シリーズ:供給制約を打ち破れ① ~潜在成長率の

EY Institute
07 April 2015
執筆者
鈴木 将之
EY総合研究所株式会社
経済研究部
エコノミスト
<専門分野>
► 日本経済の実証分析・予測
► 産業関連分析
シリーズ:供給制約を打ち破れ①
~潜在成長率の底上げが喫緊の課題
供給の天井が視野に入る
2012年末からの景気回復局面で、供給の天井が思った以上に下がっていたことが明らかに
なった。供給の天井、すなわち潜在成長率の低下は、経済成長の足かせとなるなど、悪影響が
目立っている。そのため、潜在成長率の底上げが、課題として認識されるようになった。
供給の天井が顕著に低下してきたのは、労働市場だった。景気回復によって、労働需要が拡
大すると、需給がすぐにひっ迫してしまうほど、労働供給が伸び悩んできたことが原因だ。この背
景には、主に働き手として活躍する15~64歳の生産年齢人口は、1990年代末にすでにピーク
を打っていたことがある。しかし、その時期が、いわゆる「失われた20年」に含まれていることも
あって、労働供給の減少はこれまで覆い隠されてきた。
しかし、12年末からの景気回復で、そのベールがはがされ、人手不足が顕在化した。景気回復
に加えて、12年はちょうど団塊の世代が65歳を迎え、本格的に労働市場から退出しはじめた時
期に重なった影響も大きかった。また、若年世代の人口自体が減ってきたこともある。
このような労働需給のひっ迫感は、例えば14年の完全失業率が3.6%と、97年の3.4%に近づく
ほど低水準になったこと(総務省『労働力調査』)や、14年の有効求人倍率が1.09倍と91年の
1.40に次ぐ高水準になった(厚生労働省『一般職業紹介状況』)ことからもうかがえる。これより、
日本経済は、完全雇用に近い状況とみられる。現在の完全失業率は、雇用ミスマッチなどの構
造的失業率であり、これ以上の失業率の低下は景気回復のみによっては望めない。
こうしたことを踏まえると、何らかの手段で、労働供給の制約を打破しないかぎり、潜在成長率
を底上げすることはできないことになる。
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勢いを欠く設備投資
こうした中、期待されるのは、設備投資である。自動化などをはじめとした省人化投資によっ
て、人手不足を乗り越えられる可能性があるからだ。それに対して、内部調達資金の目安となる
キャッシュフローを下回るなど、これまで設備投資が伸び悩んできたという事実もある。
設備投資の伸び悩みは、短期的に需要サイドから実質GDP、また中長期的に供給サイドから
潜在GDP、経済成長の重荷になっている。また、技術進歩を含む生産性の向上が鈍化する恐れ
もある。これまで、製造業を中心に、主に労働コスト削減を狙った生産拠点の海外移転に加え
て、為替レートの変動リスクへの対応策や、地産地消を進めるための海外展開が増えてきたこと
が、設備投資鈍化の一因だ。また、リーマンショック後の経済停滞の中で、研究開発投資が抑え
られてきたこともあげられる。それらは、企業からみれば合理的であるものの、日本経済全体か
らみれば、設備投資が伸び悩む結果となった。これらを踏まえると、経済成長を底上げするため
に、研究開発投資や設備投資などを増やしていくことが課題といえる。
アベノミクス第3の矢・成長戦略は、設備投資をリーマンショック以前の70兆円まで回復させる
ことを目標に掲げている。ただし、そのハードルは必ずしも高いものではない。目標を掲げた当
初、設備投資を約10%増やせば達成できる程度であり、14年には69.4兆円とあと一歩のところ
まで回復しているからだ(内閣府『四半期別GDP速報』2014年10-12月期第2次速報)。
ただ14年の設備投資の回復ペースは、順調とはいえなかったことも事実だ。設備投資は、14
年度の計画通りに増えていないということよりも、消費税率引き上げ後の4-6月期に前期比
▲5.0%と落ち込んでから、7-9月期(同▲0.2%)、10-12月期(同▲0.1%)と減速している。
その原因として、消費税率引き上げ後に内需が弱かったことに加えて、為替レートが円安に
なっても、企業の海外進出意欲が衰えていないことがあげられる。実際、製造業は、海外現地生
産比率を13年度の22.3%から、19年度に26.2%まで引き上げることを想定するなど、海外投資
に意欲的な姿がうかがえる(内閣府『平成26年度企業行動に関するアンケート調査』)。
足もとでは、設備投資の先行きには明るさも見え始めた。設備投資に先行する民需(船舶・電
力を除く)の機械受注額は、14年11月~15年1月にそれぞれ前月比+1.3%、同+8.3%、同
▲1.7%と緩やかに回復している(内閣府『機械受注統計』)。また、設備投資とほぼ同じ動きをす
る資本財出荷(除く輸送機械)が15年1月に前年同月比+12.8%と増えた(経済産業省『鉱工業
生産指数』)。
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シリーズ:供給制約を打ち破れ①
~潜在成長率の底上げが喫緊の課題
物価のみ上昇という悪影響の回避を
需要の拡大に供給が追い付かない状況では、物価のみが上昇しやすくなることが懸念される。
つまり、物価のみが上昇して、経済が成長しないスタグフレーションに陥る恐れがある。その状
態を回避しようと、公共事業などによって従来型の景気対策を打っても、すぐに供給の天井にぶ
つかってしまうため、効果が限られる。このように財政政策の効果が出にくい状態で、仮に不況
に陥れば、その痛みを緩和できない恐れがある。
そこで、本シリーズでは、潜在成長率の底上げについて考える。特に、潜在成長率を構成する
労働要因、設備投資などの資本ストック要因や、技術進歩などを含む生産性要因から供給制約
に注目し、日本企業・経済の今後の対策を検討する。
図 実質GDPと潜在GDPの推移
出典:内閣府「四半期別GDP速報」、「今週の指標 No.1110 2014年7-9月期GDP
2次速報後のGDPギャップの推計結果について」よりEY総合研究所作成
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シリーズ:供給制約を打ち破れ①
~潜在成長率の底上げが喫緊の課題
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