作用機序からみた 睡眠薬の位置づけ

はじめに
谷 口 充 孝
体拮抗薬が開発されてきた。
持つメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容
作用する Z drug
︵ 非BZ 系睡眠薬 ︶や、G A
BA神経系の鎮静作用とは異なった作用機序を
作用機序からみた
睡眠薬の位置づけ
現在、日本で最もよく使われている睡眠薬は
ベンゾジアゼピン︵ BenzodiazepineBZ︶系
睡眠薬である。BZ系睡眠薬は臨床医にとって
各薬剤の作用機序
︵非BZ系睡眠薬︶
Z drug
︵図①、表②︶
本稿では、作用機序から睡眠薬の位置づけを
使い勝手のよい薬剤ではあるが、BZ系睡眠薬
考えていきたい。
には長期使用に伴う耐性や中止時の反跳性不眠
となることがあるため、その適正使用が求めら
a.
BZ系および
や離脱症状といった副作用で薬剤の中止が困難
れつつある。
BZ睡眠薬のこうした問題を軽減するため、
BZ系睡眠薬と同様にγ
GABAは脳に広く分布する抑制性の神経伝
アミノ酪酸︵
Gam 達物質であり、脳のシナプスの ∼ %がGA
ma-Amino Butyric AcidG A B A ︶ 神 経 系 に
−
20
50
(519)
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治療
① GABAA 受容体の構造
ɶ
䝧䞁䝌䝆䜰䝊䝢䞁ཷᐜయ
ɲ
ɴ
㻳㻭㻮㻭㻭ཷᐜయ
ɲ
BAによって制御されている。GABAはGA
BA受容体に結合して作用するが、その受容体
にはGABA A受容体、GABA B受容体、G
ABA C受容体の3種類の受容体があり、その
中でGABA A受容体が催眠や抗不安作用に関
与する。
GABA A受容体は、BZ系睡眠薬や精神安
定剤、 Z drug
が 作 用 す るB Z 受 容 体 と 複 合 体
︵ GABA-BZ-Chloride Ionophore ComplexG B
C︶をつくっていて、α 、β 、γ からなる5個
のサブユニットで構成され、中央に塩素イオン
チャンネルを持つ。BZ系および Z drug
の作
用機序は、①GABA A受容体にGABAが結
合すると塩素イオンチャンネルが開き、神経細
胞内へ塩素イオンの流入が増加して神経興奮が
抑制され、②さらにBZ受容体にBZ系睡眠薬
や精神安定剤、 Z drug
が結合すると、G AB
Aの作用が増強されて催眠作用や抗不安作用が
発揮される。なお、バルビツール酸もGBCに
34
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ɴ
Cl
䝏䝱䞁䝛䝹
(文献 1 より一部改変し引用)
② GABAA 受容体サブユニット別の薬理作用
△
α3
○
○
結合するが、バルビツール酸はGABAが存在
しなくても塩素イオンを最大限に開口し過剰な
神経の抑制をもたらし、また急速に脱感作され
て、臨床的には呼吸抑制など致死的な副作用や
短期に耐性や習慣性を生じるため、現在では睡
眠薬として使われることはほとんどなくなった。
BZ受容体は催眠・鎮静作用に関わる 受容
体と、抗不安や筋弛緩作用に関わる 受容体の
ω2
ω1
2つに分類されてきたが、近年の知見ではより
α6
α1
その特性も異なる。ゾルピデム︵マイスリー︶
不 眠、筋 弛 緩 が 緩 和 さ れ る。な お、 Z drug
の
中でもα サブユニットの選択性に違いがあり、
ットに対する選択性が低いことで耐性や反跳性
合することで催眠効果を発揮し、他のサブユニ
α5
○
○
○
α5
詳細に、 ∼ まであるα のサブユニットによ
∼
1)
って受容体の特性が異なることが明らかになっ
α1
てきた。つまり、従来のBZ系睡眠薬は 、 、
5)
、 にほぼ等しく結合するのに対し、 Z drug
は睡眠に関連するα サブユニットに選択的に結
α2
®
(521)
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α3
○
○
○
○
○
○
○
α1
○
睡眠
○
α2
依存
耐性
前向性
健忘
学習・
記憶
抗けい
れん
筋弛緩
抗うつ
鎮静
抗不安
GABAA
受容体
サブユ
ニット
臨床上治療目的とされる作用を効果、不都合と考えられる作用を副作用とした。
各サブユニットが作用を有するものを○で示す。
α4、α6 はベンゾジアゼピン系睡眠薬、Z-Drug に対する感受性なし。
Rudolph U & Knoflach U:Nature Rev, 10, 685-697 (2011)
Tan KR, et al:Trends Neurosci, 34, 188-197 (2011) より引用・改変
する不眠に対しても効果のあることが報告され
不安障害に併存する不眠など、精神疾患に併存
作用を持つ。エスゾピクロンはうつ病や全般性
の にも選択性があり催眠作用とともに抗不安
を持つが、エスゾピクロン︵ルネスタ︶
は 以外
は への選択性が高く催眠作用に特化した特性
えられる。
に低用量を服用するほうがその効果が高いと考
トニンの知見から、通常の就寝前より早い時刻
ただし、この睡眠覚醒リズムの前進作用はメラ
作用することで睡眠覚醒リズムを前進させる。
して作用することで入眠を促すが、MT 2にも
とで催眠作用を促し、MT 2はサーカディアン
あり、MT 1は視交叉上核の発火を抑制するこ
する。メラトニン受容体にはMT 1∼MT 3が
︵体内時計︶
、睡眠、免疫、生殖機能などに作用
中は低く夜間に高く、サーカディアンリズム
メラトニンは松果体から分泌される生体ホル
モンで、その血中濃度には日内変動があり、日
b.
