患者別事故報告書(7) I. 経過 1.1 手術までの経過について ●歳●性。●●●の既往がある。●●●,C 型肝炎で通院していた近医にて CT を撮ったところ肝 腫瘍がみつかり, ● 年 ●月 ●日当院肝臓内科を紹介された。当院のダイナミック CT では,肝左 葉に 45mm 大の腫瘍があり,胆管や門脈への浸潤が認められた。高齢だが肝予備能は比較的保たれ ていること,手術のリスクは高いが他の治療では限界があること より,手術目的で第二外科に紹介。 血小板 15.9 万と低下はなく,Child-Pugh スコア 6 点で Grade A, アルブミン 3.0 mg/dl,BUN 27 mg/dl,Cr 1.54 mg/dl,eGFR 34.4 と腎機能はやや低下していた。肺については,CT やレントゲ ン上はやや気腫性の変化はあるものの,呼吸機能検査,血液ガス分析は正常範囲内であった(1 秒 率 91.36%,%肺活量 89.8%,PaO2 81.6mmHg, PaCO2 38.2mmHg, SaO2 96.7%)。MRI では B2,B3 肝内胆管の拡張あり,内腔への腫瘍浸潤も疑われる所見であった。腫瘍は CT 上では肝外側区域を 中心に門脈を巻き込んでいたが,内側区域には浸潤していないと考え,全身状態からは耐術可能 と診断して,手術を行う方針となった。 1.2 手術について ● 年 ● 月 ● 日,腹腔鏡補助下肝左葉+尾状葉切除,胆管切除・再建術。手術時間 9 時間 31 分。 出血量 1,143g。 腫瘍は肝臓外側区域(左側)に限局しており,大きさ 4cm ほどであった。腹腔鏡を用いたのは, 肝臓の剥離のみで,その後,正中に約 11 ㎝の皮膚切開をおいて,開腹手術と同様な操作で肝切 除を行った。外側区域に流入する動脈と門脈を結紮切離して,外側区域のレベルで胆管を処理し ようと試みたが,胆管内に腫瘍塞栓が進展していることが確認された。腫瘍塞栓は,主病巣の外 側区域から右側に 進展して,総胆管にまで及んでいたため,総胆管の合併切除が必要であり,肝 左葉+胆管切除を行う方 針とした。肝左葉切除後,胆管空腸吻合を行った。高齢で,軽度の腎機 能障害も認めていたため,手術 後は ICU に入室した。 後日報告された病理組織学検査結果は,肝細胞癌であった。 1.3 手術後経過について ●. ●(1) 術後 1 日目:以下カッコ内は術後日数 腹腔ドレーンの性状は問題なく,腹部膨満もな いため経腸栄養を開始。 ●. ●(2) 術後せん妄あり,時々鎮静剤の投与が必要。酸素投与も必要であった。ICU 管理を続 けて,できる限り痰を吸引できるようにして経過観察。 ●. ●(4) 痰が増加し,レントゲン上も,両側肺野に肺炎像あり。痰をうまく出せず,人工呼吸 1 器 管理を開始。抗生剤投与も開始した。 ●. ●(6) 肺炎は改善傾向で抜管し,人工呼吸器をはずした。痰は多いが,ある程度自分で出す こ とができた。 ●. ●(7) 粘調痰が増加し再び気管挿管。また,容易に痰が出せない状態で,鎮静も必要であった。 呼吸器管理が長期化する可能性を考えて,気管切開。 同時にビリルビンが上昇傾向 (総ビリルビン 3.1 mg/dl),腎機能も悪化傾向(BUN 66mg/dl, クレアチニン 1.82 mg/dl, eGFR28.6 ml/min)となった。補液や利尿剤投与にて加療。 ●. ●(13) 肺炎が悪化し,人工呼吸器管理が長期化。せん妄に対して鎮静剤を使用。肝機能が悪化 (総ビリルビン 5.0 mg/dl,GOT 736IU/l,GPT 93IU/l,PT 64%)。 ●. ●(15)胆管空腸吻合部近傍のドレーンの排液に混濁が認められるようになった。遅発性縫合 不 全と判断した。抗生剤は継続。 ●. ●(18)肺炎がやや落ち着いて,人工呼吸器をはずせたため ICU 退室。発熱は 37 度台で経過。( Hb 10.8 g/dl,血小板 15.8 万,アルブミン 2.8g/dl,総ビリルビン 5.0 mg/dl,AST 78 IU/l, ALT 102 IU/l,LDH 304 IU/l,BUN 56 mg/dl,クレアチニン 1.25 mg/dl,CRP 5.08 mg/dl) ●. ●(21)吻合部ドレーン 700ml/日。発熱続く。 ●. ●(25) 肺炎は変わらず残り,ビリルビンが緩徐に上昇(5.2→6.5 mg/dl)。抗生剤継続。 ●. ●(32) 肺炎は遷延し,総ビリルビン 12.7 mg/dl と上昇。 ●. ●(34)CT では腹腔内に感染源と思われる膿瘍などはなかった。また,肺炎に加えて胸水がみ られ,右の胸腔にアスピレーションカテーテルを留置した。 ●. ●(35)肺炎が悪化。総ビリルビンも 12.8mg/dl と同様のまま,腎機能も悪化。ICU 再入室し, 入室後は再び人工呼吸器装着。 ●. ●(40)胆管空腸吻合部に入っているドレーンが血性になり腹腔内出血が疑われた。輸血,血 管塞栓術を行った。腫瘍が存在した部位に近い肝臓の動脈からの出血と考えられた。 