患者別事故報告書(8)

患者別事故報告書(8)
I.経過
1.1
手術までの経過について
●歳●性。慢性 C 型肝炎,肝硬変にて近医通院中,肝臓腫瘍を指摘され ●●病院を紹介,さら
に,● 年● 月 ●日,手術のため当院第二外科を紹介された。
血小板が 7.7 万,Child-Pugh スコア 5, Grade A。S4 に 3.5cm 大の CT で濃染する腫瘍が 1 個
存在して,AFP 124.9 ng/dl, PIVKAⅡ 77 ng/dl と腫瘍マーカーが上昇しており,肝細胞癌が疑
われた。
S5 と S8 にも 10mm 未満の造影 CT であまり濃染しない腫瘍があり,こちらは前癌病変か肝細胞
癌か,診断が難しいと考えた。MRI とともに,血管造影を施行することとした。
● 年 ● 月 ● 日~● 月● 日,第 1 回入院。血管造影,カテーテル塞栓術を行った。造影の結果
では,肝細胞癌は S4 の病変のみで,S5,S8 は結節性過形成(前癌病変)と考えられ,こちらは
塞栓術のみの治療とした。
外来で術前検査,自己血貯血。● 月● 日大腸内視鏡検査,呼吸機能検査。
1.2 手術について
● 年 ● 月● 日手術。腹腔鏡下肝内側区域(S4)切除術。手術時間 9 時間 33 分。出血量 1105g 。
体位を左側臥位に変換して,肝右葉を周囲から剥離。肝臓の右葉の周囲に付着する靭帯を超音波
凝固切開装置で切離した。肝臓の右葉は容易に剥離できる部位までとして,下大静脈と副腎の右
側までにとどめた。次に体位を仰臥位に変換して,肝切離予定線上にある胆嚢を摘出(胆嚢が肝
切離予定線上に来る場合,残しても機能は期待できなくなるため,通常摘出する)。エコーで腫
瘍の位置を確認して,電気メスで切除予定線の印をつけ,15 分間肝臓に流入する血流である門脈
と動脈が含まれる肝十二指腸間膜を遮断して,肝臓を切離した。肝臓から流出する右肝静脈は温
存したが,中肝静脈は切離し,S4 切除を終えた。臍のポートを挿入していた部分の創を開大して
腫瘍を摘出,創部を閉じ,肝切離面の近くに腹腔ドレーンを留置して手術を終了した。
1.3
手術後の経過について
●.● (1)術後 1 日目 ( )内は術後日数。 術後の創部やドレーンの流出には問題がなく,飲水
と食事を開始。
●.● (3)創部の疼痛が続き,随時鎮痛剤の点滴を追加。食事量は 3~4 割。
ドレーンからの腹水は,1 日 700~900ml でやや多目,血性ではなかった。
●.● (4)肝機能は改善傾向(総ビリルビン 1.4 mg/dl, GOT 66 IU/l, GPT 203 IU/l, LDH 171 IU/l)。
●.● (6)腹水の量は 550ml に減少傾向となり,腹水の検査でビリルビンの上昇なく,胆汁瘻は
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ないものと判断。腹腔ドレーンは,体液の喪失を防ぐため抜去して,利尿剤で水分排泄を
促した。また,ドレーン抜去部からの腹水量がわかるようにパウチを貼り,量を観察した。
●.● (9)腹腔ドレーン抜去部からの腹水の漏出は減少していたが,尿量が減少傾向で(前日尿量
800ml),腹部膨満感が出現。また,採血で腎機能障害出現(BUN 40 mg/dl, Cr 1.86 mg/dl,
eGFR 29.3 ml/min)。肝機能はほぼ正常化(T-Bil 1.0mg/dl, GOT 41 IU/l, GPT 59 IU/l,
LDH 176 IU/l)。腎機能については,利尿剤に加え血漿浸透圧を上げるためにアルブミン
を投与。腎臓の血流増加により腎機能を改善,尿量増加させるハンプを持続投与した。腎
機能改善のためには一定以上の尿量の維持が必要であり,1 日 1500~2000ml 以上の輸液を
行った。
●.●(10) CT では体腔内に膿瘍,腹水貯留はなく,肺炎もなかった。肝機能,腎機能ともに著明な
悪化なし(BUN 37, Cr 1.78, eGFR 30.8)(総ビリルビン 1.6, GOT 45, GPT 53, LDH221)。
しかし,全身の浮腫が著明で体重は 10kg 増加。
●.●(17)利尿剤と補液により,尿量は 2000ml 以上を維持,腎機能障害は改善傾向となる(BUN 38, Cr
1.12, eGFR 51.1)。しかし,補液量が多くなるとともに腹水量も 1000ml 以上に増加した。
●.●(21)不眠が強くなり,日中の眠気や倦怠感あり。経口摂取量も減少傾向。精神科にコンサル
トして,内服処方あり。
●.●(23)腎機能が落ち着いてきたため,腹水を減らすために補液を減量,アルブミンを補充した。
1 日の腹水漏出量は 1750→1100→750ml→50ml と減少,ドレーン抜去後に創がふさがった。
不眠が続き,精神科を受診して薬剤を変更。経口摂取が減少。
●.●(24)発熱は 37 度台。検査上は WBC 5,800/μl と上昇なく,CRP 5.33mg/dl と高値。抗生剤投
与を開始。
●.●(27)発熱 38 度以上,検査上は白血球数 6800, CRP 6.22 で軽度の上昇。他に大きな異常がな
いことから(BUN 29,Cr 1.52,T-Bil 1.3,GOT 59, GPT 54, LDH 159),中心静脈カテ
ーテルの感染が疑われ,カテーテルは抜去して抗生剤を変更。不眠は続き,精神科で薬剤
を調節。経口摂取は 1~2 割程度。
●.●(29)発熱,感染兆候は少し改善したが,腎機能が悪化(BUN 38,Cr 2.61,eGFR 20.2)。
経口摂取が充分にできず,尿量が減少傾向であり補液を増量。
●.●(34)腎機能は少し改善し(BUN 48,Cr 1.75,eGFR 31.3),尿量は 1 日 1,300~2,900ml 出て
いたが,呼吸苦や倦怠感が強くなり,酸素飽和度が 95%以下となる。レントゲンおよび CT
