エリアの騎士 フットボーラーX ID:71013

エリアの騎士 フットボーラーX
野球王国
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﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
人は未知の存在に対して、ミスターXや謎の物体Xなど、
﹁X﹂とい
うアルファベットをならべ、当てはめてきた。サッカーにするならば
プレイヤーX。
プレイヤーXは相手の理論を壊すことも超越することも可能。そ
んな夢のような実力をもつポテンシャルを持つ少年が日本にいた。
その少年の名は、花森蓮。これは彼のサッカー物語。
第1話 フットボールの神様 │││││││││││││││
目 次 第2話 同好会 │││││││││││││││││││││
1
第3話 FC Vs SC ││││││││││││││││
5
13
第1話 フットボールの神様
あの日、目の当たりにした光景は今でも忘れられない。
ビッグマッチと言われる国内の試合。0│2という劣勢の状況か
ら出てきた途中出場の1年目の選手の鮮やかなゴールラッシュから
のハットトリック。その選手は後に代表選手にも選出され数年後に
・
は、彼を中心に据えたチーム作りへと発展した。
でも、誰も彼の抱える陰に気付くことはなかった。
アジア選手として初めて臨んだヨーロッパ主要リーグの1つ・イン
グランドのリーグ。彼のリーグデビュー戦は華々しいものになるこ
とを期待するファンが殆どだった。その中には俺も含まれただろう。
だが、違った。そのデビュー戦は彼の現役最後の試合となってしまっ
たのだ。それから彼は表舞台から去った││││。
す べ て は あ の 日 か ら、あ の 日 か ら 自 分 の 中 の 何 か が 動 き 出 し た。
﹂
チームの選手たちは詰めるが、DFの方が早く必死に足を延ばして
ボールはバイタルエリアへと転々とする。そのこぼれ球に一番に反
応したのはチームのエース、背番号10を背負った日本サッカーの至
1
フットボーラーとしての俺のサッカー人生が。
夜空の下、照明が差し込むサッカーのピッチ上。背番号7をつけた
選手は前で相手のマークを振り切り、前を向いた背番号10の選手へ
とグラウンダーのパスを送る。
背番号10の選手は一気にバイタルエリアへと華麗にドリブル突
破で相手陣内を切り裂く。そして急ストップしてから自分を追い越
︾
した選手が空いたスペースへと走り込むの確認することなく見越し
てスルーパスを送った。
︽DFの意表を突いた裏へのパス。そこに走っていたのは花森
﹁げっ
左足を振り切った。だが、狙い過ぎたあまりにバー直撃。
盛り上がるスタジアム。それを後押しするかのように俺・花森蓮は
!!
思わず繊細一隅のチャンスを潰し、声を上げる俺。こぼれ球に両
!
今大会チー
3│2勝ち越し∼∼。U│15日本代表、ブ
宝・逢沢傑、傑さんだった。そして左足を振り抜きゴールネットを揺
らした。
︽入ったぁ││││
ラジル相手にロスタイムに値千金の勝ち越しゴール
ムを牽引しつづけた不動のエース・逢沢傑││││っ
︾
スタジアムが盛り上がる中、傑さんは右腕を高々と掲げガッツポー
ズ。
﹁おいしい所持っていかれた⋮⋮﹂
思わず勿体ない事をしたとばかりに声を漏らす俺。正直、あの場面
で決めていたら間違いなく2得点を取った事とこれまでの活躍が認
められマン・オブ・ザ・マッチに選ばれただろう。だが、もう過ぎた
ことに俺は興味を無くした。
﹁ナイスゴール。傑さん﹂
﹁おう、ありがとうな﹂
そう答える傑さん。その表情はとても充実した表情だった。
だが、ゲームは終わっていないことからすぐに切り替え、キリッと
したいつもの表情で自陣へと戻る。その後、ブラジルが早くボールを
前線へと送ろうとするが、タイムアップで試合終了。U│15日本代
表はブラジル相手に大金星をあげた││││
あの大金星から早いもので1年ばかり経っていた。日本サッカー
界の将来の中心に立つはずであっただろう逢沢傑が事故死でこの世
を去ったのと同じ歳月が流れた。
そして、その隣にいつもいた花咲蓮もあれ以降アンダー世代代表か
らある事情を理由に招集が見送られていた。
﹁レンも色々と目を付けられて大変そうだネ﹂
﹁笑って言うなよ。レオ﹂
蓮の隣にいたのは、1年前に戦ったブラジル代表のエース・レオナ
ルド・シルバ。シルバは父親の雇い主が日本人であったことから外国
人ながらも日本語を流ちょうに話す。たまに抜けた事を言う事もあ
るが。
2
!! !!
!!
