ウルク・ルガル・ラ・ビルガメシュ URUKU出身 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ これは、 人類最古の英雄王ギルガメッシュに転生してしまった魂が紡ぐ物 語。 ありふれた英雄譚である。 ▼同サイトにて連載中の﹁新・ギルガメッシュ叙事詩﹂のリメイク 版です。 リメイク版と言いながら設定も展開もかなり異なっているのでご 注意下さい。 原初の海 ││││││││││││││││││││││││ 1 目 次 無欲な王子、強欲な女神 │││││││││││││││││ 8 原初の海 寄せては返す波の感触 流れに身を委ね、漂う 遮るものは何もない ただただ心地よい流れの中で微睡んでいる ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何となく、この状況がずっと続いたらいいのにと思った。 ・ このまま当てもなく彷徨い続け、ゆっくりと死んでいくのだ だが、ふと思った。││ここはどこだ 耳を澄ませば生命の呼吸を感じる 重い瞼を開けば深い青が見える ││海だな 妙な確信をもって理解する。だが、次いでもう一つ気が付いたこと がある。 ││沈んでいる まるで何かに手を引かれるかのようにそこへ、底へと沈んでいるの を感じる。 ・ 何とか抵抗を試みるが、すぐさま無意味であることを悟った。 妙な話だが、己自身が、意思とは無関係にこれを望んでいるような 気がするのだ。 日本という国にて発展した文明に囲まれて生 ーー波の感触が遠ざかり、生命の気配が消え、深海へと導かれる ・ そもそも己は誰だ 出そうとしても形をつかめず泡のように虚しく消えていく。 ーー沈む速度は徐々に早まり、周囲から音と色が消えた。 一番わからないのはこの〝海〟だ。まず、水の中なのに呼吸ができ るうえに水も冷たくなく、寧ろ温かい。 1 ? 活していたのは思い出せるのだが、肝心の名前が思い出せない。思い ? 海の描写としては確実に間違っていることは判るがしかし、己は 今、この場所を海であると定義することになんの抵抗もなかった。 自分という存在の定義さえまま ーー加速を続けながら沈み続ける。しかし、これは単なる助走に過 ぎないという確信があった。 ・ この沈下の行く末はどこなのか がれていくのを感じながらそこへ、底へと沈んでいく。 がれゆくそれらは肉体であり、精神であり、忘れてはならない誰 ││己が ・ 言うと、今己を引っ張っている奴もろくな奴じゃないと思う。 を見るにろくでもない場所であるのは間違いなさそうだ。ついでに ならない今の己では分かろうはずもない。しかし、この連行のされ方 ? ││沈み切ったのか め 時、ただ沈みゆくのみだった己が止まったのを感じた。 しかし、そんな風に思える自分も消えるのかと諦観していたその 少し悲しい気がした。 かとの繋がりであり、それらが海へ泡沫の泡となって消えていくのは ? においてできる ? 跡を知る。 ││失って初めて気付くというやつか。 ⋮ちょっと待てよ。己は⋮人間、だったよ、な いう国で生きていた昆虫だった日には発狂する自信がある。 族すら疑い始めてしまった。末期である。まぁ、これで自分が日本と 考える、ということ以外にやることがないので暇のあまり自分の種 ? 時になって言語を操れる〝人〟であったことの素晴らしさを、その奇 自分の思いを言葉にすることもできず漂うだけの自分。こういう ことなど全くないのだ。 霊的な己はようやくたどり着いたらしいこの海底 というかそもそも肉体はついさっき崩壊してしまったので実質幽 し断念。 辺りを見渡そうとするが、自分には既に眼がなかったことを思い出 ? 2 ? ││そして何の前触れもなく、再び己は引っ張られ始めた。 ﹁﹂ 思わず既にない口から絶叫が漏れる。 先ほどとは比べ物にならないほどの速度で引っ張られている。そ れも縦横無尽にノンストップでだ。先程までのをバンジージャンプ とすると、これはジェットコースターだ。いや、あんなに生易しいも のではないが、ともかく今度のはまずい。残った最後の己が粉々に砕 け散りそうな衝撃を絶え間なく与えられ続けている。 せん 右、左、上下、たまにぐるりとスピンまで入れてくる。 ││そして、線を超えた 何となく理解した。 己はたった今、超えてはならない一線を無駄にダイナミックに超え てしまったのだと。 ・ 3 その証拠に線を越えてから身体が冷え始めている。死の気配を強 く感じる。何よりこの世界に己という存在を拒絶されている。 ││あまり、歓迎されていないようだ。 それもそうだろう。己だって見知らぬ人がダイナミックに家に侵 入してきたら怒るだろう。これは断じて己のせいではないと弁明し たい。が、そのための口は消えてしまっているのでやはりこれも断 念。 ││まずいな。これはもう⋮死ぬ がれ落ちてしまった。 ぞっとするような冷たさが己を侵食してくる。もう抵抗する気力 はない。 落ち行く中で も記憶も自我もかなぐり捨て、泡となって消えたい⋮ 最後まで掴んで離さなかった己という存在を放棄し、すべての思い で苦しむことなく窒息死してしまいたい。 もう⋮疲れた。どこかは分からないが、惨めな抵抗を止め、この海 ? ・ ・ ││いや、それは嫌だ たましい 渇望などという御大層なものではない ただの我が儘だ うつわ と既にない首をひねった。己がこんなに強気な魂を しかし、それでも己の魂は確かにこのまま消え失せることを許さな かった。 おかしいな していたとは... 肉体を捨てて初めて知った。やはり、あの肉体は自分には小さかっ たのだな。などという尊大な考えまで巡り始めた。 ││こうなったら限界まで足搔くか⋮ はっきり言って悪足掻きに近い。駄々をこねる子供のようなもの だ。 それに何ができるかなんて分からないし、多分何もできはしないの だろう。 でも、諦めるのだけは止めようと決意を固めた。少なくとも己はこ の海の藻屑となるために意識を繋ぎとめてきたわけじゃないのだか ら。 そんな俺の意志を汲み取ったのか、遂に状況が動いた。 うた だが、今度は先ほどとは全く違うアプローチ方法だった。 ││詩が聴こえてきたのだ 汝、天が地に打ちし楔 終焉の狭間に生まれし御子なり その知恵は、天空神アヌ、水神エアが与え その美しさは、太陽神シュマシュが与え その雄々しさを気象神アダドより授かった あぁ、なんと美しき形か ! 4 ? おうごん 偉大なる神々は、至高の命を創造なさった そして、黄金がこの深海を照らしていた 眼などなくとも分かるほどにその光は輝かしく、その熱量は、冷え 切った己を沸騰させるほどであった。 しかし、その一方でどこか空虚なものも感じた。 おかしな話だ。これほどまでに熱く、眩しい光が空虚とは⋮ ・ だが何であれ、この光だけが現状を打破する希望の光であることは 間違いない。 おうごん うつわ 己は⋮いや、俺はこんなところでわけもわからず消えていくのは嫌 だ。 ││だから、その黄金の光に既にない筈の手を伸ばす ◇◇◇◇◇◇ 紀元前、シュメールの都市国家ウルクにて一つの命が誕生した。ウ ルク第一王朝の王ルガルバンダと女神リマト・ニンスンの間に生まれ たその御子の名を﹁ギルガメッシュ﹂という。 ギルガメッシュ王子は凄まじく頭の出来が良く、生まれて数年で ﹂ る。キョロキョロと当たりを見渡しながら神殿中を駆け回っていた シャムハト様が王子をお呼びですよ ﹂ 少女はやがて目的の人物の背中を見つけ、息を切らせながらその名を 呼んだ。 ﹁ギルガメッシュ王子 ! くるのはどうかと思うんだが ﹂ ﹁連絡ご苦労。