DSM − 5、 ICSD − 3 の変更点

DSM 5、
ICSD 3の変更点
吉
神
田
林
徴などについて概説したい。
祥
崇
る不眠症︵不眠障害︶の診断基準の変更点、特
*
はじめに
睡眠医療の現場で用いられる代表的な国際的
診断基準として、睡眠障害国際分類︵ICS
DSM 5とICSD 3との立場の違い
には﹁睡眠 覚醒障害群のDSM 5分類は、
こちらも2013年に第5版︵DSM 5︶が
公開された。
−
専門家による使用を意図したICSD 3とは
いる﹂と説明されている。これは、睡眠医療の
2)
であり、米国精神医学会により作成されている。 患の治療にあたる人達︶による使用を意図して
−
明らかに立場が異なる。一方で今回のICSD
(505)
CLINICIAN Ê15 NO. 639
D︶と精神疾患の診断・統計マニュアル︵DS
M︶が挙げられる。ICSDは米国睡眠学会を
DSM 5 において、睡眠障害は第 章の
﹁睡眠 覚醒障害群﹂に記載されている。ここ
中心にして作成され、2014年に第3版︵I
CSD 3︶が発表された。一方DSMは睡眠
一般の精神保健関係者と臨床医︵成人、小児疾
12
障害に限らず精神疾患全般を網羅した診断基準
−
−
−
−
−
−
−
2)
本稿では、ICSD 3、DSM 5におけ
−
19
1)
− −
診断
−
の改訂では、できるだけDSM 5の内容と調
体的基礎疾患などがあって、二次性︵続発性︶
更が取り入れられている。何らかの精神的、身
︵続発性︶不眠症と称されてきた。それはDS
に不眠症状などが引き起こされる場合は二次性
和を保った形での改訂が行われたという。
DSM 5における不眠症
M Ⅳ TRでは、図①に示した﹁原発性不眠
︵不眠の自覚症状が週3回以上︶
、③一時性、持
害︶を除外したこと、②頻度基準を定めたこと
が、一方で非回復性の睡眠︵いわゆる熟眠障
徴は、①不眠の自覚症状に、早朝覚醒を加えた
比較して、DSM 5の診断基準で見られる特
診断基準を表②に示した。DSM Ⅳ TRと
の対比を図①に示し、DSM 5の不眠障害の
るDSM Ⅳ TRと、DSM 5との診断名
という名称が与えられている。1つ前の版であ
こととした︵図①︶
。この点については後で詳
せず、両者を不眠障害として一括して取り扱う
今回のDSM 5では、原発性、二次性を分類
ものではない﹂と記されていた。これに対して
基準Dに﹁他の精神疾患の経過中にのみ起こる
この原発性について、DSM Ⅳ TRの診断
い場合に、
﹁原発性不眠症﹂の診断がなされる。
連した不眠症、となる︶
。二次性不眠症ではな
不眠であれば、他の精神疾患︵大うつ病︶に関
症﹂以外にあてはまる︵例えば大うつ病による
−
1)
5 において、不眠の問題は﹁不眠
DSM
症﹂ではなく﹁不眠障害︵ Insomnia Disorder
︶
﹂
−
−
続性、再発性について該当すれば特定すること、 しく述べる。
などである。
−
−
ICSD 3の変更点
またDSM 5では、不眠障害の取り扱いに
ついて、これまでの考え方とは違った重大な変 ICSDにおける不眠症について、ICSD
−
−
−
−
−
3)
−
−
−
−
20
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(506)
− −
−
①不眠症・不眠障害の分類 DSM- Ⅳ -TR と DSM-5 との比較
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2とICSD 3の診断名の対比を、図③に
したのは、DSM 5との整合性を保つためと
示した。原発性、二次性を分類することを手放
−
ICSD 3の不眠症の診断基準のうち、慢
性不眠障害︵ chronic insomnia disorder
︶の診断
基準を表④に示した。この内容は基本的にはI
数が減りシンプルになった。
的には持続期間のみで分類するため、診断名の
思われる。原因による細かい分類をやめ、基本
−
CSD 2の不眠症の一般的基準を踏襲してい
−
るが、①A基準から
﹁慢性の非回復性の睡眠、
質のよくない睡眠﹂
︵いわゆる熟眠障害︶が外
れたこと、②回数基準︵不眠の自覚症状や日中
の機能障害が週3回以上︶が示されたこと、な
どが主な変更点である。
(507)
4)
両診断基準に共通する考え
−
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21
