EY Institute 26 February 2016 シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス インセンティブとしての役員報酬: その制度設計および運用の状況 執 筆 者 EY 総合研究所では、「シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス」と して関連する情報を発信している。本稿では役員報酬に関わる問題意識を確認、わが 国における設定状況について検証する。 役員報酬に関わる議論の高まり コーポレートガバナンス・コード(以下、CG コード)※ 1 の補充原則 4-2 ①は、 経営陣の報酬について「中長期的な業績と連動する報酬の割合」「現金報酬と自社株 報酬との割合」を適切に設定すべきとしている。同原則からは、わが国企業には業績 藤島 裕三 EY 総合研究所株式会社 未来経営研究部長 主席研究員 連動報酬および自社株報酬が普及していない、積極的に導入するべきだという批判が 透けて見える。 一般にわが国企業の役員報酬は米国と比較して 10 分の 1 程度にすぎないと言わ れるが、基本報酬(多くの場合は固定報酬)に限って見ると大差ない。賞与や株式な ど変動報酬の金額が圧倒的に少なく、 「健全な企業家精神の発揮に資するようなイン センティブ」(CG コード原則 4-2)として役員報酬が機能することを阻害している <専門分野> • コーポレートガバナンス • 敵対株主対応 • IR と指摘される。 このような状況の下、コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究 会(経産省)は 2015 年 7 月 24 日発表の報告書※ 2 で、「中長期的な企業価値向上 のためのインセンティブ創出」を実現するため、役員報酬に関して以下の問題提起を 行った。 • 業績連動型の報酬を付与した場合における損金算入の可否といった税制上の論点 • 金銭報酬債権を現物出資する方法を用いて株式報酬を導入する場合の法的論点 Contact EY 総合研究所株式会社 03 3503 2512 [email protected] 上記の論点をクリアするため、政府および関係省庁は議論・調整を続けている。 16 年 6 月の株主総会シーズンにおいては、何らかの新たな報酬スキームが導入可能 となるだろう。上場会社にとっては選択肢が広がると同時に、自社の企業価値向上に 資する役員報酬の在り方を検討、実効的な取り組みに向けて着手することが求められ よう。 わが国企業における役員報酬の状況 本稿においては以下、東証一部上場企業※ 3 を対象として、役員報酬に関わる制度設計および運 用の状況について、主にコーポレートガバナンスに関する報告書(以下、CG 報告書)による関連 データ※ 4 を用いて分析する。 役員報酬の決定方針(東証一部) 「報酬の額又はその算定方法の決定方針の有無」について、過去 5 年間の推移を確認したところ、 2015.3 時点で 81.9% の企業が同方針を有している<図 1 >。各年度の変化は決して大きくな いが、2012.3 は前期比 4.1 ポイント、2015.3 は同 2.4 ポイントと比較的、改善の度合いが顕 著だった。前者は開示府令※ 5 の対応が遅れていた企業によるキャッチアップ、後者は CG コード の運用開始に備えた企業の取り組みが反映されたと見られる。 図 1 報酬の額又はその算定方法の決定方針の有無 100% 80% 無 26.8% 22.7% 21.3% 20.5% 18.1% 有 73.2% 77.3% 78.7% 79.5% 81.9% 2011.3 2012.3 2013.3 2014.3 2015.3 60% 40% 20% 0% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 東 証 株 価 指 数 の 対 象 銘 柄 で 区 分 す る と、TOPIX100 で は 97.8%(2015.3 時 点 )、 TOPIX500 でも 91.2%(同)が「有」としており、規模が大きいほど対応が進んでいることが 分かる。一方で改善が顕著な年度については、TOPIX100・500 とも必ずしも東証一部全体の傾 向と合致しない。規模の小さい企業は規制改革に後押しされる形で対応に着手する傾向があるが、 規模が大きいと規制改革とは無関係に独自のペースで取り組む様子がうかがえる。 EY Institute 2 インセンティブとしての役員報酬:その制度設計および運用の状況 インセンティブ施策:全体の傾向(東証一部) 「取締役へのインセンティブ付与に関する施策」の有無を確認したところ、2015.3 時点で 64.5% が何らかの施策を有している<図 2 >。逆に言えば、全体の 3 分の 1 に達する企業が未 だインセンティブ施策を導入していない。TOPIX100 は 89.2%、TOPIX500 は 81.3% が同施 策を有しており、やはり時価総額が大きいほど対応が進んでいる。 図 2 取締役へのインセンティブ付与に関する施策の有無 100% 80% 無 42.2% 40.9% 39.8% 38.5% 35.5% 有 57.8% 59.1% 60.2% 61.5% 64.5% 2011.3 2012.3 2013.3 2014.3 2015.3 60% 40% 20% 0% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 2015.3 におけるインセンティブ施策の具体的な内容を確認すると、「ストックオプション」が 最も多く 3 分の 1 近くに達する<図 3 >。