睡眠薬の多剤併用の 効果と安全性 - エーザイの一般生活者向けサイト

はじめに
高江洲
義
和
睡眠薬高用量・多剤併用の効果
果とその安全性について概説する。
睡眠薬の多剤併用の
効果と安全性
わが国における睡眠薬の処方量は米国を含め
た西欧諸国より多いことが指摘されており、そ
不眠症に対して睡眠薬を投与する場合、低用
の使用量は近年増加傾向にある。その背景には、
量からスタートし、治療効果が不十分であれば
様々な弊害をもたらすことが明らかにされてい
依存形成やそれに伴う睡眠薬使用の長期化から
いった副作用の危険性を高めるのみではなく、
よる交通事故リスクの増加、認知機能の低下と
は、転倒による骨折や睡眠薬の持ち越し効果に
あることが報告されている。睡眠薬の多剤併用
︵表①︶
。しかしながら、実臨床において睡眠薬
醒時間の改善がもたらされることを示している
を認めていないが、高用量使用によって中途覚
試験においては、低用量では入眠障害しか改善
ン系睡眠薬であるエスゾピクロンの用量反応性
的に行われている。実際に、非ベンゾジアゼピ
高用量へと増量することが、臨床現場では慣例
睡眠薬の高用量処方および多剤併用率の増加が
る。本稿では、睡眠薬の多剤・高用量使用の効
1)
46
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(532)
治療
①用量反応性試験で認められたエスゾピクロンの有効性
エスゾピクロン
プラセボ
1mg(n=63) 2mg
(n=63) 2.5mg
(n=6) 3mg
(n=64)
PSG評価
LPS(min)
患者報告
SL(min)
TST(min)
WASO(min)
NAW
29.0
16.8*
15.5*
13.8*
13.1*
47.5
375.0
42.5
3.5
27.5#
382.5#
35.0#
3.0#
25.0*
412.5*
27.5*
3.0*
25.0#
420.0#
25.0#
3.0#
25.0*
420.0*
28.8*
2.5*
値は中央値。
PSG:ポリソムノグラフィー、LPS:安定した stage 2 までの潜時、SL:睡眠潜時、TST:総
睡眠時間、WASO:中途覚醒時間、NAW:中途覚醒頻度
(文献 1 より改変引用)
*:p <0.05 vs.プラセボ、#:プラセボとの比較を実施せず。
の用量反応性を明らかにした研究報告はほとん
どないため、その使用については保険適用用量
内にとどめるべきである。
また、睡眠薬の多剤併用効果については十分
な検討がなされていない。臨床上では、単剤・
常用量で十分な不眠症状の改善が得られないこ
とは少なくない。半減期の短い睡眠薬は睡眠維
持効果が乏しいため、中間作用型や長時間作用
型の睡眠薬の併用を推奨する考え方もあるが、
睡眠薬の併用がより有効であることを示すエビ
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デンスは存在しないため、多剤併用は可能な限
り避けるべきである。
睡眠薬高用量・多剤併用の安全性
ベンゾジアゼピン系、および非ベンゾジアゼ
ピン系の睡眠薬は、バルビツール酸系および非
バルビツール酸系の睡眠薬に比べて呼吸抑制な
47
どの毒性が弱く、過量服薬による死亡リスクは
低いことが指摘されている。しかしベンゾジア
2)
(533)
は、筋弛緩作用によるふらつきや転倒、前向性
ゼピン系および非ベンゾジアゼピン系の薬剤に
いる。
量で使用した場合に増大することが指摘されて
告されている。
性に生じ、高用量使用で発現しやすいことが報
れている。これらほとんどの副作用は用量依存
症状などの様々な副作用が存在することが知ら
ゼピン系の睡眠薬は入眠潜時を短縮し睡眠段階
少ないことが報告されている。またベンゾジア
耐性などの依存形成の副作用リスクが相対的に
アゼピン系の睡眠薬と比較して、筋弛緩作用や
神作業能力の低下、身体依存による耐性や離脱
ゾピクロン、エスゾピクロン、ゾルピデムな
健忘、奇異反応、持ち越し効果による翌日の精
どの非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、ベンゾジ
7)
8)
9)
ナリシスで、高用量服用者ほど事故率が有意に
ジアゼピン系の服用と交通事故に関するメタア
翌日の精神作業能力の低下に関しても、ベンゾ
の使用が指摘されている。持ち越し効果による
健忘や奇異反応のリスク因子としても、高用量
ることが指摘されている。睡眠薬による前向性
齢者の骨折のリスクは高用量になるほど増大す
筋弛緩作用に関しては、睡眠薬による転倒・
骨折のリスクに関する多数の報告が存在し、高
のリスクがあることの指摘もみられる。また、
転倒リスクはベンゾジアゼピン系睡眠薬と同等
ては、非ベンゾジアゼピン系の薬剤においても、
てきた。しかしながら、近年の研究報告におい
睡眠薬は、比較的安全性が高い薬剤と考えられ
れている。そのため、非ベンゾジアゼピン系の
ため、熟眠感に関する効果も期待できると言わ
ジアゼピン系の睡眠薬は徐波睡眠を阻害しない
の stage 1 を
2 増 加 さ せ る 一 方 で、 stage の
3
徐波睡眠に対しては抑制的に働くが、非ベンゾ
~
高かったことが指摘されている。耐性などの依
睡眠薬服用後の夜間の異常行動については、ベ
10)
11)
12)
存形成のリスクも、長期間の使用や多剤・高用
14)
13)
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6)
3)
4)
5)
剤・高用量使用はベンゾジアゼピン系睡眠薬と
め、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬であっても多
ジアゼピン系薬剤で多いとの報告もみられるた
ンゾジアゼピン系睡眠薬よりもむしろ非ベンゾ
べきである。
合は、睡眠衛生の乱れや他の疾患の合併を疑う
