10分でわかる経済の本質金融支援見直し交渉を開始

EY Institute
12 February 2015
10分でわかる経済の本質
金融支援見直し交渉を開始したギリシャの反緊縮政権
~債務交換を柱とする新たな支援プログラムを模索も
先行きは不透明
執筆者
Ⅰ.緊縮見直しを求める急進左派連合が予想を上回る勝利
1月25日に投票が行われたギリシャ総選挙では、ギリシャに対する欧州連合(EU)・国際通貨
基金(IMF)による金融支援の前提条件となっている緊縮財政の抜本的見直しを掲げる「急進左
派連合(SYRIZA)」が勝利した。単独過半数にはわずかに届かなかったが、26日に緊縮見直し
で一致する右派「独立ギリシャ人(ANEL)」との間で連立政権を発足させた。連立協議で他党の
協力を取り付ける過程で、政策要求が穏健化するとの見方もあったが、独立ギリシャ人が連立
パートナーとなったことで、その可能性は低下した。反緊縮色の強い独立ギリシャ人との連立
は、今後の緊縮見直しや支援協議での急進左派連合の強硬姿勢が続くことを意味する。なお、
独立ギリシャ人は、緊縮策に反対して従来の政権与党である「新民主主義(ND)」を除名された
政治家が旗揚げした中道右派政党である。反緊縮やユーロ圏残留でこそ急進左派連合と一致し
ているが、その他の政策やイデオロギーでは隔たりが大きい。連立の基盤は決して盤石とは言
市川 信幸
EY総合研究所株式会社
経済研究部
チーフエコノミスト
えないことに留意が必要だろう。
欧州債務危機の発生後、ユーロ圏各国で反EUを掲げる政党が議席を増やす傾向にあった
が、反緊縮財政を掲げる政権が誕生するのは初めてである。急進左派連合が事前の世論調査
結果以上の票数を獲得するとともに、議席獲得に必要な票数獲得が難しいとされていた独立ギ
<専門分野>
► 経済・金融動向に関す
る分析・予測
► 経済・金融動向および
金融政策の解説
リシャ人も議席を獲得したことは、財政緊縮に対するギリシャ国民の不満がいかに強いかを示す
ものだと言えよう。ギリシャ国民の間では、急進左派連合の政権運営能力や支援協議の難航に
よる混乱に対する懸念よりも、厳しい経済情勢や困窮した生活から逃れたいという変化への欲
求がより強かったという見方もある。ただ、急進左派連合の新民主主義に対するリードは、投票
日間近に拡大したことに留意すべきだろう。投票日間近には、急進左派連合が、ユーロ圏内にと
どまりつつ金融支援条件の緩和をトロイカ(EU・IMF・欧州中央銀行(ECB))※1に要求するという
現実主義的な路線へと転換したことに加え、EU側からも対ギリシャ支援条件に見直しの余地が
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あることを示唆する発言が出ていたため、選挙結果にもその影響が現れたものと考えられる。つ
まり、このことは、新政権も、国民も、EUも、ギリシャのユーロ圏からの離脱や、EUからの脱退を
望んではいないことを示唆している。
(※1)EUはIMF、ECBとともに「トロイカ」体制を組み、ギリシャに支援する一方で、財政再建や構造改革を求めてきた。
Ⅱ.難航必至ながら、「7月までに協議妥結」が一応の標準シナリオ
チプラス首相が率いる新政権は、早速、金融支援と引き換えに過去の政権が約束した国有企
業の民営化計画や公務員の削減計画の一部を撤回することを表明した。こうした新政権の予想
を上回る強硬姿勢に、一時、支援提供国の間では警戒姿勢が強まったほか、金融市場では動揺
が広がった。EU諸国は支援融資の追加減免に応じる用意があることを以前から公言しているが、
それはあくまでギリシャが緊縮や改革を継続することが前提になる。新政権の強硬姿勢をみる限
り、現在の支援プログラムが終了する2月末までに、トロイカとギリシャが、緊縮見直しや追加支
援で合意に達することは困難とみられる。そのため、一般には、新政権にとって最初の課題は、2
月末を期限とする現在の支援プログラムの再延長を勝ち取ることになるだろうと考えられていた。
これに対しチプラス首相は、2月末に期限を迎えるギリシャ向け金融支援について、最終審査を
2月末までに終える必要があるとの見方を否定した。ECBが導入した量的緩和でギリシャの国債
が買い入れ対象になるのは7月以降になることを指摘した上で、「7月が交渉の事実上のデッドラ
イン」との見方を示した。こうした発言の背景には、3月には財政資金が枯渇するとの見方がある
ものの、政府短期証券の発行により、まだ数カ月間の資金繰りは何とかなるとの判断があったの
であろう。もっとも、ECBが2月4日の定例理事会で、資金供給オペの対象からギリシャの銀行を
