夏美に憑依してしまった。 野球部のコロン ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 原作序盤ではほとんど活躍が出来なかった村上夏美。彼女に憑依 してしまった誰かの一日。 目 次 夏美に憑依してしまった。 ││││││││││││││││ 1 夏美に憑依してしまった。 ■ 真帆良学園都市は広大だった。 フィレンツェの町並みをそのまま持ってきたようなレンガ造りの 建築群と、自然とが調和した町並みだった。 ふと目を休めようと周囲を見渡せば、規模に関わらず様々な草花が 目に入るように作られていた。そうしたみずみずしい葉をつける花 や植物は、街の中にあって人々に癒しを与えた。 街の建築群は二百、三百では足りないほどの規模であり、様々な経 済活動から行政や教育施設までが充実し、加えて高度な研究機関まで 存在していた。 街の奥にある深い森では、静かにくらす動物たちを見ることが出来 るほど豊かだった。 また、世界樹という巨大な樹木があるのも、この街の大きな特徴の 一つだった。 ■ 春休みのある日。といっても小学校から中学生にあがる空白期間 に、春休みが重なったとある朝のことだった。 穏やかな空の元、一人の少女が車道に面した街路をトボトボ歩いて いた。 街路側にはさまざま店舗が軒をつらねていた。色や形の違う制服 を着用した学生たちや買い物客らが少女に目もくれず歩いていた。 そこに、とつぜん短く強い風が吹いた。少女も道行く人々らもみん な足をとめた。 短い赤毛がフワリと揺れるのを手で押さえた少女は、何度か前髪を なでつけた。髪が乱れるのが嫌なようだった。 ﹁ったく⋮⋮こまる堂って店は何処だよ﹂ 気を取り直して歩き始めた少女は、先ほどから自分を悩ませている 事柄、手書きの地図睨みつけながら一人グチをこぼした。 その舌打ちしながら歩く少女に近づく影があった。 1 ﹂ ﹁なーに、イラついてんのよ ﹁うわ。ビックリした ﹁ん。おはよう夏美﹂ ﹁おはよう。明日菜ちゃん ﹂ ﹂ 少女は身だしなみを整えるように﹁コホン、コホン﹂と咳をした。 ﹁お、おう。じゃなくて⋮⋮﹂ ﹁なによ∼、その反応。傷つくなー﹂ が、なんとか持ち直して相手を見つめた。 急に横合いから声をかけられた少女は驚いてつまづきそうになる ! ようだった。 ? ﹂ ﹂ 明日菜は﹁くふっ﹂と思わず吹き出しそうになった。 ﹁どれどれ⋮⋮﹂ に見せた。 言いながら、夏美は﹁これなんだけどね﹂と手書きの地図を明日菜 い雑貨屋があるらしんだけどね﹂ ﹁うん。えっとね、演劇で使う小道具がいるんだけどね。ちょうどい ﹁で、なにをそんなにイライラしてたわけ ﹂ 二人はついこのあいだ知りあったばかりだが、すぐに仲良くなった した。 顔にした。それに呼応すように相手の少女、明日菜も明るく笑みを返 夏美と呼ばれた少女は、そばかすの浮かんだ白い顔をくしゃりと笑 ! ﹁アンタこれ逆さまに見てない ﹁えっ、マジ ? こまる堂 手の中で逆さまになっている地図を示して言った。 ﹁だってこの地図逆さよね。それにこの し、こっちは反対方向よ﹂ ﹁げ、ホントだ⋮⋮﹂ いけない。とまた夏美は口を押さえた。 ﹂ って駅の近くだ あー、くそ。こういうしゃべり方は夏美らしくないんだよな。 " ﹁地図を逆に見てるから迷うのよ。アンタそんなドジっ子だっけ ? " 2 !? 夏美は失言でもしたかのように口元を押さえた。明日菜は夏美の ? ﹁あー、うん。ちょっと疲れてたのかな 分でどうにか出来ると思うし﹂ いろいろあってさ﹂ ﹂と言った切り、口をつぐんだ。 ﹁ありがとう、心強いよ。でも相談するほどのことじゃないんだ。自 少しは役に立てると思うし﹂ ﹁あのさ、一人じゃ解決できないようなら相談しなさいよね。私でも 明日菜は﹁ふーん﹂と夏美の顔色に視線をやった。 ? そ う い う 迷 い が 明 日 菜 の 脳 裏 を よ 明日菜は何か言いたげに﹁そう 深 入 り し て い い の か し ら ? もいいかな ﹂ ﹁もちろん。その時は私にどーんと任せなさいよ 冗談っぽいセリフに二人はほほえんだ。 になれたらいいわね ﹂ ﹁あー、私もちょっと時間がヤバいのよね。あ、中学さ、一緒のクラス 明日菜は夏美の肩を後ろから掴んで、駅の方へ体を向けさせた。 ﹁はい。じゃあ夏美はそっちね﹂ ﹂ ﹁でもさ、明日菜ちゃん。一人じゃどうにもならなかったら相談して が二人の間に訪れたが、その固まりはすぐに解消された。 ぎったのかもしれない。二人の間に見えない空気の壁が現れて、沈黙 ? は目を細めた。 真新しい白い外観が春の日に照らされてまぶしかったようで、夏美 ﹁コ﹂の字状の建物だった。 最近入寮したらしい寮へと帰路についた。