メラトニン受容体作動薬
︵ラメルテオン︶
﹁睡眠のスイッチ﹂であるのに対して、オレキ
いると考えられている。つまり、メラトニンが
節乳頭核に存在し、覚醒維持の役割を果たして
Rはヒスタミン系覚醒中枢である視床下部の結
ン系の中枢である脳幹の主に青斑核に、OX2
容体︵OX2R︶があり、OX1Rはモノアミ
キシン1受容体︵OX1R︶とオレキシン2受
オレキシンペプチドをつくるオレキシン神経
細胞は、視床下部外側に限局的に存在し、脳内
c.
オレキシン受容体拮抗薬
︵スボレキサント︶
リズムをシフトさせる作用がある。ラメルテオ
シンは﹁覚醒維持のスイッチ﹂と言える。この
に広汎に投射する。オレキシン受容体にはオレ
ン︵ロゼレム︶はMT 1とMT 2のメラトニン受
ているが、これはこうした への選択性を持つ
α1
オレキシン受容体拮抗薬として開発されたのが
ことが関与していると考えられる。
8)
®
容体に高い選択性を持ち、主としてMT 1に対
®
36
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(522)
α2
α1
α2
③睡眠・覚醒スペクトラムからみた睡眠薬の作用機序
䝯䝷䝖䝙䞁ཷᐜయసື⸆
䠄╧╀䛾䝇䜲䝑䝏䜢䜸䞁䠅
╧╀䝩䝯䜸䝇䝍䝅䝇
ㄆ▱㞀ᐖ
䠄่⃭᫆ᛶ䠅
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䠄㕌䛔䠅
䝟䝙䝑䜽
BZ⣔╧╀⸆䚸Z drug
䠄㐣ぬ㓰䜈䛾䝤䝺䞊䜻䠅
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䛖䛸䛖䛸䠋㙠㟼
㐣ぬ㓰䠋
୙╀
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╧╀
⢭⚄⑓
ぬ㓰୙㊊
㐣๫䛺ぬ㓰
(文献 9 より引用・改変)
スボレキサント︵ベルソムラ︶で、OX1Rお
メラトニン受容体作動薬は視交叉上核にある
睡眠のスイッチをオンにするとともに、サーカ
すると入眠する。
くなる︶の働きで、朝に起きて活動し夜間就寝
る︶
、サーカディアンリズム︵夜間になると眠
スタシス︵起きている時間が長くなると眠くな
ことができる。通常は覚醒状態から睡眠ホメオ
連続した睡眠・覚醒スペクトラムとして捉える
害、幻覚・精神病状態という病的状態までの、
バーシュートした過覚醒︵不眠︶
、パニック障
精神薬理学的にみれば、図③に示すように睡
眠状態からはっきり覚醒した状態、覚醒がオー
作用機序からみた睡眠薬の位置づけ
その作用が発揮されると考えられる。
ち、
﹁覚醒維持のストッパー﹂を外すことで、
よびOX2Rの両方の受容体に高い親和性を持
®
ディアンリズムに作用して入眠を促す。また、
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䜸䝺䜻䝅䞁ཷᐜయᣕᢠ⸆
䠄ぬ㓰⥔ᣢ䛾䝇䝖䝑䝟䞊䜢እ䛩䠅
䝃䞊䜹䝕䜱䜰䞁䝸䝈䝮
ぬ㓰
オレキシン受容体拮抗薬は覚醒維持のストッパ
ーを外す薬剤と考えることができる。さらに慢
性不眠の患者では、就寝する際に様々な不安や
緊張によって覚醒レベルが高くなる過覚醒とい
う要因が加わっていることも多いが、こうした
覚醒がオーバーシュートした過覚醒を持つ不眠
が必要と思われ
Z drug
では、過覚醒にブレーキをかけて睡眠に至らせ
るにはBZ系睡眠薬や
る。
︵大阪回生病院
睡眠医療センター
部長︶
文献
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Stahl SM
その治療、 Stahl’s Essential Psychopharmacology
︵精
神薬理学エセンシャルズ︶第3版、メディカル・サ
8)
イエンス・インターナショナル、東京、791∼8
36︵2010︶
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(524)
16
9)
1)
2)
3)