患者別事故報告書(2)

患者別事故報告書(2)
I. 経過
1.1
手術までの経過について
●歳●性。● 歳時に十二指腸潰瘍にて胃切除手術,輸血歴あり。
●年●月より前立腺癌に対して当院泌尿器科にて照射とホルモン療法を行っていた。●年●月●日,
泌尿器科での検査にて C 型肝炎ウイルス陽性であり,肝臓内科に紹介。
●年●月●日,腹部エコーにて肝臓外側,胆嚢基部の2カ所に結節あり,●年●月に行ったエコー
所見と変化なく,血管腫の疑いとして経過観察となった(この病変は後に明らかとなる肝細胞癌とは
異なる病変で,この時点では画像上は癌を指摘されていなかった)。
肝機能,肝癌の腫瘍マーカーは定期的に検査していた。●年●月●日の症状発症前の検査では若干
悪化傾向であった。しかしながら,GOT100 IU/l,GTP 65 IU/l,γ-GTP 145 IU/l とその他の肝機能
も上昇していたため,C 型肝炎の悪化の可能性もあり,ウルソの内服を増量した上で,それまでより
短い間隔で経過観察する方針となった。
●月●日より悪心,嘔吐あり,● 月 ●日近医受診,肝機能の悪化,エコーで総胆管の拡張,肝臓
に腫瘍性病変あり,● 月 ● 日当院肝臓内科を紹介され,緊急入院となった。
当院での CT では,主腫瘍は肝 S4 領域に 3×2cm 程度と小さいが,その腫瘍が胆管内から総胆管
にまで進展しており,胆道閉塞,黄疸を生じていたものと考えられた。手術を踏まえて外科に相談,
腫瘍の進展状況からは,肝臓の左葉は胆管とともに切除が必要で,肝機能を考えると,充分な黄疸の
改善を得るとともに,肝切除の負担をできる限り軽減させることが必要と考えられた。まずは抗生剤
の点滴投与, ● 年● 月● 日に内視鏡的逆行性膵胆管造影や経皮的経胆管ドレナージ(PTCD)にて黄
疸の軽減をはかった。
● 月 ● 日第二外科へ転科。●月● 日に肝右葉を事前に肥大させて,肝切除の負担を軽減するた
めに門脈左枝の塞栓を行った。肝機能の改善や,肝右葉の肥大を待つ期間に,● 月● 日,腫瘍が進
展しないように肝 S4 の腫瘍に対してカテーテル塞栓を行った。最終的に肝左葉+胆管切除を行う方
針とした。●月●日,腹部 CT にて肝右葉の代償性肥大は軽度増強。右葉の胆管拡張増強はみられず,
減黄良好とのコメントであった。
1.2 手術について
● 年 ● 月 ●日手術。肝細胞癌,胆管内腫瘍塞栓。腹腔鏡補助下肝左葉・左尾状葉切除,胆管切
除,胆管空腸吻合再建。手術時間 12 時間 4 分。出血量 2801g。 胃切除後のため肝臓周囲の高度の
癒着あり,手術は上腹部正中に約 12cm の皮膚切開を置いて,剥離困難な部位はこの開腹創から操作
を行った。最初に小開腹創から癒着剥離を行った。その後は通常の手術操作に戻り,左葉,胆管切除
とした。胆管内には腫瘍の進展があり,胆道閉塞や PTCD の処置などの影響も加わり,炎症性の癒着
を非常に強く認めた。血管の周囲にも炎症が波及して,剥離操作が困難となる部分もあり,そのよう
な部位で,開腹操作の方が確実と思われた部位は小開腹創から行った。肝臓を切離,左葉を切除して
最後に,右側で胆管を切離し胆管空腸吻合とした。手術後は,ICU に入室した。
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1.3
手術後の経過について
●. ●(1) 術後 1 日目:以下カッコ内は術後日数
術後の創部やドレーンの流出には問題がなく,肝機能も概ね問題なし(総ビリルビン 2.6
mg/dl, GOT 130 IU/l, GPT 68 IU/l, LDH 194 IU/l, PT61%)。
●. ●(2) 立位時に血圧低下あり。Hb9.2,翌日までに RCC10 単位輸血。ドレーンからは明らか
な出血なく,CT 上もはっきりせず。
●. ●(3) 経腸栄養で栄養管理。肝機能も改善傾向。
●. ●(5) 経口摂取開始,ICU 退室。この頃より胆汁漏が顕在化。
●. ●(8) 腹腔ドレーンより出血。出血性ショックにて血圧低下,呼吸状態の悪化もあり,すぐ
に気管挿管,人工呼吸器管理,昇圧剤投与,輸液,輸血を行った。緊急で血管塞栓療法
を行い,出血部位の同定と止血処置。出血が疑われた部位は,炎症性癒着が非常に強く
腫瘍塞栓が進んで炎症が強い部位と考えられた。出血部位を含む胃十二指腸動脈~右胃
大網動脈を 塞栓して止血し,ICU に入室。翌朝まで RCC18 単位,FFP45 単位,PC60 単
位投与。
●. ●(9) 肝機能が急激に悪化。(T.Bil 7.9, GOT 7862, GPT 4568, LDH 14322)。腎機能障害
もあり,利尿剤も投与。