の単剤・常用量使用で不眠症状が改善しない場
増大につながるため避けるべきである。睡眠薬
合も、効果と安全性のリスクベネフィットバラ
不眠に対する効果が不十分で薬剤を増量する場
して短期間の使用にとどめたほうが望ましい。
避け、使用期間も耐性などの依存リスクを考慮
する場合は、高用量使用や多剤併用はなるべく
以上のことを考慮すると、ベンゾジアゼピン
系および非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を使用
を行うべきである。
療法による睡眠衛生指導や生活習慣の改善など
ある場合が多いため避けるべきであり、非薬物
は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用は無効で
明確に区別される。概日リズム睡眠障害の場合
合は、概日リズム睡眠障害であり、不眠症とは
をしている場合や夜型生活に伴う夜間不眠の場
同等のリスクがあると考えるべきである。
睡眠衛生の乱れがある場合は適切な睡眠衛生
指導をすべきであり︵表②︶
、昼夜逆転の生活
ンスを考慮して行われるべきである。
また身体疾患に伴う疼痛、掻痒感、夜間頻尿
などが原因で不眠症状を呈するような二次性の
増量は効果が期待できないばかりか、副作用の
多くみられる。前述のとおり、安易な睡眠薬の
の紹介が必要である。またステロイドや抗パー
よる不眠症状などが疑われる場合も、精神科へ
不眠では、その基礎疾患の治療が優先されるべ
臨床現場において、睡眠薬の単剤・常用量使
用で十分な不眠症状の改善がみられないことは、 きである。うつ病や不安障害などの精神疾患に
重症不眠に対する治療戦略
17)
(535)
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16)
15)
②不眠症治療における生活指導
概日リズムの維持・強化
毎日同じ時間に起床し、太陽の光を取り入れる
規則的な食事・運動習慣
就寝 1 ∼ 2 時間前にぬるめの温度で入浴する
昼寝をするなら、午後 3 時までに20∼30分程度
生活習慣を見直す
1 週間単位で生活リズムを見直し、睡眠不足に注意する
夕方以降の激しい運動や、興奮する行動を避ける
就寝前 1 ∼ 2 時間はリラックスする時間帯を設け、 テレビ、 パソコンなど
は避ける
就寝前に考え事や心配事をしてしまう場合は、その内容を書き留める場所や
時間を別に設ける
嗜好品に注意する
就寝前 4 時間のカフェインの摂取、就寝前1時間の喫煙は避ける
夜中に目が覚めたときに喫煙をしない
寝酒はしない
就寝前にカフェインの入っていない温かい飲み物を飲んでみる
就寝環境を快適にする
明るさ、音、温度、湿度、換気を調節したり、
部屋の模様替えをしたりする
寝具にも気を配る
寝室を眠ること以外の目的に使用しない
睡眠時間、不眠による影響、不眠になる原因について考えすぎない
睡眠にこだわりすぎない 就床時間を生理的な睡眠可能時間に合わせる
夜中に目が覚めても、時刻を確認しない
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キンソン病薬、一部の降圧薬など、副作用とし
ての不眠症状を呈する薬剤の使用の有無も確認
する必要がある。そのほか夜間のいびきや入眠
時の四肢の不快感などの症状があり、睡眠時無
呼吸症、レストレスレッグス症候群などによる
不眠症状などが疑われるような場合は、終夜睡
眠ポリソムノグラフィーが行える睡眠障害専門
−
の医療機関への紹介が必要である。
睡眠薬治療に抵抗性の不眠症に対する代替療
法として、認知行動療法︵ Cognitive Behavioral
Therapy for InsomniaCBT I︶がある。C
BT Iとは不眠症の誘因となるような生活習
慣や過覚醒を、心理療法などで緩和する非薬物
療法である。具体的には睡眠衛生指導、漸進的
筋弛緩法、刺激制御法、睡眠制御法、認知療法
などを組み合わせたものである。これまでの研
究で、不眠症に対する有効性も実証されており、
うつ病などの精神疾患やがんや慢性疼痛などの
身体疾患に伴う不眠症に対しても、有効性が報
(536)
18)
−
(文献16より引用)
50
かし現在のところ、本邦では不眠症に対するC
高まることも複数の研究で指摘されている。し
CBT Iを導入することで薬剤の減量効果が
ある。
検査やCBT Iの適応について検討すべきで
医療機関へ紹介し、終夜ポリソムノグラフィー
きである。必要に応じて精神科や睡眠障害専門
も限られているため、今後の治療の普及が望ま
れる。その他の代替治療として催眠作用の強い
鎮静系抗うつ薬や抗精神病薬の併用もあるが、
現時点で十分な効果や安全性のエビデンスがな
いため、うつ病や統合失調症などの精神疾患に
合併する不眠症患者への使用にとどめておくべ
きである。
おわりに
量使用は安全性の観点から避けるべきである。
不眠症の治療において、睡眠薬の使用は単剤
・常用量使用が原則である。安易な多剤・高用
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︵東京医科大学
精神医学分野
講師︶
−
21)
22)
睡眠薬の単剤・常用量使用で改善が乏しい場合
文献
BT Iは保険適用外であり、実施できる施設
告されている。睡眠薬の長期服用者に関しても、 疾患の存在や他の睡眠障害の可能性を考慮すべ
19)
20)
は、睡眠衛生の確認や合併している身体・精神
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第 巻、睡眠
13
(537)
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51
23
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