ウルク・ルガル・ラ・ビルガメシュ ID:109095

ウルク・ルガル・ラ・
ビルガメシュ
URUKU出身
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
これは、
人類最古の英雄王ギルガメッシュに転生してしまった魂が紡ぐ物語。
ありふれた英雄譚である。
▼同サイトにて連載中の﹁新・ギルガメッシュ叙事詩﹂のリメイク版です。
リメイク版と言いながら設定も展開もかなり異なっているのでご注意下さい。
目 次 原初の海 │││││││││││
無欲な王子、強欲な女神 ││││
1
11
だが、ふと思った。││ここはどこだ
耳を澄ませば生命の呼吸を感じる
重い瞼を開けば深い青が見える
││海だな
││沈んでいる
・
・
・
・
・
・
妙な確信をもって理解する。だが、次いでもう一つ気が付いたことがある。
?
このまま当てもなく彷徨い続け、ゆっくりと死んでいくのだ
・
何となく、この状況がずっと続いたらいいのにと思った。
ただただ心地よい流れの中で微睡んでいる
遮るものは何もない
流れに身を委ね、漂う
寄せては返す波の感触
原初の海
1
原初の海
2
まるで何かに手を引かれるかのようにそこへ、底へと沈んでいるのを感じる。
・
何とか抵抗を試みるが、すぐさま無意味であることを悟った。
妙な話だが、己自身が、意思とは無関係にこれを望んでいるような気がするのだ。
日本という国にて発展した文明に囲まれて生活していたのは思
ーー波の感触が遠ざかり、生命の気配が消え、深海へと導かれる
・
そもそも己は誰だ
があった。
ーー加速を続けながら沈み続ける。しかし、これは単なる助走に過ぎないという確信
あると定義することになんの抵抗もなかった。
海の描写としては確実に間違っていることは判るがしかし、己は今、この場所を海で
くなく、寧ろ温かい。
一番わからないのはこの〝海〟だ。まず、水の中なのに呼吸ができるうえに水も冷た
ーー沈む速度は徐々に早まり、周囲から音と色が消えた。
うに虚しく消えていく。
い出せるのだが、肝心の名前が思い出せない。思い出そうとしても形をつかめず泡のよ
?
3
思う。
・
・
自分という存在の定義さえままならない今の己で
がれていくのを感じながらそこへ、底へと沈んでいく。
は間違いなさそうだ。ついでに言うと、今己を引っ張っている奴もろくな奴じゃないと
は分かろうはずもない。しかし、この連行のされ方を見るにろくでもない場所であるの
この沈下の行く末はどこなのか
?
がれゆくそれらは肉体であり、精神であり、忘れてはならない誰かとの繋がりであ
││己が
?
みだった己が止まったのを感じた。
││沈み切ったのか
?
においてできることなど全くないのだ。
?
││失って初めて気付くというやつか。
操れる〝人〟であったことの素晴らしさを、その奇跡を知る。
自分の思いを言葉にすることもできず漂うだけの自分。こういう時になって言語を
くたどり着いたらしいこの海底
というかそもそも肉体はついさっき崩壊してしまったので実質幽霊的な己はようや
辺りを見渡そうとするが、自分には既に眼がなかったことを思い出し断念。
め
しかし、そんな風に思える自分も消えるのかと諦観していたその時、ただ沈みゆくの
り、それらが海へ泡沫の泡となって消えていくのは少し悲しい気がした。
?
⋮ちょっと待てよ。己は⋮人間、だったよ、な
││そして何の前触れもなく、再び己は引っ張られ始めた。
は発狂する自信がある。
しまった。末期である。まぁ、これで自分が日本という国で生きていた昆虫だった日に
考える、ということ以外にやることがないので暇のあまり自分の種族すら疑い始めて
?
