Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
当面の豪ドル相場は上値の重い展開へ
~インフレに底打ちの兆候も、さらなる緩和期待が残る可能性~
発表日:2016年7月27日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の豪州経済にはディスインフレ懸念がくすぶる一方、物価安定を追い風にした内需が底堅い景気拡大
を促す展開もみられる。国際金融市場が「流動性相場」の様相を呈するなか、相対的に利回りが高い同国
には資金流入が続いており、豪ドル相場は底堅い展開をみせている。直近のインフレ率は一段と減速した
が、コアインフレ率に底打ちの兆しが出ており、来月2日の次回会合では金利据え置きの可能性も残る。
 ただし、先行きの景気に明るい材料は多くない。今月初めに実施された総選挙で与党は辛勝したが、議会
の「ねじれ」解消は叶わず、財政健全化の取り組みが遅れる可能性が高い。格付機関のなかには先行きの
格下げを示唆する動きもあり、財政健全化は喫緊の課題になりつつある。よって、金融政策に一段の緩和
圧力が掛かる事態も見込まれ、当面の豪ドル相場(対米ドル)は一進一退の展開が続くと予想される。
 足下の豪州経済を巡っては、原油をはじめとする国際商品市況の低迷が長期化していることに加え、最大の輸
出相手である中国経済の減速などを理由に雇用への調整圧力が高まる動きがみられ、それに伴って物価上昇圧
力が後退しており、先行きのディスインフレを招くとの懸念がくすぶっている。その一方、物価安定による家
計部門の実質購買力の向上や金利引き下げなどの動きは個人消費の堅調さを促しているほか、足下では中国経
済が比較的安定していることも追い風に輸出が底堅さをみせている上、政府が今年度予算において景気を重視
する姿勢をみせていることも公的部門の消費や投資の押し上げに繋がり、結果的に足下の景気は底堅さを維持
している。こうしたなか、国際金融市場においては英国のEU離脱を巡る動きが不透明さに繋がることが懸念
されたものの、主要国による市場安定化に向けた協調姿勢に加え、懸案であった米国の利上げ実施の時期が一
段と後ろ倒しされるとの観測も重なり落ち着きを取り戻している。他方、日本や欧州におけるマイナス金利政
策などの影響で主要国では軒並み金利が低下、ないし埋
図 1 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
没するなど投資家の収益環境が厳しさを増すなか、国際
金融市場は「流動性相場」の様相を呈しており、相対的
に利回りを得やすい新興国や資源国などへの資金移動が
活発化する動きが出ている。豪州においては、5月に準
備銀が事前予想に反して利下げを実施した際にその理由
として「想定以上にインフレ圧力が後退している」こと
を挙げたことから、その後に豪ドル相場は大きく調整す
る場面がみられたものの、足下においては上述のような
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
景気の堅調さを理由に豪ドル相場についても比較的底堅い動きが続いている。これは仮に先行きにおいて利下
げが実施される事態となっても、インフレ率が一段と低下していることで実質金利が世界的にみて相対的に高
く、収益を上げやすい環境にあることは、海外からの資金流入を促す一因になっていると考えられる。こうし
たなかで発表された4-6月のインフレ率は前年同期比+1.0%と前期(同+1.3%)から一段と減速する一方、
政府及び準備銀がコアインフレ率として認識する「トリム平均値ベース」では同+1.7%と前期(同+1.7%)
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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から横這いで推移し、長期的な傾向を示す「加重中央値
図 2 インフレ率の推移
ベース」も同+1.5%と前期(同+1.5%)から横這いで
推移するなど底打ちを示唆する動きがみられる。また、
足下の物価は食料品価格の下落が続いているほか、原油
相場の低迷長期化などを受けてエネルギー価格も下落基
調が続くなど生活必需品を中心に物価安定が続く一方、
このところの豪ドル相場の下落により輸入物価に上昇圧
力が高まりつつあるほか、一部のサービス物価に上昇圧
力が高まる動きがみられる。足下のインフレ率及びコア
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
インフレ率はともに準備銀が定めるインフレ目標(2~3%)の下限を下回る水準に留まっているが、景気は
堅調な推移をみせていることに加え、インフレ率の底打ちを示唆する動きが確認されたことで、来月2日に予
定される次回の金融政策委員会において同行は政策金利を据え置く可能性も残っていると言えよう。
 ただし、先行きの豪州経済については必ずしも明るい材料が待ち受けているとは考えにくい。今月初めに実施
された総選挙は稀にみる大接戦となり、結果的に与党保守連合が辛うじて過半数を確保することは出来たもの
の、選挙前と比較すると保守連合は 20 議席近くを失うなど厳しい状況に追い込まれた。ターンブル首相は今
回の選挙を通じて議会上下院における「ねじれ状態」の解消を狙ったと考えられていたが、選挙戦を通じて最
大野党である労働党は「与党保守連合政権は公的負担医療制度
図 3 党派別議席数(代議院)
(メディケア)の民営化を計画している」とのネガティブキャン
ペーンを大々的に展開したことも影響して、結果的に議会上院に
おいて保守連合は議席全体の半数以上を獲得することは出来ず、
選挙後も「ねじれ状態」が残る事態となっている。保守連合が単
独過半数を獲得したことでターンブル政権はそのまま留任するこ
とになるなど、政策の方向性が大きく変化することはない一方、
上述の通り「ねじれ状態」が続くこととなり、当初において期待
された政策遂行能力の向上は見通しにくくなっている。なお、今
月から対象年度が始まった今年度予算では、中小企業を対象にし
(出所)各種報道などより第一生命経済研究所作成
た法人税減税や中間所得層を対象に減税が実施されるなど、過去数年に比べて景気を重視する予算配分が行わ
れる一方、高額所得者に対する所得増税や資産課税強化のほか、多国籍企業に対する課税強化などを通じて財
政悪化に歯止めを掛ける姿勢をみせている。しかしながら、主要格付機関は今回の総選挙を経て政権基盤が以
前に比べて脆弱になったことを受け、先行きの財政運営について中長期的な黒字転換に向けた構造改革の実現
が難しくなりつつあるとの認識を示している。現時点において主要3機関はいずれも同国の長期信用格付を最
上級で据え置いているものの、S&P社は見通しを「ネガティブ」に引き下げており、先行きの判断について
は「公的部門が財政赤字の大幅縮小を実現させるとともに、議会において 2020 年代初めまでに財政均衡を実
現させる措置が講じられる見通しが立たなければ、2~3年以内に 75%の確率(3対1の割合)で格下げを
実施する」との考えを示している。今年度予算では上述のように景気を重視する観点から減税などを通じて所
得配分の是正に取り組むとともに、インフラ投資の拡充などを実施する姿勢が採られているが、先行きについ
ては構造改革を伴う大胆な歳出削減などの取り組みが必要になるが、現時点においてその実現性を望むことは
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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極めて難しい。最大の輸出先である中国経済が以前のような勢いを取り戻すことは難しく、外需主導による景
気回復の道のりを描くことはほぼ不可能とみられるなか、先行きは景気下支えの観点から準備銀に対して一段
の金融緩和を求める圧力が強まることも予想され、そうした見方は豪ドル相場の上値を重くすることが考えら
れる。したがって、当面の豪ドル相場については米ドルに対して底堅い展開が見込まれるものの、上値も重く
一進一退の様相を呈する可能性は高いと予想される。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。