高齢者の初発てんかん

てんかんトピックス
高齢者の初発てんかん
大 沼 悌 一
年齢別発病率
近年高齢になって初めて、てんかん発作を起
こす高齢初発てんかんが増加している。その原
因として、加齢に伴う様々な中枢神経系の病態
が挙げられよう。脳血管障害、頭部外傷、アル
ツハイマー病、脳腫瘍、薬剤性疾患、代謝性疾
患、虚血性脳症などの増加が考えられる。しか
し多くの場合、原因不明であるのも事実である。
図①はアメリカ、アイスランド、フィンラン
ド、スウェーデン、イタリアの比較的発展した
国で得られた、新たに発症したてんかん患者の
数︵人口 万当たり︶を年齢順に示している。
本邦もこれに準ずると思われる。これには2つ
のピークがあり、乳児期と高齢者の両端に高い
頻度を示す。てんかんは若年発症、特に生後数
カ月で生ずる例が多く、生後1年を過ぎるとこ
の発症率は急に減少し、その後、幼児期、思春
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期、青年期と減少を続ける。青年期に最も少な
くなるが、 歳を過ぎた頃から再び増加し、
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①年齢別てんかん発生頻度
10万人あたりの発生頻度
人数
(文献 1 より)
歳を過ぎると若年発症率を超え、 歳を過ぎる
と乳幼児の発現頻度を超え、最大の発症率を示
す。この図でわかるように、高齢初発てんかん
は今や見過ごせない大きな問題になっている。
発作症状
高齢初発てんかんの発作症状は、短時間の意
識障害のみで目立たない場合が多い。
意識消失のみでけいれん発作を伴わない複雑
部分発作が多いので、診断が困難である場合も
ある。図②にその主な症状を示す。急に意識を
失い、ぼんやりしたうつろな表情になる。それ
までやっていた動きは止まる。口をペチャペチ
ャさせ、飲みこむような動き︵口部自動症︶を
したり、手をまさぐるような無意味な動きをす
る場合も多い。持続時間は通常短く、分単位で
ある。発作後に意識・記憶の回復が遅れ、もう
ろう状態が長引くことがある。
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記憶障害
物忘れが目立ち、認知症が疑われる場合が多
い。発作時には意識が曇って記憶も失われるが、
憶がまばら状に失われる場合もある。
症例を示す
年前頃より、おかしな行動が見られるよう
になった。近所で道に迷う、よく知っているは
ずのお店に行けない。妻や両親や兄弟がまだ生
きているかなどと何度も聞く、見当識障害や物
忘れが明瞭になってきた。
年前に当院外来を受診した。診察の結果、
短時間の意識減損発作があることが明らかにな
うになった。
5分ほどの発作が、月1回の頻度で見られるよ
頃より、日中手をもぞもぞと動かし意識を失う
間もなく朝6時頃まだ睡眠中にけいれん発作
があり、ベッドから転落し失禁した。またその
「産経新聞」2012年 1 月17日付より
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った。意識を失い、動作が止まり、呼び名に反
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症例1 現在 歳代後半、男
発作が頻回に起こると記憶障害が目立つように
なる。また、発作発病以前の昔のエピソード記
本例は、平成 年に、NHK科学・環境番組
﹁ためしてガッテン﹂で紹介された。
②高齢初発てんかんの発作症状
る。発作の後しばらくは、今自分が何をやろう
応せず、ぼんやりする1、2分の短い発作であ
があったが、側頭葉てんかんが二次性全般化し
れる。また本症例は夜間睡眠中にけいれん発作
作は、側頭葉てんかんの複雑部分発作に分類さ
た 結 果 で あ る。 物 忘 れ が ひ ど
い の で、 日 常 生 活 は 不 活 発 に
な り、 生 活 の 質 は 極 め て 低 下
し た。 脳 波︵ 図 ③ ︶ で は 左 右
両 側 側 頭 部 に 発 作 波 が 見 ら れ、
R ︶は
Ⅲ ︶ は 1 0 1、 長 谷 川
特 に 右 側 に 多 い。IQ︵ W A
IS
式 ス ケ ー ル︵ H D S
点であり認知症ではない。
