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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
資源安で「正念場」を迎えるインドネシア
~景気維持と将来的な潜在成長率向上のなかで板ばさみ~
発表日:2014年12月25日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 原油安を理由に資源国からの資金流出圧力が強まるなか、インドネシアも苦しい状況に直面する。同国は
原油の純輸入国だが、天然ガスやその他鉱物資源の価格下落が交易条件の悪化を招いており、景気の下押
し圧力になっている。米国の利上げが意識されるなか、新興国からは資金流出が起こりやすくなっている
が、構造的な脆弱さはその動きに拍車を掛ける一因になっており、同国は苦境に立たされている。
 今年10月に誕生したジョコ・ウィドド政権は発足当初から構造改革を前進させている。一方、燃料補助金
削減はインフレ率の上昇を招き、景気のけん引役である内需の足かせになるリスクはくすぶる。経済閣僚
に実務家を配置し、構造改革の進展は海外からの評価を上げる一方、景気減速は資金流出圧力に繋がるリ
スクもある。内向き志向ではなく、将来的な潜在力向上に向けたバランスの採れた政策が求められる。
《原油安自体はインドネシアに追い風も、天然ガスをはじめとする幅広い資源価格の調整が景気の足かせに》
 国際金融市場における原油安を理由にいわゆる『資源国』などから資金流出の動きが強まるなか、かつての産
油国であるインドネシアも苦しい状況に追い込まれている。同国は元々アジア有数の産油国であったものの、
スハルト元大統領による長期独裁政権の下、資源関連を中心に外資企業に対する排外主義的な政策が採られた
結果、関連投資が抑制される状況が続いた。結果、同国の
図 1 交易条件指数の推移
産油量は急速に減少する一方、近年の経済成長に伴い国内
の原油需要が拡大したことで同国は原油の『純輸入国』に
転じており、2009 年にはOPEC(原油輸出国機構)の加
盟停止措置を受けている。したがって、足下における原油
安はインドネシア経済にとってはプラスに寄与することが
期待される。その一方、同国は豊富な天然ガス資源を有し
ており、天然ガスについては依然純輸出国としての地位を
保っている。世界的な天然ガス価格は原油市況と連動して
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 2 LNG アジアスポット価格の推移
決定する仕組みであるため、天然ガス価格は原油同様に年
明け以降だけで5割近く下落しており、原油安のプラス効
果を相殺している。さらに、中国経済が以前のような勢い
を失うなかで同国の主要輸出財である石炭や銅、ニッケル
などの鉱物資源価格も軒並み下落したことで交易条件は急
速に悪化するなど、同国経済は厳しい状況に直面している。
同様の状況は必ずしも産油国ではないものの、世界有数の
資源国として知られる豪州や南アフリカなどでもみられて
いる。2000 年代の世界経済は資源効率の悪い新興国をけん
(出所)THOMSON REUTERS より第一生命経済研究所作成
引役に経済成長を実現してきたため、資源価格の上昇が資源国経済の追い風になる展開が続いてきた。しかし、
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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足下では新興国経済が一時の勢いを失う一方、いわゆる『シェール革命』などを通じて世界的な資源供給は拡
大基調を強めている。しかし、近年資源需要を急拡大させてきた中国経済が息切れし、先行きも需要回復が見
込みにくくなるなど、世界的な需給が緩むとの見方が強まったことは、世界的な資源価格の下押し圧力に繋が
っている。国際金融市場においては米国FRB(連邦準備制度理事会)による利上げ時期に注目が集まり『ド
ル高』が意識されるなか、ボラティリティが高い新興国などから資金を引き揚げる動きがくすぶっている。特
に、景気が資源価格の動向に左右されやすい資源国ではこうした傾向が強まっており、インドネシアでも海外
資金の流出を受けて通貨ルピア相場が下落するなどの動きが出ている。また、同国は『アジア通貨危機』の発
火点であった上、経済構造の脆弱性を理由に昨年来の国際金融市場の動揺で資金流出圧力が強まった『フラジ
ャイル・ファイブ』の一員であることもこうした動きに拍車を掛けている。通貨ルピア安は内需をけん引役に
経済成長を実現してきた同国にとって、輸入物価を通じてインフレ昂進を招いて内需の足かせになる懸念があ
る。資源価格の下落による交易条件悪化で国民所得に下押し圧力が掛かるなか、物価上昇で実質購買力が一段
と下押しされることは、先行きのインドネシア経済の重石になることは避けられないと考えられる。
