10分でわかる経済の本質

EY Institute
13 February 2015
10分でわかる経済の本質
準備率引き下げで全面的な金融緩和の色彩強める中国人民銀行
~追加緩和の余地は十分あるものの、通貨安競争を
加速するリスクも
Ⅰ.中国人民銀行が全金融機関を対象に預金準備率を0.5%引き下げ
執筆者
2015年2月4日、中国の中央銀行である中国人民銀行(以下「人民銀行」)は緊急理事会を開
催し、翌5日付けで全金融機関を対象に預金準備率を0.5%引き下げることを決定した。預金準
備率は、人民銀行が市中銀行の預金の一定割合に当たる資金を強制的に人民銀行に預け入
れさせる制度であり、その際の割合が預金準備率である。預金準備率が引き下げられると、市
中銀行が貸出に回せる資金が増えるというチャネルを通じて金融が緩和する。これに対し、政策
(貸出基準)金利の引き下げ(いわゆる「利下げ」)は資金調達(借入)コストを小さくするチャネル
を通じて金融を緩和するものだ。中国では、預金準備率の引き下げと貸出基準金利の引き下げ
の二つが、主要な金融緩和手段となっている。人民銀行は、14年11月に2年4カ月ぶりの利下
げを実施したが、全金融機関を対象にした預金準備率の引き下げは、12年5月以来2年9カ月
ぶりのことである<図1>。今回の引き下げにより、四大商業銀行など大型商業銀行に適用され
市川 信幸
EY総合研究所株式会社
経済研究部
チーフエコノミスト
<専門分野>
► 経済・金融動向に関す
る分析・予測
► 経済・金融動向および
金融政策の解説
る預金準備率は20.0%から19.5%に変更された。なお、今回の預金準備率引き下げにより増加
する貸出可能額は、最大で6,000億元程度、名目GDPの約0.9%と見込まれている。
図1 中国の貸出基準金利と預金準備率(大手行の場合)の推移
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出典:ロイター、QUICKよりEY総合研究所作成
また、中小零細企業向け貸出比率の高い一部金融機関には引き下げ幅の上乗せ措置が講じら
れている。すなわち、構造改革の促進や中小零細企業向け融資の拡大、「三農(農業、農村、農
民)」とそれに伴う水利インフラ建設への支援を目的として、中小零細企業向け貸出が一定比率以
上の都市商業銀行、都市部に所在する農村商業銀行の預金準備率を追加で0.5%(合計1.0%)引
き下げたほか、政策銀行である中国農業発展銀行の預金準備率を追加で4.0%(合計4.5%)引き下
げている。人民銀行は14年4月25日に、農村部の農村商業銀行の預金準備率を2.0%、農村部の
農村合作銀行の預金準備率を0.5%引き下げたほか、6月16日には、三農・中小零細企業向けの
貸出が一定比率以上の銀行※1の預金準備率を0.5%引き下げた。人民銀行によると、14年6月の
預金準備率引き下げの対象となった先は、都市商業銀行の7割弱、都市部農村商業銀行の約8
割、都市部農村合作銀行の約9割に及んだとされる。しかし、14 年4月と6月の預金準備率引き下
げは、貸出規模が最も大きい大型商業銀行は対象外であり、その金融緩和効果は極めて限定的で
あった。
このようにみてくると、中国における金融面からの景気下支え策は、14年4月と6月の三農・中小
零細企業に対する支援を目的とした預金準備率引き下げといった、いわゆる「的を絞った資金供
給」から、11月22日実施の利下げ、そして今回の全金融機関を対象にした預金準備率引き下げと
いう流れで、部分・限定的な緩和から全体的な緩和へと対象範囲を拡大してきていることがわかる。
今回の預金準備率引き下げについて人民銀行は、声明の中で「穏健な金融政策を継続する」と表
明して、金融政策の基本的スタンスの変更を意味するものではないことを示唆している。しかし、同
時に、「融資の規模を適度に増やし、経済の健全で安定した運営を促す」とも表明しており、実質的
には、融資量(流動性)の増加を通じる全面的な金融緩和の色彩を強めたと言ってよいだろう。
(※1)14年6月の預金準備率引き下げの対象は、前年の新規貸出のうち三農・中小零細企業向けの比率が50%以上、ま
たは前年末の貸出残高のうち同比率が30%以上の銀行で、かつ4月の預金準備率引き下げの対象とならなかった
先である。
Ⅱ.想定以上の景気減速への対応や短期金利に対する上昇圧力の抑制を狙う
今般、人民銀行が2年9カ月ぶりに、全金融機関を対象にした預金準備率の引き下げに踏み切っ
てこ
た背景としては、①景気減速や物価上昇率縮小のペースが想定を上回ったため、ここで景気梃入
れに踏み切る必要があると判断したこと<図2>、および、②資金需要が高まる春節(旧正月)の大
型連休を控えて、人民元安による資金流出を主因とする短期金利に対する上昇圧力を抑えておく
必要があると判断したこと、の二つが主たるものであろう。
図2 中国の実質GDP成長率と消費者物価上昇率の推移
出典:中国国家統計局
(注)消費者物価(CPI)前年比は、前年同月比の四半期平均値
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準備率引き下げで全面的な金融緩和の色彩強める中国人民銀行