では両側肺野にスリガラス状の陰影を認めた。 呼吸器内科にコンサルトし,ニューモシス
チス,サイトメガロなどの肺炎,ARDS などが疑われ,強力な抗生剤(メロペン)と,グロ
ブリン,バクタ,デノシンなど,あらゆる可能性に対応した薬剤を投与。サイトメガロア
ンチゲネミア陽性であり,サイトメガロ肺炎を疑った。循環器内科に相談,心エコーなど
の所見からは心機能良好であり,心不全の所見はなかった。
●.●(36)痰が多くなり,喀出することも難しく徐々に呼吸苦も増強,集中治療室(ICU)へ入室。
腎機能の改善のため,および除水による呼吸機能の改善を期待して CHDF を開始。
●.●(40)呼吸状態,腎機能は少し改善傾向(BUN 56, Cr 1.38, eGFR 40.6)。
●.●(41)39 度台の発熱あり。カテーテル感染の可能性も考えられ,血管カテーテルと透析カテー
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テル類は一旦抜去した。抗生剤など強力に投与して対応するも,全身状態の改善を得るこ
とは難しくなりつつあった(T-Bil 3.8, GOT 38, GPT 44, LDH 285,BUN 104, Cr 2.47,
eGFR 21.5)。
●.●(42)肝機能,腎機能ともに急激に悪化(T-Bil 5.7,GOT 733, GPT 710, LDH 1275,BUN 140,Cr
4.04, eGFR 12.5)。免疫力の低下により感染制御が難しくなりつつあった。腎障害に対
しては持続透析(CHDF)を再導入,肝機能障害は充分な補液と肝庇護剤,輸血による循環
血液量の維持などで対応。
●.●(44)透析導入により BUN 54,Cr 2.19,eGFR 24.5 と腎機能は少し改善。肝保護治療により, 肝
機能は若干の改善はあるが(T-Bil 5.8,GOT 208,GPT 236,LDH 544),プロトロンビン
時間の低下,血中アンモニア上昇などあり,血漿交換も開始。
●.●(45)未明より,播種性血管内凝固症候群の兆候が出現。大量のタール便とともに,血圧が
低下し昇圧剤や輸血を行った。肺炎による呼吸状態もさらに悪化。肝機能は血漿交換にも
かかわらず著明に悪化(T-Bil 12.6,GOT 5,398, GPT 3,525, LDH 9297)。
●.●(46)感染症は改善せず,出血傾向,呼吸状態,肝機能の悪化,心不全など多臓器不全の状
態。● 時 ● 分,永眠された。
Ⅱ.調査委員会の検証と評価
2.1 手術適応と術前評価について
血小板 10 万以下の場合は,ある程度進行した肝硬変と考える必要があり,手術前評価不足が最
も問題であった。手術後肝不全の危険を予測するための ICG15 分停滞率,容量計算が実施されて
おらず,残肝機能の評価が不十分であったと考える。中肝静脈切離が可能かどうかの検討も必要だ
った。
2.2
手術前の審議について
第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合同カンファ
レンスが週 1 回行われ,新患,術前,術後の症例提示がされている。また,手術症例については診
療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。しかしながら,診療録には,カン
ファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録が残されていなかった。また,第二
外科の医師へのヒアリングの結果,他のチームの医師から意見が述べられることはなく,実質的な
審議が行われていなかった可能性が考えられる。このようなことから審議は不十分であったと調査
委員会では判断した。
2.3
診療録記載と手術説明について
日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療の方針決定の判断等における当該 医師の思考
過程が不明である。
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説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単な経過が記載されているのみであ
った。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的データが示された記録がないことから調査委員
会では,不十分な説明であったと判断した。
2.4
手術中対応について
外部委員より,中肝静脈の切離は不要あるいは避けるべきであり,術後の病態悪化に関与したと
の指摘があった。
2.5
手術後の経過について
手術後,大量の腹水,胸水,浮腫が持続した。肝硬変の悪化,低アルブミン血症に起因し,肝の
予備能に対して手術の侵襲が過大であったと考えられる。
主治医は治療方針や透析の時期を含め,他科にもコンサルトしつつ対応したが,結果的には,肝
不全に起因する多量腹水,さらに腎不全,感染を併発し,多臓器不全に至った。輸液管理,透析の
時期を含めた治療方針について,対応が遅れた可能性も考えられた。
Ⅲ.結
論
① 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的デ
ータが示された記録がないことから,不十分な説明であったと判断した。
②
肝 S4 切除,中肝静脈切離による肝のうっ血,術中の出血等の負荷により手術後肝不全に至っ
た可能性がある。手術前に肝予備能の評価を行い,慎重に術式を検討する必要があった。
③ 手術後の腹水に対する対処,腎不全進行の過程で,早期の適切な対応により異なる経過をとっ
た可能性があった。
④
以上のことから,過失があったと判断される。
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