患者別事故報告書(1)

患者別事故報告書(1)
I.
1.1
経過
手術までの経過について
●歳●性。C型慢性肝炎,肝硬変にて近医通院中,腹部エコーにて肝臓の結節を指摘
され,K 病院紹介,ダイナミックCTにて肝細胞癌と考えられる病変を3か所に認めた。
合併症として糖尿病があったがコントロールは良好,胃内視鏡では胃潰瘍瘢痕のみで,
静脈瘤なし,C型慢性肝炎に対して強力ミノファーゲンCを週3回注射していた。
●年●月●日,当院肝臓内科を紹介された。エコーで 3 か所の病変があり(S4,S5,
S8),手術や腫瘍塞栓術,ラジオ波による治療などが説明され,外科で手術につき相談
することになった。
同日第二外科紹介,他の治療選択肢について検討の上,根治性を考え手術を選択した。
その後,内科医より,C型肝炎の治療として,術後インターフェロン投与を検討してお
り,その前に脾臓を摘出して血小板減少を回復させておく方法が説明された。●年●月
●日,主治医は内科医と相談のうえ,脾臓摘出も同時に行うこととした。手術の待機期
間に自己血貯血(●月●日,●日,●日) ,脾臓摘出のため,肺炎球菌ワクチンを接種。
●月 ●日入院,●月 ●日手術予定とした。
1.2
手術について
●年●月●日腹腔鏡下肝 S4 切除術,S8 部分切除(拡大 S4 切除術),S5 核出,脾臓摘
出術(用手補助腹腔鏡下)。手術時間 6 時間 22 分,出血量 922g。
最初に腹腔鏡を用いるとともに,補助的に皮膚切開し用手的操作も加えて脾臓を摘出。
次に腹腔鏡下で肝臓を周囲の組織から剥離,S4 区域切除。となりの S8 区域の血管が
腫瘍に近かったため,S8 の部分切除を追加。S5 については一部の切除を追加。肝切離
予定線上にある胆嚢を摘出した。正中の小開腹創を 12cm まで延長,仰臥位のまま S5 の
病変をエコーで確認し,直視下で腫瘍を核出した。 創部を閉腹して,肝切離面と脾臓
摘出部の近傍に腹腔ドレーンを留置して手術を終了した。
1.3
手術後の経過について
●. ●(1) 術後 1 日目:以下カッコ内は術後日数
嘔気や嘔吐,呼吸苦はなく,水分摂取開始。腹腔ドレーンからの排液が血性
であり赤血球 4 単位,血小板 20 単位,血漿製剤を輸血。
採血では総ビリルビン 4.4 mg/dl,GOT 1,009 IU/l,GPT 702 IU/l,LDH 855
IU/1とやや高値。術後 1 日であり著明な発熱もないため経過観察。同日夕方
の再検査では総ビリルビン 3.7,GOT 1,676,GPT 1,115,LDH 1185 とやや悪化。
●. ●(2) ドレーンからの排液は血性ではなくなってきたが,貧血の進行があり赤血球
4 単位輸血を追加。
●. ●(5) 発熱 38 度以上あり,胆管炎の可能性を考えて,抗生剤をスルバシリンから
メロペンに変更。ドレーンの性状は通常の淡血性に薄まった。前日,血漿を補
充したがプロトロンビン時間 57%と低く,さらに血漿 5 単位を補充した。
また,総ビリルビン 12.5 と上昇。
●. ●(6) 発熱は 37 度台。総ビリルビンは 12~14 台推移
(総ビリルビン 14.9,
GOT105,
GPT111,LDH 312)。以降,黄疸が遷延,腹水も多量であった。経口摂取を開
始して,2~5 割の摂取。
●. ●(10) 肝機能は大きく変わらず(総ビリルビン 12.6,GOT 101, GPT 77, LDH 341)
経口摂取は 4~6 割程度。
●. ●(12) 肝切離面のドレーン排液が 1200ml→800ml へと減少。ドレーンは抜去し利
尿剤投与。
●. ●(15) 肝切離面のドレーン排液は 1 日 500ml 程度まで減少。しかし,経口摂取が
進まなくなる。
●. ●(18) 黄疸が遷延していたため血漿交換開始。
●. ●(19) 腹水が減少して腹腔ドレーン抜去部からの漏出が自然に止まる。
●. ●(21) CT にて肝切離面の胆汁瘻あり。
●. ●(27) 血漿交換を断続的に行う。総ビリルビン 3.6。
●. ●(28) CT にて術後膿瘍の増大あり,ドレナージチューブを挿入。挿入後は通常の
腹水が引けるのみ。
●. ●(35) CT で肝臓外側区域の胆管が軽度拡張。総ビリルビン 3.6 と軽度上昇したま
ま正常値まで下がらず,遅発性胆管狭窄が画像上明らかになってきたものと
考えた。主治医は肝臓切離面を止血する際の熱の影響や,術後の胆管周囲の
炎症などの影響を考えた。
●. ●(36) 内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)にて胆管内にプラスティックステン
ト(胆管の狭窄を解除する胆管内留置チューブ)挿入。一過性に総ビリルビ
ンは 10 まで上昇したが,その後 4.1 まで低下。
●. ●(37) 肝切除部位のドレナージチューブからの排液は 1 日 100ml 満にまで減少し
たが,胆汁様に変化。遅発性の胆汁瘻が推測された。感染兆候はなく経過観
察。
●. ●(45) 38 度を超える発熱あり。緊急 CT では肝臓外側区域の胆管の拡張あり。
緊急 ERCP 施行,以前挿入したプラスティックステントが脱出してきた可能
性があり再挿入。
●. ●(51) 総ビリルビンは 4.4→6.4→5.9→7.6 と徐々に上昇。
●. ●(57) ドレナージ不十分として別のタイプのステントをいれてもらうため内科に
ERCP を依頼したが,胆管狭窄が強く挿入困難。
●. ●(58) ERCP 時点から解熱傾向,総ビリルビン 9.1→ 7.8。胆管炎が自然に軽快し
ているため,週末の経過を見て再挿入予定とした。
●. ●(61) 発熱 39 度台,倦怠感あり,経口摂取も減少し,胆管炎の再燃を疑い抗生剤
●.
