夏美に憑依してしまった。 ID:96886

夏美に憑依してしまった。
野球部のコロン
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︻あらすじ︼
原作序盤ではほとんど活躍が出来なかった村上夏美。彼女に憑依
してしまった誰かの一日。
目 次 夏美に憑依してしまった。 ││││││││││││││││
1
夏美に憑依してしまった。
■
真帆良学園都市は広大だった。
フィレンツェの町並みをそのまま持ってきたようなレンガ造りの
建築群と、自然とが調和した町並みだった。
ふと目を休めようと周囲を見渡せば、規模に関わらず様々な草花が
目に入るように作られていた。そうしたみずみずしい葉をつける花
や植物は、街の中にあって人々に癒しを与えた。
街の建築群は二百、三百では足りないほどの規模であり、様々な経
済活動から行政や教育施設までが充実し、加えて高度な研究機関まで
存在していた。
街の奥にある深い森では、静かにくらす動物たちを見ることが出来
るほど豊かだった。
また、世界樹という巨大な樹木があるのも、この街の大きな特徴の
一つだった。
■
春休みのある日。といっても小学校から中学生にあがる空白期間
に、春休みが重なったとある朝のことだった。
穏やかな空の元、一人の少女が車道に面した街路をトボトボ歩いて
いた。
街路側にはさまざま店舗が軒をつらねていた。色や形の違う制服
を着用した学生たちや買い物客らが少女に目もくれず歩いていた。
そこに、とつぜん短く強い風が吹いた。少女も道行く人々らもみん
な足をとめた。
短い赤毛がフワリと揺れるのを手で押さえた少女は、何度か前髪を
なでつけた。髪が乱れるのが嫌なようだった。
﹁ったく⋮⋮こまる堂って店は何処だよ﹂
気を取り直して歩き始めた少女は、先ほどから自分を悩ませている
事柄、手書きの地図睨みつけながら一人グチをこぼした。
その舌打ちしながら歩く少女に近づく影があった。
1
﹂
﹁なーに、イラついてんのよ
﹁うわ。ビックリした
﹁ん。おはよう夏美﹂
﹁おはよう。明日菜ちゃん
﹂
﹂
少女は身だしなみを整えるように﹁コホン、コホン﹂と咳をした。
﹁お、おう。じゃなくて⋮⋮﹂
﹁なによ∼、その反応。傷つくなー﹂
が、なんとか持ち直して相手を見つめた。
急に横合いから声をかけられた少女は驚いてつまづきそうになる
!
ようだった。
?
﹂
﹂
明日菜は﹁くふっ﹂と思わず吹き出しそうになった。
﹁どれどれ⋮⋮﹂
に見せた。
言いながら、夏美は﹁これなんだけどね﹂と手書きの地図を明日菜
い雑貨屋があるらしんだけどね﹂
﹁うん。えっとね、演劇で使う小道具がいるんだけどね。ちょうどい
﹁で、なにをそんなにイライラしてたわけ
﹂
二人はついこのあいだ知りあったばかりだが、すぐに仲良くなった
した。
顔にした。それに呼応すように相手の少女、明日菜も明るく笑みを返
夏美と呼ばれた少女は、そばかすの浮かんだ白い顔をくしゃりと笑
!
﹁アンタこれ逆さまに見てない
﹁えっ、マジ
?
こまる堂
手の中で逆さまになっている地図を示して言った。
﹁だってこの地図逆さよね。それにこの
し、こっちは反対方向よ﹂
﹁げ、ホントだ⋮⋮﹂
いけない。とまた夏美は口を押さえた。
﹂
って駅の近くだ
あー、くそ。こういうしゃべり方は夏美らしくないんだよな。
"
﹁地図を逆に見てるから迷うのよ。アンタそんなドジっ子だっけ
?
"
2
!?
夏美は失言でもしたかのように口元を押さえた。明日菜は夏美の
?
﹁あー、うん。ちょっと疲れてたのかな
分でどうにか出来ると思うし﹂
いろいろあってさ﹂
﹂と言った切り、口をつぐんだ。
﹁ありがとう、心強いよ。でも相談するほどのことじゃないんだ。自
少しは役に立てると思うし﹂
﹁あのさ、一人じゃ解決できないようなら相談しなさいよね。私でも
明日菜は﹁ふーん﹂と夏美の顔色に視線をやった。
?
そ う い う 迷 い が 明 日 菜 の 脳 裏 を よ
明日菜は何か言いたげに﹁そう
深 入 り し て い い の か し ら
?
もいいかな
﹂
﹁もちろん。その時は私にどーんと任せなさいよ
冗談っぽいセリフに二人はほほえんだ。
になれたらいいわね
﹂
﹁あー、私もちょっと時間がヤバいのよね。あ、中学さ、一緒のクラス
明日菜は夏美の肩を後ろから掴んで、駅の方へ体を向けさせた。
﹁はい。じゃあ夏美はそっちね﹂
﹂
﹁でもさ、明日菜ちゃん。一人じゃどうにもならなかったら相談して
が二人の間に訪れたが、その固まりはすぐに解消された。
ぎったのかもしれない。二人の間に見えない空気の壁が現れて、沈黙
?