−
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前述のように、DSM 5とICSD 3に
採用された変更点のうち特筆すべきは、不眠症
−
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(筆者作成)
② DSM-5 における不眠障害の診断基準
不眠障害
▼
▼
診断基準
A.睡眠の量または質の不満に関する顕著な訴えが、以下の症状のうち 1 つ(またはそれ以上)を
伴っている:
(1)入眠困難(子どもの場合、世話する人がいないと入眠できないことで明らかになるかもしれ
ない)
(2)頻回の覚醒、または覚醒後に再入眠できないことによって特徴づけられる、睡眠維持困難
(子
どもの場合、世話する人がいないと再入眠できないことで明らかになるかもしれない)
(3)早朝覚醒があり、再入眠できない。
B.その睡眠の障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、教育的、学業上、行動上、
または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
C.その睡眠困難は、少なくとも 1 週間に 3 夜で起こる。
D.その睡眠困難は、少なくとも 3 カ月間持続する。
E.その睡眠困難は、睡眠の適切な機会があるにもかかわらず起こる。
F.その不眠は、他の睡眠−覚醒障害(例:ナルコレプシー、呼吸関連睡眠障害、概日リズム睡眠−
覚醒障害、睡眠時随伴症)では十分に説明されず、またはその経過中にのみ起こるものではない。
G.その不眠は、物質(例:乱用薬物、医薬品)の生理学的作用によるものではない。
H.併存する精神疾患および医学的疾患では、顕著な不眠の訴えを十分に説明できない。
該当すれば特定せよ
非睡眠障害性の併存する精神疾患を伴う、物質使用障害を含む
他の医学的併存疾患を伴う
他の睡眠障害を伴う
該当すれば特定せよ
一時性:症状は、少なくとも 1 カ月持続するが、 3 カ月は超えない。
持続性:症状は、少なくとも 3 カ月以上持続する。
再発性: 1 年以内に 2 回(またはそれ以上)のエピソードがある。
注:急性で短期間の不眠(すなわち、症状の持続は 3 カ月未満であるが、それ以外の頻度、強度、
苦痛、および/または障害についてはすべて基準を満たす)は、他の特定される不眠障害とす
るべきである。
(文献 2 より引用・改変)
CLINICIAN Ê15 NO. 639
を原発性、二次性で分類するの
をやめたことである。つまり不
眠症状が生じた原因の有無・原
因の内容を問わず、臨床症状か
ら﹁ 不眠症︵ 不眠障害 ︶
﹂を 診
断するという点である。
不眠症︵不眠障害︶は他の精
神疾患などを伴わずに単独で存
在することもあるが、うつ病な
どの精神疾患や、様々な身体疾
患︵身体症状︶に併発すること
もある。例えば、うつ病と不眠
症の関係を考える場合、従来、
不眠症状はうつ病の一つの症状、
もしくはうつ病の経過中に二次
性に生じるものと捉えられ、う
つ病の治療がうまくいけば不眠
症状もそれに伴って軽快してい
く場合が多いと考えられていた。
(508)
22
③不眠症の分類 ICSD-2 と ICSD-3 との比較
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(筆者作成)
しかし、⑴慢性化した不眠症状がうつ病発症の
6)
リスクを高める、⑵うつ病の残遺症状として不
7)
眠症状が残る場合が少なくない、⑶残遺症状が
あるとうつ病の再発リスクが高くなる、といっ
た様々な研究報告がなされるようになった。
これらを踏まえ、うつ病から二次性に不眠症
状が生じると考えるよりも、うつ病に不眠症が
併発しやすく、その際に併存症としての不眠症
を積極的に治療していくことの意義が主張され
−
るようになってきた。そしてDSM 5では、
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﹁不眠と精神疾患とが併存する場合、治療はそ
の双方を標的とする必要があると考えられる。
両者は異なる経過を取り、これらの臨床単位の
間の関係の本質を明確にすることはしばしば不
可能であり、またこの関係は経時的に変化する
かもしれない﹂
﹁このため不眠症と併存疾患と
の有用性
CBTi
がある場合、2つの状態の因果関係を明らかに
最近、不眠症の認知行動療法