−
−
意 識・ 記 憶 が 消 失 す る が、 頻
回に起こるようになると認知
症 に 似 た 症 状 が 起 こ る。 同 じ
こ と を 何 回 も 聞 い た り、 行 こ
うとしている場所がわからな
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興味あるのは記憶障害であ
る。 発 作 が 起 こ る と そ の 間 の
両側側頭部にてんかん発作波(●)が頻回に見られる。耳垂基準電極(A1、
A2)のため、発作波(Spike)は下に突出した形になっている。これは A1、
A2近傍に出現した Spike であり、側頭葉起源を示唆する重要な所見である。
としているのかわからなくなる。このような発
③症例1の脳波
とがある。例えば 年前のシンガポール旅行、
病以前の遠い過去の記憶が島状に抜けているこ
事が思い出せないのであるが、それ以外にも発
くなって道に迷ったりする。これは最近の出来
の降りボタンがわからない、昼食のインスタン
回。物忘れ始まる。孫を娘と勘違いする、バス
る。発作には気づいていない。頻度は月2、3
ぶと、
﹁なんだよ﹂
﹁なんでもないよ﹂と返事す
トラーメンを2回食べた。
ボールを拾い上げこねくり回すような不自然な
油絵など従来通り、豊かな生活に戻ることがで
め帰ってしまった。ほぼ 分間の出来事で、後
続き、
﹁お先に帰ります﹂と言って荷物をまと
に、どうしてゲームに戻らなかったのか本人は
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発作時には呼んでも返事せず、ぼんやりして
舌打ちなどの自動症を伴う発作である。数回呼
多い。
高齢初発てんかんでは発作に気がつかない例も
不思議がった。
症例2 現在 歳代前半、男
年前に、意識が一瞬とだえる複雑部分発作 本症例は発作があったことに全く気がついて
おらず、周囲との軋轢が生じたケースである。
が見られるようになった。
戻らない。
きた。しかしいったん失った遠い過去の記憶は
動きがあった。友人の介助で休憩室へ連れてい
本症例は少量の抗てんかん薬で、発作が完全
に消失した。その後、物忘れもない。コーラス、 かれ、ここから記憶が戻るが、ぼんやり状態が
その記憶が全くない。
分が喪主として葬儀を取り仕切ったのであるが、 いる最中、ホールを目の前にして動きが止まり、
ったこと、ずっと前に親が亡くなったこと、自
っぽりと抜けている。また6年前に弟が亡くな 偶然発作が目撃され、本人も発作があること
を納得した。仲間とグラウンドゴルフをやって
3年前のトルコ・ギリシャ旅行などの記憶がす
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④症例2の脳波
両側側頭部にてんかん発作波 Spike(●印)が頻回に見られる。
図④に、この症例の脳波を示す。
症例3 現在 歳代後半、男
年前頃から、朝方すべての記憶が全く
なくなるエピソードが見られるようになっ
うな﹂
﹁自分は 歳かな、 歳になったのか
うな﹂
﹁今は2000年を超えているんだろ
ない。
﹁毛布かけているから今は冬なんだろ
くなる。自分の年齢、日時、場所もわから
た。今自分がいる場所がどこだかわからな
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になった。
20
気がついたらグリーン近くにいた。その間、
は覚えているが、そこから記憶が全くない。
ードのショートホールで第1打を打ったの
ルフをやっていたときに起きた。130ヤ
度だけ日中に起きたことがある。それはゴ
分持続する。いつもは朝覚醒直後だが、1
このエピソードは月1回ぐらいの頻度で、
いつも朝方、覚醒直後に起こり、約 ∼
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しら﹂など、全生活史健忘症状が出るよう
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が全くない。一緒に回った同僚は全く異常に気
途中で何回かボールを打ったらしいがその記憶
取り戻した。
ピアノ教室に元気に通って、豊かな生活の質を
間前のことは覚えているが、1カ月前のことは
