睡眠薬の服用と認知症 発症リスクとの関連

はじめに
睡眠薬の服用と認知症
発症リスクとの関連
宮 本 雅 之
行性かつ不可逆的である。
いことと薬物中止により改善するのに対し、後
相違は、前者は行動遂行能力の障害がみられな
ピン系薬物での健忘と、認知症での記憶障害の
記憶の障害と前向性健忘である。ベンゾジアゼ
が生じることがあり、その特徴は、エピソード
ベンゾジアゼピン系薬物により健忘や記憶障害
くが、ベンゾジアゼピン受容体作動薬である。
が国において現在も汎用されている睡眠薬の多
機能の改善はみられるが、大部分の認知機能の
し、その後のメタ解析から、薬物中止後に認知
動作、言語理解力︶の低下がみられることを示
視空間能力、問題解決、言語記憶、運動制御/
中力、全般的知能、作業記憶、精神運動速度、
︵感覚処理、非言語記憶、処理速度、注意/集
ており、 Barker
らのメタ解析によると、ベンゾ
ジアゼピン服用例では、認知機能の の系列
学習のような認知機能の系列の障害が指摘され
ベンゾジアゼピンの長期投与による認知機能
睡眠薬は、近年、メラトニン受容体作動薬、
への影響は、視空間能力、情報処理速度、言語
オレキシン受容体拮抗薬が登場しているが、わ
者では行動遂行能力が障害され、記憶障害は進
2)
1)
12
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治療
系列でその回復レベルは正常のレベルには及ば
なかったことが示されている。
らは、 歳以上の高齢者を対象にベン
Hanlon
ゾジアゼピン系薬物の服用歴あるいは服用は認
65
て、何らかの関連性はありそうだが、海外から
投与と認知機能低下や認知症発症リスクについ
式で記載されている。ベンゾジアゼピンの長期
その結果がCQ︵クリニカルクエスチョン︶形
報告した。 Allard
らは、縦断的研究に参加した
高齢者︵平均 ・7歳︶についてベースライン
アルツハイマー病の発症が有意に低かったことを
ピン系薬物服用例のほうが非服用例と比較して、
ゲンなどの交絡因子を調整後も、ベンゾジアゼ
る認知症発症リスクについて文献的検証を行い、 歴、非ステロイド系抗炎症薬の服用、エストロ
知機能低下と関連がないことを、 Fastbom
らは、
歳以上の高齢者を対象に、年齢、性別、教育
5)
3)
﹃睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン﹄に
は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の長期服用によ
75
の疫学調査の報告からは結果が相反している。
ベンゾジアゼピンの服用と、
認知機能低下や認知症発症リスクとの関連
6)
知症発症リスクと関連しなかったことを報告し
アゼピン系薬物の長期服用は認知機能低下や認
と1年目、2年目のデータを分析し、ベンゾジ
75
ずれも 歳以上の中高齢者を対象に1∼3年に
わたり経過をみたものである。
3 年 に わ た る 前 向 き 研 究 が 2 件 あ る が、
た。
と有意に関連せず、年齢、性別、教育、ベンゾ
MMSE︵ Mini-Mental State Examination
︶が
1年間に4点以上低下する急速な認知機能低下
らは、高齢者施設入居者を対象と
Bourgeois
ベンゾジアゼピンの服用が認知機能低下や認 知症発症リスクと関連しないという報告は、い
した研究で、ベンゾジアゼピン系薬物の使用は、
・関連しないという報告
7)
4)
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65
能低下をきたす有意な危険因子は、うつ、聴覚
ジアゼピン使用を調整すると、臨床的に認知機
と喫煙、ベンゾジアゼピン以外の向精神薬の服
服用群よりも、年齢、性別、教育、アルコール
回とも、ベンゾジアゼピン系薬物の服用群は非
用とは独立して、認知機能および一部の注意機
障害、機能的障害であった。
・関連を示唆する報告
累積投与量が多いことと投与期間が長いことを
アゼピン使用者では認知機能低下のリスクを増
らは、 歳以上の高齢者を対象と
Dealberto
した6年間の前向き研究では、新規のベンゾジ
みたところ、現在使用例では、過去使用例に比
の薬物中止による認知症発症リスクへの影響を
ることを示した。
リスクの有意な増加がみられたと報告した。
高血圧、糖尿病、脂質異常、脳卒中を調整後も、
23
慢性不眠例では、アルツハイマー型認知症の発
症リスクの増加︵オッズ比2・ ︶と関連し、
10)
疾患の既往、うつ症状を調整後も、認知症発症
齢、性別、教育歴、独居、ワインの摂取、精神