せん
己はたった今、超えてはならない一線を無駄にダイナミックに超えてしまったのだ
何となく理解した。
││そして、線を超えた
右、左、上下、たまにぐるりとスピンまで入れてくる。
己が粉々に砕け散りそうな衝撃を絶え間なく与えられ続けている。
だ。いや、あんなに生易しいものではないが、ともかく今度のはまずい。残った最後の
ンストップでだ。先程までのをバンジージャンプとすると、これはジェットコースター
先ほどとは比べ物にならないほどの速度で引っ張られている。それも縦横無尽にノ
思わず既にない口から絶叫が漏れる。
﹁﹂
原初の海
4
5
と。
・
その証拠に線を越えてから身体が冷え始めている。死の気配を強く感じる。何より
この世界に己という存在を拒絶されている。
││あまり、歓迎されていないようだ。
それもそうだろう。己だって見知らぬ人がダイナミックに家に侵入してきたら怒る
だろう。これは断じて己のせいではないと弁明したい。が、そのための口は消えてし
まっているのでやはりこれも断念。
││まずいな。これはもう⋮死ぬ
がれ落ちてしまった。
ぞっとするような冷たさが己を侵食してくる。もう抵抗する気力はない。
落ち行く中で
なぐり捨て、泡となって消えたい⋮
最後まで掴んで離さなかった己という存在を放棄し、すべての思いも記憶も自我もか
窒息死してしまいたい。
もう⋮疲れた。どこかは分からないが、惨めな抵抗を止め、この海で苦しむことなく
?
原初の海
6
・
・
││いや、それは嫌だ
たましい
渇望などという御大層なものではない
ただの我が儘だ
うつわ
と既にない首をひねった。己がこんなに強気な魂をしていたとは...
しかし、それでも己の魂は確かにこのまま消え失せることを許さなかった。
おかしいな
だが、今度は先ほどとは全く違うアプローチ方法だった。
そんな俺の意志を汲み取ったのか、遂に状況が動いた。
ために意識を繋ぎとめてきたわけじゃないのだから。
でも、諦めるのだけは止めようと決意を固めた。少なくとも己はこの海の藻屑となる
それに何ができるかなんて分からないし、多分何もできはしないのだろう。
はっきり言って悪足掻きに近い。駄々をこねる子供のようなものだ。
││こうなったら限界まで足搔くか⋮
いう尊大な考えまで巡り始めた。
肉体を捨てて初めて知った。やはり、あの肉体は自分には小さかったのだな。などと
?
7
うた
││詩が聴こえてきたのだ
汝、天が地に打ちし楔
終焉の狭間に生まれし御子なり
その知恵は、天空神アヌ、水神エアが与え
その美しさは、太陽神シュマシュが与え
その雄々しさを気象神アダドより授かった
あぁ、なんと美しき形か
おうごん
偉大なる神々は、至高の命を創造なさった
そして、黄金がこの深海を照らしていた
うつわ
││だから、その黄金の光に既にない筈の手を伸ばす
おうごん
己は⋮いや、俺はこんなところでわけもわからず消えていくのは嫌だ。
・
だが何であれ、この光だけが現状を打破する希望の光であることは間違いない。
おかしな話だ。これほどまでに熱く、眩しい光が空虚とは⋮
しかし、その一方でどこか空虚なものも感じた。
せるほどであった。
眼などなくとも分かるほどにその光は輝かしく、その熱量は、冷え切った己を沸騰さ
!
!
◇◇◇◇◇◇
紀元前、シュメールの都市国家ウルクにて一つの命が誕生した。ウルク第一王朝の王
ルガルバンダと女神リマト・ニンスンの間に生まれたその御子の名を﹁ギルガメッシュ﹂
という。
ギルガメッシュ王子は凄まじく頭の出来が良く、生まれて数年であっという間に歩行
どこにおられるのですか
﹂
を始め、言葉を覚え、上に立つもの特有の気を放ちながら王子として立ち振る舞ってい
た。
﹁王子
!
!
つけ、息を切らせながらその名を呼んだ。
!
答えた。
ギルガメッシュ王子は少女の呼びかけにゆっくりと振り向いた後、透き通った美声で
シャムハト様が王子をお呼びですよ
﹂
と当たりを見渡しながら神殿中を駆け回っていた少女はやがて目的の人物の背中を見
王族の住まう神殿ジグラットに美しく、しかし少し幼い声が響き渡る。キョロキョロ
!
﹁ギルガメッシュ王子
原初の海
8
﹂
﹁連絡ご苦労。でもさ⋮⋮流石に男の湯浴み中にいきなり飛び込んでくるのはどうかと
思うんだが
ある。
?