外したことにより、ギリシャ政府短期証券の主要な引き受け手であるギリシャの銀行が引き受けに
応じなくなる恐れもあり、チプラス首相の思惑通りに事が進まない可能性が高まった。
このように不透明感が強まる中で先行きを展望する場合、欧州安定メカニズム(ESM)など、危
機の波及を防ぐ「防火壁」が厚くなっている現在では、ギリシャの混乱が他の欧州諸国に波及する
リスクは数年前に比べ低下しているという事実に注目すべきだろう。実際、ギリシャの支援見直し
問題が表面化した後も、国債利回りが上昇したのは、ECBによる量的緩和の影響もあって、ほぼ
ギリシャのみにとどまっている<図1>。このように波及リスクが低下した下での今回の支援協議
では、ギリシャの「脅し」は効果が小さくなっていると言えるだろう。また、すでにギリシャの複数の
銀行が、自力での資金調達が不可能になっている状況下、支援プログラムの延長が不安視され
れば、それらの銀行が流動性枯渇に直面する可能性もある。一方、万が一、ギリシャがユーロ離
脱に追い込まれれば、これまでの支援融資、ECBの保有するギリシャ国債などが全て焦げ付く可
能性があり、ギリシャ以外のユーロ圏諸国にとって無視し得ない財政悪化要因となる。これらの事
情を勘案すると、最後は、EUが打ち出す常識的な追加支援策に、ギリシャが譲歩するかたちで協
議が妥結し、支援打ち切りやギリシャのユーロ離脱は回避されるというのが、現時点での標準シ
ナリオと言えるだろう。
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金融支援見直し交渉を開始したギリシャの反緊縮政権
図1 公的債務問題を抱えた欧州各国の国債利回りの推移
出典: Eurostat
ただ、ギリシャ国民から緊縮見直しを強く期待されている新政権が、簡単に公約を取り下げるこ
とはできないだろう。交渉の事実上のデッドラインである7月までぎりぎりの協議が続くとみられる。
一方、リスク要因としては、①新政権が大幅な譲歩を余儀なくされ、新政権が分裂に追い込まれ
る、②新政権が要求に固執しすぎて、ギリシャが無秩序な債務不履行に陥る、の二つが考えら
れるだろう。
Ⅲ.債務交換を柱とする新たな支援プログラムを模索する新政権
それでは、EUが打ち出せる現実的、常識的な追加支援策にはどういったものがあり得るのだ
ろうか。実は、ギリシャの債務負担を軽減する追加的な方法は極めて限られている。ギリシャが
最も強く望んでいるはずの「公的債務の減免(ヘアカット)」はEU条約の財政ファイナンス禁止条
項に抵触する可能性がある。また、安易に応じれば、他国の反緊縮政党を勢いづかせることに
もなりかねない。「利払い負担の追加軽減」については、支援提供国側の調達金利が下がってい
るため、上乗せ金利を一段と縮小することで、ある程度は対応可能だろう。ただ、信用力の低い
支援提供国では、調達金利との逆ザヤによる損失が発生する恐れもあり、軽減余地にはおのず
と限界がある。このように考えると、EUの「支援融資の償還期先送り」を、さらに10年程度延伸
するくらいしか現実的、常識的な方法が見当たらない。ただ、EUの支援融資については、すでに
大半の償還が2040年以降に先送りされているため、どの程度の負担感軽減につながるかは未
知数だろう。
こうした中、2月3日付けフィナンシャルタイムズ紙掲載のギリシャ・バロファキス財務相のインタ
ビュー記事によれば、ギリシャの新政権の財政運営方針は、概ね、①債務交換により債務の返
済負担や利払い負担を軽減、②プライマリーバランスの黒字化ペースを圧縮、③大胆な規制緩
和や緊縮見直しで成長率を引き上げる、④脱税の取り締まりや富裕層課税の強化で財源の一
部を捻出する、⑤2月末に期限を迎える既存のプログラムの延長を求めず、欧州諸国との間で
新たなプログラムで合意するまでの4カ月間のつなぎプログラムを求める、と整理できるだろう。
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上記①の「債務交換」についてみると、ギリシャの新政権は従来求めていた公的債務の減免
(ヘアカット)ではなく、EUからの支援融資の債務を「名目GDP連動債(利払いが名目経済成長
率に連動する新たな国債)」へ、また、ECBが保有するギリシャ国債を「永久債(元本の償還がな
い代わりに、永久に利子を支払う債券)」へ、それぞれ債務交換するよう求める方針を打ち出して
いる。同財務相は債務の「ヘアカット」という言葉を用いる必要がない債務交換の形式を採ること