﹁それにしても、よくあんな田舎町に俺が居る事を分かったな﹂
・・
﹁うん、色々とカネを使ったからサ﹂
﹁そこはコネを使ったって言うんだよ。金ならマズいだろ﹂
間違った日本語を使うシルバに訂正しつつ、蓮とシルバの二人は近
場の喫茶店へと足を延ばした。入った喫茶店はどこにでもあるよう
﹂
な喫茶店。とりあえずメニューを知らせて席に着いた。
﹁で、話って何だよ
﹂
﹁⋮⋮で
どうしろって言うんだ。一緒に仲よくサッカーボール蹴
つける事をサッカーの神様が選んだみたいにネ﹂
﹁実はね、スグルの弟君が江ノ高に入るんだよ。まるで、君たちを惹き
た紅茶を啜る。そして喉を潤すためにシルバも飲み、ある事を話す。
蓮は勿体ぶるシルバに苛立ちつつウエイトレスが持って来てくれ
から教えろ﹂
﹁引っ越し先から近いからだよ。全く話が見えてこないぞ。早くいい
たノ
﹁違うんダ。本題はここから。キミ、どうして江ノ高に入ることにし
﹁⋮⋮湿った話をするために呼び出したのか。飲んだら帰るぞ﹂
がいなくなってカラ﹂
﹁早いものだね。あれからもう1年と少しが経ったなんてネ。スグル
?
│﹂
﹁いや、君は選ぶヨ。駆のプレーを見たら﹂
﹁⋮⋮えらく買い被っているな。傑さんの弟だからか
?
﹁
アレは││⋮⋮偶々で﹂
で見ていたことを僕は知っている﹂
が必要なことがネ。キミも彼の中学最後の試合を陰ながらスタンド
は彼のようなペナルティエリア内を勇猛果敢にゴールを奪う﹁騎士﹂
・・
﹁君の方が分かっていると思ったから残念だヨ。君たちのような国で
││﹂
何を根拠に
りましょう⋮⋮なんてことじゃないだろな。いくらなんでも│││
?
シルバは、伝えたいことを伝え終えるとその場から去ろうとする。
3
?
﹁素直になったらいいのに。まぁ、そういう事だから﹂
!
だが、それを蓮が手で遮って止めた。
﹁なんで、わざわざライバルだった奴の弟に肩入れするんだ
﹂
蓮の発言直後のシルバは真剣な表情に変わった。だが、すぐにいつ
もの人懐っこい笑顔で答えた。
││││僕は、サッカーを愛するものとしてレンとカケルが一緒に
プレーするところを見てみたいし、戦ってみたいんダ。まぁ、勝つの
は僕だけどネ。
﹁あの野郎⋮⋮好き勝手言いやがって﹂
蓮は窓辺の席から見える外の景色を眺めつつ、ボソッと呟いた。そ
して、少しばかり真剣なまなざしで││││
桜が舞い散る4月上旬。蓮は進学先である江ノ島高等学校の校門
を潜った。
ブラジルの至宝・レオナルド・シルバに会ってから数日が経ったわ
けだが、考えた結果少し様子見で動こうかと思った。
いくらあのシルバが褒める限り、駆は何か力を持っていることは確
かだろう。蓮も目の当たりにして気付いていた。だが、もう一度自分
の目で確認しない限り認められないと蓮は思ったからそう考えた。
とりあえず入学式前に所属クラスに入っていなければいけないこ
奈々に出くわしてしまったから。
サッカーの神様というものがいるならば、一体何を望んでいるの
か。この時、蓮は気づくはずもなかったし、そんな事を考える余裕は
なかった。だが、いずれ気づかされるときが来るだろう。この日また
出会ったことが必然であったことを。
4
?
とから蓮はクラスへと向かい入った。だが、当初の予定から大方離れ
﹂
﹂
て行くことに。なぜなら││││
﹁れ、蓮
﹁うそ、蓮
!?
当初目的にしていた幼馴染である逢沢駆、そして幼馴染みの美島
!?
第2話 同好会
﹂
﹂
当面の予定を考えながら自分のクラスに入ったわけだが、予定は大
崩れだ。
﹁れ、蓮
﹁うそ、蓮
!?
会ったらマズいみたいな表情は⋮⋮﹂
どうして
﹂
ど、状況が状況なだけに俺は対応できなかった。
﹁ど、どうして蓮がいるの
!?
﹁いや、悪くないけど⋮⋮って、今までどこにいたんだよ
﹁俺もここの生徒だよ。悪いか﹂
!?