﹁キャァァァァァぁぁぁ
ションは一つ。
﹂
任され、張り切って王子のお風呂に飛び込んで裸を見てしまったからには取るリアク
丁度異性に興味を持ち始めるくらいの年齢である。そんな繊細な時期に初めて仕事を
しかし、王子と同い年、所謂幼馴染であるところのシドゥリはどうだろうか
彼女は
神々が設計した完璧なる肉体。これで欠陥があるようならばそれは神々のせいなので
別段王子自身は誰に裸を見られようが、どうということはない。なにせこの身体は
ギルガメッシュ王子14歳、剣の鍛錬でかいた汗を流している最中であった。
?
活気に溢れ、人々が行き交う美しい街並み
││ふと、ジグラットから見えるウルクの景色に目を奪われた。
はパパッと着替えを済ませ、シャムハトに会いに行くために歩みを進め始めた。
これからちょっと距離置かれるんだろうなぁと遠い目をしつつ、ギルガメッシュ王子
赤面の後、思いっきり叫んでさっきの倍速で走り去る、である。
!!!
9
中心地には川が流れ、街中には所々花が咲き乱れている
空は青く澄み渡り、鳥たちが翼をはためかせ、飛んで行く
この美しいウルクという国に王族として転生できたことはとても幸運なことではあ
ると思う。正直、あの海で咄嗟にこの器に飛び込んだのは正解だったと言える。後悔は
していない。
だが、あの海に消えていった俺自身のことが気にかかる。それに、この世界について
の記憶を保持していることについても⋮
さすれば汝は讃えられん
そして、戦え
王よ、傲慢であれ
勇者よ、強欲であれ、
未だ英雄に至らぬ黄金の楔はこれより試練に立ち向かう
遂に物語は動き始めた
││これは異質な魂が紡ぐ、王さまの物語。ありふれた英雄譚である。
自分に言い聞かせるように呟き、王子は再び歩み始めた。
﹁気にしても仕方ないか。今の俺はギルガメッシュ王子なんだから。﹂
原初の海
10
無欲な王子、強欲な女神
神殿娼婦
それは、古代メソポタミアにおける性交渉を通して神々から授かった力を選ばれたも
のに譲渡するという役割を持った巫女の名である。
正しくエ〇ゲー待ったなしの素晴らしい役職。本当にありがとうございます。
うございます。
てくれている近所のお姉さんポジの巫女さんなのだ。もう一度言う。本当にありがと
つまり、もの凄く美人であるところのシャムハトは、俺が産まれた時から世話を焼い
陶器のように滑らかで、シミ一つない瑞々しい肌
慈愛の光に満ちた大きな瞳
スッと鼻筋の通った端正な顔
ティグリス川のように美しく流れる、黒の頭髪
ト〟である。
そんな神殿娼婦の中でも高い地位をもつ巫女、それが今回俺を呼び出した〝シャムハ
﹁ギルガメッシュ王子、急にお呼びしてしまい、申し訳ありません。﹂
11
﹁気にしなくていいよ。それで、一体何の用
﹂
ため息をつきながらこちらにチラリと視線を向けてきた。
シャムハトは、艶めかしい仕草で手を頬にやり、心底困ってますとばかりに艶やかな
⋮﹂
﹁えぇ、それが⋮⋮女神イシュタル様がエアンナに降臨されたとの知らせがありまして
?
曰く、神々の王でさえ恐れ、敬った霊峰エビフ山を
し、死滅させた。
ただ気にくわないから
と蹂躙
"
等々、後世における生半可な英雄よりも凄まじい伝説をお持ちなのだ。
いる。
曰く、宝石の類に目がないが、絶望的に黄金律に乏しいため、頻繁に誰かに貢がせて
曰く、冥界に殴り込みに行き、身包み剥がされたうえで串刺しにされた。
"
曰く、付き合った美男、男神は数知れず。⋮なお、皆その末路は悲惨な模様。
になる⋮と、ここまでならばすごい女神様で済むのだが、如何せん奔放に過ぎるのだ。
その人気は非常に高く、後代においてイシュタルの名は広く﹁女神﹂を意味するまで
である。また、宙に浮かぶ天体が一つ。〝金星〟を司る女神でもある。
女神イシュタルとは、メソポタミアにおいて性愛・豊穣・戦いを司りウルクの都市神
﹁あぁ、イシュタル様ね⋮﹂
無欲な王子、強欲な女神
12
﹁﹁ハァ⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂
﹂
でもイシュタル様って確か⋮いや、気にしても仕方ないか。よし、ひとまず事情
取り敢えずシャムハトと二人、深いため息をついておく。
﹁あれ
は把握した。俺に挨拶に行けって言いたいんでしょ
どうしたんです
﹂
そんなに暗い顔をして
﹂
﹂
!