は目を細めた。
真新しい白い外観が春の日に照らされてまぶしかったようで、夏美
﹁コ﹂の字状の建物だった。
最近入寮したらしい寮へと帰路についた。寮は二階建ての、大きな
雑貨屋で購入したものを部長のところへ無事に届け終えた夏美は、
いった因果で部長にお使いをたのまれてしまったようだった。
同じ寮生の那波千鶴の紹介で、すでにその部長とは面識があり、そう
夏美は中学生になったら、演劇部へ入部するつもりだったようだ。
■
た。
をしばらく見送ってから来た道を引き返し、目的の雑貨屋へ向かっ
それだけ言い残して、明日菜は走り去っていった。夏美はその背中
!
3
!
?
﹁た、ただいま∼⋮⋮﹂
見ず知らずの人の家を訪れたときのように、妙にかしこまった動き
と沈むような声で、玄関のドアを開けた夏美は、そそくさとドアを閉
めて室内へと進んだ。それも忍ぶような足取りだった。
﹁おかえりなさい。ずいぶん遅かったのね﹂
﹁ただいま⋮⋮﹂
夏美の母親かと思われるような大人びた女性が、居間のちゃぶ台の
前で少女を迎えた。夏美はやはり他人の家にいるようなぎこちなさ
を残したまま、その母のように優しげな女性の差し向かい座った。
女性の髪はみずみずしく艶があり、柔らかそうなのが見て取れた。
女性の顔立ちや体格、雰囲気も大人びていた。平凡な体格の夏美と
は、とても同い年には見えなかった。
﹁えっと、千鶴さん⋮⋮﹂
﹁私のことをちづ姉と、夏美は呼ぶわね。それに敬語はよしてね﹂
気づいて固まった。
4
笑顔とは裏腹に、夏美の言葉にかぶせるような鋭い言葉だった。夏
美は気を取り直して﹁ちづ姉﹂と呼びなおした。
﹁さっき明日菜と会ったんだ。部長からもらった地図を逆さまに見て
てさ、迷ってるところを助けてもらったんだよ﹂
﹁そう、明日菜さんと⋮⋮﹂
千鶴はコトリと飲んでいたティーカップをちゃぶ台に置いた。
その時は夏美に伝えておいてほ
﹁日記に書くつもりだけど、いきなり入れ替わったりするしさ。話し
が合わなくなったら困るだろう
しい﹂
﹁ええ、分かったわ﹂
目をやった。
﹁そろそろお昼ね。なにも食べてないでしょう
うと思うのよ﹂
?
手伝うためにキッチンへと立ち上がりかけた夏美は、自分の失態に
﹁じゃあ、いただきますよ﹂
オムライスを作ろ
千鶴はしっかりとうなずいた。それから紅茶を一口飲むと、時計に
?
ヤベッ。
﹂
スッと笑みが深くなった千鶴の顔が目に入った。
﹁敬語はやめなさいと、言ったでしょう
﹁あ、うん。ごめん⋮⋮なさい﹂
いいからあなたは座っていなさい﹂
夏美は目をそらしながら言った。
﹁手伝う
?
と丸い字で書かれた本来の
"
と、手を止めた。
?
それとも夏美の別人格かなにかだろうか
オレは、なんなんだろうか
け。幽霊なのだろうか
⋮⋮
何度も自分の中で繰り返された問か
夏美はペラペラとページをめくって、白いページに日付を書いたあ
は共有されない。
本来の夏美と今の夏美。二人は別人だった。時に入れ替わり、記憶
それを見て今の夏美は薄くほほえんだ。
ように、紙の上で元気いっぱいに踊っていた。
夏美の書く日記は、はじめて動物園につれていってもらった子どもの
﹁今日はこんなことがあったよ∼﹂
じっと眺めたあと、十数ページ目を開く。
﹁交 換 日 記 2 1﹂と ラ メ で き ら き ら す る ピ ン ク 色 で 書 か れ た 表 紙 を
た。
なにもする事がなくなった夏美は、机から一冊のノートを取り出し
行ってしまった。
そう言って千鶴は夏美をすわらせて、一人で廊下側のキッチンへ
?
それでも今こうしているのは﹁夏美が元に戻るまで協力しあいま
れない。そんなの放っとける訳ないもんな。
どこの馬の骨とも知れないやつが、親友の体で好き勝手やるかもし
いだろう。
もしオレの親友が夏美と同じ状態になったら、気が気ではいられな
らないでもない。
千鶴はオレのことを良く思っていないだろう。その気持ちも分か
カチャカチャと千鶴が作業する音が聞こえる。
?
5
"
しょう﹂という、千鶴の提案からだった。スゲー大人っぽい反応だよ、
オレには記憶がないから実際どうなのか分かんないけどさ。
とにかくオレも千鶴の言葉には同意した。俺たちは協力すること
にしたのだ。そこでオレは夏美を演じることにしたんだよ。
フムフムと、夏美は自分がやることを再確認するようにうなづい
た。
これからどうなるにしても、オレは夏美の日常を壊したくなんかな
いしな。
結局。千鶴が二人分の料理を作り終えるまで夏美は考えに気を取
られてノートは真っ白なままだった。
数分後、夏美はもぐもぐと無言でオムライスを食べ続けていた。空
﹂
腹を満たすためではなく、手が止まらないというような食べっぷり
だった。
﹁おいしい
優しげに問いかける千鶴にコクコクうなずく。夏美はリスのよう
に頬を膨らませていた。
﹁そう。よかった﹂
千鶴は優しげに微笑んだ。
午後からは特に約束などもなく、オレは人けのない大樹の辺りに散
歩にいって夕方まで昼寝した。誰とも会わなかった。
■
6
?