●.
●.
●.
II.
2.1
を投与。
●(62) 発熱は改善傾向で炎症反応も軽快。CT で肝外側区域の胆管拡張あり。新た
な膿瘍などは認められず。
●(63) 再び 38 度台の発熱,炎症反応も悪化。内視鏡的なドレナージは困難と判断
し皮膚から胆管へのドレナージチューブ挿入を検討(経皮経胆管ドレナー
ジ:PTCD )。しかし,胆管は狭く硬く,留置できなかった。重症の胆管炎を
発症しつつあるため,抗生剤を強力に投与。
15 時頃より悪寒,振戦あり。腹腔穿刺にて血性の排液多量であり,腹腔内
出血が続く。赤血球,血小板輸血など施行。その後,意識レベル低下し ICU
入室。重症胆管炎から敗血症,出血傾向,ショックとなった。
●(64) 全身管理を行うも多臓器不全の状態,改善せず。
●(66) 朝●時●分,永眠された。
調査委員会の検証と評価
手術適応と術前評価について
アルブミン 3.8g/dl,Child Pugh スコア 5 点,GradeA だが,肝硬変があり,血小板
は 8 万と低下していた。容量計算は行っていないが,ICG15 分停滞率の代用として行っ
た KICG は 0.18(5-10%相当)で,主治医は,S4 切除であれば可能と考えた。脾臓摘
出術を開腹創から用手補助にて行い,S5 核出も開腹創からの操作だが,S4 切除は腹腔
鏡下で行っている。術後のインターフェロン投与を考え,脾臓摘出術は検討に値するが,
血小板 8 万で肝切除(S4 切除と S8 部分切除)と同時に行うことは過大侵襲となる可
能性もあった。
癌の根治性を考えて手術を第一選択とすることは妥当と考えるが,より慎重な術前評
価と術式の検討が必要であると判断した。
2.2
手術前の審議について
第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合
同カンファレンスが週 1 回行われ,新患,術前,術後の症例提示がされている。また,
手術症例については診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。
しかしながら,診療録には,カンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項につい
ての記録が残されていなかった。また,第二外科の医師へのヒアリングの結果,他のチ
ームの医師から意見が述べられることはなく,実質的な審議が行われていなかった可能
性が考えられる。このようなことから審議は不十分であったと調査委員会では判断した。
2.3
診療録記載と手術説明について
日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療の方針決定の判断等における当該
医師の思考過程が不明である。
説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単な経過が記載されてい
るのみであった。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的データが示された記録が
ないことから調査委員会では,不十分な説明であったと判断した。
2.4 手術中対応について
術中には,脾門部断端の止血に難渋していた。術直後に出血,胆汁漏,高度の肝逸脱
酵素の上昇(GOT 1,009 IU/l)が認められ,原因となる操作は同定できなかったが,術
中操作に何等かの問題があった可能性が高い。
2.5
手術後の経過について
手術翌日から腹腔内出血があり輸血,翌日も貧血の進行のため輸血を追加しているこ
とから,この時点で止血のための再手術の検討も必要であった。術後からビリルビン上
昇があり,5 日目以降は 12~14mg/dl と高値が持続した。術後最初の CT は血漿交換も
行ったあとの術後 21 日目(● 月 ● 日)に撮影されており,黄疸の原因検索,鑑別
のためにはもう少し早く画像評価するべきであった。
胆汁瘻悪化後の対応については,ERCP で左肝管にアプローチできなければすぐに
PTBD や開腹ドレナージを考えるべきであった。
III. 結
論
① 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率
の具体的データが示された記録がないことから,不十分な説明であったと判断した。
② 肝予備能の評価が不十分な状態で,脾臓摘出術と同時の肝切除術は過大侵襲であ
った可能性があった。
③ 術直後に出血,胆汁漏,高度の肝逸脱酵素の上昇(GOT 1,009 IU/l)が認められ,
術中操作に何等かの問題があった可能性が高い。再手術を含めた止血手技の検討,ビ
リルビン上昇や黄疸の原因検索のための検査,ドレナージなど早期の対応により,異
なる経過をとった可能性もあった。
④ 以上のことから,過失があったと判断される。