ほぼ同時に、記憶力の衰えを感じ始めた。1週
この発作を患者は﹁記憶発作﹂と呼び、それ
を克明に日記に記載している。発作が起こると
記憶が、島状に脱落しているのが特徴である。
ったこと、5年前の父の葬儀などの遠い過去の
ケースである。1、2カ月前友人とゴルフをや
本症例が持つ発作の特徴は①一過性てんかん
性健忘︵ Transient Epileptic Amnesia
︶であり、
さらに②過去のエピソード記憶の脱落が生じた
づいていなかった。
覚えていない。例えば1カ月前のクラス会で逢
川式スケール︵HDS R︶ 点でほぼ満点、
った友人、飲み会、ゴルフのことなど。電話が
なお、脳波は右側頭部に発作波が見られ、側
頭葉てんかんである。知的にはIQ 高く、長谷
あれば、忘れたことを悟られないように適当に
話を合わせていた。
また遠い昔のことをまだら状に忘れているこ
とに気づいた。1年前ハワイのダイヤモンドヘ
ッドに友人と一緒に登ったこと、5年前に父親
の葬儀で自分が喪主を務めたことが、すっぽり
IQ︵WAIS Ⅲ︶は全検査IQ128で認
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知症ではない。なおMRIは正常、しかしSP
ECTでは左半球でやや低下していた。
一過性てんかん性健忘
当院に通院して治療により発作が完全に治ま
︵TEA
︶
Transient Epileptic Amnesia
り、新たに記憶を失うこともなくなった。しか
症例3のごとく、意識は正常で、外部から見
しいったん失った記憶は戻らない。今はゴルフ、 ても全く異常な行動はないのであるが、ある期
2)
記憶から抜けている。
−
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間の記憶のみが失われる発作がある。純粋記憶
忘 れ が 改 善 し う る の で、 治 療 可 能 な 認 知 症
慢になることがありうるので注意が必要である。
文献
︵むさしの国分寺クリニック
名誉院長︶
異常がないこと、③複雑部分発作などの明らか
こと、②TEAを起こしている間、認知機能に
健忘発作︵
︶ ︵ treatable dementia
︶ともいえる。抗てんかん薬
Conscious
amnestic
epileptic
seizure
の種類によって物忘れが悪化したり、動作が緩
あるいは発作性健忘︵ Ictal amnesia
︶ともいわ
れる。その特徴は①TEAが繰り返して起こる
3)
Buter CR, Zeman AZ : Recent insight into the
impairment of memory in epilepsy : Transient epileptic
amnesia, accelerated long-term forgetting and remote
memory impairment. Brain, 131, 2243-2263 (2008)
Ito M : A case series of Epilepsy-derived Memory
impairment Resembling Alzheimer Disease. Alzhimer
Dis Assoc Disord, 23, 406-409 (2009)
Hauser WA : Chapter 5 : Incidence and Prevalence;
Epilepsy A Comprehensive Textbook ed, LippincottRaven Publisher, Philadelphia, 47-57 (1997)
なてんかん発作症状を合併していること、④脳
波にてんかん発作波があることなどが診断基準
になっており、多くは中高年に発症し、その持
続時間は通常 分から 分で、多くは朝の覚醒
われた過去の記憶は戻らない。治療によって物
れれば物忘れもよくなる。しかし、いったん失
が生ずることがあるが、てんかん発作が改善さ
高齢初発てんかん発作は、少量の抗てんかん
薬で治りやすい。また認知症を思わせる物忘れ
予後︱治療可能な認知症
れていく傾向がある。
時に見られる。最近の記憶も時間とともに失わ
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