じわじわと進むトルコの景気減速 ~今後は弾圧やそれに伴う外交関係の

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
じわじわと進むトルコの景気減速
~今後は弾圧やそれに伴う外交関係の厳しさも景気の重石になろう~
発表日:2016年9月12日(月)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 7月に発生したクーデター未遂は早期に沈静化されたものの、その後はエルドアン大統領を中心に関係者
及び企業への弾圧を強めるなか、実体経済への悪影響が懸念されている。ただし、クーデター前にも拘ら
ず4-6月期の実質GDP成長率は一段と減速感を強める内容となった。大幅賃上げによる個人消費押し
上げの効果が一巡したほか、ロシアの経済制裁などは輸出を下押しする一方、公共支出の拡大が景気を下
支えしている。先行きの景気については弾圧の影響や治安を巡る不透明感を反映して企業マインドが一段
と悪化するなか、国内外で大きく反転する材料に乏しいなど難しい状況に直面していると判断出来る。
 足下のトルコは景気減速と物価高が共存するスタグフレーションに陥っており、通貨リラ安に伴う輸入イ
ンフレが影響している。年明け以降の原油相場の上昇を受けて経常赤字が再び拡大するなどファンダメン
タルズが悪化する一方、主要格付機関のうち2社が依然『投資適格』を維持している上、国際金融市場が
落ち着きを取り戻したことで足下のリラ相場は安定している。ただし、外部環境の改善を受けて中銀は政
策スタンスを緩和姿勢に転じており、環境が一変すれば事態が混乱するリスクも抱える。外交面での関係
悪化が実体経済に悪影響を及ぼす可能性もあり、先行きの景気には下押し圧力が掛かりやすくなろう。
 7月に発生したクーデター未遂は早期に沈静化されたことで、トルコ経済に対する悪影響は限定的との見方が
多い一方、その後はエルドアン大統領を中心に関係者に対する弾圧の動きが強まっているほか、その動きに伴
って関係が疑われる企業に対して政府が接収の動きをみ
図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
せており、その後の実体経済に悪影響が広がることが懸
念されている。こうしたなかで発表された4-6月期の
実質GDP成長率は、クーデター未遂の前というタイミ
ングにも拘らず同国経済がじわじわと減速基調を強めて
いることがあらためて確認される内容となった。成長率
は前年同期比+3.1%と前期(同+4.7%)から減速して
5四半期ぶりの低い伸びに留まり、前期比年率ベースで
も+1.21%と辛うじてプラス成長を維持しているものの、
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
前期(同+2.65%)から一段と減速し、国際金融市場の動揺に伴う世界的なリスクマネー縮小の動きが同国経
済の下押し圧力となった 2014 年7-9月期以来の低い伸びとなった。前期については、昨年 11 月に行われた
出直し選挙に際して与党公正発展党(AKP)が選挙公約とした大幅賃上げの実施に伴い家計部門の実質購買
力が向上し、隣国シリアから流入した大量の難民による消費も個人消費の押し上げに繋がったものの、今期に
ついては早くも息切れ感が出ている。さらに、隣国シリアに対する爆撃に関連して昨年末にトルコ軍がロシア
軍機を撃墜したことに端を発し、ロシアがトルコに対する経済制裁を課す事態となり、元々トルコの輸出に占
めるロシア向け比率は3%弱程度に満たないものの、これが年前半だけで前年比6割減と大きく搾られたこと
で輸出に下押し圧力が掛かった。また、輸出全体に占める割合は依然2%にも満たないものの、ここ数年は存
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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在感を増してきた中国向け輸出が中国の景気減速に伴い年前半で前年比2割減と下押し圧力が掛かったことも
輸出の足かせになっている。一方、政府主導による公共投資促進に向けた動きに加え、景気や周辺国を含む地
政学リスクを巡る不透明感にも拘らず外資を中心に堅調な直接投資の流入が続くなか、企業による設備投資に
も底堅い動きがみられるなど、固定資本投資の拡大は成
図 2 製造業 PMI の推移
長率の押し上げに寄与している。しかしながら、足下に
おいては製造業を中心とする企業マインドはクーデター
未遂後における政府の弾圧激化の動きと歩調を併せるよ
うに悪化の度合いを強めており、企業による設備投資意
欲が回復基調を強めるかは不透明なところが多い。分野
別でも、個人消費の一服を反映して小売・卸売をはじめ
とするサービス関連に下押し圧力が掛かったほか、輸出
の低迷も相俟って製造業の生産も力強さに乏しい状況が
(出所)Markit より第一生命経済研究所作成
続いている。また、隣国シリア情勢の悪化やロシアとの関係悪化などを受けて年前半の観光客数は前年比で約
3割も減少したことで、観光セクターは大打撃を受けることとなり、このことも景気の足を引っ張る一因にな
っている。足下においてはクーデターに関連する問題は一巡しているほか、先月にはエルドアン大統領とロシ
アのプーチン大統領との会談が行われるなど関係改善が大きく進む動きがみられる一方、隣国シリアを巡って
