豪ドル高、低インフレが利下げを後押し

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
豪準備銀、予想外の利下げで景気下支えへ
~雇用の不透明感、豪ドル高、低インフレが利下げを後押し~
発表日:2016年5月6日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 3日、豪準備銀は定例会合で11会合ぶりの利下げを決定し、政策金利は過去最低の1.75%となる。国内外
の景気見通しを相次いで下方修正しているほか、雇用を巡る不透明感、足下で進む豪ドル高へのけん制、
さらにインフレ見通しが低下したことが利下げを後押ししたと考えられる。なお、同行は先行きも引き続
き不動産市況の動向を注視する姿勢をみせており、これ以上の利下げの難易度は高いとみられる。
 政府は7月から始まる来年度予算で雇用と景気をより重視する姿勢をみせている。「ねじれ議会」が政策
遂行の妨げとなるなか、ターンブル政権は起死回生に向けて7月初旬に議会上下院の解散総選挙に動く可
能性が高まっている。選挙の行方は不透明だが、ねじれ状態解消となれば政策遂行の可能性は格段に高ま
る。サプライズ利下げで豪ドル相場は調整したが、今後の行方を勘案すれば下値の底堅い展開が続こう。
《準備銀が「サプライズ」利下げを実施。雇用の不透明感や豪ドル高けん制、低インフレが利下げを後押しした模様》
 3日、豪準備銀行は定例の金融政策委員会を開催し、翌4日付で政策金利であるオフィシャル・キャッシュ・
レート(OCR)を 25bp 引き下げて 1.75%とする決定を行った。同行による利下げ決定は昨年5月の定例会
合以来 11 会合ぶりであり、今回の決定によりOCRは過去最低水準となる。会合後に発表された声明文によ
ると、今回の決定については「想定以上にインフレ圧力が後退している」ことを挙げている。また、世界経済
については「これまでの見通しに比べて幾分弱いペースでの拡大に留まる」とし、「足下で見通しに対する下
方修正を行っている」とした。具体的には「先進国では過去数年に亘って改善の動きが続いている一方、多く
の新興国で厳しい状況に直面している」とし、中国につ
図 1 雇用環境の推移
いては「政府による下支え策の影響で短期的な見通しは
下支えされているが、成長率には一段と減速感が強まっ
ている」との見方を示している。足下では底入れの動き
がみられる国際商品市況についても「過去数年の大幅な
調整の反動の域」であるとし、同国経済にとっては「交
易条件は過去数年と比較しても依然低水準に留まってい
る」としている。足下では国際金融市場も落ち着きを取
り戻しているものの、「世界経済の見通しや主要国の政
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
策姿勢に対する不透明感は残る」とし、世界的に「高格付の主体が直面する借入コストは極めて低く、緩和的
な状況が続いている」とした。その一方で、同国経済については「資源投資ブームからのリバランスが進んで
おり、昨年の景気は雇用の改善などを通じて後半にかけて回復感が強まった」とし、今年の景気についても
「改善は続くものの、そのペースは緩やかなものに留まり、労働市場を巡る状況は足下で複雑化している」と
した。過去 10 会合に亘って同行が金利を据え置いてきた背景には、景気に対する不透明感はくすぶるものの、
雇用環境の底堅さを理由に挙げる場面が続いてきた。しかしながら、足下では雇用の拡大ペースに頭打ち感が
出ているほか、先行きに対する不透明感が徐々に高まりつつあることが追加利下げを後押しする一因に繋がっ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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たと考えられる。さらに、先月末に発表された1-3月
図 2 インフレ率の推移
のインフレ率は前年同期比+1.3%と前期(同+1.7%)
から一段と減速しているほか、政府がコアインフレ率と
し て 認 識 し て いる 「 トリ ム 平 均 値 」 ベー ス でも 同 +
1.7%と前期(同+2.1%)から減速し、インフレ率及び
コアインフレ率ともに準備銀が定めるインフレ目標(2
~3%)を下回ることが確認された。この結果について
同行は「予想外に低い」との見方を示しており、先行き
についても「労働コストの低下や全世界的なディスイン
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
フレ圧力に伴い、これまでの見通しに比べて低くなる」とするなど、インフレ圧力の後退も利下げを後押しし
たとみられる。その上で、長期に亘って低金利状態が続いていることや通貨豪ドル安の進展は「国内需要の押
し上げや輸出セクターの拡大に寄与している」一方、「家計部門向けの信用は伸び悩むなか、企業向けの信用
に底入れの動きが出る」動きはみられたものの、「このところの豪ドル高は経済の構造調整を複雑にさせる」
との見方を示しており、ここ数回の会合で豪ドル高に対して苛立ちを隠さなかった姿勢を改めて表面化させた。
今回の決定について同行は「不動産市況の動向に注視する」との考えを示しており、監督当局による規制の効
果などを見極める姿勢をみせており、さらなる利下げの難易度は高いと言えよう。
 なお、同国政府は今月3日に7月から始まる来年度予算案を発表し、雇用と経済成長を重視する観点から中小
企業を対象に法人税率を引き下げるほか、中間層を対象にした減税措置など、過去数年の予算に比べて景気に
より配慮する姿勢をみせている。他方、様々な対象に対する歳出拡大や減税が盛り込まれたことで、高額所得
者や資産を対象にした課税強化に動くほか、多国籍企業に対する課税強化などを通じ、過度な放漫財政になる
ことを阻止する姿勢もみせている。来年度予算案では財政赤字額は 371 億豪ドルと従来見通し(337 億豪ドル)
から赤字幅が拡大され、GDP比でも▲2.2%とするとともに、中期財政計画においても財政収支均衡化を実
現する年度をこれまでの 2019-20 年度から 2020-21 年度に1年後ろ倒しする方針を明らかにしている。このよ
うにターンブル政権がこれまで以上に景気をより重視する予算案を発表した背景には、同政権が議会に上程し
ていた労働組合に対する監視強化を目的とした、独立機関の設置に関する法案が2度に亘って否決されるなど、
ターンブル政権が推進する経済のリバランスを後押しする政策が前進していないことが挙げられる。結果、7
月初旬に上下両院の解散総選挙が行われる見通しが強ま
図 3 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
っており、現時点において議会上院において与党保守連
合が少数派に留まる状況を打破したいとの思惑も大きく
影響していると考えられる。昨年9月の政権発足当初は
高支持率を得ていたにも拘らず、議会のねじれ状態など
を理由に円滑な政策遂行が出来ない状況が続いたことで
足下では支持率の低下が顕著になってきたことから、選
挙の行方については依然として不透明なところが少なく
ない。とはいえ、追加利下げの形で中銀からは政府・政
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
権に対する追い風が吹いているなか、来年度予算においては多くの国民及び中小企業を中心に恩恵を受けやす
い政策が打ち出されたことで、ねじれ議会が解消すれば、政策遂行がこれまでに比べて円滑に進むことも期待
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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される。上述の準備銀による利下げ実施は「サプライズ」であったこと、準備銀自体が豪ドル高をけん制する
姿勢をみせたことで豪ドル相場に下押し圧力が掛かっているものの、これ以上の利下げについては難易度が高
いことに加え、先行きの豪州経済にとってはプラス要素が少なくないことを勘案すれば、下値の堅い展開も考
えられ、当面はこう着した相場展開が続くことも予想されよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。