叱っている。
あまりの迫力にノアも少し引き気味だ。
﹁すまんな、ノア﹂
﹁い、いえ、大丈夫ですよ。気になさらないで下さい﹂
﹁またお父さんにいじめられたら私に言ってね? ノアちゃんは私
が守ってあげるから!﹂
﹁おいおい、守ってあげるって⋮⋮まあいい。ご飯も食べ終わった
し、そろそろ行くか!﹂
39
﹁はい、お願いします父様!﹂
﹁外は魔物が出る。この家の付近は滅多に魔物は出ないし、俺が定
期的に狩ってるから安全だが村に着くまでの道はよく出るから気を
つけた方がいいな。一応ノアにもこれを渡しておく﹂
腰にロングソード型の魔剣を差してからルーカスが剣のようなも
のを取る。
そして渡されたのは剣を差すためのベルトと鞘に納まっている透
明な剣だった。
﹁これは⋮⋮魔剣ですか!?﹂
﹁そうだ。ノアが大きくなったら渡そうと思っていたものだからそ
れはもうお前のものだぞ。それはグラディウス型の魔剣だ。手入れ
の仕方は家に戻って来たら教えてやるから自分でしっかり管理する
んだぞ?﹂
﹁うわぁ∼ありがとうございます! 一生大事にします!﹂
︵何これすっごくかっこいい! これで魔力をどういう風に流すか
色々試すことが出来る! 魔力に関する本も部屋にあることだし部
屋に籠もって練習だ!︶
40
ノアの身長でもぎりぎり引きずらない程度の長さで、
普通のブロードソード型より若干短めの両刃片手剣だ。
刃の中程より少し手前の部分は緩やかな曲線を描くように凹み先
端は鋭く尖っている。
﹁武器を持っているからといって戦おうなんて思うなよ? 魔物が
出てきたら俺の後ろに隠れてるんだ。お前はまだ子どもだから魔物
なんて相手にしたらすぐ殺される。でも父さんがいればお前は絶対
に安全だ﹂
︵こんだけ念を押しといたら魔物にとびかかったりはしないだろう。
外の出るのが余計怖くなってしまいそうだが⋮⋮ここら辺の魔物は
弱いけど決してノアのような子どもが戦えるレベルではない︶
ルーカスはノアの安全のために怯えない程度に忠告してやった。
﹁よし! じゃあ行くぞ﹂
﹁母様! 行ってきまーす!﹂
︵どうやらそんなに怖がってる様子はないな。寧ろノアのやつ楽し
41
そうだ。それはそれで心配だが⋮⋮︶
2人は家を出て村へ向かう。
村へ行くには森を抜けなければならないらしい。
一本一本の木がすごく大きくて、
周りに見えるのは太い幹が点在している光景だけだ。
しばらく歩いていると何かが進路を塞ぐように現れた。
﹁魔物だ! 気をつけろ! そしてよく見ておけ。魔物との戦いが
どういうものなのかを﹂
﹁は、はい!﹂
現れたのは大きな虫だ。
いや、大きすぎる。
全長1mくらいはある。
芋虫みたいだが口のあたりから何本も鋭い鎌状のものが生えてい
て、
やはり普通じゃなかった。
﹁はぁぁあ!﹂
ルーカスはまだ届かない距離なのに剣を振り下ろしたらしい。
速すぎて気づいた時には剣を振り下ろしていた体勢だったのだ。
42
すると斬撃が剣から飛び出し、少し離れた場所にいた魔物を両断
していた。
虫型の魔物は何もさせてもらえずに肉塊に変わる。
﹁父様、今のは剣術ですね!? そんなことも出来るんですか!?﹂
ノアは目をきらきらさせながら尋ねる。
﹁そうだ。剣術も使いようによっては色々なことが出来るぞ﹂
ルーカスは他にも剣術について色々教えてくれた。
剣術には大きく分けて攻撃力そのものを上げる武具強化、使用者
の身体能力を上げる身体強化というものがある。
先ほどのルーカスの剣術は武具強化で斬撃を作り出し、身体強化
で自身の身体能力を大幅に上昇させてから剣を神速で振り抜くとい
うものだ。
作り出した斬撃は剣の勢いによって飛ばされ、離れたところにい
る相手を切り裂く。
単純な技だが魔力制御を誤れば斬撃はすぐに消えてしまうし、
身体強化を十分に使いこなせなければ勢いが足りなくなり、
斬撃を生み出せたとしても飛ぶことなく魔剣に留まったままにな
ってしまうらしい。
これを使うことが出来れば少し離れた場所までならカバー出来る
ので、
剣術使い特有の近接攻撃しか出来ないという短所をある程度補う
ことが出来る。
43
要は剣術は使用者の実力によって多種多様な効果を発揮出来ると
いうことなのだ。
﹁やっぱり父様はすごい方だったんですね! 僕も父様のように剣
術を使いこなせるように頑張ります!﹂
﹁そうかそうか! ノアはまだ子どもだから大きくなったら剣術は
いくらでも特訓してやるぞ! それまでは魔力を使わなくても出来
る武器の扱い方について特訓してやる﹂
やはり子どもには早いからと魔力を使った訓練はしてくれないよ
うだった。
少しでもルーカスから技術を盗むしかない。
﹁それじゃあとっとと行くか﹂
﹁はい!﹂
それから数体の魔物が出てきた。
結局あまり詳しいことはわからなかったが、
ルーカスは剣タイプの魔剣が一番得意であること、
そして剣タイプの魔剣では切断することを前提に剣術を使用する
傾向があることがわかった。
確かに武器の特性を槍で切ったり、斧で突いたりという使い方は
44
あまりしないだろう。
当たり前といえば当たり前のことである。
﹁着いたぞ。ここは家から一番近い村だ。買い物とかはここで済ま
せている﹂
村や街などの人が多く住んでいる場所は大抵魔物への対策として
柵や石壁で周りを囲っている。
魔物が出た時以外門は通常開いていて、門番に許可をもらわない
と入れない。
その際、門番に通行料をいくらか払う。
通行料は門の修繕費などに使われるらしい。
ルーカスはノアに丁寧に説明した。
﹁村へ入りたいんだが許可をもらいたい﹂
﹁これはこれはルーカスさん! お久しぶりですね。ルーカスさん
にはお世話になってますから、いつも通り通行料は大丈夫ですよ﹂
ルーカスは村の門の前に立っている兵士の格好をした男に話しかけ
た。
どうやら知り合いらしい。
﹁いやいや、悪いから今日こそは受け取ってくれ。払わないとクロ
45
エに怒られるんだよ∼﹂
﹁そうなんですか? それでは受け取らないわけにはいきませんね。
⋮⋮はい、確かに受け取りました。奥様にもよろしくお伝えくださ
い!﹂
﹁おう、ありがとうな! それから俺の息子を紹介しとかないとな。
俺は今日こいつが村に行きたいと言うから付き添いで来たんだ。も
ちろんちゃんと仕事も片づけてくぜ﹂
﹁ルーカスさんの息子さんですか! 私は門番のリヒテです。よろ
しくお願いしますね﹂
リヒテという男が軽く頭を下げる。
﹁はじめまして。僕はノアと申します。こちらこそ、よろしくお願
いします﹂
リヒテは目を丸くして驚いていた。
﹁ご、ご丁寧にどうも。ルーカスさんの御子息とは思えない程の上
品さですね! 驚きました﹂
46
﹁おいおい、それはどういう意味だ∼?まあいい。事実だからな⋮。
それじゃ行くぞ、ノア!﹂
﹁はい、父様!﹂
門の前で楽しい談笑を終え、
2人は村の中に入っていった。
47
第4話
この村の名はオルカ。
村の周りには高さ3m程の古い木製の柵が隙間なく並んでおり、
所々で真新しい柵になっている。
きっと朽ちたり魔物かなんかの影響で壊れたりしたのだろう。
建物はほとんど木造建築で、
同じような建物がいくつも並んでいる。
これがこの村の一般的な民家なのだろう。
そしてその中でも比較的大きい建物は何かの施設や店になってい
るらしい。
村の中央付近に店舗が集中しており、
様々な商品が陳列している。
﹁結構大きい村ですね。父様はこの村で随分お顔が広いようですけ
ど、どうしてですか?﹂
ルーカスは村に入ってから兵士の格好をしてる人や冒険者風の格
好をしている人達から頻繁に話しかけられていた。
﹁いや∼仕事柄あいつらとは知り合いでね。俺は騎士だからな、魔
物や魔人は進んで討伐していかなければならない。それでこの村付
近に出る魔物狩りの手伝いをしてるんだ。いくら狩っても沸いて出
48
てな∼群れで村を襲ってくるから放っておくと危険なんだよ﹂
﹁そうなんですか。あんなにたくさんの人に話しかけてもらえるな
んて父様は人気者なのですね﹂
﹁久しぶりに顔を出した俺に皆が魔物に関する報告をしてくれてい
ただけだぞ。母さんの体のこともあってなるべく家にいたからな。
今日もできれば仕事をパスさせてもらうつもりだったんだが⋮⋮﹂
﹁母様にあまり仕事を任せっきりにするのはよくないと言われまし
たか?﹂
﹁おお、よくわかったな! そうなんだよ。村の人が大変だろうか
らってさ。だから今日はノアを村に連れてくるついでに討伐の仕事
もして来いって言われたよ。多分仕事が終わるまで俺と母さんの友
達の家にお前を預けることになっちゃうんだがいいか?﹂
﹁もちろんいいですよ、父様! 村を魔物から守るなんてさすがは
僕の父様です! 僕のことなんて気になさらずお仕事頑張ってきて
下さい!﹂
﹁悪いな、村も案内してやるって言ってたのにな。でもそのかわり
にこれから会う父さんの友達にちゃんとお願いしといてやるから。
いい人達だからきっと喜んで案内してくれると思うぞ!﹂
49
﹁ありがとうございます! 父様と母様のご友人に迷惑をかけない
よう細心の注意を払って行動しますのでご安心下さい!﹂
﹁まあ、ノアのことだしそこは全然気にしてないけどな。⋮⋮ここ
だ、着いたぞ﹂
ルーカスに連れられて中央広場から少し離れた民家の前に着く。
そしてドアをノックした。
﹁ルーカスだ。クラート、リーザさん! いるか?﹂
鍵を開ける音とともに中から夫婦が出てきた。
﹁おお、ルーカスじゃないか! 久しいな! クロエさんの様子は
どうだ?﹂
﹁ちゃんと元気してるぜ。私は元気だから村で仕事して来いって言
われたよ⋮⋮﹂
﹁まあ、クロエさんらしいわね。ふふ。あれ?その子は息子さん?﹂
50
リーザはルーカスの斜め後ろ立っている少年を目敏く見つけた。
﹁そうだ、俺が仕事に行ってる間こいつのこと頼みたいんだがいい
か? こいつは初めて村に来たから案内もしてやって欲しいんだが
⋮⋮﹂
﹁ああ、わかった! 大事な友人の息子さんだ。喜んで預からせて
もらうよ! いいよな、リーザ?﹂
﹁ええ、もちろんよ!﹂
2人とも快く了承した。
﹁すまんな、ありがとう。ノア、お前を預かってくれるクラートと
リーザさんだ。さっき話した通り、父さんや母さんの友達だ﹂
﹁はじめまして、ノアと申します。父様が仕事の間お世話になりま
す。至らぬばかりにご迷惑をお掛けしてしまうことがあるかもしれ
ませんが、どうぞよろしくお願いいたします﹂
﹁前から話は聞いてたけどこれほどとはな⋮⋮﹂
51
夫婦は2人そろって目を丸くしていた。
﹁⋮⋮父様? なんのことです?﹂
﹁いやいや! 何でもないんだ! ここの家にもノアと同じくらい
の娘さんがいてな。同じ年の子を持つ親同士いろいろと相談してた
んだ。それでノアは小さい頃からとてもいい子だって話をしてたん
だよ! そ、そうだよなクラート!?﹂
﹁あ、ああ! ノア君の話を聞いていたんだが予想以上に礼儀正し
い子でびっくりしたんだよ!﹂
︵俺はそんなに奇妙な子どもだったってことかな⋮⋮やっぱりクロ
エやルーカスに心配かけてたんだな。申し訳ないことをしたな⋮⋮︶
ノアが落ち込んでしまったのを見て大人達が慌てだした。
﹁ノア!? 俺はお前のことを誰よりも大事に思ってるし、母さん
も父さんもノアのこと愛してるぞ! 本当だ! ただノアが小さい
頃から何にも苦労がかからないくらいにしっかりした子だったから
親としてこれでいいのか不安になってしまっただけなんだ!﹂
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﹁そうだよ、ノア君! 君の父さんや母さんはいつも君のことを考
えていたんだ! それはノア君のことを本当に大切に思ってるから
こそだったんだよ? それは僕達も保証する!﹂
︵あ、やばい。顔に出ちゃってたか。しかもさらに申し訳ない方向
に勘違いされちゃってる⋮⋮早くこの事態を収めなければ! 演技
とかしたことないけどいけるかな⋮⋮︶
﹁そうだったんですか⋮⋮父様や母様はそこまで僕のことを思って
下さっていたのですね。僕はてっきり愛想を尽かされてしまってい
たのかと⋮⋮ずっと前から不安だったから⋮⋮⋮⋮ううっ⋮⋮ぐす
っうっ父さまぁぁ﹂
ノアがルーカスにとびつく。
﹁ごめんな、不安なのはノアも同じだったんだよな⋮⋮よしよし。
母さんも父さんもちゃんとお前のこと大好きだぞ﹂
ルーカスはノアを抱きしめた。
クラートとリーザが涙ぐんでいる。
﹁親子の愛って本当に素敵ね﹂
53
﹁そうだな、俺達もエマをこれまで以上に大事にしてやろう﹂
こうして、一件落着したのだった。
︵いや∼演技の途中から本当に嬉しくて泣いてしまった。俺は本当
に幸せ者だな︶
ノアは改めて自分の中でクロエとルーカスの存在が大きくなって
いるのを実感したのだった。
﹁それじゃあ、ノア。行ってくる。終わったら迎えに来るからな。
クラート、リーザさんノアをよろしく頼むぜ﹂
そう言ってルーカスは頭を下げ、
その場から立ち去った。
﹁それじゃあノア君! 家の中へ入ろうか。エマにも会わせたいし﹂
﹁そうね! お茶とお菓子を用意しなきゃ﹂
﹁お邪魔します!﹂
54
中へ入ってから案内されたのはごくごく普通のリビング。
リーザは無駄のない動きで着々とテーブルの上にお茶とお菓子を
用意している。
﹁ノア君、ここに座って。エマー! ちょっと下りてきなさい!﹂
クラートが呼ぶとショートヘアの女の子が下りてきてテーブルに
つく。
リーザも準備を終えて椅子に座った。
﹁紹介するね。パパやママの友達の息子、ノア君だ。エマと同い年
だよ。今日は初めて村に来たから案内してやって欲しいんだ﹂
﹁うん、わかったわ! 私はエマ! よろしくねノア君!﹂
﹁僕はノアです。こちらこそよろしくお願いしますエマさん。﹂
﹁エマでいいよー! それより私もノアって呼んでいい? いいよ
ね? そうするね! あと大人みたいな話し方しないで普通に話し
て?﹂
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﹁は、はい! わかり⋮⋮わかった! エマ、よろしく!﹂
随分元気な子だ。
しかも勢いがすごい。
﹁ごめんね∼ノア君。エマは昔からこういう子なのよ。でもしっか
りしてるから村の案内はきちんとしてくれるはずだわ﹂
﹁任せておいて! ばっちりよ! それじゃお菓子も食べ終わった
し行ってくるね! ほら行こうノア!﹂
﹁う、うん! クラートさんリーザさん、お茶とお菓子ごちそうさ
までした! それでは行ってきます!﹂
丁寧に頭を下げ、慌ててエマを追いかけ外へ出た。
その様子を見届けたクラートはリーザに問いかける。
﹁⋮⋮ノア君は本当に6歳なのかな?﹂
﹁あなた、何をわかりきったことを⋮⋮でもまあ気持ちはわかるわ。
クロエがよく子育ての相談に来てたけど納得ね。ノア君は⋮⋮そう、
その立ち振る舞いや頭の良さのせいで子どもにみえないのよ﹂
56
﹁そうだな。話していて如何にノア君が聡明なのかが伝わってきた
よ。将来どんな風に成長していくのやら。きっと大物になるだろう
ね﹂
﹁そうね。それより本当にエマに任せて大丈夫だったかしら? あ
の子しっかりしてるんだけどせっかちな所があるし﹂
﹁⋮⋮きっと大丈夫さ! 心配しすぎだよ﹂
﹁そうだといいのだけれど⋮⋮⋮⋮﹂
リーザの嫌な予感は的中していた。
﹁エマ! ちょっと待って下さい! もっとゆっくり歩きませんか
!?﹂
﹁十分ゆっくりじゃない。それと敬語はいやー!﹂
﹁ごめん! でももっとゆっくり案内してくれないとどこがどこだ
か⋮⋮。それにもう村一周して広場に戻ってきちゃうじゃないか﹂
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﹁えーなんでわかんないの!? あんなに一生懸命案内してあげた
のにー! ノアのばかー!﹂
﹁ええ!? なんで僕が悪いみたいになってるの!? ご、ごめん
よエマ! 僕が悪かった⋮⋮のかな?﹂
﹁まったくしょうがないなー! 今度村に来たときはゆーっくり案
内してあげるわよ。もう遅いしルーカスさんもお仕事から帰ってく
るだろうしね。説明してなかったところが結構あるから次はちゃん
と教えてあげる﹂
︵えー! じゃあ今までの案内は何だったんだー! ただ村を一周
しただけ!? しかもまたこの子に案内されるのか⋮⋮不安だ。す
ごく不安だ︶
﹁⋮⋮ありがとうエマ。今日は楽しかったよ! また来た時はよろ
しくね⋮⋮﹂
﹁そうでしょ∼楽しかったでしょ∼えへへ。それじゃ戻ろっか、ノ
ア﹂
エマはとても上機嫌なようだ。
ノアは素敵なお友達に村中振り回されて疲れてきっていた。
58
そして2人が帰ってくるとリーザが心配そうに尋ねた。
﹁おかえりなさいエマ、ノア君。エマはちゃんと案内できた? ノ
ア君を困らせたりしてない?﹂
﹁大丈夫よママ! 私に村を案内してもらうのが楽しくてまた最初
から案内して欲しいって言ってたもん﹂
﹁そ、そう。最初から⋮⋮ごめんなさいねノア君﹂
﹁い、いえ、とても楽しかったです。今日は色々とありがとうござ
いました﹂
﹁ねえママ、なんで謝ってるのー? 喜んでくれたんだよ? 変な
ママーふふふ﹂
エマがしばらく暴走しているとルーカスが帰ってきた。
﹁あ、父様! おかえりなさい。お仕事終わりましたか?﹂
﹁ああ、終わったぞ。ちゃんと村の案内をしてもらってお礼言った
59
か?﹂
﹁はい! もちろんです! エマに案内してもらって⋮⋮とても楽
しかったですよ!﹂
クラートとリーザが苦笑い、
対してエマは相変わらずご機嫌なようだ。
﹁そうかそうか! クラート、リーザさん今日は本当にありがとう
な。エマちゃんもありがとう﹂
﹁いえいえー! ノア、それじゃまたねー!﹂
ノアとルーカスは別れの挨拶をして家に帰っていった。
﹁エマ⋮⋮次はもっとしっかりノア君を案内してあげないと駄目よ
?﹂
﹁もちろんよパパ! 楽しみだな∼、ふふふ﹂
﹁ノア君⋮⋮ごめんね⋮⋮﹂
60
クラートはひっそりと呟いたのだった。
◇◇◇◇◇◇
ルーカスとノアは無事に帰宅していた。
﹁おかえりなさいあなた、ノアちゃん! 初めての村はどうだった
? 楽しかった?﹂
﹁⋮⋮はい、母様! と、とても楽しかったです!﹂
﹁母さん、ノアのやつエマちゃんにすっごく気に入られてたみたい
だったぞ! うちの息子はどうやら色男なようだ、ハッハッハ﹂
61
﹁あらあらそうなの? よかったわねぇ。ノアちゃんは優しいし頭
もいいしかっこいいからモテモテなのね﹂
親馬鹿な2人の発言にさらにどっと疲れてしまったノアであった。
62
第5話
まだ朝日が昇る前の薄暗い空。
こんな時間から起きている人がいるのだろうか、
ある大きな家の2階の部屋の窓からは光が漏れている。
そこには熱心に本を読んでいる1人の少年がいた。
今、ちょうど読み終えたようだ。
︵よし! 魔力制御に関することは大体わかった。必要な知識は全
て揃ったからあとは実際に魔力を操れるかどうか⋮⋮︶
ノアは魔力を1日でも早く使えるようになるため、
大人でさえも理解するのに数年かかる非常に難しい本をたった1
ヶ月で全て読み切ったのだ。
クロエ曰わく、魔導士や騎士になった人でさえこの本を完全に理
解することは困難らしい。
そしてノアは読み終わった本を枕の下に隠し、ルーカスにもらっ
た魔剣を手に取った。
︵えーと、こうかな⋮⋮?︶
63
体の細胞全てから生み出される魔力を魔剣を持つ手に集めるよう
に集中する。
体中から手に集まっていくなにかを感じた途端、それは起こった。
﹁な、魔剣が⋮⋮!? どういうことだ!? 色が変わるだけのは
ず!!﹂
ノアはひどく狼狽して声を出してしまう。
魔力を受けた魔剣が青白く発光していたからだ。
それは周りを激しく照らす乱暴なものではなく、
穏やかで神秘的な光が魔剣の中に閉じ込められているようだった。
︵お、落ち着け。一度魔力を止めてみよう⋮⋮︶
魔力の供給がなくなった魔剣は元の無色透明ではなくなっていた。
光を失ったかのように黒く透き通っていて、魔力を込めると再び
青白い光を取り戻す。
︵おかしいな∼これはなんの属性だ? どの属性にも当てはまって
ないような気が⋮⋮︶
魔法系は火属性は赤、水属性は青、雷属性は黄、土属性は茶、風
属性は黄緑でそれぞれ透き通っている。
64
剣術系は皆一様に銀色になる。
しかしノアの魔剣は黒く透き通っていて、
魔力を流すと魔剣自体がほんのり発光するのだ。
︵これは他の本とかを漁って調べてみるか。それよりまずは剣術を
試してみよう︶
ルーカスに毎日剣の稽古をしてもらってるし、いくつか剣術も見
せてもらっているので、剣術から使えるか試してみることにした。
ノアは腰に魔剣を差し、2人を起こさないようにこっそりと外へ
出た。
庭にはこの世界で最初に目にした1本の大きな木が立っている。
﹁あと2、3時間は起きてこないからしばらくは大丈夫だな。えー
と、剣術は魔力を魔剣に込めるときに右回転をイメージをしながら
常に自分と魔剣を繋ぐように流す⋮⋮だっけか?﹂
あの分厚い本に書いてあった記述を口にしながら頭で確認する。
そして鎖を腕と魔剣が離れないようにぐるぐると巻きつけるイメ
ージをしながら魔力を込めた。
すると魔剣が光りだした。
︵まず武具強化だ。魔力の刃をイメージ⋮⋮︶
65
すると魔剣を覆うように魔力の刃が形成されていく。
ちゃんと形になったが一瞬で消えてしまった。
﹁なんだこれ⋮⋮なんとかできたけどすごい疲れるな⋮⋮はぁはぁ。
まだ魔力が少ないってことか?これは毎朝特訓して地道に魔力を増
やしていくしかないな⋮⋮﹂
本には魔力を使えば使うほど体に蓄積できる魔力の量が増えてい
くと記されていた。
﹁今日はもう無理⋮⋮はぁはぁ。こりゃちゃんと部屋まで戻れるか
⋮⋮?﹂
再び魔力を込めようとしても何も感じない。
これが魔力切れかと舌打ちをし、ノアは鉛のように重く感じる体
に鞭打って家へと向かった。
死にそうな思いをしながら階段をあがり、魔剣をベッドの下に滑
り込ませてそのまま倒れ込む。
◇◇◇◇◇◇
66
﹁ノアちゃーん! ご飯ですよー! 下りてらっしゃーい!﹂
しばらく経っても返事がない。
﹁あなた! ノアちゃん最近ずーっとこの調子よ!? 以前までは
私が呼んですぐ起きてこないことなんて1度もなかったのに⋮⋮あ
なたのお稽古が厳しすぎるんじゃないかしら!﹂
﹁そうか? ずっと稽古をしてきたが今までこんなことなかったじ
ゃないか。稽古のメニューだってノアの体に合わせて厳しいものな
んて何もないし、最近では余裕でこなしてるようにみえるくらいだ
ぞ?大分力もついてきてるんだ。ほら、これを見てくれよ!﹂
ルーカスは折れた訓練用の白い剣をクロエの前に差し出した。
この世界ではある程度強度が必要な部分には大抵白金属というも
のが使われ、武器も例外ではない。
この世界の金属は基本的にほとんど白いのだ。
鎧なども白金属でできていて、塗装や装飾などで個性を出してい
る。
魔力を使える者は魔剣、使えない者や使う必要がない者は白金属
の武器を使う。
67
非常に高価な魔剣に比べ、白金属製武器は強度も十分で安価だか
らだ。
﹁でもあなた∼、ノアちゃんここのところすっごく朝つらそうだわ。
ちょっと心配で﹂
﹁そういう時だってあるさ。もし何か体調が悪かったらノアのこと
だ。すぐに気付いて自分から言ってくるだろう﹂
﹁⋮⋮そうね、わかったわ﹂
﹁そんなことより、自分の体のことを心配した方がいい。もうすぐ
だろ?﹂
﹁うん、元気に生まれてくれるといいわね!﹂
クロエとルーカスは知らなかった。
ノアが毎日早朝に魔力切れを起こすまで剣術の特訓をしているこ
とを。
68
◇◇◇◇◇◇
︵この生活にも慣れてきたな∼。朝練を始めた頃に比べたらかなり
魔力も増えてきたし剣術がまともになってきた。でも武具強化のバ
リエーションを増やさないとだし、身体強化ももっと使いこなさな
いと⋮︶
ノアは毎日死ぬほどつらい特訓をしてかなり剣術が上達していた。
︵そういえば剣術にばかり夢中になって忘れてたけど魔法はどうな
んだろう⋮⋮本当に魔法は使えないのか?︶
ノアは魔力を使えるようになった翌日に魔法も試してみたのだが、
火、水、雷、土、風の魔法を全て使えなかったのだ。
普通はちゃんと魔法系魔力を扱える者はどの属性の魔法も発動で
きる。
得意属性に比べ、効果が薄いためにあまり使用する者はいないの
だが。
だから魔法は使えないのだと見做し、今日までずっと剣術の訓練
ばかりしていた。
しかしよく考えてみればこの魔剣は基本5属性魔法を得意とする
69
者や剣術を得意とする者の魔剣のどの特徴とも違う。
何か特殊な性質を持っているのかもしれないと思考を巡らす。
︵この魔剣は魔法系だと思うんだけどな∼︶
剣術系は皆銀色になるから魔法系ではないかとノアは思っていた。
魔法系特有の透き通っているという特徴を持っているからだ。
得意属性さえわかればまだ魔法を使える望みはあると、
ノアは魔剣について詳しく調べてみることにする。
︵村に行ったらわかるかな。結構大きな村だ。きっとこの魔剣のこ
とについても何かわかるだろう。でもどうやって抜け出そうかな⋮
⋮︶
ノアはルーカスとクロエに余計な心配をかけないよう魔剣のこと
を隠したまま1人でこっそり村に行こうとしていた。
そして気付かれる前に帰ってこようと。
魔法はその属性のイメージを掴めなければ使用できない。
例えば火属性魔法なら、火がどのように作用するかをきちんと正
確に頭の中でイメージしなければ魔法は発動しない。
だからノアの魔剣がなんの属性を表しているのかを知ることは魔
法を使用する上で必須条件だったのだ。
70
︵これからどうするにしても一旦部屋に戻るか⋮⋮もうすぐ朝ご飯
だしな︶
そして3人とも朝ご飯を食べ終え、
ノアがいつも剣の稽古を開始する時間になった。
﹁父様、今日の稽古をお休みしたいんですがいいですか?﹂
﹁ん? どうした、具合でも悪いのか? 朝食もあまり食べていな
かったようだし﹂
﹁は、はい。ちょっと調子が悪くて⋮⋮部屋で休んでようと思いま
す﹂
﹁大丈夫か!? 父さんが看病してやろう!﹂
﹁いえ、ただの風邪なので休んでれば大丈夫です! それに父様に
移したら母様の体のこともあるので大変でしょう。だから部屋へは
来ないで下さい。欲しいものがあったら自分で取りに行きますので﹂
﹁お、おお。そうか。まあ大丈夫って言うならいいんだ。それじゃ
あしばらくは大事をとって稽古はやめておくか。ちゃんと治ってか
らまた稽古を始めよう﹂
71
﹁はい! ありがとうございます﹂
︵ごめんルーカスさん! 仮病だけど2人のためなんだ! 今度ち
ゃんと説明するから︶
クロエの出産を控えているので、余計な心配をかけるつもりはな
かった。
そしてノアは部屋に戻る。
ベッドにクッションを何個か置き、その上に布団をかけた。
︵よし、これで俺が寝てると思うだろう! あとは窓から出れば村
へ行ける!︶
ノアは身体強化を使って窓から外に飛び下りた。
﹁身体強化は便利だな∼! よしこのまま森を突っ切って村までひ
とっ飛びだ!﹂
身体強化により脚力も上昇していて、すごい速さで森へと入って
いった。
すると突然狼型の魔物が数匹の群れで現れる。
72
﹁グルルルゥゥ﹂
﹁邪魔だわんちゃんども!﹂
武具強化で剣身の2、3倍の刃を魔力で形成し、
飛びかかってきた2匹を斬り捨てる。
骨を断ち切る音とともに2匹は首を飛ばされ絶命した。
﹁うげーやっぱり気持ち悪い。ルーカスと前に来たときは気持ち悪
くて吐いちゃったもんな⋮⋮まあ何度も見てるうちに慣れちゃった
けど。おらぁあ!﹂
1人ぶつぶつと独り言を呟いていると急に横から飛び出してくる
一匹の魔物。
ノアはその噛みつきを軽やかに躱し、横に回り込んで首を切断する。
大量の血飛沫を上げて地面に崩れ落ちた。
残りの1匹は一目散に逃げていってしまった。
﹁ルーカスの稽古で剣の振り方をある程度覚えたし、剣術も使える。
これなら普通に森も抜けられそうだ。ちゃんと鍛えれば子どもでも
余裕じゃないか。だけど油断は大敵!﹂
簡単そうに言っているが、これはノアが異常なのである。
73
この森は決して子ども1人で通り抜けられるような場所ではない。
一般的には魔物1匹に対し、複数の人間で連携して対処する。
1人で複数の魔物を相手にするなど、凡そ子どもに出来るような
芸当ではなかった。
そもそも剣術を子どもの頃から使えるなんてこの世界ではあり得
ないのだ。
それから次々にやってくる魔物たちを薙ぎ払いながら森を抜け、
オルカ村付近に辿り着いた。
返り血を浴びないように立ちまわっていた分少し疲労している。
村の門が見える位置まで進むと、ノアは立ち止まって考え事を始
めた。
︵どうやって村に入ろうか。門にはリヒテさんがいたっけな⋮⋮ち
ゃんとお小遣いでお金は持ってきたけど子ども1人じゃ変だよな。︶
リヒテはノアが村に来るには魔物でいっぱいの森を抜けなければ
いけないことを知っているためきっと怪しむだろう。
ノアはどう誤魔化そうか悩んでいたが、早く魔剣のことを調べた
いという欲求に負けてしまう。
︵ええーい! ここは勢いでなんとかなる!︶
ノアがリヒテに話しかけた。
74
﹁こんにちは、リヒテさん! 遊びに来ました! 通行料はちゃん
とありますよ! はい、これでちょうどだと思います! それじゃ
あまた! お仕事頑張って下さい!﹂
ノアは有無を言わせずに村へと入っていく。
﹁あ、うん。また⋮⋮って行っちゃったよ。1人⋮⋮だったよね?
まあルーカスさんは途中で用事思い出して帰ったんだろう!﹂
リヒテはそう言って自己解決したのだった。
◇◇◇◇◇◇
︵ふう、なんとか普通に入れた。でもこれからどうしようかな∼︶
75
﹁あれ? ノア?﹂
ノアが中央広場を歩いているといきなり後ろから声をかけられた。
後ろを振り向くとショートカットの似合う可愛い女の子がパンや
フルーツが入った籠をぶら下げて立っていた。
﹁あ、エマ! 久しぶりだね。元気だった?﹂
﹁元気だった? じゃないわよ!! なんで全然来なかったの!?