遷延する肺炎治療に対しては抗生剤などを継続。 ●. ●(41)肝障害,腎障害は同様。 ( Hb 7.3 g/dl,血小板 6.6 万/μl,アルブミン 3.5g/dl,総 ビリルビン 8.5 mg/dl,AST 37 IU/l,ALT 36 IU/l,LDH 173 IU/l,BUN 92 mg/dl,ク レアチニン 2.03 mg/dl,CRP 1.99 mg/dl) ●. ●(44)肺炎の状態は大きく変わりなく,痰の排出は多い。 ●. ●(48)血便あり,貧血が進行。緊急で上部消化管内視鏡を行ったところ,十二指腸に多発性の 出血性潰瘍あり,止血した。 ●. ●(53)その後,たびたび下血と貧血の進行を認め,内視鏡にて止血。 ●. ●(55)肺炎の遷延や消化管出血を繰り返し腎障害が進行,持続透析を開始。 十二指腸潰瘍出 血を繰り返し止血処置,輸血を行ったが,制御困難となる。 ●. ●(59)多臓器不全の状態となり,● 時 ●分,永眠された。 II. 2.1 調査委員会の検証と評価 手術適応と手術前評価について 2 主治医は,腹腔鏡補助下肝外側区域切除で対応可能と判断し,説明同意書にはこの術式のみが 記載されていた。手術前の CT では胆管浸潤,門脈浸潤があり,MRI でも門脈左枝への腫瘍浸潤が 疑われるとの所見であった。 調査委員会では,画像所見から判断すると外側区域切除では難しく,術式拡大が必要な可能性 を考えるべきであったと判断した。拡大切除の場合には肝予備能の問題が大きく影響するので, ICG15 停滞率と容量計算を行い,手術が可能であるかの評価が必要であった。KICG は行っていた が,ICG15 分停滞率の代用として十分であったとは判断できない。 手術前の検査において,腎機能は低下し,抗がん剤による治療は難しいと思われ,年齢によっ て一概に否定されるものではないが,手術を選択することは,より厳密な手術前のリスク評価と 慎重 な術式の選択が求められた。 2.2 手術前の審議について 第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合同 カン ファレンスが週 1 回行われ,新患,術前,術後の症例提示がされている。また,手術症例につ い ては診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。しかしながら,診療録に は,カンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録が残されていなかった。 また,第二外科の医師へのヒアリングの結果,他のチームの医師から意見が述べられることはな く, 実質的な審議が行われていなかった可能性が考えられる。このようなことから審議は不十 分であったと調査委員会では判断した。 2.3 診療録記載と手術説明について 日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療の方針決定の判断等における当該医師の思 考過程が不明である。 説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単な経過が記載されているのみで あった。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的データが示された記録がないことから調査 委員 会では,不十分な説明であったと判断した。 2.4 手術中対応と手術後経過について 主治医の説明では,炎症性癒着などにより剥離操作に難渋したとのことであった。術後,胆管 空腸吻合部リークあり,吻合は直視下に行われているので,腹腔鏡操作には明らかな問題がある と判断できなかった が,直視下操作に問題があった可能性がある。主治医は,手術後の肺炎やせ ん妄を問題視したが,手術後から総ビリルビンが 3 mg/dl 台で持続し,その後上昇,肝不全をき たしている。このような経緯から,肝の予備能 に対して手術の侵襲が過大であり肝不全をもたら したと考えられる。 3 III. ① 結 論 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体 的データが示された記録がないことから,不十分な説明であったと判断した。 ② 手術による肝の切除範囲が大きく,肝予備能不足により肝不全をきたしたと考えられた。 手術前の画像所見からは,予定した術式(腹腔鏡補助下肝外側区域切除)よりも拡大した左 葉切除,胆管切除となる可能性を事前に考える必要があった。また,ICG15 分停滞率や容量計 算による厳密な肝予備能の評価を行ったうえで,手術の適応を検討することが必要であった。 ③ 術後,胆管空腸吻合部の縫合不全があり,術中操作に問題があった可能性がある。 ④ 以上のことから,過失があったと判断される。 4
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