でもさ⋮⋮流石に男の湯浴み中にいきなり飛び込んで 透き通った美声で答えた。 ギルガメッシュ王子は少女の呼びかけにゆっくりと振り向いた後、 ! ? 5 ! あっという間に歩行を始め、言葉を覚え、上に立つもの特有の気を放 どこにおられるのですか ちながら王子として立ち振る舞っていた。 ﹁王子 ! 王族の住まう神殿ジグラットに美しく、しかし少し幼い声が響き渡 ! ギルガメッシュ王子14歳、剣の鍛錬でかいた汗を流している最中 であった。 別段王子自身は誰に裸を見られようが、どうということはない。な にせこの身体は神々が設計した完璧なる肉体。これで欠陥があるよ うならばそれは神々のせいなのである。 彼女は丁度異性に興味を持ち始めるくらいの年齢である。 しかし、王子と同い年、所謂幼馴染であるところのシドゥリはどう だろうか そんな繊細な時期に初めて仕事を任され、張り切って王子のお風呂に ﹂ 飛び込んで裸を見てしまったからには取るリアクションは一つ。 ﹁キャァァァァァぁぁぁ 遂に物語は動き始めた る。 ││これは異質な魂が紡ぐ、王さまの物語。ありふれた英雄譚であ 自分に言い聞かせるように呟き、王子は再び歩み始めた。 ﹁気にしても仕方ないか。今の俺はギルガメッシュ王子なんだから。﹂ この世界についての記憶を保持していることについても⋮ だが、あの海に消えていった俺自身のことが気にかかる。それに、 だのは正解だったと言える。後悔はしていない。 幸運なことではあると思う。正直、あの海で咄嗟にこの器に飛び込ん この美しいウルクという国に王族として転生できたことはとても 空は青く澄み渡り、鳥たちが翼をはためかせ、飛んで行く 中心地には川が流れ、街中には所々花が咲き乱れている 活気に溢れ、人々が行き交う美しい街並み ││ふと、ジグラットから見えるウルクの景色に目を奪われた。 くために歩みを進め始めた。 ルガメッシュ王子はパパッと着替えを済ませ、シャムハトに会いに行 これからちょっと距離置かれるんだろうなぁと遠い目をしつつ、ギ 赤面の後、思いっきり叫んでさっきの倍速で走り去る、である。 !!! 未だ英雄に至らぬ黄金の楔はこれより試練に立ち向かう 6 ? 勇者よ、強欲であれ、 王よ、傲慢であれ そして、戦え さすれば汝は讃えられん 7 無欲な王子、強欲な女神 神殿娼婦 それは、古代メソポタミアにおける性交渉を通して神々から授かっ た力を選ばれたものに譲渡するという役割を持った巫女の名である。 正しくエ〇ゲー待ったなしの素晴らしい役職。本当にありがとう ございます。 ﹁ギルガメッシュ王子、急にお呼びしてしまい、申し訳ありません。﹂ そんな神殿娼婦の中でも高い地位をもつ巫女、それが今回俺を呼び 出した〝シャムハト〟である。 ティグリス川のように美しく流れる、黒の頭髪 スッと鼻筋の通った端正な顔 慈愛の光に満ちた大きな瞳 陶器のように滑らかで、シミ一つない瑞々しい肌 8 つまり、もの凄く美人であるところのシャムハトは、俺が産まれた 時から世話を焼いてくれている近所のお姉さんポジの巫女さんなの ﹂ だ。もう一度言う。本当にありがとうございます。 ﹁気にしなくていいよ。それで、一体何の用 曰く、付き合った美男、男神は数知れず。⋮なお、皆その末路は悲 が、如何せん奔放に過ぎるのだ。 を意味するまでになる⋮と、ここまでならばすごい女神様で済むのだ その人気は非常に高く、後代においてイシュタルの名は広く﹁女神﹂ 司る女神でもある。 りウルクの都市神である。また、宙に浮かぶ天体が一つ。〝金星〟を 女神イシュタルとは、メソポタミアにおいて性愛・豊穣・戦いを司 ﹁あぁ、イシュタル様ね⋮﹂ てきた。 