ンナへと向かう。しかし⋮
﹁ギルガメッシュ王子
﹁シドゥリちゃんと喧嘩でもしたんじゃないのかい
!
!
﹁間違って裸見せちまってドン引きさせちゃったとか
?
!
重い足取りのままシャムハトと二人、ジグラットを抜け、ウルクの市街を通ってエア
が行かなければならないだろう。
機嫌を損ねると何をするかわからない女神サマだ。多少⋮いや、かなり面倒ではある
﹁任された。さて、行こうか、神々の神殿エアンナへ﹂
に来るように命令してきたのだ。
なんせ、あの女神サマは俺が初めて会った時から自分がウルクに来た時には必ず挨拶
大げさに聞こえるかもしれないが、断じてそんなことはない。
掛かっています。﹂
﹁その通りです。その⋮ご足労をかけますが、お願いします。⋮ウルクの命運は貴方に
?
?
13
﹁ハハハハハ
それはさすがに⋮﹂
﹁やかましいわ
﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁あり得る﹂﹂﹂﹂﹂﹂
!
﹂
?
﹁うちの麦酒はいるかい
⋮⋮⋮未成年だったな⋮﹂
﹁そうかい⋮ギルガメッシュ王子、これ、やるよ。今日取れたばかりの新鮮な果実だ。﹂
視線を向けられているのを感じる。
さっきまで騒がしかったウルクの市場は急に静まり、代わりにあちこちから同情的な
﹁これからイシュタル様に会いに行くんだが⋮⋮どうしたんだ、静まり返って
してくるウルクの民たち。というか、無駄な事情を察せる辺り、何とも言えない。
バカ
これからウルクの運命をかけた決戦に挑む勇者であるところの俺を無神経にも挑発
!
?
だが、貢がれた物に罪はないので有難く受け取っておく。
見事な掌返しである。
た。
先程まで俺を煽っていた民たちは態度を一変させ、俺を神々がごとく崇め、貢ぎ始め
││女神に会いに行くと言っただけでこの始末である。
⋮生きて帰れたら﹂
﹁これ、シドゥリちゃんが前欲しがってた髪飾りです。プレゼントして上げてください。
無欲な王子、強欲な女神
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ゲートオブ・バビロン
﹁王 の 財 宝
﹂
ゲートオブ・バビロン
﹂
?
神殿に近づくにつれて人の声は少なくなり、肌を刺す神気が濃くなってきているのを
││シャムハトを置いて
よそに再び神殿へと歩みを進め始めた。
うら若き王子はその美麗な顔を憂鬱そうに歪め、絶世の美女を口説き始めた男たちを
⋮冗談だろ
すると当然沸き起こる男たちの口笛と鼻の下を伸ばしただらしない笑顔。
に素敵な笑顔をプレゼントした。
軽く目礼しただけの俺に対し、シャムハトは律儀に頭をペコリと下げ、上げると同時
﹁皆さん。ありがとうございます。﹂
﹁ま、有難く貰っておくよ。﹂
る。
れない貰い物を放り込んでおく。俺はまだ王ではないがアクセス自体は許可されてい
王権の一つである宝物庫へのアクセス権限、通称〝 王 の 財 宝 〟を開き、手に持ちき
!
﹁⋮⋮こいつらの王に俺がなるだって
?