寮は二階建ての、大きな 雑貨屋で購入したものを部長のところへ無事に届け終えた夏美は、 いった因果で部長にお使いをたのまれてしまったようだった。 同じ寮生の那波千鶴の紹介で、すでにその部長とは面識があり、そう 夏美は中学生になったら、演劇部へ入部するつもりだったようだ。 ■ た。 をしばらく見送ってから来た道を引き返し、目的の雑貨屋へ向かっ それだけ言い残して、明日菜は走り去っていった。夏美はその背中 ! 3 ! ? ﹁た、ただいま∼⋮⋮﹂ 見ず知らずの人の家を訪れたときのように、妙にかしこまった動き と沈むような声で、玄関のドアを開けた夏美は、そそくさとドアを閉 めて室内へと進んだ。それも忍ぶような足取りだった。 ﹁おかえりなさい。ずいぶん遅かったのね﹂ ﹁ただいま⋮⋮﹂ 夏美の母親かと思われるような大人びた女性が、居間のちゃぶ台の 前で少女を迎えた。夏美はやはり他人の家にいるようなぎこちなさ を残したまま、その母のように優しげな女性の差し向かい座った。 女性の髪はみずみずしく艶があり、柔らかそうなのが見て取れた。 女性の顔立ちや体格、雰囲気も大人びていた。平凡な体格の夏美と は、とても同い年には見えなかった。 ﹁えっと、千鶴さん⋮⋮﹂ ﹁私のことをちづ姉と、夏美は呼ぶわね。それに敬語はよしてね﹂ 気づいて固まった。 4 笑顔とは裏腹に、夏美の言葉にかぶせるような鋭い言葉だった。夏 美は気を取り直して﹁ちづ姉﹂と呼びなおした。 ﹁さっき明日菜と会ったんだ。部長からもらった地図を逆さまに見て てさ、迷ってるところを助けてもらったんだよ﹂ ﹁そう、明日菜さんと⋮⋮﹂ 千鶴はコトリと飲んでいたティーカップをちゃぶ台に置いた。 その時は夏美に伝えておいてほ ﹁日記に書くつもりだけど、いきなり入れ替わったりするしさ。話し が合わなくなったら困るだろう しい﹂ ﹁ええ、分かったわ﹂ 目をやった。 ﹁そろそろお昼ね。なにも食べてないでしょう うと思うのよ﹂ ? 手伝うためにキッチンへと立ち上がりかけた夏美は、自分の失態に ﹁じゃあ、いただきますよ﹂ オムライスを作ろ 千鶴はしっかりとうなずいた。それから紅茶を一口飲むと、時計に ? ヤベッ。 ﹂ スッと笑みが深くなった千鶴の顔が目に入った。 ﹁敬語はやめなさいと、言ったでしょう ﹁あ、うん。ごめん⋮⋮なさい﹂ いいからあなたは座っていなさい﹂ 夏美は目をそらしながら言った。 ﹁手伝う ? と丸い字で書かれた本来の " と、手を止めた。 ? それとも夏美の別人格かなにかだろうか オレは、なんなんだろうか け。幽霊なのだろうか ⋮⋮ 何度も自分の中で繰り返された問か 夏美はペラペラとページをめくって、白いページに日付を書いたあ は共有されない。 本来の夏美と今の夏美。二人は別人だった。時に入れ替わり、記憶 それを見て今の夏美は薄くほほえんだ。 ように、紙の上で元気いっぱいに踊っていた。 夏美の書く日記は、はじめて動物園につれていってもらった子どもの ﹁今日はこんなことがあったよ∼﹂ じっと眺めたあと、十数ページ目を開く。 ﹁交 換 日 記 2 1﹂と ラ メ で き ら き ら す る ピ ン ク 色 で 書 か れ た 表 紙 を た。 なにもする事がなくなった夏美は、机から一冊のノートを取り出し 行ってしまった。 そう言って千鶴は夏美をすわらせて、一人で廊下側のキッチンへ ? それでも今こうしているのは﹁夏美が元に戻るまで協力しあいま れない。そんなの放っとける訳ないもんな。 どこの馬の骨とも知れないやつが、親友の体で好き勝手やるかもし いだろう。 もしオレの親友が夏美と同じ状態になったら、気が気ではいられな らないでもない。 千鶴はオレのことを良く思っていないだろう。その気持ちも分か カチャカチャと千鶴が作業する音が聞こえる。 ? 5 " しょう﹂という、千鶴の提案からだった。スゲー大人っぽい反応だよ、 オレには記憶がないから実際どうなのか分かんないけどさ。 とにかくオレも千鶴の言葉には同意した。俺たちは協力すること にしたのだ。そこでオレは夏美を演じることにしたんだよ。 フムフムと、夏美は自分がやることを再確認するようにうなづい た。 これからどうなるにしても、オレは夏美の日常を壊したくなんかな いしな。 結局。千鶴が二人分の料理を作り終えるまで夏美は考えに気を取 られてノートは真っ白なままだった。 数分後、夏美はもぐもぐと無言でオムライスを食べ続けていた。空 ﹂ 腹を満たすためではなく、手が止まらないというような食べっぷり だった。 ﹁おいしい 優しげに問いかける千鶴にコクコクうなずく。夏美はリスのよう に頬を膨らませていた。 ﹁そう。よかった﹂ 千鶴は優しげに微笑んだ。 午後からは特に約束などもなく、オレは人けのない大樹の辺りに散 歩にいって夕方まで昼寝した。誰とも会わなかった。 ■ 6 ?
© Copyright 2024 ExpyDoc