蓮
俺のことを見逃すなよ
﹂
・
﹂
なった。何年か前に中学で見慣れた髪型だなと思ったわけだが、流そ
俺は、一先ず自分の席に座った。だが、目の前のツンツン頭が気に
⋮⋮いいけど﹂
﹁⋮⋮ な ん で 知 っ て る ん だ よ。で も、ま だ 他 に は バ ラ さ な か っ た し
﹁イングランドにいたんだよね。田舎町のポーツマスに﹂
駆がそう言ういのも無理はない。会うのは2年ぶりになるから。
!
る奈々。自分自身でも複雑な表情であることは分かっていた。だけ
手を上げて微妙な表情で向かい合った俺を可笑しそうな表情で見
﹁何
﹁よ、よぉ⋮⋮﹂
奈々がいる事は予想外だった。
ていた美島奈々がいた。駆がいる事は大体把握はしていたわけだが、
と傑と駆と同様に小学校時代のクラブチームで一緒にサッカーをし
俺の目の前にいるのは、あの日本の至宝と言われた逢沢傑の弟・駆
!?
!!
うかと││││
﹁おい
!
・
﹁中塚公太だ
ワザとだろ
﹂
﹂
﹁⋮⋮それで、この後の予定は
!!
けだが。
全く相手にしない俺に怒る公太。まぁ、揶揄って面白がっているだ
?
!
5
?
﹁おっ、これはセクハラ大魔王と名高い・中村公太じゃないか﹂
!
そして、予定を聞く前に担任の先生が教壇に立ち、自然と生徒たち
が席に着いたのを見て話し始めた。
﹁え│││、1年B組の皆さんはじめまして。私がこのクラスの担任
岩城鉄平と申します﹂
﹁あの人、さっきのジダンのコスプレ監督だね﹂
﹁うちらの担任だったんだね﹂
どうやら奈々と駆は既に知っていたようだった。俺の前で話す二
﹂
人に担任の岩城先生は注意するが、自分のクラスの生徒だと知ると、
嬉しそうな表情で迎えた。
﹁僕のクラスだったですね。嬉しいなぁ
岩城先生は興奮のままに俺たちの近くに来て話し始める。
﹂
﹁彼らは僕が顧問をやっているFCに入部してくれたんですよ。他の
皆さんも我が江ノ高FCにいらしてくださいね
﹁⋮⋮別に﹂
﹁どうしたの蓮
﹂
中、蓮は浮かない表情だった。
﹂
駆と公太は同じ高校でサッカーをできる事に嬉しそうにしている
﹁ヨロシクな。鎌学にリベンジかましてやんぜ
﹁でも嬉しいな。また蓮と公太とサッカー出来るなんて﹂
な様子の中を、蓮と駆と奈々と公太はいた。
出が多かった。特に校庭には多くの新しい部員を引き込もうと必死
今日は入学式で終わりだった事もあり、放課後は部活動の勧誘に人
えていたが、公太はというとなぜか首を傾げ、浮かない後姿だった。
とても話しやすく優しそうな一面に奈々と駆はFCを楽しみに捉
!
!
奈々は早くサッカー部を見たいのか蓮舘を促し、向かおうとしたが
公太がそぉ∼と奈々の背後に回り手を胸に当てようとしたところを、
掲示板に頭を叩きつけられた。絵面がヤバかったので、見過ごそうと
﹂
その場から去ろうとしたが呼び止められた。
﹁いーねー今の容赦のないツッコミ
!!
6
!
﹁まぁ、早くサッカー部を見に行こうよ﹂
?
声の主の方へ向くと、そこには小太りのメガネを掛けた漫才研究部
の人だった。奈々を中心に誘われたが、蓮たちがサッカー部に行くこ
とをつまらないことを理由に勧めなかった。それを聞いた公太たち
を始め、ムカつく野郎だと言いつつその場から去っていた。
﹁サッカーがやりたかったらなおさらだっての﹂
去っていく蓮たちの後姿を見つつそう呟く小太りの漫研の人だっ
た。
グラウンドの半面をサッカー部が使っている中、コーンを敵に見立
てた壁パスの練習が行われていた。その中で、練習をしていた5番の
ビブスを着ていた人がヒールで上手く流してパスを送った。面白い
プレーに凄いと声を上げる奈々たちだったが、それは入部テストで、
指示ではインサイドキックでのパスだったことから入部が認められ
なかった様だ。あまりの厳しさに渋い表情をする公太。そして口を
が睨みあった後に、兵藤はしびれを切らしたように荒木に向かって
ボールを蹴った。危ないと思われたが、漫研の人は胸でしっかりと勢
いを殺してトラップする。一連の動きに驚く蓮や先輩達以外の駆た
ち。
7
思わず開けて黙りこくってしまう駆と奈々の間にさっきの漫研の人
が割って入る。
﹁つまらないだろ﹂
小太りの人曰く、このサッカー部はヒールパス禁止、敵陣でのフ
リー以外は5秒以上ドリブル禁止。ロングボール中心のサッカーだ
から身長170以下はよっぽどの拾い物の限り入部不可であること
を教えてくれたわけだが、駆は漫研の人の詳しさに可笑しく思い、誰
﹂
かを訪ねたが、その前に遮られる。そこにはサッカーボールを持った
金髪頭を中心に先輩3人がいた。
﹂
﹂
﹁偉そうに語って、サッカーやめちゃって楽しい
﹁あ゛
﹁あ゛ぁ
?