村を案内するって約束したじゃない! 待ってたのよー? ノア
ばかー!!﹂
﹁ええと、ごめんなさい。ちょっと忙しくて来れなかったんだ。今
日は⋮⋮そ、そうだ! エマに案内してもらいたいたくて来たんだ
よ! 誰か物知りな人のいるところへ案内してくれないかな?﹂
﹁え? そうだったの⋮⋮? いいよ、案内してあげるー﹂
エマはノアが自分に会いに来たことが嬉しくて仕方なかったらし
い。
すぐ態度に出るのでわかりやすい。
少し歩くと一軒の古い家の前についた。
76
﹁お爺ちゃーん! 開けてくださーい! エマでーす!!﹂
﹁ほうほう、エマちゃん。よく来たのう。おや、お友達も一緒かな
?⋮⋮ほう。珍しいお客さんじゃ。さあ中へお入り﹂
ドアが開くと白髪に白髭をたくわえた老人が出てきてそう告げた。
2人は招かれるまま家に入っていき、
老人と向き合うように椅子に座る。
テーブルにはお茶とお菓子が用意された。
﹁それでどうしたんじゃ? 何かワシに用かのう﹂
﹁ノアがね、物知りな人のところへ案内してって言うからお爺ちゃ
んのところに連れてきたの!﹂
﹁はじめまして、僕はノアと申します。いきなり押し掛けてしまっ
てすいません。お聞きしたいことがあるのですが⋮⋮﹂
﹁ほう、これは驚いた。随分礼儀正しい子じゃのう。しかもその年
で魔物を倒す実力の持ち主とな⋮⋮面白い子じゃ﹂
﹁えー? ノアが魔物なんて倒せるわけないでしょ! まだ子ども
77
なんだから絶対無理よ!﹂
﹁服にわずかだが魔物の血がついておる。そして肩に細い枯れ葉。
それは近くの森にある木の葉じゃ。森の中に入ったんじゃろう。あ
と、ワシは人の魔力を大体じゃが把握することが出来てのう。お主
の魔力は子どもにしては異常じゃ。それに⋮⋮その魔剣から物凄く
血の匂いがするわい﹂
この老人は扉の前でノアを見た一瞬でそこまで見極めていた。
﹁だってまだ6歳じゃない!!﹂
﹁ちょっとエマ静かにしてて。話が進まない﹂
﹁むぅぅ! ふんっ! ノアのばーか!﹂
先ほどから大声で老人に食って掛かるエマをノアが抑える。
﹁まったく⋮⋮それにしてもそこまでわかるなんて、失礼ですがい
ったいあなたは何者なんですか?﹂
﹁ホッホッホ。ワシはこの村にある冒険者ギルドのギルドマスター
78
じゃ﹂
﹁冒険者ギルド?﹂
﹁村人の依頼や村に危険を及ぼす魔物の討伐などを請け負っておる
ところじゃよ﹂
依頼主はギルドに依頼を出し、難易度に応じて依頼金を払う。
そしてギルドは冒険者としてギルドに登録した者が依頼を達成し
た際に依頼金の8割を報酬として出す。
緊急時などにギルドが直接依頼を出すこともあるが、その時もち
ゃんと報酬は出るそうだ。
﹁なるほど⋮⋮そういう所の長ならば知っているかもしれませんね﹂
ノア魔剣を抜いて前にかざした。
ロンドが一通り黒い魔剣を見たところで魔力を込める。
﹁こ、これは⋮⋮﹂
老人は大層驚いていた。
79
﹁ちょっと時間はあるかね!? 是非会わせたい者がいるんじゃが
!﹂
﹁あ、はい。時間ならあります。エマは⋮⋮﹂
﹁すまんのう。今から訪ねる大魔導士の家は村から少し離れていて
のう。魔物が出るから連れて行くわけにはいかんのだ。もちろん護
衛もつけるが、エマちゃんのような女の子にとって危険なことには
変わりない。ノア君は彼女を家まで送って行ってあげなさい。ワシ
は先に準備をして門の前で待っておる﹂
大魔導士とは、魔導士の中でも特に優れていている者に与えられ
るクラスで、魔法について日々研究している偉い人達らしい。
﹁ノアだって子どもじゃない! なんで私だけ⋮⋮﹂
﹁ノア君はまだ子どもじゃが1人でも森を抜けられるくらいに強い
のじゃ。きっと既にこの村有数の精鋭達に勝るとも劣らん実力があ
る﹂
﹁私が⋮⋮私が弱いからダメなの?﹂
﹁ごめん、エマ。村の外は本当に魔物だらけで危ないんだ﹂
80
﹁⋮⋮わかった。おつかいの途中だったし帰る。ちゃんと送ってく
れないとダメだからね! ふんっ!﹂
機嫌を悪くしてしまった。
またすぐに村に来て遊んであげよう。
﹁ではまた門の前で﹂
そう言って2人はエマの家に向かった。
﹁ノア! 何があったか今度ちゃんと話してね!﹂
﹁わかった。またすぐに会いに来るからそんなに怒らないでよ﹂
﹁⋮⋮ふんっ!﹂
そうしてエマの機嫌をとりながら家まで送り届け、門の前に向か
う。
﹁お待たせしました!﹂
81
護衛の者達は以前来た時にルーカスと話していた者達ばかりだっ
た。
﹁マスター、一緒に連れてく子どもってこの子ですか!? ルーカ
スさんの息子さんじゃないですか!﹂
﹁ほうほう、そうであったか!﹂
老人はにやりと笑う。
﹁すいません、黙ってて。父様と母様には内緒で来たので⋮⋮﹂
﹁あまり親を心配させるようなことはしてはならんぞ?﹂
﹁それは大丈夫です。⋮⋮夕方頃までに帰れれば問題ないでしょう﹂
﹁ホッホッホ、そうかそうか! ではさっさと行くとするかのう!﹂
82
そうして老人と子ども、護衛の者達は村を後にしたのだった。
83
第6話
オルカ村の近くには巨大木々が並ぶ森がある。
ノアの家はこの森を挟んで反対側の丘の上にあるため、村へ行く
にはこの巨大な森を突っ切るのが一番の近道であった。
﹁なんだって!? それじゃあノア君はこの森を1人で抜けて村に
やって来たっていうわけかい!?﹂
﹁ええ、まあ魔物にもそんなに遭遇しなかったですし遠回りすると
何日もかかっちゃって父様や母様が心配してしまいますからね﹂
巨大な森はオルカ村を分厚く包むようにそびえ立っているので、
ノアの家から遠回りして村に行くにはかなりの時間がかかってしま
うのであった。
﹁いや、それでも何回か魔物に出くわしたろう? どうやって逃げ
たんだい?﹂
﹁え、えーと全力で走ってたらいつの間にか村に着いちゃってたの
でよく覚えてません! きっと運が良かったんですね! あははは
84
⋮⋮﹂
﹁ロンドの爺さん、そんなことって本当にあると思うかい?﹂
﹁ホッホッホ、足の速い狼型が偶然出なかったのじゃろう。本当に
運の良い奴じゃな∼﹂
物知りで冒険者ギルドのマスターのお爺ちゃんの名前はロンドと
いうのだそうだ。
ノアが魔物を薙ぎ払いながら全力で森を突っ切ったという事実を
伝えるには色々と説明するのが面倒らしく、適当に誤魔化しておけ
と出発前に言われていた。
﹁レオナさんもそのくらい運が良かったらええんじゃがのう。さっ
きから魔物に遭遇してばかりであまり進んでおらんのではないか?﹂
﹁ちぇっうるさい爺さんだねぇ。あたしが悪いってのかい!?﹂
レオナはオルカ村で一番腕の立つ冒険者らしく、
ギルドマスターであるロンドと仲がいいらしい。
因みにルーカスの強さに憧れているそうだ。
﹁ほれほれ、そっちからも来てるようじゃよ?⋮⋮ほい!﹂
85
ロンドが槍型の魔剣で軽く突くとまだ少し離れた所にいた魔物が
血飛沫をあげた。
﹁ロンドさん、今のは剣術ですよね? どうやったんです? 斬撃
を飛ばしたようには見えなかったんですが⋮⋮﹂
﹁ホッホッホ、斬撃を飛ばすなんてワシには無理じゃよ。そもそも
ワシにはもうそんな魔力は出せんしな。突くときの一瞬だけ魔力を
込めて刺突攻撃を敵を届かせてるだけじゃ。武器の間合いを広げる
類の剣術はそれだけで魔力を馬鹿みたいに喰うからのう。必要な時
以外は極力魔力を温存する。これは重要なことだから覚えておくん
じゃよ?﹂
やはりルーカスの斬撃のように、あまり距離は伸ばせないそうだ。
ロンドには魔力の力強さはないが、それを補う無駄のない技術が
あった。
さすが冒険者ギルドの長、見習わなければ。
﹁なるほど⋮⋮勉強になります!﹂
﹁じゃがお主は子どもでありながら既にそんなに魔力を持っておる
からあまり参考にはならんかもしれんのう。まだまだ若い。確かに
力強さも必要じゃが固執せず、様々な技術を身につけるのがええじ
86
ゃろう﹂
ロンドが周りに聞こえないような声でアドバイスをしてくれた。
やはり攻撃のバリエーションは豊富な方がいいとそういうことな
のだ。
いつどのような状況でも戦えるように備えておけと。
しばらく歩いていると森を抜けた。
そこには大きな川が流れていて、川沿いに家が十数軒か建ってる。
確認したら物凄く遠いところに丘の上に建つ家が微かに見えてい
た。
﹁ここが目的地のエスト村じゃ﹂
村の中に入り、そこで護衛の者達と別れてノアとロンドは大魔導
士の家へと向かった。
そしてドアをノックし、少しすると開錠する音が聞こえてきた。
﹁あ、ロンド様じゃないですか!? どうしたんですか?﹂
﹁エレナにちょっと用があって来たんじゃ﹂
比較的新しい大きな家のドアを開けて出てきたのは、眼鏡を掛け
87
た女性だった。
﹁エレナ様! お客様がいらしてますよー!﹂
﹁どなたーって⋮⋮ロンドさん? どうしたんです? あなたが家
に来るなんて珍しいじゃない。とりあえず中へ入ってくださいな。
ミリー! お茶を用意して﹂
エレナと呼ばれる20代後半の女性は大魔導士で、
ちょうど20代くらいの黒縁眼鏡の女性ミリーはエレナの弟子ら
しい。
﹁その子はいったい何者ですか? 何故子どもなのにこんなに魔力
を持っているのかしら?⋮⋮下手すれば新米の騎士や魔導士に匹敵
するんじゃない?﹂
エレナはロンドの隣に座っている子どもを一瞥してから言った。
﹁さすがは大魔導士と呼ばれるだけのことはあるのう。この子はも
うこの歳で剣術を使った修練に励んでいるそうじゃ﹂
﹁⋮⋮それは簡単に信じられるものではないわね。ロンドさんもご
88
存知でしょう? 世の中にはどれだけ必死に魔力を御そうと必死に
修行しても、ちゃんと扱えるようになる者はほんの一握り。しかも
こんな幼いうちに習得するなんて⋮⋮﹂
やはりノアの歳で魔力を制御してしまうのはこの世界の常識から
逸脱していたのだった。
﹁誰かに⋮⋮そう、実力のある魔導士か騎士に想像を絶するような
修行をしてもらったのかしら?いやそれでもこの年齢で習得など⋮
⋮﹂
﹁この子は昔の大魔導士様達が書いたあの分厚くてやたら難しい本
を何冊か読破したらしい。それでその知識を頼りに自分の力だけで
魔力を制御したそうじゃ、ホッホッホ﹂
ノアはロンドにどのようにして魔力を操るにいたったか、剣術は
使えるが魔法は全然使えないことなどを話していた。
﹁な⋮⋮あの本は私でさえちゃんと読むのに苦労したというのに!
!﹂
そしてエレナは言葉を失ってしまった。
近くにいたミリーもお茶を用意した時に使ったトレーを落として
しまう。
89
﹁ホッホッホ。ワシも驚いたわい。それで今日はこの子の魔剣を見
て欲しくて来たんじゃ。得意属性が他のどの属性にも当てはまらん
⋮⋮多分魔法系統を示しておるんじゃが。ワシも初めて見たから魔
法に詳しいお前さんに確かめてもらおうと思ったのじゃよ。ノア、
見せてやりなさい﹂
ノアは腰から魔剣を抜き、前にかざしてみせた。
﹁なんですかこの黒い魔剣は⋮⋮こんなの見たことがないわ!﹂
﹁はい、エレナ様。私も様々な魔剣見てきましたが黒い魔剣など⋮
⋮﹂
ノアはロンドに目で許可をもらい、魔力を込めた。
すると剣身や柄が青白く光り出す。
﹁これは!! もしや⋮⋮光属性!?﹂
﹁ほうほう、やはりお主もそう思うか? ワシもそうでなければ説
明できんと思っておったんじゃが⋮⋮まさか本当に光属性があった
とは﹂
90
ロンドはうんうんと頷き、エレナの見立てに同意する。
﹁光属性? そんな属性なんてありましたか? 僕が知る限り魔法
は火、水、雷、土、風属性だけだったと思いますが﹂
﹁君だけじゃない、この世界のほとんどの人間がそれしか知らない
はず。今君が言ったのは基本5属性と呼ばれる基本的な5つの魔法
のタイプ。魔法を得意とする人はほとんど全てがこの5つに別れて
いるわ。でも君が持つ光属性は特殊2属性と呼ばれる、今まで存在
するかどうかも怪しかった非常に珍しいタイプなの﹂
遥か昔、ある古い神殿を研究していた大魔導士が壁描かれていた
絵を見つけた。
その絵には赤、青、黄、茶、黄緑色の衣を纏った少女達が描かれ
ていて、その上に白い衣を纏った女神と紫色の衣を纏った女神も描
かれていたそうだ。
そして古代語でそれぞれ近くに言葉が書いており、
5人の少女には火、水、雷、土、風を意味する言葉が、2人の女
神には光と闇を意味する言葉が書いていたらしい。
大魔導士はすぐに魔法の属性が関係しているものだと気付き、女
神達の光と闇の属性もあるのだろうと、その時存在していた5つの
魔法を基本5属性、光と闇の魔法を特殊2属性と呼ぶことにした。
だが光と闇の魔法を使うものなど現れず、特殊2属性だけが徐々
に忘れ去られていったのだそうだ。
91
﹁そんなに珍しいタイプだったんですか。通りでどの本を読んでも
わからないわけですね⋮⋮﹂
ノアが読んだいくつかの魔導書にも書かれていなかった。
﹁ふふふふ⋮⋮すごいわ!まだ誰も見たことのない光属性の魔法⋮
⋮調べたい⋮⋮調べたい調べたい調べたい!! 君、ノアと言った
わね! 私の子どもになりなさい! そしたらあれやこれと好きに
調べ放題⋮⋮ふふふふ﹂
﹁え、エレナさん!?﹂
エレナが怖い。
この人の子どもになったら実験動物のように扱われるのが目に見
えている。
しかも俺にはルーカスとクロエがいるのだ⋮⋮ルーカスとクロエ?
しまった!!
﹁すいません! 今何時です!?﹂
﹁そういえばもう5時くらいじゃのう。夕方までに家に戻らねばい
かんかったか。それじゃ帰るとするかのう。邪魔したなエレナ、ミ
リーさん﹂
92
﹁待って、待ってー! 行かないでー! 私の可愛い息子よー! 実験材料が逃げてゆくー!﹂
﹁駄目です、エレナ様! ノア君にはもう家で待っているお父さん
とお母さんがいるんです! 行かせてあげないと﹂
エレナを抑えるミリーの必死な声を背に足早に家を出た。
﹁行っちゃった⋮⋮﹂
エレナはとても悲しそうな顔をしてうなだれた。
﹁しょうがないですよ∼遅くまで帰って来なかったら親が心配しま
す。それにしてもすごい子ですねノア君。まだ子どもなのに剣術を
使えるなんてびっくりしました!﹂
﹁そうよね∼、本当に⋮⋮え? 今なんて⋮⋮?﹂
エレナが突然顔を上げた。
93
﹁え、ノア君剣術が使えるなんてびっくりですねって言っただけで
すけど⋮⋮どうかしたんですか?﹂
﹁あなた気付かないの!? ノア君が得意なのは光属性の﹃魔法﹄
なのよ!? それなのに剣術を使えるなんて⋮⋮﹂
ミリーは持っていたトレーを再び落としてしまった。
﹁⋮⋮魔導騎士?﹂
﹁そうね⋮⋮その素質があるに違いないわ。これは将来が楽しみね
⋮⋮﹂
﹁だけど⋮⋮きっと大変ですよ!? 光属性の魔法使いってだけで
も騒ぎになっちゃうレベルなのにさらに魔導騎士となると⋮⋮﹂
2人は規格外に規格外を重ねた少年を巡る国家間の争奪戦を想像
して苦笑してしまったのだった。
94
◇◇◇◇◇◇
一方ノアは夕方頃には帰ってないと絶対にバレるだろうと思って
いたので焦っていた。
﹁ロンドさん! 僕はこのまま直接家に帰ります! 後日また村に
寄らせていただきます! それでは失礼します!!﹂
ノアはいつも左側の腰に差してある魔剣の柄を左手で握った。
剣を鞘に納めたまま身体強化を発動させて物凄いスピードで村か
ら飛び出して行く。
﹁ホッホッホ。今日は実に愉快な1日じゃったのう﹂
それを見たロンドはニコニコとそう呟きながら護衛達のとこへ向
かう。
﹁お、おい爺さん! あの子身体強化を使えたのかい!?﹂
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﹁おや、言ってなかったかの? ホッホッホ﹂
その後、村に帰るまでずっと質問攻めにあったロンドであった。
◇◇◇◇◇◇
ノアは身体強化状態で一生懸命走っていた。
﹁早くしないとまずい! 時間のことなんてすっかり忘れてた!﹂
森を通らずに家まで走れたので家に着くまでそんなに時間がかか
らなかった。
そして開いていた2階の窓から家に入る。
﹁うげ∼魔力使いすぎたな。疲れた∼﹂
96
身体強化を全力で発動させながら走って来たので、8割以上の魔
力を使い切ってしまっていた。
身体強化は普通そんなに長時間発動していられないのだ。
ノアは魔剣を隠し、盛り上がった布団からクッションを抜いて恐
る恐る1階へ下りていった。
﹁おお! ノア、体調は良くなったか?﹂
︵よし! バレてないみたいだ!︶
﹁はい! 良くなったみたいです。心配かけてしまってすいません﹂
﹁そう、良かったわねぇ﹂
クロエとルーカスがニコニコしている。
﹁夕飯は食べられそうか?﹂
﹁はい!﹂
97
夕飯を食べ終えてお風呂に入り、
ノアは早めにベッドについた。
◇◇◇◇◇◇
ノアがいなくなったあとも、1階のリビングにはしばらく明かりが
ついていた。
2人はテーブルにつき、向かい合うように座っている。
﹁これでいいの?あなた﹂
﹁いいさ、俺たちに心配かけたくないみたいだしな。ベッドにクッ
ションを入れて寝てるように偽装したのも魔力のこと隠してるのも
そのためだろう﹂
﹁あら、あなたも気付いてたの?﹂
98
﹁魔力を使えることだろ?気付いたのは最近だよ。勘違いだと思っ
たさ。ノアの魔力が日に日に上がってくんだからな。でもノアが魔
剣を隠してることに気付いてからはやっぱりそうかって思ったよ﹂
﹁そうだったの⋮⋮。私はノアちゃんの魔力が増えてるのに疑問を
感じて色々調べてみたの。それでノアちゃんが本を読みたがってい
たのを思い出して、確かめてみたらやっぱり本がなくなっていたか
ら⋮⋮それでわかったのよ﹂
﹁本って⋮⋮あの魔導書のことか!? あれをちゃんと読めたのか
!?﹂
﹁んーそれはわからないけれど、それから何冊か本を入れ替えて読
んでいたみたいだったから⋮⋮それに読めたから魔力を扱えるよう
になったのかなって﹂
﹁あんな難しい本を⋮⋮相変わらず賢い子だな! まあ唯一ノアの
誤算だったのは俺達が魔力を測れる数少ない実力者だったってこと
だな、ハッハッハ!﹂
﹁いつかノアちゃんが教えてくれるまで、知らないふりしてましょ
うね、ふふふ﹂
99
﹁そうだな!﹂
今日家を抜け出していたことも魔力を使えることもすべてルーカ
スとクロエにはお見通しだったのである。
﹁そういや魔法と剣術、どっちが使えるんだろうな! やっぱりノ
アは剣の腕がいいから剣術か!?﹂
﹁いいえ、ノアちゃんは知的だからきっと魔法が使えるのよ!﹂
﹁気になるな∼﹂
﹁気になるわね∼﹂
今日わかった剣術と魔法、両方使える可能性については2人とも
考えてもいなかったのであった。
100
第7話
朝、ノアは森の中にいた。
ちょうどノアの家とオルカ村の中間辺りだ。
巨大な森が広がる中にぽつんと穴が空いたようなちょっとした広
場、
最近はここで訓練をしている。
周りには広場を縁取るかのようにボロボロになった巨木の破片が
散らばっていた。
﹁光剣−タイプ:エクスカリバー﹂
ノアの持つ魔剣が巨大な光の大剣に変わる。
そしてその大剣を思いっきり振り下ろした。
﹁はあ!!﹂
巨剣を振り下ろした時の風圧で周囲に木の葉の旋風が巻き起こる。
ノアの身長の40倍はある巨木が縦に真っ二つに両断された。
﹁光剣−タイプ:クラウソラス﹂
101
巨大な大剣は一瞬で消え、片手剣サイズの光の剣に変わる。
そしてその剣を水平になるように横に傾けて前に突き出し、左の
手のひらを剣の腹に添えるようにした。
﹁はあああああああ!﹂
すると無数の光の刃がノアの目の前いっぱいに形成され、一斉に
2つに叩き切られた巨木を切断していく。
光の刃は不規則に飛んでいくわけではなく、規則正しく直方体の
木材を切り出していた。
分厚くて大きい長方形の木材の凄まじい落下音。
音が鳴りやむとそこには木材の山ができていた。
﹁ふぅ∼大分いい感じに使いこなせてきたな。攻撃のバリエーショ
ンも増えてきたし。あとはこれを並べて⋮⋮﹂
巨大な大剣で大勢の敵を一振りで薙払うタイプ:エクスカリバー、
光の刃を遠く離れた敵に飛ばすタイプ:クラウソラス、
素早い剣撃に適した一番使いやすいタイプ:デュランダル、
光の武器の分身体を作り出して二刀流で敵を切り刻むタイプ:ダ
インスレイフ、
そして防御には変幻自在の光盾アイギス。
ノアは初め魔法と剣術を別々に使っていたのだが、効率が悪いの
で2つを組み合わせるような使い方をするようになっていた。
102
﹁よし、終わった。これで魔物対策はばっちりだな﹂
ノアはさっき切り出した木材を突き立てていった。
もちろん身体強化を使って。
こんなに巨大な木材を動かすのは純粋な人力では不可能だろう。
一通り周囲に立て終わり、不格好な扉もつけた。
︵そういえばそろそろ村に行かないとロンドさんにお礼言わなきゃ
だし、エマがまた拗ねちゃうよな∼。帰ったらクロエとルーカスに
相談してみよう︶
朝食の時間、ノアは朝練を終えて家に戻りながらそんなことを考
えていた。
﹁おーい! ノア遅いぞ。早く座れ。朝飯だ﹂
﹁すいません! すぐに魔剣を部屋に置いてきます﹂
魔剣を2階のベッドのすぐ横にある壁に立てかけ、
戻ってきて席につく。
103
﹁ノアちゃんまた森に行ってきたの? あんまり危ないことしちゃ
駄目よ? ふふふ、そうでちゅよね∼ロゼちゃん﹂
﹁母さん、ノアを危ない目に遭わせられる魔物なんて森にはいない
だろう?そうだよな∼ロゼ∼﹂
﹁酷いですよ知ってたのに黙ってるなんて∼。僕隠すのに必死だっ
たんですよ? それとさっきから2人とも顔がだらしないです! いくらロゼがかわいいからって⋮⋮﹂
﹁あうあうう∼﹂
﹁おお∼お兄ちゃんがやきもちやいちゃってて怖いよな∼よしよし﹂
﹁別に妬いてるわけじゃないですよ! まったく﹂
先日生まれたルーカスとクロエの娘であり、ノアの妹のロゼ。
無事に出産が終わって少し経った頃、
今まで隠してきた魔剣や光属性魔法のこと等をクロエとルーカス
に打ち明けたのだが、
ノアは2人から既に知っていると言われたのであった。
以前ルーカスがこっそりと家を出て行くノアに気付き、後をつけ
たのだそうだ。
魔力が使えることを知っていた2人も魔法と剣術、さらに光属性
104
のことを知った時にはさすがに驚いたらしい。
﹁あ、そうだ。今日僕村に行こうと思うですけど⋮⋮﹂
﹁そうか、俺達もちょうど報告とか買い物しなきゃならないから一
緒に行くか﹂
﹁そうね、リーザ達にも久しぶりに会うし楽しみだわ。ノアちゃん
はエマちゃんに会わないとね、ふふふ﹂
﹁母様、こっちはエマに振り回されていつも大変なんですからね!
勘違いしないで下さいよ!?﹂
﹁はいはい。わかったわよ、ふふふ﹂
そうしてノアたちは家族そろって村に行くことになった。
﹁クロエはロゼの面倒みてるから俺とノアで魔物を蹴散らして行く
ぞ。まあノアは出来れば援護してくれればいい! 父さんがちゃち
ゃっと片付けてやるからな、ハッハッハ﹂
そして村への道中、クロエとルーカスは無言で村へと足を進めて
105
いた。
先ほどのルーカスの威勢はどこかへ消えてしまったらしい。
﹁おいおい、これじゃ俺の出番なんて回って来ないぜ⋮⋮ははは﹂
﹁ノアちゃんが戦ってるところ初めて見たけど⋮⋮圧倒的過ぎてち
ょっと魔物が可哀想ね⋮⋮ふふ﹂
魔物たちはノアが視認できる距離に入った途端に切り刻まれ血飛
沫をあげていく。
﹁この程度の魔物に父様の手を煩わせる必要はありません。さすが
に森の中みたいな障害物の多い場所で使える技ではありませんが、
見晴らしの良いここでなら遠くまで狙い撃ち可能ですからね﹂
﹁おお、そうか。やっぱりすごいな⋮⋮﹂
森ではちゃんとルーカスと一緒に魔物を薙払いながら進んでいき、
しばらくして村に到着した。
﹁ルーカスさん、クロエさんお久しぶりです!⋮⋮あ、ノア君!?
