改革遅滞で先行きを見通しにくい状況

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World Trends
マクロ経済分析レポート
南アフリカ 景気も為替の行方も曇り模様
~スト頻発、改革遅滞で先行きを見通しにくい状況~
発表日:2015年4月3日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 国際商品市況の調整は資源国経済の重石となるなか、南アフリカの昨年の経済成長率は前年比+1.5%と
一段と減速した。長期に亘ったストは年前半の景気の足かせとなる一方、年後半にはスト終結で景気底入
れの動きはみられる。しかし、景気は本調子を取り戻せないなかで通貨ランド安も相俟ってインフレ圧力
はくすぶっており、さらなるストの懸念も出るなか、先行きも経済の空模様はすっきりしないであろう。
 ファンダメンタルズの悪化が続くなか、商品市況の低迷で経常赤字の圧縮は進みにくい上、国営電力公社
を巡る懸念は財政の重石となることが懸念される。対外収支の脆弱性に加え、足下では国営電力公社の格
下げなど、外国人投資家を中心に資金流出に繋がりやすい材料が揃っている。先行きは米国の金融政策を
巡る金融市場の動揺も懸念されるなか、通貨ランド相場は弱含みやすい展開が続くことになろう。
《スト終結で一見景気は底入れしているが、新たな労働争議の可能性もくすぶるなど、経済の空模様はすっきりしない》
 昨年後半以降の原油をはじめとする商品市況の調整は、資源国にとっては輸出鈍化による外需の下押し圧力と
なるのみならず、交易条件悪化による国民所得の低下を招き、内需の足かせとなることで全般的な景気の重石
となることが懸念されている。産油国ではないものの、様々な鉱物資源の宝庫であり、近年はアフリカ有数の
金融市場を背景に海外資金の流入が活発化した南アフリカだが、足下の景気は資源安が足かせとなることで勢
いを欠く展開が続いている。昨年の経済成長率は前年比+
図 1 実質 GDP 成長率の推移
1.5%と前年(同+2.2%)から一段と減速しており、世界
金融危機の影響が直撃した 2009 年(同▲1.5%)以来の低
い伸びとなるなど、厳しい状況に直面している。なお、1012 月期 だけ を みる と前期 比 年率 + 4.15% と前期 ( 同+
2.08%)から加速しており、景気は底入れしている様子が
うかがえる。しかし、これは年前半に鉱業部門を中心に大
規模ストが長期化した影響で生産が大きく滞っていた状況
が改善したことが影響している。そうした傾向は分野別の
動きにも顕著に現れており、年中盤以降に多くの産業でス
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 2 インフレ率の推移
トが終結したことで、鉱業や製造業で生産回復の動きが広
がったことがそのまま景気の底入れを促している。生産回
復に伴う輸出の急増は成長率の押し上げに繋がる一方、近
年の経済成長のけん引役となってきた個人消費を中心とす
る内需については依然として力強さを欠く展開が続いてお
り、足下では一見すると景気の底入れが進んでいるものの
「本調子」と言いがたい状況にある。同国は「資源国」で
はあるものの、原油などを輸入に依存していることから、
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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昨年後半以降の原油安はエネルギー価格の下落を通じてインフレ圧力の後退に繋がっており、直近のインフレ
率は前年比+4.01%と中銀が定めるインフレ目標(3~6%)に収まるなど物価抑制に成功しているようにみ
える。しかし、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は同+5.80%に加速しており、インフレ率を上回
る伸びが続いているなど異なる姿がみえてくる。特に、一昨年以降の国際金融市場の動揺に際しては、同国は
「フラジャイル・ファイブ」の一角として急激な海外資金の流出が直撃して通貨ランド相場が急落する状況に
見舞われ、通貨安に伴う輸入インフレが物価高を招く悪循環に陥っている。さらに、中銀は昨年初めに通貨防
衛の観点から利上げによる金融引き締めに舵を切ったが、足下ではインフレ率が低下しているにも拘らず通貨
ランド相場の安定のために金融緩和に動けない状況が続いており、こうしたことも内需の足かせになっている。
ただし、同国のインフレが沈静化しにくい最大の要因は、同国における労働組合の強さとそれに伴う賃金上昇
圧力であろう。同国の失業率は依然 25%を上回るなど極めて高い一方、労働組合は度々大幅賃上げを求めて
ストを行う状況が続いており、結果としてサービス物価の上昇がコアインフレ率の高止まりを招く事態となっ
ている。この背景には、現ズマ政権をはじめとする過去4代の大統領を輩出している最大与党アフリカ民族会
議(ANC)の最大の支援団体が労働組合であることも大きく影響している。ここ数年、公務員組合を含む
様々な労働組合は企業や政府に対して大幅な賃上げを要求する動きを強めており、政府もこの動きに有効な対