漫研の小太りの人と、サッカーボールを持った金髪頭の人・兵藤誠
?
?
﹂
﹁オットセイ
﹁アウ
﹂
る。ですから、今年こそチャンスをものにして出場を果たしたいと思
ずそこに行くには当面は身近な目標である総体・選手権は意義があ
﹁私たちはスケールの大きいサッカーを目指しています。ですが、ま
に伝える。
世界の同年代の目標はワールドカップで優勝することである事を駆
ているのではと思ったらしい。そして日本以外のサッカーが盛んな
代の在り方に疑問を持っていた。そこには目指すべき目標を間違え
岩城先生はワールドクラスでサッカーを考えおり、今のアンダー世
に岩城先生が割って入り、チームのコンセプトについて話す。
ぜか俺まで呼ばれた。駆は、律儀にやめたいことを伝えるが、その前
ブへ入りたいことを同好会の先輩達に頼み込むことに。そこには、な
江ノ高サッカー部の事情を知った駆は公式戦に出られる公認クラ
中はパンクしてしまった。
たちが入学前に入部したのが同好会であったことも分かり、駆の頭の
そして、この後江ノ島高校には学校公認のクラブと同好会があり駆
としてしまった。
荒木竜一であった。写真で見た荒木とは別人の姿に、駆は思わず呆然
どうやら、このアラーキーは駆がこの高校に入るきっかけになった
﹁ども﹂
キー﹂
﹁新 入 生 紹 介 す る ぜ。こ い つ は 俺 と 漫 研 で コ ン ビ を 組 ん で る ア ラ ー
あった像に当たり事なきを得た。
たると思ったが、ボールはドライブ気味に蹴られた事もあり手前に
付いた漫研の人は校舎のガラスに向かって蹴った。駆はガラスに当
拍手を送る先輩達に合わせる蓮たちであったが、やらされた事に気
のようにやってしまう。
そして、オットセイのように背を逸らして水族館のオットセイの芸
!
い、君みたいなやる気溢れた部員の力が必要なのです﹂
8
!
どうやら同好会にも大会へのチャンスがあるようで、代表決定戦で
公認クラブのSCに勝てば出られるらしい。その事を伝えた上で、仮
入部という形で入って、それでも嫌ならSCに入部をとりつけるよう
岩城先生は伝えた。
それを聞いた駆は内心悩んでいるのが分かった。迷っているとき、
さっきの入部テストで落とされた小柄な生徒がFCの入部をお願い
しに来た。その生徒はただ、純粋にサッカーをやりたかった様子だっ
た。
その様子を含めて奈々が駆に岩城先生のやり方は面白いよと伝え
た。それを聞いた駆は先ほどまで感じていたドキドキが収まったよ
うで決心する。
﹁分かりました。練習からでなく、正式に入部させてください﹂
それを聞いた部員たちはハイタッチを交し喜び合う。
これで終わりかと思い、俺は部室から出ようとした。だが、岩城先
9
生に遮られる。
﹁君にも話があります。花森君﹂
﹂
﹁⋮⋮まさか、仲良く手を取ってサッカーボールを蹴りましょう⋮⋮
ですか
﹁し ょ う が な い。と に か く 今 い る メ ン バ ー で 頑 張 っ て や り ま し ょ う
に笑う岩城。
部員たちに有望株過ぎる選手を引き抜くことが出来なかったこと
﹁ダメでしたか﹂
蓮が部室去った後、部室内では微妙な雰囲気が漂う。
自身なれなかった。結局サッカーをするのは自分自身だから││
少し言い過ぎた気もした。でも、ここでサッカーをする気には自分
俺は吐き捨てるように去った。
ら。そんな上面の言葉聞いても大人の自己欺瞞にしか聞こえないし﹂
﹁別にいいでしょ。その才能とやらを手にしているのは俺自身ですか
るのは││││﹂
﹁そうです。キミみたいな才能があるにも関わらず、それを無駄にす
?
