Economic Indicators 定例経済指標レポート

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World Trends
マクロ経済分析レポート
メキシコ、「期待の星」からの転落
~海外資金に揺さぶられて経済環境は急速に悪化~
発表日:2016年9月27日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 ここ数年中南米ではブラジル経済が低迷する一方、メキシコ経済の堅調さが注目を集めてきた。しかし、
原油安の長期化は同国経済にも打撃を与えている上、国際金融市場の動向に伴う海外資金の動きの影響も
受ける。年明け以降は度重なる通貨ペソ安の進展を受けて中銀が利上げに踏み切る事態となったが、今月
以降も格下げリスクや米国大統領選を巡る思惑を反映してペソ安に見舞われている。足下ではインフレ圧
力が徐々に高まる動きもみられるなか、中銀は早晩追加的な利上げに踏み切る必要性が高まりつつある。
 海外資金の流出は実体経済にも悪影響を与えており、4-6月期の実質GDP成長率は前期比年率▲
0.67%と3年ぶりのマイナス成長となった。輸出の鈍化に加え、雇用や移民送金の頭打ちなども影響して
個人消費に下押し圧力が掛かるなど、内外需ともに弱含んでいる。足下ではペソ安に拠る輸出競争力の向
上で製造業を中心に景況感が底打ちする一方、インフレと利上げは消費者マインドを悪化させている。リ
セッションに陥る可能性は低いが、近年注目を集めたメキシコ経済は厳しい状況に直面している。
 ここ数年の中南米経済を巡っては、原油をはじめとする国際商品市況の調整が長期化していることに加え、政
治的な混乱などをきっかけにブラジルが長期のリセッション(景気低迷)となる一方、隣国且つ世界最大の経
済大国である米国経済の堅調な拡大を追い風にメキシコ経済は底堅い展開が続くなど、両国は対照的な展開が
続いてきた。2012 年末のペニャ・ニエト政権の発足により、国内外において硬直的とされてきた同国経済及
び財政に対する大胆な構造改革が行われるとの期待が高まったことは、左派政権の下で経済に対する政府の関
与を強めることで急速に経済及び財政状況の悪化を招いてきたブラジルとは対照的に捉えられてきた。しかし
ながら、足下においてはメキシコ経済を取り巻く環境も急速に厳しさを増している。折しも同国最大の油田で
あるカンタレル油田が枯渇間近であるために近年は原油の輸出量が急速に低下するなか、国際商品市況の低迷
長期化によって輸出に一段と下押し圧力が掛かっており、経常収支は慢性的に大幅赤字を計上する事態が続い
ている。他方、政府の歳入の3分の1強を原油関連収入に依存しており、ここ数年は原油関連収入の減少に伴
い財政が急速に悪化したものの、政府による財政健全化に向けた取り組みを反映する形で今年前半については
財政赤字幅が大きく縮小しており、プライマリー収支は黒字を確保するなど改善の兆しもみられる。足下の国
際金融市場については、米国による利上げ実施時期が
図 1 ペソ相場(対ドル)の推移
当初に比べて後ろ倒しされており、その後の利上げペ
ースも一段と緩慢なものとなる見通しが示される一方、
その他の主要先進国による量的金融緩和政策の効果も
重なり落ち着きを取り戻している。とはいえ、慢性的
な経常赤字を抱えるなど脆弱な対外収支構造を抱える
同国では、米国をはじめとする海外からの資金流入に
経済活動を依存せざるを得ないなか、その行方は通貨
ペソ相場のみならず実体経済にも様々な形で影響を与
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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えやすい特徴がある。こうしたなか、足下では米国の大統領選の行方如何によっては輸出の8割強を占める米
国との経済的な関係が悪化するとの見方がくすぶっており、こうした事情も海外からの資金流入の動向を大き
く左右する要因になっている。海外資金の動向は直接的に通貨ペソ相場に大きな影響を与えるが、ペソ相場は
輸入物価を通じてインフレ率の行方にも大きく影響を与えるために当局はペソ相場の行方を注視しており、年
明け以降中銀は2度に亘り利上げに踏み切らざるを得ない事態に直面した(2月及び6月)。ただし、その後
も米国の大統領選の行方が混沌としていることに加え、今年8月末には主要格付機関のS&P社が格付見通し
を「ネガティブ」に引き下げるなど(格付はBBBプラ
図 2 インフレ率の推移
ス)、財政状況の悪化を理由に将来的な格下げを示唆す
る動きを強めており、ペソ相場には再び下落圧力が掛か
っている。直近8月のインフレ率は原油安の長期化に伴
うエネルギー価格の低下などを受けて前年比+2.73%と
比較的落ち着いた推移が続いているものの、食料品とエ
ネルギーを除いたコアインフレ率は同+2.96%とじわじ