この傾向は TOPIX100・500 においても同様で、 TOPIX100 では半数超に達する。退職慰労金廃止の受け皿として株式報酬型ストックオプション を導入したケースが多いと考えられる。一方で業績連動は 2 割に満たない。連動させる指標など、 要検討事項が多いことが導入の遅れの原因として指摘されよう。なお「その他」としては、役員持 株会や信託を活用した株式報酬などが見られる。 図 3 インセンティブ付与に関する施策の実施状況 業績連動 17.3% ストックオプション 31.1% その他 24.6% インセンティブなし 35.5% 0% 10% 20% 30% 40% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 EY Institute 3 インセンティブとしての役員報酬:その制度設計および運用の状況 インセンティブ施策:業種別の状況(東証一部) 2015.3 における「業績連動型報酬制度」 「ストックオプション」の導入状況につき、業種別(企 業数が 10 社超に限定)で細分化したところ、それぞれ 5 ∼ 32%、7 ∼ 53% の分布となった<図 4・ 5 >。両者を比較するとストックオプションの方が、全体の導入割合が高いことに加えて、業種ご とのバラツキも大きいといえる。 業種別の業績連動型報酬を平均時価総額で分析すると、トップ 3(輸送用機器、医薬品、陸運業) はいずれも下位に止まっている<図 4:青>。同報酬は少なくとも規模との関連性は低いと言えそ うだ。一方でストックオプションを外国人株主比率で分析すると、トップ 3(輸送用機器、電気機 器、医薬品)が上位に入ってくる<図 5:青>。同報酬は株主利益を重視する姿勢の説明力が高く、 株主構成が影響することは容易に想像できよう。 図 4 業種別の業績連動型報酬制度 全業種 図 5 業種別のストックオプション 全業種 17% 非鉄金属 32% その他金融業 30% 証券 24% 電気機器 22% 銀行業 53% 電気機器 43% 証券 43% 輸送用機器 42% ガラス・土石製品 21% 不動産業 39% 食料品 21% 精密機器 39% 情報・通信業 21% 情報・通信業 銀行業 21% サービス業 小売業 19% 医薬品 その他製品 19% 食料品 機械 18% ガラス・土石製品 精密機器 17% その他金融業 37% 36% 34% 32% 31% 30% 化学 16% 卸売業 30% 医薬品 16% 小売業 29% 鉄鋼 15% 繊維製品 繊維製品 15% 化学 卸売業 15% 機械 26% 陸運業 15% その他製品 26% 輸送用機器 13% 電気・ガス業 サービス業 12% 非鉄金属 建設業 11% 陸運業 金属製品 10% 鉄鋼 倉庫・運輸 9% 電気・ガス業 10% 25% 21% 21% 19% 14% 建設業 5% 0% 27% 26% 倉庫・運輸 6% 不動産業 12% 金属製品 20% 30% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 EY Institute 31% 4 7% 0% 10% 20% 30% 40% 50% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 インセンティブとしての役員報酬:その制度設計および運用の状況 変動報酬割合(TOPIX100) ここでは TOPIX100 を構成する大企業に絞り、有価証券報告書「報酬等の種類別の総額」に記 載された社内取締役・執行役の報酬内訳につき分析する。基本報酬と退職金その他を固定報酬、賞 与とストックオプションなど株式報酬を変動報酬とした場合、2015.3 の変動報酬割合は 32.3% と前年から 2 ポイント弱の低下となった<図 6 >。これは退職慰労金が急増したためで、金額と しては基本報酬が減る一方で賞与が増加している。 図 6 社内取締役・執行役の報酬内訳 2014.3 65.4% 2015.3 0.4% 60.6% 0% 20% 23.1% 7.1% 40% 23.2% 60% 基本報酬 11.1% 退職金その他 賞与 9.1% 80% SO/株式報酬 100% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 次に変動報酬割合との相関性が想定される要素につきクロス分析を試みた。まず社外取締役の比 率が高い企業では変動報酬割合が高い<図 7 >。報酬ガバナンスに対して社外取締役の規律付け が働いている可能性が指摘できる。また、ROE が高い企業でも変動報酬割合が高く、その傾向は 2014.3 より 2015.3 の方が顕著である<図 8 >。ROE など成果を重視する経営姿勢が徐々に 根付くとともに、役員報酬に反映させる取り組みも積極化しているのかもしれない。 図 7 社外取締役の比率と変動報酬割合 図 8 ROE と変動報酬割合 50% 50% 2014.3 2015.3 40% 34.5% 27.9% 30% 21.7% 20% 40.7% 28.2% 37.0% 32.6% 20.5% 10% 10% 0% 0% 20%未満 20%以上 40%以上 60%以上 5 2015.3 27% 30% 20% 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 EY Institute 2014.3 40% 16% 31% 32% 26% 27% 27% 5%以上 10%以上 15%以上 24% 5%未満 出典:日経 ValueSearch より EY 総合研究所作成 インセンティブとしての役員報酬:その制度設計および運用の状況 「真のグローバル化」のために わが国におけるコーポレートガバナンスの議論は、社外取締役と ROE を軸に展開されてきた。 