﹂
﹃はい
﹄
この後、駆は去っていく荒木の後を追い一緒にサッカーをやろうと
誘うが、断られた。そして断られた際に弱点を指摘される。その事は
後から来た奈々も気付いていた。
﹁はぁ∼⋮⋮。荒木さんに、それも蓮もいたら百人力なのに・・﹂
﹁そうね。とにかく今の駆には荒木さんも必要だけど、もっと必要な
のは傑さんの意図したパスを理解して受け続けた蓮が必要よ。間違
いなくね﹂
﹁でも、蓮のあの様子じゃ⋮⋮﹂
﹁大丈夫、何とか話を付けておくから﹂
蓮のことは奈々に任せておくとして、駆は荒木の必要性を感じ、声
を掛け続ける事にした。
こうして、いくつかの不安を抱えつつも駆の高校サッカーが始まっ
た。
夜、日課のトレーニングを終えた後、俺は家の一室でマットを敷い
て、ストレッチで体を伸ばしていた。体を無理のない程度に伸ばしな
あなたにお客さんよ﹂
がらストレッチをしていた時、チャイムが鳴る。
﹁蓮
蓮﹂
!
﹂
?
ら、久しぶりの幼馴染みと話したいのか割って入って来そうだった
母さんが既に紅茶やお菓子を置いてテーブルで待っていた。どうや
とりあえず玄関で話すのもあれなので、居間へと上げる。居間では
﹁ありがと﹂
﹁寒いから、居間に入る
⋮⋮と、俺は思いつつも一応奈々と話すことにした。
既に、お客さんの奈々が家の中へと招き入れられていた。母さん
﹁こんばんは
たので居留守を使う。だが││││
俺は何となく今日の出来事の後という事もあり、大体予感はしてい
﹁俺にお客はいねぇよ﹂
!
10
!
!
が、とりあえず話が長くなるのは嫌なので外した。
﹂
そして、話せる状況になってから話すことに。
﹁それで、どうしたんだ
﹁分かっているはずよ。駆のポテンシャルのことと、蓮の必要性を﹂
﹁いきなり本題かよ⋮⋮﹂
突拍子もなしにいきなり本題に入ったことに、思わず俺はそう呟く
が、奈々は話し続ける。
﹁蓮、このまま一人でトレーニングをし続けるなんて時間の無駄だと
思うよ。勘だって鈍る﹂
﹁心配ご無用。ボールは蹴っている。ただ、フィジカルトレーニング
に費やしているだけだし﹂
正直のところ、駆の決定的な弱点を荒木さんに、岩城先生に入部を
断った後、すれ違ったときに聞いた。
││││お前も、次のこと考えているみたいだな。その方が賢明
だ。
荒木さんの言葉が頭に残っていた。俺の今後のことを荒木さんに
話 し た 時、俺 と 同 意 見 で 賛 同 し て く れ た。普 通 な ら そ う だ ろ う。将
来、サッカーで食べて行こうと思うなら尚更。
﹁蘭に聞いたよ。江ノ島に来たのも一時的な入学。時期が来たら海外
に編入するためでしょ﹂
﹁蘭の野郎⋮⋮﹂
奈々の口から出てきた女の子の名前・蘭。もう一人の幼馴染である
が今はどうでもいい。
﹁ちょっとだけでもいいの。駆のためにも││﹂
﹁あのさ、その事だけど。俺は本当のところ少し駆の可能性に感じる
ものがあったのは確かだ。あの得点への嗅覚。そう簡単には身につ
けられるもんじゃない。その得点感覚へつなげるパスを出せるのは、
俺が知る限りでは荒木さんだ。でも、あの有様じゃなぁ⋮⋮。分かっ
た。代表決定戦まで一緒にサッカーをしてやるよ。でも、その間に冷
うん。ありがとう
﹂
!
11
?
めるようなことがあったら、やめるから﹂
﹁
!