わ上昇しており、中銀が定めるインフレ目標の中央値
(3%)に近付いている。今月 29 日に同行は定例の金
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
融政策委員会を開催する予定であるなか、金融市場においてはこのところのペソ相場の急落を受けて通貨防衛
の観点から年明け以降3度目となる利上げに踏み切るとの見方が強まっており、仮に今回利上げが行われなか
った場合においても早晩利上げに動かざるを得ないとの見方が根強い。このように足下のメキシコ経済につい
ては、国際金融市場をはじめとする外部環境に非常に揺さぶられやすい状況に陥っている。
 このように海外資金の流出が懸念される事態に直面するなか、足下の実体経済にも下押し圧力が掛かりやすく
なっており、4-6月期の実質GDP成長率は前期比年率▲0.67%と前期(同+1.98%)から 12 四半期ぶりと
なるマイナス成長に転じるなど景気は急速に勢いを失いつつある。なお、前回マイナス成長となった 2013 年
の4-6月期は米国Fed(連邦準備制度理事会)のバーナンキ前議長による量的金融緩和政策の縮小を示唆
する発言をきっかけに国際金融市場が大混乱に陥ったい
図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
わゆる“Taper Tantrum”の時期に当たることを勘案す
れば、メキシコ経済は国際金融市場の動向に左右されや
すいと捉えられる。政府に拠る景気下支え策の効果に伴
い政府消費は景気の下支えに繋がる動きがみられるもの
の、世界経済を巡る不透明感を反映して輸出に下押し圧
力が掛かったことに加え、年明け以降は雇用の改善ペー
スに頭打ち感が出ているほか、米国内における雇用環境
の変調を受けて移民労働者からの送金流入額にも下押し
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
圧力が掛かるなか、個人消費も冷え込んでいる。さらに、米大統領選の行方が依然として不透明ななかで米国
をはじめとする海外からの直接投資の動きも萎んでおり、結果的に企業の設備投資が手控えられる動きに繋が
っていることも景気の足を引っ張っている。こうした動きは分野別の成長率にも影響を及ぼしており、輸出の
低迷や国際商品市況の調整などを追い風に第2次産業の生産が大きく低迷したことに加え、海外資金の流出に
伴って金融をはじめとする第3次産業の生産も急速に鈍化するなど、全般的に勢いに乏しい展開となっている。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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なお、足下では急速に悪化基調が強まった製造業の景況感に底打ちの兆しが出ており、ペソ相場の急落によっ
て輸出競争力が向上していることに加え、8月以降は産油国間による増産凍結に向けた協議が進展するとの思
惑を反映して原油相場が底入れしていることを好感する動きがみられる一方、消費者マインドについては悪化
に歯止めが掛からない状況が続くなど、経済主体によって捉え方に差が生じている。ただし、消費者マインド
が急速に悪化している背景には足下の景気が芳しい状況とは程遠いにも拘らず、通貨防衛の観点から度重なる
利上げをせざるを得ない事態となっていることも影響していると考えられる。さらに、ペニャ・ニエト政権は
経済政策面ではまずまずの成果を挙げる一方、発足当初に公約に掲げた汚職や組織犯罪に対する取り締まり強
化が進展しないことを受けて国民からの支持率は急速に低下しており、今年6月に実施された地方選(州知事
選挙)で与党制度的革命党(PRI)は大敗北を喫するなど厳しい状況に直面している。ペニャ・ニエト政権
を巡っては、今月初めに米国大統領選の候補者であるドナルド・トランプ氏の同国への訪問にまつわる対応を
受けて国民から一段と反発を受ける事態を招いており、こうした動きも政権による政策遂行の手足を奪うこと
も懸念される。足下における製造業を中心とする景況感の底入れや、ペソ安に伴う輸出の押し上げ効果などを
勘案すれば同国経済がリセッションに陥る可能性は低いと見込まれるものの、景気が勢いを欠くなかでインフ
レ圧力が徐々に高まっている上、金融引き締めに向けて歩を進めざるを得ない状況は先行きの景気にとって不
透明要因となり続けることになろう。年前半の経済成長率は前年比+2.48%と昨年通年の成長率(同+2.46%)
からわずかに加速しているものの、先行きの景気には下押し圧力が掛かりやすいことを勘案すれば、今年通年
の成長率見通しは同+2%程度に留まることは避けられない。上述のようにブラジル経済が云わば「自滅」す
るなかで注目を集めてきたメキシコ経済だが、足下では極めて厳しい状況に立たされていると言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。