ばかりに艶やかなため息をつきながらこちらにチラリと視線を向け シャムハトは、艶めかしい仕草で手を頬にやり、心底困ってますと らせがありまして⋮﹂ ﹁えぇ、それが⋮⋮女神イシュタル様がエアンナに降臨されたとの知 ? 惨な模様。 と蹂躙し、死滅させた。 曰く、神々の王でさえ恐れ、敬った霊峰エビフ山を ないから ただ気にくわ " でもイシュタル様って確か⋮いや、気にしても仕方ないか。 ﹂ どうしたんです それはさすがに⋮﹂ ﹂ そんなに暗い顔をして ﹂ ﹂ ! 市街を通ってエアンナへと向かう。しかし⋮ ﹁ギルガメッシュ王子 ﹁シドゥリちゃんと喧嘩でもしたんじゃないのかい ! ﹁間違って裸見せちまってドン引きさせちゃったとか ﹁ハハハハハ ﹁やかましいわ ? ! ! ﹁﹁﹁﹁﹁﹁あり得る﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ! ﹂ 重い足取りのままシャムハトと二人、ジグラットを抜け、ウルクの なり面倒ではあるが行かなければならないだろう。 機嫌を損ねると何をするかわからない女神サマだ。多少⋮いや、か ﹁任された。さて、行こうか、神々の神殿エアンナへ﹂ た時には必ず挨拶に来るように命令してきたのだ。 なんせ、あの女神サマは俺が初めて会った時から自分がウルクに来 大げさに聞こえるかもしれないが、断じてそんなことはない。 クの命運は貴方に掛かっています。﹂ ﹁その通りです。その⋮ご足労をかけますが、お願いします。⋮ウル しょ よし、ひとまず事情は把握した。俺に挨拶に行けって言いたいんで ﹁あれ 取り敢えずシャムハトと二人、深いため息をついておく。 ﹁﹁ハァ⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂ だ。 等々、後世における生半可な英雄よりも凄まじい伝説をお持ちなの に誰かに貢がせている。 曰く、宝石の類に目がないが、絶望的に黄金律に乏しいため、頻繁 れた。 曰く、冥界に殴り込みに行き、身包み剥がされたうえで串刺しにさ " これからウルクの運命をかけた決戦に挑む勇者であるところの俺 ! 9 ? ? バカ を無神経にも挑発してくるウルクの民たち。というか、無駄な事情を 察せる辺り、何とも言えない。 ﹂ ﹁これからイシュタル様に会いに行くんだが⋮⋮どうしたんだ、静ま り返って さっきまで騒がしかったウルクの市場は急に静まり、代わりにあち こちから同情的な視線を向けられているのを感じる。 ⋮⋮⋮未成年だったな⋮﹂ ﹁そうかい⋮ギルガメッシュ王子、これ、やるよ。今日取れたばかりの 新鮮な果実だ。﹂ ﹁うちの麦酒はいるかい ゲートオブ・バビロン ﹁王 の 財 宝 ﹂ ゲートオブ・バビロン だが、貢がれた物に罪はないので有難く受け取っておく。 見事な掌返しである。 く崇め、貢ぎ始めた。 先程まで俺を煽っていた民たちは態度を一変させ、俺を神々がごと ││女神に会いに行くと言っただけでこの始末である。 ⋮生きて帰れたら﹂ て上げてください。 ﹁これ、シドゥリちゃんが前欲しがってた髪飾りです。プレゼントし ? い笑顔。 ﹁⋮⋮こいつらの王に俺がなるだって ⋮冗談だろ ﹂ ? ││シャムハトを置いて き始めた男たちをよそに再び神殿へと歩みを進め始めた。 うら若き王子はその美麗な顔を憂鬱そうに歪め、絶世の美女を口説 ? すると当然沸き起こる男たちの口笛と鼻の下を伸ばしただらしな げ、上げると同時に素敵な笑顔をプレゼントした。 軽く目礼しただけの俺に対し、シャムハトは律儀に頭をペコリと下 ﹁皆さん。ありがとうございます。﹂ ﹁ま、有難く貰っておくよ。﹂ いがアクセス自体は許可されている。 開き、手に持ちきれない貰い物を放り込んでおく。俺はまだ王ではな 王権の一つである宝物庫へのアクセス権限、通称〝 王 の 財 宝 〟を ! 10 ? 