最近村では君に関することでちょっとした噂が立ってるよ!﹂
106
﹁噂? いったいどんな内容なんだ?﹂
﹁はい、ルーカスさん。それがこの村のほとんどの精鋭冒険者たち
がノア君と手合わせしたいって言っているそうで⋮⋮僕も今度ノア
君が来たら教えてくれって頼まれちゃいましたよ。まったく子ども
相手に何を考えているんですかね?﹂
3人は苦笑してしまう。
ノアはロンドやレオナを含む護衛たちと隣の村に行ったことを2
人に詳しく説明していた。
だから家に帰るのに必死で彼女たちの前で身体強化を使ってしま
ったことも知っていたのだ。
身体強化が使える子どもなど当然見たことも聞いたこともないは
ずなので、
血の気の多い冒険者たちがノアの力を確かめたがってそういう行
動をとるのはある意味当然の成り行きだった。
﹁そうか⋮⋮そうなるよな。すぐに冒険者ギルドへ行ってロンドさ
んやその冒険者達と話つけて来ないと後々面倒だな。きっとロンド
さんも抑えてるんだろうが、まあ無理だな。あいつらはそんなこと
聞きやしないだろう。母さんは先にクラートの家へ行っててくれ﹂
﹁わかったわ。それじゃあリヒテさんまたお会いしましょう。ロゼ
107
ちゃん、リヒテさんにばいばーいって﹂
﹁え、あ、はい。ばいばいって⋮⋮ん? ロゼちゃん?﹂
クロエがロゼの手をひらひらとリヒテに振らせて、先に村に入っ
ていく。
﹁ああ、娘のロゼだ。今度ゆっくり紹介するよ。すまんな、リヒテ﹂
困惑しているリヒテにルーカスはそう言って謝罪する。
﹁そうですか、おめでとうございます⋮⋮?﹂
しかし、いまいち状況が掴めないリヒテであった。
﹁僕が迂闊でした。ごめんなさい父様! ご迷惑をおかけして⋮⋮﹂
﹁いや、謝らなくていいんだ。こういうことは力ある者には必ずと
言っていいほど付いて回ることだからな。俺や母さんも何度もこう
いうことを経験してるぞ、ハッハッハ。だからノア、気にすんな﹂
108
ルーカスがノアの頭を撫でる。
リヒテに通行料を渡し、村に入って行った。
そして冒険者ギルドへ着き、両開きの扉を開ける。
﹁あ、ルーカスさんじゃないですか。こんにちは。どうしたんです
?﹂
受付嬢がカウンター越しにルーカスに話しかける。
﹁ちょっとロンドさんに話があってな、今どこにいるかわかるか?﹂
﹁えっと、マスターは今会議室にいます。以前マスターがエスト村
にお出かけになられて、その時に連れて行った護衛の冒険者の方た
ちと話しているようです﹂
﹁ちょうどいい! 案内してくれ﹂
﹁でも⋮はいわかりました。関係あるんですよね? ついてきてく
ださい﹂
ギルドの受付嬢に連れられ、ある部屋の前に着く。
するとロンドと護衛たちが話し合っているのが聞こえてくる。
109
﹁なんで駄目なんだい? 私達はノア君をいじめようとか考えてる
んじゃなく、ただ純粋に手合わせしたいって言ってるだけじゃない
か。ここにいる奴らも皆そう思ってるんだよ﹂
﹁何回言ったらわかるんじゃ。確かにワシもお前たちの気持ちはわ
かる。強いものと手合わせしてみたいのは当然じゃ。じゃがノア君
は力はあるかもしれんがまだただの子どもなのじゃ。お主らを相手
にする理由もなければ義理もないじゃろう? それに皆の前で決闘
をしてノア君が勝ったらどうするつもりじゃ? 精鋭冒険者を凌ぐ
実力者として、自分たちの仲間に入れたがる者たちがきっと大勢出
てくるはず。そしたらノア君が困るじゃろうが﹂
﹁それはそうかもしれないけど⋮⋮でもどうしても戦ってみたいじ
ゃないか⋮⋮⋮⋮﹂
しばしの沈黙が続く。
その沈黙を打ち破るかのように会議室のドアがノックされた。
﹁誰じゃ?﹂
﹁受付担当のミーナです。ルーカスさんとノア君がお見えになって
ます﹂
110
その場にいた者たち皆が目を見開き、ドアの方へ視線を向ける。
﹁通しなさい﹂
ドアが開くと引き締まっていて力強そうな体をした男と綺麗な顔
立ちをした子どもが入ってくる。
﹁邪魔するぜ。お前たちノアと戦いたいんだってな?﹂
﹁は、はい! どうしてもノア君と手合わせしてみたいんです!﹂
ノアはルーカスに頷く。
﹁ちょっと森の中を行くと広場があるんだがそこでならその勝負を
受けてやってもいいぞ。しかし観客はなしだ。他の関係のない冒険
者には内密に行ってもらう﹂
﹁本当ですか!? ですが外には魔物が沢山いてそれどころではな
いと思うのですが⋮⋮それに私たちも頻繁に森の中に入っています
が広場など見たこともありません﹂
﹁それについては全く問題ない。その広場まで行ってしまえば平気
111
だ。まあ行けばわかる。いいよなロンドさん?﹂
﹁こっちとしては全然構わないとも。逆にええのか?こっちのわが
ままに付き合ってもらって﹂
﹁ああ、いいんだ。ノアとちゃんと話し合って勝負を受けるって決
めたんだ。中身を内密にするのを条件にして⋮⋮な。﹂
ルーカスとノアはここに来る前にこの件についてしっかりと話し
合っていたのだ。
最初ノアは面倒だから断ろうとしていたのだが、
手合せを断ればもっと面倒なことにもなりかねないとルーカスは
ノアに忠告した。
過去にそういう経験があったらしい。
そして戦闘を公開しなければ問題ないと、ノアは今朝つくった防
壁つきの広場での手合せを提案される。
ルーカスは今日村に来る時にノアに教えてもらっていたのだ。
ここでなら人目につくことはないだろうと。
﹁ほう⋮⋮そういうことか。それでは本日の昼過ぎに門の前で落ち
合おうかの。それからその広場とやらに出発でどうじゃ?﹂
﹁私たちは大丈夫です!﹂
112
﹁俺たちもそれでいい﹂
﹁ではこの村の精鋭たちだけで魔物狩りに行くから邪魔になるので
森には入るなとギルドの者には釘を刺しておこう﹂
﹁そうだな、そうしてもらえると助かる。ありがとうロンドさん。
それじゃあ昼過ぎに門の前で﹂
ノアとルーカスは軽く頭を下げ、
部屋から出て行った。
﹁お主ら、ノア君に感謝するんじゃよ? それと戦う前にアドバイ
スじゃ⋮⋮最初から全力で挑め。以上解散!﹂
◇◇◇◇◇◇
113
精鋭冒険者の10人は会議室から出て、ギルドの隣にある酒場に
集まっていた。
﹁なんだよ、マスターのやつ。身体強化が使えるくらいで大げさな
んだよな∼まったく。所詮子どもだろ? ちょっとてこずるかもし
れねぇけどそこは長年の技術でカバーすればいいだけだっつうの﹂
﹁そうだよな。マスターがあの子どもを買い被ってるだけだよな﹂
﹁きっとそうに違いないだろう。だが用心に越したことはない。ん
? どうしたレオナ、さっきから黙り込んで﹂
﹁い、いや! なんでもないさ! あはは⋮⋮﹂
﹁なんだよ変なやつー緊張してんのか? ぎゃははは! らしくね
ぇなーおい﹂
冒険者たちはレオナが柄にもなく緊張しているのが可笑しくて笑
っている。
︵いくら子どもって言ってもルーカスさんが平気で手合せを許可す
114
るぐらいだ。本当に最初から全力でいかなきゃ負けるね⋮⋮︶
レオナはルーカスの強さも頭の良さも知っている。
そのルーカスが勝負の内容をあそこまで隠そうとすることには意
味があるはずだと思っていた。
精鋭冒険者たちが普通に子どもであるノアに勝つだけなら当たり
前なので隠す意味などまったくない。
しかしルーカスはノアが何かすごい力を持っていて、勝ってしま
うことで面倒なことになるのを避けているようにレオナは感じてい
た。
︵なんでこいつらはこんなに馬鹿なんだろうね∼︶
笑っている9人の浅はかさに溜め息をつくレオナであった。
◇◇◇◇◇◇
冒険者たちが酒場で大笑いしている頃、ノアとルーカスはクラー
115
トの家にいた。
﹁え!? 勝負を受けることにしたのか!? ノア君が怪我したら
どうするんだい!?﹂
﹁そうですよ、ルーカスさん! 相手は冒険者⋮⋮しかも実力者揃
いなんでしょう!?﹂
クラートとリーザはルーカスから冒険者たちとの勝負について聞
き、こんな子どもを戦わせるなんてどうかしていると反発していた。
しかも相手は村の精鋭たちである。
普通は考えられない組み合わせの勝負だ。
﹁えーと信じられないかもしれないがノアは⋮⋮⋮⋮﹂
魔法、剣術が使えること。
既に魔導士や騎士並みの魔力を保有していること。
冒険者たちでは決してノアに敵わないということを丁寧に説明し
た。
2人は最初は信じられないと目を丸くしていたが、今は呆れたよ
うに妙に落ち着いてしまっていた。
﹁そういうことか。いや、この前エマが、ノア君が1人で魔物を倒
しながら森を抜けて村に来たんだと言っていたんだよ。その時は嘘
116
をついているんだとばかりに叱ってしまったけど⋮⋮本当なんだろ
うノア君?﹂
﹁⋮⋮はい。その時は母様が大変な時期で父様も外に出られないか
らと1人で村に来ていたんです。その時偶然エマに会って⋮⋮﹂
﹁ほら言った通りじゃない! パパもママも全然信じてくれないん
だもん!﹂
﹁ごめんね、エマ。パパもママも悪かった。許してくれるかい?﹂
﹁しょうがないから許してあげる!﹂
エマはそう言ってクラートとリーザに飛びついた。
﹁すいません、僕のせいで。エマもごめん﹂
ノアは深々と頭を下げる。
クラートとリーザは謝らなくていいと手を横に振った。
しかしエマはご立腹のようだ。
ずんずんとノアの前まで出てくる。
117
﹁ほんとよ! ノアが全部悪いんだからね、ふんっ。もうノアなん
て構ってあげないんだから!﹂
ご立腹のエマにノアは何度も謝罪をしたが許してくれないようだ
った。
そこへクラートが助け舟を出した。
﹁いいのかいエマ。この前ノア君にまた村を案内して欲しいって言
ってもらえてあんなに嬉しそうにしてたじゃないか﹂
﹁あー! パパそれ言っちゃダメー! もー﹂
エマが顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
みんなそれを見てクスクスと笑っていた。
﹁おっと、もう時間だ! 行くぞ、ノア﹂
﹁はい! 皆さん、行ってきます!﹂
ルーカスが家を出てノアも出ようとした時⋮
﹁ノ、ノア! 怪我しないように⋮⋮気をつけてね⋮⋮﹂
118
まだ熱がとれていない顔でエマが尻窄みに言った。
﹁ありがとう、エマ。行ってくるよ﹂
そう言ってノアは家を出た。
﹁うふふ、エマちゃん可愛い。私応援してるわ! 頑張ってエマち
ゃん!﹂
﹁ち、ちがいます! そんなんじゃないですから!﹂
せっかく落ち着いてきたのにクロエの爆弾発言によって再び顔が
真っ赤になってしまうエマ。
その様子を大人たちは微笑ましく見守っていた。
119
第8話
ノアとルーカスはロンドたちと合流して、
森の中の広場へと足を運んだ。
途中、数回魔物の襲撃に遭ったが、
冒険者たちによって難なく撃退された。
エスト村へ行く時にも1人の怪我人も出すことはなく余裕をもっ
て対処していたので、やはり彼らはオルカ村の実力者たちなのであ
った。
﹁着きましたよ﹂
﹁冒険者の皆、勝負はここで行ってもらうぞ。いいな?﹂
ノアは冒険者たちに目的地到着を告げ、
ルーカスは再度手合せをする場所の確認をする。
﹁ここはいったい何ですか!? 何故こんなものが⋮⋮﹂
冒険者たちの目の前にそびえ立つ巨大な木製の壁。
120
そう、それはちょうどノアが造った木の防壁によって囲まれた広
場だった。
ノアは朝だけでなく、ルーカスの稽古のあとも魔力を使った訓練
をするため、魔物除けと人目を避ける目的で広場の周りに壁を造っ
たのだ。
﹁因みにこの場所については秘密だ。情報も与えないし、他の冒険
者に口外することも許さない﹂
﹁は、はい⋮⋮わかりました!﹂
ルーカスの気迫に押され気味の精鋭冒険者たち。
口外するなと言って本当に口外しないとは微塵も思っていないル
ーカスだが、ノアが訓練するのに邪魔にならない程度には脅してお
く必要があるだろうと考えていたのだった。
﹁ロンドさん、入り口はこちらです﹂
ノアは不格好で頑丈そうな扉がある方へロンド達を案内する。
﹁ホッホッホ、もしやこれを造ったのはノア君じゃないか?﹂
121
﹁はい、ちょうど今日できたばかりです。自分が人目を気にせず魔
力を使った訓練をするために造りました﹂
後ろにいる冒険者たちに聞こえないよう顔を少し寄せ、2人にし
か聞こえないようなボリュームで話す。
そして全員が防壁の中へと入っていく。
﹁ここなら魔物も入ってこれない。お望み通り好きなだけ戦えるぞ。
それと俺とロンドさんは一応立会人として基本的には介入しない。
だからあとはお前等でやってくれ。ノアもいいな?﹂
全員が一様に頷き肯定する。
﹁じゃあまずは俺からいかしてもらう﹂
するとその男以外の冒険者たちは壁際に一斉に下がっていく。
どうやら順番はあらかじめ決めていたらしい。
当然と言えば当然だ。
最初の者がノアを打ち破ったら、そのあとの者に順番が回ってく
ることはないのだから。
皆始めの方がいいに決まっている。
﹁おう、冒険者の力見せつけてやれ! ぎゃはは﹂
122
﹁おう、やってやるさ!﹂
ノアの正面少し距離を置いた位置で斧を構えた。
﹁行くぞ! おらああああ﹂
男が真っ直ぐにノアに向かって走り出す。
そしてノアに斧を叩きつけようと振りかぶった瞬間、
激しい金属音が広場に鳴り響いた。
男の視界にほんの一瞬青白い閃光が走り、
目の前から少年が消えていた。
男は何が起こったのかよくわからなかった。
そして突然軽くなった自分の武器に目を移して驚愕する。
﹁お、斧が⋮⋮﹂
男の斧は柄の部分から上半分がなくなっており、地面に粉々にな
った状態で散らばっていたのだ。
そう、ノアは男が斧を振りかぶった瞬間、
一瞬だけ身体強化と光剣を発動していた。
魔剣を光剣デュランダルに変え、
凄まじい速度で斧を粉砕し、
男の後ろに回り込んで剣を鞘にしまう。
123
そんなことをノアは一瞬で行っていたのであった。
周りにいたものはそれぞれ3種類の反応を示している。
ルーカスは苦笑、ロンドは目を見開き開いた口が塞がっていない。
それ以外は皆何が起こったのかわからずただ呆然としていた。
﹁あの⋮⋮﹂
さっきからずっと男の後ろで立っていた少年が男に話しかける。
男は振り向き、いつの間にかに後ろまで移動していた少年の姿を
捉えた。
﹁あなたの武器を粉々に砕きました。えーとそれで⋮⋮まだ戦いま
すか?多分あなたの実力では例えあと何千回とやったとしても僕に
指一本触れることも出来ないと思いますが﹂
少年は首を傾げ、まだ戦う意志があるか問いかけた。
しかし男は少年の言葉に反応出来ないまま立ち尽くしている。
﹁おいおい、情けねーなぁ! いくら全員に回りやすくするように
弱い奴から戦ったにしても⋮⋮あっという間に負けてんじゃねぇよ、
この恥曝しが! 俺達は一応村一番の精鋭冒険者様だぜ? 何され
たか知らねぇがただの子どもに負けるようじゃおしまいだな、ぎゃ
はははは﹂
124
少年の前で固まっていた男は他の冒険者に罵声を浴びせられた。
そしてがっくりとうなだれながら冒険者たちがいる方の壁付近に
座り込む。
﹁次は順番を変えて俺にいかせてくれや。あの子どもに俺達はあん
な奴とは違うって教えてやらねぇとな、ぎゃははは! いいかぁ?﹂
﹁おいおい、お前一回言い出したらいつも聞かないだろ? 許可と
る必要あるのか?﹂
﹁そりゃそうだなぁ、ぎゃははは! じゃあ行く⋮⋮﹂
﹁いえ、あなたたちでは誰がやってもそこの人と同じ結果にしかな
らないでしょう。時間もかかりますし、村で買い物もしなきゃいけ
ないのでまとめて全員でかかってきちゃって下さい﹂
下品な笑い方をする男の言葉を遮るように少年が言い放った。
その場にいた冒険者たちの顔が一斉に憤怒の色に変わり、少年に
向かって走り出した。
﹁舐めんじゃねぇぞガキがぁぁぁあ!﹂
125
男たちの持つ剣や槍が次々に少年に襲いかかる。
しかし少年を確実に捉えていたはずの斬撃や刺突は空を切るばか
りで全く当たらない。
﹁一体なんだって攻撃が当たらねぇんだ。絶対に当たる軌道だった
のに⋮⋮ガキの姿が揺らいだと思ったら攻撃がはずれてやがる!﹂
﹁ああ、まるでそこに子どもの体がなかったかのような⋮⋮﹂
男たちの攻撃が少年の体を捉えるその時、
少年の体が揺らぎ、攻撃がはずれていた。
﹁陽炎!﹂
再び男たちの斬撃がはずれる。
ノアは身体強化とある効果をもつ魔法を使用していた。
それで何をしているのかと言うと、光魔法で光の屈折率を変化さ
せ無理矢理シュリーレン現象を起こしていたのだ。
人はモノから反射してくる光を目にいれることによって初めてモ
ノを見ることができる。
光は通常直進するので正しくモノの位置を把握することが出来る
のだが、逆に言えばモノから真っ直ぐに光が反射してこないと正し
い位置を目で捉えることが出来ないのだ。
そのような光の屈折によってモノの姿が揺らぐことをシュリーレ
ン現象という。
126
光魔法で自分の周りの屈折率を変えて正しい位置を捉えられない
ようにする。
ノアはその魔法の名を陽炎と名付けた。
﹁そろそろ、反撃します。光剣−タイプ:ダインスレイフ!﹂
ノアが体勢を、鞘に納まったままの魔剣の柄を左手で掴んでいた
状態から魔剣を右手で抜いた状態へと変え、そして光剣を発動させ
る。
すると右手の魔剣が青白い光剣になり、左手に全く同じ光剣が形
成された。
目の前の少年から伝わってくる気迫の強さが魔力を込めた瞬間一
気に跳ね上がった。
後退りする男たち。
そして両手に光の剣を持ち、ゆっくりとした歩みで近づいてくる少
年。
冒険者たちは悟った。
この少年には全く敵わないと。
そう気付いた時には青白い閃光が冒険者たちを襲っていた。
瞬く間に男たちは地に伏すこととなった。
﹁レオナさん、あとはあなただけです。どうするんですか?﹂
冒険者たちが怒り狂いノアに突撃して行く中で、レオナ1人だけ
は怒りもせず冷静にその場に止まっていた。
127
﹁いや∼あたしはノア君が相当強いってなんとなく気付いてたから
ね。挑発に乗って突っ込んでもそいつらみたいになると思っていた
んだよ⋮⋮﹂
少年の周囲に倒れている8人の男冒険者たち。
ノアは光剣の性能を変化させ、木刀のように切れない剣で冒険者
達をなぎ倒したのだ。
レオナの後ろで怯えている最初に戦った男の斧を粉々に砕いた時
も、切れ味のレベルをゼロに変えていた。
変えていなければ誤って男を斧ごと切り刻んでしまう恐れがあっ
たので念のためだった。
﹁じゃあやめておきます? レオナさんは僕との力量差をある程度
わかっているようですし﹂
﹁いや、あたしは戦いたい! こんなに強い奴との手合わせなんて
滅多に出来ないからねぇ。だがそのままじゃ力量差がありすぎて戦
いにならない。だから少し力をセーブして欲しいんだけど⋮⋮だめ
かい?﹂
﹁いいですよ。こっちの方々が案外早く終わってしまったので。⋮
⋮それでは剣術は使わずに魔法だけで戦いましょう﹂
128
ノアの両手の光剣が消え、普通の魔剣に戻る。
﹁ありがとう。ノア君は優しいね。きっとそんなに力をセーブして
もらってもあたしはノア君には敵わない。だけど⋮⋮全力で倒すつ
もりでいかせてもらうよ!﹂
レオナは透き通った黄緑色の小剣型魔剣を使う。
魔導士になろうと冒険者をしながら日々修練に励んでいるのだ。
﹁ウィンドスラッシュ!﹂
レオナの頭上からいくつもの風の刃がノアに向かって飛んでゆく。
﹁光矢!﹂
ノアの頭上に風の刃以上の数の光の矢が形成され、刃を全て撃ち
落とした。
刃を撃ち抜いた際に激しい衝撃音が広場に轟く。 同時に、余っていた10本の光りの矢がレオナに襲い掛かった。
何本かの矢が彼女の体を掠め、レオナは膝をついた。
﹁っつう、やっぱり強い。でも⋮⋮サイクロン! ウィンドスラッ
シュ!!﹂
129
ノアの体が強烈な突風により真横吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先に風の刃が飛んでくる。
﹁アイギス!﹂
轟音とともに光の杭が地面に突き刺さる。
杭からは光の帯が伸び、ノアの腕に巻きつくことで壁への衝突を
防いだ。
そしてノアの周囲に丸い球体型のシールドができる。
光盾アイギスは変幻自在に形を変えられる。
故に様々な使い方が出来るのであった。
ウィンドスラッシュはアイギスによって全て防がれた。
﹁ふぅ。今のは危なかったですね。魔法は剣術と違って比較的攻撃
範囲が広いし、それに見切るのが難しいですからね﹂
﹁今のでも駄目なのかい⋮⋮やはり勝てなかったか﹂
﹁それでは終わらせます。光雨!﹂
レーザーのように細い光線が雨のようにレオナに降り注いだ。
130
彼女は必死に避けようとしたが、光速で降り注ぐ無数の攻撃は避け
られない。
威力を調節した光雨が彼女の意識を刈り取った。
そうしてノアと精鋭冒険者たちとの戦いは終わりを告げたのだっ
た。
﹁ノア君や、すまんのう。レオナは違ったようじゃがやはり彼らは
精鋭冒険者として自分より強い者の存在は認めたくなかったんじゃ
よ。嫉妬の心は誰にでもあるものじゃ。許してやってくれ﹂
﹁はい、父様にも教えていただきました。強い者にはそういうこと
がついて回る運命なのだと⋮⋮だから全然気にしていません。そう
いうものなんだと受けとめています﹂
﹁そうかそうか、ホッホッホ。それにちゃんと手加減が出来るとは
ノア君は子どもなのに立派な自制心を持っているようじゃ﹂
ノアは全員打ち身やかすり傷、軽い火傷で済むように加減してい
た。
加減しなければ皆最初の一撃で確実に死んでいただろう。
﹁それにしてもノア君がここまで実力を持っているとは流石に思わ
なかったのう。びっくりしたぞい。ホッホッホ。もう騎士にも魔導
131
士にもなれるのではないか? 両方のクラスを授かって正式に魔導
騎士になる日も遠くないじゃろう﹂
﹁いえ、まだ経験も実力も足りないと思っています。個人技もそう
ですが集団での動きも未熟です。もっと精進しないと⋮⋮﹂
﹁ホッホッホ、ノア君はきっと大物になるのう﹂
﹁ノアはなんて言ったって俺の息子だからな、ハッハッハ﹂
そんな話をしているうちに次々と冒険者たちが目を覚ましていっ
た。
ノアは気絶したままだったらどうしようと心配していたので内心
すごくホッとしていた。
全員が目を覚まし、ルーカスがここでのことは口外するなと再び
すごい威圧でたたみかけたところで村へ帰ることにした。
村へ帰る途中にも魔物に遭遇したが、
冒険者たちは戦うことが出来なかった。
だがそれは負傷によるものではなかった。
﹁全くあんたには驚きを通り越して呆れちゃうねぇ⋮⋮﹂
﹁なんですレオナさん? 魔物の相手をしたいんですか?﹂
132
﹁いやいや、その調子で頑張ってくれ!!﹂
ノアは光剣クラウソラスで近づいてきた魔物に刃を飛ばし次々に
切り倒していった。
村に着くのは広場に行くときよりも遥かに早かったのは言うまで
もない。
﹁ロンドさん! エレナさんによろしくお伝えください。それでは、
皆さんまたお会いしましょう﹂
そう言ってノアとルーカスはクラートの家に戻った。
無事に勝ってきたことを告げ、
当初の目的だった報告や買い物を済ませてノア達4人は、やっと
我が家に帰ってきたのだった。
﹁ノアちゃん、今日は本当にお疲れさま。あまり心配していなかっ
たけれど冒険者さんたちが無事でよかったわ﹂
﹁母様、僕の心配はしてくださらなかったのですか⋮⋮?﹂
133
﹁ノアちゃんのことを心配するような相手じゃなかったじゃない。
ちゃんと手加減出来て偉いわノアちゃん!﹂
﹁あーうー﹂
﹁あらあら。ロゼちゃんもノアちゃんこと褒めてくれてるわよ∼、
ふふふ﹂
﹁はあ⋮⋮それでは今日は疲れたのでもう寝ます。おやすみなさい
父様、母様﹂
﹁おう、今日は疲れただろうからゆっくり休め。おやすみ﹂
就寝前の挨拶を2人と交わし、
ノアは自分の部屋のベッドで考え事をしていた。
︵今日みたいに魔法、剣術だけっていう戦いもあるのか∼。これは
個別の修練も必要だな。朝と昼過ぎの修練。夕方頃から魔導書を読
む。たまに村に遊びに行く。明日からはこれでいこう。あとそろそ
ろ父様に他の武器の稽古もしてもらおう。母様にも魔法のこと色々
教えてもらえるかな? まだまだやることがいっぱいだ⋮⋮︶
そしてノアはいつもよりちょっと深い眠りについた。
134
◇◇◇◇◇◇
うちの子はすごく変だ。
クロエは最近自分の子が明らかに他の家の子とは違うと確信して
いる。
すごく活発。
色々と凄まじい。
彼はもう一般人には当てはまらない。
彼を一般とするにはもう既に色々とレベルがおかしい。
普通この年頃の子どもは必死に親から剣術や魔法を教わったり、
四苦八苦しながら魔力を上げたりしているものだと思っていた。
いや、私と同じくして13年前に母となった親友に聞いたところ、
それが当たり前であり、いつも苦労しているという。
それに比べてうちの子は⋮⋮
﹁はああああ﹂
135
ノアの振るった剣が風切り音を奏で、
目の前にいる男の首筋寸前で止まる。
﹁うわ、あぶねぇ! まいったまいった! まったくお前って奴は
騎士である俺や魔道士である母さんまで負かしてくれやがって⋮⋮﹂
﹁あはは、父様の稽古や母様の特訓のおかげですよ﹂
﹁お兄様ってほんと強いのですね! お父様はもっと頑張って下さ
い!!﹂
﹁ロゼちゃん!? お父さんが頑張ってないんじゃなくてノアちゃ
んが強すぎるのよ!? ちゃんとそこをわかっておかないと後々大
変よ!﹂
﹁はい、ちゃんとわかってます! お兄様は特別なのですよね? 私も魔力の扱い方は日々お兄様に教わっているので早く操れるよう
に頑張ります!!﹂
最近思う。
うちの子たちは絶対に何か変だ。
136
こうして今日もクロエは優秀すぎる息子とそれを追いかける娘に
頭を悩ませるのだった。
137
第8話︵後書き︶
シュリーレン現象についてはざっくりとした説明です。
正確にはもっと細かい部分がありますが、そこまで厳密に説明する
必要を感じませんでしたので割愛させていただきました。
138
第9話
朝、ノアは森の中の広場にいた。
ただ以前と違って1人ではない。
今朝はノアと戦っている同い年の少女と壁際に立つ6歳下の少女
がいた。
﹁はあ!﹂
ノアは目の前の少女に向かって槍を振り下ろす。
少女は槍にしては短く穂の長いモノを斜め前に跳ぶことで避けた。
﹁しまった!﹂
ノアは槍の間合いの内側に入られ、首に刃を当てられて武器を捨
てる。
﹁やったね! ノアの首を取ったぞー!﹂
﹁お兄様が負けるなんて⋮⋮﹂
139
﹁ノアもまだまだね! 私に負けるなんて駄目じゃなーい。ロゼ、
これからはこのエマ様があなたの先生よ! 私が色々教えてあ・げ・
る﹂
広場にいたのは7歳になったノアの妹ロゼと幼なじみのエマだっ
た。
ロゼはノアの聡明さ、強さ、礼儀正しさなど色々な部分に憧れて
いて、日々兄のような素晴らしい人間になるため努力を惜しまない、
クロエに似た優しい目をもつ綺麗な少女だ。
エマは相変わらずな性格だが、昔と違い髪は長くなり後ろで一つ
に結っている。
それに手には銀色のロングソード型魔剣を握っていた。
自分が弱く、ノアに置いてけぼりにされがちな彼女はノアに教え
を請い、必死に勉強したり訓練したりして魔剣を扱えるようになっ
ていたのだ。
今も5年前に初めて習得した剣術を使ってノアの首に魔剣の刃を
突きつけていた。
﹁僕の妹に何を教え込もうとしてるんだエマ。それに、負けたと言
っても僕は魔力を使わないという剣術使用者相手には大きすぎるハ
ンデ付きだよ? エマは5年間剣術の訓練を積んできているんだか
ら白兵戦で僕が勝てないのは当然だ。調子に乗りすぎだよ、まった
く﹂
そう、ノアは魔力を使わないでエマと戦っていた。
140
エマには身体強化があるので、適わないのは当然だった。
﹁しかもお兄様はまだ慣れていない槍型魔剣を使っていらっしゃい
ましたね。私、お兄様が負けるのを見るのが初めてだったので少し
ショックを受けてました。エマさん、あなたは勝って当然です! それにエマさんが先生なんて想像もつかないです⋮⋮﹂
﹁ロゼ∼! 最後のはどういう意味よー! まったく失礼しちゃう
わ。誰に似たのかしら﹂
エマが黒く透き通った槍のような物を注意深く眺めているロゼの
兄をジッと見る。
﹁それにしてもその槍変わってるわよね。槍で切りかかってくるな
んてあまりしないわ﹂
﹁これはパルチザン型の魔剣だよ。普通の槍に比べて穂が長く、突
きと切り両方出来るようにした短槍なんだ﹂
﹁よくそんな魔剣があったわね∼。村で売ってるのは所謂普通のタ
イプの魔剣じゃない? あ、ルーカスさんが持ってたとか?﹂
﹁そうなんだよ。父様は魔剣コレクターだからね。エマのロングソ
141
ード型の魔剣も同じような型の物が山程置いてあるよ⋮⋮﹂
﹁だからってこんな高価な物いただいちゃってよかったのかな⋮⋮﹂
﹁いいんだ。エマが魔力を使えるか試したいから何か魔剣を渡した
いって父様に言ったら最初﹃10本ぐらいあげたらどうだ?﹄とか
言ってたし。それに⋮⋮いやなんでもない﹂
﹁それになんなのよ⋮⋮気になるじゃない⋮⋮ノアのばか﹂
エマは小声でボソッと聞こえないような音量で呟いたつもりだっ
たのだが、ロゼが聞こえていたらしく、うふふっとこっそり笑う。
それでノアが何を言い淀んだのかというと、エマに魔剣を渡した
いとノアが言うとルーカスとクロエがニヤリと笑い﹃エマちゃんの
ためなのね﹄とか﹃プレゼントを渡すときはだな∼﹄とか長々と語
られた時のことである。
エマにこんなに本人達がノリノリで魔剣を渡すことを了承してい
たんだということを伝えたかったのだが、こんな話をしたらこの場
の楽しい雰囲気が破綻すると考え直し、言うのを止めておいたのだ
った。
﹁じゃあ勝負もついたことだし、そろそろ解散しよう。エマ、村ま
で送ろうか?﹂
142
﹁い、いいわよ! ここに来るときも魔物なんて余裕で撃退出来た
し!﹂
エマはもう剣術を使えるようになったので、この森の魔物程度で
てこずるなんてことはとっくに卒業していたのだった。
﹁そうだな。魔力も平気そうだし、それじゃあまたな﹂
ノアは家に向かって足を進めた。
﹁エマさん、ちゃんと素直にならないと駄目ですよ? それではま
た﹂
ノアの後ろ姿を少し残念そうに見つめるエマにロゼが余計なお世
話と言われるようなことを言って、兄の後を追い家の方向へと消え
て行った。
﹁⋮⋮わかってるわよ﹂
誰もいない森に虚しく独り言が響き渡り、少女の足音もその場か
ら消えていった。
143
◇◇◇◇◇◇
﹁ただいまもどりました、お父様、お母様﹂
﹁あら、おかえり。さあ、朝ご飯にしましょう﹂
ノアはパルチザン型の魔剣を部屋に立てかけ、テーブルにつき、
朝食を食べ始める。
﹁今日お兄様がエマさんに勝負で負けてしまったんです。もちろん
お兄様は魔力を使わないってハンデ付きでしたが、お父様にもお母
様にも勝ってしまうお兄様が負けるのをみるのが初めてでびっくり
してしまいました、ふふふ﹂
﹁例え魔力を使わなくてもノアはそこらの冒険者には負けないくら
144
いの腕なんだがな。そのノアを打ち負かす程に剣術が使えてるのか
⋮⋮ノア、一体どんな風に教えたんだ?﹂
﹁どんな風って⋮⋮魔導書に書いてあることの要点をわかりやすく
教えただけですが?﹂
﹁お兄様? 普通あんな難しい本を全て理解することもその内容を
わかりやすく言い換えることも出来ないんですよ? だってそんな
ことが出来るのは昔の大魔導士様達より遥かに優れている者だけで
すもの﹂
﹁ロゼちゃん、優秀すぎて常識という言葉を知らないお兄ちゃんに
もっと言ってあげなさい? ふふふ﹂
﹁⋮⋮そうでしたか。僕はもう少し常識を身につけなければならな
いようですね﹂
ノアは今まであまり気にしていなかったが、もう2年後には学園
に入学するのだ。
学園であまり非常識な発言をしているとさすがに浮いてしまうの
で、もっと気を付けようと思ったのであった。
﹁そういえばノア、今度北の国オルケアで13歳から参加出来る大
会があるんだが出てみないか? そこでは様々な種類の試合やいく
145
つかランクがあるんだ。お前は一番低い13歳∼15歳のランクに
しか出られないが⋮⋮色んな奴らが集まって来て多種多様な試合を
するから観に行くだけでもすごく勉強になるし楽しいぞ。父さんも
出てみようかと思っているんだ。それに⋮⋮﹂
﹁試合に出た人が大会で好成績を残すと色々といいことがあるのよ
⋮⋮﹂
﹁多額の賞金ですか?あとは⋮⋮コネとか?﹂
﹁な、なんでわかった!? 知っていたのか? いや、知る術など
ないはずだが⋮⋮﹂
ルーカスとクロエは息子が知っているはずもない、大人な事情を
知っていたので大層驚いていた。
﹁いや、そんな規模のでかい大会なら様々な人が来るはず。その中
には当然大きな権力を持った者や有名な実力者、そしてそういう人
たちと仲良くなっておきたい大きな商会の人たちなども⋮⋮この家
は騎士と魔導士の夫婦なのでお金には困っていないから、欲しいも
のはそういった仲良くなっておくと色々と有利になるような人たち
との繋がりかな⋮⋮と考えただけです﹂
2人は言葉を失った。
146
ロゼは何故か目をキラキラさせて見てくる。
﹁えっと⋮⋮皆さんどうかしましたか?﹂
﹁い、いや。そんな少しの情報でそこまでわかってしまうお前に驚
いていたんだが⋮⋮俺がおかしいのだろうか﹂
﹁いいえ、あなた! ノアちゃんがおかしいのよ! だからそんな
に落ち込まないで!﹂
自分がそんなこともわからない馬鹿なのかと落ち込んでいるルー
カスをクロエが息子がおかしいだけと言って慰める。
なんともノアがかわいそうな構図だった。
﹁お母様! お兄様はおかしくありません! 少し⋮⋮いえ、とて
つもなく賢いだけです! お父様はもっと頑張ってください!﹂