﹁それと、条件が││││﹂
俺は入るにあたっての条件を付けくわえた。奈々はそれを聞いて
差し支えないようだが、念のために岩城先生に確認を取ってからとい
う事になった。
こうして、とりあえず代表決定戦までFCに参加することが決まっ
た。この間に、実際にピッチ近くで駆のプレーを見て判断して次に進
めるだろう。傑さんが追い求めた〝エリアの騎士〟としての素質が
あるかどうか││││。
12
第3話 FC Vs SC
奈々に誘われて同好会のFCに入る事になった俺。入るにあたっ
ての条件も岩城先生が呑んでくれたようだった。
条件に上げたのは、適当に好きなように練習に顔を出すことと代表
決定戦では前後半のいずれかで出すことであった。理由は簡単、勝負
ごとに負けたくなかったから。
そして、代表決定戦までの2週間の間に5日間だけ顔を出して全員
の動きを確認した。その時は、必要最低限な動きで抑えた。変に期待
されても後々面倒だから。後は、駆が声を掛け続けた荒木さんは、練
習はもちろんのことだが、学校までにも姿を見せなかったらしい。何
をしているのかは知らない。
こうして、試合当日を迎えた。交代要員はFC1人の12人に対し
て、SCは総勢52名の大所帯で臨んで来ることに。
﹂
一本のパスで駆に渡して打開出来たら楽なんだけどな∼﹂
13
どういう結果になるか。それを知るものはいないだろう。
試合会場であるサッカー上のスタンドには興味半分にチラホラ見
に来ているギュラリーたちがいた。FCを応援する物好きもいれば、
公認クラブのSCの圧勝を期待するものでさまざま。
そして放送部の部員が実況をしたりと、戦いの場を盛り上げる中、
審判の笛が鳴りキックオフされた。
﹁フィジカル重視なんだなSCは﹂
﹁えぇ、チャンスあればフィジカルを活かしたロングボールをドンド
ン放り込んで来る。特にウチのようにフィジカルが劣っているなら
尚更﹂
ちなみに蓮は、後半からの出場予定であり試合の最初はベンチで試
﹂
合を観戦。隣にいた奈々の情報を聞きつつ全体の動きを見渡した。
犬か
笑ってないでちゃんと見てよ
﹁ハハっ、どんだけ走り回るんだよ
﹁ちょっと
?
!
!
﹁まぁ、駆があれだけ目まぐるしく動いたらDFは嫌だろうけど││、
!
︵⋮⋮確かにそうだけど。そのパスを送れる人は少ない︶
楽観的に試合を観ていた蓮に咎めつつも、奈々は蓮の考えに同じで
あった。でも、そんなパスを送れる人は今のチームには数少ない。出
来るとしたらいい局面を作ったときぐらいだろう。だが、SCは自陣
でしっかりと引いて守っているだけに難しかった。
そして、しびれを切らしたように前線に抜け出した駆にパスを送る
兵藤だが、SCのセンターバック・海王寺にクリアされる。そのこぼ
れ球に反応したのはSCの司令塔を担う・織田涼真。織田は一気に前
線で待ち構える長身FWの高瀬にボールを送る。
﹁おっ、始まるみたいだな﹂
蓮の言葉の通り、高瀬のポストプレーから一気に攻撃へと移るS
C。サイドに流れたボールをアタッカーの八雲が切れ込むとセンタ
リングを送る。そのセンタリングは高瀬を越えて、シュートを放った
のは高瀬と同じFWに位置する工藤。ボレーで叩き込んだボールに
14
FCの紅林も反応するがボールは転々とゴールへと向かうが、その前
に駆がクリアし、事なきを得る。
蓮はこの一連の動きを見て奈々と話す。
﹂
﹁何とか守ったな。後は、どうしのぎつつゴールを狙うかだな﹂
﹁⋮⋮本当にそう思っているの
掛ける。
蓮は、駆の浮かない表情を見てそう思う。だが、そこに奈々が声を
だろうな︶
︵さて、後半の頭から出る事になったか。駆のあの様子じゃ⋮⋮どう
らないといけないことになったFCに、悪い雰囲気が漂う。
ハーフタイム、2点リードを奪われ怪我人で唯一の交代カードを切
リードを奪い、前半は終わった。
が冷静な試合巧者ぶりで追加点を高瀬のヘッドで押し込み2点の
同点に追いつかなければと思うFCが前がかりになった所をSC
コーナキックから連係プレーで得点をされる。
その後、出だしは凌いだFCだが、地力の差を見せつけられ始めて
﹁もちろん嘘。出来ればの話だよ。できればだけど﹂
?
﹁言い訳なんか聞きたくないぞ﹂
駆は、昔、兄である傑から言われた言葉を思い出す。
││││ストライカーは言い訳するな。答えはゴールで示せ。
それでも拭いきれない感情だったが、意外な人物の登場で吹っ切れ
る。その人物とはSCにいたはずの公太だった。どうやら、つまらな
い事を理由にSCをやめ、FCに入りたいことを岩城先生に伝える
と、岩城は歓迎する。
中学時代から一緒にやってきた公太が入った事に、駆は心から嬉し
いのか目が潤んでいた。
︵駆⋮⋮お前には、まだまだ折れてもらっちゃ困るからな。傑さんが
求める騎士ならば││││︶
後半に入る前に一気に、FCは交代カードを2枚きる。左サイド
ハーフに俺が入り、左サイドのDFに公太が入る。
人がいい気分でピッチに入ったのに。蓮
﹂
た。こ う や っ て 何 か を 掛 け て の 勝 負 事 は 久 し ぶ り だ っ た。そ れ が、
ちょっと楽しい事に嘘は付けなかった。
︵まぁいいや、先ずは追いつくことだからな︶
そして後半のホイッスルがピッチに響く。SCは早速サイド攻撃
するが、公太が気合の入ったスライディングタックルでシャットアウ
トする。タックルを受けた八雲は、苛立ちからか公太の胸倉を掴んだ
ところで、SCの監督・近藤は交代を指示する。
ちょっと熱くなっただけで交代させたかのように見えたが、守備固
めを早い時間帯からしてきたようだった。
﹁へぇ⋮⋮、もう勝ちに来たの。カッチカチのサッカーだね∼﹂
思わず言葉に出てしまったが、その通りだった。でも、ここは叩く
チャンスかと思った俺は、トップ下に入っている兵藤さんにボールを
15
﹁公太、久しぶりに出られるからってあんまり調子に乗り過ぎるなよ﹂
﹁あ゛
﹂
!!