15
感じる。恐らく、この領域まで来ると普通の人間では苦しいのではないかと思う。
︵俺は平気だけどね。人間じゃないし︶
もういろいろと割り切った現ウルク王子はこれまでのことを振り返るようにぼんや
りと思考に耽る。
││この世界に転生して早14年。未だにあの〝海〟のことは何一つわかっていな
い。
だが、元の世界について覚えていることは結構ある。
Fate、即ち﹁運命﹂を意味する物語の数々
その物語に登場する黄金の英雄王ギルガメッシュ
人類史を救う旅
乱獲された魔神柱
しかし、こんなにも多くのことを覚えているにもかかわらず、肝心の自分のことだけ
は相変わらず思い出せないのだ。
一体どんな人間だったのか
?
何が好きで何が嫌いだったのか
?
無欲な王子、強欲な女神
16
年齢は
家族は
友人は
?
恋人は
?
?
・
・
・
・
・
きだったとかそういう欲は沸いてこない。
ただ、一度口にした以上は平らげるべきだという義務感しか残っていない。
││実を言うと、俺には〝欲〟というものがほとんどない。
あの海で落としてしまったのか、あるいは完璧な王を求めた神々にそれ自体を
れたのか、真意のほどは分からないが本当にしたいと思えることがないのだ。
奪さ
だが、それだけだ。そこから先が続かない。もっと食べたいとか、味わって食べるべ
・
い〟の一言である。
誰に聞かせるでもなくポツリと呟き、貰った果実を一口齧る。感想は単純で〝美味し
﹁ま、別段この世界でやりたいことがあるわけでもないけどね⋮⋮﹂
何も思い出せぬ以上、元の世界に帰りたいとは思わない。
?
恐らく俺はこのまま神の道具として一生を終えるのだろう。
とはない。
そのことに漠然とした恐怖を感じることはあってもそれを覆そうと行動を起こすこ
覚に陥ることがある。
眠をとる。まるで自分がこの国を回すための〝王〟という部品にされているような感
ただ流されるままに生き、王子としての仕事をこなし、決まった時間に食事を取り、睡
?
17
﹁││シュ、王子
大きな喜びも
悲しみもなく
﹂
﹁││ルガメシュ王子
ていた。
﹁ギルガメッシュ王子
﹂
﹂
どうして私を置いて行ったのですか
﹂
!?
⋮⋮あなたはもう少し他人に興味を持つべきですね。﹂
﹁いや⋮⋮なんかめんどくさかったから。﹂
!
ふと、大声で呼ばれたので振り返ると、息を切らせたシャムハトがこちらに走ってき
﹁││ギルガメッシュ王子
!!
!!
!!
び顎を動かす作業に移る。
?
ただ、貰った物を無下には出来ないからな。﹂
?
﹂
!?
動揺を隠すことが出来なかった。まさか気が付かれているとは思わなかったのだ。
﹁││ッ
﹁そうですか⋮残念です。やっと王子にもお好みの物ができたと思いましたのに⋮﹂
﹁いや、別に
﹂
はいはい、とシャムハトの抗議を受け流し、手元に残っている果実を平らげようと再
﹁もう
!
﹁⋮その果実、気に入られたのですか
無欲な王子、強欲な女神
18
⋮といっても気が付いたのはつい最近なんです
シャムハトの方を見ると、珍しく悪戯っぽい目で俺を覗き込んでいた。
けどね⋮﹂
﹁隠しているおつもりだったのですか
﹁そうか⋮﹂
﹁そんなわけがありますか
いいですか
無欲というのは美徳に聞こえますが、それは
?
欲然り、性欲然り⋮﹂
﹂
﹁神殿娼婦が言うと説得力あるな。﹂
﹁⋮はい
?
気を悪くしてしまうことがたまにある。
・
基本的に人に好かれたいという欲もないため、思ったことをそのまま口にして場の空
い。
ピシッと空気が凍る音がした。つまり、俺はまたうっかり口が滑らせてしまったらし
・
大きな間違いです。〝欲〟とは、喜びへと至るための入り口なのです。食欲然り、睡眠
!
﹁そんなに大層なものじゃない。ただ、少し物に興味を持ちにくいだけだ⋮﹂
﹁⋮申し訳ありません。貴方はずっと苦しんでこられたのですね⋮﹂
なんというか⋮少し居心地が悪い。見られたくないものを見られたような⋮
何やら気付くのが遅れた自分を恥じているらしいシャムハトから俺は目を逸らす。
?