愛娘の一言で再び落ち込む父と慌てて慰める母。
そんなこの家庭の恒例行事も終え、ノアは話を元に戻した。
﹁父様、僕も出ます。この家族の役に立つことなら何でもしましょ
う!﹂
147
ノアは今まで自分のために苦労してきたクロエとルーカスに対し
て恩返しが出来るなら、
大会でちょっと目立つぐらい別にどうでもいいことだと考えてい
た。
﹁ノア、お前ほんとにできすぎだぞこのやろ∼﹂
﹁ノアちゃん!!﹂
﹁お兄様⋮⋮﹂
ルーカスが相変わらず馬鹿力で頭を撫で、
クロエがノアを抱きしめ、
ロゼがキラキラした目で見てくる。
そんな感じで忙しい朝食を終え、
ルーカスの稽古が始まる。
﹁父様、エマも誘ってみようかと思うのですが駄目ですかね?﹂
﹁ん∼じゃあ今日稽古が終わったら皆でクラートのところに行って
みるか。でもなんでエマちゃんも誘うんだ?﹂
148
﹁エマには僕が一から魔力のことについて教えてきましたから⋮⋮﹂
﹁だからなんだっていうんだ?﹂
﹁その⋮⋮自分で言うのもあれなんですが、エマに常識を知って欲
しくてですね。同じ年代の人の実力を⋮⋮﹂
﹁なるほどな。ノアみたいなのが幼馴染なんだからそうだよな﹂
エマには規格外な少年が魔力を教えていたので、
既にちょっとこの世界の常識から外れてきている部分がある。
以前エマも学園に行くらしいということを言っていたので、
同年代の子どもがどの程度の実力を持っているかをわかっておく
必要があった。
稽古も終わり、4人はクラートの家に向かった。
森の魔物は3人の実力者によって全滅させられるのではないかと
いうくらいに次々と倒されていき、
村に着くころには実際にあまり魔物に遭遇しなかった。
そしてクラート宅に着く。
﹁おお、どうしたんだい、ルーカス? 家族そろって買い物に来た
のかい?﹂
149
﹁まあそれもあるが、それより今日は3人を誘いに来たんだ。今度
オルテアで開かれる大会に一緒に行かないか? それとエマちゃん
はノアと一緒に出てみないか? 集団戦があったろ? 国で分かれ
て組むやつだ。ノアがエマちゃんも一緒にアースのチームとして参
加して欲しいみたいだ﹂
﹁どうしようかリーザ、エマ。面白そうだし、いいんじゃないかな﹂
﹁私出てみたい! 自分の実力がどこまで通用するか試してみたい
!﹂
﹁これは行っておいた方がよさそうね⋮⋮エマは同じ年齢の子がい
たら本気を出しちゃだめよ?﹂
﹁なんで? 負けちゃうよ?﹂
リーザはエマが出るのは13∼15歳のチーム対抗戦であること
を説明し、
本気を出したら相手が大怪我してしまうかもしれないということ
を念入りに言って聞かせた。
試合なのだから大怪我する者は毎年続出するのだが、このランク
ではあまりない。
150
﹁僕は試合に出ることが同じような年齢の人がどれくらい戦えるの
かを知る、いい機会になると思ってるんだ。だからエマにも出て欲
しくてね。あと2年後には学園に行くでしょう? その時のために
も常識を身につけておいた方がいいと思って⋮⋮﹂
﹁なるほど∼。確かに私はあまり周りのことを知らないわね⋮⋮。
ありがとう、ノア!﹂
エマはノアが自分のことを心配してくれたのが嬉しかった。
そして自分の力がどれほどのものか知るのも楽しみだった。
﹁決まりだな! 大会1週間ぐらい前になったら出発しよう。何が
あるかわからないし﹂
﹁え!? おい、ルーカス! あと数日で出ないとオルケアに着く
ころには大会が終わってしまうんじゃないか!?﹂
南端付近にあるアースから北端にあるオルケアに1週間で着くの
は到底無理だ。
これは普通に考えればわかることであった。
ルーカスにそれがわからないとは思えないのだが⋮⋮
﹁そうだよな∼それが普通の反応だよな。よかった。安心したぞ、
クラート﹂
151
うんうんと安堵の表情で頷くルーカス。
よくわかっていないクラート、リーザ。
﹁あ、そうか。パパもママも知らないのね? 私も初めて見たとき
はそりゃ驚いたわよ、あはは﹂
納得という顔で頷くクラート、リーザ、ノア以外の4人。
2人は相変わらず困惑しているが、ノアは苦笑していた。
﹁いや、僕も最初はびっくりでしたけどね。魔法ってなんでも出来
るんだな∼って思いましたよ﹂
﹁そんなことが出来るのはお兄様だけですよきっと⋮⋮﹂
﹁一体どんな魔法を使えば1週間でオルケアに着くんだい?!﹂
そして痺れを切らしたクラートが問いかける。
﹁えっと⋮⋮1週間もかかりません。一瞬です﹂
152
この子どもは何を言っているんだろうと訝しむクラートとリーザ。
アースからオルケアが一瞬など到底あり得ることではなかった。
﹁最近できた魔法なんですけど⋮⋮光転陣といいます。光の魔法陣
を自分の足元とどこか任意の場所に作り出し、光速で転移させる魔
法です﹂
﹁へ?﹂﹁え?﹂
クラートとリーザは上擦った声を出してしまった。
それは仕方ないことであった。
魔法を作り出すことも信じられないことなんだが、
前からエマにきいていたからそれほどではなかった。
﹁⋮⋮転移? そんなものが本当に出来るのかい⋮⋮?﹂
﹁はい。大魔導士のエレナさんに教えてもらいました。なんか古い
神殿に古代文字でそのような記述があったらしいです。そこからエ
レナさんの協力もあってすごく時間かかっちゃったんですけどでき
ました﹂
ある日ノアは元の世界への帰り方を知るなら、
一番詳しい人たちに聞けばいいじゃないかと気付き、
エスト村のエレナの家を訪れた。
153
エレナはノアの光魔法の存在を知った日からずっと、
過去に忘れ去られた特殊2属性に関する研究に没頭していたのだ
そうだ。
ノアはエレナとミリーに自分の境遇をすべて話した。
ミリーは信じていなかったが、エレナはある神殿の研究資料に転
生に関するものがあってそれが特殊2属性にも関係しているらしい
と書いてあったのを思い出し、そこら中に散らばる紙の山からその
資料を見せてくれた。
これはノアの転生と絶対に何か関係があると踏み、
その神殿に関する資料を全国の知り合い大魔導士たちからかき集
め徹底的に調べた。
あまり大したことはわからなかったが、太古の昔、闇と光の魔法
は1つだったこと。
その魔法は光、闇の単体魔法より遥かに高い効力を持っていたら
しいことがわかった。
エレナはきっと転生魔法は太古の産物で、
13年前に光と闇の魔法を使える誰かが発動させたのではないか
と予想を立てた。
そしてノアの魔力なら転生魔法を効力は低いが使えるのではない
かとも。
それからノアにはエレナの家に通い転生魔法について研究する長
い日々が続く。
5年の月日が経ったある日、どんな効果があるかわからないから
絶対に使うなとエレナから言われていた転生魔法をノアは試しに使
ってみた。
魔法陣で入口と出口を作ることは5年の研究でわかっていたので、
入口を作り、出口を元の世界のあの出来事があった場所を頭で思
い浮かべながら使用した。
154
入口の魔法陣はできたが、何も起こらなかった。
自分の家、近くの公園、学校と色々試したが入口の魔法陣ができ
るだけで何も起こらない。
そもそも出口の魔法陣がちゃんとできているのかわからない。
そう思ったノアが目の前に出口の魔法陣を作って使用したところ、
体が光の粒子に変わっていき視界が真っ白くなった。
あの時と同じ感覚。
そして目を開くと目の前には使う前と同じような景色。
エレナの家の本棚だ。
失敗かと思ったのだが使用前と比べ少し移動していた。
試しにエレナのいる研究室を想像しながら使ってみると、
視界がまた真っ白くなり、目を開けるとエレナが目を丸くして立
っていた。
それからエレナにこっ酷く叱られることになる。
もしまた赤ちゃんの状態でまったく知らないどこかに転生したら
どうするつもりだと。
その後ノアが31年生きてきた中で一番怒られたと言ったらエレ
ナが噴き出して笑った。
そんな体で31歳なら下手すれば140歳くらい生きることにな
るなと⋮⋮。
でも試したおかげでわかったことがある。
ノアには転生魔法は使えないが、転移魔法なら使えたのだ。
エレナ曰く、光魔法だけでは効力が弱いために、
魔法陣から魔法陣へ転移することだけしかできないし、
元の世界にも干渉出来ないのではないかということらしい。
やはり戻るには光も闇も扱えるものに会うしかないのだというこ
とだ。
︵まあこの話はエレナとミリーとの秘密だから言えないな⋮⋮︶
155
﹁大魔導士様と協力してつくったのなら転移もできるのだろうね⋮
⋮。それよりノア君は簡単に大魔導士様の名前を出したけど、本当
はすごく偉い人のはずなんだが⋮⋮﹂
﹁そうなんですか? エレナさんとは友達のようなものですよ?﹂
ノアはあんな田舎の村に住んでいるエレナだからそんなに偉い人
だとは思っていなかった。
初めて会った時もロンドに呼び捨てにされていたじゃないかと。
﹁それはロンドの爺さんがエレナ様の命を救った恩人だからだろう。
幼い頃に魔物に襲われそうになったエレナ様をまだベテラン冒険者
だった爺さんが助けたらしい。それからエレナ様は爺さんに色々と
お世話になっていたらしいぜ。爺さんが困ったときすぐに駆けつけ
られるように、大魔導士になった今でも北へ行かず昔からずっとエ
スト村に住んでるって聞いたこともあるぜ﹂
﹁へぇ∼そうだったんですか﹂
ルーカスが疑問に答えてくれた。
﹁話が逸れちゃったね。とりあえず転移魔法が使えるにしても、い
156
きなり行ったことがないオルケアに行けるものなのかい?﹂
﹁行ったことがあるんです。転移魔法でどれくらいの距離移動出来
るか気になっちゃって⋮⋮﹂
ノアは転移魔法のことを調べるために色々なことを試していた。
行ったことがない、頭の中で詳細に転移先の風景を思い描けない
場所は転移出来ないらしい。
あと転移魔法はこのヘリオ大陸内の距離ならどこでも行けるよう
だ。
それを調べるためにノアは身体強化を限界まで発動して、
アースから一番離れたオルケア目指して毎日少しずつ近づいてい
った。
一度行った場所を正確に思い出せれば転移出来るので、転移先を
徐々にオルケア側に移していったのだ。
オルケアに向かって走り、遅くなる前に転移で家に帰る。
そして翌日に昨日最後にいた場所に転移し、そこからまた身体強
化で全力疾走をひたすら繰り返した。
ノアはアースからネイロに行き、そこからオルケアにという進路
をとった。
だからノアは今すぐにでもネイロとオルケアには転移出来るのだ。
﹁ははははははは⋮⋮﹂﹁ふふふふふふ⋮⋮﹂
﹁パパ、ママ!? しっかりして! 現実逃避しないでー!!﹂
157
クロエ、ルーカス、ロゼ、エマは毎日徐々に近づいていく過程の
報告を聞いていたからまだいいが、
クラートとリーザはいきなり大陸の端っこまで走って行ってきた
という少年の言葉を受け入れられなかった。
娘や友人の必死なフォローで現実に戻ってきた2人は精神的に疲
れ切ってしまっていたようだった。
想定外のことを受け入れる耐性が低いのだろう。
クロエ達は規格外な少年と毎日会っているので慣れてしまったが、
クラートとリーザはエマが8歳で銀色の魔剣を振り回してるのを
見て、気を失ってしまうくらいらしい。
そしてノアたち4人はエマたち3人に別れを告げ、とりあえず今
日はお暇することにした。
◇◇◇◇◇◇
﹁悪いことをしてしまいました⋮⋮﹂
村で買い物を済ませ、家に帰る途中の道でノアはそんなことを呟
158
く。
﹁大丈夫だ! そりゃ最初はびっくりするさ。時間が経てばなんで
もなくなる。俺達はそうだった! 気にするな﹂
﹁そうですよ、お兄様! クラートさんやリーザさんがお兄様のす
ごさについていけてないだけです!﹂
﹁そうよ、ノアちゃん!﹂
ルーカスがガシガシと頭を撫で、
クロエがノアを抱きしめ、
ロゼがさっきからずっとキラキラした目で見てくる。
︵なんだこれ、デジャヴだ⋮⋮︶
今日も相変わらずこの家族は平常運転であった。
159
第10話
朝食を終え、ルーカスに毎日稽古をつけてもらう時間。
ノアはいつもの庭ではなく森の広場まで来ていた。
広場中央、少年と少女が背中合わせでそれぞれ武器を構えている。
﹁敵に囲まれたらお互いの背後をカバーし合いながら戦うのが基本
だ。だが相手が魔法を使ってくる場合は別。集中放火を受ける前に
敵の一部をこじ開けて脱出しろ。敵も味方への誤射を恐れて魔法の
使い方が限定されてくるし、とにかく脱出しないと確実に不利だ﹂
ノアとエマは集団戦に備え、ルーカスから戦場においての様々な
立ち回りを教えてもらっていた。
集団で行動するならそれなりの戦法を使うこともあるかもしれな
いだろうと、いつもの武器の稽古時間を割いてくれたのだ。
そしてルーカスの授業が終わる。
﹁ルーカスさん、ありがとうございました! ん∼集団戦は難しい
ね﹂
﹁そうだね、勝手な行動をする者がいればそれだけで被害が大きく
なっちゃうしね。考えて行動しないと﹂
160
﹁まとまっていれば防御もしやすい。ばらけていては各個撃破の的
になるだけだ。もちろん、散開している方が良いときもある。集団
戦は立ち回り次第では戦況がガラッと変わるんだ﹂
集団戦は30対30で行われる。
30人全員でひとまとめに行動するにはそれなりの信頼関係か支
配関係を要するので、
試合当日に初めて会う者たちとの連携は拙い。
﹁だから毎年集団戦では自国のチームの中で更に4、5人ぐらいず
つでまとまり、それぞれのグループで戦うのが主流になっている。
たまに1人で挑み特攻を仕掛けてすぐにやられてしまう阿呆もいる
が⋮⋮﹂
﹁父様! その者は確かに阿呆かもしれませんが、あぶれてしまい
仕方がなかったのかもしれません! 偏見の目によってその者なり
の苦労を強いられていたのかも⋮⋮可哀想です﹂
ノアが珍しく大声を上げた。
ここまで真剣に訴えてくるのは初めてかもしれない。
これはこっちも真剣になって応えてやらなければならない。
そうルーカスは思っていた。
161
﹁ノア、確かにその可能性もある。だがもし命に関わる危険な状況
で同じようなことになった場合、死ぬのは除け者にした方ではなく
除け者にされた方なんだ。だから例え仕方なく1人になってしまっ
たとしても、戦闘で前に出るべきではないとは思わないか? でも
⋮⋮ありがとうよ。あの時ノアみたいな奴がいたらよかったんだが
な、ハッハッハ﹂
ルーカスは昔自分もそうなったことがあることを明かした。
その年の大会では、偶然13歳の出場者が自分1人しかいなかっ
たらしい。
ただでさえ年上の連中からガキの癖に生意気だと思われる13歳
の挑戦者が、
1人あぶれてしまうのは必然的な流れだったという。
ノアは自分が勘違いしていたことに気付いた。
自分はルーカスを疑ったのではないか。
元の世界で自分を避けていた者たちと同じだと思ってしまったの
ではないか。
だがそれは全く違う。
ルーカスは除け者にされる側の気持ちを知っていた。
除け者にされたからといって、簡単に特攻を仕掛けて敗れること
が阿呆だと言っていたのだ。
ルーカスは自分の命を投げ捨てるように必死に戦う者たちの末路
を沢山見てきたが、
そういう者たちに限って、守るべきものを守り切ることが出来て
いなかったそうだ。
この世界では試合は魔族たちとの戦争に備えるためにあるもの。
試合でそのようなことをするものはいずれ同じようなことをして
162
死んでしまう。
ルーカスにはそれが許せなかった。
戦う力が⋮⋮守る力があるのに、簡単に放棄してしまう愚かな人
たちが。
﹁そういうことでしたか⋮⋮すいません。僕はとんでもない勘違い
をしてしまいました﹂
﹁いいってことよ! 俺は実際にそういう人たちを見て自分の愚か
さに気付いたんだ。格好つけるより、大切な者のために泥臭く生き
延びるべきなんだってな⋮⋮。そして俺はそんな弱い立場の人間を
擁護しようとする息子を本当に誇りに思うぜ。これからもその気持
ちを決して忘れるなよ?﹂
﹁はい!﹂
ノアは元気よく、明るい笑みを浮かべてルーカスに応えた。
エマもその2人の光景を見て、自然と笑みを浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇
163
家に帰ったあとエマは昼食を食べ終え、
親子って素敵ね!﹂
親子3人で話をしていた。
﹁ねえ、パパ、ママ!
2人はキョトンとした後、にっこりと笑った。
﹁ノア君とルーカスのことかい?﹂
エマが頷く。
するとやっぱりといった表情をつくる2人。
﹁実は私たち2人も最初にルーカスさんがノア君を連れて来た時、
エマと同じように思ったのよ、ふふふ﹂
リーザはノアが初めて村にやってきたあの日の出来事を詳細に話
した。
164
﹁そっか∼ノアはすごく幼い頃から優秀だったのね。それで親に気
味悪がられていたと思ってた⋮⋮ずっと1人だったのね﹂
エマは表情を歪め、目に涙を浮かべた。
﹁そうなんだよ。だからあの時ちゃんと打ち解け合うことが出来て、
ノア君は本当にルーカスとクロエさんと家族になれたんじゃないか
な﹂
その時にクラートとリーザは、親子の素晴らしさを⋮⋮家族の素
晴らしさを思い知らされたそうだ。
﹁へへ、私もパパとママのことだーいすきよ!﹂
﹁私たちも大好きよ、エマ﹂
エマがクラートとリーザに飛びついた。
◇◇◇◇◇◇
165
それから数日が経ったある日の朝。
﹁よし! 今日の訓練は終わりだ。出発に備えてからまたこの広場
に集合。エマちゃんもちゃんと2人を連れてきてくれ。いいな?﹂
﹁はい、任せてください! ではお疲れさまでした!﹂
そう言ってエマが広場から森へ出て行った。
﹁それじゃあ、僕たちも戻りますか﹂
そう言って2人は家まで身体強化を使い、走って帰った。
﹁戻ったぞ。母さん、ロゼ、準備はちゃんと済んでいるか?﹂
﹁準備といってもオルケアまでひとっ飛びだから大きな荷物なんて
ないのだけれどね、ふふふ﹂
166
﹁そうですわね、お母様。これだけ荷物が少ないなんてお兄様のお
かげです!﹂
普通大陸の端から端への長旅なのだから荷物も多くなるのだが、
転移魔法があるので水、食料、野営準備などはいらなかった。
向こうに行けば寝食は宿で済むし、足りない物は現地で買えばい
い。
南側のアースと違い、北にあるオルケアは非常に裕福で宿、飲食、
衣服、装備となんでも街の施設で間に合ってしまうのだ。
大会は何日もかけて開かれるので、様々な人たちが泊まりがけで
参加するのだが、
商品やサービスで困る心配は無用であった。
﹁ロゼ、魔剣はちゃんと持ったかい? どこに行くにしても肌身離
さず持ってなきゃ駄目だよ?﹂
﹁もちろんです、お兄様! せっかく魔法を使えるようになって皆
さんのお役に立てるようになったというのに、持っていかないわけ
がないじゃないですか﹂
ロゼはダガー型の魔剣をうっとりと眺める。
黄色く透き通った小型の剣。
ロゼは雷属性魔法が得意だったのだ。
ノアに教えてもらい7歳という普通なら信じられない早さで習得
するに至った彼女だが、
167
やはりクロエとルーカスはまったく驚かなかった。
家族皆で喜びその晩の食事がいつもより豪勢になっただけだ。
この2人はもう随分と色んなことに慣れてしまったのだろう。
﹁でも魔力を使いすぎて倒れるなんてやめてくれよ? 最後のは大
変だったからなぁ、ハッハッハ!﹂
﹁そうね、ふふふ﹂
クロエ、ルーカスが笑う。
初めて魔剣の色が無色透明から黄色に変わったその日、
ロゼはやっと魔力を操ることが出来たのが相当嬉しかったらしく、
魔力切れになるまで魔法を使いまくり倒れてしまったのだ。
﹁お父さまー! それはもう忘れて下さい! 恥ずかしいです⋮⋮﹂
ロゼが顔赤らめ恥ずかしそうに俯いた。
ルーカスとクロエはその娘の可愛さに笑みをこぼしてしまう。
一方ノアは苦笑していた。
魔力切れ寸前になって最後の魔法をロゼが発動させたとき、
狙いもよく定まらないままに撃った電撃の槍がノア目掛けて飛ん
でいってしまったのだ。
ノアは慌ててアイギスを発動したのでギリギリ間に合ったが、
少し発動するタイミングが遅ければビリビリになっていたことだ
ろう。
168
﹁お兄様、あの時は本当にごめんなさい!﹂
ロゼが勢いよく頭を下げる。
長い髪がバサッとひるがえった。
﹁いや、全然大丈夫だよ! 僕もなんとか防げたし。これからは魔
力を上げてもっと使いこなせるようにならないとね﹂
ノアがニッコリとしてロゼの肩をポンポンと叩く。
﹁ノアちゃんが優しいお兄ちゃんでよかったわね、ロゼちゃん﹂
﹁はい!﹂
家族皆で再び笑い合った。
それから4人は森の広場に向かった。
今回はロゼも戦闘に参加し、家族皆で仲良く魔物を蹴散らしてい
く。
広場には既にエマたち3人がいた。
エマの銀色の魔剣の他にもクラートが長剣を腰に差していて、
リーザは護身用の小剣を携えている。
169
クラートは一応冒険者らしい。
リーザと結婚してからまともな狩りの依頼は受けず、
運搬や配達を主にこなしていたそうだ。
﹁すまんな、遅くなって。待ったか?﹂
﹁いや、こっちもさっき着いたんだ。久しぶりに沢山の魔物と戦っ
て鈍っていた腕を取り戻していたんだよ﹂
﹁パパが手を出すなーって言うから時間かかっちゃったんです。私
はずっとママの護衛をしてました﹂
﹁エマが戦ったらすぐに魔物を倒してしまうから仕方ないでしょう
? ふふふ﹂
どうやらクラートもなかなか戦えるようだった。
﹁おお、クラートも出るのか?﹂
﹁魔力無し個人戦に出ようかと思っているよ。一回戦でも勝てれば
賞金がでるしね﹂
170
﹁あなた、本当に大丈夫? 全国から大勢の人達が集まってくるの
よ?﹂
﹁相手があまりにも強かったならすぐに降参するから大丈夫さ﹂
一応冒険者のクラートは実力はあるのだがブランクが大きい。
それにこの闘技大会は全国から出場者を募るため、
試合相手が北側の国の人間なら魔力を使えなくてもかなり強いこ
とがあるのだ。
﹁そういえばノア君は個人戦には出ないのかい? 間違いなく優勝
だろう? エマは集団戦も個人戦も両方出たいって言ってるんだけ
ど﹂
﹁そういやそうだな。どうするんだ、ノア? 試合には一応3種目
までなら出ていいことになっているんだが、出るとなると集団戦を
終えて翌日も試合三昧なんてこともあるぞ。まあノアが消耗するな
んてこれっぽっちも思っちゃいないがな、ハッハッハ﹂
﹁んーじゃあ僕も個人戦に出場します。3種目は一応やめておきま
す。さすがに目立ち過ぎですから﹂
ルーカスは個人戦、クラートは魔力無し個人戦、ノアとエマは集
団戦と個人戦に出ることにした。
171
﹁じゃあ種目も決まったところで登録しに行くか。ノア、頼む﹂
﹁はい。光転陣!﹂
広場中央に集まったノア達7人を囲う大きな魔法陣が形成され、
白い光が強くなっていく。
﹁着きました﹂
全員が目を開くと周りには3mくらいの木がぐるっと囲っている
小さな広場だった。
﹁ここ本当にオルケアなのかしら? なんか周りには木しかないけ
ど⋮⋮﹂
リーザがノアに疑問をぶつける。
﹁人目のつくところで転移はさすがにまずいです。ここは今回の闘
技大会が開かれるミルトという街から少し離れた森の中です﹂
172
そう、ノアはルーカスと一緒に開催地のミルト近くに転移出来る
ようあらかじめ準備していたのだ。
﹁森を抜ければミルトが見えるぜ。さあ行こう﹂
そしてノア達一行は森を抜け巨大な街ミルトに着いた。
門番に通行料を払い、まず宿を探す。
﹁大きな街ですね、お父様! 人も沢山います! すごい!﹂
﹁ロゼ、はぐれるなよ。お、宿はここにするか﹂
﹁ちょっと高そうだが、まあ大会ですぐ稼げるだろうね﹂
街の門から真っ直ぐ石畳の通りを進んでいったところにある大き
な宿。
少し大きめの部屋を2つとって、ルーカスたち4人とクラートた
ち3人で分かれた。
家族で分かれると色々と不便だろうという理由だ。
それぞれ部屋に荷物を置き、宿の食堂の一角に集まる。
﹁昼食が終わったら、まずは競技場に行って大会にエントリーしよ
う。あとはあのだだっ広い競技場の下見と試合のルール確認をして
173
たら遅くなってるだろうから、それで戻ってくる感じでどうだ?﹂
ルーカスの提案に全員が頷き、一行は超巨大競技場に向かう。
そして中に入り、ルーカスが受付の係員に話しかけた。
﹁出場のエントリーをしたいんだが﹂
﹁大会のエントリーですね。ではこちらに出場者氏名、競技、ラン
ク、お住まいの国、年齢を記入してください﹂
ルーカスが皆の分をちゃちゃっと書いた。
﹁確認します。ルーカス様−個人戦−フリー−アース−33歳﹂
﹁ああ、間違いない﹂
﹁クラート様−魔力無し個人戦−フリー−アース−34歳﹂
﹁はい、間違いないですね﹂
174
﹁ノア様−個人戦、集団戦−13∼15−アース−13歳﹂
﹁間違いありません﹂
﹁エマ様もノア様と同様ですね?﹂
﹁は、はい!﹂
﹁皆様、証明カードはお持ちですか?﹂
﹁子ども2人が持っていない﹂
﹁ではお作りするのに追加料金が発生してしまいますがよろしいで
すか?﹂
﹁構わない﹂
係員に促されノアとエマは順番に透明な台座に手を置き、
しばらくするとカウンターの奥に入って行った係員が戻って来る。
そしてカードを2枚渡してきた。
175
﹁それではご説明させて頂きます。そのカードは魔石を特殊加工し
て作ってあります。カードに所持者の魔力が登録されていて、様々
な個人情報が入っています﹂
なくしたり、盗られたりしたら相当大変なことになりそうだなと
2人は顔を強張らせた。
﹁いえ、台座にかざす際に、最初に魔力を登録した所有者がカード
に触れていないと読み込めませんので悪用される心配はありません。
ですが再発行には初回発行よりも高い料金が発生してしまいますの
で気をつけてください﹂
貴重な魔石を使っているのであまりなくされると困るのだろう。
﹁このカードは世界中あらゆる場所で身分を証明をすることが可能
です。身分を証明する以外にも様々な用途がありますが、ここでは
エントリーカード、勝敗記録、代金支払い等です﹂
﹁クレジット機能ですか!?﹂
﹁クレジット? それがどのようなものか存じませんが、このカー
ドは対応する台座があれば全国どこでも紙幣を使わずに代金を支払
うことが可能です﹂
176
どうやらこのカードはEdy機能付きキャッシュカードのような
物のようだ。
Edyカードのようにお金を入れたり、現金の代わりに支払いが
出来て、
バンクと呼ばれる施設に行けば、カードの中に入っているお金を
現金化出来るらしい。
冒険者ギルドの報酬や闘技大会などの賞金は証明カードに入れら
れる。
因みにバンク以外では自らお金を入れることが出来ないらしい。
クレジットカードのように信用買いは出来ないようだ。
ノアはこの世界にそのようなものがあることに驚いていた。
村の商店では紙幣しか見たことなかったので、
この世界では現金払いしか出来ないと勝手に思い込んでいた。
﹁証明カードの説明については以上です。ノア様とエマ様のエント
リーは既に完了しておりますので、ルーカス様とクラート様だけ、
台座にカードをかざして下さい。⋮⋮はい、エントリー完了しまし
た。試合当日、控え室の扉横の壁にカードをかざすところがありま
すのでそこにかざすと扉が開き、控え室に入ることが出来ます。カ
ードを忘れずに持参してください。それでは試合頑張って下さい﹂
係員は丁寧にお辞儀をした。
ノアたち4人はクロエたちのところへ戻る。
177
﹁あなた、ちゃんと出場登録終わったの?﹂
﹁おう、ちゃんと済んだぞ。じゃあ試合のルールはパンフレットを
読めばいいとして、さっそく試合会場に行ってみるか﹂
ノア達は試合会場に移動した。
その広大さに子どもたち3人が驚愕する。
﹁⋮⋮こんなに広いんですか!? 随分大きな街だと思ったら競技
場がその半分くらいの面積を占めていたんですね⋮⋮﹂
﹁そうだろう! 俺も初めて試合に出た時は大きすぎてびびったも
んなぁ。ノアもエマちゃんも本番前には慣れとけよ?﹂
﹁は、はい!﹂
ノアは呆れたような顔をしていたが、エマの顔はがちがちに固ま
っていた。
﹁お父様、真ん中に吊されている透明のものは何ですか?﹂
178
﹁あれは試合の様子を映し出すスクリーンだ。あれも魔石で作られ
ている﹂
競技場の隅に高い塔が4本建っており、
スクリーンは塔の天辺近くから伸びる太い4本のワイヤーによっ
て中央上空に吊るされていた。
観客席全方位から見えるように6面あって、ちょうど真上から見
ると正六角形になっていた。
﹁こんな大きなスクリーンに映るなんて⋮⋮﹂
﹁映りにくい場所はあそこですかね﹂
集団戦用の試合フィールドには様々な地形があり、
ノアが指で指し示す先には木々が生い茂るエリアがあった。
﹁んーどうやらあまり映りたくないようだけど⋮⋮きっと無理だよ
?﹂
出場者は全員発信機をつけられる。
魔石で作られた録画石が試合会場の全域、上空2∼5mに何個か
浮遊していて、
発信機からでる魔力の波を受け取って出場者と一定距離をとりな
がら撮影し続ける。
179
面白い人物にはずっと張り付いてるらしい。
クラートは丁寧に説明してくれた。
﹁だからエマとノア君も映っちゃうと思うよ?﹂
﹁うう、恥ずかしい⋮⋮﹂
﹁まあ試合をしてれば気にならないでしょう。出場者からはスクリ
ーンがあまり見えなさそうですし﹂
﹁ノアちゃんの言うとおり! あまり気にしてたら負けちゃうわよ
!﹂
﹁それにお兄様やエマさんのかっこいい姿も見たいですしね! あ、
もちろんお父様とクラートさんも!﹂
大人組はついでかよとルーカスがつっこんだ。
皆そのふてくされた大人の姿を見て、
堪えきれずに笑い合った。
その後、大会が始まるまでの一週間、試合会場を何度も下見に行
ったり、
180
ミルトの街の観光を済ませたりと忙しくも充実した時間を過ごし
たノア達一行。
ついに闘技大会初日となり、彼らは無数の人たちで溢れかえって
いる巨大競技場へと足を運ぶのであった。
181
地位関連説明 ︵仮︶︵前書き︶
誤字修正と例8の騎士が地位4の貴族になった場合の昇格分が誤っ
ていたので修正
10/17
182
地位関連説明 ︵仮︶
平民の地位1を基準として考えます。
王族 11∼
貴族 4∼5
魔導騎士 8
聖騎士、大魔導士 5
騎士、魔導士 3
平民1
罪人0∼−1
・婚姻関係にある者には同等地位を、一代に限りその子どもには夫
婦の地位の半分の地位を与える。︵子に与える地位は王族、貴族は
場合により変化︶
・罪人以外は地位が1より低くなることはない
・地位を得られるのは15歳以上
・罪人はクラス剥奪、貴族の権利剥奪、強制的に0か−1になる
子がいれば、子にまで及ぶ場合あり
・罪人は罪を償うと平民になり、それまでは地位が上がらない
・夫婦両方が同等の位を持つ場合、その夫婦の位が1上がる
・貴族がクラスを授かった場合、単純に地位を加算する。逆もまた
然り
・王族や平民、魔導騎士は加算なし
例1 騎士と魔導士の夫婦の場合
183
地位が3から4に上がり恩恵も4相当になる。子には2の地位を与
える。
子が正式に自ら地位を得ないと金や名誉などの恩恵は得られず、孫
は平民同様地位が1になる。
例2 平民と平民の夫婦の場合
地位が1から2に上がり恩恵も2相当になる。子には1の地位を与
える。
平民には金、名誉など恩恵はない。
例3 大魔導士と地位5の貴族の夫婦の場合
地位が5から6に上がり恩恵も6相当になる。子には3の地位を与
える。
子が正式に自ら地位を得ないと金や名誉などの恩恵は得られず、孫
は平民同様地位が1になる。
例4 騎士と平民の夫婦の場合
夫婦2人の地位は3で、子は1.5の地位を得る。
子が正式に自ら地位を得ないと金や名誉などの恩恵は得られず、孫
は平民同様地位が1になる。
例5 地位4の貴族が騎士になった場合
その者の地位は4から7に上がる。
例6 地位5の貴族が聖騎士になった場合
その者の地位は5から10に上がる。今までこうなった者はいない。
例7 平民が騎士になった場合
その者の地位は3に上がる。
184
例8 騎士が地位4の貴族になった場合
その者の地位は3から7に上がる。
例8 王族が魔導士になった場合
その者の地位は変わらない。
例9 魔導騎士が貴族になった場合
その者の地位は変わらない。
例10 王と女王の場合
地位は最高位になる。
185
地位関連説明 ︵仮︶︵後書き︶
確定ではありませんが、このような感じです。
貧乏な貴族もいます。
商人として成功していて、裕福な平民もいます。
お金の稼ぎ方は様々です。
高い地位の恩恵によって国から毎年大金をもらえるのに、さらに稼
ぐ人たちもいます。
生き方は色々ありますよね。
186
第11話
競技場は人でごった返していた。
ノアたち一行は競技場入ってすぐのロビーから階段を上り、
観客席の方へと進む。
﹁おお∼! 相変わらず人数だな!﹂
﹁僕、初めてこんな大勢の人を見ました﹂
ノアたちの目の前には広大な観客席をほぼいっぱいに埋める数え
きれないほどの人々の姿があった。
﹁席全然空いてませんねぇ。あなた、どうします?﹂
出来れば全員まとまって座りたいのだが、
空いてる席はとびとびで2∼3人分ずつ。
﹁ん∼困ったな。もっと早くに来るべきだったか⋮⋮﹂
187
ルーカスたちは困っていた。
最悪出場組と観覧組で別れて座るしかないだろうと考えていた一
行。
特にノアとエマは集団戦で同じチームだし、
出場種目が全く同じなのだから一緒にしておいた方がいいだろう。
だがいまいちいい席が見つからない。
見つけたと思うとすぐに埋まってしまう。
﹁おーい! ルーカスではないか!?﹂
皆が途方に暮れていると、突然ルーカスの名が呼ばれる。
﹁おお、やっぱりルーカスだ! 久しぶりだな。15年ぶりか!?