久しぶりの試合に自然と高鳴るかと思ったが、全くいつも通りだっ
﹁オイ
﹁まぁ、楽しんでいこうや。俺も適当にやるから﹂
!
!
回してくれと頼む。そして、早速ボールは回ってくる。
俺はとりあえず向かい合ったDFに入った選手と間合いを取り、足
裏 で 転 が し つ つ 相 手 の 動 き を 見 る。タ ッ チ ラ イ ン へ と 運 ん だ 瞬 間、
ボールにDFが食いつたところを左サイドから一気に中へとカット
﹂
インする。
﹁うおっ
田さんが立ちはだかる。
﹁まさかと思ったが、若森蓮がいるとはな﹂
﹁別に可笑しくないじゃん。サッカーやっているならっ
﹂
!
﹁なっ
﹂
思ったSC。だが、見えていた。前線へ抜け出す一人の動きを。
られる格好になる。こうなれば、後はバックパスで立て直すだろうと
に入る。完全に前を向けなくなった俺は一度反転して背を向けさせ
揺さぶるが中々抜けないでいると、もう一人ボールを奪いにチェック
俺は、とりあえずもう一度、フェイトを加えつつ織田さんを左右に
﹁っ
﹂
込みそのままバイタルエリアへと進むが、その前にSCの司令塔・織
一瞬の動きの速さに、相手のDFは声を上げる。そして中へと切れ
!
スルーパスが放り込まれる。そこに詰めていたのは駆だった。まさ
かの二人のやりとりに驚くピッチ上。そして駆はトラップで止めず
に左足を振り抜いた。
ボールはキーパーの脇を抜けてそのままゴールネットへと乾いた
︾
音で突き刺さった。
︽ゴ││││ル
⋮⋮﹂
そ し て、そ の 嗅 覚 を し っ か り と 図 っ た う え で パ ス を 送 っ た 花 森 君
﹁彼はストライカーだ。久しぶりに見る純血のストライカーですよ。
話す。
FCのゴールをベンチで見ていた奈々は喜ぶ一方、岩城は驚きつつ
!!
16
!
背を向けたまま一度も前を見ずにもう一度反転して前線に一本の
!?
﹁えぇ、パスも凄かったですが一気にチャンスへと動いたサイドから
相手を抜いてのカットイン。この2年で、天才といわれたパサーがド
リブルを身に付けたなんて⋮⋮﹂
ベンチでは、同点への希望が少しだがピッチ上の選手同様に見えて
きた。
得点に喜ぶ一方、ボールをセンターサークル中央にセットして、同
点へとつなげるFCのメンバーたち。だが、SCはここでもう一枚の
交代カードを切る。DFを固めた交代であった。
﹁お前、やっぱりスゲェな。花森﹂
﹁あ、えぇ。でも、ちょっと目立ちすぎたせいでマークきつくなるかも
﹂
しれないで、後は適当に頑張りますね﹂
﹁冷めんなって
マークが厳しくなることを予想し、さっきみたいに上手くいかない
ことを伝える蓮に、兵藤がそこは頑張ってくれよと伝える。
﹁まぁ、頑張りますけど⋮⋮結局、サッカーって11人でやるスポーツ
ですし﹂
﹁そ、そうだな﹂
もっともなことを言われた兵藤は、ポジションへと戻る蓮を見て
思った。
︵やっぱり雰囲気あるな。逢沢傑の相棒と言われた奴だから︶
かつて日本の至宝の隣に居続けた存在に兵藤は身震いがするので
あった。
息を吹き返したFCであったが、前がかりになったところをカウン
ターで喰らいそうになる。高瀬はここで上手にポストプレーから落
とした所を50m近く全力疾走で自陣から駆け上がってきた織田が
ミドルシュートを放つ。駆が必死に足を延ばすが、届かなかった。だ
が、シュートは防がれる。蓮によって。
﹁ふぅ∼⋮⋮あぶねぇ﹂
そこからも徹底的に固めたDFからのカウンターでFCを苦しま
せるSC。1│2で残り10分を切った所でベンチに一人の男が現
17
!