19
こういう時は確か⋮⋮
﹁その⋮⋮悪かった。﹂
いはダメだの⋮
お前は俺の母ちゃんか
﹂
とツッコミたくなるが、俺の世話を焼こうとしない母に代
やれデリカシーがないだの女の子は恥じらいと素敵な何かでできているだの立ち食
れる。
おっしゃる通りである。俺はおとなしく腰に手を当てたシャムハトの説教を受け入
﹁⋮⋮⋮⋮はぁ、いいですよ。とにかくこういう時は素直に謝るに限りますよ
?
すこともなくすべてを聞き終えた。
わって世話を焼いてくれたのは目の前で説教を垂れているシャムハトだ。俺は言い返
?
人生が豊かになりますからね﹂
?
﹁
どうしたんですか
﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮いや、なんでもない﹂
?
ふと、気が付けばシャムハトを眼で追っている自分がいることに気付く。
﹁心から欲しいと思えるものねぇ⋮⋮﹂
を見つけるべきだと思いますよ
﹁ふぅ、話が逸れましたね。ともかく、どんな形であれ自分の心から欲しいと思えるもの
無欲な王子、強欲な女神
20
◇◇◇◇◇◇
││その女神はただ美しかった。
神、イシュタル様が顕現した。
これまでの被害総額を計算していたその時、ユラリと濃密な神気が立ち昇り渦中の女
﹁││よく来たわね、二人とも﹂
まぁ、好いてくれる分にはいいのだ。ただこちらに被害さえなければそれで⋮⋮
か結構な頻度で顕現する神である。
あるが姿を現す。そんな神々の中でも女神イシュタル様は比較的人間を好いているの
神と人が交わって生きるこの神代の世界において、神々はよく人々の前に条件付では
態で聞いている。
シャムハトの凛とした声が神々の神殿エアンナに響き渡るのを俺は片膝をついた状
﹁女神イシュタル様。聖婦シャムハト、王子ギルガメッシュ、罷り越してございます。﹂
21
くびれた腰、豊かな胸
美しく豊かな黄金の頭髪
腰に手を当てたその立ち姿はモデルのように優美にして可憐
神性を示す魅惑的な紅い瞳からは妖しい光が放たれ
艶やかな唇は笑みの孤を描いている
正しく女の化身
程よく筋肉の付いた引き締まった肉体に、サラサラの金髪。
切れ長の紅い瞳が印象的なその王子はもう立派に男だった。
││だが、とイシュタルはその猫のような目を細めた。
貴方少したくましく
?
﹁﹁お久しぶりです、女神イシュタル様。﹂﹂
﹂
﹁えぇ、久しぶりねシャムハト。それにギルガメッシュ⋮⋮あら
なったかしら
?
本当にいい男になったと女神イシュタルは思う。
﹁お褒め頂き、光栄の至りです。﹂
﹂
﹁はい。以前お会いした時より鍛錬を重ねておりますので﹂
?
﹁ふーん。なかなかいい男になってきたじゃない
無欲な王子、強欲な女神
22
・
・
・
・
相も変わらず、この男は見えない
なんというか、少しこの世界からずれているような印象を受ける。
初めて会った時からその印象は変わらず、気が付けば自分がウルクに来た際には何か
と理由をつけて毎度呼びつけてしまっていた。
人間の言葉で言うと〝放っておけない〟というのが一番近いだろう。
それは、珍しいものに興味を持っただけかもしれない。
あるいは暇を持て余した女神の戯れなのかもしれない。
しかし、基本的には情深き女であるところのイシュタルは、妙に母性本能をくすぐる
この王子のことが気にかかっていた。
﹂
周囲にはこの時代ならではというべきか、妖精たちが飛び交い、歌を歌っている
豪勢な椅子に、丹念に磨き上げられた大理石のテーブル
咲き誇る色とりどりの花々
◇◇◇◇◇◇
長年にわたって人と接してきた女神はそれをよく分かっていた。
その人間のことを知るには会話が一番。
﹁さて、お茶会を始めましょう
!
23
極めつけは仲良さげに話す二人の絶世の美女
正しく絵に描いたようなメルヘンお茶会である
││というかさっきから全然話してないけど、どうしたのギルガメッ
ぶっちゃけ、少しこの空間にいるのが恥ずかしいのである
﹂
﹁ウフフ、でね
シュ
!