はトルコがISに対する空爆を名目にクルド人排除に向けた動きを強めており、欧米との関係悪化に繋がるリ
スクはくすぶる。年前半の経済成長率は前年比+3.9%と昨年通年の成長率(同+4.0%)から一段と減速し、
政府が掲げる今年の成長率目標(同+4.5%)の達成は極めて難しくなるなか、トルコ経済を取り巻く環境を
勘案すれば先行き大きく反転に向かうかも極めて不透明な状況にあると判断出来よう。
 このように景気は減速基調を強めているにも拘らず、足下のインフレ率は中銀が定める目標を大きく上回る水
準で推移するなどトルコ経済はスタグフレーションに直面している。この背景には過去数年に亘って通貨リラ
相場が下落基調を強めたことで定常的に輸入インフレ圧力が掛かりやすいことが影響している一方、昨年半ば
以降はユーロ相場が下落基調を強めるなか、足下において実効ベースでみたリラ相場は落ち着きを取り戻して
いる。ただし、一昨年後半以降長期に亘って続いてきた原油相場の下落は、中東をはじめとする海外からの輸
入に依存する同国にとってインフレ圧力の後退や経常赤字の縮小に繋がることが期待されるものの、年明け以
降の原油相場が底入れ感を強めるなか、足下では再び経
図 3 経常収支の推移
常収支の赤字幅が拡大する動きがみられるなど、経済の
ファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化が警戒されて
いる。直近8月のインフレ率は前年同月比+8.05%と前
月(同+8.79%)から減速しているほか、コアインフレ
率も同+9.39%と前月(同+9.48%)から減速するなど
頭打ちの兆 候が出ているものの、 中銀が定める目 標
(5%)を大きく上回る水準にあり、中銀にとっては慎
重な政策運営が求められる状況には変わりがない。なお、
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
同国の格付を巡っては主要格付機関であるS&P社は同国の長期信用格付を『投資不適格』級に当たる「BB」
としている一方、ムーディーズ社(「Baa3(ネガティブ)」)とフィッチ社(「BBBマイナス(ネガテ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ィブ)」)はともに先行きの利下げ実施に含みを持たせつつも、依然として『投資適格』級を維持している。
足下では欧州や日本など主要国による量的金融緩和政策の影響で一段と「カネ余り」感が出ていることに加え、
米国による利上げ実施時期を巡る思惑を反映して国際金融市場が落ち着きを取り戻すなか、先進国を中心に利
回りの低下が顕著になるなかで投資家を中心に収益機会
図 4 リラ相場(対ドル、円)の推移
を求める動きが強まっており、この動きを反映する形で
クーデター未遂直後に大きく調整したリラ相場は回復感
を強めている。ただし、このように金融市場が落ち着き
を取り戻していることに伴いリラ相場に対する調整圧力
が後退していることを受け、中銀は主要政策金利を据え
置く姿勢を維持する一方で短期金利のコリドーの上限を
下げ続けるなど、景気に配慮する形で徐々に緩和に向け
て政策スタンスをシフトさせる動きをみせている(詳細
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
は8月 24 日付レポート「トルコ中銀、「綱渡り」の金融政策」をご参照ください)。こうした同行の姿勢は、
国際金融市場が落ち着きを取り戻すなかで通貨リラ相場が安定していることを受け、金融政策の軸足が物価抑
制重視から景気重視にシフトしていることを示唆している可能性がある。事実、今月6日に同行は突如預金準
備率を 50bp 引き下げるとともに、金融機関に対して預金準備として外貨や金の保有を認めているリザーブ・
オプション・メカニズムの係数を変更し、金融市場に 12 億リラ及び 6.7 億ドルの資金供給を行うことを決定
している。ただし、こうした姿勢は一度環境が大きく変化した場合にはその影響を大きく増幅させるリスクが
あることには注意が必要である。格付機関が懸念する国内政治動向については、クーデター未遂を経て反って
結束が強まっている面があるなど混乱が広がる可能性は低下している。また、ロシアとの関係修復も経済的に
はプラスとみられる一方、政府による弾圧強化の動きに加え、IS掃討に名を借りた実質的なクルド人排除を
受けてEU内ではトルコへの反発が強まっており、トルコ政府がクーデターの首謀者として名指しするギュレ
ン師の扱いを巡り米国との間で平行線が続いている。欧米との関係悪化による外交関係の躓きをきっかけに、
EU向けの輸出拠点として足下では依然底堅い動きが続く対内直接投資が滞る事態となれば、実体経済への悪
影響のみならず、巨額の経常赤字を抱えるなど対外バランスの脆弱な同国にとっては国際金融市場の動向に影
響を受けやすい体質が一段と顕著になることも懸念される。折しも、足下では米国の利上げ実施時期に対する
見方が大きく変化することも予想されるなど国際金融市場が動揺するリスクに直面しつつあり、ファンダメン
タルズが脆弱、かつ先行きの格下げも懸念されるリラ相場はその影響が出やすくなることも懸念される。そう
した動きは実体経済にとって一段と重石となることも予想されよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。