《構造改革でプラス評価がある一方、インフレ昂進への対応も迫られるなど難しい政策対応に直面している》
 インドネシア経済にとっては幅広い資源価格の下落が足かせとなるなか、今年 10 月に誕生したジョコ・ウィ
ドド新政権は難しい政策の舵取りが迫られている。同政権は先月、長年に亘り財政上の課題となってきた燃料
補助金の削減に踏み切るなど、発足当初から構造改革を前進させる取り組みをみせている。同国では産油国で
あった頃の名残として、純輸入国になった後も燃料に補助金を与えることで価格を抑える政策が採られてきた。
しかし、ここ数年は世界的な原油価格の上昇に伴い補助金総額が肥大化する状況が続き、今年度予算では燃料
補助金が歳出の 15.1%を占めるなど財政悪化を招く一因に
図 3 インフレ率の推移
なってきた(当初予算では 12.6%とされたが、その後原油
市況の高止まり反映して 15.1%に修正)。さらに、燃料価
格を低く抑えることによる需要増は原油輸出の足かせとな
るとともに、原油輸入を拡大させて貿易収支の悪化に繋が
ってきた。このことは、同国が財政赤字と経常赤字の『双
子の赤字』を抱えるなどファンダメンタルズを悪化させて
おり、国際金融市場の動揺に際して同国が資金流出の『標
的』にされる要因となってきた。その一方で、燃料補助金
の削減に伴い燃料価格は大幅な引き上げを余儀なくされて
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 4 内外資別投資実行額の推移
おり(ガソリンは約 31%、軽油は約 36%上昇)、足下では
インフレ率が再び中銀の想定する中期目標を大きく上振れ
する事態に直面している。燃料価格引き上げによる影響は
一時的なものに留まる一方、今後は進行するルピア安によ
る輸入物価の上昇圧力が重なることで、インフレ率の高止
まりがしばらく続く可能性はある。特に、燃料価格の引き
上げに伴い近年大きく拡大してきた自動車や二輪車などの
販売が大きく落ち込むことが見込まれることから、当面は
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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同国内の生産動向などにも下押し圧力が掛かりやすい展開は避けられないであろう。ただし、政府は燃料補助
金の削減により生じた余剰資金を、負担増が直撃する低所得者向けの教育・医療の充実のほか、慢性的に不足
するインフラ拡充に振り分ける方針を明らかにしている。近年の経済成長のけん引役である個人消費などへの
影響はあろうが、その一方でインフラ拡充などを通じて投資環境整備が進むことは、海外からの直接投資の受
け入れを促すと期待される。事実、足下では新政権発足に伴う構造改革期待を背景に海外からの投資流入が活
発化する動きもみられており、政府が今後も改革を通じた着実な効果を挙げることが出来れば、投資が景気を
押し上げる好循環も見込まれる。政府は今月初めに足下の原油価格の一段の下落を理由に燃料補助金を一段と
削減する方針を示しており、これが実現すれば、来年度当初予算において燃料補助金が歳出全体の 15.4%と
されている状況に歯止めを掛けられよう。なお、燃料価格の再上昇は自動車などの販売をさらに下押しする懸
念があるほか、実質購買力の低下を通じて個人消費全体を鈍化させ、景気の足かせになる可能性はある。ただ
し、燃料の過剰消費は同国経済の構造的な悪化要因になっており、来年には米国FRBによる利上げ実施も見
込まれており、現政権が構造問題に前向きに取り組んでいることへの国際金融市場の評価は必ずしも低くない。
その一方、同国の景気自体が弱含むことは、世界的なマネーがかつてない水準に膨張するなかで心理的な萎縮
を通じて資金流出を招くリスクもあるため、経済政策を通じた対応には細心の注意が求められる。ジョコ・ウ
ィドド政権の経済閣僚は実務家中心の布陣が組まれており、これは専門能力の低い政治家出身の閣僚が汚職や
腐敗の温床になるなど、歴代政権が国民の信認低下を招いてきたことへの対応と、対外的な信認向上を目指し
たことが影響している。なお、現政権は公約として経済面における『自立』を掲げており、来年には向こう5
年の開発計画となる『中期開発計画』が発表される。ただし、これまで発表された公約などをみると、インフ
ラ重視などを通じて潜在力の向上を図る動きがみられる一方、エネルギーや資源関連を中心に国内志向を強め
る姿勢もみえる。さらに、同国初となる庶民出身の大統領ゆえに分配重視の姿勢もうかがえるが、国内志向を
強めることで競争力が低下して経済のパイが縮小する事態となれば、分配に必要な原資をも失うリスクがある。
同政権にとっては、短期的な景気維持のみならず、国内経済の構造転換を通じた将来的な潜在成長力の向上を
図るというバランスの採れた政策運営が求められよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。