・
・
﹁ふ∼ん。二人、ね
首をかしげていた。
﹂
突然視線を送られたシャムハトはというと、当然何の事かわからないのか可愛らしく
に流し目を送った。
だが、今の俺の言葉になぜかイシュタル様は含み笑いをしながらチラリとシャムハト
?
る。
したがって、うっかり口が滑りやすい俺は口数を少なくするしかないということにな
だが文句など言った日には、八つ裂きにされること間違いなしである。
い。﹂
﹁いえいえ。美しいお二人に目を当てられ、上手く口が回らないのです。お許しくださ
?
女神イシュタルは疲れたようにため息をつき、優雅に紅茶を口に運んだ。
﹁⋮⋮はぁ、二人そろって鈍いとはね。先は長そうねぇ⋮⋮﹂
無欲な王子、強欲な女神
24
﹁いったい何のこーー﹂
緊急事態です
﹂
!!
に神殿兵の声が響き渡った。
﹂
﹂﹂
失礼を承知で報告させて頂きたいことがございます
せっかくの時間を邪魔されたと思った女神イシュタルの怒声もまた響き渡る。
﹁何事
しかし
!
うか、私に女神イシュタル様へと言を伝える不敬をお許しください
﹁申し訳ありません
!
!!
媒介として外の様子を探り、ついでにそこからの〝未来〟についても視てみる。
神々から与えられた〝全ての未来〟を見通す千里眼を発動させ、報告に来た神殿兵を
││完了
事象の確認及び 〝未来観測〟を開始
神殿兵を媒介として事象へリンク
││千里眼発動
︵何やらきな臭いな⋮⋮︶
告の姿勢を取った。
だが、神殿兵は常人ならば萎縮してしまうであろう女神の怒声にもビビることなく報
!
ど
何のことかイシュタル様に問い詰めようとしたその時、3人だけだったお茶会の空間
﹁女神イシュタル様
!!
!
25
︵おいおい⋮⋮冗談だろ
﹁はっ
︶
現在、ウルクの空域に巨大な〝竜〟が出現しております
兵士たちも何とか撃
!
﹁⋮⋮よっぽど重要なことのようね。いいわ、報告なさい。﹂
体と相性のいい神々の神殿エアンナで発動させた以上、外れるはずがない。
俺が所持者なせいなのか若干精度が低いこの千里眼だが、濃密な魔力に溢れ、俺の身
そしてそこから得られた情報に思わず愕然とする。
?
す。女神さまに万が一のことがあってはなりません
対にお断りよ。﹂
なら私が││﹂
﹂
!
もう一度言うわ。絶
急ぎ、避難してください
﹁お断りよ。私のウルクに手を出されといて逃げ出せって言うの
突っ込みは胸の内に秘めておく。
﹁神殿兵たちでも歯が立たないのね
﹂﹂﹂
?
さまに歯止めをかけた。
立場の違う3人の意見と声が綺麗に揃い、とんでもないことをやらかそうとした女神
﹁﹁﹁いけません
!
?
!
ます。さらに竜は現在、膨大な魔力の貯められたこのエアンナへと進路をとっていま
退しようと力を尽くしておりますが、傷一つつけられず、何人もの兵が犠牲となってい
!
︵いや、あなたのウルクではないんですけどね⋮⋮︶
無欲な王子、強欲な女神
26
﹁な、なんでよ∼
﹂
!!
ただでさえ神々の眼を盗んでウルクに来られたというのにむ
!
