金融改革の後押しへ一歩 ~国営銀行の不良債権が問題となるなか

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
インド準備銀、金融改革の後押しへ一歩
~国営銀行の不良債権が問題となるなか、景気と改革の「両取り」を目指す~
発表日:2016年4月6日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 年明け直後の国際金融市場は様々な要因が同時に重なり混乱する場面がみられ、インフレ率は歴史的低位
に留まるなど長期に亘る原油安の恩恵を受けてきたインドもその波に揉まれた。足下では落ち着きを取り
戻しているが、銀行セクターでは国営銀行の不良債権問題などがボトルネックとなり、資金需給のタイト
化が解消しない展開が続いている。準備銀は向こう1年を目処に不良債権問題処理に取り組む姿勢をみせ
るなか、足下では政府もこれに呼応する動きをみせており、事態が大きく前進する可能性が出ている。
 こうしたなか、5日の定例会合で準備銀は3会合ぶりの利下げを実施した。他方、短期及び長期の流動性
供給を充実させる方策を打ち出しており、利下げの効果を波及させるべく銀行セクター改革を側面支援す
る方針もみせる。足下では物価が安定するなか、今年度予算で財政健全化の方針が堅持されたことも利下
げを後押ししたとみられる。金融改革の前進には銀行部門の健全性向上が不可欠であり、そのために景気
下支えを前面に打ち出したとみられ、景気と改革の「両取り」を目指す姿勢が強まったと考えられる。
《国営銀行の不良債権問題が利下げ効果を減殺するなか、景気と改革の「両取り」を目指すべく一段の緩和に踏み切る》
 年明け直後の国際金融市場を巡っては、米国の利上げ実施に伴い世界的なマネーの動きが変化するとの見方が
出るなか、中国経済に対する過度な不信感の台頭とそれによる一段の原油安を受けて混乱する事態に直面した。
国内の原油消費量の7割を中東からの輸入に依存する同国では、一昨年後半以降の原油安の長期化を受けて貿
易赤字が縮小しており、それに伴い経常赤字幅も縮小す
図 1 インフレ率の推移
るなど対外収支の改善が進むなどの恩恵が生じている。
さらに、原油安の長期化により物価上昇圧力の後退が期
待されるなか、モディ政権による物価抑制策の効果も重
なり足下のインフレ率は5%台前半に留まるなど、長年
に亘ってインフレが経済のボトルネックとなってきた状
況とは大きく異なっている。その一方、財政収支につい
ては赤字幅こそ縮小しているものの、経常収支に比べて
改善のペースは緩やかなものに留まっており、同国政府
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
は補助金支出など財政的な負荷の軽減に向けた取り組みを強化してきたものの、足下では充分な効果を挙げる
ことが出来ていない。このようにインド経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は好悪入り混じる展開が続
いているにも拘らず、国際金融市場の動揺を受けて投資家のリスクセンチメントが急速に悪化したことを受け
て海外資金を中心に流出圧力が強まった。事実、通貨ルピーの対ドル為替レートは2月末にかけて下落基調を
強めて過去最安値を再びうかがう展開となったほか、主要株式指数(SENSEX)も約2年弱ぶりの安値を
付けるといった動きにも繋がった。しかしながら、足下においては中国経済に対する不信感がやや後退してい
る上、原油相場も持ち直しの動きもみられるなか、米国の利上げ実施ペースについても当初予想された展開か
ら緩んでいることもあり、国際金融市場は持ち直しの動きをみせている。他方、インド国内の金融市場では資
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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金需給のひっ迫を反映して短期金利に上昇圧力が掛かる
図 2 主要株価指数(SENSEX)の推移
展開となり、国際金融市場が落ち着きを取り戻した後も
金利は高止まりするなど資金需給のタイト化がなかなか
解消しない状況が続いてきた。インドの銀行セクターを
巡っては資金調達を準備銀からの直接借入に大きく依存
する一方、短期金融市場の未熟さは金融セクターの深化
と発展の阻害要因になってきたことから、ラジャン総裁
就任後はタームレポを中心とした短期貸出を通じて資金
融通を実施する姿勢を強化させてきた。しかしながら、
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
ここ数年インドの銀行セクターでは国営銀行を中心に不良債権比率が上昇しており、国際商品市況の低迷長期
化や国際金融市場の動揺も相俟って金属やインフラ、建設関連を中心に返済が滞る事態が相次いでいる。準備
銀は年明け以降、銀行セクターの不良債権処理を加速化させる方針を打ち出しており、先月末を期限として銀
行に対する検査を実施しており、同行は来年3月末を目処に引当金の積み増しなどを通じて不良債権処理を終
結させる意欲的な目標を掲げる。なお、一部の試算によると不良債権の規模はすでに公表されている 1310 億