れる。
﹁待っていましたよ。王様﹂
そこにいたのは、2週間前とは別人のように鍛えられた体で戻って
﹂
きた荒木竜一の姿であった。背番号10を受け取った荒木は長髪の
髪を結んでピッチへと上がった。
﹁12番遠投に変わって10番荒木竜一
いね﹂
けど﹂
奴は良いミドル持っているぞ
見計らいパスを一度蓮へと戻す。
﹁花森だ
﹂
ドルシュートを放とうとする。だが、ここで冷静に寄せてきた前線を
い、兵藤が前線の駆へとボールを渡す。ボールを受けた駆は同様にミ
にシュートを放つ。そして、公太の速めのチェックからボールを奪
FCは、駆のミドルレンジからのシュートから2本目も荒木が同様
備を打開するか。FCは、持てる力を最大限に引き出す。
ていた。残り10分とアディショナルタイム。どうSCの引いた守
荒木は、蓮の態度にツッコミつつも、視線の先は相手ゴールに向い
﹁おいっ
﹂
﹁あと、しっかり守備にも回ってください。あんまり期待はしてない
﹁おうっ
﹂
﹁⋮⋮まぁいいや。適当にボール回すんで、決める所を決めてくださ
﹁何、慣れてないサイドアタッカーやってやがんだよ。舐めてんのか﹂
﹁人使い荒い人だなぁ⋮⋮﹂
﹁蓮、ボランチに入ってゲームを組み立てろって、岩城ちゃんが﹂
額の汗を拭う。
たかはわからないが、いいタイミング出来てくれたと蓮は思いつつ、
ここでFCの中心である荒木が戻ってくる。何を理由に戻ってき
!
で待つフリーになっていた荒木へとパスを送った。
するSCの守備陣。だが、蓮はキックフェイトを交えてからバイタル
た。蓮はそれを見てサイドへと叩こうとした。それにいち早く反応
相手が寄せてきたところ、公太が左サイドをオーバーラップしてい
!
18
!
!
!
﹁ナイス
﹂
ボールを受けた荒木は、崩れたDFラインを見逃さず大きなスペー
﹂
スに走り込む駆へとループパスを上げた。だが、織田がいち早く駆へ
寄せる。
﹁こういう競り合いなら負けない
ついに、SCの固い要塞を貫いた││
同点
︾
!!
り抜いた││││
︽ゴ││││ル
!!
駆は、そう言い放ちボールを良い位置に落とすとそのまま右足を振
!
ピッチを最後まで賭け抜けた。
そして││││
││││ピ、ピ⋮⋮ピ∼∼∼∼
試合の終わりを告げるホイッスルが鳴った。
結果は2│2のドロー│││
!!
﹁ふぅ⋮⋮終わったか﹂
見られた。
そして、両チームの選手たちは互いに健闘を称え合い仲良く話す姿
手を乗せるもの、腰に手を当てて息を整えるものが殆どであった。
なしでの試合であっただけに、走り切った両チームの選手たちは膝に
素晴らしい試合に両チームに拍手が惜しみなく送られる。延長戦
︽試合終了∼∼
︾
最後は、駆の必死のオーバーヘッドシュートも好守に阻まれた形で
!!
するスタンドの観客たちの盛り上がりは選手の力へと変わり、選手は
れ立ち上がって応援するものが殆どであった。FC・SC互いに応援
互いに死力を尽くした熱い闘いは、見ている者たちへと語り掛けら
ぐるしいパス回しでSCの守備をもう一度崩そうと図る。
FCもそれぞれの選手が自分の特徴を見せ、荒木が入ってから目ま
という姿勢を見せた。
りに走り抜けるSCの選手たち。そして勝つためになら何でもやる
違い前からハイプレスを掛けて来る。まるで、悔いを残さないとばか
そこから、SCは前線の選手もフォアチェックに走り、先までとは
パスをストライカーが叩き込む。見事な得点であった。
ゲームメイカーから託されたパスを受けた司令塔のおぜん立ての
!!
!!
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!
﹁終わったかじゃないでしょ。やってよかったでしょ﹂
﹁奈々⋮⋮まぁ、確かめられたし良かった。俺は、ここでしばらくサッ
カーするよ﹂
﹁そう、また一緒にサッカーが出来てうれしいよ﹂
この後、FCの岩城とSCの近藤の話し合いの下、一つのチームに
結成することを互いに思ったことから、江ノ島高校サッカー部が誕生
するのであった。
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