まず、景気梃入れの必要性についてみてみよう。15年2月2日に発表された1月の製造業PMI(購
買担当者景気)指数は、生産や受注の減少から49.8と、製造業の活動拡大・縮小の境目となる50
を2年4カ月ぶりに下回り、景況感が顕著に悪化していることが明らかとなった。国家統計局は、製
造業PMI指数下落の要因について、春節を控えて企業の生産活動が減速していることに加え、国
内外の需要が弱まっていること、および、製品の販売価格が持続的に下落していること等を指摘し
た。
また、不動産市況は、14年11月の利下げの効果もあって、一部に持ち直しの兆しがみられるも
のの、全体としては低迷が続いている。こうした中、足元では、原油安の影響もあって、中国でも物
価上昇率が政府の抑制目標を大幅に下回って推移しているため、不動産市況の悪化が、一般の
財・サービスのデフレ傾向につながることを阻止する必要があったものと考えられる。
このように、14年11月に実施された利下げだけでは、景気の梃入れに十分ではないことが明ら
かであったため、いずれ預金準備率の引き下げが実施されることは想定されていた。ただ、一般
に、実施のタイミングは3月以降とみる向きが多かった。というのは、中国の主要経済統計について
は、旧正月の時期のずれによって、1~2月の計数が大きく振れる傾向があるので、1~2月の平均
を用いて景気の基調的な判断を行うことが一般的である。このため、預金準備率の引き下げについ
ても、より正確な景気判断が可能になる3月まで待つのではないかとみられていたのである。また、
人民銀行は、15年1月になって、1年ぶりにリバースレポ (債券を担保とする資金供給)による資金
供給を再開しており、今後も公開市場操作を中心とした資金量コントロールが継続されるものとみら
れていただけに、2月に入るや否や、全金融機関を対象にした預金準備率の引き下げが実施され
たことは、確かにやや意外ではあった。こうした状況から読み取れることは、景気減速や物価上昇
率縮小のペースが政府(国務院)や人民銀行の想定を上回ったため、早い段階で景気の減速に歯
止めをかけるべきだとの判断が働いたということであろう。
次に、短期金利に対する上昇圧力の抑制についてみてみよう。14年第4四半期(10-12月期)か
ら続く人民元安・米ドル高の傾向は、中国国内からの資本流出を加速させているとみられる。国家
外貨管理局によると、14年第4四半期の資本・金融収支は約900億米ドルの流出超になっている。
本年入り後も人民元安が続いていることから、引き続き資金は流出傾向にあり、その分、短期金利
には上昇圧力がかかり続けているものと推測される。こうした状況下、資金需要の強まりから、毎
年短期金利が急上昇する春節を間近に控え、短期金利の安定化を図る狙いもあって、事前に預金
準備率の引き下げに踏み切ったものと推察される。
なお、中国では、為替相場管理の必要性から、海外から資金が流入した場合には、銀行が外貨を
買い入れることになっており(外貨買い・人民元売り)、その分、人民元建ての流動性が増加する仕
組みになっている。一方、最近のように、資本の流出が続いている場合には、銀行の外貨買い・人
民元売りを通じた人民元建て流動性の供給が細ってしまうため、流動性不足の状態に陥りかねな
い。こうしたことも、全金融機関を対象とした預金準備率の引き下げによる流動性の追加供給が必
要と判断された理由の一つと言えるであろう。
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Ⅲ.準備率引き下げの効果は不透明、主要国の通貨安競争に拍車をかける恐れ
今回の全金融機関を対象とする預金準備率の引き下げに伴う金融機関の資金需給の改善が、構
造改革の促進や中小零細企業向け融資の拡大につながると期待する声も聞かれる。もっとも、不動
産市況の悪化により中国の金融機関はバランスシート調整圧力に直面しているため、預金準備率の
引き下げが党や政府が期待するような効果を上げられるかは不透明と言わざるを得ない。14年12
月時点において、中国主要70都市のうち66都市で新築住宅の価格が下落するなど、地方を中心に
不動産市況が下げ止まらない状況が続いている<図3>。こうした中で、信託商品など、いわゆる
シャドーバンキング(銀行の正規の預金・貸出以外のルートを通じた金融仲介)の主力商品は、依然
拡大傾向にあるが、金融機関などはそれらの取引に関連して、多額の不動産絡みの担保を有してい
るとされる。このため、現在、多くの金融機関が不動産市況の悪化に伴いバランスシートの調整を余
儀なくされており、そうした状況下では、預金準備率の引き下げを通じて、単純に資金の供給可能額
を拡大しても、実際に、金融機関による貸出が増加し、期待される効果が上がるとは限らないだろう。
図3 中国の新築住宅価格前月比の推移
出典:中国国家統計局
(注)新築商品住宅価格前月比の70都市単純平均
14年11月に実施された利下げ(貸出基準金利の引き下げ)後も、例えば、第4四半期の実質GDP
成長率が7.3%にとどまったほか、15年入り後も企業景況感が一段と悪化するなど、利下げによる景
気の下支えの効果は実感できていない。その一方で、株価指数は、昨年11月の金融緩和以降3割