││││目が⋮⋮合ってしまった
まった。
どうしたものかと考えていたその時、うずくまっていたイシュタル様と目が合ってし
⋮⋮︶
︵しかし、このまま竜を放置しても被害は増え続け、ウルクは大打撃を受ける。まずいな
や、娘に甘いアヌ様の裁きがウルクに降りかかる未来などがいくつも視えた。
俺の千里眼でもイシュタル様が無理矢理力を解放した反動で市街地が吹き飛ぶ未来
降りかかる可能性があるということだ。
もっと絞られればいいと思う。問題は、最悪イシュタル様がやらかした分がウルクにも
別にそのことでイシュタル様に裁きが下るならばそれは構わないのだ。これを機に
神々の力を地上で振るう現界となると流石に不味い。
神 格 を か な り 削 ら れ て い る。人 々 の 前 に 姿 を 現 す 顕 現 程 度 な ら ば 何 の 問 題 も な い が、
そう、現在イシュタル様は父親であり最高神でもあるアヌ様から処罰を受けており、
やみやたらに現界などされたらどうなるか⋮⋮﹂
最中ではありませんか
﹁御身は現在、御父上の天空神アヌ様に霊峰エビフ山の件で謹慎処分を受けている真っ
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﹁あっ
そう言えばここにいるじゃない
鍛錬を重ねてるっていう半神の王子様が
!
﹂
!
﹂
だが、空戦をこなせる武器がここにあるのを俺は知っている。
﹁ふ∼ん。空中戦をこなせる武器があればいいわけね。﹂
ない。
いわけでもないがあくまでも体を浮かせるだけの宝具だ。運動機能は期待できそうに
話だ。流石に空中を舞う竜が相手となると地の利はあちらにある。飛行系の宝具がな
ならそれを鍛えれば〝怪物〟が誕生することは言うまでもない。だが、それは地上での
し、その速力は少しギアを上げるだけで神速に到達する。元のスペックが優れているの
確かにこの身は半分神の血が流れている。その腕力は齢14にして大の大人を凌駕
﹁私が出ても構いませんが、空中戦となると少し厳しいですね⋮⋮﹂
やっぱりそうなるか、と肩を落とすがそれしか選択肢がない以上はやるしかない
!
!!
そして女神イシュタルは女神にふさわしい風格を纏い、ウルクの王子へと命を下す。
﹁マアンナの所有権を一時的にあなたへ移すわ。ようは貸し出しってことね。﹂
まさしく天の宝具。人の身に余る強力な武具だ。
そが神々を運ぶ舟にして敵を穿つ武器である。
イシュタル様の号令と共に巨大な弓が姿を現した。弓というには大きすぎるそれこ
﹁来なさい、〝天舟マアンナ〟
無欲な王子、強欲な女神
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﹁神とウルクの子、ギルガメッシュに命じます。天舟マアンナを駆り、ウルクの空を汚す
竜を討伐なさい。﹂
もはや是非はない。
﹁御意││﹂
﹂
その証拠に先程からイシュタル様は頭を抱えて座り込み、ぶつぶつ言いながら突然何
いうのは意外に厳しく、強固なのだ。
だが、イシュタル様とて故意に貸さないわけでないことぐらいは分かる。女神の掟と
らも明らかだ。
到底思えない。それは俺の千里眼が無駄に鮮明に殺される俺の姿を映していることか
これは大変困ったことになってしまった。正直天舟マアンナなしで勝機があるとは
た。
無償で貸すことはできないと女神イシュタルは大変申し訳なさそうにしながら言っ
りがあるの。だから⋮⋮﹂
﹁その、ね⋮⋮女神って人間に無償で力を貸したらいけないっていうめんどくさい決ま
神イシュタルが止めたのである。
だが、大人しく頷いた俺を制する者があった。なんと、命令を下した張本人である女
﹁やっぱりちょっと待った││││
!!
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﹂
いい案
私は貴方にマアン
かをひらめいたように目を見開き、立ち上がって俺の方まで歩み寄って悪魔のような笑
顔で⋮⋮
ならこうしましょう
!
ナを貸す。その代わり、貴方は宝物庫に収納されている宝石を私に貢ぐ。ねっ
﹁つまりは無償で貸し出すからダメなのよね
﹂
だと思わない
﹁なっ
?
?
?
?
だから俺はこう答えるしかないのだ
シュタルに都合のいいことだとしても。
だが、実際にこれが形として一番いい案だということは間違いない。例え全てがイ
い詰めたくなる。
思わず絶句する。それもそうだろう。この期に及んで少し横暴すぎやしないかと問
!?
心の内でつぶやいた言葉は幸いにも外に出ることはなかった。
││地獄に落ちろ女神
あくま
﹁⋮⋮了解しました。﹂
無欲な王子、強欲な女神
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