クロエちゃんも久しぶりだな﹂
﹁おお! マルク隊長! お元気そうで何よりです!﹂
﹁ご無沙汰しております、マルク様! ですが私はもうクロエちゃ
んなんて年齢ではありませんよ、ふふふ。クロエとお呼びください﹂
話しかけてきたのはマルクという40代の後半の男性。
とてもがっしりとした体をしており、
どうやらクロエとルーカスの古い知人らしい。
188
﹁そうだな、今もあの頃のようにちゃん付けではおかしいか。それ
にしてもルーカスよ、懐かしい呼び方をしおって。わたしはもうお
前の隊長ではないよ、はっはっは!﹂
﹁そうでしたね、でも俺の中で隊長は永遠に隊長です!﹂
﹁まあいい。それより席を探しているならこっちに来い! 一般席
はもうほとんど埋まっているから無理だ﹂
そうして7人が案内されたのは騎士、魔導士たち及びその同伴者
が利用出来る特別観覧席だった。
一般席では横長の椅子に複数人が所狭しと座っているが、
特別席は1人1つずつちゃんとした席が用意されている。
何故ルーカスたちが最初からここに来なかったかというと⋮⋮
﹁僕たち平民なんかがこんな良い席に座ってもいいのかい? 僕も
リーザも2人ともクラス持ちではないよ?﹂
クラートがひっそりとルーカスに問いかける。
ルーカスが同伴者も座れると教えてやっても、
クラートとリーザは恐縮してしまっていた。
エマはよくわかっていないらしいので平然としてたが。
189
ルーカスはこうなるのが嫌で一般席に座ろうとしていたのだ。
クラス持ちの家と平民家の間には本来ならそれほどの差があるの
だ。
ルーカスとクロエが平民である2人とこんなに仲良くなったのも、
最初にルーカスたちがクラス持ちだということを明かさなかった
からで、
あとからその事実を知ったとき、
クラートたちはこれまで働いた無礼を詫びたのだ。
しかしルーカスとクロエは今まで通りの関係を望んだ。
騎士や魔導士だからといってそんな畏まった態度をとる必要はな
いと。
こうしてクラートとリーザは2人の大切な友人となったのである。
ルーカス達がマルクに連れられて向かった先には騎士や魔導士た
ちとその子どもらしい人たちが座っていた。
﹁ルーカス⋮⋮? ルーカスなの?﹂
﹁そうだミルフィ。偶然観客席の出入り口辺りで見つけてな。席が
見つからなくて困っていたところだったので、こっちに連れてきた。
久方ぶりの再開だ。皆嬉しいだろう!﹂
ルーカスを囲うように昔の友人らしい者たちが次々に話しかける。
ルーカスもすごく嬉しそうだった。
190
それからクロエの存在にも気付き、皆でわいわいと会話をしてく
る。
﹁ほれほれ、そろそろルーカスたちを座らせてやろう。座りながら
でも話は出来る﹂
マルクの一言でルーカスたち一行は2列に、
前4席にルーカスたち、後ろ3席にクラートたちが座り、
マルクたちも席についた。
﹁みんな! マルク隊長! 紹介します﹂
ルーカスとクロエの息子ノアと娘ロゼ。
アースで一番の仲良しのクラートとリーザ、娘のエマ。
ルーカスがノア達を紹介し、
彼らにどのような生活をしてきたかざっと話す。
ノアはマルク達とルーカス、クロエの会話を聞いて色んなことを
知ることが出来た。
どうやらルーカスはルミス出身、クロエはアース出身らしい。
魔族との戦いでルーカスとクロエは出会い、
それから一緒なった2人はアースで暮らすことになった。
マルクはその魔族との戦いの時のルーカスが所属していた部隊の
隊長。
ミルフィたちはルミスの騎士、魔導士たちでやはりルーカスの戦
友だった。
191
﹁そうかそうか。クラートさん、リーザさんこの2人と仲良くして
くれて本当にありがとうな。ルーカスたちが知らない地で無事にや
っていけたのはきっと2人のおかげだろう。心の打ち解けた友の存
在は2人にとって大きな支えになっていたはずだ﹂
マルク達はルーカスとクロエの友となってくれた平民夫婦に感謝
を示し、軽く頭を下げる。
﹁いえいえ! そんな騎士様や魔導士様に感謝されるような大した
ことはしておりません! どうかお顔をお上げください!﹂
これが平民とクラス持ちとの会話でよくみる普通の光景だ。
クラス持ちが平民に対し、
ここまでの感謝の意を表すことなどめったにない。
なのでクラートとリーザは大層慌てていた。
2人の必死な態度にマルクは続けて言った。
﹁ルーカスとクロエの大切な友人だ。我々がそんなお二方をぞんざ
いに扱うわけがありますまい。だからあなた達もそんなに畏まらな
いでくれ。皆お二方に感謝の気持ちでいっぱいなのだ﹂
﹁ああ、俺もクロエも本当に感謝してるぜ! ありがとよ﹂
192
クラートとリーザは再び慌てふためく。
その様子を見て皆笑い合った。
その和やかな雰囲気に、次第にクラートとリーザも打ち解けてい
った。
そして話題はまもなく開会式を迎える大会のことになる。
﹁ルーカスとクロエさん、それにクラートさんとリーザさんは試合
に出るの?﹂
﹁今回はルーカスは個人戦、クラートさんは魔力無し個人戦、それ
にノアとエマちゃんが個人戦と集団戦に出場しますよ﹂
ミルフィの質問にクロエが出場種目まで付け足して丁寧に答える。
﹁ほう、ノア君とエマちゃんも出るのかい? わたしの末っ子も集
団戦に出るんだ。ほら、ご挨拶しなさい﹂
マルクがそう言うとウェーブのかかった長い髪にきりっとした目
の娘が、
丁寧なお辞儀とともに自己紹介をする。
﹁ウェルシーと申します。わたくしのことはウェルシーと呼び捨て
にして頂いて構いません。わたくしはルミスのチームとして出場す
193
るので戦うこともあるかもしれませんが、お手柔らかにお願いしま
す﹂
﹁はい、わかりました。僕のこともノアと呼んで下さい。こちらこ
そよろしくお願いします﹂
﹁エマって呼んで下さい⋮よろしくお願いします﹂
ノアは綺麗にお辞儀をしてみせ、
エマはノアに合わせぎこちなくお辞儀をする。
ウェルシーはノアの品のある動作に好感を持ち、
エマのぎこちない動作にやはり平民だなと思った。
﹁エマさんは剣術使いですか? それとも魔法使いですか?﹂
﹁剣術を使えます! ノアに教えてもらいました﹂
ウェルシー含めマルク達は目を丸くして驚く。
﹁ノアが教えたんですか⋮⋮?﹂
﹁ええ、頼んだら教えてくれたんです﹂
194
ウェルシーの質問に﹁そうだけどなにか?﹂とでも言いたげな顔
でエマが首を傾げる。
﹁ノアは子どもの頃、家に置いてあった魔導書を全部読破しちゃう
くらい頭が良くてですね。大魔導士のエレナ様もノアの優秀さを気
に入って下さったようで、よくノアをご自宅に招待して下さってま
したよ⋮⋮﹂
エレナとミリー以外は知らない。
ノアがただそれだけで自宅に招かれたわけじゃないと。
当然ルーカスにも遊びに行ってくると適当にごまかしていた。
﹁大魔導士のエレナ様と言えば大魔導士様の中でもトップクラスの
お方じゃないか! 全国の大魔導士様もエレナ様の言うことには逆
らえないらしい⋮⋮﹂
﹁え!? そうだったんですか!?⋮⋮なるほど⋮⋮だからあの時
大魔導士たちをあんなに簡単に動かしていたのか⋮⋮エレナもなか
なかやるな﹂
ノアはマルクの発言に驚き、
最後何か恐ろしいことを呟いていたが、
皆聞かなかったことにした。
195
マルクたちが天才少年に驚愕させられていた時、
突如フィールド中に3回の爆発音が鳴り響いた。
上空で小型ファイアーボールが爆発したのだ。
﹁ただ今より闘技大会を開催致します!﹂
開場が一斉に湧き上がった。
闘技場を揺るがす程の大歓声が響き渡る。
開会式が始まり、マルク達の興味がノアから逸れる。
﹁おお! 始まったか!﹂
ミルフィ達も大会の始まりを喜び、
歓声を上げていた。
﹁⋮⋮ノアちゃん、気をつけなさい。途中自分の世界に入っちゃっ
ててすごいこと言ってたわよ?﹂
﹁⋮⋮⋮!? はい、気を付けます。すいません。ありがとうござ
います、母様﹂
クロエがこっそりノアに耳打ちする。
196
ノアが自分の世界に入って暴走することはたまにあるらしく、
そのたびにクロエがこうして注意してくれた。
﹁まず今日最初の2種目は︱︱︱︱﹂
﹁クラート、ノア、エマちゃん、ウェルシーさん頑張って来い!﹂
﹁ああ、行ってくる﹂﹁はい﹂
﹁頑張ります!﹂﹁はい、ルーカスさん﹂
4人は周りの皆から激励の言葉をもらい、
最後にルーカスから発破をかけられ選手控え室に向かった。
種目は毎年ランダムに決まり、
基本的にはランクが異なるものが同時に選ばれて行われる。
2種目以上出場する人が重複しないためだ。
同時に行うのが1日2種目ずつなのは、
あまり一度に沢山やってもちゃんと観ることが出来ないと観客か
らクレームの嵐が飛んできたかららしい。
今年の大会初日は
魔力無し個人戦−フリー、
集団戦−13∼15
が行われることになった。
﹁じゃあここでお別れだね。みんな頑張って!﹂
197
﹁はい、頑張ります。クラートさんも怪我のないように気を付けて
ください﹂
﹁そうよパ⋮⋮お父さん! 気を付けてね! お母さんに心配かけ
るようなことはしないようにね﹂
ウェルシーは﹁はい﹂と言って丁寧にお辞儀をし、
ノアと今日は周りに合わせて少し大人びてみるエマは無理しない
ようにと釘を刺した。
クラートは苦笑してから自分の競技専用の控え室に向かった。
﹁エマ、ウェルシー向こうにトーナメント表が貼り出されているよ
うです。一回戦目の相手は控え室に行けばわかるみたいですが⋮⋮
とりあえず見に行ってみませんか?﹂
﹁そうですわね。見に行ってみましょう﹂
ウェルシーの言葉にエマも頷き、
3人はロビーの壁の前にできている人だかりの方へ足を運ぶ。
﹁ノア、どうやらわたくしたちには見えないようです⋮⋮﹂
198
﹁見えないよ∼ノア∼何とかして∼﹂
ウェルシーとエマが不満の表情を浮かべる。
少し待ってみたが人がいなくなるどころか、どんどん増えていく。
このままでは埒が明かないと踏み、
ノアはグラディウス型の魔剣の柄に左手を伸ばす。
﹁少し離れましょう。︱︱蜃気楼﹂
3人は人だかりから少し離れた場所に移動した。
そしてノアが何か呟いた途端、
前にいる人々が一斉にざわめく。
﹁上手くいきました。えっと⋮⋮僕たちは一回戦目では当たらない
ようですね﹂
﹁一体何をしたの⋮⋮?﹂
ウェルシーの目には壁に貼り付けられて見えなかったはずの対戦
表が、
上空に浮かんでいる光景が映し出されている。
輪郭が多少ゆらゆらと揺らいでいるが、十分内容が読み取れるの
で問題はない。
199
これも光屈折を利用したノアの魔法だ。
陽炎はモノの姿を光屈折で惑わす魔法。
蜃気楼はモノから反射する光の進路を強引に操り、
別の場所からその反射光を投射し、
あたかもそこにあるかのように錯覚させる魔法。
人だかりで見えなかった対戦表を見るのにも十分利用出来た。
一回戦目は、
アース対ネイロ
クレイア対ルミス
二回戦目は、
一回戦目で勝った2国が対戦。
決勝戦は
二回戦目で勝った国対オルケア
集団戦は去年の順位が組み合わせに影響する。
一回戦目は下位2国対上位2国の組み合わせでランダム。
二回戦目が一回戦目で勝った2国で対決。
決勝戦は去年の優勝国対二回戦目で勝った国で行われる。
例年下位2国は南側のクレイアとアース、
上位はネイロとなっており、
北側のオルケアとルミスの2国で勝った方が優勝国、
負けた方が上位国みたいになっているらしい。
200
︵これは色々と仕方ない部分があるよな∼︶
﹁ノア、聞いていらっしゃいますの!?﹂
﹁え、ごめん。どうした?﹂
﹁どうしたじゃありませんわ! とりあえず騒ぎになってきていま
すから早く止めた方が賢明ですわよ!﹂
﹁ああ、そうだね。ごめん﹂
対戦表を少し見たら解除するつもりだったのだが、
見事に南側と北側で強さが分かれているので、
思いふけってしまっていた。
ノアはすぐに解除し、足早にその場から逃げるように去っていく。
﹁あいつらの仕業か⋮⋮?どこの国のチームだろう。絶対に問いた
だしてやるぜ!﹂
ノア達が焦るように去っていくのを観察していた1人の少年も控
え室に向かった。
201
◇◇◇◇◇◇
﹁もーノア! なんで私たちまでこんなに焦らなきゃいけないのよ
ー!! ばか!!﹂
﹁ほんとですわ。わたくしをこんなに走らせたのはあなたが初めて
です! しかも今日初めて知り合ったというのに⋮⋮!!﹂
﹁ごめんなさい﹂
ノアはご立腹な2人に頭を下げる。
3人はロビーから離れ、控え室に繋がっている通路の前、
選手用の飲み物や食べ物が売っている休憩所のような場所まで逃
げてきていた。
﹁それで? さっき何をしたか教えて下さいますの? もしかして
202
こんな目に遭わせておいて秘密とかはないですわよね?⋮⋮ね?﹂
ウェルシーがニコニコとしながら言及してくるが⋮⋮
︵ウェルシーさん目が全然笑ってないです! 怖いです! ていう
かそんなキャラだったっけ!? お淑やかなお嬢様だと思ってたの
に⋮⋮︶
ノアとエマがウェルシーの本性を知った瞬間だった。
その様子に観念したかのように話し出す。
﹁僕はちょっと特別な魔法が使えるんですよ。ちょっと⋮⋮﹂
ノアがウェルシーを手で招き、こそこそと話す。
﹁なるほど⋮⋮そういうことなんですね。これは確かにあまり大声
で言えるような話ではありませんわね⋮⋮﹂
ウェルシーはノアの光属性魔法について詳しく説明してもらい、
険しい顔で何かを考え事をしていた。
﹁それはいいけど、2人ともいつまでそんなにくっついてるつもり
203
⋮⋮?﹂
2人は随分長く顔を近づけていたことに気付き慌てて離れる。
エマはちょっと不機嫌になってしまったようだ。
﹁話も済んだことだし、もう控え室に行きましょうノア﹂
﹁う、うん。それじゃあウェルシー、お昼にまた会いましょう﹂
﹁え、ええ。ノアもエマも頑張って下さいね。二回戦、楽しみにし
てますわよ﹂
ウェルシーはそう言ってルミスの控え室に向かう。
﹁じゃあ僕たちもアースの控え室に行きましょう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁エマ⋮⋮?﹂
﹁わかってるわよ!!﹂
204
エマはずんずんとアースの控え室がある方の通路へと進んでいく。
︵そんなに怒らないでー俺そういうの経験ないから苦手なんだー!︶
ノアは不機丸出しなエマを追いかけて控え室へと入っていった。
205
第11話︵後書き︶
15、6年前のルーカス達の物語はご希望があれば書いて投稿させ
て頂きます。
特に希望がない場合はどんどんノアたちのストーリーを進めていき
たいと思います。
206
第12話
控え室に入ったエマとノア。
入る前に見た扉にはランク13∼15、集団戦、アースという文
字が浮かび上がっていた。
きっとこれも魔石製のプレートだろう。
﹁おお、君たちで最後だね。君たち歳はいくつだい?﹂
部屋に入ると既にノアとエマ以外の出場選手たちが集まっていた
ようだった。
そしてその中の1人がノアたちに話しかけてくる。
﹁僕はノアと申します。13歳です。こっちはエマ。同い年です。
よろしくお願いします﹂
ノアは遅くなってしまった罪悪感と今不機嫌なエマが話すのはよ
くないと思い、エマの紹介もしておいた。
もちろん綺麗にお辞儀をするのを忘れずに。
﹁君はクラス持ちの家の子だね。その振る舞いを見ていればわかる。
207
僕の名はバルト。15歳で騎士家の者だ。とりあえずリーダーを務
めさせてもらっている。よろしく。それでは全員集まったところで、
まず何チームかに分かれてもらいたい。30人全員が1つの部隊と
してまとまって戦うには知識も経験も拙い部分があるので、5∼7
人の部隊をつくり、そこで連携をとっていくつもりだ。今年は連携
を大事にしていきたいと考えているのでよろしく頼む﹂
バルトがそう言って少し経つと5つのチームができる。
そこでしばらく自己紹介の時間が設けられた。
ノアたちのチームは最年少の者が寄り集まった5人だ。
﹁私の名前はルル。13歳です。あと土魔法が得意です。よろしく
お願いします﹂
﹁リリーと申します。13歳で騎士魔導士家の者です。わたくしは
水魔法が得意です。よろしくお願いします﹂
﹁俺はジーク。魔導士家で13歳、剣術が得意だ。よろしく!﹂
ルルはショートカットの髪で落ち着いた感じの女の子だ。
透き通った茶色いナイフ型魔剣を腰に差している。
リリーはストレートロングの髪でお嬢様らしい。
魔剣は透き通った青い小剣型魔剣を後ろ側の腰に差し、
逆手持ちをするタイプのようだ。
208
ジークは逆立った髪をしていて野生的な雰囲気を受けるが、
笑顔が可愛くお姉さまたちにもてそうな感じ。
銀色の大剣型魔剣を背負っている。
﹁私はエマです。剣術を使えます。13歳です。よろしく﹂
﹁僕はノアです。騎士魔導士家で13歳。よろしくお願いします﹂
﹁なあ、ノアと言ったな。魔法を使えるのか?﹂
﹁いえ、剣術が使えます﹂
﹁魔剣に布を巻くなんて珍しいな﹂
﹁これはどんな形の魔剣も保護してくれる魔具です。魔力で操るこ
とができる非常に丈夫な素材でできた布で、剣を受けても平気です
し、解いたり巻きつけたりはすぐに出来ますので万能鞘といったと
ころでしょうか。複数の魔剣を扱うのでつくってもらいました﹂
ノアはエレナに黒い魔剣や光る魔剣をあまり人目に晒さないよう
に特殊な魔具をつくってもらっていた。
グラディウス型やパルチザン型、どんな形の魔剣にも対応できる
209
ように布タイプで、
色は特殊な素材を編みこんでいるので黒い。
魔力を込めて解けるように念じると一瞬で解け、
巻きつけるように念じると一瞬で魔剣を覆い尽くす。
﹁ふ∼ん⋮⋮まあよろしくな﹂
ノアはジークと握手をする。
﹁やはりみなさん同い年なのですね。わたくしはノアさんとリーダ
ーのバルトさんとの話を聞いて、同じ最年少の出場者だと知って是
非チームにと思いましたが⋮⋮みなさんも同じような考えのようで
すね﹂
﹁はい。13歳で参加すると年上からあまりよく思われないと聞い
ていたのでノア君とエマさんのチームに入ろうと思いました﹂
﹁俺はさっきロビーでノア達を見たからかな⋮⋮いたよな? 随分
慌てていたみたいだったが?﹂
ジークの質問にノアとエマがギクッとする。
﹁あ、ああ。あの時は急に用事を思い出してね。だよね、エマ?﹂
210
﹁う、うん!﹂
﹁ふーん⋮⋮そうだったのか。あれは見たか?﹂
2人は再び固まる。
﹁あれってなんですの?﹂
真ん中の方に
﹁ロビーで不思議なことが起こってな。きっと誰かが魔法かなんか
そろそろ自己紹介とかは終わったな?
を使ったんだと⋮⋮﹂
﹁みんな!
集まってきてくれ!﹂
リリーの問いにジークが2人を見続けながら答えていると、
リーダーのバルトが集合の号令をかける。
﹁みんな、早く集まらないと。行こう!﹂
﹁そうね! 行きましょう!﹂
211
バルトの声を聞き、ノアとエマが足早に控え室中央に向かう。
ジークはちっと小さく舌打ちして中央に向かう。
﹁ざっとした作戦だ。おおまかにどう動くか決めよう。まずその場
でグループのリーダーを決めてくれ﹂
各々グループでリーダーを決め始める。
﹁どうします? ジークなんてどうですか?﹂
ではリリーさんはどうです?﹂
﹁俺には務まらないと思うんだが⋮⋮﹂
﹁そうですか?
﹁リリーでいいですわ。それとわたくしではなくノアさんがいいと
思うのですけれど﹂
﹁僕のこともノアでいいですよ。僕でいいんですか?﹂
﹁私もノアがいいと思った!﹂
212
﹁えっと⋮⋮私もノア君がいいと思います﹂
﹁俺もノア、お前でいいと思うぜ? 決まりだな﹂
全員一致でノアに決まる。
﹁ノアはこの中で一番頼りになりそうだったからですわ。強そうで
すし﹂
﹁2種類以上の魔剣を扱えることから私もそう思いました﹂
﹁俺はまあなんとなく⋮⋮だよ﹂
ノアが何故自分なんだと疑問に思っているとリリー、ルル、ジー
クが疑問に答えてくれた。
エマは当たり前でしょという目で見てくる。
﹁おーい! みんな決まったかい?⋮⋮それじゃあとりあえずグル
ープの一歩前に出て自己紹介してくれ。30人全員の名前は覚えら
れないだろうから、リーダーの名前とメンバーの顔を大体覚えるく
らいでいいだろう。じゃあそこの最年少チームから!﹂
213
バルトがそう言うと周りの選手たちが一斉にノアたちを見る。
ノアはそれに気後れすることなく、前に出た。
﹁先ほども名乗りましたが、ノアと申します。このチームのリーダ
ーを務めさせて頂くことになりました。よろしくお願いします﹂
﹁では次はその隣のグループ!﹂
次々に自己紹介していくグループリーダーたち。
﹁では僕、バルトのチームを第一部隊、ヘルガのチームを第二部隊、
ゴルドのチームを第三部隊、ダイクのチームを第四部隊、ノアのチ
ームを第五部隊とする。作戦は⋮⋮﹂
第一部隊は7人で第二∼四部隊が6人、
ノアたち第五部隊は5人で、
作戦は弱者が強者を倒すのに使う一般的なものだった。
﹁よし! 時間だから試合会場へと向かおう! 相手は俺たちより
も強い⋮⋮だが絶対勝つぞ!!﹂
214
﹁﹁おー!!﹂﹂
バルトが皆の士気を鼓舞し、皆は試合会場に向かった。
◇◇◇◇◇◇
ワァー! ウォー! 頑張れー! 負けるなー!
出場者が試合会場に入ると客席が一斉に湧き上がる。
﹁観客席のみなさま! お待たせいたしました! それでは集団戦
一回戦目、試合開始!!﹂
アース対ネイロ、クレイア対ルミスが2つのフィールドで同時に
始まった。
215
出場者が次々にフィールドへと進んでいく。
ノアたちは作戦通り周囲に障害物も何もない平原エリアに来てい
た。
﹁さすがにこんなところに隠れもしないで歩いてたら怪しまれると
思うのですけれど⋮⋮﹂
﹁しょうがないよ、リリー。そういう作戦だからね。リリーとルル
はちゃんと僕たちの後方にいてね。相手がいきなり剣術で突撃して
きたら困るから僕とエマ、ジークで前衛だ。もちろん後方警戒も怠
らないようにね﹂
﹁わかりましたわ、ノア隊長﹂﹁わかりました、隊長﹂
﹁隊長命令だしな、了解した﹂﹁ノア隊長りょーかーい!﹂
﹁みんな⋮⋮そんなに不満なの?﹂
ノアの問いに皆うんうんと不機嫌そうに頷く。
そしてノアはため息をついた。
そもそもなんでこうなったのかというと、
ノア達のこの状況のせいだ。
﹁だって敵をおびき寄せるために子どもたちで適当に遊んでろって
言われたのですよ!? ノアは不満ではありませんの!?﹂
216
作戦会議でバルトが陽動作戦をしようと言うと、
他のリーダーたちが揃ってノアたちが平原エリアに無防備でいれ
ば確実におびき寄せられると言って、
どんどん話を進めていってしまったのだ。
バルトにも皆を止めることが出来ず、
彼はただ目でノアたちに謝罪することしか出来なかった。
大多数意見をリーダーであるバルト1人が反対するとチーム全体
に亀裂が生じるだろうと、
ノアはそう考え素直にその作戦を承伏したのだが、
第五部隊の皆はあんな馬鹿にされて受け入れられるはずがないと
不満を漏らす。
そこでノアが仕方なく隊長命令だと言って皆を抑えたのだ。
﹁確かに馬鹿にされたことには腹が立ったさ。だけどチームの方針
に逆らうのはあまり得策ではない。それに僕があそこで何を言って
も無駄だったのは君たちにもわかるだろう? 余計に虚仮にされる
だけ。これが大人の世界というやつだ。わかってくれよ﹂
﹁わかってるさ。だからちゃんと囮役をやってるじゃねぇか﹂
﹁そうですよ。ちゃんとノア君が言ってることもわかってはいます
が、なんだか不愉快です﹂
﹁私は大人の世界なんてわかりたくなーい! ノアのばーか!﹂
217
﹁チーム全体で結束するためです。誰かが我慢しないとね。それと
⋮⋮そろそろお話しは終わりです。腕輪が作動しました。こんな平
原に5人もいれば敵は真っ先にこちらに向かってくるでしょう﹂
ノアたちの腕にはめられた魔具が作動する。
これは発信機であり、一定時間毎に他の仲間や相手がどの方向に
いるかを感知させる。
強く感じると近く、弱いと遠い。
そして少し経つとすぐに効果が切れてしまう。
バルトたちは魔具の効果が切れるまで怪しまれないように別々場
所にいて、
効果が切れたらこれを合図に一気にノアたちのいる平原エリア近
くの森に待ち伏せる。
作戦はそれまでノアたちが平原エリア中央で敵の目を引き、
敵が集まって来たら逃げ出すようにバルトたちが待ち伏せる森ま
でおびき寄せ、
全員で総攻撃を仕掛けるというものだった。
敵が強くても、数の力には敵わないだろう。
﹁みんな臨戦態勢で待機!﹂
ノアの一言で皆顔が強張る。
初めての囮役、どこから狙われるかわからない。
ルール上命に関わる危険な攻撃は禁止だが、
そうでなければある程度は許容される。
218
なので怪我ぐらいさせられるかもしれないという恐怖が、
13歳の少年少女たちを襲っていた。
﹁ジーク! 早く抜剣して身体強化を!﹂
﹁お、お前はいいのかよ!?﹂
﹁いいから早く抜剣! 身体強化もちゃんと発動しなさいよ?﹂
﹁ちっ、わかったよ! 身体強化!﹂
エマとジークは抜剣し、身体強化で準備を整えた。
ノアは抜剣せずに剣の柄に左手をかける。
黒い帯状の布型魔具、封刃を解除しないまま身体強化を軽く発動
した。
魔剣は封刃に覆われているので、
魔力を込めても光を漏らすことはない。
武具強化や強力な魔法を使うときには解除しないと使えないが。
しばらく経つとノアたちの方へ向かってくる8人の剣術使いが現
れた。
﹁あれ∼みんなすでに臨戦態勢じゃん。素人かと思ったんだが違っ
たか。奇襲攻撃失敗!﹂
219
﹁でも相手は子どもだ。このままやってしまおう!﹂
﹁そうだな﹂
8人は銀色の剣を構え、
再びノアたちに向かって走り出す。
﹁⋮⋮8人ですか。作戦を実行します﹂
ノアが小声でそう言うと、
リリーとルルが魔法を発動する。
﹁ウォーターカノン!﹂﹁ロックブラスト!﹂
大量の水が物凄い水圧で放射され、
岩が複数個飛んでいき、
まだ離れたところにいる8人の剣術使いを襲う。
しかし、すごい速さで飛ぶ水や岩の砲弾は避けられてしまう。
﹁全然当たりませんわね!﹂
220
﹁リリー! 続けて撃ち続けて下さい!﹂
勢いよく地面に叩き付けられる水の音と地面を抉る轟音が鳴り響
く。
2人の攻撃は剣術使いに当たらず、
敵は2種類の砲弾を避けながら接近してくる。
ノアたちも2人の魔法で牽制しながら後退していたが、
ついに追いつかれてしまった。
﹁へぇ∼ガキのくせにやるな。だがもう逃がさねえぞ﹂
﹁俺さっき腕掠ってちょー痛かったんだぜ? きっちり落とし前つ
けてもらおうか!﹂
剣術使い8人は今にも襲いかかってきそうな雰囲気だった。
﹁エマ! ジーク!﹂
ノアの右手の合図でエマとジークがリリーとルルを横に抱えて森
へダッシュする。
身体強化を使っているので随分と速い。
221
﹁逃がすか! おい、追うぞ!﹂
﹁おう! 行くぜ!﹂
8人のうちの2人がエマたちを追い走り出す。
そして残された少年の横をすごい速さで通り過ぎようとした途端、
それは起こった。
﹁っっがは!!﹂
﹁っごふ!!﹂
2人の男は突如腹部に衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされた。
剣術使いたちの前には、さっきまで男たちが通り過ぎる横で涼し
い顔をして立っていたはずの少年が、
足を前後に大きく開き、右手にこぶしをつくって前に突き出すよ
うな体勢をしていた。
﹁おい! 大丈夫か!? くそっ! 今のはあのガキがやったのか
!?﹂
﹁は!? 違うだろ! あのガキがあいつらを素手で殴り飛ばした
っていうのか!? しかも2人同時に!?﹂
222
﹁くっそーっ!! アベリとレイムをやりやがってえええ!!!﹂
1人が怒り狂って飛び出そうとするのを他の剣術使いが止める。
﹁ばか!! むやみに飛び出すな!黒い布で覆われているが中身は
銀色の魔剣⋮⋮魔力を通しているところを見るとおそらくあの布は
魔具の一種に違いない! しかも奴は剣術をかなり使いこなせるよ
うだぞ。ガキだと思って油断するな!﹂
﹁ちっ剣術使いか! 魔剣を隠すとは小賢しい真似しやがって。剣
も抜いてないから剣術を発動してるとは思わなかったぜ﹂
男たちは気を引き締めた。
先ほどの油断していた時の顔とは全く表情が違う。
すると遠くから多数の足音が聞こえてくる。
7人の魔法使いや剣術使いが男たちに合流した。
しか
﹁あんたたち何やってるのよ!? さっき発信機魔法で感じた気配
は1人だけじゃなかったはず⋮⋮もしかして逃がしたの!?
もそこに転がってる2人は何!?﹂
合流したグループのリーダー的な雰囲気の女性が男たちを責め立
223
てた。
﹁うるせえ! あのガキがなかなかのやり手なんだよ! お前らも
連携して⋮⋮っておい!﹂
絶対に逃がしては駄目よ! 今のうちに潰しとか
突然少年が森へと走り出す。
﹁⋮⋮速い!?
ないと厄介だわ! 遠距離魔法用意!!﹂
魔法使いたちが様々な魔法を逃げる少年に放った。
少年は不規則にジグザグと走り続ける。
︵ちょっと遊びすぎたな。エマたちが逃げ切るまで足止めしたらす
ぐ追いかけるつもりだったのに⋮⋮。まあ13人ならバルトたちで
もやれるか︶
ノアは飛んでくる火球や土塊、風の刃を悠々と避けながら作戦通
り、森の中の広場まで撤退した。
がさがさと茂みから出てきたノアの姿を確認し、
敵じゃなかったとホッとした様子のアースチームの者たち。
そこにはエマ、ジーク、リリー、ルルのホッとした顔も並んでい
た。
224
﹁ノア遅いよー!! 作戦では敵が来たらすぐみんなで撤退でしょ
!﹂
﹁ほんとだぜ! やられちまったのかと思ったぞ! それでちゃん
とさっきの8人は来るのか!?﹂
﹁えっと⋮⋮13人に増えました。剣術使いだけではなく魔法使い
もいます。もうすぐ来るでしょう﹂
﹁は!? お前13人の剣術使いや魔法使いたちから逃げてきたの
か?﹂
﹁ええ。こっちに来る途中色々飛んできましたけどね。魔法をあん
なに撃たれたのは初めてですよ∼﹂
ジークとノアの会話を聞いていたリリー、ルルも目を丸くする。
そしてノアは第五部隊の仲間との会話を終わらせ、
バルトたち年長者組のところに報告しに行く。
﹁バルトさん、13人の敵チームがもうすぐこちらにやってきます。
少なくとも剣術使いは6人以上で魔法使いの人数は把握できません
でしたが、火、風、土属性は確認出来ました。作戦の用意をお願い
します﹂
225
ノアはそう言うと一礼して去っていく。
バルトたちはここまで完璧に陽動作戦が進むと思ってなかったの
か、
少し驚いていたようだった。
現にエマたちが森に入ると彼らは広場ではなく平原手前まで来て
いて、そこで鉢合わせていたのだ。
おそらくノアたちを倒して油断している相手を奇襲して叩くつも
りだったんだろう。
しばらくするとノアたちにおびき寄せられた13人が広場に到着
し、
30人近くの人数からの総攻撃にあえなく撃沈した。
半分近く戦力を失ったネイロチームは今年、
十数年ぶりに一回戦目で敗退するのであった。
◇◇◇◇◇◇
﹁観客席のみなさま! お待たせいたしました! それでは集団戦
226
一回戦目、試合開始!!﹂
その放送とともに観客がドッと湧き上がる。
﹁ほらあなた! 試合が始まりましたよ! ノアちゃんもエマちゃ
んも頑張ってー!﹂
﹁おいおい母さん、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないか? 頑張らな
くてもノアたちは負けやしないだろう?﹂
﹁ルーカス、こういうのは勝てるか勝てないかに関係なく応援する
のが親ってもんじゃないか? なあリーザ﹂
﹁そうですねぇ、ちゃんとクロエみたいに応援してあげないと駄目
ですよルーカスさん﹂
﹁そ、そうか。頑張れーノアーエマちゃーん!﹂
ルーカスたちは観客席から中央にあるスクリーンを通して試合の
様子を観ている。
巨大なスクリーンはフィールドを何分割かで色々な場所を映した
り、
分割なしで大きく一箇所を映したりと様々に映し方を変える。
227
﹁マルク隊長! ウェルシーさんが映ってますよ!﹂
﹁おお、ちゃんとグループの後衛をやっているな。魔法使いなのに
前衛に出るのではないかと心配しておったが大丈夫なようだ﹂
﹁ウェルシーさんならしっかりしてそうですし、自分の役割もわか
ってますよ﹂
﹁いや、ウェルシーはあれで猛々しいところもあるのだ。いつもそ
れが心配でな⋮⋮﹂
﹁そうなんですか? 全然そういう風には見えませんけど⋮⋮あっ﹂
ウェルシーが前衛より前に出て魔法を撃ちまくっている姿がスク
リーンに映し出された。
﹁やはりか⋮⋮終わったらウェルシーに言って聞かせねばならんな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
228
ルーカスは綺麗で上品なバラにも棘があったのだなと思い知らさ
れ、
言葉を失ってしまった。
﹁みんな見て! ノア君とエマちゃんも映っているわよ!﹂
ミルフィの言葉を聞き、ルーカスやマルクたちがスクリーンに映
るノアたちを探す。
すると左端の方に平原エリア中央を歩いている少年少女たちの姿
があった。
ノアとエマ、それと髪の逆立った男の子が前衛で、
ショートカットとストレートロングの2人の女の子が後衛のよう
だ。
﹁あんな周りに遮蔽物がないところにいたらすぐ敵に見つかっちゃ
う! 恰好の的じゃない!﹂
﹁そうだな。あそこにいては敵も遠くから姿を捉えることが可能だ
ろう。早く移動しなければまずいぞ﹂
ミルフィやマルクたちがノアたちを心配する。
﹁でもノアちゃんもそのことをわかっていると思います﹂
229
﹁そうだな、ノアがそんなことに気付かないとは思えない﹂
﹁⋮⋮敵に見つかるためにわざと目立つあの場所にいるというのか
?﹂
クロエとルーカスの言葉にマルクが本当に意味があるのかという
顔で問いかけた。
﹁何か作戦があるのでしょう。今年の13∼15歳のアースチーム
はある程度団結しているのかもしれません。⋮⋮っと、さっそく敵
に場所を捕捉されたようですね。﹂
マルクの問いにルーカスが答える。
そして事態は急展開を迎えていた。
﹁さて、どうなるのか見物だな。先ほどからスクリーンもアース対
ネイロの初戦闘を大きく映し出しておる﹂
スクリーンの右半分は多分割でクレイアとルミスのフィールドを
映しているが、
左半分は大きくノアたちと迫りくる8人の姿を映し出している。
出場者の名前がわかるようなシステムになっていて、
映像が大きくなるとノアたち1人1人の頭上近くに名前が表示さ
230
れた。
画面がある程度の大きさになると表示されるらしい。
今スクリーンには敵の姿を確認したノアたちの後衛、リリーとル
ルという2人の少女が水と土属性の魔法を相手に向かって放ってい
るのが映っている。
﹁魔法の腕はなかなかのものだが当たらないな、まああの距離であ
の魔法なら牽制の意味でしかないだろうが⋮⋮このままでは直に正
面衝突だぞ。剣術使い8人からは逃れられんだろう。まずいな﹂
﹁そうですね、どんどん接近されています!﹂
マルクとミルフィの言葉通りノアたちと剣術使いたちの距離が徐
々に縮まっていく。
そして剣術使いたちが少年たちの前まで来た途端、
腰に黒い剣を差した少年が右手を水平に上げた。
﹁ル、ルーカス! エマたちがノア君を置いて逃げてしまったよ!