神殿に近づくにつれて人の声は少なくなり、肌を刺す神気が濃く なってきているのを感じる。恐らく、この領域まで来ると普通の人間 では苦しいのではないかと思う。 ︵俺は平気だけどね。人間じゃないし︶ もういろいろと割り切った現ウルク王子はこれまでのことを振り 返るようにぼんやりと思考に耽る。 ││この世界に転生して早14年。未だにあの〝海〟のことは何 一つわかっていない。 だが、元の世界について覚えていることは結構ある。 友人は 恋人は ? ﹁ま、別段この世界でやりたいことがあるわけでもないけどね⋮⋮﹂ 誰に聞かせるでもなくポツリと呟き、貰った果実を一口齧る。感想 ・ ・ ・ ・ ・ は単純で〝美味しい〟の一言である。 ・ だが、それだけだ。そこから先が続かない。もっと食べたいとか、 味わって食べるべきだったとかそういう欲は沸いてこない。 ただ、一度口にした以上は平らげるべきだという義務感しか残って いない。 11 Fate、即ち﹁運命﹂を意味する物語の数々 その物語に登場する黄金の英雄王ギルガメッシュ 人類史を救う旅 乱獲された魔神柱 しかし、こんなにも多くのことを覚えているにもかかわらず、肝心 の自分のことだけは相変わらず思い出せないのだ。 一体どんな人間だったのか 家族は ? ? ? 何が好きで何が嫌いだったのか 年齢は ? 何も思い出せぬ以上、元の世界に帰りたいとは思わない。 ? ││実を言うと、俺には〝欲〟というものがほとんどない。 奪されたのか、真意のほどは分からないが本当にしたい あの海で落としてしまったのか、あるいは完璧な王を求めた神々に それ自体を と思えることがないのだ。 ただ流されるままに生き、王子としての仕事をこなし、決まった時 間に食事を取り、睡眠をとる。まるで自分がこの国を回すための〝王 〟という部品にされているような感覚に陥ることがある。 そのことに漠然とした恐怖を感じることはあってもそれを覆そう と行動を起こすことはない。 ﹂ ﹂ ﹂ 恐らく俺はこのまま神の道具として一生を終えるのだろう。 ﹁││シュ、王子 大きな喜びも ﹁││ルガメシュ王子 悲しみもなく ﹁││ギルガメッシュ王子 どうして私を置いて行ったのですか ⋮⋮あなたはもう少し他人に興味を持つべきですね。﹂ !? こちらに走ってきていた。 ﹁ギルガメッシュ王子 ! ﹁いや⋮⋮なんかめんどくさかったから。﹂ ﹁もう ﹂ ふと、大声で呼ばれたので振り返ると、息を切らせたシャムハトが !! !! !! を平らげようと再び顎を動かす作業に移る。 ﹂ ただ、貰った物を無下には出来ないからな。﹂ ﹁⋮その果実、気に入られたのですか ﹁いや、別に ? ﹁││ッ ﹂ ましたのに⋮﹂ ﹁そうですか⋮残念です。やっと王子にもお好みの物ができたと思い ? た。 シャムハトの方を見ると、珍しく悪戯っぽい目で俺を覗き込んでい わなかったのだ。 動揺を隠すことが出来なかった。まさか気が付かれているとは思 !? 12 ? はいはい、とシャムハトの抗議を受け流し、手元に残っている果実 ! ﹁隠しているおつもりだったのですか つい最近なんですけどね⋮﹂ ﹁そうか⋮﹂ ⋮といっても気が付いたのは ﹁⋮申し訳ありません。貴方はずっと苦しんでこられたのですね⋮﹂ たような⋮ なんというか⋮少し居心地が悪い。見られたくないものを見られ 俺は目を逸らす。 何やら気付くのが遅れた自分を恥じているらしいシャムハトから ? いいですか 無欲というのは美徳に聞こ ﹁そんなに大層なものじゃない。ただ、少し物に興味を持ちにくいだ けだ⋮﹂ ﹁そんなわけがありますか ? ﹂ ﹁神殿娼婦が言うと説得力あるな。﹂ ﹁⋮はい ﹂ ・ とツッコミたくなるが、俺の世話を焼こう ているシャムハトだ。俺は言い返すこともなくすべてを聞き終えた。 