しかしグローバル投資家にとっては少なからず、これらが論点となること自体に違和感を禁じ得な いようである。資本主義が発達した国々(特に米英)では、独立した社外取締役がゼロまたは若干 名しかいない、ROE が 5% 未満など資本コストを満たしていない、といった上場会社が当たり前 のように存在している状況は、まず見られない。社外取締役や ROE は、わが国特有の「ローカル・ イシュー」なのである。 一方でグローバルな議論のメインストリームといえる役員報酬については、時価総額の大きい企 業を中心に決定方針の整備、インセンティブ施策の導入が進展してはいるものの、全体に占める変 動報酬割合は依然として低く、資本市場に対して十分な説明力を有しているとは言い難い。また CG 報告書で業績連動型報酬があるとする TOPIX100 企業は 4 分の 1 程度に止まり、それらは 必ずしも評価指標を開示している訳でもない。真に「健全なインセンティブ」となり得る役員報酬 を議論することが、上場会社には求められよう。 その際に重要なのは、各社に固有の「中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映」 (CG コー ド原則 4-2)させた、独自性の高い報酬体系の構築を目指すことである。報酬ガバナンスの本場 である米英の主要企業は、複数の評価指標や定性的な判断基準を組み合わせた、精緻な報酬ミック スによるインセンティブ・システムを構築している。わが国企業においても、自社特有の企業価値 向上ストーリーにひも付いた報酬制度を構築、グローバル投資家に対して訴えていくことが強く期 待される。 ※ 1 http://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/code.pdf ※ 2 「コーポレート・ガバナンスの実践 ∼ 企業価値向上に向けたインセンティブと改革 ∼」 http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/corporate_gov_sys/pdf/report01_01_00.pdf ※ 3 過去 5 年間(2010 年度から 2014 年度)にわたり連続したデータが取得できた 1546 社。なお「年度」については、例えば 2010 年度 は 2010 年 10 月から 11 年 9 月の間に期末を迎える決算期とする。 ※ 4 決算期末から 3-5 カ月(株主総会の開催月およびその後の 2 カ月間)に提出された CG 報告書を参照。なお便宜上、本文中および図表中で は 3 月決算企業を想定した標記とする(2010 年度は 2011.3)。 ※ 5 企業内容等の開示に関する内閣府令(2010 年 3 月 31 日施行) EY 総合研究所では、企業が資本市場との関係を「面」で構築するためのご支援するためのサー ビス・メニューをご用意しています。弊社担当者あるいは表紙の "Contact" までお問い合 わせください。 <サービス・メニューの例> • コーポレートガバナンス強化 • IR 戦略の策定・実行 • 被買収リスク対応 EY Institute 6 インセンティブとしての役員報酬:その制度設計および運用の状況 EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory EY について EY は、アシュアランス、税務、トランザクションおよびアドバイ ザリーなどの分野における世界的なリーダーです。私たちの深い洞 察と高品質なサービスは、世界中の資本市場や経済活動に信頼をも たらします。私たちはさまざまなステークホルダーの期待に応える チームを率いるリーダーを生み出していきます。そうすることで、 構成員、クライアント、そして地域社会のために、より良い社会の 構築に貢献します。 EY とは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグロー バル・ネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、 各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・ グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービス は提供していません。詳しくは、ey.com をご覧ください。 EY 総合研究所株式会社について EY 総合研究所株式会社は、EY グローバルネットワークを通じ、さ まざまな業界で実務経験を積んだプロフェッショナルが、多様な視 点から先進的なナレッジの発信と経済・産業・ビジネス・パブリッ クに関する調査及び提言をしています。常に変化する社会・ビジネ ス環境に応じ、時代の要請するテーマを取り上げ、イノベーション を促す社会の実現に貢献します。詳しくは、eyi.eyjapan.jp をご覧 ください。 © 2016 Ernst & Young Institute Co., Ltd. All Rights Reserved. ED None 本書は一般的な参考情報の提供のみを目的に作成されており、会計、税務及びその他の専 門的なアドバイスを行うものではありません。意見にわたる部分は個人的見解です。EY 総 合研究所株式会社及び他の EY メンバーファームは、皆様が本書を利用したことにより被っ たいかなる損害についても、一切の責任を負いません。具体的なアドバイスが必要な場合は、 個別に専門家にご相談ください。
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