!﹂
﹁落ち着くんだクラート! ノアが今、手で仲間たちに撤退命令を
出したんだ。このまま逃がしてくれるとは思えないが⋮⋮﹂
231
エマたちはノアを置いて森の方へ駆け出す。
その様子を見た剣術使いのうち2人も合わせて駆け出した。
しかし、ノアを無視して過ぎ去ろうとした2人が、
突然後ろに吹き飛び、地面に叩き付けられ意識を失った。
あまりに一瞬の出来事だった。
それを見ていたのだろう。
観客席の所々でどよめきが起こる。
オルケアとルミス戦を見ていた観客がそのどよめきを聞き何が起
こったのだと、
左に大きく映しだされている映像を見る。
なにが起こったかはなんとなくわかった。
だが信じられない。
男たちの睨むような視線の先にいる綺麗な顔立ちをしていて、
どこか優雅な感じのする少年が1人。
その少年ががたいのいい男たちに向かって右腕を突き出している。
もちろんノアのことを知っているマルクたちも観客と同様の反応
を示していた。
﹁なんだ今のは⋮⋮一回り大きい男2人を武器を使わずにただ殴り
飛ばす腕力も、一瞬で移動する速さも信じられない⋮⋮物凄い身体
強化だ﹂
﹁ノア君がエレナ様が気に入るほどの天才なのはわかってたけど⋮
232
⋮彼は戦闘も並はずれているわね。しかもまだ13歳なのに⋮⋮﹂
マルクやミルフィを含め、
周囲の視線がクロエとルーカスに集まる。
﹁まあ、俺らの子どもたちは少し特別なのかな⋮⋮﹂
﹁俺らの子どもたち⋮⋮? ノア君だけじゃないというのか!?﹂
﹁エマちゃんの剣術のレベルも16∼25のランク出ても既に通用
するぐらいですかね? ロゼもノアに教えてもらってもう魔法を使
えますよ。まあ2人ともノアに比べたら普通ですけど⋮⋮﹂
﹁あなた、ノアちゃんと比べること自体がそもそもおかしいわ。あ
の子が出来過ぎなのよ、ふふふ﹂
﹁そうだな、ハッハッハ!﹂
もう色々と慣れてしまっている2人についていけないマルクたち。
クラートとリーザはただ苦笑いしている。
その後、ノアは他のメンバーに合流し、作戦を遂行した。
233
アースは他のチームにはない団結力を示し、ネイロを打ち負かす。
観客たちは彼らの勝利とその立派なチームワークに大きな拍手を
送るのであった。
234
第13話
一回戦目が終了した後、
アースの控え室には歓喜の声が響きわたっていた。
﹁やったの⋮⋮? 私たちあのネイロ相手に本当に勝てたの⋮⋮?﹂
第二部隊隊長のヘルガは自分たちアースより強く、
毎年常に大会上位を占めているネイロに勝てたことが信じられな
いらしい。
無理もないだろう。
アースは他のどのような大会でも負け続け、
弱小国というレッテルを貼り付けられてきたのだから。
﹁ああ、僕たちは勝ったんだ! 退場際のあの大歓声が聞こえなか
ったのかい!? アースの名を叫ぶ観客たち、僕らに労いの言葉を
かけてくれる人たちもいたね! あの時本当に勝ったんだって実感
したよ! みんな、まずはお疲れさま! そしてノア隊長を含む第
五部隊の諸君、よくやってくれた!﹂
﹁第五部隊のみんなが頑張ってくれましたしね。皆さんのお役に立
てて良かったです﹂
235
﹁確かにお前たちが完璧に作戦を遂行してくれたおかげで俺たちは
勝てた。だから俺たちはお前たちに謝らなきゃいけない。子ども扱
いして馬鹿にしてしまった俺たちをどうか許してくれ! 本当にす
まなかった!!﹂
一番ノアたちを馬鹿にしていた第三部隊隊長のゴルドが謝罪とと
もに頭を下げる。
それをきっかけに他の者たちもノアたち第五部隊に対し、
謝罪の念を込めて頭を下げた。
﹁み、みなさん! やめてください! バルトさんまで⋮⋮僕たち
もちゃんとわかってますから! ですよね、みんな?﹂
﹁まあ、確かに子どもだしな。他の部隊の人たちと違って俺たち第
五部隊は経験が薄い者の集まりだ﹂
﹁そうですわね、他の方々から見れば場違いのように見えますもの
ね﹂
﹁これは仕方のないことです﹂
﹁結果的にちゃんと認めてもらえたんだから私たちはそれでいいで
すよ! でも今度子ども扱いしたら怒りますからね∼?﹂
236
ノアの問いかけに第五部隊のメンバーが次々に答える。
第五部隊の皆に許しをもらえて他の部隊の者たちはホッとしてい
た。
﹁エマが怒ると剣を振り回してきますから本当に怖いんですよ! それはもう鬼のような⋮⋮﹂
﹁ノア! なんか言った?﹂
﹁い、いえ何も!! ごめんなさい!!﹂
普段冷静な彼が慌てて謝る姿を見て、
その場にいた者全員が声を上げて大笑いする。
彼にしては随分と余計なことを言ったものだ。
そしてこれがアースチーム全員が初めて本当に一つになった瞬間
であったのかもしれない。
﹁よし、みんな! 第二試合は昼の休憩を挟んでからだから一旦解
散しよう! 怪我をした者はちゃんと治療して、駄目そうなら言っ
てくれ。無理をしなくてもいいからね。それじゃあ解散!﹂
237
皆一様に控え室から出て行く。
ノアたちは最後まで控え室に残っていた。
﹁私はノアと一緒に特別観覧席にいるんだけど、みんなは?﹂
﹁わたくしも特別席ですわ。ジークさんとルルさんはどこですの?﹂
﹁俺は一般席の方だ。ルルもだろ?﹂
﹁う、うん。平民家だから⋮⋮﹂
ルルは言いづらそうに言った。
話を聴くと、どうやらルルたち家族が座っている席はぎゅう詰め
状態らしく、
ルルが行っても誰か代わりに立たなくてはならないそうだ。
ジークも魔導士家で一般席にいるが、そこまでではないらしい。
一般席でも場所によって違うようだ。
﹁みんなに提案なんだけど、クラス持ちの家とその同伴者は特別席
に入れるよね? だからみんなで特別席に集まろう。僕とエマ、リ
リーは既に特別席にいるから、ジークとルルの家族も特別席に移っ
て来てさ。特別席は結構空いていたし、ルルのご家族もそんなにぎ
ゅうぎゅうじゃ可哀想じゃないか?﹂
238
そしてルルの話を聞いたノアがみんなにそう提案する。
ノアは第五部隊の仲間として戦ってくれたルルとその家族のこと
を放っておけなかったのだ。
﹁え⋮⋮本当にいいのかな? もしそうしてもらえたらきっとお父
さんたちもすごく喜ぶと思うんだけど⋮⋮でも平民家が特別席なん
て⋮⋮﹂
その様子を見たジークがノアの意図を察した。
もしルルだけ誘ったらきっと彼女と彼女の家族は遠慮してしまう
かもしれない。
だが第五部隊の皆で集まろうという目的を付け加えてやればどう
だ。
他の者たちがそうすることを望んでいて、
遠慮するのも野暮だと思わせることが出来る。
ルルたち家族も特別席に来やすくなるだろう。
だからジークの役目はルルを後押ししてやること。
やはりノアは頭の回転が速いし、
こうして仲間に配慮が出来る優しさも持ち合わせている。
ノアはちゃんとここでも頼れる隊長だなとジークは思った。
﹁いいんだよ、ルル! 俺も特別席に移るように家族に言う。だか
らルルも一緒に特別席に来いよ。遠慮とかはいらないぜ? 皆がそ
うして欲しいと思ってるんだよ。きっと第五部隊の活躍のことで皆
盛り上がるぞ!﹂
239
ジークはノアの意図をくみ取り、ルルに遠慮しないようにと席の移
動を促した。
﹁そうですわね! 名案ですわ! わたくしの家族もノアたちの近
くに席を移して⋮⋮周りの席は空いてますのよね?﹂
﹁うん、僕たちと一緒に座っているマルクさんという方と娘、部下
たちで8名いるけど、それを含めても周りはすっからかんだから、
みんなが集まってきても全然余裕だと思うよ﹂
﹁じゃあ大丈夫そうですわね。でもそのマルクさんという方々とご
一緒しても構わないのかしら?﹂
ノアとエマが首を捻る。
﹁大丈夫だとは思いますが、一応確認しておきますか。皆さんの座
席番号を教えて下さい。了承を得てから僕とエマで向かいに行きま
しょう。皆さんもご家族の方に話をしておいて下さい﹂
皆がそれぞれ座席番号をノアに教える。
ノアはすぐにメモしてポケットにしまった。
そして控え室を出て休憩所に行くと、
ウェーブのかかった長い髪の少女がノアたちに駆け寄って来た。
240
﹁やあ、ウェルシー。待っててくれたのかい? みんなに紹介する
よ。僕の父の昔の上官であるマルクさんの娘、ウェルシーだ﹂
﹁ウェルシーと申します。ノア、そちらの方々は先ほどの試合のお
仲間ですか?﹂
﹁うん、左からジーク、リリー、ルルだ﹂
3人がそれぞれウェルシーに挨拶をする。
ウェルシーも上品に挨拶を返した。
6人は観客席エリアに上がるまで一緒にいて、
観客席に着くと、皆それぞれ別の場所へと去っていく。
ノアはルーカスたちが座っている座席に着く前に、
ウェルシーに聞いてみることにした。
﹁ウェルシー?﹂
﹁なんですの、ノア?﹂
﹁もしさっきの皆を僕たちが座る席に同席させて欲しいって言った
らマルクさんたちやウェルシーは平気かな⋮⋮?﹂
241
﹁うふふ、それで先ほど皆様がわたくしの顔をちらちらと見ていら
したのですね? そんなことなら全然平気ですわ。わたくしも同じ
年齢の皆様と試合の話をしてみたいですし、お父様やミルフィたち
もきっと歓迎して下さるはずよ﹂
ウェルシーはにこにこと笑顔で答えてくれた。
ノアとエマはひとまずホッとして胸をなで下ろす。
その様子を見たウェルシーが再びクスクスと笑うのであった。
席に着いたノアたちはルーカスとマルクたちに快く了承してもら
い、
3人で皆の許へ向かう。
﹁まずはリリーのところへ向かいましょうか。ジークとルルの席は
反対方向なので﹂
エマとウェルシーは頷き、特別席エリアを歩いてると、
周りの人たちがノアたちを見てひそひそと話す声が聞こえてくる。
﹁ノア、ウェルシーなんだかさっきから色んな人がこっちの方を見
ているみたいなんだけど⋮⋮﹂
﹁僕も確かにそう思います。何故でしょう?﹂
242
ウェルシーは呆れてはぁと溜め息をついてしまう。
この天才的な頭脳を持つ彼が、
何故そんなこともわからないくらいに鈍いのかと⋮⋮。
﹁ノア⋮⋮皆あなたのことを見ているのですわ。あなたの活躍はわ
たくしも既に聞きましてよ? そこら中で噂になっているようでし
たわ。綺麗で上品そうな外見をしているのに一瞬で2人の剣術使い
を沈黙させた少年がいると⋮⋮名前もノアと言っておりましたわ﹂
﹁え⋮⋮? なんですそれ。しかも綺麗で上品って⋮⋮ウェルシー
に比べたら僕なんて⋮⋮綺麗でも上品でもなんでもない﹂
ノアは外見で避けられるという元の世界でのつらい経験の影響で、
他人から外見を好意的に見られるということに対して全くと言っ
ていいほど信用出来なくなってしまっていた。
重度のコンプレックスから派生した軽いトラウマという感じだろ
うか。
どうも卑屈になってしまうのだ。
昔クロエやルーカスに﹁うちの息子はどうやら色男なようだ﹂と
か﹁かっこいい﹂とか﹁モテモテなのね﹂と言われたときも、
そんなわけないだろうとすぐ心の中で否定した。
クロエとルーカスはただ親馬鹿なんだと決めつけたのだ。
2人は親だからではなく、割と本気でノアの外見を褒めていたの
だが、
ノアにはそれがただの親馬鹿になってしまい、どっと疲れてしま
うだけであった。
243
︵スクリーンでしか見たことないからそういう風に偶然良く見えた
んだ。きっと今実際の俺を見てがっかりしているんだろうな⋮⋮は
ぁ。⋮⋮ん? なんだ? エマさんなんでそんなに怖い顔で僕を睨
むの? ウェルシーはなんで顔を真っ赤にして俯いてるの? 一体
何が⋮⋮︶
﹁エマ? ウェルシー? どうしたの?﹂
﹁別に⋮⋮⋮⋮私にはそういうこと言ってくれたことないくせに⋮
⋮ノアのばか⋮⋮﹂
﹁なな、なんでもないですわ!!⋮⋮⋮⋮きっと⋮⋮そう、お世辞
を言ったのですわ! そうに違いありません! わたくしとしたこ
とがいきなりあんなこと言われるものだからつい取り乱してしまっ
て⋮⋮でも⋮⋮い、いけません! 勘違いしては駄目ですよウェル
シー! このような類のお世辞はこれから何度でも言われることに
なるだろうとお母様も仰ってましたわ! まったく⋮⋮不意打ちな
んてやりますわねノア。これからはノアには気をつけないと⋮⋮や
だわたくしったら何を変に意識しているの⋮⋮﹂
自分の世界に入ると周りが見えなくなる。
どうしてエマが不機嫌そうにぼそぼそと呟いたり、
ウェルシーが顔を赤くしてぶつぶつとなにかを呟いたりする状況
になったのかがわからないのだから、
244
クロエが心配して注意するのも当然だと言えるだろう。
﹁2人とも、そろそろ着きますよ?﹂
さすがにこのままではリリーの家族にも変な目で見られてしまう
と2人は姿勢を正す。
隣で涼しい顔をして歩く少年をじろりと一瞥してからだ。
3人はリリーのいる座席に着いた。
﹁やあ、君がノア君だね? 試合を観させてもらったよ。ふふ、君
のような頼もしい少年がともに戦ってくれるのなら娘の怪我も心配
しなくてよさそうだね﹂
﹁ちょっとあなた、プレッシャーかけちゃ駄目よ? ふふふ。初め
まして、リリーの母とこちらは父です﹂
2人は丁寧にお辞儀をする。
さすがリリーの両親だと言える華麗な動作だった。
﹁リリーさんも所属している第五部隊の隊長を務めさせて頂きまし
た、ノアと申します。こちらは同じく第五部隊として戦ってくれた
僕の幼馴染のエマと僕の父の元上官の娘ウェルシーです﹂
245
ノアとウェルシーは綺麗にお辞儀をし、エマはぺこりと頭を下げ
る。
続けてノアはここへ来た理由を丁寧に説明した。
﹁⋮⋮それで第五部隊の皆で集まろうという話になったのですが、
リリーさんもよろしいでしょうか?﹂
﹁やはりその優雅な立ち振る舞いに違わぬ上品な言葉遣いだね、ふ
ふ。娘から話は聞いているよ。同席させてもらおうじゃないか。他
の方々とも色々話をしてみたいし、2年後に娘の学友になるかもし
れない子たちのご家族と親交を深めさせて頂きたいと思ってね﹂
﹁先ほどお話したらお父様もお母様もちゃんと了承して下さいまし
たわ﹂
﹁そうですか、それはよかったです。ではさっそく参りましょうか﹂
そして子どもたち4人と2人の夫婦はルーカスたちの許へと向か
った。
﹁おお、ノア。そちらがリリーさんとそのご両親か?﹂
﹁はい、ご同席してもらえるそうです﹂
246
﹁娘リリーの父と母でございます。ノア君とエマさんには娘が大変
お世話になっております。同席させて頂きたいのですが本当によろ
しいのでしょうか?﹂
﹁ええ、いいんですよ。子どもたちもその方が嬉しいでしょうし、
是非いらして下さい﹂
﹁わたしたちも構いません。是非!﹂
クロエやマルクが同席を促し、どうやら大人たちで話が盛り上が
っているようなので、
ノアたち4人は他の2人の家族も誘いに行くと言って一般席へと
向かった。
まずルルのところへ行き、
その足でジークのところへ足を運んだ。
2人の家族とも受け入れてくれたようで、
ノアたちは周りに黄色い声を聞きながらルーカスたちの許へと戻
る。
無事に第五部隊全員の家族一同が集結した。
そこで一通りの紹介や雑談を終えてある程度仲を深めたところで、
皆の話題は当然闘技大会に関することへと移っていく。
﹁それにしてもさっきはすごかった。ノア君はやはりもう会場では
ちょっとした有名人だったね﹂
247
﹁そうだよな、ノアを見た途端周りがざわざわ騒ぎ出したしな﹂
﹁みんなあの試合を観てたからよ。確かにすごかったわ。私もノア
くんのファンになっちゃった!﹂
ジークの父、ジーク、姉が先ほどノアたちを取り巻いた黄色い声
についての話をする。
﹁そんなことがあったんですか? ノアちゃんは大活躍だったもの
ね、ふふふ。皆さんノアの実力を大きく買って下さっているみたい
よ?﹂
﹁母様、やめてくださいよ∼。そんなに買い被られてしまっても⋮
⋮﹂
ノアは困り顔で言う。
そしてその活躍を知らない第五部隊の隊員たち4人が、
痺れを切らして何があったのだと一斉に言い出した。
全てを大画面で観ていた大人達は丁寧に説明する。
4人が撤退した時に追手がいて、そのままでは逃げきれなかった
こと。
ノアが武器も使わずに一瞬で2人の追手を打ち倒したこと。
248
その様子を見た誰もが驚愕し、今では誰もがノアに注目している
ということを。
ついでにマルク達がノアが天才的な頭脳も持っていることをジー
ク、リリー、ルルの3人とその家族たちに教えてやった。
﹁だからあんなに上手く撤退が出来たのですね。誰も追って来ない
なんておかしいと思ってましたわ﹂
﹁だよな。俺も逃げるのに必死で気付かなかったが、普通に考えた
ら敵がそのまま何もせずに俺達を見逃すわけないか﹂
﹁ノア君は本当に強いんですね。しかも頭も良いなんて⋮⋮頼もし
い隊長です﹂
﹁私は慣れてるけどやっぱり最初はこんな反応になるわよね﹂
ノアのすごさを今日知ったマルクたちも含め、皆エマの言葉に頷
いた。
そんな話をしていると会場にアナウンスが流れる。
﹁まもなく集団戦第二回戦目と魔力無し個人戦の続きを開始致しま
す。出場者の方は控え室の方へお越しください﹂
249
放送を聞き、皆が6人の出場者たちにエールを送る。
﹁僕は2回戦目で負けちゃったけどエマたちは頑張ってね。もちろ
んウェルシーさんもだよ? 互いの実力を出し切って戦ってこそ友
情も深まるってものだと思うしね﹂
﹁はい、友人だからと言って手を抜くつもりはございません。もち
ろんわたくしと戦うことになっても本気でかかってきて下さいね、
みなさん﹂
﹁手を抜いたら逆に失礼ってもんだ。なあ、みんな?﹂
ジークの言葉に第五部隊全員が頷く。
そしてウェルシーとノアたちはそれぞれの控え室に足を運んだの
であった。
◇◇◇◇◇◇
250
﹁やあ、ウェルシー! また最後に到着だね、ふふふっ﹂
﹁申し訳ありません。友人たちと直前まで話し込んでしまって⋮⋮﹂
﹁へえ、ウェルシーのお友達か∼。羨ましいね∼僕もウェルシーと
仲良くなりたいなぁ。僕は騎士魔導士家だから仲良くしておいて損
はないと思うよ? 高位だしね∼ふふふっ﹂
ウェルシーがルミスの控え室に入るとやはり他の出場者たちは既
に集まっていたようだった。
そして先ほどから下心見え見えのこの少年はウェルシーと同じ小
隊に所属し、
後衛を務める魔法使いだった。
彼は裕福な家の騎士魔導士家の者で、所謂いやらしい貴族的な性
格の持ち主だ。
ウェルシーの美貌と勇敢な性格のギャップに惹かれてしまった彼
は、
こうして度々わかりやすいアプローチをしてくる。
だがウェルシーはこういう輩が大嫌いであった。
権力と金にものを言わせてアプローチしてくるこのやり方も自分
より格下の家の者すべてを見下すこの姿勢も。
ウェルシーも格下の、平民全てにはあまり良いイメージを持って
いない。
幼い頃に高位の家の子だからと仲間外れにされ、いじめられた経
験があるからだ。
251
だが平民にも色んな人たちがいて、エマやルルたちのように心優
しい、
素直で良い人たちもいることも知っている。
だからこのいやらしい男のように格下の者を一様に見下し、
位の低い者達は全て下劣な品性しか持ち合わせていないと蔑むよ
うな者が大嫌いだった。
実を言うと騎士魔導士家のような高位の家の者にはこの傾向が強
い。
だからウェルシーはノアやリリーのような、高位家でありながら
誰にでも分け隔てなく接する人たちには好感を覚えるのであった。
﹁うふふ、わたくしは強いお方が好きですの。ジャック様の戦うと
ころをまだあまり拝見しておりませんわ。是非次の試合で勇敢なお
姿をわたくしにお見せ下さい﹂
﹁そうかそうか! 僕の華麗な魔法を見せてやろうじゃないか、ふ
ふふっ﹂
﹁それは楽しみですわ、ふふふ﹂
ウェルシーは鋼鉄のような笑顔を崩さずにそう告げた。
きっと噂の彼がこの男のプライドをズタズタに引き裂いてくれる
だろうと心の中で笑いながら。
252
◇◇◇◇◇◇
ノアたちが控え室に入ると中にいた者たちの目が、一斉に噂の少
年へと向けられる。
嫉妬を覚えるのが馬鹿らしくなってしまうほどの綺麗な顔立ち。
分け隔てなく相手に敬意を持ち、動作の隅々から優雅さを感じる
その立ち振る舞い。
間違いなくこの少年だ。
彼らは第一試合を終え、控え室から観客席の方へ戻ると、
皆揃ってある噂話を耳にしていたのだった。
家族、親戚、友人、知り合い、さらには周りにいた見知らぬ者た
ちからもある少年のことについて問い詰められる。
どんな子なのか、何歳なのか、クラス持ちの高位家なのかなど様
々な質問攻めを受けた者や、
今のうちに恩を売っておけだの少年の家族と親交を深めたいから
座席を聞いておけだのとまくし立てられた者もいたらしい。
彼らは何故あの少年なのかと問うと、今度はすごい勢いであの少
年のすごさについてを語られた。
その話を聞き彼らは耳を疑う。
そんなことが出来るものかと。
だが観客たちはずっと見ていたから間違いないというと言うじゃ
253
ないか。
それで彼らはあの少年がそんなとんでもない実力を持つ人物だっ
たのかと知ることとなった。
﹁みなさん、遅くなって申し訳ありませんでした!﹂
彼らの視線に何を勘違いしたのか、あの少年が深々と頭を下げ謝
罪してきた。
﹁いやいや、まだ集合時間前だし大丈夫だよ!﹂
﹁ありがとうございます。みなさんが心優しい方々で本当によかっ
たです﹂
このチームの第一部隊隊長であり総隊長のバルトが慌てて責めて
いないことを告げると、
この少年は満面の笑みを浮かべながらそんなことを言う。
その優しげな笑みに惹きつけられてしまう者もいたぐらいの破壊
力だった。
こんな顔をされてはもし本当に責めていたとしても、簡単に許し
てしまうだろうと彼らは皆そう思った。
﹁じゃ、じゃあ全員揃ったことだし、作戦会議を始めようか! 部
隊ごとに集まって中央に来てくれ。隊長は隊員の一歩前へ出て、大
254
きな輪をつくるように⋮⋮﹂
総隊長の一言でてきぱきと動き、
皆が皆の顔の見えるように向かい合わせて円形に並ぶ。
﹁じゃあまず、この試合で最も重要になってくる第五部隊との連携
について話し合っていこうと思う﹂
バルトがそう言うと皆の視線が第五部隊、その前に立つ少年に向
けられた。
﹁聞いたわよ、あなたの話。観客席に戻ったら皆あなたのこと聞い
てくるんだもの。びっくりしちゃったわよ﹂
﹁俺もだ。きっと皆同じような目に遭ったと思うぜ? 違うか?﹂
会議中は基本的に隊長になった5人しか話さない。
それ以外の者たちが話すときは挙手をして指名される必要がある。
円滑に進めるため、バルトが考案したのだ。
皆も同意し、今話しているのは第二部隊隊長ヘルガ、第四部隊隊
長ダイクだ。
そしてダイクの問いかけに皆一様に頷いて肯定した。
255
﹁すいません、みなさんにご迷惑をかけてしまって⋮⋮﹂
ノアは再び頭を深々と下げる。
﹁いやいや、別にいいんだよ! ノア君のせいじゃないさ。周りが
勝手に騒いでるだけだよ﹂
﹁そうだ、お前は悪くないし、俺達も気にしちゃいないさ﹂
バルトとゴルドの優しい言葉にノアは深々と頭を下げ、礼を述べ
る。
﹁みんな知っての通り、ノア君は今や注目の的だ。ルミスもノア君
を警戒して何かしらの対策を講じてくると考えていい﹂
﹁そうね。それに私たちアースが連携のとれたチームだということ
も知られているだろうし、ネイロのようにばらばらに攻めてくるこ
ともないと思うわ﹂
﹁とりあえずネイロ戦のように第五部隊を単独で孤立させるのは危
険だ。その間にルミス側から総攻撃を受けるに違いない。個の力で
敵わないなら数の力で押し潰す。これが戦場の鉄則だからな﹂
256
﹁少年はどう思う?﹂
バルト、ヘルガ、ゴルドの意見を聞いてノアがどう考えているの
か確かめるダイク。
前の試合では一方的に話を進められていたので、
随分と仲間意識が高くなったものだとノアは喜んでいた。
﹁例え僕ら第五部隊がネイロ戦のように孤立していてもきっとルミ
ス側はむやみやたらと総攻撃は仕掛けられないでしょう。バルトさ
んたちを警戒するからです。だから敢えて囮のように孤立します。
遠距離魔法が得意なヘルガさんの第二部隊と一緒にです。そしてバ
ルトさんたちをルミスが警戒している間に魔法などでこちらから攻
撃を仕掛けます。固まって動いているならある程度狙いが合ってい
れば余裕で当たるでしょう。それで敵戦力を削っていきます﹂
ノアの作戦を聞き、考え込む各隊長たち。
﹁でもノア君たちが危なくないかい? 敵が痺れを切らして本当に
ノア君やヘルガさんたちに総攻撃を仕掛けたらどうするんだい?﹂
バルトの懸念は他の隊長たちも気にしていたことらしく、
皆そうだそうだと言いたげな顔をしていた。
257
﹁それが狙いです。いくらバルトさんたちを警戒していたとしても、
目の前で次々にやられていく仲間たちを見れば焦り、まず攻撃して
くる僕らの部隊を潰そうとしてくるでしょう。そしてそれはバルト
さんたちの奇襲攻撃が成功する時です。挟撃されればいくらルミス
でもひとたまりもないでしょう﹂
ノアはその場にいた全員に丁寧に説明するように答えた。
﹁なるほど⋮⋮敵戦力を削りながら奇襲攻撃を成功させやすい状況
をつくりあげるか。これならルミス相手でもいけるかもしれんぞ!﹂
うんうんと頷くチームの皆を余所に少し不安げな第二部隊と第五
部隊の者達。
どうやら強敵ルミスから一時的にでも総攻撃を受けるのが不安ら
しい。
ネイロでさえ総攻撃を受ければ多大な被害を被るだろう。
それがネイロに毎年勝っているルミスからのものになるのだから、
一瞬でやられてしまうのではないかと心配しているのだ。
﹁剣術使いは僕とエマで抑えられます。魔法⋮⋮﹂
﹁少しの時間だけなら私が抑えられるわ。ガード魔法が使えるから
ね﹂
258
﹁そうですか! それは頼もしい! その間にバルトさんたちの奇
襲も成功しているでしょう﹂
ノアの言葉を遮りヘルガが心配するなと皆を安心させる。
それで皆もノアの提案するこの作戦が最善だと思い、
いきいきとした目で頷きあう。
﹁よし! 作戦は以上だ。僕は絶対に優勝したいと思っている。確
かにアースは他の国に比べて力が弱い。長年どの大会でも負けっぱ
なしだ。だが僕らには強力な結束力がある。僕たちは決して負けは
しない。このチームなら絶対に優勝出来ると僕は信じている! さ
あ、行くぞ!!﹂
﹁﹁おー!!!﹂﹂
アースの作戦会議は無事に終了し、
一同は歓声で溢れかえっている試合会場へと足を運ぶのであった。
259
第14話
ここは荒地エリア。
平原エリアのように見晴らしがいい場所で、大地はからからに乾
き、所々でひび割れを起こしている。
ノアたち第五部隊と第二部隊は作戦通りの場所でルミスの部隊と
遭遇し、
先ほどからずっと両者の間では睨み合い状態が続いている。
距離は大分離れていて、魔法が辛うじて届くくらいだろう。
﹁ノアくんの予想通り、相手はすぐに総攻撃を仕掛けてこないわね。
みんな、またいつ攻撃してくるかわからないから油断しちゃ駄目よ。
今は少しでも魔力を回復してちょうだい!﹂
皆に注意を促す第二部隊隊長のヘルガ。
それを受け、より一層気を引き締める隊員たち。
しかしその中に1人だけ首を傾げてルミスの部隊をじっと見つめ
る少年の姿があった。
﹁どうしたの、ノアくん? 何か気になることでもあるの? 作戦
も順調に運んでいるように思うけど⋮⋮﹂
何か腑に落ちないというような顔をしたノアにヘルガが問いかけ
260
た。
ノアはうーんと唸る。
どう説明しようか頭の中で整理しているようだった。
﹁ヘルガさん、一見すると作戦会議で話し合ったような状況になっ
ているようですが⋮⋮あそこに見えるルミスの部隊の人数がちょっ
と少ないと思いませんか? 20人でしょうか。僕は遭遇するなら
例え敵情視察の為に数人割いたとしても確実に25人以上は部隊に
いると思っていたんです。いや、そうでないとまずいんです﹂
﹁予想より5人ほど違うだけじゃない。何がまずいって言うの? 心配し過ぎなんじゃない?﹂
ヘルガはそんな5人程度の違いにそこまで危機感を感じていなか
った。
気にし過ぎだろうと思っていたのだ。
﹁考えてみてください。仮に残りの10人が別働隊としてまとまっ
ているとします。そしてその別働隊にルミスの精鋭たちが集まって
いる。その別働隊には今僕たちと対峙しているあの部隊とは別の目
的があるとしたら果たしてそれはどんなものだと思いますか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮まさか! バルトたちを狙っているの!? 私たちはて
っきりノアくんから先に狙われると思ってたのに!﹂
261
ヘルガはしばらく思考を巡らせ、答えを導き出した。
彼女の言葉で、周りで聞いていた者たちも驚きノアたちの会話に
聞き耳を立てる。
﹁もしそうだとしたら⋮⋮﹂
﹁はい⋮⋮10人程度の部隊でも相手は強敵ルミスですから、おそ
らくバルトさんたちはほぼ全滅します﹂
ヘルガの問いに、ノアが考えられる最悪の展開をはっきりと告げ
る。
それを聞いた者たちが揃ってそわそわと慌てだした。
作戦は成功しているものだと思い込んでいたので、その分抑えよ
うのない焦燥感が彼らを襲ったのだ。
﹁今僕たちはこの11人で無理にでもあの20人のルミス部隊を撃
破しなくてはいけません。合図でも出されて別働隊が行動を早めた
ら厄介ですし、あの人数からの攻撃を受けながらバルトさんたちを
探すなんて危険すぎます。それまでバルトさんたちが無事でいるこ
とを祈りましょう。それとあの20人を全て無力化するにはこちら
もいくらかの被害は免れないと思います﹂
ノアのその言葉に皆が冷や汗を流す。
無事では済まないのと言われたのだから、それは仕方のないこと
262
であった。
﹁じゃあ戦闘になったら第二部隊と第五部隊で分かれましょう。や
っぱり即席の連携プレーは拙くて危険よ。私たちは遠距離魔法が得
意な部隊だから、ノアくんたち第五部隊とは戦い方が違い過ぎるし
ね。前を任せちゃうようで悪いんだけど⋮⋮﹂
ヘルガは申し訳なさそうにそう提案した。
第二部隊の隊員もばつが悪そうだ。
一番注意して対処しなくてはならないノアたち第五部隊を差し置
いて、わざわざ遠くにいる敵に集中砲火をくらってまでむやみに突
っ込んでくる者はいないだろうことは容易に予想出来るからだ。
そしてこれは遠距離系の第二部隊の特性上やむを得ないことであ
る。
﹁大丈夫です。ヘルガさんたちは敵魔法使いの注意を引いて下さい。
剣術使いに魔法使いもいたらさすがにお手上げです﹂
ノアはヘルガたちまで守りきる自信がないので、遠くにいてくれ
るなら寧ろそっちの方が良いと思っていた。
﹁わかったわ! 任せてちょうだい﹂
第二部隊全員が頷く。
263
ノアたち第五部隊は第二部隊の前に出て、戦闘準備に入った。
﹁おいおい、本当にやるのか!?﹂
﹁もちろんやるよ﹂
﹁やりますのね⋮⋮﹂
﹁うん、ちゃんとみんな準備しておいて﹂
﹁⋮⋮わかりました﹂
ジーク、リリー、ルルの3人は諦めの境地に至っていた。
こうなったノアを止めることなど出来ないし、このままここでじ
っとしていたらバルトたちがやられてしまう可能性があるので、敵
との正面衝突は避けられそうにないとそう思ったからだ。
﹁よーし! みんなやっつけてやる!﹂
﹁エマ? 忘れてないよね⋮⋮?﹂
264
﹁ん? ⋮⋮あ、うん! ちゃんと覚えてるから大丈夫よ。でも本
当に大丈夫かな?﹂
﹁すぐにわかることだよ⋮⋮落ち着いて敵の動きをよく見てればわ
かる﹂
﹁なんの話だ?﹂
ジークは2人の会話が気になり尋ねてみたのだが、
ノアがにっこりと﹁こっちの話ですよ﹂とごまかすのでそれ以上
の追及はしなかった。
ノアとエマの話していたことは本気を出し過ぎてはいけないとい
うものだったので言うわけにもいかなかったのだ。
そんな話をしていると、早速第二部隊とルミスの部隊との遠距離
魔法の応酬が始まった。
第二部隊前方でリリーとルルも魔法を放つ。
しかしルミスの魔法使いたちは飛んでくる魔法を相殺し、前方に
いるノアたちの方へ魔法を放ってきていた。
リリーとルルがそれを必死で相殺して防ぐ。
かなりぎりぎりのようだった。
第二部隊やリリーたちが少しでも手を休めたらすかさず魔法の嵐
が直撃するだろう。
力でも数でも負けているのだからこうなることは戦う前からわか
っていたことだ。
265
﹁ノ、ノア! 押されていますわ!﹂
﹁はい⋮⋮さすがはルミスの魔法使いたちです。防ぐのがやっとで
す﹂
リリーとルルは明確な力の差に焦りを見せる。
さらに追い打ちをかけるようにルミスの剣術使いたちも動き出し
た。
﹁ノア! 来るぜ!!﹂
﹁わかってます! リリーとルルはこの場に止まり、魔法で応戦。
エマ、ジークは僕と剣術使いを叩きます!﹂
ノアたち前衛組は既に抜剣状態だ。
今回はノアもちゃんと剣を構えていた。
相変わらず封刃は解除しないままだが、魔法の飛び交う中で抜剣
しないほど愚かではなかった。
ルミスの剣術使いもノアたちも身体強化を使ってお互いに接近し
合っているので、彼らが衝突するのに時間はかからなかった。
266
﹁エマ! 左から来る4人を潰してくれ! ジークは僕と前の7人
をやります!﹂
﹁りょうかーい!﹂
エマは2人から離れ、左へ飛び出した。
﹁おい、まじかよ! あいつ平気なのか!?⋮⋮っと、こっちも来
るか﹂
剣術使いたちはジークに2人、ノアに5人で攻めてくる。
︵ちっ、ジークに2人いったか。くそ。早めに終わらせないと。ジ
ークは大丈夫か⋮⋮?︶
5人が次々にノアに襲いかかっってくる。
1人目の切り込みをぎりぎり当たらない距離で右に滑り込むよう
に避ける。
すると残りの剣術使いたちがノアの前面、左右から一斉に襲い掛
かってきた。
ノアは避けきれないと踏み、左側から一気に薙ぎ払う。
4度の衝撃音とともに剣術使いたちはそれぞれ大きく仰け反った。
267
ノアは薙ぎ払いの勢いを殺すことなく、そのまま右回転切りで隙
だらけの腹にそれぞれ黒い剣を叩き付ける。
封刃が覆う魔剣は相手を切り裂くことはないが、4人の剣術使い
を大きく後ろに吹き飛ばし、地面に叩きつけた。
そして5人いた剣術使いも最初に攻撃をかわした1人だけとなる。
しかし後ろを振り向くと最後の1人は遥か遠くを疾走していた。
︵まずい! 残りの1人はリリーとルルを狙っている!︶
ノアに初撃をかわされた1人目の剣術使いは、前方で魔法に苦戦
する2人の少女を見るとすぐに標的を彼女たちに変えていたのだ。
︵くそ! ジークはまだ粘れるか!?︶
ジークの様子を確かめ、すぐにリリーとルルの方へ視線を戻した。
◇◇◇◇◇◇
268
﹁﹁⋮⋮!?﹂﹂
リリーとルルは剣術使いがすごい速さで接近してくるのに気付き、
驚いて攻撃の手を止めてしまった。
ただでさえヘルガたちと2人の魔法でぎりぎり防いでいたのだか
ら、2人が一瞬でも隙を見せれば相手からの魔法が一気に通ってし
まうのは誰が考えても明白なことであった。
2人には魔法の嵐が目前に迫ってきている。
この距離ではもう何をしても間に合わない。
そう直感した時、リリーとルルは全身から血の気が引いていくの
を感じた。
魔法の嵐が一気に彼女たちを襲い、その凄まじい衝撃が土煙を巻
き起こす。
あまりに大きな轟音に誰もが土煙の立ちのぼっている辺りに目を
向ける。
土煙は時間とともに薄くなっていく。
周りにいた全ての者たちが先ほどその場所にいた2人の少女の横
たわる姿を想像していた。
しかし土煙が完全に晴れると一同は目を疑うこととなる。
2人の少女の前に立つあの少年の姿がそこにあったからだ。
﹁そんな馬鹿な!! 何故貴様がそこにいる?! さっき見た時ま
で少なくとも5人の剣術使いとあっちで戦って⋮⋮⋮⋮﹂
269
彼女たちに魔法を放ったルミスの魔法使いのうちの一人、ジャッ
クは大声を上げる。
そして彼は先ほどあの少年が剣術使いたちと戦っていた場所を見
ながら絶句していた。
ジャックの視線を追うように他の魔法使いたちもその光景を視界
に入れる。
その場には少年と戦っていたはずの剣術使いたちが地面に転がっ
ていた。
その数は4人で、離れた場所にもう1人うつ伏せになっている。
合わせて5人。
その少年が相手にしていた人数と同じだった。
﹁剣術使いたちを⋮⋮既に倒してから来たということか⋮⋮﹂
彼らは事態をなんとなく把握した。
信じられないことだが、きっとこの少年はやってのけたのだ。
一体どうすれば5人もの剣術使いを瞬く間に沈黙させ、あの距離
を一瞬で移動して凄まじい魔法の嵐から2人の少女を守ることが出
来るのか。
彼らには想像もつかなかった。
﹁ノア⋮⋮あなた⋮⋮﹂
﹁どうやって⋮⋮?﹂
270
﹁助けにきたよリリー、ルル。⋮⋮気になるだろうけど説明は後で
いいかな?﹂
彼女たちを安心させるかのように優しい笑みを浮かべる少年。
そして2人はノアの言葉に縦に首を振った。
﹁あらあら? 私には4人の剣術使いを丸投げしてきたくせに2人
には随分優しいのね?﹂
﹁エマ、おかえり! 任せたのはエマのことを信頼しているからだ
よ?﹂
﹁そ、そうなの? まあいいわ⋮⋮﹂
戦闘を終え、戻ってきたエマの機嫌をとるノア。
彼女は相変わらず可愛い性格をしていた。
﹁俺にも何をしたか教えてくれるんだろうな?﹂
突然ジークが横から現れる。
271
﹁第五部隊のみんなとは長い付き合いになりそうだしちゃんと教え
るつもりだよ。それよりジークはあとで助けに行こうと思ってたん
だけど⋮⋮全然必要なかったみたいだね。さっき見たらちょうど2
人目の相手を圧倒していたみたいだし。ジークってあんなに強かっ
たんだ?﹂
﹁いや∼、相手が油断してたからな! 運が良かったわ!﹂
﹁へぇ⋮⋮そうですか﹂
︵いや、あれは運が良かったとかじゃなくて、ただ実力で圧倒して
いた⋮⋮まだはっきりとはわからないが、ルーカスにも匹敵するん
じゃないか?︶
ノアの訝しげな視線を受け、ジークは目を逸らす。
何か秘密にしなくてはならない特別な訓練でも受けているのだろ
う。
﹁ノア! やはりあなたが作戦を台無しにしてしまいますのね。あ
の人も優秀な指揮官ですけどやはりあなたの力をみくびってました
わね﹂
ノアが考え込んでいるとノアたちと対峙していたルミスの魔法使
いの中から聞き覚えのある声で話しかけてくる人物がいた。
272
﹁ウェルシー! 危うく気付かずにあのまま睨み合いを続けるとこ
ろだったけどね。出来れば別働隊がどこにいるか教えてくれないか
い?﹂
﹁うふふ、それは⋮⋮﹂
﹁馬鹿め! 教えるわけなかろうが! これでもくらえ!!﹂
ウェルシーの言葉を遮り、隣にいたジャックがファイヤーボール
を放ってきた。
しかしノアたちに近づくと火球が真っ二つに割れて爆発した。
﹁いきなりなんです? 危ないな∼﹂
﹁ノア? 今は試合中ですわよ? いきなりも何もないでしょう?