●. ●(10) 腹部膨満あり減圧のため切開。腹腔内臓器の圧迫は解除されたが,創部より多量の出
血あり,輸血追加。
●. ●(14) 肝機能の悪化が遷延しているため,血漿交換を開始(総ビリルビン 19.6 GOT 103,
GPT 287,LDH 637, PT 29%)。また,徐々に乏尿となり透析開始。
●. ●(19) 血漿交換 5 回終了後であるが,総ビリルビン 25.2 と改善せず。腎不全に加え肺炎
併発して,抗生剤による感染症治療を継続。輸血を追加。
●. ●(21) 下血あり,ドレーンからも血性排液にて出血傾向続く。
●. ●(25) 肝機能,腎機能ともに著明な改善なく,肺炎も重篤化。出血傾向,全身の浮腫も増強。
●. ●(26) 多臓器不全の状態となり,● 時 ● 分永眠された。
II.
調査委員会の検証と評価
2.1 手術適応と手術前評価について
主治医は,手術までに待機期間があり,右葉を肥大化させることで肝不全のリスクが下げられる
のではと考えて,門脈塞栓術を行ったとのことであった。しかし,CT 上は右葉の代償性肥大が認
められているものの,門脈塞栓術の前後で容量計算を行っておらず効果の判断は難しいと考えた。
動脈塞栓は広く詰めなければよいのではと核医学とも相談の上主治医が判断して行った。門脈と
動脈を同時に塞栓するのはリスクがあったが,結果として問題は生じていなかった。
なお,ICG15 分停滞率や容量計算を行っておらず,手術前評価は不十分であると判断した。
2.2
手術前の審議について
第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合同カンファ
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レンスが週 1 回行われ,新患,手術前,手術後の症例提示がされている。また,手術症例 について
は診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。しかしながら,診療録には,
カンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録が残されていなかった。 また,
第二外科の医師へのヒアリングの結果,他のチームの医師から意見が述べられることはなく, 実質的
な審議が行われていなかった可能性が考えられる。このようなことから審議は不十分であったと調
査委員会では判断した。
2.3 診療録記載と手術説明について
日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療の方針決定の判断等における当該医師の思考過
程が不明である。 説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単な経過が記載され
ているのみであった。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的データが示された記録がないこ
とから調査委員 会では,不十分な説明であったと判断した。
2.4
手術中対応について
術中出血が 2801 ml と多かった。止血が不十分となり,後出血の原因となった可能性が高い。術後
に胆汁漏をきたしており,術中操作に何らかの問題があった可能性が高い。
2.5
手術後の経過について
手術後2 日目に術後出血を疑い CT による検索を行うが出血源は不明であり,その後,術後 8 日
目に腹腔内出血で出血性ショックとなった。主治医は,以前の十二指腸潰瘍手術が原因と思われる
肝の癒着に対する今回の手術の剥離操作が原因で,周囲に出血をきたしたと考え,胃十二指腸動脈
の塞栓を行った。確実にその周囲までということで出血部の中枢側から末梢にかけて塞栓した。
調査委員会では,塞栓術では完全に止まっていなかった可能性が高く,9 日目の肝機能悪化はシ
ョック肝と思われ,大量出血や塞栓の影響も考えられ,塞栓で止血できなければ,開腹しての止血
も検討する必要があったと考えた。
III
結
論
① 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的デー
タが示された記録がないことから,不十分な説明であったと判断した。
② 手術後出血は,手術中操作に関連して生じたと考えられるが,その特定は困難であった。塞栓術
で止血できなければ,その時点で開腹しての止血も検討するべきであった。
③ 以上のことから,過失があったと判断される。
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