ドル規模(融資全体の 14%)を上回り、銀行がロールオーバーに応じている債権などを含めると融資全体の
18%の水準に達するとの見方もあるなど事態は深刻である。準備銀は昨年来度重なる利下げにより市中金利の
低下を促す姿勢をみせてきたものの、一連の事情も影響して市中金利の下落幅は準備銀の利下げ幅を大きく下
回る水準に留まるなど、利下げ効果が市場全体に充分に行き渡らない状況が続いている。こうしたことから、
準備銀は金融市場の足かせとなっている不良債権問題に早期に決着を付ける姿勢を示しているとみられ、政府
もこれに呼応する形で国営銀行に対して公的資金を注入する方針のほか、自己資本比率の改善を促す規制緩和
も発表している。さらに、今月には政府に対して国営銀行の経営改善方針などを助言する「銀行評議局
(Banks Board Bureau)」が業務を開始する。2月末に発表された今年度予算では、国営銀行の再編と各行に
対する政府保有株比率を 50%未満に引き下げる方針が示されており、当初は政府株の売却益がその原資にな
るとみられたが、銀行株は軒並み低迷するなかでの道筋は平坦ではない。今後は準備銀主導による銀行セクタ
ー改革に向けたプログラムも本格的に始動する見通しだが、国営銀行にとってはそれ以上に不良債権への対処
が喫緊の課題になっていると言えよう。
 こうしたなか、準備銀は5日に定例の金融政策委員会(2016-17 年度第1回金融政策報告)を開催し、政策金
利であるレポ金利を昨年9月の定例会合以来、3会合ぶりに 25bp 引き下げて 6.50%とする決定を行っている。
なお、準備銀が各銀行に対して課しているNDTL(純預金債務)に対する現金準備率(CRR)は 4.00%
に据え置かれたものの、流動性を担保する観点から日々の最低遵守基準を 16 日付で現行の 95%から 90%に引
き下げることが示された。さらに、政策金利による「流動性コリドー」の幅について、レポ金利を基準に従来
の上下 100bp から同 50bp に縮小させるべく、補完的な資金調達手段である限界スタンディングファシリティ
ー(MSF)の適用金利を 75bp 引き下げて 7.00%とする一方、リバース・レポ金利については 25bp 引き上
げて 6.00%とすることが併せて決定された。また、一連の決定に先立つ形で今月2日には銀行に対する法定
流動性比率(SLR)規制が 25bp 引き下げられて 21.25%とされるなど、銀行部門による長期資金の確保を
重視する方針も打ち出されている。同行は昨年以降、断続的に累計 125bp に上る利下げを実施してきたものの、
上述の国営銀行を中心とする不良債権問題がボトルネックとなるなか、銀行の貸出金利は 60bp 程度と準備銀
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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の利下げ幅の半分程度しか低下していない模様であり、
図 3 金融政策と短期金利の推移
会合後の記者会見においてラジャン総裁は「今回とこれ
までの利下げが銀行の貸出金利に巧く作用する状況を確
実にすることが重要」との認識を示している。その上で、
会合後に発表された声明文では今年度の経済成長率(G
VA成長率)は前年比+7.6%と従来の見通しを据え置
くとともに「リスクのバランスは採れている」との見方
を示しているほか、物価についてもモンスーン(雨季)
の雨量が例年の水準を維持することを前提に「今年度末
(出所)CEIC, インド準備銀より第一生命経済研究所作成
時点で5%周辺に収まる」との見方を示した。また、政府が2月末に発表した今年度予算についても「財政健
全化の姿勢を維持しており、先行きのインフレ圧力の後退に繋がる」との見方を示したほか、「地方における
需要拡大やインフラの拡充、構造改革によるビジネス環境改善などにも配慮されている」とし、「今回の利下
げを後押しした」との考えをみせた。ラジャン総裁は記者会見のなかで、金融政策のスタンスについて「引き
続き緩和的であり、さらなる利下げ余地が生じた場合の対応を視野に入れつつ、マクロ経済及び金融市場の動
向を向こう数ヶ月注視し続ける」としており、状況によっては先行きの追加利下げに含みを持たせる姿勢を示
している。なお、先行きの物価を左右する要因としては、モンスーンの雨量や原油相場の動向、さらに、公務
員の最低賃金を巡る交渉など不確定要素も多く、これらをみながらの対応になることは避けられないであろう。
そして、会合後の声明文では多岐に亘る銀行セクター改革及び金融市場改革の詳細が示されており、同行は金
融緩和などを通じて景気の下支えを図るとともに、金融セクター改革を大きく前進させたいとの意欲をみせて
いる。ラジャン総裁は就任当初から銀行セクター改革がインド経済の持続可能な成長実現には不可欠との考え
をみせるなどこの前進に意欲を示した経緯があるため、今後はこれを実現させるための外部環境となる景気拡
大にも配慮しつつ、国営銀行の不良債権問題をはじめとする課題に対処することが予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。