それにファイヤーボールをただの身体強化だけで無効化しておい
てよく危ないなんて言いますわね、ふふふ﹂
﹁それもそうですね、ははは﹂
ウェルシーとノアは2人揃ってクスクスと笑う。
273
周りの者たちはそのような事をいとも簡単にやってしまう彼にも、
それに少しも同じない彼女にも驚きを通り越して呆れてしまう。
﹁今のはこいつがやったのか!? 身体強化のみで!? それより
ウェルシーはあいつの知り合いなのかい?!﹂
﹁ノアはわたくしの友人ですわ。試合前も彼と話していて遅くなっ
てしまったんです﹂
ウェルシーはにっこりしてそう言った。
﹁こ、こいつが⋮⋮⋮⋮くそ! くらえ! くらええ! くらええ
え!﹂
ジャックは何個もファイヤーボールを放ってくるが、
全てノアたち第五部隊に届く前に2つ切り裂かれ爆発してしまう。
﹁な、なぜファイヤーボールをただの身体強化だけで両断できるん
だ!? それになぜ火傷ひとつ負っていない!? わけがわからな
いぞ!﹂
ファイヤーボールをただの身体強化で両断出来るのは封刃のおか
げだ。
274
ただの魔剣で魔法を受ければいくら硬い魔石でできてるとはいえ、
衝撃でひびが入ったり折れたりしてしまう。
黒い帯型の魔具、封刃は衝撃を受けると吸収し、そのまま逆方向
へ跳ね返す効果を持っていた。
火傷がないのは切った後にすぐ身体強化を使って回避しているか
らである。
﹁あなた程度の魔法使いにやられるつもりはありません。もうやめ
ておいた方が賢明ですよ? ただの魔力の無駄使いです。降参して
下さい﹂
﹁なんだと!! このおおおお!!﹂
ジャックは怒り狂い前に進みながら次々にファイヤーボールを放
ってくる。
他の魔法使いはというと動けなかった。
いつの間にかにエマとジークが横から剣を突き付けてきたからで
ある。
ウェルシーは2人が動いたのを察知し、抵抗しようと試みたのだ
がエマに腕を掴まれ、刃を首に当てられた。
魔法使いなのに愚かにも前に進んでくるジャックはノアの回し蹴
りで地面に叩き付けられあっけなく気絶した。
﹁ウェルシー? 早く別働隊の居場所を白状したら?﹂
275
﹁わかってますわよ! それにしてもエマ、あなたに後ろをとられ
るなんて不覚でしたわ!﹂
﹁油断なんてしてなくても私にやられていたでしょ!﹂
﹁なんですって!!﹂
﹁なによ! 本当のこと言っただけじゃない!﹂
﹁ま、まあまあ2人とも落ち着いて!﹂
︵うわーウェルシーが本気で悔しがってる。今はこっちのモードな
んだな⋮⋮それよりこの2人こんなに仲悪かったっけ⋮⋮?︶
ウェルシーの別の一面を初めて見たジーク、リリー、ルルは目を
見開き驚いていた。
﹁まったく⋮⋮こんなにあっさりと負けるなんて思いませんでした
わ! どうせもうすぐ腕輪が作動してしまうことですし、仕方ない
から教えてあげますわよ! 別働隊は遺跡エリアまで追いつめてか
らアースの奇襲隊を倒すと言ってましたわ!﹂
276
﹁本当かい、ウェルシー? 嘘だったら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ノア? わたくしを疑ってますの?﹂
ウェルシーがすごくにこにことしながらそう言い放った。
︵やばい! ウェルシーさんかなり怒ってる! 俺にはわかる! そんな顔しないでよ! 怖すぎだよウェルシーさん! 僕が悪かっ
たよ!︶
﹁いえ、信じてますよ! あはは! 僕がウェルシーを疑うわけな
いじゃないですか! もう誰よりもウェルシーのこと信頼してます
よ! はは⋮⋮⋮⋮では腕輪で降参の信号を出して下さい!﹂
ウェルシーは﹁またですわ﹂とか﹁騙されませんわ﹂とか﹁やだ
わたくしったら﹂など顔を赤らめぶつぶつ呟き始める。
しかしウェルシーの機嫌がなおったと思ったら次は隣でエマが﹁
またウェルシーに負けた﹂とか
﹁私が一番じゃないの﹂とか﹁ノアのばか﹂など不機嫌そうに呟き
始めたのでノアはウェルシーたちに早めに降伏を促した。
ウェルシーたち魔法使いは腕輪に降参と念じ、
スクリーンにそれぞれの選手頭上に降参を示すマークがつく。
降参した選手がこれ以上誰かを攻撃をすれば強制的にそのチーム
277
が負けになるというルールだ。
﹁それではウェルシー、僕たちは急ぎますんで。では﹂
ノアとエマがリリーとルルを横に抱え、第五部隊はすごい速度で
遺跡エリアへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
﹁きゃーノアくん頑張ってー!﹂
﹁負けるなーアース!﹂
﹁きゃーかっこいいー! ノアくーん!﹂
﹁ジークくんも頑張ってー﹂
278
観客席のあちらこちらからこのような声援が聞こえてくる。
今巨大なスクリーンには右半分と左半分で別々の戦場が映し出さ
れている。
左半分はどうやら障害物の多い遺跡エリアでアース19人とルミ
ス10人の戦闘が繰り広げられているようだ。
右半分には2分割で例の少年を含めたアース11名とルミス20
名との衝突が映し出されていた。
一方は戦闘を全て映す俯瞰映像。
もう一方は現在、噂の美少年ノア、お姉さまに人気のジーク、ポ
ニーテールの似合う活発そうな少女エマが大きく映っている。
先頭に立つ少年の指示でポニーテールの少女が左側から来る4人
の剣術使いに突っ込んだ。
彼女は迫りくる刺突を次々にかわし、魔力の刃を何度も相手に叩
き込む。
エマの剣術はスピード重視で、一撃一撃は威力はないが猛烈な連
撃により相手を切り刻むという戦い方をしていた。
こういった対人戦闘での試合ではあまりに危険な攻撃は禁止行為
となっているので、
切るときは魔力の刃で調整し叩き付け、刺すときは魔力の刃の切
っ先を調整して突き飛ばすという戦い方をする。
魔法の場合も調整して打撲や軽度の火傷、感電、麻痺をさせる攻
撃しかしない。
279
閑話休題。
しばらくすると少女の前には剣の連撃によって意識を失う4人の
剣術使いたちがボロボロになった姿で転がっていた。
少女は容赦なく相手を叩きのめしたようだ。
﹁つ⋮⋮つよい!﹂
﹁さすがあのノアとか言う少年と一緒にいるだけはある!﹂
﹁彼女も凄腕の剣術使いだったんだわ!﹂
観客たちはあの活発な少女の評価を大幅に修正した。
◇◇◇◇◇◇
7人の剣術使いたちが少年たちに向かっていた。
280
その剣術使いたちのうちの2人がジークという斬馬刀のような大
剣を背負う少年に切り込む。
彼は重そうな大剣を軽々と前方に突出し、2本の斧を受け止めた。
ばちばちと魔力の刃が衝突する音。
彼は力を一瞬抜き、一気に斧を弾き返した。
よろめく剣術使いたちに追い打ちをかけるように巨大な銀の刃が
横から迫る。
しかしその斬撃を後ろに跳ぶことで避ける2人の剣術使い。
男たちはにやりと笑う。
重量のある大剣を横に薙ぐと慣性ですぐに切り返しが出来ないか
らだ。
必ずそこには隙が生じる。
重い斧を使う2人はそれを身を持って知っていたのだ。
そして男たちは大きく斧を振りかぶった。
しかし聞こえてきたのは男たちの悲痛の叫びと地面に叩き付けら
れる音。
ジークは慣性に抗い、男たちに避けられたあとすぐ剣を返し、無
理やり逆方向に薙いだのだ。
その巨大な銀色の刃は男たちの体に綺麗に入っていった。
﹁お、おい! 今度はジークってやつが2人の剣術使いをやったぞ
!!﹂
﹁信じられない! あの大剣をああもあっさりと振り回すなんてど
んな腕力だよ!﹂
281
﹁違う! 身体強化がすごいんだ! がたいはそこまで良くないが
すごいパワーアタッカーなんだよ!﹂
﹁ジークくーん! きゃーかっこいいー!﹂
観客はジークの評価も大幅に修正せざるを得なかった。
しかし多くの観客の目はやはりあの少年に集まることとなる。
第一回戦、ネイロとの戦いで大注目を集めた噂の少年。
こんなに噂になってしまったのはやはり外見にそぐわぬ圧倒的な
強さのせいだろう。
秀麗な顔立ち、優雅な立ち振る舞いからは想像のつかない力強さ
や素早さは観客の注目を浴びるのに難くなかった。
◇◇◇◇◇◇
282
7人のうち5人の剣術使いたちがノアに迫って来ていた。
やはりルミスは少年の噂を聞き、警戒していたのだ。
5人の剣術使いのうちの1人が最初に少年に剣を振り下ろす。
真っ直ぐに振り下ろされる銀色の刃を悠々とかわす少年。
初撃をかわされた女は振り返り再度剣を振るかと思ったが、何故
かそのまま真っ直ぐに走り出す。
1人目の剣の一振りをかわした少年の前には、残りの剣術使いた
ちが一斉に迫ってきていた。
﹁ノア君危なーい!﹂
﹁真横からも来ているぞー!﹂
﹁きゃーやめてー!!﹂
観客は迫りくる4人もの剣術使いたちにやられてしまう少年の姿
を予想していた。
しかし、スクリーンに映し出される映像はその予想を大きく裏切
っていた。
﹁す、すごい! すごすぎるわよ! 何今の!?﹂
﹁なんてやつだ!? 一瞬で4人の剣術使いを⋮⋮﹂
﹁きゃーかっこいいー! ノアくーん!!﹂
283
少年は剣術使いたちの武器を弾き、回転切りで切り飛ばしたのだ。
そのあまりにすごい剣技に、観客たちは驚愕し称賛の声をあげた。
称賛の的になっている少年が振り向くと表情が険しくなる。
その様子をスクリーンで確認した観客たちは、俯瞰映像の方で少
年の目線の先を確認した。
﹁あ!?﹂
﹁残りの1人がノアくんの仲間の魔法使いのところに向かっている
ぞ!﹂
﹁⋮⋮!?!?﹂
2人の少女に迫る剣術使い。
それに気付いた少女たちが驚き手を止めてしまう。
少女たちに向かい放たれた魔法が一斉に襲い掛かろうとしている。
間に合わないと誰もがそう思った。
そして少女たちを無数の魔法が襲った。
その凄まじさを物語るかのような轟音と広範囲にわたる土煙。
観客たちは少女たちがあの魔法を受けて無事でいるはずがないと
青ざめる。
﹁ノアくんがいない!!﹂
284
その時、観客の一人が大声で叫ぶ。
それを聞いた観客たちが先ほどの映像に目を戻すと辺りに少年の
姿がない。
すると突然その映像が何故か土煙の立ちのぼる場所に切り替わっ
た。
土煙が晴れるとともに観客たちは皆目を疑った。
﹁え⋮⋮!? ノアくん!?﹂
﹁何故あの場所にいるんだ!?﹂
スクリーンに映る3人の少年少女たち。
そのうち2人は先ほどの少女たち。
そしてその前にいるのはあの少年だった。
観客たちは一体何が起こっているのかわからない。
大怪我をしてもおかしくないほどの魔法を受けても怪我ひとつな
い少女たち。
それどころか少女たちの周囲だけ地面に傷がない。
それ以外の場所は深く抉れたり、焼け焦げたりしているのに⋮⋮。
そして消えた少年の姿と映像の切り替え。
映像は少年の発信機を追い、今回の試合では常に張り付いていた。
それを考えると録画石も追いつかない速度で移動したということ
になる。
しかしそれはあり得ない。
過去一度も録画石が出場者の速度に追いつかないことなどなかっ
たからだ。
だがそれらのことから導き出される答えはひとつだけだった。
285
少年が録画石の追いつかない速度で移動し、
少女たちに迫りくる魔法をすべて防いだということ。
﹁あの魔剣はなに!?⋮⋮あ!?﹂
観客席が静まる中、1人の女性がそう言い放った。
それは鳥のさえずりすら聞こえるくらいに静まり返った会場によ
く響き渡る。
少年の持つ魔剣が少し光っていた気がするのだが、
少年の魔剣に一瞬で巻きつく細くて黒い帯状のもののせいでよく
わからなかった。
ほとんどの観客たちはただ銀色の魔剣が光りの反射でそう見えた
だけだと決め込んだ。
そんなことよりどうやってあの魔法を防ぎ切ったのか。
観客たちはそっちの方が気になった。
きっと円形に何かを張ったのではないかと思うぐらいはっきりと
境目がわかる地面。
しかし少年のような剣術使いにそんなことが出来るのだろうか。
物凄い剣術を使えばもしかしたらあの魔法の嵐は相殺出来るのか
もしれない。
それだけでも信じられないのだが⋮⋮。
だが観客たちはただ剣術で防いだとは思えなかった。
何故なら、仮に魔法を剣術で相殺出来たとしてもあんなにくっき
りと円形に守ったとわかる地面の境目は出来ないからだ。
もしかして⋮⋮誰もがその可能性を考える。
しかし、もしそうだとしたらあの少年は今まで力を半分も出して
286
いないことになる。
それどころかあの少年は今回の集団戦で身体強化しか使っていな
いのではないか。
観客たちの思考は停止してしまった。
そして誰もがそれはあり得ないと決めつけた。
それからしばらくして第二回戦目の試合に決着がついた。
◇◇◇◇◇◇
﹁ごめんなさい﹂
﹁いや、いいんだ。そもそもノア君たちがいなければきっと一回戦
突破も難しかった。今ならわかるよ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
287
﹁少年、我々も同意しての作戦だったじゃないか。君が責任を感じ
る必要はない﹂
﹁そうだ、皆お前に感謝してる。そうだよな?﹂
控え室にいる出場者たちは揃って頷き肯定した。
今ノアと話しているのはバルト、ダイク、ゴルドの3人だ。
彼らやその周りの者たちは腕や足に包帯を巻いていた。
﹁ごめんよ、僕たちのせいで決勝戦が大分きつくなってしまうね﹂
バルトが頭を下げると第一部隊から第四部隊の者たちが頭を下げ
る。
第二部隊だけは半分しか頭を下げていないが。
﹁みなさん、頭を上げてください! みなさんが謝る必要なんて全
くありませんよ! それと⋮⋮残りの者たちで話し合ったんですが、
決勝戦は棄権します﹂
﹁なんでだい!? 僕はノア君たちだけでも勝てる可能性があると
思っていたんだけど⋮⋮﹂
288
﹁いえ、いくらなんでも消耗している7人対万全状態の20人では
危険すぎます﹂
去年の優勝国で決勝戦が初戦となるオルケアが何故30人ではな
く20人なのかというと、大会のルールにより決勝戦では相手チー
ムとの人数差を10人とするように調整しているためだ。
しかし人数を調整するということは、去年優勝した国からは出場出
来る選手が少なくなってしまうということでもある。
それはそもそもの大会の目的である人族の力の向上に支障をきたし
てしまうということなので、優勝国チームの出場者数を減らすのは
10人までとされていた。
つまり、相手が負傷などで17人の場合は3人減らして27人、相
手が14人なら6人減らして24人、7人なら10人限界まで減ら
して20人となるのだ。
人数差を10人までとする理由はもうひとつあった。
それは優勝国チームの初戦がいきなり決勝戦となってしまうからだ。
まだ会ったばかりの者と一緒に戦うことになるので、二回戦を勝ち
抜いてきた相手に対し、かなり不利になってしまう。
相手が二回戦を勝ち抜くと同時にチームワークも高まっているのは
想像に難くないだろう。
集団戦闘においてチームワークは非常に重要なものであった。
﹁皆さん、本当にすいません。僕がもっと早くに別働隊の存在に思
い至っていれば⋮⋮﹂
289
ノアは続けて皆に頭を下げて謝罪した。
ノアたちはウェルシーと別れて遺跡エリアに向かっている途中で
別働隊と遭遇していた。
距離を考えると荒地エリアで睨み合い状態が続いていた頃にはバ
ルトたちはやられていたことになる。
彼らがやられたとわかって普段冷静なノアですら頭に血が上り物
凄い勢いで突撃した。
ルミスの10人はというとノア、エマ、ジークの気迫に圧倒され、
何もできないままやられてしまった。
そして試合終了のブザーが鳴り響き、アースは数十年ぶりに決勝
戦へ進出する。
﹁しょうがないさ! 今年のランク13∼15のアースチームはみ
んな、もちろんノア君だって貴重な経験になったはずだよ? この
経験は僕たちをきっと強くする。それに僕たちアースはノア君たち
のおかげもあって二回戦勝ち抜いたからその分の賞金を手にするこ
とが出来るよ! 集団戦でアースがこんなに賞金を貰えるのは初め
てじゃないかな!? 優勝出来なかったのは悔しいけど、そんなに
落ち込むことはないさ!﹂
他の者たちもバルトと同様に落ち込むどころか寧ろ喜んでいるよ
うだったた。
よくここまで戦ってこれたなと。
第五部隊の者たちだけが落ち込んでいたらしい。
この空気を壊そうとする者は第五部隊の中には誰1人としていな
290
かった。
第五部隊の者たちも歓喜の渦に自ら巻き込まれていく。
今年、ランク13∼15、集団戦、アースと表示される扉の控え
室はとても明るく賑やかだった。
291
第15話
第二回戦、アース対ルミスの試合が終わってしばらく経った頃、
ある部屋では話し合いが行われていた。
そこは闘技場の中にある、関係者以外立ち入り禁止区域内にある
部屋のうちのひとつ。
部屋の中には魔石を特殊加工してつくられたあの巨大スクリーン
の小型版が壁に設置されていて、その前には長いテーブルといくつ
もの椅子が並んでいる。
その2メートル四方のスクリーンにはフィールドの様々な場所が
多分割で映っていて、今、その中の1つが大きく拡大されていた。
そこには綺麗に整った顔立ちをした少年が物凄い勢いで相手に突
撃をかける姿があった。
﹁彼をどう思う?﹂
﹁かなり強いですね。実力の半分も出していないといった感じでし
ょうか﹂
﹁あら? カルスさんがそこまで他人を評価するなんて珍しいです
ね﹂
292
﹁エトラ、お前の評価はどうだ?﹂
﹁私もカルスさんと同じ意見です。それにあの可能性についても脈
ありだと思います。ライバさんはどうお考えなんですか?﹂
﹁わたしもそう思う。少女たちを守った時、あれはおそらく魔法で
防いだのだろう。しかし属性がわからない。お前たちには見えたか
?﹂
2人の男女が首を傾げ、うーんと唸った。
﹁映像管理室に少年をもっと沢山の録画石で撮ってもらうよう命令
を出しておくべきだったな。注目しておけとしか言わなかったのは
失敗だった﹂
ライバという明らかに2人より年上の男は眉間に皺を寄せる。
﹁これ以上は良くないですよ、ライバさん! ただでさえわたした
ちのせいでこんなに目立ってしまったというのに⋮⋮﹂ ﹁わたしたち? カルスさんがあの少年が気になると言ったからで
しょう? ライバさんはわざわざ映像管理室まで行って下さったん
ですよ?﹂
293
﹁子どもなのにただならぬものを感じたんだ。気になってしまった
のは仕方ないだろう。でもまさかあの少年が魔導騎⋮⋮﹂
﹁カルス!﹂
ライバはカルスの言葉遮り、叱責する。
﹁⋮⋮申し訳ありません。禁句でしたね。それにしても魔剣を意図
的に隠してるのはやはり、銀色ではないからですかね?﹂
カルスは2人に頭を下げ、そして少年の持つ魔剣について言及す
る。
﹁銀色でない魔剣で剣術を使うのはあの可能性を示してしまいます
からね。しかし何故そんな面倒なことするのでしょう。最初から魔
法だけを使っていれば普通に戦っていてもばれないのに⋮⋮﹂
﹁そこだ。何か魔法を使わない理由があるのだろう。しかし、少女
たちを守った時のあれが剣術によるもので、本当に魔法が使えない
という可能性もある。⋮⋮なんにせよ探ってみるしかない。わたし
が動く。エトラ、その時の少年の様子をよく観察しておけ。そして
可能なら接触しろ。なるべく人目につかない方がいい。観客の疑い
294
が確信に変わってしまうおそれがあるからな﹂
﹁わかりました。でもライバさんは出場登録をしてないのでは⋮⋮
?﹂
﹁それについては問題ない。⋮⋮ではこれにて解散する。いつもの
通り人に見られないよう十分に注意を怠るな。それでは⋮⋮﹂
3人はドアを開けると、一瞬で部屋から消えた。
◇◇◇◇◇◇
試合後、ノアたちは怪我をしているバルトの代わりに決勝戦を棄
権することを報告するため、受付に向かっていた。
その途中で沢山の者たちから頻繁に話しかけられているのは言う
までもないだろう。
そしてそれをよく思わない者たちがいた。
295
﹁それにしてもノア、随分と女性からモテますのね⋮⋮?﹂
﹁ほんとよね。なんなの⋮⋮まったく⋮⋮﹂
﹁別にそんなことはな⋮⋮﹂
﹁ありますわ!﹂﹁あるわよ!﹂
ウェルシーとエマは2人で同時にノアの言葉を遮った。
そして先ほどから話しかけてこようとする女性たちを防ぐかのよ
うに立ち回り、2人で連携して睨みを利かせている。
︵なんだなんだ⋮⋮? さっきまで試合であんなに言い争ってたく
せにもう仲直りしたのか? 女ってよくわからんな⋮⋮︶
ノアは華麗な連携プレーを見せる2人に首を捻る。
ジークやルルは2人を見て何か考えるような顔をしていた。
そこへいきなり爆弾を放り込んでくるお淑やかなお嬢様がいた⋮
⋮。
﹁少し気になったのですが⋮⋮ウェルシーさんとエマさんはノアの
296
ことを好いていらっしゃいますの?﹂
﹁リ、リリーさん!?﹂
リリーの爆弾発言にルルが慌てておどおどし始めた。
普段落ち着いている彼女がこんな状態になるのは珍しい。
﹁そんなわけないですわ。ふふふ、おかしなことを仰いますのね⋮
⋮リリーさんったら何を勘違いなさっているのかしら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そ、そうよ! 全然そんなんじゃないんだからね⋮⋮﹂
ウェルシーは平静を装っているみたいだったが、笑顔が少し引き
つっている。
エマは少し時間をおいてから否定したが、相変わらずわかりやす
かった。
﹁リリー⋮⋮わざとか? それとも天然なのか⋮⋮?﹂
﹁何がですの? 気になったから聞いてみただけですけれど﹂
何を聞いているのかわからないあたり、リリーはしっかり者に見
297
えて意外と天然らしい。
ジークは深くため息をついた。
そんなこんなで慌ただしく受付に到着し、ノアは係員に声をかけ
た。
﹁⋮⋮はい、なんでしょうか?﹂
係員はノアたちを見て一瞬固まったが、なんとか普通に対応して
みせた。
しかし、ノアたちから見れば無理して平静を取り繕ってるのがば
ればれだ。
﹁⋮⋮僕はランク13∼15の集団戦アースの代表としてここに来
ました。決勝戦のことについてなんですが⋮⋮こちらの損害が激し
く、まともに戦える状態ではないので棄権させて下さい﹂
﹁は、はい! ではご本人確認のため証明カードを台座にかざして
下さい⋮⋮はい、確認できました。大会本部には伝達しておきます。
それと賞金の方も入金しておきましたのでご確認ください。そちら
の皆様も出場選手の方がですか⋮⋮?﹂
今日の試合ですごく目立っていた彼らを知らないはずはないのだ
298
が、係員は確認の言葉を投げかける。
﹁はい。みんな、ちょうどいいから入金してもらって⋮⋮あれ? エマとウェルシーは?﹂
受付に決勝戦辞退の報告を済ませ、皆に賞金の受け取りを勧めよ
うとした時、ノアは2人の不在に気付いた。
何故かウェルシーとエマがどこかへ行ってしまっていたのだ。
受付付近でしばらく待っていると、2人は一緒に戻ってきてそれ
ぞれノアたちに突然の不在を詫びた。
2人の入金も済み、皆が揃ったところで一行は観客席へと向かう。
もちろんここでも、2人のボディーガードが目を光らせていた。
その様子を見て、ノアは以前より何故か2人の仲が良くなってい
たことに気付く。
◇◇◇◇◇◇
ウェルシーは悩んでいた。
299
︵わたくしったら本当にどうしてしまったのでしょう⋮⋮。なんで
彼を見るだけでこんなに胸が張り裂けそうになってしまうの⋮⋮?︶
今日出会ったばかりの少年。
彼は容姿端麗で魔導書を何冊も読破してしまうほどの聡明さを持
つ。
それに彼の剣術はこの会場の誰もが度肝を抜かれるほどのものだ
し、例の光属性魔法に関してはもう想像のつかない領域だ。
いずれ彼は魔導騎士になるのだろう。
しかし、彼を気になっているのはそれだけの理由ではない。
彼はなにより性格が良かった。
強さを持つが故に驕った態度をとったりはしないし、高位家の者
でありながら地位の低い家の者を見下したりもしない。
相手を気遣うことが出来る人間なのだ。
しかし一見完璧に見える彼にも実は大分抜けているところがあり、
支えてあげたくなってしまう。
︵わたくし⋮⋮本当に彼のことが⋮⋮いえ、違いますわ! きっと
一時の気の迷いというやつです! でも⋮⋮︶
ウェルシーの視線の先には彼に話しかける数々の女性たち。
試合を観てファンになってしまったんだろう。
確かにあの外見であの強さ、さらにはその優雅な立ち振る舞いを
300
見れば誰でも虜になってしまうのも無理はない。
これはある意味なるべくしてなった状況だ。
自分には関係のないこと。
放っておけばいい。
それなのに⋮⋮。
︵何故こんなに嫌な気持ちになってしまいますの⋮⋮。やめてくだ
さい⋮⋮ノアと話さないで⋮⋮もっと彼にわたくしを見てもらいた
い。わたくしだけを⋮⋮︶
﹁それにしてもノア、随分と女性からモテますのね⋮⋮?﹂
︵先ほどから一体どれだけの女性に話しかけられているのかしら!