らの慢性不眠例と不眠のない例を対象
Chen
とした3年間の後向きコホート研究によれば、
ゼピンを常用する例と使用歴のある例では、年
13)
べて認知症発症リスクが高く、過去使用例では、
中止期間が長いほど認知症発症リスクが減少す
示し、さらに、ベンゾジアゼピンの長期使用者
12)
れている。
能低下のリスクが大きいことを報告した。
一方で、ベンゾジアゼピン系薬物の服用と認
知機能低下や認知症の発症リスクとの関連を示 らは、住民対象のコホート内患者対照研
Wu
究にて、認知症発症例ではベンゾジアゼピンの
唆するものは、主に長期にわたる調査で報告さ
11)
8)
加させると報告した。 Lagnaoui
らは、8年間追
跡した 歳以上の高齢者において、ベンゾジア
65
9)
らは、 ∼ 歳の高齢者をフォロー
Parterniti
アップし、ベースライン、2年後、4年後の3
60
70
62
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アゼピン系睡眠薬の服用例、特に消失半減期が
一方で、ベンゾジアゼピン系および非ベンゾジ
∼3倍程度になるとされている。
用者と比較して、認知症発症リスクが約1・5
るものの、一部の認知機能については少なくと
78
相反する疫学調査の結果について
正常化しないことが示されている。
1)
2)
も休薬6カ月後の時点までは健康人レベルまで
︶との関連を報告し、
15)
らは、平均 年の前向き調査で、
Gallacher
ベンゾジアゼピン系薬物の服用と認知症︵アル
みられ、休薬後には大部分の認知機能は改善す
これらの報告より、ベンゾジアゼピン系薬物
長い睡眠薬の服用例・服用量の多い群では、認
の長期服用時には、何らかの認知機能の低下が
知症発症リスクが高いことを報告した。
14)
ツハイマー病、血管性認知症︶の発症リスクの
22
らは、高齢者︵平均 ・2歳︶
Billioti de Gage
の 年︵中央値6・2年︶の前向き研究により、
増加︵ オッズ比3・
50
歳 以 上の
薬を厳密に分類していないものがあること、服
Finnish Twin 反する点があるが、これには研究の方法や転帰
の評価法の相違があることや、抗不安薬と睡眠
の約 ∼ 年︵ 中央値 ・5 年 ︶の追
Cohort
跡調査によると、睡眠の長さや質が認知機能と
用期間にバラツキがあること、ベンゾジアゼピ
告 し た。 Virta
ら は、
60
関連することや年間 日以上の睡眠薬の使用が
65
スクの増加︵オッズ比1・ ︶と関連すると報
このように、ベンゾジアゼピン系薬物の服用
ベンゾジアゼピン系薬物の服用が認知症発症リ
と認知機能低下や認知症発症リスクについて相
15
25
22
17)
ンゾジアゼピン系薬物の服用は、睡眠薬の非服
このように、数年∼十数年間にわたる長期のベ
されていないことなど、データの解釈上の多く
生活習慣病︶など交絡因子の影響が十分に調整
認知機能の悪化に関連することを報告している。 ン系薬物を服用する原因疾患︵例 精神疾患や
60
15
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16)
の制約があることに留意する必要がある。
おわりに
以上より、睡眠薬を服用する場合には、薬の
特に、睡眠の問題や不安症状を含む精神症状 の存在は、ベンゾジアゼピン系薬物の使用の動
risk-benefiを
t 十分に考慮した上で慎重に服用法
を決定し、不眠の原因疾患への対応のほか、睡
場合、薬物の使用期間と、アルツハイマー病な
なりうる。また、追跡調査のデータを解釈する
景に存在していることを示す代わりの指標にも
睡眠薬の使用自体が、認知症発症のリスクが背
症に先行することがあり、ベンゾジアゼピン系
れる︵図︶
。
けながら治療を進めることが望ましいと考えら
用期間と服用量を最小限にとどめることを心が
も行いながら、睡眠薬は、半減期が短めで、服
眠習慣の改善、認知行動療法などの非薬物療法
機にもなる一方で、これらの症状は認知症の発
どの神経変性機序による認知症の発症およびそ
の後の病状の経過との時間的関係から、慎重に
文献
︵獨協医科大学
看護学部看護医科学
︵病態治療︶
・大学院看護学研究科
教授、
獨協医科大学病院
睡眠医療センター︶
両者の因果関係を検討する必要があると思われ
る。
討する必要がある。
必要であり、不眠症状が強いときには治療を検
療しないことによる認知症発症のリスク評価も
一方、睡眠の質の低下や不眠症自体が認知機
能障害を惹起することがあるため、不眠症を治
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