で、納税者にロスが発生するとのイメージを回避し、ドイツなど債権国の政治的な反発を和らげ
ることが可能だと考えたのであろう。また、名目成長率に金利が連動する国債への交換が実現
すれば、ギリシャは緊縮財政よりも成長に重点を置いた政策を実施しやすくなる。反緊縮路線を
掲げて総選挙で支持を得たチプラス政権にとっては、有権者の理解を得るためにも成長重視の
姿勢を示しておきたいところだろう。一方、ユーロ建て永久債への交換は、元本の返済を凍結す
るばかりでなく、ユーロ建て債務を抱えることで、ギリシャがユーロ圏にとどまる意思を示す効果
があるものとみられている。
②の「プライマリーバランスの黒字」について同財務相は、GDP比で1~1.5%の水準を維持す
る方針を明らかにした。現在の二次支援プログラムが想定するGDP比4.5%前後の黒字から、緊
縮の程度を緩和することを意味する。同時に、③の「緊縮見直し」については、急進左派連合が
選挙公約で掲げた歳出拡大プログラムを完全に履行することは難しい可能性があることを示唆
した。④の「財源捻出策」としては、公平な税負担を実現するため富裕層への課税強化、脱税の
取り締まり強化、財閥などによる権益を獲得・維持するための「レントシーキング」※2の防止に取
り組む方針を打ち出している。最後に、⑤の「つなぎプログラム」では、政府短期証券の発行上限
引き上げ、ECBによるギリシャの銀行への流動性供給継続などを求めている。なお、同財務相
は、従来のギリシャ支援の交渉相手となってきたトロイカと交渉することを拒否し、今後の交渉は
欧州各国と直接行いたい意向も示している。
ただ、上記のような、チプラス政権が打ち出した新たな支援プログラムについては、①財政ファ
イナンスとの兼ね合いでEUとECBが債務交換に応じることが可能か、②大規模な緊縮見直しを
実現するだけの財源を捻出できるのか、③こうした提案が欧州各国に受け入れられるのか、な
ど引き続き不透明な点が多い。
(※2)「レントシーキング」とは、企業等がレント(参入が規制されることによって生じる独占利益や、寡占による超過利
益)を獲得・維持するために行うロビー活動等を指す。
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Ⅳ.本質的な問題は反EU政党の躍進を許しやすいモラルハザード
チプラス政権が打ち出した新たな支援プログラムに対しては、欧州副委員長が慎重な考えを示し
たとの報道がみられる(2月5日付け日本経済新聞)。同副委員長は、「EUが一段の金融支援をす
る際は現行の枠組みでなければならない」と強調し、債務交換など異なった手法を用いるのは「推
奨するシナリオではない」と否定的な見方を示した、と伝わっている。このため、やはり追加支援協
議の難航は必至だろう。ただ、新政権も、国民も、EUも、ギリシャのユーロ圏離脱やEUからの脱退
は望んでいないため、時間はかかっても何らかの妥協が成立するとみておいてよいだろう。
一方、今回のギリシャ金融支援見直しを巡る協議で、ユーロ圏が再び「面倒な政治問題」を抱え
込んでしまったことは事実だろう。というのは、トロイカはいずれにせよ、ギリシャに多少の「譲歩」
をせざるを得ないわけだが、今後、これが「前例」となってしまうことである。支援条件の見直しにつ
いては、債務交換を含めて、実質的な減免は難しいだろう。償還期を先送りしたり、支払金利の水
準を引き下げたりする条件変更が軸にならざるを得ない。ただ、いずれにしても、政権交代を契機
に、一度決めた支援条件を緩和するという悪い「前例」ができてしまうことになる。「政権が交代す
れば支援条件が緩和される可能性がある」といった一種のモラルハザードが、南欧を中心とする
ユーロ圏の他国に広がれば、反緊縮・反EUを掲げる政党の躍進につながりやすくなる。
EU内では、15年中、ギリシャの総選挙に続いて、エストニア、スウェーデン、フィンランド、英国、
ポルトガル、デンマーク、ポーランド、スペインで総選挙が実施される予定である。このうち、12月
20日までに総選挙が行われるスペインでは、14年に結党したばかりの左派政党Podemosが、汚
職問題で揺れる与党の民衆党を上回る支持を集めている。Podemosは、政府債務の再編や緊縮
策の見直しなどの公約を掲げている。Podemosが、高い支持率と政府債務の再編の公約を維持
したまま、選挙期日が近づけば、市場が動揺する可能性もあるため、ギリシャの支援協議の行方
と併せて、今後の展開を注視しておくべきだろう。
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