まったく、少しは自制して欲しいものですわ! ⋮⋮別に彼が悪
いわけではないのかもしれないですけれど、あんなに優しそうな笑
みを向ける必要はないと思いますわ! わたくしだけに⋮⋮やだ何
を考えているのわたくしったら⋮⋮恥ずかしい⋮⋮︶
﹁別にそんなことはな⋮⋮﹂
﹁ありますわ!﹂﹁あるわよ!﹂
301
︵なに!? 彼は今そんなことはないとでも言おうとしたのかしら
!? 信じられませんわ! あんなに沢山の女性に囲まれておいて
まだ全然モテていないとでも思っているのかしら!? どれだけ欲
張りな方なの!? しかし男性とはそういう生き物だとお母様も言
ってましたし⋮⋮これはわたくしが彼に女性を近づけさせないよう
にする必要がありますわね︶
﹁少し気になったのですが⋮⋮ウェルシーさんとエマさんはノアの
ことを好いていらっしゃいますの?﹂
︵え!? ちょっとリリー!? 彼の前でなんてことを⋮⋮!? べ、別に彼のことなんて⋮⋮彼のこと⋮⋮好⋮⋮⋮⋮やだ⋮⋮恥ず
かしい⋮⋮ん∼もうっ! リリーのお馬鹿さん! と、とりあえず
毅然として答えてやりますわ! わたくしはこんなことでは動揺な
んてしません!︶
﹁そんなわけないですわ。ふふふ、おかしなことを仰いますのね⋮
⋮リリーさんったら何を勘違いなさっているのかしら⋮⋮﹂
︵はっ!? ノアの前で好きじゃないと断言してしまいましたわ⋮
⋮つい負けず嫌いな性格が出てしまいました⋮⋮これでは彼に嫌わ
れてしまわないかしら⋮⋮? 不安ですわ⋮⋮。ですがエマも⋮⋮
いえ、彼女の場合は好きと言ってるようなものよ⋮⋮あの態度を見
ていれば一目瞭然だわ! でも一応聞いてみようかしら⋮⋮︶
302
◇◇◇◇◇◇
エマは悩んでいた。
︵もー!! 最近ノアの近くには女の人が多すぎるわよ! 最初か
らいるのは私なのにー! むぅぅ!!︶
7年前からずっと一緒にいる少年。
彼は最近どんどん外見が良くなってきていて、魔力の知識や扱い
に関しても昔とは比べものにならないほどすごい。
剣術だって全然追いつけなくて、光属性魔法との併用になるとも
う想像もつかないくらいに威力が跳ね上がる。
もう絶対に魔導騎士間違いなしだ。
しかし、彼を好きなのはそれだけの理由ではない。
彼はなにより性格が良かった。
正直思い返してみれば今まで自分は彼に対してあまりにひどい行
303
動をとってきた。
彼が初めて村に来た時、ただ早歩きで村中連れまわして、きちん
と説明もしてやらなかったと思う。
魔力の扱いを教えてもらう時には、彼の説明があまりにもわから
なくて頭に血が上ってしまい、魔剣を彼に向かって振り回して追い
かけてしまったこともある。
自分でもなんであんなひどいことをしたのかがわからない。
反対の立場なら自分みたいな奴は相手にしないで無視するだろう。
けれど彼は違った。
全然まともではなかったはずなのに、楽しかったからまた案内し
て欲しいと言ってくれた。
自分の教え方が悪かったと私に謝ってくれた。
それからの授業はわかるように工夫してくれたみたいで、結構す
んなり入ってきた。
今の自分が剣術を使えるのは全て彼のおかげだろう。
彼は剣術の他にも算術や剣の振り方など様々なことを丁寧に教え
てくれた。
今の私を形成する大半は彼によるものだと言ってもおかしくない
くらいだ。
恩返ししたいと思っている。
︵⋮⋮ノアのこと好きだもん! 他の人には負けないんだから! ノアは私だけのものよ!︶
﹁それにしてもノア、随分と女性からモテますのね⋮⋮?﹂
304
﹁ほんとよね。なんなの⋮⋮まったく⋮⋮﹂
︵ウェルシーの言う通り、本当にさっきからノアに話しかけてくる
女が多いわね! なんなのよいきなり! 今日の試合でちょっとノ
アのことを気に入ったぐらいのあなたたちに気安く話しかけないで
もらいたいわ! それにノアもノアよ! 少しは話しかけられない
ように努力しなさい⋮⋮まあそれは無理にしても、そんな相手を見
惚れさせちゃうような笑顔をそこらの女に向けるのは駄目! ほら、
さっきから女たちの目がおかしなことになってる⋮⋮いつもは私だ
けに向けてくれるのに⋮⋮。ノアのばか!︶
﹁別にそんなことはな⋮⋮﹂
﹁ありますわ!﹂﹁あるわよ!﹂
︵ノアのばかばかばかー!! こんなのモテたうちに入らないって
こと!? 信じられない! ノアには私だけで十分って言ってもら
いたい⋮⋮きっとノアがこんなだから他の女が寄ってくるんだわ。
私が女たちを追い払わないと!︶
﹁少し気になったのですが⋮⋮ウェルシーさんとエマさんはノアの
ことを好いていらっしゃいますの?﹂
305
︵いや⋮⋮だめよそんなこと聞いたら⋮⋮。言えるわけないじゃな
い⋮⋮好きに決まってるわ。ずっと⋮⋮ずーっと前からだもん。で
もノアに直接なんて恥ずかしくて無理よ⋮⋮ん∼もう! リリーの
ばか! なんて答えればいいの!︶
﹁そんなわけないですわ。ふふふ、おかしなことを仰いますのね⋮
⋮リリーさんったら何を勘違いなさっているのかしら⋮⋮﹂
︵ウェルシー、あなたはそう答えることにしたのね。でも私から見
たらあなたがノアのことを気になり始めてるのは一目瞭然よ! ⋮
⋮好きじゃないなんてあまり言いたくないんだけどウェルシーもそ
うしてるし、好きとは言えないから私もそうしようかな⋮⋮︶
﹁そ、そうよ! 全然そんなんじゃないんだからね⋮⋮﹂
︵あーあ、ほんとは違うのに⋮⋮⋮⋮まあ行動で示せばいつかはわ
かってくれるよね? でもノアはすごく鈍感だからな⋮⋮。不安だ
わ⋮⋮。それよりウェルシーはほんとにノアのこと気になってるの
かな⋮⋮? 私の勘違いかもしれない⋮⋮聞いてみようかな⋮⋮︶
◇◇◇◇◇◇
306
今、ノアは受付で決勝戦を棄権するための手続きを行っている。
︵チャンスですわ!︶
︵チャンスよ!︶
﹁ねえ、エマ?﹂
﹁ねえ、ウェルシー?﹂
︵なんですの!? 彼女もわたくしに何か話したいことがあるのか
しら⋮⋮?︶
︵なに!? ウェルシーも私に話したいことがあるの⋮⋮?︶
ノアが受付で手続きをし始めたと同時に、2人はお互いに声をか
け合った。
﹁お話ししたいことがありまして⋮⋮ちょっといいかしら?﹂
﹁うん、いいわよ。私もちょうど聞きたいことがあるの。場所を変
307
えましょう?﹂
そう言って2人は休憩所のある方の通路まで戻っていく。
2人の間には何か気まずい沈黙が続いていた。
そしてノアたちから見えない場所までたどり着くと2人ばっと向
き合う。
﹁きっと話したいことってノアについてのことなのでしょう?﹂
﹁そうよ。やっぱりわかってたのね。それで⋮⋮ウェルシーはどう
なの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
エマの質問は他の人が聞いたらきっと﹁何が?﹂と返されてしま
うだろうが、ウェルシーにはちゃんと伝わっていた。
ウェルシーは黙ったまま俯き、頬を赤く染める。
そしてその行動こそが質問への答えになっていた。
﹁やっぱりね⋮⋮。ウェルシーわかりやすいんだもん。すぐにわか
ったわ﹂
﹁ええ!? そ、そんなにわかりやすかったでしょうか⋮⋮? ど、
308
どうしましょう⋮⋮わたくしはてっきりばれていないと⋮⋮うぅ⋮
⋮﹂
ウェルシーは恥ずかしさが限界に達し、涙目になってしまってい
た。
﹁え、ええ!? だ、だいじょうぶよ、ウェルシー! ノアはとて
も鈍感だからきっと何も気づいていないわ! だから泣かないで?
よしよし﹂
エマはウェルシーの頭を優しく撫でて落ち着かせる。
しばらくしてウェルシーは泣き止んだ。
﹁はしたないところを見せてしまいましたわね⋮⋮ごめんなさい。
それと⋮⋮エマ、ありがとうございました。あなたは本当に優しい
のですね﹂
﹁いいのよ。私こそごめんね? まさかウェルシーが泣いちゃうな
んて思わなくて⋮⋮﹂
﹁わたくし⋮⋮恋をするのが初めてで⋮⋮。気持ちのコントロール
が上手く出来なくなってしまって、自分でもよくわかりませんの⋮
⋮﹂
309
﹁じゃあ私と一緒ね! 私も初恋の相手がノアなの⋮⋮ノアのこと
になるといつもの自分じゃなくなっちゃうみたいで⋮⋮﹂
﹁そう⋮⋮やはりエマもノアのこと好きだったんですわね。それも
今も変わらずに⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮ウェルシーみたいに、初めて会った日からかな⋮⋮気に
なり始めたの﹂
エマは昔のことを思い出しているようだった。
その様子を見て、ウェルシーは目を伏せる。
﹁ではそんなに前から彼のこと⋮⋮わたくしには叶わぬ恋だったの
ですね⋮⋮﹂
ウェルシーは幼い頃からずっとノアのことを慕い続けてるエマに
対して引け目を感じていた。
それでこの恋は許されないものだと思い込んでいるのだ。
彼女はすごく落ち込んでしまう。
﹁ウェルシー? 恋敵にこんなこと言うのもあれだけど⋮⋮全ては
ノアが誰を選ぶかじゃない? 私が許さないとかそういうのは少し
だけ違う気がするわ。それに、そんなに簡単に諦められるの?﹂
310
﹁エマ⋮⋮でもいいんですの? 私はあなたにとって邪魔な存在で
しかないのよ⋮⋮?﹂
本当ならばウェルシーが遠慮をして、彼のことを諦めるならばそ
れに越したことはないはずだ。
しかしエマはその悲しげな表情を浮かべるウェルシーを見て、例
え自分にデメリットしかないことだとしてもそのまま放っておくこ
となんて出来なかった。
﹁いいの! ノアに選ばれたら勝ち。恨みっこなしよ! ふふふ、
それでいいじゃない?﹂
エマはにっこりと笑みを浮かべ、ウェルシーにそう告げた。
﹁あなた、お人好しにもほどがありますわよ。ふふふ、ありがとう
ございます﹂
ウェルシーはエマに礼を述べる。
本来ならばそんなに長い間想い続けてる人をぽっと出の女が横取
りしてこようとすれば、大変不快に思い、罵声のひとつでも飛び出
してきそうなものだ。
彼女は本当に心根の優しい人物だった。
311
﹁それにノアはモテるから恋敵の一人や二人増えたところで大差な
いわ。でも⋮⋮﹂
エマは深刻そうな顔をしている。
﹁見ず知らずの人たちだけにはノアを譲れませんか? ふふふ、そ
れはわたくしもですわ⋮⋮!﹂
ウェルシーの表情には怒りや嫉妬の成分が含まれていた。
2人ともノアに気安く話しかけてくる女性たちが気に食わないら
しい。
﹁だからね、私とウェルシーで協力してノアに近づけさせないよう
にしましょう?﹂
﹁先ほども2人でそうしていましたしね。いいですわよ!﹂
﹁じゃあそういう場合に限り協力し合いましょうね。だけど私たち
が恋敵なのは変わらないわ! 負けてあげるつもりなんてこれっぽ
っちもないんだから!﹂
﹁わかっていますわ! わたくしたちはライバルですものね。わた
312
くしも負けませんわ!﹂
こうしてエマとウェルシーは協力して共通の敵を排除する協定を
結んだのであった。
313
第15話︵後書き︶
多分次から色んなことが大きく動き出します。
314
第16話︵前書き︶
魔導騎士の属性を変更しました。
315
第16話
ノアたちは受付で決勝戦辞退の手続きを終え、特別席エリアのル
ーカスたちが座る一角へと向かっていた。
しかし、しばらく歩いていると一行は足を止めざるを得ない状況
になっていた。
﹁おいおい、なんだなんだ⋮⋮?﹂
﹁何かわたくしたちに御用ですの?﹂
ジークとリリーは訝しげな視線を目の前に立ちふさがる者たちに
送りながらそう問いかけた。
ルーカスたちの座る席まであと数十メートルの場所で、ノアたち
の進路を遮るように十数名かの集団が現れたのだ。
彼らはノアたちと同い年か少し上ぐらいの少年少女たち。
その目には憤怒の色が見受けられる。
﹁いきなりすまないね∼ちょっといいかい?﹂
先頭に立つ高そうな装備に身を包まれた男が、心のこもっていな
い謝辞を述べながら集団から一歩前へと出てくる。
316
エマがその失礼な態度に噛みつこうとすると⋮⋮
﹁ほんとにいきなりだな。あんたたちは何者だ?﹂
ジークが相手に食って掛かろうとするエマを制するように、先に
目の前の集団へと言葉を発した。
彼女が出ていくとろくなことにならないだろうと思い、出鼻を挫
いたのだ。
﹁おおっと失礼。わたしたちは決勝戦で君たちと戦うはずだったオ
ルケアのチームさ。君たちに聞きたいことがあってね⋮⋮何故決勝
戦を辞退したんだ?﹂
男がそう問いかけると周りにいた者たちの目つきがより一層鋭く
なった。
﹁アースチームの被害が酷かったからですよ。怪我人が多く出てし
まいましたからね﹂
相手の様子を見て、ノアがエマたちの前に割って出た。
一触即発の雰囲気を感じ取り、彼女らの前に出ておこうと思った
のだ。
相手が跳びかかってくるのを防ぐと言うよりは、彼女たち、厳密
に言えばエマが相手に跳びかかってしまわないように壁になるとい
317
う目的があった。
﹁そうだよ。試合観てればわかっただろ? あんな状態で試合なん
て普通は⋮⋮﹂
﹁確かに普通ならばそうだろうね! しかし君たちは普通ではない
だろう!? 特にそこにいる少女と君たち二人の戦いぶりはもう常
軌を逸していた⋮⋮あの人数差でも十分戦えたはず! 何故戦わな
いんだ! 一度も戦わずして優勝なんていい笑い者だぞ!﹂
男はジークの言葉を遮ってエマとノア、ジークを指しながら怒鳴
るように言い放った。
確かにアースのチーム内でもそのような話しはされていた。
きっと第五部隊、特に剣術組三人がいればこの人数差でも戦える
だろうと。
しかしノアとジークは試合を棄権することを強引に押し通した。
二人は決勝戦に出ることで、さらに面倒なことが起こるのを忌避
したのだ。
﹁買い被りすぎです。いくらなんでも無理があるでしょう﹂
﹁ああ、確かにあんたたちには悪かったと思うけど無理なもんは無
理だ﹂
318
二人は頑として試合の出場は無理だったと主張する。
それ以外に言いようがなかった。
面倒事を避けるためだなんてことは、口が裂けても言えないだろ
う。
﹁なんだとこの⋮⋮﹂
﹁おいそこ! 何をやっている!﹂
騒ぎを聞きつけた会場の警備兵たちがノアたちの方へと集まって
くる。
﹁ちっ⋮⋮覚えていろよ! その顔は忘れないからな﹂
男たちは駆けつけてくる警備兵の姿を視界に捉えると、いかにも
なセリフを吐き捨てて足早にその場を去っていった。
入れ替わりで警備兵たちがやってきてノアたちの前で立ち止まる
と、逃げていく少年少女たちを見て呆れたような表情をつくる。
﹁大丈夫かい? きっとこうなるだろうと本部から連絡があってね。
揉め事が起こらぬよう周囲の警備を強化していたんだが間に合わな
かったようだ。申し訳ない﹂
319
﹁いえ、いいんです。助けて頂いてありがとうございました﹂
大会本部はオルケアの不戦勝をアナウンスで流した後、このよう
にノアたちに難癖をつけてくる輩が出てくるだろうと予想して、警
備兵を増員させていた。
広大な観客席の中で起こったことなのに、すぐ警備兵が駆けつけ
たのはそのためだろう。
決勝戦で不戦勝になったチームはしばしばこういうことを起こす
そうだ。
ノアは警備兵に礼を述べ、彼らは報告のため大会本部へと戻って
いった。
そして再びルーカスたちのところへ向かおうと歩き始める。
﹁あの∼すいません﹂
﹁なんだなんだ? またか?﹂
突然話しかけてきた少女を見て、ジークはため息を吐いた。
やっと進めると思った直後にこれだ。
ため息を吐いてしまうのも仕方がないだろう。
﹁ジークさん、失礼ですわよ? いきなりそうと決めつけるのは良
くないと思いますわ﹂
320
﹁そ、そうだな。すまなかった﹂
ジークはウェルシーに注意を受け、目の前に立つ少女に軽く頭を
下げた。
﹁それであなたは一体何の御用ですの? 先ほどの失礼な方たちと
一緒にいたようですけれど⋮⋮﹂
﹁え!? そうだったのか!? じゃあやっぱり⋮⋮﹂
﹁確かに一緒にいましたが、それは誤解です。私がノアさんに個人
的なお話があってここに来たら偶然あの人たちがいて、同じチーム
だからと強引に引き込まれたんです﹂
彼女はただノアと話しをしにきただけで警備兵に追い払われたこ
とを不満げに漏らす。
その様子を見て少女の狙いが本当にノアなのだとわかり、ウェル
シーとエマの目がぎらっと光った。
この少女を排除する方向に決めたようだ。
﹁一体ノアになんの話ですか? 一緒に食事する約束とかそういう
のはやめて下さいよ?﹂
321
﹁そんな話ではありません。ですがあなた方に話せるような内容で
もありません。二人きりでお話したいのです﹂
﹁そ、そんなの駄目ですわ! そうやって先ほどから色んな女性が
話しかけてくるのですから!﹂
﹁そこらの女性と一緒にしないで下さい。私にはそのような下心は
一切ありません。それにノアさんにとっても、きっと有意義な話に
なると思います﹂
エマとウェルシーは必死に追い払おうとするが、彼女は一歩も譲
ろうとしない。
彼女の表情は至って真面目で、何か強固な意志を内に秘めている
ようであった。
決して引こうとしない彼女の頑固さに二人の警護役は敗北を喫し、
渋々といった顔で了承する。
﹁ではみなさんは先に戻っていて下さい。エマ、もし父様たちが帰
るのに待たせるようだったら先に帰ってもらってくれ。宿へは一人
で戻るから﹂
ランク十三∼十五集団戦はオルケアの不戦勝で終了し、ランクフ
リー魔力無し個人戦の方は今行われている決勝戦で最後なので、長
話になると皆を待たせてしまう恐れがあった。
322
そういった理由からノアは一応皆に別れを告げて、少女と一緒に
観客席から一階ロビーの方へと向かっていく。
﹁本当に大丈夫かしら⋮⋮?﹂
﹁心配よね⋮⋮﹂
ウェルシーとエマはノアの後ろ姿を最後までずっと見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
ノアはエマたちと別れた後、少女に連れられて休憩所の広場に多
数存在するプライベートルームに入る。
この部屋の壁やドアは中で騒いだり、内密な話をしても平気なよ
うに完全遮音性になっていて、部屋の前にあるタッチスクリーンを
操作して人数指定、または証明カードを利用した人物指定を済まさ
323
ないと入室出来ないようになっている。
勝手に他の者が入って来ないようにセキュリティシステムが働い
ているのだ。
二人は部屋の中に何台かあるソファのうち、向かい合わせの二台
にそれぞれ机を挟むように座っていた。
セミロングの真っ直ぐな髪をなびかせているその少女の名はレイ
ラ。
オルケアに住んでいて両騎士家の一人娘、そしてノアと同じ十三
歳なのだそうだ。
今大会ではランク十三∼十五の集団戦のみに出場するつもりだっ
たらしい。
両騎士家とは夫婦ともに騎士である家のことで、ノアやリリーの
騎士魔導士家と同じ地位を持つ。
因みにウェルシーの家も両騎士家だ。
﹁さて⋮⋮ノアさん。そろそろ本題に入りたいと思います﹂
﹁はい、なんでしょうか?﹂
簡単な自己紹介を済ませ、改まって姿勢を正すレイラに、ノアも
より一層気を引き締めて先を促した。
﹁まずはこれを見て下さい﹂
324
そう言ってレイラは腰に差していた銀色の魔剣を抜いて、ノアに
見せるように前に掲げた。
彼女の魔剣は特に変わった形状をしているわけではなく、所謂レ
イピアの形状をしたものだった。
女性剣術使いには軽量で見栄えの良い細剣を使う者が数多く存在
していた。
﹁えっと⋮⋮レイラさんは剣術使いなのですね? 片手にレイピア、
もう片方の手に小剣スタイルでしょうか?﹂
﹁⋮⋮こちらの剣にもお気付きでしたか﹂
レイラはノアが自分の戦闘スタイルを見抜いたことに驚いていた。
戦闘時に相手の意表を突くため、もう一本の剣は隠し持っていた
のだ。
それにも関わらずノアが小剣に気付いたのは⋮⋮
﹁細剣使いはもう片方の手にパリィ用の小剣を持つ者がいるから注
意して観察しろと、父から教わっていたのですよ﹂
父、ルーカスにみっちりと教え込まれたからに違いなかった。
ルーカスは剣や槍の扱い方からそれぞれの戦闘スタイル、戦法に
かけて、様々なことを息子ノアに叩き込んでいた。
325
﹁そうでしたか。ノアさんのお父様はさぞご立派な騎士様なのです
ね。お見事です。しかし、一つだけ間違っていることがあります﹂
﹁なんでしょうか⋮⋮?﹂
ノアはレイラの言葉に首を捻るがどうにも思いつかなかった。
銀色の魔剣を使うということは剣術使いだし、武器はレイピアと
小剣の二刀流。
何も間違っていることはないはずだとノアは思っていた。
﹁ノアさん、私はあなたと同じ、非常に珍しい存在なのです。この
意味がわかりますか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂
ノアはレイラの行動とその言葉からあるひとつの可能性に辿り着
いた。
しかし信じられないといった表情をしている。
﹁その反応を見るとやはりノアさんにもその素質があるんですね?﹂
326
思った通りの反応を見せるノアを見て、レイラの疑いが確信へと
変わった。
そして彼女は自分の力を証明するため、前に掲げていた魔剣に魔
力を込める。
まず魔力の刃を形成して剣術が使えることを示し、次に小さな火
球、水球、土塊などをつくりだして魔法を使えることを示した。
﹁これで信じて下さいましたか?﹂
ノアはレイラの問いに黙ったまま首を縦に振ることで答えた。
目の前で実演されたら認めざるを得ないだろう。
﹁ご覧の通り、私は剣術を得意とする魔導騎士です。得意属性は剣
術ですが、ある程度なら魔法を使用することが出来ます﹂
レイラは魔法があまり得意ではなかった。
基本五属性の魔法はすべて発動することが出来るが、それほど強
い効果を発揮できないらしい。
﹁これで魔導騎士は私たち二人を含めて五人となるわけですね﹂
正式にクラスを授かっている三人の魔導騎士は火、水、土の魔法
を得意属性とするらしい。
そして彼らはそれぞれ爆炎、旋風、岩断の魔導騎士と呼ばれてい
327
るそうだ。
﹁自分以外の魔導騎士に会ったのは初めてです⋮⋮﹂
﹁ふふ、それは私もですよ。そして、私はノアさんと友好的な関係
を結ぶためにこうして会いに来ました。他の魔導騎士たちは争って
ばかりであまり関係が良くないらしいですが⋮⋮そんなことでは魔
族を滅ぼせません。私は能力のある魔導騎士同士で協力し合うこと
こそが魔族に対抗する最善の手段だと考えているんです﹂
レイラは現在の魔導騎士たちのあり方に否定的な考えを持ってい
るようだ。
それに彼女の言動からは魔族に対する憎しみにも似た感情が伝わ
ってくる。
ノアは彼女の必死さに圧倒されてしまっていた。
﹁⋮⋮確かにそれには僕も同意見です。競うことは力をつける手段
であって本来の目的ではないですからね。僕としてもレイラさんと
は友好的な関係を望んでいますよ﹂
ノアの言葉にレイラはホッと胸を撫で下ろす。
︵悪い人じゃなさそうだし、仲良くしといてもいいよな。それより
魔導騎士たちが仲悪いのは知らなかった。自分より強い者の存在は
328
邪魔⋮⋮? ロンドの言う嫉妬の心ってやつか? それとも何か他
の理由があって⋮⋮︶
﹁ところでノアさんは何を得意属性とする魔導騎士なんでしょうか
?﹂
ノアが思いふけっているとレイラがそう尋ねてくる。
﹁一瞬ですが魔剣が光を反射して光っているように見えたので、私
と同じ剣術系統かなと思っているのですが⋮⋮それに身体強化をあ
れほどまでに使いこなしていましたし﹂
ノアは少し悩んだ結果、包み隠さず教えてやることにした。
自分のことをさらけだし、好意的な感情を向けてくれている彼女
に対して隠し事をするのは、あまりに不誠実だと思ったからだ。
ノアは黙って魔剣を前にかざして封刃を開放し、魔力を流して見
せた。
それを見た彼女は口に手を当てて目をまん丸くしている。
初めて見る黒い魔剣。
それがいきなり青白い光を帯びればこのような反応になるのは当
然と言えた。
﹁僕が得意なのは特殊二属性に分類されている光属性魔法です。こ
の魔法属性のせいで僕は普段から魔剣を黒い布型魔具、封刃で覆い、
329
剣術のみを使うようにしています。そしてこれに関しては出来れば
他言無用でお願いします。今のところまだ公にする予定はありませ
んので。まあ試合で一度使用してしまいましたが⋮⋮﹂
ノアは淡々と説明をして封刃で魔剣を封じる。
﹁⋮⋮わかりました。誰にも言いません。それと試合で光魔法を使
ったことなんてきっと誰にもわかりませんよ。本当に一瞬の出来事
でしたし、あの速度で剣術や魔法を発動できる人なんてそういませ
んから⋮⋮﹂
レイラは自分の思い違いに気付いた。
彼は自分よりさらに特殊な存在だと。
そしてそのような事情を自分に打ち明けてくれたことに、大きな
喜びを感じていた。
ちゃんと自分のことを信用してくれて、友好的な関係を結ぼうと
してくれているのだと明確に伝わってきたからだ。
﹁ではこれからよろしくお願いしますね、ノアさん。いつでも連絡
がとれるように通話登録もしておきましょう﹂
二人は証明カードを出して端の方を重ね合わせた。
証明カードを使えば予め登録しておいた相手との通話も可能なの
だ。
しかし、身分証明や支払いなどの機能と違い、魔力を使いこなせ
330
る者にしか使用出来ない。
もはや証明カードという名から逸脱した機能が満載のカードであ
った。
それからしばらくお互いの情報や考え、意見などを出し合い、仲
間としての関係を深めていった。
先刻彼女の言った通り、非常に有意義な時間を過ごした二人は満
足げな表情を浮かべている。
﹁では何かあったら気軽に連絡して下さいね。もしレイラさんのピ
ンチの時には光速で駆けつけましょう﹂
﹁ふふ、それは頼もしいですね。私もノアさんに何かあったら自慢
の身体強化を使って駆けつけますよ﹂
ノアとレイラはそう言って、部屋を後にした。
この部屋から出たらもう2人は友好的な魔導騎士同士の関係では
なく、今日偶然知り合ったただの友人の関係へと変わる。
◇◇◇◇◇◇
331
話し合いを終えたノアとレイラは観客席エリアへと足を運んでい
た。
魔力無し個人戦の決勝戦は二人が部屋で話し合ってるうちに終わ
っていたらしく、観客席は既にがら空き状態になっていた。
随分と長く話し合っていたのだろう。
しばらく雑談をしながらレイラの家族が待っている席付近まで歩
みを進めていると、ノアは突然後ろの方に何者かの気配を感じた。
﹁誰だ!﹂
しかし、振り向いた先には誰もいない。
無人の座席がずらっと並んでいるだけの光景が広がっているだけ
だ。
﹁⋮⋮いきなりどうしたんですか?﹂
楽しげに雑談していたかと思えば、突如大声を上げた隣の少年に
驚きを隠せない様子のレイラ。
少年の表情には先ほどまでの優しげな笑みはなく、鋭い眼光でど
332
こか虚空を睨みつけていた。
﹁確かに人の気配を感じたんですが⋮⋮勘違いだったみたいです。
すいません。行きましょう﹂
ノアは神経を研ぎ澄ませ、今しがた後方でふっと湧いて出た何者
かの気配を探ってみたのだが、どこにも人影は見当たらない。
日頃の修練で培われてきた感覚は確かに何者かの気配を捉えたの
だが、すぐに消えてしまったのだ。
いないものはいない。これ以上考えても仕方ないので気のせいだ
ったのだと決め込み、レイラに頭を下げてから再び足を進めた。
少しすると、特別席エリアの中間辺り、後列の方で手を振ってく
る少年の姿を見つけた。
﹁遅くなってすいませんでした﹂
レイラは少年とその両隣りにいる夫婦らしき者たちに深々と頭を
下げた。
﹁レイラお姉さま! 遅いじゃないですか!﹂
﹁全然帰ってこないから心配したぞ。それにしてもこんなに待たせ
333
るなんてらしくないな﹂
レイラは再び謝罪の言葉を述べる。
どうやら家族の者たちに何も言わず、勝手にノアのところへ来て
しまったらしい。
言っておいてくれればすぐに切り上げたのにと、ペコペコと頭を
下げる少女にノアは申し訳なさそうな視線を向けた。
﹁クランもあなたも少し落ち着いたら? レイラのお友達もいるよ
うですよ?﹂
すると三人の視線が彼女の後方少し離れたところに立っている少
年に集まった。
少年は前へ数歩進み、綺麗な動作でお辞儀してみせる。
﹁僕は騎士魔導士家のノアと申します。実はレイラさんに時間をと
らせてしまったのは僕のせいなんです。レイラさんは何も悪くあり
ません。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした﹂
ノアは三人に頭を下げ謝罪をする。
レイラは事実無根のでたらめを然も本当のことであるかのように
嘯く隣の少年にただ唖然としていた。
話しかけたのは自分の方からだし、家族を待たせていることを言
わなかったのも自分のせいで、ノアは何も悪くないはずだった。
334
﹁うふふ、全然気にしないでいいのよ。ねえあなた? レイラもお
友達ができたのが嬉しくて話し込んでしまったのよきっと﹂
﹁⋮⋮そういうことなら仕方がないか﹂
にっこりとしているレイラの母と訝しげな視線をノアにぶつける
父、そして何か驚いている様子の弟。
共通しているのは、娘にできた異性の友人に少なからず興味を持
っているということだ。
﹁ありがとうございます。それでは僕も人を待たせておりますので
勝手ながら失礼させて頂きます。レイラさん、また会いましょう﹂
少年はそう言って観客席エリアから去っていった。
﹁それにしてもレイラお姉さまが男性を連れているなんて驚きまし
た。お姉さまに話しかけた男はたちまち伸されてしまうのに⋮⋮﹂
﹁クラン? 怒りますよ?﹂
﹁ご、ごめんなさい!﹂
335
クランは剣の柄に手をかけたレイラに慌てて失言を詫びる。
彼女は冗談を言うタイプではないし、クランは過去に姉を怒らせ
た末に剣術で気絶させられているので、実際に酷く怯えていた。
﹁しかしレイラ、お前もとんでもない男に目をつけられたな﹂
﹁お父様⋮⋮彼はそういった相手ではないですよ﹂
﹁え? お父様はあの者をご存じなのですか?﹂
﹁クラン、お前って奴は⋮⋮あの者は今日の競技で一番の注目を集
めた噂の少年だぞ? お前は一体今日何を観ていたのだ⋮⋮﹂
﹁あ⋮⋮⋮⋮ええ!?﹂
クランは今になってノアがあの噂の少年ノアなのだとわかり、か
なり面食らっていた。
その様子を見て普段から抜けているところがある息子を心配した
父は厳しく注意する。
﹁優しい子だったわね。あなたを庇ってくれるなんて﹂
336
﹁⋮⋮気付いていたんですか?﹂
息子を叱る父を余所に、母は娘にこっそりと話しかけた。
﹁女の勘よ、うふふ﹂
娘の様子を見て、なんとなくそうではないかと感づいたレイラの
母。
ノアの好意を無下にはすまいと先ほどは話を合わせ、共に娘を庇
ってやったのだ。
﹁さすがはお母様です。そうですね⋮⋮確かに彼はいい人のようで
す﹂
レイラはノアの人の善さについて認めている。
それは部屋で話をしていた時から薄々感じていたことだった。
﹁うふふ、彼はきっと競争率がかなり高いわよ? しっかり捕まえ
ておかないとね﹂
﹁違いますよお母様! 私と彼はそんな関係ではありません﹂
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事実、レイラには本当にそんなつもりがなかった。
︵私と彼は決してそのような浮ついた関係ではありません。そもそ
も私にはそのようなことは許されない。魔族を滅ぼすまでは⋮⋮︶
﹁あらそうなの? 残念ねぇ﹂
﹁お母様ったら⋮⋮﹂
レイラは深くため息を吐いた。
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第16話︵後書き︶
最近忙しく、執筆活動が疎かになってしまっています。
申し訳ありません。
努力して更新速度を上げていきたいと思います。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2976bu/
この異世界で魔導騎士になる!
2013年11月6日15時14分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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