としない母に代わって世話を焼いてくれたのは目の前で説教を垂れ お前は俺の母ちゃんか ているだの立ち食いはダメだの⋮ やれデリカシーがないだの女の子は恥じらいと素敵な何かででき トの説教を受け入れる。 おっしゃる通りである。俺はおとなしく腰に手を当てたシャムハ りますよ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ、いいですよ。とにかくこういう時は素直に謝るに限 ﹁その⋮⋮悪かった。﹂ こういう時は確か⋮⋮ ま口にして場の空気を悪くしてしまうことがたまにある。 基本的に人に好かれたいという欲もないため、思ったことをそのま せてしまったらしい。 ピシッと空気が凍る音がした。つまり、俺はまたうっかり口が滑ら ・ の入り口なのです。食欲然り、睡眠欲然り、性欲然り⋮﹂ えますが、それは大きな間違いです。〝欲〟とは、喜びへと至るため ! ? 13 ? ? 人生が豊かにな ﹁ふぅ、話が逸れましたね。ともかく、どんな形であれ自分の心から欲 しいと思えるものを見つけるべきだと思いますよ りますからね﹂ ﹁心から欲しいと思えるものねぇ⋮⋮﹂ どうしたんですか 付く。 ﹁ ﹂ ふと、気が付けばシャムハトを眼で追っている自分がいることに気 ? 美しく豊かな黄金の頭髪 くびれた腰、豊かな胸 ││その女神はただ美しかった。 立ち昇り渦中の女神、イシュタル様が顕現した。 これまでの被害総額を計算していたその時、ユラリと濃密な神気が ﹁││よく来たわね、二人とも﹂ ばそれで⋮⋮ まぁ、好いてくれる分にはいいのだ。ただこちらに被害さえなけれ る。 タル様は比較的人間を好いているのか結構な頻度で顕現する神であ の前に条件付ではあるが姿を現す。そんな神々の中でも女神イシュ 神と人が交わって生きるこの神代の世界において、神々はよく人々 は片膝をついた状態で聞いている。 シャムハトの凛とした声が神々の神殿エアンナに響き渡るのを俺 てございます。﹂ ﹁女神イシュタル様。聖婦シャムハト、王子ギルガメッシュ、罷り越し ◇◇◇◇◇◇ ﹁⋮⋮⋮⋮いや、なんでもない﹂ ? 腰に手を当てたその立ち姿はモデルのように優美にして可憐 14 ? 神性を示す魅惑的な紅い瞳からは妖しい光が放たれ 艶やかな唇は笑みの孤を描いている 正しく女の化身 ﹁﹁お久しぶりです、女神イシュタル様。﹂﹂ ﹂ ﹁えぇ、久しぶりねシャムハト。それにギルガメッシュ⋮⋮あら 方少したくましくなったかしら ﹂ ﹁はい。以前お会いした時より鍛錬を重ねておりますので﹂ ﹁ふーん。なかなかいい男になってきたじゃない ﹁お褒め頂き、光栄の至りです。﹂ ・ ・ ・ 貴 ? 咲き誇る色とりどりの花々 ◇◇◇◇◇◇ ﹂ 長年にわたって人と接してきた女神はそれをよく分かっていた。 その人間のことを知るには会話が一番。 ﹁さて、お茶会を始めましょう 性本能をくすぐるこの王子のことが気にかかっていた。 しかし、基本的には情深き女であるところのイシュタルは、妙に母 あるいは暇を持て余した女神の戯れなのかもしれない。 それは、珍しいものに興味を持っただけかもしれない。 う。 人間の言葉で言うと〝放っておけない〟というのが一番近いだろ に来た際には何かと理由をつけて毎度呼びつけてしまっていた。 初めて会った時からその印象は変わらず、気が付けば自分がウルク なんというか、少しこの世界からずれているような印象を受ける。 相も変わらず、この男は見えない ・ ││だが、とイシュタルはその猫のような目を細めた。 切れ長の紅い瞳が印象的なその王子はもう立派に男だった。 程よく筋肉の付いた引き締まった肉体に、サラサラの金髪。 本当にいい男になったと女神イシュタルは思う。 ? 豪勢な椅子に、丹念に磨き上げられた大理石のテーブル 15 ? ! 