する必要はない﹂と解説している。
23
2)
5)
(509)
④ ICSD-3 における慢性不眠障害の診断基準
慢性不眠障害
診断基準
A∼F のすべてを満たすこと
A.以下の 1 つ以上を、患者が報告するか、もしくは患者の両親か介助者が観察する
1 .睡眠開始の困難(入眠困難)
2 .睡眠維持の困難
3 .望む時刻よりも早く覚醒する(早朝覚醒)
4 .適切な時刻に就床することへの抵抗
5 .両親や介助者の介在なしで眠ることができない
B.夜間睡眠の困難に関連した以下の項目のうち 1 つ以上を、患者が報告するか、もしくは患者の両
親か介助者が観察する
1 .疲労/ 怠感
2 .注意、集中力、または記憶力の低下
3 .社会生活上、家庭生活上、職業上、もしくは学業上の成績(成果、業績)の低下
4 .気分障害/焦燥感
5 .日中の眠気
6 .行動上の問題(例えば過活動、衝動性、攻撃性)
7 .意欲、気力、自発性の低下
8 .失敗や事故を起こす傾向
9 .睡眠について心配したり睡眠に不満を持つこと
C.報告された睡眠−覚醒に関する訴えは、十分な機会(例えば十分な時間が睡眠に割り当てられて
いる)がないか、睡眠にとって適切な環境(睡眠環境が暗く、静かで快適)ではない、といった
ことでは説明できない
D.睡眠に関する問題や、それに関連して生じる日中の問題は、少なくとも週に 3 回以上生じる
E .睡眠に関する問題や、それに関連して生じる日中の問題は、少なくとも 3 カ月以上続いている
F.この睡眠−覚醒の困難は、ほかの睡眠障害ではよりうまく説明することができない
(文献 1 より引用、訳は筆者による)
が取り上げられることが多い。 CBTi
は、原発性不眠症にも、がんやうつ病、
慢性疼痛などに生じた二次性の不眠症
∼
8)
11)
にも、どちらに対しても有効であるこ
とが示されている。よって CBTi
とい
う治療の面から考えても、原発性と二
次性を分類する意義は少ないと考えら
れる。
ICSD 2のように細かく分類し
ようとしても、不眠が生じている原因
が一つだけではない場合をしばしば経
験する。また二次性の不眠症であって
も、同時に原発性の要素︵条件づけら
れた不眠、学習された不眠など︶を併
せ持つ場合も日常的に見かける。よっ
て睡眠医療の現場で診療を行う立場と
しては、
︵原発性、二次性を区別せず
に︶症状のみから不眠症の診断を行う
という考え方は受け入れやすい。なお
(510)
−
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24
今回の改訂において、両診断基準とも﹁熟眠障
害﹂を自覚症状から外している。この点や、そ
の他の細かい変更点については誌面の関係上解
説できないので、診断基準を参照していただき
たい。
最後に
原発性、二次性︵続発性︶を分類しないこと
で、
﹁不眠症・不眠障害﹂の枠組みがこれまで
とは大きく変化する。DSMとICSDが足並
みをそろえて舵を切ったこの方向性はしばらく
変わらないと思われるが、新たな診断基準を用
いれば、今後の疫学研究を含めた様々な研究、
臨床治験などに影響が生じる可能性がある。ほ
かにもどのような影響が出てくるのか︵出てこ
ないのか︶
、注意深く見守っていきたい。
︵吉田診療所
院長、杏和会
阪南病院︶
︵*秋田大学精神科学講座 准教授、
筑波大学
睡眠研究機構︶
文献
American Academy of Sleep Medicine :The
International Classification of Sleep Disorders, Third
edition. American Academy of Sleep Medicine (2014)
米国精神医学会 原著、日本精神神経学会 日本語版
用語監修、高橋三郎、大野
裕 監訳 DSM 5
精神疾患の診断・統計マニュアル、医学書院、東京
︵2014︶
米国精神医学会 原著、高橋三郎ら訳 DSM Ⅳ
TR 精神疾患の分類と診断の手引︵新訂版︶
、医
学書院、東京︵2003︶
−
American Academy of Sleep Medicine :The
International Classification of Sleep Disorders, Second
edition. Diagnostic & coding Manual. American
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