弱も上昇(上海総合指数)し、株式市場だけが利下げを好感したようにみえる<図4>。こうした中、
株式の信用取引を規制するなど、政府は引き続き株式市場の過熱に留意しているとみられる。そも
そも中国では、リーマンショック後の過大な財政政策に加え、海外からの資金流入の急増などを背景
に、流動性供給が過剰となり、その結果として、不動産市況や株価のバブル的な上昇と、生産設備の
供給過剰がもたらされた。それが、現在の中国経済の非効率性の基本的原因であり、現体制が、成
長を犠牲にしてでも構造改革を優先するという「新常態(ニューノーマル)」を目指す背景になっている
と思われる。こうした経緯を勘案すると、現体制は、金融緩和に伴う副作用(資産バブル、生産設備
過剰、非効率性の温存等)に対しては引き続き慎重なスタンスを維持するはずだ。ただ、そうした中
で、①景気減速懸念の強まり、②短期金利に対する上昇圧力の継続に加えて、③主要国の金融緩
和がドミノ的に続いているといった事情も考慮して、今回の準備率引き下げに踏み切ったものとみら
れる。
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図4 中国の株価指数(上海総合指数)の推移
出典:ロイター、QUICKよりEY総合研究所作成
中国では、14年の実質GDP成長率が7.4%に減速したが、これを踏まえて、15年3月5日から開催
される全国人民代表大会(全人代)では、15年の目標成長率が7%前後に引き下げられるとの見方が
多い。前述のとおり、現体制は新常態を目指しており、成長率の面ではソフトランディング・シナリオを
掲げていると考えられるからである。こうした中、14年12月に開催された中央経済工作会議(中国共
産党と政府が15年の経済政策の運営方針を討議する会議)において金融政策については、「引き締
めと緩和との度合いが適切であることを一層重視する」との考えが示され、一般には、状況に応じて
緩和の度合いが強まる可能性があると捉えられている。つまり、15年の中国の金融政策について
は、実際の成長率がソフトランディング・シナリオを下回り、雇用状況が悪化するような事態に陥れ
ば、追加緩和が実施されるとみられているのである。言い換えれば、15年については、景気のソフト
ランディングを目的とした、全面的な追加金融緩和策の実施も想定されているということだ。以上をま
とめれば、15年の中国の金融政策運営は、金融構造改革と、経済のソフトランディングに向けた金融
調節とを、うまくバランスを取りながら実施していくということになるだろう。
このように、15年には非常に難しい金融政策運営を余儀なくされる中国共産党・政府・人民銀行で
はあるが、実行可能な政策手段は残されているのだろうか。この点、人民銀行は、他の主要国の中
央銀行に比べて政策面での対応余地が大きく、今後も追加的な金融緩和に動く上での自由度は相
対的に高いと考えられる。その理由は、①実質金利が上昇する中、名目金利を引き下げる余地を残
していることと、②今般引き下げたとはいえ、預金準備率も依然高水準にあり、追加的な引き下げ余
地があること、の二つである。このうち、①の金利操作についてみると、足元、景気の先行きに対する
不透明感や原油安などから、物価上昇率は低水準での推移が続いており、名目金利から物価上昇
率を差し引いた実質金利は高止まりしている。ただ、他の主要国の中央銀行とは異なり、中国の(名
目)政策金利(貸出基準金利)は、明確なプラスの水準にある(1年もので5.6%)ので、これを引き下
げることにより、実質金利の低下を促し、緩和効果を生み出すことが、他の中央銀行よりは容易であ
ると思われる。
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この間、今回の預金準備率引き下げについては、各国の中央銀行が矢継ぎ早に金融緩和を実施
していること(金融緩和ドミノ)に促されたものだとの見方もある。確かに、欧州中央銀行が1月に量
的金融緩和に踏み切った※2ほか、カナダやオーストラリアも、市場の予想に反して利下げを実施し
た。中国が、景気減速に歯止めをかけるための追加金融緩和を実施するなら、早いほうがよいと判
断したのはもっともな面もある。ただ、イスタンブールで開催された20カ国・地域(G20)財務相・中
央銀行総裁会議でも一つの焦点となった「通貨安競争をどう回避するか」という問題との絡みで、今
後の人民銀行の追加金融緩和は大いに関心を呼ぶであろう。中国が追加的な金融緩和に踏み切
るようであれば、他国も金融緩和によって自国通貨の下落を促し、国内景気の底上げを図ろうとす
るかもしれない。米国政府は今のところ米ドル高を容認しているものの、産業界からは過度な米ド
ル高に対する懸念の声も上がっているとの報道もあり、中国の追加金融緩和が主要国の金融緩
和・通貨安競争に拍車をかけないように配慮していくことも、今後の重要な論点になっていくだろう。
(※2)欧州中央銀行の量的金融緩和については、15年1月30日公表の「10分でわかる経済の本質 予想を上回る規模な
がら効果は未知数の欧州量的緩和~デフレ転落阻止には量的緩和の強化が必要」を参照。
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