周囲にはこの時代ならではというべきか、妖精たちが飛び交い、歌 を歌っている 極めつけは仲良さげに話す二人の絶世の美女 正しく絵に描いたようなメルヘンお茶会である ﹂ ││というかさっきから全然話してないけど、どうし ぶっちゃけ、少しこの空間にいるのが恥ずかしいのである ﹁ウフフ、でね たのギルガメッシュ ﹁いえいえ。美しいお二人に目を当てられ、上手く口が回らないので す。お許しください。﹂ だが文句など言った日には、八つ裂きにされること間違いなしであ る。 したがって、うっかり口が滑りやすい俺は口数を少なくするしかな ・ ﹂ いということになる。 ・ ﹁ふ∼ん。二人、ね んだ。 ﹁いったい何のこーー﹂ 緊急事態です !! ﹁何事 ﹂ だったお茶会の空間に神殿兵の声が響き渡った。 何のことかイシュタル様に問い詰めようとしたその時、3人だけ ﹁女神イシュタル様 ﹂ 女神イシュタルは疲れたようにため息をつき、優雅に紅茶を口に運 ﹁⋮⋮はぁ、二人そろって鈍いとはね。先は長そうねぇ⋮⋮﹂ いのか可愛らしく首をかしげていた。 突然視線を送られたシャムハトはというと、当然何の事かわからな ラリとシャムハトに流し目を送った。 だが、今の俺の言葉になぜかイシュタル様は含み笑いをしながらチ ? !! 失礼を承知で報告させて頂きたいこと ! た響き渡る。 しかし ! ﹂﹂ どうか、私に女神イシュタル様へと言を伝える不敬を ﹁申し訳ありません がございます ! お許しください ! 16 ? ! せっかくの時間を邪魔されたと思った女神イシュタルの怒声もま !! だが、神殿兵は常人ならば萎縮してしまうであろう女神の怒声にも ビビることなく報告の姿勢を取った。 ︵何やらきな臭いな⋮⋮︶ ││千里眼発動 神殿兵を媒介として事象へリンク 事象の確認及び 〝未来観測〟を開始 ││完了 神々から与えられた〝全ての未来〟を見通す千里眼を発動させ、報 告に来た神殿兵を媒介として外の様子を探り、ついでにそこからの〝 ︶ 未来〟についても視てみる。 ︵おいおい⋮⋮冗談だろ そしてそこから得られた情報に思わず愕然とする。 俺が所持者なせいなのか若干精度が低いこの千里眼だが、濃密な魔 兵 力に溢れ、俺の身体と相性のいい神々の神殿エアンナで発動させた以 上、外れるはずがない。 現在、ウルクの空域に巨大な〝竜〟が出現しております ﹁⋮⋮よっぽど重要なことのようね。いいわ、報告なさい。﹂ ﹁はっ ! れず、何人もの兵が犠牲となっています。さらに竜は現在、膨大な魔 急ぎ、避難してください ﹂ 力の貯められたこのエアンナへと進路をとっています。女神さまに 万が一のことがあってはなりません ﹁お断りよ。私のウルクに手を出されといて逃げ出せって言うの う一度言うわ。絶対にお断りよ。﹂ なら私が││﹂ ︵いや、あなたのウルクではないんですけどね⋮⋮︶ 突っ込みは胸の内に秘めておく。 ﹂﹂﹂ ﹁神殿兵たちでも歯が立たないのね ﹁﹁﹁いけません も ! ? ! ? ﹂ !! ﹁御身は現在、御父上の天空神アヌ様に霊峰エビフ山の件で謹慎処分 ﹁な、なんでよ∼ かそうとした女神さまに歯止めをかけた。 立場の違う3人の意見と声が綺麗に揃い、とんでもないことをやら ! 17 ? 士たちも何とか撃退しようと力を尽くしておりますが、傷一つつけら ! を受けている真っ最中ではありませんか ただでさえ神々の眼を盗 んでウルクに来られたというのにむやみやたらに現界などされたら どうなるか⋮⋮﹂ そう、現在イシュタル様は父親であり最高神でもあるアヌ様から処 罰を受けており、神格をかなり削られている。人々の前に姿を現す顕 現程度ならば何の問題もないが、神々の力を地上で振るう現界となる と流石に不味い。 別にそのことでイシュタル様に裁きが下るならばそれは構わない のだ。