応が出来ていないことは上述のようにストの頻発を招いているほか、それに伴う生産低迷は景気悪化を通じて
国民生活を悪化させる悪循環に繋がっていると言える。先月も鉱業関連の労働組合が大幅賃上げを求める要望
を提出する動きが出ており、交渉が決裂した場合には再びストに突入、昨年のように長期化する可能性も考え
られることから、同国経済の空模様がすっきりする展開は見込みにくい。
《ファンダメンタルズ改善の道筋が示せないなか、海外資金の流出圧力は高まり、ランド相場は弱含みやすい状況に》
 同国は経常赤字を抱えるなど対外収支が脆弱である上、ここ数年は景気減速に加え、国際商品市況の調整など
で歳入の伸びが鈍化する一方、景気刺激に向けた歳出拡大
図 3 経常赤字/GDP 比の推移
圧力の高まりを受けて財政赤字は拡大基調を強めており、
経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)は悪化している。
年明け以降は商品市況に底入れの動きが出ており、貿易収
支の一段の悪化に繋がる可能性は後退しているものの、世
界経済の回復は緩慢なものに留まる公算が高いことを勘案
すれば、先行きの経常赤字が劇的に改善していく状況は想
定しにくい。さらに、同国では慢性的な電力不足が問題と
なっている一方、政府は国営電力公社に対して長年に亘り
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
電力価格を低く抑えるべく実質補助を行う状況が続いており、これは財政の重石となっている上、電力公社自
体にとっても電力料金によって設備保守などに掛かる費用を充分に賄うことが出来ず、最終的に財政負担が高
まるなど悪循環を招いてきた。足下では原油安などを背景にインフレ率は低下しているものの、インフレ圧力
の上昇に繋がることから電力料金の引き上げを含めた取り組みはなかなか前進しにくい上、電力公社改革につ
いても上述のように現政権は労働組合など旧来の支持層からの強い影響力の下にあるため、大胆な構造改革は
先送りされやすい状況が続いている。こうしたことも財政状況の一段の悪化を招く一因になってきた。なお、
政府は財政赤字の圧縮を図るべく、20 年ぶりに所得税率を引き上げる方針を発表するなど、財政健全化に舵
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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を切る姿勢をみせているが、急速な景気回復が見込みにくいなかではどれだけの効果を挙げられるかは不透明
である。こうしたなか、国際金融市場においては先進国による量的金融緩和の影響で世界的なマネーの規模は
かつてない水準となるなど、リスクマネーの動きが活発化しやすい環境にある一方、米国による金融政策正常
化が意識されるなか、脆弱な構造問題を抱える新興国で資金流出が起こる可能性が懸念されている。上述のよ
うに、同国では一昨年以降、国際金融市場が動揺する度に海外資金の流出圧力が高まる状況が続いてきたが、
図 4 外貨準備高と対外債務残高の推移
依然としてファンダメンタルズの改善に向けた有効策を打
ち出せていないなか、そうした懸念は足下においてもくす
ぶっている。また、足下においては海外資金の流出により
通貨ランド安圧力が高まっていることに加え、外貨準備は
今年2月末時点で 472 億ドルに減少している一方、対外債
務残高は拡大しており、昨年末時点では 1451 億ドルに、短
期債務に限っても 340 億ドルに達している。外貨準備の規
模は輸入決済に必要な額の5ヶ月分(過去1年の平均ベー
ス)を上回る水準にあるため、その規模自体に直ちに問題
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
が生ずる水準ではないものの、国際金融市場が過度に動揺して短期資金を中心に流出圧力が急速に高まる事態
となれば、同国内における外貨調達が困難に陥る可能性は小さくない。こうした事情も外国人投資家を中心に
同国から資金流出を加速させ、通貨ランドの対米ドル為替レートは下落基調を一段と強めることに繋がってい
る(なお、日本円に対しては底堅さがうかがえるものの、
図 5 ランド相場(対ドル、円)の推移
そのボラティリティは高い)。また、先月には米格付機関
のS&P社が国営電力公社の格付を1ノッチ引き下げて
「投機的水準(ジャンク級)」とする決定を行っており、
同社の資金調達環境の悪化によって財政負担が高まるとの
見方が出ていることも、資金流出の招きやすさに繋がって
いる。足下では米国による利上げの時期及び、そのペース
は当初想定されたものに比べて緩慢になるとの見方が強ま
っているが、早晩利上げが行われる場合には、ファンダメ
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
ンタルズの脆弱な同国から資金が流出するリスクは極めて高い。こうしたことから、先行きのランド相場につ
いては下押し圧力が掛かりやすい展開が続くものと予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。