これを機にもっと絞られればいいと思う。問題は、最悪イシュ タル様がやらかした分がウルクにも降りかかる可能性があるという ことだ。 俺の千里眼でもイシュタル様が無理矢理力を解放した反動で市街 地が吹き飛ぶ未来や、娘に甘いアヌ様の裁きがウルクに降りかかる未 来などがいくつも視えた。 ︵しかし、このまま竜を放置しても被害は増え続け、ウルクは大打撃を 受ける。まずいな⋮⋮︶ 鍛錬を重ねてるっていう半 どうしたものかと考えていたその時、うずくまっていたイシュタル 様と目が合ってしまった。 ﹂ そう言えばここにいるじゃない ││││目が⋮⋮合ってしまった ﹁あっ 神の王子様が やるしかない ﹁私が出ても構いませんが、空中戦となると少し厳しいですね⋮⋮﹂ 確かにこの身は半分神の血が流れている。その腕力は齢14にし て大の大人を凌駕し、その速力は少しギアを上げるだけで神速に到達 する。元のスペックが優れているのならそれを鍛えれば〝怪物〟が 誕生することは言うまでもない。だが、それは地上での話だ。流石に 空中を舞う竜が相手となると地の利はあちらにある。飛行系の宝具 がないわけでもないがあくまでも体を浮かせるだけの宝具だ。運動 機能は期待できそうにない。 18 ! ! やっぱりそうなるか、と肩を落とすがそれしか選択肢がない以上は ! ! ﹁ふ∼ん。空中戦をこなせる武器があればいいわけね。﹂ ﹂ だが、空戦をこなせる武器がここにあるのを俺は知っている。 ﹁来なさい、〝天舟マアンナ〟 イシュタル様の号令と共に巨大な弓が姿を現した。弓というには 大きすぎるそれこそが神々を運ぶ舟にして敵を穿つ武器である。 まさしく天の宝具。人の身に余る強力な武具だ。 ﹁マアンナの所有権を一時的にあなたへ移すわ。ようは貸し出しって ことね。﹂ そして女神イシュタルは女神にふさわしい風格を纏い、ウルクの王 子へと命を下す。 ﹁神とウルクの子、ギルガメッシュに命じます。天舟マアンナを駆り、 ﹂ ウルクの空を汚す竜を討伐なさい。﹂ もはや是非はない。 ﹁御意││﹂ ﹁やっぱりちょっと待った││││ の方まで歩み寄って悪魔のような笑顔で⋮⋮ ! 私は貴方にマアンナを貸す。その代わり、貴方は宝物庫に収納されて ならこうしましょう ﹁つまりは無償で貸し出すからダメなのよね ? 言いながら突然何かをひらめいたように目を見開き、立ち上がって俺 その証拠に先程からイシュタル様は頭を抱えて座り込み、ぶつぶつ かる。女神の掟というのは意外に厳しく、強固なのだ。 だが、イシュタル様とて故意に貸さないわけでないことぐらいは分 殺される俺の姿を映していることからも明らかだ。 で勝機があるとは到底思えない。それは俺の千里眼が無駄に鮮明に これは大変困ったことになってしまった。正直天舟マアンナなし うにしながら言った。 無償で貸すことはできないと女神イシュタルは大変申し訳なさそ めんどくさい決まりがあるの。だから⋮⋮﹂ ﹁その、ね⋮⋮女神って人間に無償で力を貸したらいけないっていう た張本人である女神イシュタルが止めたのである。 だが、大人しく頷いた俺を制する者があった。なんと、命令を下し !! ? 19 !! ﹂ いる宝石を私に貢ぐ。ねっ ﹁なっ いい案だと思わない ﹂ ? ││地獄に落ちろ女神 あくま ﹁⋮⋮了解しました。﹂ だから俺はこう答えるしかないのだ い。例え全てがイシュタルに都合のいいことだとしても。 だが、実際にこれが形として一番いい案だということは間違いな ぎやしないかと問い詰めたくなる。 思わず絶句する。それもそうだろう。この期に及んで少し横暴す ? 心の内でつぶやいた言葉は幸いにも外に出ることはなかった。 20 !?
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